CoCで遊ぶ、ということ。
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CoCで遊ぶ、ということ。

2016-02-07 19:21

    ――注意:前記事の追記のようなものです。

     さて、前回の記事では……。
    「自分が何をしたいのか、何が楽しいのか考えてみては?」
     ざっくばらんに言うと、こういうことを発信いたしました。
     実のところ、どうしてアレを書いて出したのか。
     そこのところは、意図的に伏せておいたのです。
     問題提起めいたことをするにも関わらず、なんで伏せたのかって、

    「TRPGって何が楽しいのだろう?」

     私自身が、このことをずっと感じ続けていたからです。
     言い換えてしまえば、TRPGをやっていて、

     心から「楽しい!」と感じたことが、一度も無かったんですね。

     あんまり楽しくないし、夢中にもなれない。
     そうした実感をずっと抱えておりました。
     ここらへんのことを迂闊に口にしますと、
    「じゃあ、やめれば? やらなきゃいいじゃん!」
     という反応が返ってくることは、容易に予想できます。
     でも求めている答えはそれじゃあないんですね。
     皆が夢中になっているのは、どの部分なのか。
     楽しみ方の前提を私が間違えているとして、それはどこなのか?
     そこんところを、切に知りたかったんです。
     そもそもが動画見たり、実際のセッション光景なんかを見て、

    「これは楽しそうだ、いっちょ自分もやってみようか……」

     そんな感じで始めてみたわけで。
     何が楽しいのか理解できないまま、放り投げたくはなかったんですな。
     それで当初は数を重ねればわかるかな? と思っていたこともあって、

     ガンガン卓を立てる。
     誘われたら参加してみる。

     ということを繰り返していたんですよ。
     そしたらそのうち、胃にクるようになりまして。
     これはテキストセッションだから出来たんですけども、

     表向きはテンションMAXで参加しつつ。
     中の人はお腹を抑えて、ぐんにょりし続けている。

     そんな感じのセッションを繰り返すようになっちゃったんですね。

     娯楽を求めて参加してるのに何で苦行になっているのか。
     ――こうなってようやく「何かオカチイな?」と気がついたんです。

     ゆえに、しばし手を引いて眺めることにしてみました。
     卓を囲む回数が多かった人達に相談したりもしたわけです。
     で、そこで寄せられた意見をまとめたのが前回の記事ですね。

     私はTRPGって「皆でやるゲーム」だと思っていたけれど、

     どうやら、そういう意識をしている人は少ないらしい。

     というアレです。

     テーブルトークしたい人は、それだけがしたい。
     つまりTRPG=井戸端会議の井戸と捉えている人がいる。

     RPしたい人はRPだけをしたい。
     攻略とかクリアとかは、どうでもいい。
     ただキャラになりきって騒げればそれでよし。

     ゲームがしたい人も同様です。
     PCやNPCなんてどうでもよく、ただクリアできればそれでいい。
     クリア手段の好悪なんて考慮するわけもない。

     つまるところ……。

     自分のやりたいことは、相手に押し付けない。
     けど、相手がやりたいことを許容しようとはしない。

     そんな状況に目一杯遭遇してきたわけですね。
     最低限でいいからゲームはしようよ、と思いつつ。
     けどこんなこと、わざわざ声を大にして言えることでもありません。
     なので前回、そこんところオブラートに包んで書いたんですよ

     ……で、書いた後に「さてどうしたもんか」と思っていたら、

    「和泉さんと同じような状態を経験したんですが……」

     つい最近になって、某氏からそのような相談が寄せられました。
     この方は、言ってしまえば私の胃に優しかった面子の一人です。
     前述のぐんにょりした状態の中でも、
    「この人がメンバーにいれば、なんとか耐えられる」
     そう思わせてくれる何人かの内の一人でした。
     それで色々と意見のやりとりをしたんですが――結果、

     後に、ちゃんと「楽しいセッション」を経験するに至りました。

     TRPGを始めて二ヶ月ほど。
     ようやっと「ああ、楽しかった」言えるようになりました。
     時間はかかりましたが、自身の求める方向性も見えてきたように思えます。
     胃薬のお世話になったり、酒を飲まなきゃやってらんねえとか。
     そういった諸々の苦痛から解放されたわけですね。

     なので今、あえて伏せていたことをぶち撒けているわけですな


     そして、ぶち撒けた以上は遠慮しません
     
    ――はい。言うまでもなく、ここからが本題なのです


     私は普段、現代日本を舞台にしたシナリオをプレイしています。
     何故と言えば、私自身が米国史や歴史知識に明るくないからですね。
     現代日本であれば、KPにもPLにも想像しやすく、わかりやすい。
     だから主に、現代日本を舞台にしているわけなんですな。

     ところがここに、一つの問題が生じていました。

     現代日本というのは言うまでもなく、法治国家です。
     そこでプレイする以上、探索者は「法の縛り」を受ける。
     つまり犯罪に類する行動は、逮捕される可能性があるわけですね。
     私はそこのところを結構に意識していて、

    「打つべき手が犯罪にならないようにしよう」
    「犯罪になるならバレないようにしよう」

     そこらへんをいつも考えていたわけです。

     ――もうおわかりですね?

