田畑 佑樹さん のコメント
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やっと何とか声が出るようになってきたので(それでも長く話すと喉が焼けて咽せ、大量の痰が飛び出してくるのだが、なんか昔って爺さんとかみんなそうだったような気もする笑)、人と会ったり話したりする仕事復帰したのだが、3 / 11の記憶に浸る間もなく、まずは NHK エンタープライズに行って「泉京香は黙らない」の監督と音楽に関する最終打ち合わせ、その後、とうとう改装を終えて再稼働したパークハイアットのピークカフェに行って、情報公開できない件について打ち合わせ、そしてその後、美學校の、初年度の最後の授業に行く、という、我ながらキツい仕事始めとなったけれども、まあ、結局、僕は人と話すのが好きなのである。
「泉京香」は、言うまでもなく「岸辺露伴」のスピンオフで、オリジナル脚本である。僕はステッフィングに関してまで知る由もないが(というか、何にも知る由がないが。ただひたすら、出来上がった画面に音楽を付けているだけ)、今回、かなりの最強チームだった「露伴組」から、監督と脚本という、映画の骨子だろそれ。という2人がベンチに入り、2人組の新人監督(男性)が登板となった。
2年制の過程を終えたあと、ジャズギター演奏や譜面書きをやるようになった同級生の家で茶飲み話程度に楽曲分析をしていたのですが、「この4度ベースとかよく解るよねえ、全然聴こえないわ」「いや、お前もできてるよ(笑)習ったんだから」などと話しつつ、自分は教わったことの(とくに和声的な)理論を活かせなかったなあと思っていました。
それでも、特に新しいプロジェクトを始めるからなどのきっかけも無しに、ある日、学生時代の定番曲集の譜面を見ながらコードだけ伴奏してみました。そこにあった『What's Goin' On』の、1stコーラス直後の間奏に入るところのA9を弾いた途端、「うわあ凄い、こんななってたんだ」と電撃のようなものが走り、徐々に師から配布された講義用のプリント(ほとんど手書きのコピー)も遡って読むようになりました。
するともう、学生時代はなんとなく追ってただけのプリント内容が宝の山というか、知りたかったことばかり書いてあり(笑) かつての自分がどれだけ雑な学び方だったか呆れるとともに、いま必要な知識が過去にもらったモノの中にあることに驚かされました。
私はむしろそこからノートを取りなおすようになりましたが、複数の近似モードを組み合わせるアプローチとか、いくつかのモードを同一調性内で組み合わせて作ったヴォイシングから二次ケーデンスを形成して別の調のトニック以外のコードにモーションするなど、それらを新しく学ぶために表を書く作業はとても楽しく、あの時期に自分は心身ともに再生したという実感があります。おそらく、自分は調性内でダイアトニック外の音を使うことに当惑と拒否感を覚えていたのですが、その領野にファンクの感覚で複数のモードを混ぜていくことには適性があったらしく、それを自覚してから初めて音楽理論を使う際の窒息感のようなものが霧消しました。
11年前あたりが自分にとっての「再学習期」でしたが、師からもらったプリントだけではなく、菊地さんのモダンポリリズム講義にふれたことで和声以外の視野が開けたことにも助けられたと思います。かねてより菊地さんは、和声理論を教えた直後に、隣接する・もしくは同一地平のトピックであるかのようにモードを教えなきゃならないことの無茶と(教師・学生双方の)不全感に言及しておられましたが、自分の場合は時間を置いてもう一度学び直すことで、単一のパースペクティヴでは整理不可能なことが沢山あること自体が理解でき、そこから理論を学ぶことも使うことも自然に楽しめるようになりました。
現在の自分を助けてくれる知恵が過去の時系から来るというのは、とても奇怪で豊かなことですね。クールジャパン文化的には、過去の自分が書いたノートとは恥ずかしくて読めないものとして扱われるようですが、むしろ恥ずかしがることすらできない純粋な異物感のようなものがノートにはあり、そこが良いと思っています。
音楽とは関係ないですが、税率5%の頃に100円均一で買ったノートになぜかソ連史の年表が数十ページにわたって書かれており(笑) 明らかな文献丸写しで、今と比べると気持ち悪いくらい字が綺麗なのが面白かったです。あれはまさに「自分では全然理解していないけどノート取っておく」の行動そのままだったのでしょう。
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