• ARIA ~アリシア・フローレンスという女~

    2015-10-21 16:30
    ・はじめに

    この記事はARIA The AVVENIREを四週した私が「アリシア・フローレンス」に焦点をあてて考察する記事です。ネタバレあります。
    正直この記事かきたかった理由の8割くらいは「タイトル」なので、竜頭蛇尾な記事となりますが、最後まで読んでいただければ幸いです。 ※1


    ・簡単なキャラ説明


    (ARIA The ORIGINATION公式サイトより引用)※2
    アリシア・フローレンス
    CV:大原さやか(アニメ版)
    ARIAカンパニーの水先案内人兼経営者で水先案内人の中で人気が高い「水の三大妖精」の一人。 ゴンドラの操舵技術は天性のもの。
    15歳でプリマに昇格、最年少記録を持つ。 人気の水先案内人、経営者としての仕事をこなしながら、灯里の育成、アリア社長の世話を全てこなす。
    (ピクシブ百科事典より引用)※3

    いわゆる「先輩キャラ」「完璧超人キャラ」であり、ARIAの主人公である水無灯里の成長を温かく見守るキャラクターとして描かれています。
    と言ってもそれはアニメ版で推されているキャラクターで、原作では少し小悪魔要素の強い、ある種「年相応のお姉さん」という感覚で推されていると見えます。


    ・ではなぜそのキャラの記事を書くのか

    主な理由はARIA The AVVENIRE、そして劇場パンフレットにある描きおろしである「AQUARIA」にあります。
    私は原作は1、2年前に読んだだけ、アニメはつい最近のニコ生一挙で3回目の新参にわかともいえる人間です。
    そんな私からみて、アリシア・フローレンスは「作者の姿」ではないか、と思えることが多々ありました。
    そういった考えの中でAQUARIAを読むと色々と自分の中で納得のいく結論が形作られ、この考えをできる限りきちんと形にしたいな、と思い記事を書くに至りました。

    きっかけは上述の「タイトル」なのですが(笑)


    ・アリシア=作者 とは

    AQUARIA、および The AVVENIREではARIA本編のその後として、成長した水無灯里を始め新人のアイちゃん(あいのあい・・・と名乗ってたけど字はどういうのだろう?)の活躍などを過去の話を交えつつ描かれています。
    その中でアリシア・フローレンス(以下アリシアさん)が「変化に臆病なキャラクター」としてあるのでは、と私には見えました。正確には「変化に臆病なキャラクターになってしまった」と言った方が良いでしょう。
    と言っても、それはあくまで回想、過去の話であり、今(引退後)では「変化を起こしていく存在」となっていますが、そんな風にアリシアさんを変えた物はなにか。
    それが「水無灯里」なのです。


    (ARIA The ORIGINATION公式サイトより引用)※2

    ご存じの方も多いと思いますが、ARIA主人公水無灯里(以下灯里ちゃん)は「圧倒的不思議パワー」の持ち主です。その不思議パワーによって引き起こされる日常の中のちょっとした不思議、それがARIAの持ち味の一つでしょう。
    そんな常日頃に「ちょっとした変化」を無意識に起こしその「ちょっとした変化」を楽しむ灯里ちゃんはアリシアさんにも「ちょっとした変化」を起こします。
    最初の一歩こそアリシアさん自身のアクションですが、そこからの変化は主人公たる灯里ちゃんの引き起こした変化である。そう表現したのが「AQUARIA」なのでしょう。

    そういう意味で見ればネット界隈では連載当時?か放送当時の結婚という展開に衝撃が走ったそうですが、その「変化」にも納得がいくという物です。
    一部では突拍子が無い超展開などといった扱いのようですがARIA世界観的に見れば「ウンディーネ」という物を、アイドルとして扱っているあの世界ならではの衝撃ではないかな?と私は考えます。
    (現に親しい友人には教えていたといった表現が補完されていますし※3)

    また漫画、およびTHEORIGINATIONの終盤における、プリマ昇格試験での「私の遥かなる蒼」という言葉。
    よこしまな気持ちで見れば「お、レズかレズか!!」などと言えますが、創作する人における「うちの子」という発言ともてらしてみれば、「作者の水無灯里」との別れを示すとも見えます。他にも「作者=アリシア」の理想像が水無灯里というキャラクターなのではないか、など考察は絶えませんが、だいたいそんな感じでしょう。