     そこんとこを、まったく考慮しない人がいるんです。

     これは何もPLだけに限りません。KPでもそうです。
     世紀末的ヒャッハー!な提案が容易に通る。
     場合によってはKPが推奨したりもする。
     NPCの存在や、舞台への影響に対する配慮とか皆無です。

     ……常識ってなんだっけ?

     そう言いたくなっちゃうKP・PLは、困惑する他ありません。

    「NPCに暴言吐いたりしたら、心象悪くなるやろ?」

     そんなことはなかった Σ(゚Д゚;)!?

    「探索者は一般人なんだ。これやらかしたらアウトやろ」

     そんなこともなかった Σ(゚Д゚|||)!?

     で、下手をするとですね。
     シナリオの内容や、クリア条件とか――

    「そーいうのは、どうでもいいや!」

     としか思えない人に遭遇したりもします。
     いや、そうとしか思えないだけで現実は違うのかもしれません。
     むしろ卓によっては「ちゃんと攻略している」と判断されるのかも。
     ただ私は引っかかりを覚えた、ということなんですが……。
     実際のところは、どうなのでしょう。
     その時に聞けず終いでしたから、今となっては良くわかりません。

     まぁ、ここらへんの基準は、卓によりけりということです。
     これが正しい、これが悪いということは、原則としてありませんから。
     色々と見てきて驚いたりしてますが、それも「自分はこうだった」というだけです。
     他所様の卓ルールを否定しようなどとは、微塵も思っちゃいない。
     そもそも他人様へ持論を押し付けること自体、元より考えちゃおりません

     しかしながら、個々人で相容れないものは確実にあるんです。

     残念ですけどもね。あるんですわ。
     許容できる人、できない人、どっちも存在するのです。
     そのあたりのことは、みんな考えているのか、考えないようにしているのか……。
     それとも、言わずして我慢しているのか――これもまた、よくわかりません。
     なので今回、そのことを書いておこうと思ったんです。
     とりあえずこんな人もおるで、と言っておこうかと。

     卓を囲むなら、許容できる/できないの摺り合わせをしておいた方がいい。
     なんだかんだで、その方が色々とややこしいことにはなりにくいです。
     娯楽は楽しむものであり、苦痛を感じるためのものではありませんので。
     この追記が、皆様がTRPGをする上で何らかの参考になるようなら幸いです。


     ――最後に。
     私のCoC観を以下に述べておこうと思います。
     別に見なくていいや、という人はブラウザバックをどうぞ。

    1:CoCの世界観は現実とほぼ同じである

     神話生物や魔術を筆頭に、色々な要素が付随してはいますが……。
     だからといって現実世界ベースということに変わりはありません。
     それは1920年代、戦国、現代、どの年代であっても同じことです。

     それぞれの年代にはそれぞれの社会常識があるんですよ。
     なので、そこから外れることをするには、相応の理由が必要と考えます。

     もちろん私は以前宣言したように
    「ラノベだと思ってもらってOK!」
     みたいなところは、あります。
     しかしながら、だからといって何でもアリではありません。
     それで目を瞑ってあげられる設定や行動には常に限度があるのです。

    「刀キャラがやりたい!」

    いいね! じゃあ銃刀法には目を瞑ろう。
     
    刀の所持が可能な現代ということにしようか!」

    「戦車道キャラがやりたい!」

    「ガルパン好きか! ガルパンはいいぞ!
     戦車を乗り回せる部活があるということにしようか!」

    「このNPC、ムカつくんで斬り殺してもいいですか?」
    「砲弾叩き込んで、あの建物を木っ端微塵にします!」

    「――よしお前ら、豚箱にいけ。でなければ死ぬが良い。
     一般人でも刀が持てる。戦車道は普通の部活。
     それが認可される以上、法的な制限が在るに決まってるだろ!
     まして警官や機動隊がそれに対応できない筈がねえだろうが!」

     ……はい、あくまで上記は一例ですけども。
     こういうのはね、大抵がフレーバーなんですよ。
     なのでルール上の有利・不利にはそこまで影響させません。
     それ認めたら、もうゲームでもなんでもなくなりますから。

    2:CoCのクリア基準は「生存」である

     CoCは発狂するためのゲームじゃない。
     ――なんてことは、方々で言い尽くされていますね。
     私もそう思いますし、発狂が楽しいと思ったことはありません。
     つーかシナリオ上において明確な不利益なので出来ればしたくないです。

