発言の重み
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発言の重み

2014-01-28 03:25

    NHK会長、辞任必要なし=慰安婦「個人の発言」―菅官房長官

    http://www.jiji.com/jc/zc?k=201401/2014012700287&g=pol

    これを個人の発言で済ませてしまうというのはないわ。
    自分は幾ら個人の立場だと前置きして話そうが、組織に属している者が発言した以上は、それは組織としての発言だと思いますけどね。

    だってこのNHK会長が発言することで、周りは「これがNHKの見解なんだ」と思うわけだし、社員の方々にもご迷惑をおかけすることになるんだからね。更には会長が見解を発表したことで、他の職員が自由にものも言えなくなってしまうわけで、それだけ社会的組織的な影響力や波紋が発生する以上、個人の責任と言うことはありえない。


    NHK会長発言「まさに正論」=維新・橋下氏

    http://www.jiji.com/jc/zc?k=201401/2014012700521&g=pol

    物事には「正しいか正しくないか」の前に、「言っていいかいけないか」という判断があることを、認識しないといけないんですけどね。日本は表現の自由が保障されている国ですから。従軍慰安婦は諸外国ではどこでもやっていたと考えるのは結構ですし、南京大虐殺なんてないですよと考えるのも結構です。

    でも責任ある立場の方が口に出してしまったら、それが組織全体へと問題が波及してしまうことになる。前述のように組織としてのモラルや認識が疑われてしまうし、場合によっては国益やイメージの低下、経済的な損失が発生してしまうことだってある。

    だから組織に属してる人はそれに気をつけないといけないんですけど、会長にはそういう認識と覚悟はおありなんですかね? 例えば会長の発言のせいでNHK職員の子供が石を投げられたとしたら、その子のために会長自身が出向いて盾になってあげるんですか? もし会長の発言のせいで国のイメージや国益が損なわれたのならば、それを回復するために一人で奔走する覚悟があるんですか?

    もしそれが出来ないというのであれば、はじめから言わないでいただきたいし、組織の長として不適格だと思うので、とっとと辞めていただきたい。それは橋下さんにも言えることですね。正論だなんだと言いますが、あなたはその「正論」の結果起きた責任を、一人背負ったことはあるんですか? 自分の記憶では米軍に怒られて発言を撤回して、責任もうやむやにしてた気がするんですけどね。そんなあなたが、何故正論だなんだと言う資格があるのでしょう。

    でもこう書くと絶対「じゃあお前はどうなんだ」って言われるんでしょうけどね。だけど自分は、これでも結構気は使ってる方だと思うんですけどね。まず基本組織には属さず、誰とも仲良くしないようにしていたと。あの、誰かと仲良くなると、俺を叩く代わりにその仲良い子を叩いて、圧力を掛けて来るヤツらが出てきますからね。まあ例えるなら自宅前に右翼街宣車回されるようなもんですわ。「お前がこの世から消えない限り近隣住民にご迷惑がかかるけどいいの?」と言った具合に拡声器で大声で叫ばれると、精神的にしんどくなってしまうので、だったら初めから誰とも関わらない方がいいでしょうと思ったと。

    それと間違った事を書いてしまわないように、徹底的に追求し追究し追及していくと。だって自分の間違った発言を鵜呑みにした人が間違った方向に行ってしまったら、それは自分の責任になってしまうでしょ? だから書いた後で何か間違ったかなと思ったら修正して、書き直して、頭の中で整理して、正しい結論が出せるようになるまでずっと考える。

    今はそれほどないですけど、昔はそれこそ震えてましたからね。自分は恥をかくことは別にいいんです。でも自分の発言のせいで路頭に迷う人達が出るかもと思うと、怖くて眠れない。昔はマイリストに文章を書いていたわけですけれども、夜の3時に書き終わってね、さあ寝るかってなるでしょ? でも布団に入ってると夢の中で「何かが間違ってる間違ってる間違ってる……」と念仏のように聞こえてくるんですね。それで収まった後暫くするとまた「お前の発言のせいで取り返しのつかないことが起きるぞ、お前の発言のせいで取り返しのつかないことが起きるぞ……」って聞こえてくると。そうなるともう熟睡どころではないですわ。何かに追われるかのようにバタっと飛び起きて、慌てた手つきでパソコンの電源入れるとニコニコにログインして、寝る前に書いた文章を修正する。そして書き終わりようやくほっとしたと思って時計を見ると、まだ朝の6時でしたみたいな。

    ほんと、こんなに肝を冷やす思いをするぐらいなら、いっそのこと書かなきゃいいだろって思うでしょ? でもね、何故か書いてしまうんですよね。余計な事を書かなきゃいいのに、わかった風な口を利いて軽々しく書いてしまい、後日その修正に迫られるの得り返し。

    でも言わせてもらうなら、自分は感覚的にある程度物事の正否は理解してるつもりでもあるんですけどね。自分は人間の心理を理解出来るようなので。物事を見ると「多分これはこういう人がこういう考えに基づいて作られているんだろうな。だからこの場合にはこうなって、こうするんだろうな」っていう推測が何となく立てられると。

    そして間違って修正するの繰り返しをしてきたことで、発言自体も洗練されてきたかなとも思いますけどね。やっぱり根が完璧主義ですし負けず嫌いなものですからね。検証作業を重ねることで物事の真理にたどり着けて来てるのかなと。まあ手前味噌に聞こえますけれども、自分の歩んできた過程や信念を説明すると、まあこんな感じになります。


    『市場と権力―「改革」に憑かれた経済学者の肖像』佐々木 実著

    http://president.jp/articles/-/11775

    でも世間の方って、どんな感じでお仕事されてるんですか?
    例えば新聞記者とかジャーナリストとか、芸能人とか経済学者とかいらっしゃいますけど、そういう方々って、自分の発言の責任って考えたことがあるものですか?

    だって自分が発言をしたら、その発言に基づいて多くの人が動いてしまうわけでしょ? そりゃ正しい情報だったらいいですわ。でも皆さんが発信した間違った情報の結果、一般市民が間違った行動を起こしてしまったら、多くの人が不幸になってしまうでしょ? 例えば炎上してしまうとか、逮捕されてしまうとか、あるいは一家離散したり、首を吊って自殺したりするかもしれない。

    そう考えたら普通は夜も眠れなくなりそうだけど、でも皆さんはそういう意識を持ってお仕事されてますか? 竹中もきっと、そういう意識はないんだろうな。プレジデントさんの記事にあるけど、勝ち負けを競うために理論武装をしている感じがするわ。
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