テレビも音楽も終わってしまった
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テレビも音楽も終わってしまった

2020-09-02 02:11
    前回の続き。

      離れていても

    1 

    昨日は吹いてたしあわせな風が ああ いつの間にか止んでしまったようで
    立ち止まって 空を見上げ誰もが戸惑っている
    明日が見えない世界は不安で 心がどんより雨雲に覆われる
    微笑み方さえ忘れてしまいそうになるけど

    ねえ 俯(うつむ)いてたら日差しが出ても気づかないよ

    少しだけ離れて歩いて行けたらいい
    近づき過ぎないで距離を保っておこう
    後ろで見守ってるから
    君は一人を寂しがっているけれど
    その手と手が触れなくても
    いつだって僕はここにいる


    大切な人を守るそのために 抱きしめるよりも 今は遠い場所から
    会える日まで元気でいて それだけ願う

    ほら どこにいても瞳(め)を閉じれば君が見えるよ

    離れてた日々が僕らを強くするんだ
    どんな涙もやがては乾くもの
    希望はそこから始まる
    人と人とがくっつきすぎない方が
    温もりとか思いやりに
    いつの日か気づく日が来る


    少しだけ離れて歩いて行けたらいい
    近づき過ぎないで距離を保っておこう
    後ろで見守ってるから
    君は一人を寂しがっているけれど
    その手と手が触れなくても
    いつだって僕はここにいる

    君のために離れていよう

    【MV full】『離れていても』 / AKB48 message song【公式】

    https://www.youtube.com/watch?v=Gq98wc_sbT0

    歌詞中に「君のために離れていよう」「
    少しだけ離れて歩いて行けたらいい 近づき過ぎないで距離を保っておこう」って部分があるけど、普通に考えてこんなの歌詞ではないだろう。ただの文章の羅列、せいぜいスローガン程度のものであって、到底芸術作品とは言えないものだろう。

    にも関わらずこんなゴミみたいな曲を平気で売りつける奴等がおり、素晴らしい作品だと持てはやす奴がおり、更にはメッセージソングであるとしてテレビで歌わせる奴らまでいる。お前達どれだけ腐っているんだよ。秋元康を持ち上げ肥え太らせることに、一体何の価値があると言うんだ? 最早倫理も道徳も、どこかに飛んで行ってしまったみたいだ。明らかに狂っている。

        明星


    素顔を隠した 布切れを纏(まと)い
    目の前を駆ける 人の重なる景色
    すり抜けてく その姿を 背中で見送った朝

    見向きもされない 手すりを伝って
    零(こぼ)れた雫(しずく)も 道の辺(みちのべ)に逃げ帰る
    寛(くつろ)ぐことさえ 忘れてしまうような街並み
           
    ねえ 触れ合うことや 呼び合うことも許さないの

    駅前で時間を 知らせる古時計が
    近づき過ぎないか いつも見張ってると
    見下ろし居直って見えた

    人が想いを交わし合ったあの頃は
    乗り遅れた時代の日の 幻を見せるホログラム


    夕焼け煌めく 暮れなずむ街に
    穏やかに流れ 海へ注ぐ多摩川
    橋を渡り 走る赤い快特電車

    ほら 丘の上で 手を振ってる 君が見えるよ

    何気ないことが 普通に出来なくなって
    君のところへ行けない淋(さみ)しさが
    心に生まれていたんだ

    宵の空から 輝く一番星が
    苦しみとか辛いことを
    慰めて癒してくれる

    一つだけ叶えて 僕らの願い事を
    恐れることなしに 皆(みな)で暮らせること
    笑顔でいられる世界へ

    君と僕との 楽しかったあの日々が
    元の場所に戻る事を
    いつまでもここで待っている

    灯りのない 部屋の窓から


    そりゃテレビや音楽がダメになるのもわかるわな。

    レコード会社もテレビ局も職務倫理を軽んじて物事の本質を見誤り、目先のカネに拘って秋元康や大手事務所の言いなりになってしまったんだから。その結果自分で物事を考えられなくなって、何かを生み出す力もなくなったんだろう。今やリバイバルばっかりだもんね。見渡すところどこも昔のものの焼き直しだ。

    だから自分がこうやって歌詞を書き直しているけれど、彼らにはきっと理解できないんだろうね。秋元康先生は天才である素晴らしい作品ばかりを書かれていると寝言のように繰り返すばかりで、目もくれもしないだろうけどね。

    でもそういう不誠実な姿勢を取り続けている輩には、必ず将来大きな罰が待っていると思うね。これは別におとぎ話ではなくて、そういう風に社会や経済は上手く出来ているという話ね。まあその日を今はじっと待っておくことにしようか。

    ちなみに自分の書き直した作品についてだけど、やっぱり曲から書くのは難しかったね。前にも少し触れたけど、テーマ性のある曲、メッセージソングなんて言うのはそもそも詞先でやることであって、自分のように曲先でやることでは本来はないんだよ。

    だからそのためか歌詞の構成には悩まされており、少し最後の数行などは自分でも大丈夫かな? と思いながら書いていたのだけれど、どんな感じだろう。思えばこれを書いた頃はコロナで世の中相当ピリピリとしていたんだね。確かこの「離れていても」が公開されてからすぐに書き上げたから多分6月の話だと思うんだけど、コロナ患者をこれ以上増やしてはいけない、ソーシャルディスタンスを保たないといけない、まだ外出も控えないといけないみたいな空気が蔓延していて、そのせいか秋元康の歌詞にも自分の歌詞にも、その世間の雰囲気が表れているようだ。

    感染者数が爆発的に増えて、Gotoキャンペーンやらなんやらで外出を奨励してる今から思えば、バカバカしいとすら思えてくるけどね。
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