天皇陛下の「お気持ち」表明を受けて(了) 伊藤博文たちが考えた天皇の譲位問題と、最後に私見
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天皇陛下の「お気持ち」表明を受けて(了) 伊藤博文たちが考えた天皇の譲位問題と、最後に私見

2016-08-26 19:30
    < 目 次 >
    (1) 天皇陛下から国民への御相談にどう答えるか?
    (2) そもそも天皇とは何なのか? 日本の権威を担う天皇
    (3) そもそも天皇とは何なのか? 祈りを捧げる天皇
    (4) かつては戦争も引き起こした天皇の譲位
    (5)’ 嫡出子継承を守る英国、男系継承を守る日本 [9/10改訂]
    (了) 伊藤博文たちが考えた天皇の譲位問題と、最後に私見 ←いまココ
    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    天皇をどうするかは、日本国民の総意に基づく

    日本国憲法の第一条には、こうあります。

    第一条  天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

    天皇の地位は、日本国民の総意に基づくもの。つまり、「天皇とはどう有るべきか?」という問題は、日本国民にとって他人事ではありません。日本に生まれた、日本国民になったからには、日本国憲法を守らなければならい訳で、「天皇陛下には、このように居ていただきたい」という総意を、日本国民はまとめる必要があります。

    この総意を確認する方法としてもっとも簡易なものは、新聞各社が行う世論調査でしょう。

    読売新聞 (2016/08/10)
     ◇生前退位ができるように制度を
         改正すべきだ・・・・・・81%
         改正する必要はない・・・10%

     ◇「改正すべきだ」のうち、
         今後のすべての天皇陛下に認める・・・80%
         今の天皇陛下だけ・・・・・・・・・・14%

    産経新聞 (2016/08/08)
     ◇生前退位が可能となるように制度改正を
         急ぐべきだ・・・・・・・・70.7%
         慎重に対応すべきだ・・・・27.0%

    朝日新聞 (2016/08/08)
     ◇生前退位を可能とすることへの賛否
         賛成・・・・・・84%
         反対・・・・・・ 5%

    毎日新聞 (2016/08/04)
     ◇天皇陛下が生前退位できるように皇室制度を
         見直すべきだ・・・・・・67%
         慎重に議論すべきだ・・・22%

    日本経済新聞 (2016/8/11)
     ◇現在は認められていない生前退位を
         認めるべきだ・・・・・89%
         認めるべきでない・・・ 4%

     ◇生前退位を認めるべきだとした人のうち
         恒久的に今後の天皇すべてに認める制度・・・76%
         今の天皇陛下に限って認める制度・・・・・・18%

    世論調査では、今上天皇陛下のご譲位はもちろんのこと、恒久的な制度として天皇の譲位を認めるべきたとする意見が大勢を占めています。

    しかし、ここで問題なのが、世論調査に答えた方々の天皇制に対する知識量です。そもそも、日本人は、天皇制についてこれまで真剣に考えてきませんでしたよね?

    それ故に、”生前退位”という間違った表現も平気でまかり通る訳です。天皇陛下が生前に、皇位継承者として決まっている皇太子殿下へ天皇位を譲るという話なのですから、正しくは”生前譲位”です。後任も決まらないまま会社を退職するのとは訳が違います。

    日本の教育は、もはや清々しいほどに天皇論へ触れませんから、マスコミが生前退位と報じる現状は仕方がないといえば仕方がないのでしょう。しかし、このような状況で出てきた世論調査を指して、「日本国民の総意はこうだ」とするのは、あまりに雑過ぎます。

    伊藤博文らが考えた天皇の譲位問題

    さて、現行の皇室典範は、昭和22年(1947年)に制定されたものです。
    しかし、天皇の終身制については、大日本帝国憲法と合わせて明治22年(1889年)に制定された皇室典範(明治典範)から、既にその定めがあります。つまり、近代天皇の終身制は、明治時代から始まっているわけです。

    では、明治の政治家たちは、天皇の譲位をどのように考えていたのでしょうか? それをよく知ることの出来る資料として、伊藤博文著『大日本帝国憲法義解』、同『皇室典範義解』という本があります

    近代国家として立憲君主制をめざす明治政府は、新たに作る憲法で天皇の定めを設ける必要がありました。その起草を主導したのが伊藤博文・井上毅・伊東巳代治・金子堅太郎であり、日本初の憲法と皇室典範をより深く審議できるよう、既草案には逐条説明が添えられました。この時の逐条説明を出版用にまとめたのが、『大日本帝国憲法義解』『皇室典範義解』です。

    天皇位の継承について明治典範は、ただ一文、次のように定めています。

    第十條 天皇崩スルトキハ皇嗣即チ踐祚シ祖宗ノ神器ヲ承ク
        (天皇が崩御した時は、皇嗣はすぐに践祚(≒即位)し祖宗の神器を継承する)

