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地元を脱出して首都圏に上京 - あるオタクの半生記 その7
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地元を脱出して首都圏に上京 - あるオタクの半生記 その7

2014-08-22 00:08


    そんなわけで今回はあるオタクの半生記 第7回目です。

    第1回 →「殴る蹴るの暴行をほぼ毎日受けていた
    第2回 →「学校のイジメと家庭内暴力に耐えられなかった。
    第3回 →「問題を起こして学校でイジメられなくなった。」
    第4回 →「絵を描き始めてその後の人生が変わる
    第5回 →バリバリの中2病で絵ばっか描いてた高校時代
    第6回 →「絵の仕事に就こうとするが全く結果出ず

    半生記まとめ

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    ■19歳にして中2病を卒業

    さて、フリーターで風俗店掃除と新聞のバイトを相変わらずやっていたわけですが、
    この頃自分は金と時間があった事もありよくゲーセンに通ってました。

    勿論ゲームもやってたんですが、もう1つ目的がありました。それはゲーセンにある
    コミュニケーションノートです。

    今はもうネットがあるので共通の趣味など語りたければブログ、ツイッター、2ちゃんなど
    いくらでも外に向かって発信する場がありますが、ネットが発達していない当時、
    オタ友達のいないオタクはどうしてたかというと、アニメのサークルを作ったり、
    即売会に行ったり、ファンロードやぱふといった雑誌に投稿したりといった他に
    こういったゲーセンやアニメショップなどオタが集まる場所に置いてあるノートで
    コミュニケーションを取っていたのでした。

    この時ノートに描いてた人の中には今ではプロや同人で有名になっている人も結構います。
    そこに自分も字や絵を描くのにハマってたんですが、この影響で一気にオタ化が進み
    女の子の絵ばっか描くようになります。(この頃までは割と男と女半々くらいで描いてました。)

    ちなみに元々サムライスピリッツのナコルルとリムルルが好きなキャラだったんですが
    ゲーセンのノートという需要も重なってこの頃からナコルルとリムルルの絵を描く事が
    異常に増えました。

    こうして中二病オタだった自分は遂に中二病を卒業して萌えオタへと進化します。

    ゲームに関しては色々思い出話があるので 近いうちに別記事でまた語りたいです。
    (書きました → 30代なかばのオッサンがゲームの思い出を語る)

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    ■インターネットとの出会い

    その後ドリームキャストを購入した事でインターネットにほぼはじめて触れたんですが
    これがもう衝撃でした。
    見知らぬ人間と家にいながらコミュニケーションを取ったり、情報を集めたり、
    コミュニケーションノートじゃなくてもゲームなどについて語ったり出来るわけです!

    もうハンパなくハマったわけですが、この頃は電話回線でのネットで1分ごとに金が
    かかってたので、今みたいな一日中つなぎっぱなしに出来なく、23~7時頃まで
    ネットがやり放題に出来るテレホーダイというので深夜眠い目をこすりながら
    チャットとかしてました。

    当然のように自分のホームページ(以下HP)を立ち上げたくなり、埃をかぶっていたMACが
    ついに活躍する時が来ました。
    今みたいにブログで誰でもHPを立ち上げれるわけではなく、HPを作るにはまずhtmlという
    簡易なプログロムみたいなのを覚えて1から作る必要がありました。

    そしてこの頃ネット情報でイラレでなくフォトショで絵を描くのが主流というのを
    ようやく知りアナログで描いたのを取り込んでフォトショで塗るようになります。

    ↓当時の絵




    このHPで自分は「毎日絵を描いてアップします!」と宣言して毎日絵を描いて
    載せてました。(時間のかかる絵は途中経過を載せて複数日で描いてました。)

    ↓こんな感じの絵を載せてました(割と出来の良かったもの)






    んでこの時描いた絵を色んな雑誌の投稿コーナーに送って結構採用されたりしてました。
    大体これを2年間くらい続けて600枚くらい描きました。

    コレに関しては若干迷走してた感もありましたけど色々やってた事が今に活きているので
    無駄では無かったとは思いますが、今考えると もっと効率的に勉強出来て上達出来る方法が
    あったのになぁとは思ってます。

    この頃の日記を見返してみたら 自分の絵の下手さに物凄いコンプレックスを抱いてて
    うがー!とか日記に書いてました。
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    ■また兄に悩まされる。

    さて、フリーター生活を始めて数ヶ月が経過した頃、ここで非常に厄介な問題が生まれます。
    小学生~中学生時代まで自分を殴り続けた兄の問題です。

    この問題は詳しく書きたいとこなんですけど、どう説明していいかわからないというか
    説明しても「何言ってるの??」って感じで理解されないと思うのであまり詳細は
    書かないですけど毎晩のように呼び出されて深夜まで話をしてました。

    多少丸くなったおかげでたまにしか暴力も振るわれなかったですし、時には楽しい事も
    あったんですが基本的にはヒジョーにめんどくさい相談でしかもコッチはちょっとでも
    生意気な事を言うと「お前偉くなったもんだな」的な事をネチネチと言われたり
    兄の命令で原付でアッチコッチに行かされたりと色々と精神的に追い詰められ
    このままいくとノイローゼになってしまう。ってとこまでいっており、夢とは別件で
    一日も早く家を出なければ、しかも兄が簡単に来れないような遠くに行かなければ!!
    って状況でした。

    他にもちょっとあまりにも人間的に酷いので縁を切りたいけど凄い近所に住んでたので
    別れられない悪友もいたという問題もあったんですが、これは書くと長くなるので省略。
    軽く書くと、大喧嘩した時に一方的にぼこぼこに殴ってきて顔に火のついたタバコを
    押し付けてきたような人です。

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    ■友人に誘われて遂に地元を脱出!!

    しかし就職しようにも状況は前回と変わらず、親もこのへんの事情を知らないので
    どうする事も出来ないまま日々は過ぎていきます。

    そして19歳の冬、高校時代に友人になりその後も付き合いがあった友人Sが「上京するから
    一緒に来ない?」と誘ってくれました!

    勿論2つ返事でOKするも仕事も何も決まってないのに首都圏に引っ越しますなんて
    親が許してくれるだろうか、、、と思ってましたが何故かアッサリ了承されました。不思議。

    なんがかんだ言って結果は出てないまでも今まで絵関係の仕事に就こうと色々やってるのを
    親も見てたのでそこらへんで理解度が深まったかもしれないです。

    こうしてこれまでの貯金と半年ほど派遣契約でガッツリ働いて引越資金や部屋代などを
    用意し20歳の9月、仕事など全く決めずに遂に地元を脱出して千葉県に引っ越します!

    今思ってもホントに引っ越す事が出来て良かったです。
    あの時地元を脱出出来なければ一体今頃どうなっていたかと考えるとゾッとします。
    この友人はホント自分の心の友であり、この世で最も尊敬している男であり、人生や命の恩人です。

    第8回 →「エロゲー会社に着彩として就職


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