秋元康が愛した作家達
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秋元康が愛した作家達

2020-06-09 07:18
    前回の続き。

      軽蔑していた愛情

    テレビのニュースが伝える
    匿名で守られた悲劇も
    携帯のメールを打ちながら
    絵文字のような日常

    大人は訳知り顔して
    動機を探しているけど
    ピントはずれたその分析
    笑えないギャグみたい

    偏差値次第の階級で
    未来が決められてる
    もう 頑張っても
    どうしようもないこと
    ずいぶん前に
    気づいてただけ
    私たち

    軽蔑していた愛情
    知らぬ間に求めている
    孤独になんてなりたくない
    抱きしめてほしかった
    誰かに...


    鳥になろうとした少女は
    屋上に靴をちゃんと揃えて
    マナーを誉めて欲しかったのか
    それとも当てつけなのか

    いじめが”あった”とか
    ”なかった”とか
    今更 アンケートを取っても
    聞いて欲しかった心の声は
    風の中 届かない

    責任転嫁のプロセスで
    偉い人を泣かせる
    まだ わかってない
    愚かすぎる連鎖を...
    指を差すのは
    何もしなかった
    この自分

    軽蔑していた愛情
    裏腹に飢えているの
    不安に気付かぬふりしながら
    やさしい目 探してた
    いつでも...

    軽蔑していた愛情
    知らぬ間に求めている
    孤独になんてなりたくない
    抱きしめてほしかった
    誰かに...
    いつでも...

    軽蔑していた愛情

    https://48pedia.org/軽蔑していた愛情

    2007年4月18日発売の、AKB48の5枚目のシングルより「軽蔑していた愛情」です。
    思うに作曲者の井上ヨシマサは、秋元康とは共犯関係にあると思います。つまり
    他人名義の作品を秋元康の作詞名義にする計画を知らされた上で、井上自身も「大声ダイヤモンド」「10年桜」を始めたとした自身の作詞した作品を、秋元康の作詞作品であると偽ることに積極的に加担した容疑がある。

    ただしこの頃は「大声ダイヤモンド」以前の作品でしたので、作詞名義は偽ってはいなかったのだと思います。多分これは秋元康の作詞作品でしょう。どこを見ればわかるかと言いますと、メロディーと歌詞との間の不自然さですかね。音源がある方は是非聞いていただきたいのですが、歌詞で示した青字の部分が、少しメロディーがぎこちなかったり、メロディーに無理やり歌詞を押し込んだような感じがします。
    
    これ、考えられるのは「作詞家が曲先で歌詞を書いたが言葉が見つからなかったので無理やり作曲家にメロディーを変えさせた」か、「作詞家が詞先で歌詞を書いたが、作曲者が上手くメロディーをつけられなかった」かのどちらかだと思います。そして作詞と作曲が同一人物ではこのような状態は普通起こらないので、ここから作詞家と作曲家が別人物だろうということが窺えるわけです。


       羽豆岬

    バスの窓を開けた時 潮の匂いがして来た
    師崎から向かってる 夏への一本道

    強い陽射しに誘われ 友達と集合したよ
    ノースリーブや半袖で 白い肌を焼きたい

    カメラを向け合ったり 変なポーズをしたり
    冗談と笑い声 その一瞬が 輝いてる

    羽豆岬の展望台 海は大きくて
    私たちの未来みたい どこまでも続く
    羽豆岬の展望台 元気をもらえる
    どんな夢も ここから見つかる この海原
    希望の船たちよ


    悲しい事やつらいこと そうさ 誰だってあるよ
    雨の日も曇りの日も 明日には晴れるさ

    後から考えれば きっとつまらないこと
    ケンカして泣いたのは そう 心から
    笑うため

    羽豆岬の夕焼けは 涙が出るくらい
    嫌なことはすべて忘れ 美しく沈む
    羽豆岬の夕焼けは やさしい背中さ
    どんな今日も リセットするような 水平線
    港に帰る船

    羽豆岬の思い出は 瞼 閉じる度
    私たちの胸の奥に 鮮やかに浮かぶ
    羽豆岬の思い出は 青春そのもの
    遠い夢を ここから見ていた 港を出る
    勇気の船たちよ

