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倉吉市立関金小学校の歌詞(落選)
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倉吉市立関金小学校の歌詞(落選)

2015-12-26 05:08
    前回の続き。

    エンブレムデザイン募集のご案内

    http://info.nicovideo.jp/seiga/chokaigi2016_emblem/

    そっか、幾ら命を懸けてデザインを描いたとしても、相手が欲しくないと言っている以上は仕方ないのか。だってニーズとマッチしてないんだもんね。だからしゃあむないデザインコンペでしゃあむないデザインが選ばれたとしても文句は言えないと。

    多分このエンブレムデザインも、しゃあむないコンペであると見做されてるんだろうな。だって重要なコンペが開催されたとしたなら、優れたデザインを1つ作るために何日も何週間もかけるべきで、ここの応募者みたく4つも5つも複数応募してくるとか普通はしないもんね。だから所詮はこれもゴミコンペなんだろう。

    ちなみにデザインのことはわからないんだけど、もっと絵が飛び出してくる感じがいいんじゃないかな。やっぱり年に一度のイベントなんでね。いかにも絵が紙を突き破って迫ってくる方が、ワクワク感みたいなのが出ると思うんだけど。

    関金小学校の校章デザイン・校歌の歌詞の決定について

    https://www.city.kurayoshi.lg.jp/p/gyousei/div/kyouiku/gakkou/gakkoutougoujyunbisitsu/sekiganeyamamori/2/

    でも自分に言わせると、曲先歌詞の選考において作曲家のニーズや好みというものを持ち出されるのは、全く話が違うと思うんだけどね。だって自分で曲に合う歌詞下さいって言って募集かけてんだもんね。だったら人が合う歌詞書いてきたのに対して、好みじゃないですと言い出すのは道理に合わない。はっきり言ってそれは作曲家の知識不足に起因するミスだし、重大な過失なわけで、そんなこと言い出す作曲家は死んだ方がいい。

    まあいいや。ということでこの話はこれぐらいにして、今回は倉吉市立関金小学校という小学校の校歌に応募して落選したので、それを紹介したいと思います。
    この関金小学校というのも近年よく見られる少子化による統廃合のあおりを受けた例でしてね。近所にある山守小学校というのを廃校、吸収する形で今まであった関金小学校が新年度から新しくリスタートするということだそうです。

    それで歌詞を募集してたんですけど、やっぱりこの主催者のニーズというのが終始、頭を悩ませるところなんですわ。


    ぼんやりとして、それでいて趣があって美しい、それをコンセプトに書いた作品ですが、どうだったでしょうか。ちなみに歌詞の説明をすると、1番「椎の木」というのは

    http://www.hitozato-kyoboku.com/sekigane-shii.html

    のことで、写真の通り道路に身を乗り出して立っている木なんですね。そして小鴨川は学校の側を流れている川のことで、清流としても知られた川だそうです。
    更に3番の後半の2行のABについてですが、これは歌詞を選ぶ側に選択していただくことにしました。というのも、地方の学校というのは「地方を離れ巣立っていく」というのがテーマだと常に思っているのですが、もしかすると過疎化に悩んでいるだろう自治体は、これを好ましくないと思っているのではないか? と書いててふと思っちゃったんですね。

    なので巣立って行く現実を受け入れる歌詞のAか、いやいや関金に戻って故郷のために頑張ってくれるんだというBかを御自由に選んでくださいという意味で、このようにさせていただきました。

    でもどっちにせよ落選したんで、配慮は全て無駄になりましたけどね。思うに落選した理由を自分なりに分析してみるに、良いものを書き過ぎたということなんではないかと思いましたね。多分情景としては美しいものを書いているし、他の応募作に比べれば、遥かに文学的芸術的価値もあると思うんですけど、選考する側は恐らくもっと安っぽいものを望んでいるのではないか。

    というのも安っぽくしないと、子供達が歌えないというのがあるんだと思うんですよね。やっぱり良い歌詞には良いメロディがつくわけで、そして良いメロディがつくと一般的に良い歌手が歌わないといけなくなるわけなので、歌唱力がそんなにないであろう子供達には少々ハードルが高くなるし、聞いたり歌ってる側も曲と合わないなあという違和感を感じることになる。

    新「関金小学校」校歌歌詞

    https://www.city.kurayoshi.lg.jp/photolib/gakkoukyouiku/33523.pdf (pdf注意)

    だからこの歌詞みたいなのが合っているということなのかな。文言に見るべきところもないし、芸術性もゼロ、こんなの書けと言われたらすぐ書けるけれども、でもそれが関金小学校の方々のニーズなんですね。だから校歌として採用される。

    でもこれを書けば採用されますと言われて書けるかというのは、また別の問題なんですよね。自分の創作心理として、こんな歌詞を書いて後々「あの関金小学校の歌詞を書かれた、今や名だたる作詞家として知られる○○さんでございますか」と言われたくはない。

    やっぱりこの採用された歌詞は、「はずむあいさつ」とか「なかよくともに」みたいな語句があるせいで、関金の持つ自然の美しさ、風景の美しさを殺してしまっているんですけど、そんな歌詞を書くというのは、自分的には気が引けるかなあというところです。
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