4万円台半ばという手ごろな価格を実現したヒト型ロボットの工作キット『Rapiro』。かわいらしいルックスながら、Arduino互換のRapiro基板を組み込み可能な本格派。自分で組み立て、プログラミングしてさまざまに動かす楽しさを味わえる製品だ。Rapiroの開発に込められた意図、その背景にあった人間模様、さらに、クラウドファンディングによるものづくりの秘訣などを聞いた。
週刊アスキー12/9号 No1006(11月25日発売)掲載の創刊1000号記念連続対談企画“インサイド・スタートアップ”、第7回はプログラミング可能な低価格ロボット『Rapiro』を開発する機楽の石渡昌太代表取締役に、週刊アスキー伊藤有編集長代理が直撃。
↑自分で組み立てるロボット『Rapiro』。組み立て完了時の全高は250ミリで、重量は約1キロ。開発段階から基板制作と販売面での協力を行なった“スイッチサイエンス”での販売価格は4万5360円。
■ほかの人がやりそうなことをやってもおもしろくない キックスターターを使う意味はそこにある
伊藤 ロボットキット『Rapiro』は、日本で初めて米国のクラウドファンディング“キックスターター”での資金集めに成功して、製品化したんですよね?
石渡 実はRapiroは、僕にとってキックスターター第2弾の製品なんです。第1弾は“心拍数によって動くしっぽのおもちゃ”でした。
伊藤 ああ、『Tailly(テイリー)』ですね。こちらをキックスターターに出されたのはいつだったんですか?
石渡 2012年12月です。ただTaillyは、キックスターターのプロジェクトとしては成立しませんでした。
↑心拍数で動く“しっぽ”のおもちゃ。キックスターターへの挑戦第1弾は、こちらの『Tailly』。惜しくも成立はしなかったが、若い女性からの支持を集めた。
伊藤 そうなんですか。そのあと、Rapiroのキックスタータープロジェクトは2013年6月にスタートしていますが、Taillyと並行して進めていたんですか?
石渡 いいえ、Rapiroの開発は、Taillyの結果を受けてスタートさせました。年末年始を使って2013年1月には設計を始めて、4月にはプロトタイプが完成していました。
伊藤 Rapiroの開発には、Taillyからのフィードバックがどう生かされているんでしょう?
石渡 Taillyという製品を分析してみると、メインターゲットになりえたのは、コスプレが好きな若い女性だったんですね。実際、プロジェクトに興味をもってくれた人も、6割くらいが18~24歳の女性でした。でも、キックスターターのハードウェアカテゴリーを見ているユーザーというのは、圧倒的に男性なんですよ。Cerevoの岩佐琢磨さんが「ハードウェアベンチャーは“グローバルニッチ”を狙え」とよくおっしゃっているんですが、Taillyは製品のターゲットとハードウェアカテゴリーと場があっていなかった。そんなこともあって、Rapiroのターゲットは25~35歳前後の男性に設定しました。
伊藤 じゃあ、キックスターターのユーザー層を分析したうえで、25~35歳の年齢の男性向けに製品をつくろうという考えが最初からあったんですね。
石渡 はい、そうです。
伊藤 ロボットに取り組んだきっかけが聞きたいです。
石渡 僕のバリューを出せる分野は、モノが動いたり光ったりというところだと思ったんです。ただの基板ではなくて、機械設計とか放熱処理とかのハードルがあるモノのほうが差別化できるかな、と。そのうえで、せっかく日本から出品するんだから、日本的なプロダクトにしたいという考えもありましたね。
伊藤 製品の“日本らしさ”はよくわかります(笑)。
石渡 そうですね。「日本といえばロボットだろ」という認識が海外の人たちにはありますよね。それで、日本のロボットといえば、やはりアニメ的になる。
伊藤 ということで、Rapiroのフォルムが生まれた。独特のかわいらしさがあって、欲しくなりますよね。
石渡 元々、ほかの人が欲しいと言ってくれるモノなら、何でもいいと思っていたんです。Rapiroのような製品は、設計も製造も大変なんです。でも、ほかの人がやりそうなことをやってもおもしろくないし、自分のバリューも出せないじゃないですか。だから、そういう目的で資金集めができることこそが、キックスターターの存在意義なのかなと思います。
伊藤 うん、そう思います。キックスターターのプロジェクトが成立するまではどれくらいでした?
石渡 目標金額の2万ポンド(約365万円)に達したのは開始2日後でした。そのことがニュースになったのもあって、最終的には7万5000ポンド(約1368万円)まで伸びました。
↑クラウドファンディングの“Kickstarter”では、約2日間で目標額を達成。最終的に7万5000ポンドを調達した。ハードウェアでは日本人で初のプロジェクト成立だった
■半年という日程で発売までこぎ着けたくてそのための座組みを考えて用意していた
伊藤 すごい。で、そこから半年ほど経った今年2月に発売になったと。かなり速い印象ですが、プロトタイプの段階でかなりつくり込んでいたんですか。
石渡 それについては、約半年という日程で発売まで行けるような座組みを考えて、用意していたことが大きいです。
伊藤 “座組み”というと?
石渡 Rapiroの開発では、金型製作でミヨシさん、基板制作と販売面でスイッチサイエンスさん、3Dプリンター出力はJMCさんといった具合に、関係企業に最初からチームに加わってもらったんです。キックスターターのプロジェクトのページにも明記してあります。
伊藤 へえー。販売のパートナーはともかく、金型製作の会社を前面に出すのはめずらしいですよね。ミヨシさんとはどうやって知り合ったんですか?
石渡 数年前に、以前からお付き合いのあったネジ会社の方に誘われて、町工場の経営者が集まる飲み会に参加したんですね。その飲み会に、ミヨシの杉山耕治社長も参加されていたんです。
伊藤 その場で意気投合して協力関係に発展した?
