ルールとマナー
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ルールとマナー

2014-01-27 04:42
    自分は最近あんまりテレビは見ないんですけどね。
    でも昨日か一昨日かテレビを見ていたら、世界一受けたい授業というのがやってましてね。そこでマナーについて、講師のBBAが色々言っているわけですよ。でね、そのBBAによると、最近はマナーについての考え方が変化してきているって言うんですね。

    例えばお客さんから頂いたお菓子やケーキをその場でみんなで食べるというのは、昔はマナー違反だったそうですけれども、今は良いらしいと。同様にお客さんがプレゼントをお渡しする時にも、「昔はつらまないものですが」と言っていたわけですけれども、今は「お口に合えば良いのですが」みたいな感じになっているんだと。

    要はマナーなんてものは、多数決的アンケート的なものなんでしょうね。つまり昔はAというマナーを正しいと思う人が100人中80人、Bが正しいと思う人が20人いましたと。でも時代の流れとともに人々の考え方が変わってきて、今はBが正しいと思う人が80人になりましたと。

    そしたらBというマナーの方が正しいという風に一般的に認知されるようになっていくと。そもそもマナーは、人々のトラブルを避けるためにあるわけでしょうからね。幾ら「昔はAが正しかったんだから俺はAで通すんだ! Bのお前らは間違いだボケが!」と意地を張ったところで、Bが正しいと思ってる沢山の人達の中でそれをやれば、浮いてしまうし不快に思われてしまう。だからそういう気まずい思いをしなくて済むように、みんなが空気を読みつつ不快にならないやり方を、時代に合わせて模索していきましょうというのが、マナーなわけですね。


    ルールとマナーは混ぜるな危険 ~「グリーン席問題」と「舌打ち問題」~

    http://getnews.jp/archives/498133

    でも「マナー」というものは曖昧だし、おまいらみたいなコミュ障は空気が読めないものだからな。不文律だけで片付けるには限界があるだろうと。

    だからその辺の曖昧な部分をきっちりと明確に文章やら法規で定めて、みんなに守らせましょうというのが「ルール」という発想なわけです。でも「ルール」というものは記事にもあるように柔軟性がない。つまり「マナー」は少々守らなくてもスルーしてくれるかもしれないけれども、「ルール」となってしまうと、守らない奴は「犯罪者」になってしまう。

    例えば子供をバスに乗せるときにベビーカーを畳むかどうかという議論があるよね。この時ベビーカーを畳むべきだと声高に叫ぶ人がいる一方、「畳まなくてもいいよ」と思っている人もいるわけで、それらが「マナー」という不文律によって、一定の平和的な均衡が保たれていると言って良い。つまりベビーカーを畳んで乗らなかったとしても、「そういう考えの人もいるよね。まあ仕方がないか」とスルーしてもらえる。

    でも一旦「ベビーカーは畳まないといけない」ルールで決めてしまうと、畳まないで乗る人は「ルール違反の犯罪者」として扱われてしまうし、「畳まなくてもいいよ」と思っていた人達も結果的に「ベビーカー畳むべきだ」派に、引き入れ染めることになってしまう。つまり「マナー」として扱われていた時代には、「ベビーカーは畳まなくていいよ」と思っていた人は、ベビーカーを畳まずバスに乗ってた女性を、支持ないし容認していたわけだよね。

    ところが「ルール」としてしまうと、「ベビーカーは畳まなくていいよ」と思っていた人も、女性を非難するようになる。だって「自分はベビーカーは畳まなくていいと思ってるけれども、でも決めたルールを破るのは許せないよね」ってなるんだから。つまり「ルール」を定めたことで、余計なトラブルの火種が生まれていると言えるんじゃないかと思うわけです。

    あるいは夫婦の家事分担なんかもそうだと思うんですけどね。「気がついた方が家事をやりましょう」という場合と、「私が料理と洗濯をやるから、あなたは掃除をやって」という具合に役割を分担した場合、夫婦円満でいられるのはどっちだと思います? 

    俺は結婚したことないですけれども、それでももし後者の場合にどっちかがサボってしまったら、それはもう大変なことになると思いますわ。「今日仕事で疲れてるんで掃除出来ないんですけど」と言ったところで、「私は自分の仕事をきちんとしてるのに、どうしてあなたは約束を守れないの」なんて言われたりして、それで「別に疲れてるんだから仕方がないだろ。どうしてお前はそんなに冷たいんだ。たまには手伝ってくれてもいいだろ」とか言ってケンカになったりすると。つまり「マナー」であれば丸く収まっていたはずのところが、「ルール」に切り替えた途端にトラブルへと発展してしまう。

    だから思うんですけど今の社会は「ルールを定めることの弊害」というものが、軽視されてるんじゃないですかね。ニュース見てても何でもかんでも規制だルールだって言うし、よく学校の先生とかでも、「みんなが不快にならないためにルールを決めるんだ」なんて言いますけれども実は逆で、実は「みんなが不快にならないために決めたはずのルールが、却ってみんなを不快にさせている」んじゃないのか。自分はそんな気がするんですけどね。

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