天皇陛下の「お気持ち」表明を受けて(5)’ 嫡出子継承を守る英国、男系継承を守る日本 [9/10改訂]
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天皇陛下の「お気持ち」表明を受けて(5)’ 嫡出子継承を守る英国、男系継承を守る日本 [9/10改訂]

2016-09-10 17:11
    < 目 次 >
    (1) 天皇陛下から国民への御相談にどう答えるか?
    (2) そもそも天皇とは何なのか? 日本の権威を担う天皇
    (3) そもそも天皇とは何なのか? 祈りを捧げる天皇
    (4) かつては戦争も引き起こした天皇の譲位
    (5)’ 嫡出子継承を守る英国、男系継承を守る日本 ←いまココ
    (了) 伊藤博文たちが考えた天皇の譲位問題と、最後に私見
    ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

    嫡出子継承を守ってきた英国王室の1000年

    日本の皇統と比較するのに適当な王統が外になかなかありませんが、おそらく1000年近い歴史を持つ英国の王統との比較が適当だと思うため引き合いに出します。

    英国は、いまでもエリザベス2世陛下を戴く、議院内閣制を踏まえた立憲君主制の国です。しかしその王統は、ノルマン朝を開いて現在の英国王室の開祖となったウィリアム1世(1027年-1087年)から数えて、既に8回の王朝交代をしています。






    ざっと見ていただいてお分かりの通り、開祖ウィリアム1世の血統は、エリザベス2世陛下まで受け継がれています

    しかし、ノルマン朝からブロワ、プランタジネット・・・と、8回の王朝交替を経ています。
    この王朝交替は、伝統的に子は父親の家名を継承するために生じたものです。具体的には、現国王エリザベス2世の曽祖父・エドワード7世は、母親がハノーヴァー朝のヴィクトリア女王で父親がアルバート・オブ・サクス=コバーグ・アンド・ゴータですが、父親の姓を継承してサクス=コバーグ=ゴータ朝の初代となります。

    エリザベス2世陛下だけでなく、ヴィクトリア女王やエリザベス1世など、英国は女王の即位を認めている国です。それでも、伝統的に子は父親の家名を継承することになっているため、王朝交代が8回となった訳です。

    ちなみに旧来の例に倣うと、エリザベス女王2世陛下の次からは、女王の夫フィリップ・マウントバッテンの家名を継承してマウントバッテン朝になるはずです。しかし、

    ・ジョージ5世以来いまの英国王室はウィンザー姓を名乗っていること
    ・エリザベス2世と夫フィリップ・マウントバッテン公の間に生まれる子の姓を
     ”マウントバッテン=ウィンザー”とする枢密院令が1960年に出されたこと

    から、ウィンザー朝のままになるかもしれません。

    もっとも英国の場合は、エリザベス2世陛下だからこそ国としてまとまっている側面もあります。伝統に変化を加えるかどうかは所詮、人の手によって決められることですし、英国が英国としてまとまるためにも、英国にとってはこの方が良いのでしょう。

    男系継承を守ってきた日本の2700年

    一方、この2676年間、日本の皇統は男系で皇位を継承してきました。

    古事記・日本書紀に系譜は存在するものの事績が記されない欠史八代(第2代 綏靖天皇から第9代 開化天皇まで)や、傍系から天皇位を継いだ継体天皇(西暦450年?-531年)に対する評価等でケチを付ける学説は存在します。

    しかし、継体天皇以降に限ったとしても1500年間、完璧な男系継承を続けた王朝は、世界で唯一、日本の皇統のみです。時代が下るに連れて、貴族や役人らが遺した文書が増えて裏付けもされているため、誤魔化しもありません。










    今上天皇陛下が生前にご譲位されることを考えるに当たっては、この「『神武天皇の即位から2676年間も変わらずに来た伝統』を、この先どうするのか?」という視点は欠かせないでしょう。

    嫡出子継承を守る英国、男系継承を守ってきた日本

    英国王室と皇統を並べましたから、せっかくなので、両者の相違点をもう少し見ます。

    まず、英国はキリスト教の国です。国王といえども、一夫一婦制を守ることになります。

    長い歴史の中で英国王による不倫が無かったわけではありませんが、”家”に対する考え方はキリスト教の価値観が基本。英国王は唯一人の国王妃と結婚しているわけで、当然に”妾の子”というのは有り得ない話です

    よって、王位は、国王妃の産んだ嫡出子が継承するものであり、国王の嫡出子であれば、王子も王女も継承権を持つという考え方になりました。

    一方、日本では、男系継承に重きを置きました。

    男系継承が始まった理由はよく解りません。単純に、初代神武天皇の御子が5人とも男子だったからかもしれませんし(吾平津姫との間に手研耳命、岐須美美命、正妃である媛蹈鞴五十鈴媛命との間に日子八井命、神八井耳命、神渟名川耳尊(=綏靖天皇))、「娘は巫女として神事に関わる」あるいは「娘は嫁に出す」という意識があったのかもしれません。

    しかし、神武天皇から綏靖天皇への皇位継承は時代を経る度に制度として固まり、正室の産んだ嫡出子はもちろん、側室の産んだ非嫡出子であっても、男子であれば皇位継承権を持つこととなりました。そして、この男系継承は2676年間続いています。

    嫡出子であれば、男女関係なく王位継承権を認めた英国。
    男子であれば、嫡出・非嫡出関係なく皇位継承権を認めていた日本。

    両者の内どちらが優れているかという話をしても、妾の子を跡継ぎとしないことと、女子を跡継ぎをしなことでは、どちらがマシかという話にしかなりません。単に、両者は信じるものが違ったからこうなって来たのであって、「妾の子も女子も平等に継承権を認めれば、良いとこ取りになる」という話でも無いでしょう。

    英国王室にも日本皇室にも譲れない伝統があり、それを守り続けたから今がある訳です。

    (つづく)
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    スチュアート朝の3代目チャールズ2世は、王妃キャサリンとの間に子どもは出来ませんでしたが、7人の愛人との間に認知した非嫡出子が14人も居ました。しかし、非嫡出子には王位継承を認められないため、チャールズ2世が崩御すると、王位は弟のジェームズ2世が継承しました。

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