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【第353号】キャプテン・ジャパン:果たし得ていない約束―私の中の七十七年 その2
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【第353号】キャプテン・ジャパン:果たし得ていない約束―私の中の七十七年 その2

2022-05-11 07:00
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    マクガイヤーチャンネル 第353号 2022/5/11
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    おはようございます。マクガイヤーです。

    哀しいことにゴールデンウィークが終わってしまいました。

    それなりにゆっくり休めましたが、名残惜しいことこの上ないです。

    年に4回くらいゴールデンウィークみたいな連休が欲しいところですね。



    マクガイヤーチャンネルの今後の放送予定は以下のようになっております。



    〇5月16日(月)19時~「イケてるおじさんのイケてるMODEROID」

    グッドスマイルカンパニーから展開されているプラスチックモデルシリーズ「MODEROID」が盛り上がっています。

    コロナ禍や転売で買えないガンプラや、ひと昔前だったら商品化できなかった美少女プラモも盛り上がっているのですが、自分のようなアラフィフおじさんとしては、ゼオライマー、パトレイバー、グランゾート、レイアース……と、まるでスーパーロボット大戦のような商品ラインナップの「MODEROID」シリーズに注目せざるを得ません。ED-209やタックコムのような80年代映画のロボットや車両をプラモ化してくれるのも有難いです。


    そこで、お友達の虹野ういろうさん(https://twitter.com/Willow2nd)の持ち込み企画として、「MODEROID」の成り立ちから現在までを解説するようなニコ生をお送りします。


    おっさんがプラモについてキャーキャー語る楽しい回になると思います。



    〇5月23日(月)19時~「『シン・ウルトラマン』と庵野秀明、あるいは、そんなに人間が好きになったのか庵野秀明」

    5月13日より映画『シン・ウルトラマン』が公開されます。特撮テレビドラマ『ウルトラマン』を現在の時代に置き換えつつ、『シン・ゴジラ』『シン・仮面ライダー』と同じく、製作・脚本を務める庵野秀明が「シン」をつけて「リブート」する特撮映画作品です。『シン・ウルトラマン』の監督は樋口真嗣ですが、庵野秀明のあれやこれやが重要な役割を果たす作品になることは間違いないでしょう。


    そこで、庵野秀明と『ウルトラマン』のこれまでについて振り返りつつ、『シン・ウルトラマン』について解説するような放送を行います。


    ゲストとして舞台女優の桜木ゆいさん(https://twitter.com/sakuramauyoru)をお迎えしてお送り致します。



    〇6月前半(日時未定)「『トップガン マーヴェリック』とハリウッド・ヴァンパイア トム・クルーズ」

    5月27日より映画『トップガン マーヴェリック』が公開されます。1986年に公開された『トップガン』36年ぶりの続編にして、前作同じくトム・クルーズの主演作です。59歳になったトム・クルーズが実際にF/A-18E/F スーパーホーネットに搭乗し、教官として次世代の戦闘機パイロットを育てる話になるそうです。『オブリビオン』でトム・クルーズと組んだジョセフ・コシンスキー監督作です。


    そこで、トム・クルーズのこれまでを振り返りつつ、『トップガン マーヴェリック』について解説するような放送を行います。



    〇6月後半(日時未定)「最近のマクガイヤー 2022年6月号」

    詳細未定

    いつも通り最近面白かった映画や漫画について、まったりとひとり喋りでお送りします。



    〇藤子不二雄Ⓐ、藤子・F・不二雄の作品評論・解説本の通販をしています

    当ブロマガの連載をまとめた藤子不二雄Ⓐ作品評論・解説本『本当はFより面白い藤子不二雄Ⓐの話~~童貞と変身と文学青年~~』の通販をしております。

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    また、売り切れになっていた『大長編ドラえもん』解説本『大長編ドラえもん徹底解説〜科学と冒険小説と創世記からよむ藤子・F・不二雄〜』ですが、この度電子書籍としてpdfファイルを販売することになりました。

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    合わせてお楽しみ下さい。





    さて、本日のブロマガですが、引き続きキャプテン・ジャパンの妄想話について書かせて下さい。




    ●果たし得ていない約束―私の中の七十七年 その3

    コウイチはレストランで人を待っていました。

    近くの席ではカップルが食事をしていて、店内が空いていることから(空いているからこそコウイチはこの店を選んだのですが)会話がしっかりと聞こえてきました。片方が歯の浮くような台詞を口にすると、片方がその言葉の端々にうっとりとしていました。コウイチは、愛を誓う言葉というものはなんて空しい言葉なのだろうと思いましたが、同時に、空しいだけに怪しい逞しさがあるとも感じました。

    もはやコウイチにその種の逞しさはありませんでした。


    モリタの享年は二十五歳でした。果たしてモリタの二十五年はどのようなものだったのでしょうか。意味があったのでしょうか。人生を愛していたのでしょうか。コウイチにとってモリタは人生の意味以上の存在でしたが、モリタ自身は意味があったと思っていたのでしょうか。また、モリタ自身はその人生を愛していたのでしょうか。コウイチにとっては、愛という言葉も、概念も、いまや空しいだけでした。

    コウイチはモリタよりも一回り年上でしたが、<記憶バンク>で歴代キャプテン・ジャパンの「記憶」を受け継いでいます。それらはコウイチの人生そのものではありませんが、一〇〇年以上の「記憶」があり、それらがコウイチの、いや「キャプテン・ジャパン」としての考え方や存在に少なからぬ影響を与えていました。