    この他に譲位の定めなどはありませんから、天皇は終身制となります。譲位を定めずに終身制としたことについて、『皇室典範義解』は次のように説明しています。

    再び恭て按ずるに、神武天皇より欽明天皇に至る迄三十四世、曾て譲位の事あらず。譲位の例の皇極天皇に始まりしは、蓋し女帝仮摂より来る者なり(継体天皇の安閑天皇に譲位したまひしは同日に崩御あり。未だ譲位の始となすべからず)。聖武天皇、光仁天皇に至て遂に定例を為せり。比を世変の一とする。其の後、権臣の強迫に因り両統互立を例とするの事あるに至る。而して南北朝の乱、亦比に源因せり。本条に践祚を以て先帝崩御の後に即ち行わる々者と定めたるは、上代の恒典に因り中古以来譲位の慣例を改める者なり。

    ざっくり現代語にすると、
    ・神武天皇から欽明天皇に至るまで、元来、天皇の譲位は存在しなかった
    ・幼少の皇嗣に代わって一時的に女性天皇が立つなどしたため、第49代の光仁天皇までに譲位
     の制度が整えられた。これは皇位継承の変化である。
    ・譲位が始まると、互いに正統性を訴える有力臣下の派閥対立に利用されるようになり、南北
     朝時代のような争乱の原因となった
    ・先帝の崩御で皇嗣が即位するとしたのは、譲位の慣例を改め、上代の昔に戻すものである

    明治維新を成し遂げた政治家たちにとって、内戦の回避は、現実的かつ重大な問題でした。
    戊辰戦争(明治元年-明治2年)では彼らが官軍となって江戸幕府を倒し、西南の役(明治10年)では有栖川宮熾仁親王を総督とする政府軍として西郷隆盛を担ぐ不平士族たちを倒したばかり。至近20年で2度の内戦を戦った伊藤博文たちには、戦争の生々しい記憶があります。

    そんな彼らの目には、天皇が譲位して権威の源泉が上皇と天皇に増えることは、内戦を引き起こす材料と映りました。それこそ、上皇派と天皇派に分かれて争乱となった保元の乱や平治の乱、後醍醐天皇系と光厳天皇系に分かれて正統性を争った南北朝といった政治的混乱が想起されたわけです。

    だからこそ、「天皇はその時代にただ一人であり、崩御によって代替わりする」と定めることにしたのです。そして、この考え方は、昭和22年(1947年)に日本国憲法と合わせて制定・施行された現行の皇室典範にも受け継がれました。

    1000年後も混乱なく天皇位が継承されるか?

    私自身は、今上天皇陛下と皇太子殿下、秋篠宮殿下、悠仁親王殿下が関わられる間は、今上天皇陛下がご譲位をなさっても問題は起こらないと思っています。また、天皇陛下がお考えになられる象徴天皇像、それを加齢等で体現できなくなっても続けていて良いのかという問いにも共感できるところがあります。

    そのため、今上天皇陛下については、ご譲位を認めても良いのではないかと考えています。

    しかし、恒久的な制度として譲位を復活させるとなると話は別です。
    皇統には神武天皇の即位から2600年を超える歴史がすでにあり(西暦2016年は皇紀2676年)、憲法を改正して天皇制を廃止しようという機運は今の日本にありません。ということは、おそらく1000年後も天皇は有り続けると仮定されます。

    それなら、「1000年後も、混乱なく天皇位が継承されるか?」という視点が要りますよね?

    1000年先の未来を想像するのは難しいことですが、1000年前の過去は分かります。

    長和5年(1016年) 後一条天皇即位。藤原道長が摂政となる
    寛仁1年(1017年) 藤原道長が太政大臣に、子の頼通が摂政になる

    1000年間で起こる変化は、この規模感になります。「1000年は長過ぎる」という意見を考慮して100年間に縮めても、天皇が神聖不可侵だった時代になる訳で、あまり大きな意味は無いでしょう。

    大正3-大正7年(1914-1918年) 第一次世界大戦

    100年後、1000年後、日本がどう変わっているかなど、誰も想像できないことです。従って、「会社には定年制度があって辞められるのだし、天皇も辞められるようにするべきだろう」という雰囲気だけで、皇位継承まで変えるようとするのは危険です。

    今上天皇陛下は問題ないでしょう。しかし、1000年後の日本は、天皇を譲位した上皇派と時の天皇派に分かれて内戦をやっているかもしれません。日本人が、1000年後も、平和を愛する国民であり続けるとは限りませんよね?