    余談ですが私はプリマおよびシングル時代のARIAカンパニーのそれぞれのキャラクターは
    アリシア:変化に臆病
    灯里:変化を楽しむ
    アイ:変化を起こす
    といったような感じで見てます。


    ・今、そして未来へ

    蒼のカーテンコールと題し始まったARIA新作、その「過去の清算」を通して作者は次へと進む。
    現在コミックブレイド他で絶賛連載中の「あまんちゅ」は、その表れではないでしょうか。
    作者にとっての「日々の不思議」はより「現実的」、現実に近いものとなったためのあの作品では、と私は見ています。
    こんどアニメ化もする模様、楽しみです。※5


    少し話はそれましたが、そうして「作者もアリシアさんも変化した」ということがAQUARIAから感じ取れましたよ!というのが本記事全容となります。

    ・余談(10/24追記)
    この記事を書くにいたる遠因ともいえる記事がありましたので、参考までにどうぞ。

    http://ch.nicovideo.jp/EXAMNEKOKONE/blomaga/ar508966

    ・解説および引用

    ※1 お気づきの方も多いとは思いますが「ルパン3世~峰不二子という女~」のオマージュです。
    ※2 アニメ:aria the origination公式サイト
    http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/aria/

    ※3 ピクシブ百科事典:アリシア・フローレンス
    http://dic.pixiv.net/a/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B9

    できればニコニコ大百科から引用したかったのですが、記事の構成上さけたい要素が多かったのでピクシブ百科事典からの引用としました。

    ※4 ARIA The AVVENIRE パンフレットより。

    ※5 アニメ:あまんちゅ!公式サイト
    http://amanchu-anime.com/



    お禿関係を交えて話をもっと膨らませることができなくもないですが、本記事はここらでしめさせていただきます。
    ぶっちゃけすでに考えつくされ、記事もあるとは思いますが、自分の言葉でまとめたかったので書いた自己マン記事です(白目
    拙い文、そして圧倒的竜頭蛇尾ではありましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
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  • 映画:ARIA The AVVENIRE を見て。(ネタバレ回避仕様

    2015-09-26 13:04
    つい最近までアニメの1期から3期まで一挙配信をしていたARIAシリーズ。
    そのおおよそ7年ぶりの新作である劇場版ARIA
    朝1で見てきて色々と感想をかきたい気分になったので、久々に筆をとりました。

    ネタバレを回避するために色々と伏せますが、やはり開口一番言わねばならないとすれば
    「この一時は最高である」ということだ。

    そしてこれから見る人々に注意してほしい点が3つあるのでそれらを順をおって説明していきたい。

    まず一つ目
    この作品はARIAシリーズの「カーテンコール」である。ということだ。
    ARIAは現在「蒼のカーテンコール」という特設サイトを設け、不定期ながらも更新を続けている。
    http://comic.mag-garden.co.jp/aria/main.html
    この「カーテンコール」
    単純に意味だけで言えば
    カーテンコールcurtain call) とは、オペラバレエ演劇ミュージカルなどにおいて、歌手バレエダンサー俳優指揮者演出家が舞台上に現れて観客に挨拶することをいう。通常はお辞儀や手を振ったりして観客の拍手や歓声に応えるだけだが、一連の公演の初日、千秋楽などの節目では代表者が謝辞を述べる場合もある。(ウィキペディアより)

    とあるように、登場キャラの舞台挨拶である。
    曲解ではあるが「終わった話の余談」ということだ。
    この点を十分に気を付けなければならない。

    つぎに
    この作品は「アニメ」ARIAシリーズの新作である。ということだ。
    知っている方も多いかもしれないが、マンガARIAとアニメARIAは随所が改変、修正等がなされており、アニメの登場キャラが漫画の公式キャラとして逆輸入されるまでに至っている。
    そんな密接な関係の「アニメ」と「マンガ」であるが、マンガの連載が終了した現在において
    ある種、ARIAは「アニメ」だけである。
    そのため、アニメの独自の改変は今もなお続いているということは意識の片隅においておくべきであろう。

    最後に
    この作品はARIAシリーズ「7年ぶりの新作」である。ということだ。
    ツイッターを利用している方なら時折みかけるネタツイで「涼宮ハルヒからもう○○年」などというツイートを一度は見かけた事だろう。
    それほどまでにアニメの年月は早い。
    その7年の変化はよくもわるくも明確に表れている。
    それをよくもわるくも、と感じるのは視聴者それぞれ異なるだろうが、私はあえて「よくもわるくも」と書かせていただく。