    特に二代目キャプテン・ジャパンの影響はコウイチにとって大きいものでした。終戦……いや敗戦記念日と玉音放送以後の七十七年を考えると、「キャプテン・ジャパン」はほとんど「生きた」とはいえません。鼻をつまみながら通りすぎたのです。

    七十七年前に二代目が憎んだものは、多少形を変えはしましたが、今もあいかわらずしぶとく生き永らえています。生き永らえているどころか、おどろくべき繁殖力で日本中に完全に浸透してしまいました。それは自らつかみ取ったのではなくアメリカという宗主国から与えられた戦後民主主義を契機とし、そこから生じた偽善という、新型コロナウイルスよりもおそるべきウイルスです。

    二代目は、このような偽善と詐術はアメリカの占領と共に終わるだろう、と考えていたようですが、結局のところ日本人は自ら進んで、それを自分の体質とすることを選んだのです。政治も、経済も、社会も、文化ですら。オリンピックや新型コロナウイルスの件は、単に偽善という大氷山の一角が空気に曝されたにすぎなかったのです。

    コウイチはようやく、自分にとって、キャプテン・ジャパンにとっての本当の「敵」について気が付きました。「敵」はレッド・エゴスでも偽キャプテン・ジャパンでもありませんでした。コウイチをはじめとするキャプテン・ジャパン達はこれまでの七十七年間、風車を相手に戦ってきたにすぎなかったのです。それは絶望と敗北を意味します。また、いつも風車を相手に戦っているのが、一体、人生を愛するということであるのでしょうか。

    SNS上でスーパーヒーローのようにふるまう人間たちがモリタを殺したわけですが、これは単にモリタ一人の死という問題ではありませんでした。コウイチはモリタを始めとする日本の善男善女達と「約束」をしていたのです。果たしてコウイチは「約束」を果たして来たか、ということなのです。

    キャプテン・ジャパンとしての活動により、コウイチは何事かの約束を果たして来た筈だと思い込んでいました。政治家ではないので実際的利益を与えて約束を果たすわけではありませんが、政治家の与えうるよりも、もっともっと大きな、もっともっと重要な約束を、おれはまだ果たしていないという思いにコウイチは責められていたのです。

    七十七年間に希望を一つ一つ失って、もはや行き着く先が見えてしまったような今日では、その幾多の希望がいかに空疎で、いかに俗悪で、しかも希望に要したエネルギーがいかに膨大であったかにコウイチは唖然としました。これだけのエネルギーを絶望に使っていたら、もう少しどうにかなっていたのではないのでしょうか。

    ある意味で、コウイチにとっての、キャプテン・ジャパンにとっての「敵」はいまの「日本」、「日本」の構造そのものでした。コウイチはこれからの「日本」に大して希望をつなぐことができませんでした。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くしていました。「日本」はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕層と貧困層が分断されたかつて先進国だった国の成れの果てが極東の一角に残るのでしょう。



    ●果たし得ていない約束―私の中の七十七年 その4

    「待たせてすまなかったですね」


    そういって、店に入ってきたヒロシがコウイチのテーブルの向かいの席に座りました。

    「ああ、腹がへった」と空腹を訴えたヒロシは好物の鰻を注文しました。コウイチもそれなりの料理を注文します。しばし世間話に興じる二人。


    「それで、ワタシに相談したい話ってなんなんです?」


    いよいよヒロシは本題に迫りました。上手い具合に愛を囁いていたカップルは食事を終えて出て行ったので、店には二人きりです。


    コウイチはさっきまで何度も頭の中で反芻していた「敵」についての話をヒロシにまくしたてました。

    われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのをみた――はずです。政治は矛盾の糊塗、自己の保身、権力欲、偽善にのみ捧げられ、国家百年の大計は外国に委ね、敗戦の汚辱は払拭されずにただごまかされ、日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆくのを、歯噛みをしながらみていなければならなかつた――はずです。それは約四十年しか生きていないヒロシも同じはずです。


    「まるでワタシを誕生させた人達のようなことを言うんですね」


    ヒロシはニヤニヤ笑いながら、まるでコウイチがこのような考えに到達するのは自然の成り行きだというような顔で応えました。コウイチは苦い顔をしながらも、それを否定しました。


    いや、いま必要なのは「現人神」を作ることではありません。コウイチは自分の考えを説明します――<記憶>を受け継いではいても結局は戦後生まれの自分にとって、「現人神」は皇居に、日本の中心にきちんといます。それは空虚な中心かもしれないが、空虚であるがゆえに代替わりしても、男でも女でも、存在します。あとは制度の問題にすぎません。

    必要なのは真の日本、真の日本人、真の武士の魂が宿るであろうキャプテン・ジャパンです。法理論的には、キャプテン・ジャパンは違法であり違憲であることは明白です。また、実質的に宗主国であるアメリカが、日本が自主的に日本を守ることを喜ばないのは自明です。これを、自主性を回復しなければ、日本は永遠にアメリカの、世界の植民地として終るでしょう。日本が、日本人全体がキャプテン・ジャパンとして目覚める必要があるのです。



    ●ニューディール その1

    「フムン……アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキーならぬ皇宮の平岡公威、しかも戦後生まれのそれということですかな」


    ヒロシはニヤニヤしながらもしばし考え込みました。

     
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