     で、よく勘違いしている人を見かけるんですが……。

     全滅はね、バッドエンドじゃあ無いんですよ。

     あれはゲームオーバーというものなんです。

     生存しておかないと、バッドエンドさえ拝めません。
     つまり全滅とは非クリアであり、敗北そのものです。
     逆に言えば、探索者が一人でも生き残れば勝利なんですよ。
     この観点に立つ場合、その目標は自ずと、
    「探索者全員をできる限り、生存させる」
     ということになります。

     生存者が多い=高得点で勝利したという考え方ですね。
     探索者はチーム/パーティであるという考え方でもありますが……。

     こう書く以上、私はみんなで協力して「生存したい」と思っています。
     そしてKPをやる時も、PLの皆さんには生存してほしいと願っています。
     KPとしては、シナリオの最後まで遊んでほしいので、そうなるんですよ。

     私は自分のPCが無為に死ぬのは嫌です。
     死するだけの理由があってほしい、とは前にも述べましたが。
     同じように、他者のPCが無為に死ぬのを見るのも嫌なんですね。

     ――だってこれゲームですもの。

     ゲームなんだから、クリアしたいじゃないですか。
     仲間を一人も欠落させず、エンディングを迎えてみたい。
     また、そこを四苦八苦するのがゲームの面白さに繋がっていると思うんですよ。
     もちろんこんなのは、あくまで私のCoC観でしかありませんが……。

    3:PCNPCに大した差異は無い。

     言っちゃえば、私はPCもNPCも一個人のキャラとして扱っております。
     ここらへん、電源系ゲームとは根本的に違うとお考えください。
     TRPGのNPCには基本的に中の人がいるわけです。
     GMだのKPだのが担当しているんですから、当然ですな。
     そして、人によってはPCと同じくらい設定を盛ってあったりもする。
     ――で、何が言いたいのかというと、

     NPCPCの発言や行動に逐一反応するということです。

     KPにとっては、NPCは自分の操作するキャラそのもの。
     そしてシナリオ中に登場するNPCの全てが狂人ではないのです。
     むしろ常識人であるということが、多々あったりもする。

     なのでPCの発言や行動によって、その後の有利・不利が発生します。

     好意的に接すれば、好意的な言葉なり行動なりを返す。
     その逆であれば、嫌悪を露わにしたり、関わりたくないと思うわけです。

     前述した「NPCに暴言を吐く」なんてのは、実にわかりやすいですね。
     暴言吐かれたら情報を提供してやろう、なんて気はさらさら失せます。
     ということは、対人系技能に容易くマイナス補正がついてしまう。
     明らかに不利になるのはわかると思います。
     しかもソロプレイならまだしも、PLが複数人の場合、どうでしょう?

     他PLに迷惑をかけることになるんじゃあないですかね。

     他PLの心象なんざ知ったこっちゃない、って人は確かにいます。
     でもそのことを大っぴらにしようものなら、
    「こいつとは、もう卓を囲みたくないな」
     そんな風に思われるのが普通だと思います。
     ――まぁ、あくまで「私は」ですが……。

    4:PCは主人公であるが英雄ではない。

     別にCoCでタイタス・クロウやってもええんですよ。
     ラノベやアニメの主人公みたいに無双しても構いません。
     そういう英雄になりたいと思う気持ちは私にだってあります。
     ――しかし、です。
     PCは「生まれついての英雄」ではありません。


     英雄的な行動をし、成功させ、そこで初めて英雄になるんです。


     むろん、ありとあらゆる障害をPCが跳ね除けられるとは限りません。
     そしてKPはPCが「そうしやすい」ように誘導する存在でもないのです。

     探索者が英雄になれるかどうかは、探索者達で考えてください。

     CoCの探索者は一般人です。魔法も何も無い状態から始まります。
     なら一般人が英雄になろうってなら、相応の何がしかが必要でしょう。
     ただでさえ、TRPGというのはリセットが無いゲームなのです。
     死んだPCと新しいPCは、けしてイコールではありません。
     可能か不可能か、それを測る天秤はPL御自身で持っておいてください。
     自分でわからない場合は、周囲にぶっちゃけて相談したらいいと思います。

    5:KPもPLも人間である。

     CoC観というよりも、TRPG観なんですが……。
     卓を囲む、ということは複数人数がその場にいるということです。
     オンセでもオフセでも、こればっかりは変わりません。

     その場における発言PCの行動には、常に責任が生じます。

     卓を囲む以上、好かれたり嫌われたりは普通に発生するんです。
     自分がなにかして、他者が不快に思う可能性は必ずあるんです。

     だから、そこで無責任なことは言わんといてください。
     思ってもいいですが、その場では黙っておいてください。

     TRPGは人が集まらなければできない遊びです。
     PLだけではゲームが始まりません。
     KPだけでも同じことです。そもそもゲームができない。
     最低限、自分と他人という二者が存在しなけりゃいけないんですよ。

