現状の芸能教育には不満があるという話
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現状の芸能教育には不満があるという話

2021-01-22 06:08
    前回の続き。

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    いつも自分は「歌詞と曲がズレている」「歌詞と曲が一致していない」などと言うわけだけど、この曲は音楽でも何となくわかるだろう。つまり聞くとわかるように、何となく近未来っぽい曲なんだけど、「周りの声なんて気にしないで行け」のように全く世界観と関係ないことが書いてあるだろう。だから歌詞と曲が一致していないと言えるわけだ。

    [今日は何の日?] 12月8日 今日は、AKB48劇場15周年 - YouTube
    
    感覚を鍛えないといけないんだよね。
    音楽で言うならば、曲を渡されたときに合う歌詞を書けるのかどうか。そして歌うのであればアドリブ等も含めて、曲の世界を適切に表現できるのかどうか。

    坂口渚沙が動画内でやってたのは、ある意味そういう問題だったんだけどね。つまり彼女が歌っているのは尾崎豊の「15の夜」だけれども、この男性ボーカル、テノール音域の曲をアルト音域の坂口渚沙がきちんと歌うためにはどうすればいいのかという話だ。

    声域調査(高音用) - YouTube

    ここで音域について丁寧に説明しておくと、男性と女性では音域に微妙な違いがあるんだね。つまり男性で一般的と思われるテノール音域の場合、色々考え方はあるけれど、大体最高音域はピアノのカギの部分の「ド」からレミファソと上がって行って、「ラ」の部分にある。hiAとかA4とか言われる部分だ。

    一方女性で一般的と思われるアルト音域の場合は、そこからシドレと上がって大体「ミ」の部分に最高音域がある。音階でいうとhiEとかE5と呼ばれる部分だ。

    とこのように最高音域が男女によって異なるので、特に男性ボーカルの曲を女性が歌うと、聞こえ方が違ってくることがある。つまり15の夜のサビの「盗んだバイクで走り出す~」という部分は、テノールでは最高音域に近い部分なので声を張り上げて歌う。しかしアルト音域は最高音域ではないので声を張り上げることはないし、かといってアルトの子が1オクターブ上で歌うのは少々キツイ。ではこのサビの部分を坂口渚沙はどう歌うべきだったのか。

    [今日は何の日?] 12月8日 今日は、AKB48劇場15周年 - YouTube

    思うに表現者としての優劣を決めるのは、そういう対応力の部分ではないだろうか。
    「こう歌ってくれ」と歌えるのは当たり前。「こう演じてくれ」と言われて演技出来るのも当たり前。そんなの出来るのは腐るほどいる。
    
    しかし答えのない問題に対峙した時、あるいはこうやってくれと指示されなかった時に、適切に対応できる人間というものは数は限られるだろう。例えば15の夜に関して言うなら尾崎豊は男だし、女性が歌う際の指導をしたこともないだろうし、何より彼はもう死んでこの世にいないでしょう。最早答えなんか誰も教えてはくれないんだけど、でもそういう問題に敢えて挑戦し、適切に対応し、正しい表現を出来るかどうかが表現者としての差を決定的にするのではないだろうか。言い換えれば「予想する力」だね。

    信長の草履を秀吉が温めていた逸話 信憑性は極めて低い|NEWSポストセブン (news-postseven.com)

    いつも言うことなんだけど、「水をくれ」と言われてから水を差しだすのと、喉が渇いてそうな人に自ら水を差しだすのとでは、人間的な評価が全く違うでしょう。豊臣秀吉の話もそうだ。彼は主君織田信長のために、雪の降る中冷たくなっていた草履を抱きしめ温めていたという話があるんだけど、彼が評価されたのは信長に命令されてやったわけではないからだ。もし信長に「温めておけ」と言われてやっただけなら軽く感謝されて終わり。でも秀吉は信長に言われることなく自ら気配りすることが出来たから、あのような出世を果たすことが出来た。まあどうやらこの逸話は信憑性は低いらしいんだけど、でも似たようなことは絶対やっていたに違いない。

    第3回AKB48グループ歌唱力No.1決定戦|音楽|TBS CS[TBSチャンネル]

    だからそういう「気配りの能力」とでもいうべきか、表現物や人が求めているものを自ら考え生み出すことが出来る能力を鍛えなければならない。

    しかし現状のAKB(というか芸能全体の話なんだけど)が、果たしてそのような体制になっていますでしょうかね。例えばTBSで放送されたAKBの歌唱力No.1決定戦の話なんだけど、いくら人が歌った曲を歌わせたところで大したことはないんだよ。ただ原曲のマネすればいいだけなんだからね。それこそ誰でも出来る話だ。

    むしろ音楽やってる人が確かめたいのは、坂口渚沙の15の夜の話で書いたような「歌ったことがないものを歌わせたときの対応力」ではないだろうか。だってアーティストとしてデビューしたら、書き下ろした曲を渡されてこれ歌ってよって言われるんだからね。その時にどういう表現をする能力を測っておくことの方が、単なる歌よりも重要なポイントに違いない。

    でも残念ながらあの歌唱力No1決定戦は、それを測れるものにはなっていなかったね。例えば優勝者の池田裕楽の歌唱を聞いて、彼女にその対応力があるか判断できましたか? 正直優勝はしなかったけど、岡田奈々に関してはそれがあると感じましたけどね。過去3回の放送を見るとわかると思いますが、彼女の歌唱はどれも、原曲のボーカルのマネはしていませんよね。つまり自身でどのようにすれば曲が生きるかを考えながら歌っていたわけで、はっきりいって池田裕楽よりも遥かにレベルが高いことをやっていたんですが、残念ながらその点が審査員には全く評価されていなかった。

    HKT48 #劇はじ これからどうなると?? 大決起会!! - YouTube

    即興劇が苦手でも大丈夫!アドリブ演技の正しい目的とやり方とは?台本のある演劇との違い・練習のコツ・エチュードのお題やネタも徹底解説! | しろくろ猫のおもむくまま (shirokuroneko.com)

    自分はそれが大変、大変、大変不満に感じましたがね。そして音楽のみならず演劇にも不満がありますね。例えばエチュードというのがあって、役者同士で即興劇をやらせると。そうすることで表現力が上がるとかアドリブ力が上がるとか言うんですけど、でもそれって何の意味があるんですか?

    だって脚本は事前に準備されているんだし、本番でアドリブを披露するって必要も基本ないでしょう。だったらそんなムチャブリの練習なんかする前に、脚本を読み込む練習をさせた方が、よっぽど有意義ではないんでしょうか。つまり脚本に書かれた言葉遣いや話の流れを読み取って、登場人物はこういう姿かたちをしているんだろうなとか、こういう性格の人なんだろうなとかを想起させるべきだ。

    でもこんな間違った指導法がまかり通っているところを見るに、そういう正しい指導が演劇界全体でなされているとは、自分には全く思えないんですがね。

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