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殴る蹴るの暴行をほぼ毎日受けていた--あるオタクの半生記 1
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殴る蹴るの暴行をほぼ毎日受けていた--あるオタクの半生記 1

2013-02-02 07:23
  • 2

前書きのようなものはコチラ

さて、今回から数回にわたって自分の半生を語って公開するという痛い事をするのでヨロシクお願いします。

といっても幼児の頃は特に語ることは何も無いです。覚えてもいないですし。
小2になるまでは特に不自由なく普通の生活を順風満帆にすごしてました。

そう、小2になるまでは。。。

小2になって自分の生活は一気に悪くなります。
キッカケは家庭の引っ越し。親が一軒家を建て自分の兄弟達は2階に部屋を与えられたんですが、兄と同室になりました。
これが地獄の始まりでした。

それまでは親や他の兄弟と同じ部屋だったのでプライバシーもくそもなかったですが、
親の目の届かなくなった兄は自分に対して好き放題出来るようになり、文字通り好き放題してきました。

簡単に説明すると小2から中1あたりまでほぼ毎日パシリに使われ、殴る蹴るの暴行をうけました。


いちいち全部覚えてないですが こんな感じの事が毎日あったと思ってもらって差し支えないかと。

【例1】小2の自分に小4の兄の時間割を見て準備をしとけと無茶ぶり、小4の授業に必要な教科書なんてわかるわけがなく聞いたら殴られるので適当に用意したら、アレが無いコレが無いと言ってボコられる。

【例2】なにがあったか知らないけど兄が泣いて台所から出てきた、廊下ですれ違う時に八つ当たりに腹パンされる。

【例3】野球部に入った時、頼んでないのに特訓を受けさせられて、出来なかったら殴る蹴る。


6年分なんで挙げたらキリがないですけど こんな感じの事が他にも色々ありました。

理不尽な事だらけでしたけど、その中でも特に記憶に強く残ってる一言があります。
いつもどうり兄に暴行を受けて泣いてる時に言った兄のこの一言。


「このくらいで自分が不幸だなんて思うなよ!アフリカでは今でも飢えで死にそうになってる人達が山程いるんだ!!!」


ジャイアンでもここまでの名言は吐けません。言ってることは合ってるかもしれないですけど今不幸にさせてる張本人がそれを言うかと、、、

顔に青アザが出来た事も何度かありました。本気で●してやろうと包丁を持って兄の前に行った事もありました(兄弟に止められて未遂)。もういやだと思って兄の前で包丁で腕を切って自殺しようとした事もありました。(兄に止められて未遂)

でもイジめるだけではなく兄として遊んでくれた事もたくさんありました。ハタ目から見たら仲の良い兄弟だったと思います。
例えば よくキャッチボールをして遊んでくれました。自分の投げたボールを兄が取り損ねた時、自分がボールを取りにいきましたけどね、、、

そんな感じで家にいる時は結構大変でしたけど、学校や外に遊びに行ってる時は兄に会う事は無いので学校や部活に行ってる時は
割と毎日楽しく過ごしてました。

そう、あの時までは。。。

小学4年生。まだ10~11歳くらいなのに今振り返っても自分の人生で最も不幸で苦痛で毎日自殺する事ばかり考えていた1年が始まります。


第2回 →「学校のイジメと家庭内暴力に耐えられなかった。

半生記まとめ

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いじめられるなら強くなれば?
自分は柔道や空手やってるよ
74ヶ月前
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>>1
実は小6あたりから拳法を習ってて一応初段を持ってるんですが、自分の見た目が弱そうなのと反抗する勇気が無かったので結局いじめられちゃいましたね。。女子にいじめられてた場合暴力振るうわけにもいかないですし。
73ヶ月前
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