    これら3点の意識は純粋に作品を楽しむ上では邪魔になることは間違いない。
    それでも、見終わった後にどこかしこりが残るような人を見たくない一心でこの記事を書いた。
    そんなクソガキのいま一時。

    あ、パンフとかモロモロ総額1万くらいはグッズ買いました(笑)

  • 映画:アベンジャーズ&アベンジャーズAoU を見て。

    2015-07-06 15:54
    マーベル界のヒーローが集まって悪い奴らをやっつける!ことアベンジャーズ。
    マーベル的にはファンタスティック・フォーを起源としたヒーローチームらしいが歴史的に見ると、DCコミックスのジャスティスリーグ(スーパーマンやバッドマン)の影響を受けて、といった具合に見えるチームである。

    そんな大人の事情はさておき、なんだかんだ盛り上がる作品であるアベンジャーズ。
    当然のごとく、各キャラクターの映画を見ていないと感情移入すらマトモにできなかったりする。
    でもカッコいいからいいよね!でギリギリ誤魔化せた?のがアベンジャーズ1である。

    が、しかし。
    アベンジャーズ2であるAGE of ULTRON(スペルあってる?)はそうはいかないことが大きい。
    登場するキャラ、設定、単語、それぞれが、それぞれアベンジャーズのメンバーに関わる物であり、各メンバー単独映画を見なければわからない物が多い。
    だが、現時点でマーベル映画は
    アイアンマン /2 /3
    インクレディブル・ハルク
    キャプテンアメリカFA(1) /WS(2)
    マイティ・ソー /DW(2)
    アベンジャーズ /AoU(2)
    ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー

    計11作品となっている。しかもこれからも増加予定である。
    そのため「めんどくせえ」となって手をこまねいている人は少なくないだろう。
    だが、キャラ名、単語や設定に疑問を抱いて「説明不足だ!」というのは少し筋違いであるというのはご理解いただきたい。

    それでも「最低限知識が欲しい」
    というのであれば、時系列的にアベンジャーズとAoUの間の出来事に当たる
    アイアンマン3
    マイティ・ソー ダークワールド
    キャプテンアメリカ ウィンターソルジャー
    の三作品を見ておくことを強く薦める。

    所々の小ネタが見たいのであれば全作品を見ればいいのである。

    さて、ここまで全くふれてこなかったが今作「アベンジャーズ エイジオブウルトロン」は
    広告ポスターやキャッチコピーに対して一部からそのダサさや露骨な女性客集めのPRについて非難されてきた。

    私も映画を見る以前はそのような感情を少なからず抱いていたが、いざ映画を見てみると「なるほど」といった具合である。詳しくは明記をさけるが、おおよそキャッチコピーという前情報で心構えをしていくと楽しめる程度にはラブロマンスが用意されている。

    また、アイアンマン3を見ている方ならご存知と思うが、マーベルコミック原作に登場する一部キャラへの扱いが少しずつ雑になっていることは否めない。
    あのキャラがアレだったりアレがああいう感じになってーっという大人の事情の被害者なのでそこは諦める点である。

    だが今作AoUは、今後放映されるアベンジャーズ3に対してかなり意識した作りにもなっているため、今作以降も目が離せないシリーズである。

    最後に。
    私個人としてかなり気になることがある。
    最近日本放映の映画は意図的か無意識か、解釈を捻じ曲げるような切り方や訳し方が目立つ字幕版であるが
    今作AOUのラストでは、キャプテンアメリカが「アベンジャーズ・・・」といったところで物語を〆る。
    だが映像を見る限りでは彼はまだ何か言っているような雰囲気なのだ。

    というか
    原作の名セリフとして
    「アベンジャーズ・アッセンブル!」というセリフがあるんです。
    それを
    きっているんじゃないかと
    思わずにはいられないんです。

    ベイマックスも、終わり方に際して海外版とは大きく異なる字幕や訳をしているが
    それと同列の行為をしているのではないだろうか。

    そういった細かいところのファンに対するサービスが欠如しているような怖さがある。
    それはあくまでオタク目線の怖さではあるのだが。

    そんなクソガキのアベンジ