石渡 いや、どちらかと言うと、あの場では僕のことを警戒してたんじゃないかな(笑)。
伊藤 なんか怪しいヤツが来たぞ、みたいな(笑)。
石渡 そのときはあまり話をしなくて、その後、イベントで顔を合わせて何度か話をするうちに、という感じですね。
伊藤 杉山社長は元々、ハードウェア・スタートアップやキックスターターなどに興味をもっておられたんですか?
石渡 金型屋の二代目として、クラウドファンディングに対して、可能性は感じていたそうです。ただ、僕もTaillyのときには声をかけられませんでした。というのも、成功するのか失敗するのか自分でもわからないし、巻き込んだ責任を取れないからです。でも、Rapiroの場合は、ほとんどのバリューが金型によって生まれるものじゃないですか。
伊藤 確かに、Rapiroの見た目がイケてなかったら、絶対に欲しくならないですものね。
石渡 そうなんです。だから、ある程度まで設計が進んだ段階で、僕が想定している予算で金型ができるのかどうかを相談させてもらったんです。そうしたら「そういうことなら、いっしょにやろうよ」と言ってくださったんです。クラウドファンディングのリスクも十分に承知のうえで、「金型をつくり始めるまでは、ウチ(ミヨシ)に迷惑がかかる話じゃないんだから」と。
伊藤 古き良き、美しき口約束ですねぇ。資金面での協力もしてもらっているんですか?
石渡 実質的には投資と同じ意味をもつサポートをしてくださっています。たとえば、金型の代金を一度に前払いしてしまうと、せっかく調達した資金が一気に消えてしまうので、分割での支払いにしていただいたりとか。スイッチサイエンスさんも同じように、僕が代金を前払いする前に部品を調達して、基板製作を始めてくれていたりします。普通に考えると、なんらかのトラブルでプロジェクトが中止になったときに代金を取りっぱぐれるわけだから、ありえないことですよね。だけど、みなさんが僕のことを信じて任せてくださったんです。
伊藤 それは心強いですよね。ハードウェア・スタートアップの場合、ソフトウェアと違って、圧倒的に手元の資金が必要じゃないですか。その部分でサポートがあるのはやっぱり大きい。
石渡 キックスターターで現金を手にすることができても、それだけでは十分ではないことはあらかじめ理解していました。その資金だけで回すのは、そもそも無理があるんです。
伊藤 いわゆる“黒字倒産”になりかねない。たくさんの買い手がいて、このあともうかるはずなんだけど、今の運転資金がないから倒れてしまう、と。
石渡 キックスターターには、プロジェクトが成立したものの“Financial Issue”により断念というケースが意外に多いですよ。僕はその内実がよくわかりますよ。
■勝手に仕様を変えるのは良いことだし、日本人ももっとやればいいと思う
伊藤 Rapiroの場合は、石渡さんの計画づくりと関係企業の心意気もあって、そのハードルを超えられたわけですね。ところで、Rapiroの開発で中国には行かれたんですか?
石渡 関節部分に使用しているモーターの関係で、一度だけ行きましたね。
伊藤 品質管理やコミュニケーションの面で苦労が多いと聞きますが、それについては?
石渡 僕はそういうふうに思ったことは一度もないですね。相手が中国の工場でも信用できますし、日本とあまり変わらないんじゃないかとさえ思います。
伊藤 へえー。もうちょっと詳しくお聞きしたいです。
石渡 たしかに、中国には“格安プラン”の製品があって、その品質が劣るということはあります。でも、彼らはその製品に“何が足りないか”を言ってくれるんですよ。それを聞くこともせずに「中国はダメだ」と言っている人が多い気がしますね。
伊藤 つまり、コミュニケーション不全が原因だと。
石渡 工場には、できることとできないことがあって、それを前提にしてやりとりすればいい。「これはできないって言うけど、こうやったらうまく行くんじゃない?」という感じで、いっしょに考えていけば問題ないんです。それは、中国でも日本でも同じですよね。
伊藤 でも、日本の商習慣だと考えられないようなことが起きません? 勝手な仕様変更とか。
石渡 僕は逆に、勝手に仕様を変えるのは良いことだし、日本人ももっとやればいいと思うんです。それで結果的にうまく行くことだってあるわけだし、そのほうがスピードが上がるというメリットもあります。製品を良くしようという善意に対して怒るのではなく、柔軟に向き合えばいいんじゃないでしょうか。発注者と下請けという関係性ではなく、同じチームのメンバーだと思えばできる気がします。そのうえで、中国特有のやり方に慣れて、フレキシブルに対応するのが大切ですよね。
伊藤 対中国は“品管”(品質管理)が大事とよく聞きますが、言葉自体が上下関係。そうじゃなく並列関係の方がうまくいくんじゃ? というのは、昔ながらの町工場の流儀を感じます。納得感あるなぁ。最後に、Rapiroの次製品については?
石渡 おおまかに決まってはいますが、まだ言える段階ではないんですよ。クラウドファンディングを使うかとか、いつごろ発売なのかもまだ構想中です。大きなプロジェクトを立ち上げたい気持ちはあります。期待していただけるとうれしいですね。
↑超小型ボードArduino互換のRapiro基板(写真手前)を頭部に組み込める。標準では付属しないが、『Raspberry Pi』にも対応する。アイデアとプログラミングしだいで可能性が広がるのが魅力だ。
機楽株式会社 代表取締役
石渡昌太
1984年生まれ。2006年、電気通信大学卒業。2011年に装着者の脳波を読み取って動く猫耳『necomimi』のプロトタイプ開発プロジェクトに参加し、同年10月に機楽(kiluck)を設立。
■関連サイト
機楽(kiluck)
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