ある若手ボカロPを大支援する話
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ある若手ボカロPを大支援する話

2019-02-06 20:52
    19世紀ドイツの大作曲家ロベルト・シューマン(1810-1856)は、数々の名曲を発表する一方、音楽評論家としても精力的に活動していたことで知られます。その評論をまとめた『音楽と音楽家』は故・吉田秀和氏の邦訳で岩波文庫に収められています。学生時代に買った文庫本がボロボロになってきたので、2016年に第42刷が出たのを機に買い直し、肌身離さず持ち歩くほどの愛読書です。

     この文庫の104ページ、同時代に活躍したフレデリック・ショパンのピアノ協奏曲(2曲ありますがどちらも大好き)の冒頭に、こんな一節があります。これは私の座右の銘でもあるので、少し長くなりますが引用します。

    「若い芸術家諸君、もし君らに横槍をいれる者がいたら、どんな奴にしろ、諸君は、それを自分の才能の力の証拠だと心得て大いに喜びたまえ。そうして、もしその反駁(はんばく)が性の悪い奴だったら、ますますもって自分の才能が、その辺のざらにありふれたものでないことを以て、自任したまえ。1830年以前のとても乾ききっていた世の中で、(中略)ショパンを認めまいと躍起になって肩をすくめていたばかりか、ショパンの作曲など破りすててしまえという暴言をあえてする男さえいたというのは、何といっても特筆大書に値する」

     世界的な大作曲家として不動の地位を占めているショパンが、現役当時に酷評されていたというのは驚きですが、やはり同世代のエクトル・ベルリオーズやフランツ・リストらとともに新たな音楽の世界を切り開いたパイオニアであるという事実を思い起こせば、それも納得できます。大衆は伝統を大切にするあまり、伝統から外れた新しいものには攻撃的になるもの。いにしえの音楽、自分の耳にやさしい流行歌に安住していると、次の潮流を読み切れないのも致し方ないところと思います。

     前置きが長くなりました。なぜ今こういう話をするかと言うと、私が日ごろ交流しているボカロPに、さまざまな酷評や迫害を受けながら頑張っている人がいるからです。P名はドリームロイドP(以下ロイドさん)と言います。10代の若手ながら作曲や絵には幼いころから親しんでいて、ニコ動には2月6日現在、VOCALOIDやUTAUオリジナル曲を中心に257件の投稿を行っています。
     私は、ロイドさんが初めてGUMIを使ったオリジナル曲を投稿した2015年7月以来、GUMI以外のものを含む多くの作品を視聴してきました。初期のオリジナル曲は拙いところもありましたが、年を追うごとにクオリティーが上がってきて、聴き手の心を掴む音楽が書けるようになってきたのが頼もしい。今は私のサークル「生ぐーみん。」に加わってもらい、5月に出す新譜にも書き下ろし新曲が入ることになりました。

     こうして活動の幅を広げているロイドさんですが、支援の輪が広がる一方で、誤解や嫉妬で攻撃されることもしばしば。
     昨年春から小説サイトとの連動で始まった新シリーズ「レッドアイ」では、キャラクターの設定や一部のキーワードが、じんさんの「カゲロウプロジェクト」(カゲプロ)と同じだとして、一部のカゲプロ支持者から「パクリ」などと非難されています。これについてはカゲプロの第一作『人造エネミー』が2011年2月の発表、一方で「レッドアイ」の原型が出来ていたのは2006年。話の内容からみても模倣でないことは明らかですが、文字面だけを見て中身を検討していないと、所詮この程度なのでしょう。その他も細かくは書きませんが、いろいろな話を周囲から聞いています。
     だからこそ自分は、この若きクリエイターを応援します。
     ロイドさんから作品の感想を求められることがありますが、その時は率直に悪いところは悪いと指摘し、辛口の批評を返すことがあります。だからといって投稿を止めさせるなどということは考えられません。もっともっと曲を書いて、大成してもらうよう、自分も積極的にマイリスト登録とTwitter広報で応援を強化する積もりです。

     本当にダメな作り手、人まねばかりの投稿者なら、そもそも話題にすらなりません。
     大衆や有力者から疎まれ、攻撃を受けるレベルの創作者こそ、やがて歴史に名を残す芸術家となるでしょう。
     罵詈雑言に流されず、しっかり本質を見極められる人間になれるよう、ロイドさんや多くの芸術仲間とともに、私も日々鍛錬です。

    ※リンク先はニコニコ大百科です
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