    1000年後に即位される天皇を想像するにあたって忘れてはならないのは、「今上天皇陛下は、皇統が守ってきた【男系継承の伝統】に倣って即位された、完璧な正統性をお持ちになった天皇である」ということです。

    時代によって天皇は、豪族連合の盟主、政治の主導者、権力者への権威の裏付け、神聖不可侵の統治者、そして象徴天皇と変化してきました。しかし、神武天皇の血統にある男系男子、という天皇の正統性の根拠は変わっていません。もし、この正統性を引き継ぐことが出来なくなったら、未来の皇位継承で混乱を生むことになります。

    1000年後に即位する天皇の正統性を担保するには、今の時代で変えても良い所と、守り通さなければならない所とが存在します。今上天皇陛下以上に聡明な人間は多くないと思いますが、そうは言っても、この「今の時代で変えても良い所と、守らなければならない所」の判断を、「すべて陛下のおっしゃる通りです」としてしまうのは無責任ですよね?

    変えてしまった後の500年後や1000年後、「あの時代に変えたせいで、今の天皇の正統性が欠けてしまった」と、今上天皇陛下が責められるような事態は避けなければなりません。天皇の地位は日本国民の総意に基づくものであり、ご譲位の問題も、天皇陛下お一人に任せきり、押し付けたきりにするのは憲法違反でしょう。

    締めに―私見のようなもの―

    では、今上天皇陛下のご譲位を、どう考えていけば良いのでしょうか?

    まず、考え始める際の基本姿勢ですが、これは「責任を取れないことは、変えない方が良い」に尽きます。天皇の譲位を始めてしまった皇極天皇は、後に保元の乱や平治の乱が起こることなど、考えもされなかったはずです。

    日常で直面する多くの問題は、現状を変えることで、その時代に参加している意識が芽生えて、より前向きに、より主体的に社会に関われるようになるものです。しかし、後ろ向きであろうとも、何でも開明的に変えれば良い訳ではありません。特に皇統のような長い伝統の話は、壊してしまうと二度と元に戻せなくなるわけで、慎重に扱う必要があります。

    「皇室典範を変えて、この先の天皇も譲位できるようにしよう」
    「皇室典範を変えるなら、この際、女系天皇も認めて継承問題を解決しよう」
    息巻いている人々も居ますが、その中で、1000年後に即位される天皇について責任を取れる人が居るでしょうか? 居ませんよね?

    確かに、天皇陛下からのご相談に対して、圧倒的多数の国民が「生前譲位に賛成」と回答しています。皇室典範を変えようという機運にもなるでしょう。しかし、この世論調査の前提には、理想の象徴天皇像を追求してこられた今上天皇陛下と平成を生きる日本国民との間の強い信頼関係が有ることを忘れていませんか?

    かつての歴代天皇には、
    ・鎌倉幕府から実権を取り戻そうと承久の乱を起こした後鳥羽上皇
    ・鎌倉幕府を倒して建武の新政を行った後醍醐天皇
    ・院政を敷いて法度の外に出ることで江戸幕府に対抗した霊元上皇
    ・江戸幕府が進める外国との通商に反対して譲位をちらつかせた孝明天皇
    など、自身の考えを強く出し、さらに争乱を引き起こした天皇まで居ました。

    残念ながら、未来の天皇がすべて、今上天皇陛下のようにお考えになる保証は無いのです。むしろ、今上天皇陛下がこのような天皇となられたのは、奇跡的な巡り合わせの結果と考えておいた方が良いでしょう。

    平成を生きる私たちには、未来にどのような天皇が立つかは解りません。後世に責任を取れないのに、「古いものは変えよう」と現在の気分で変えてしまってドヤ顔をしても、1000年後の日本人にとってはただの迷惑となる危険性があります。

    私は、恒久的に天皇が譲位できるようにすることには反対です

    もちろん、私も、一般参賀や追悼式、被災地訪問の映像等で天皇陛下をお見かけした際には、「心臓の大手術をされたのに大丈夫かしら?」と気にかかります。しかし、それとこれとは話しが別です。

    今上天皇陛下を大事に思うことと、1000年後に即位される天皇を大事に思うことは、できる限り両立させなければ皇統を守ることになりません。皇室典範を変えなくても、今上天皇陛下に限った特別措置法で対応すれば、それで用は足りるはずです

    「皇太子殿下が天皇に即位されて、80歳、90歳になられた時、また同じ問題が起こるじゃないか?」という批判もあるでしょう。しかし、その時は、またその時に必要な措置をすれば済む話です。仮にこの先、天皇ごとに特措法が増えていったとしても、日本が転覆するような致命的問題にはなりませんよね?

    今上天皇陛下のご譲位については特別措置法で対応する。皇室典範は触らない」というのが、いまの私の考えです。

    (おわり)
    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
    伊藤博文著『大日本帝国憲法義解』『皇室典範義解』は、国立国会図書館が画像データにして全頁をネット公開していますので、気になる方は 国立国会図書館デジタルコレクションへどうぞ。本の前半は憲法義解、後半は皇室典範義解になっています。

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