    SKE48「羽豆岬」

    https://www.youtube.com/watch?v=Ap5iUqxEh5o

    ちなみに「軽蔑していた愛情」が曲先か詞先かは自分には今一つわかりかねます。曲先っぽいけど、詞先もあるのかなあという感じですかね。

    思うに曲先全盛の時代の中、秋元康は詞先で書こうとしていた様子が見られます。
    この羽豆岬なんかがそうでしょう。恐らくこれは秋元康が詞から書いた、詞先の歌詞だと思います。どの辺からわかるかというと、1番と2番を比較した際の歌詞のイントネーションの差ですかね。例えば「機械」と「視界」は言葉は似ていますが、イントネーションは違いますよね。つまり機械は「き」にアクセントがあるのに対して、「視界」は「か」と「い」にある。

    なので歌詞で韻を踏もうとして1番に「機械」と書いて、2番に「視界」と書いてしまうと、メロディーが合わなくて違和感を覚えるみたいな感じですかね。実際この羽豆岬を聞いてみるとわかりますが、2番がスムーズに聞こえるのに対して、1番はそのスムーズさを欠いているように思える。多分作曲家は2番の歌詞からメロディーをつけたのかなと思いますね。なので1番がおかしくなったのかなと。

    多分この辺は気を付けられる作詞家もいるんでしょうけど、きっと出来ない作詞家も多いんでしょう。なので秋元康もそれが出てしまったと。曲先歌詞でそういうミスはしないと思うので、そこから詞先なのかなと予想しました。

     上からマリコ

    年上の君は 自由奔放で
    次の行動が 誰にも読めない

    人混みの中 急に振り向いて
    君は(僕に)キスを せがんだ

    上からマリコ サディスティックな奴め!
    愛の踏み絵みたい
    無茶ぶり なんでいきなり?
    なんで目を閉じる?
    君は本気なのか?
    Jokeなのか?


    歳の差はスリル まるで観覧車
    心 揺らされて ドキっとするんだ

    躊躇(ためら)ってたら 僕を煽るように
    君が(そっと)言った 「意気地なし!」

    おだまりマリコ わがままな奴め!
    愛を試すような 仕打ち
    何で今なの? 何でこの場所で?
    君は本気なのか?
    Babyか?

    シャイなくせして いたずらっぽく
    唇 尖らせる

    上からマリコ サディスティックな奴め!
    愛の踏み絵みたい
    無茶ぶり なんでいきなり?
    なんで目を閉じる?
    君は本気なのか?
    Jokeなのか?

    年上の(年上の)
    君なのに(君なのに)
    誰よりも(誰よりも)
    可愛く思える
    年上の(年上の)
    君なのに(君なのに)
    いつだって(いつだって)
    僕にはティーンエージャー

    【MV full】 上からマリコ / AKB48 [公式]

    https://www.youtube.com/watch?v=-7YJkt-4R1A

    恐らく秋元康は、詞先用の作曲家を抱えていたんだと思います。
    やっぱり自分で曲先が苦手なのを自覚しているはずなのでね。歌詞を書くためには詞先で引き受けてくれる優秀な作曲家を手元に置く必要があると考えたはずだ。

    そしてもう一つ現実的な問題を言うならば、じゃんけん大会でしょうね。ご存知の通りじゃんけん大会は事前の仕込みなし、一発勝負のじゃんけんで勝者が決まります。となると勝者が誰になるかが予想できないし、予想できなければ優勝者用の曲も選べないし、詞も乗せられない。

    だからそのためにも即興で書いた、優勝者の特徴を捉えた詞をメロディーにしてくれる作曲家が必要だったんだと思います。そしてそれをしてくれる人物に、かなりの信頼を置いていた。恐らくそのうちの1人は、川浦正大だと思います。彼の秋元康と組んだ曲を見ると、どれもテーマが濃く、詞から書いたとも思わせる内容の曲が多いですし、この2011.12.7発売の「上からマリコ」にも、その詞先の特徴が出ています。つまり詞先の場合あまり歌詞を長々と書くと作曲者が困るということで、詞が短めになることがあるんですが、この作品もその傾向がみられます。

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