     CoCのルルブにも、

    「TRPGは社交そのものである」

     ということは明記されております。

     礼儀や礼節を抜きにしては、社交は成り立ちません。
     有り難いもので、昨今ではルルブが無くとも卓に参加はできますが。

     礼儀や礼節というものは、元より必携品です。

     他者を慮る/空気を読む。
     こういったものを抜きにしては、社交=TRPGにはならないんですな。
     なので最低限、手元に備えておくように心がけてください。
     私自身も初見の方と相対する時は、
    (不愉快に思われないだろうか、失礼をかましていないだろうか)
     こういったことに常にビクビクしております。

     卓を囲む相手と気心が知れて、初めてこの類の恐怖は和らぎます。
     CoCはホラーゲームですが、そこは別にホラーの要素じゃないんです。

     礼儀・礼節を携えて、仲良くやりましょう。
     対人関係でギスギスしたって面白くも何ともありませんから。

    6:物語卓の全員で作るものである。

     忌憚なく言ってしまえば……。
     私はセッションに「面白い物語」を求める類の人間です。
     シリアスでもギャグでも怪奇譚でも英雄譚でもなんでもいい。
     動画勢は動画勢なんですが、あれらは、
    「視て(読んで)楽しむに足り得るもの」
     一つの動画作品として機能している面白い物語なのです。

     ――自分でも、そういう面白さを味わいたい。

     そこでTRPGというか、CoCに手を出しました。
     今でもそこのところは全く変わっておりません。
     TRPGにおける物語の妙味は、個人作品ではないところにあると考えます。
     そうでないなら、小説でも書いてりゃいいってことになりますからね。
     複数人数が集まって遊んだ結果、あのようなものが出来上がる。
     少なくとも、私はそのように解釈しているわけなんです。
     なので、物語=シナリオではありません。
     KPが用意するシナリオというのは、骨子に過ぎないのです。

     シナリオに書いてあることは、

    「舞台の中ではこういうことが起きている」

     筋書き、NPC、アイテムなんかもひっくるめて、ただそれだけ。

     この骨子に、PLとKPがアレやコレや肉付けするので物語になる。
     じゃあそのアレやコレって何なの? という話ですが、

     ざっくばらんに言っちゃえば「発想」「発言」「RP」です。

     ダイスロールドラマを生むという言葉が、ルルブにありますね。
     でもこれ「ダイス振ってりゃOK」という意味合いではないんですよ。
     断言する以上、私はそのように解釈しているとお考えください。

     ダイスロールってのは「技能を使用する」ということです。
     ならば、そこにはPLの意図があって然るべきだと思うんです。
     悪い例を言いますと、

    「とりあえず目星!」

     これですね。正直、勘弁してほしい現象の一つです。
     常に目星で情報が出るとは限らない。
     むしろ、視てわかることは目星なんざ必要ありません。
     だいたいは既に描写しているし、それ以外は聞かれりゃ答えます。

     もちろん、何したらいいかわからん局面は確かにあります。
     だからこそ、絶対悪とまでは言いません。

     けれども、居酒屋の初手ビールじゃあるまいし、
    「とりあえず――」
     などと言って、技能を乱用しないでほしいんです。

     それよりも、わからない局面が来たらPL達で相談したらいい。
     或いは、KPから直接に情報を引き出してみたらいいと思います。
     助言を求めてもいいし、どうなの? と聞いてもいいんですよ。

    「ダイス振れば何か出るやろ!」

     というのは最終手段にしてください。

     でないと大半のKPは、
    「こんなところに情報用意してねえよ!?」
     などと、内心でかなりの悲鳴を上げます。
     さらっと「何もないよ」と言えるKPもいますが。
    (折角の技能成功無意味ではなぁ……)
     という心情で何かしら情報を出そうとするKPもいますからね。
     で、こういう人ほど即興が苦手な場合、困っちゃうことにもなるんですよ。
     私はKP/PLの両面でそういったケースを何度か体験してきました。

     ――だから、まぁ、なんだ。

     KPや他PLさんをできるだけ困らせないようにしてあげてください。

     考えて発言する、意図して技能を使う。
     これだけで随分違います。いやホントに全然違うんです。

     神話生物や敵はシナリオの舞台上にちゃんと存在しています。
     KPや他PLは敵では無いので、攻撃しても何の旨味もありません。
     彼らは、一緒に物語を作ろうという仲間です。
     そこのところを、間違えないようにしてほしいものです。


     以上、思いつくままにアレコレと書いてみました。
     きっと言い出したらキリがなく、色々出てくるかと思います。
     なので、今回のところはこの辺で筆を置いておきます。
     皆様が心地良いTRPGライフを過ごせることを、心よりお祈り申し上げます。


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