用意された立場
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用意された立場

2019-07-22 02:54


    高校時代
    毎朝通う学校への公共バスは
    1~2時間に一本という環境で帰りのバス運行も同じだった
    その少ない運行のせいで
    朝のバスや帰りのバスは生徒達で寿司詰め状態になる
    そんな環境だけども
    もちろん自動車を持ってない大人も利用するバス

    バス停で待つ利用客の中には
    自分自身が乗れないとすぐ理解した者は
    苦い顔をして顔と左手を横に振り
    バスの運転手に「いい、乗らない…」の意思表示をする人もいた

    正直、バスで椅子に座れた者はラッキーだ。

    ある日の帰り
    僕は椅子に座れた
    同じクラスの子たちがうらやましい~とおちょくる声に
    憎たらしい顔でドヤ顔を返した

    家に着くまでのバスの車内は乗り心地がいいものではない
    ディーゼル車特有の大きなエンジンによる振動は
    椅子に座ってる僕にもわかる

    途中
    バス停が見えてきた
    そのバス停はあまり人が居た事が無く普段ならスルーされる
    畑と古い民家ばかりの地域
    今かと乗り込もうと手を挙げてる人を見て理解した
    お年寄りのおばあさんだった

    席を譲るべきか
    そのまま無視して知らんぷりをするか

    僕は
    席を譲る勇気と言うかクラスの友人の前では
    カッコつけてるみたいで恥ずかしくて出来そうも無かった。
    いっそのことバスの運転手さんがアナウンスで
    僕に「お年寄りに席を譲りなさい」とでも言ってくれたらよかった

    情けない僕

    人にはやさしくしょうね、お年寄りに気遣いを!とか
    散々学校でも習い
    いざという時は僕には出来ると思っていたのに
    出来なかった

    おばあさんは吊り皮を掴み揺れる車内を
    目的のバス停まで最後まで椅子に座れる事なく降りるのを見た
    心が痛かったし罪悪感が僕を気持ち悪くした

    人に優しくするのが自然でありしてもいい環境
    親切にするのが強制でそうしないといけない場所があればと・・・

    その日から僕は自分がとった選択に後悔する日々が続くのであった。


























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