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週刊少年ジャンプから見る教育の変化(ゆとり教育とは?の導入)
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週刊少年ジャンプから見る教育の変化(ゆとり教育とは?の導入)

2013-06-05 18:56
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 ジャンプを読んでいる方、最近些細なことに気が付きませんでしょうか、今いろいろ騒動になっている『黒子のバスケ』や『ハイキュー!!』や『クロスマネジ』など昔と比べると、どこか変わっているなと感じませんか。

 
 この三つの共通点は指示し、指導するのが学生(『ハイキュ―!!』もプロではなく、先輩学生という立ち位置)という点にあります。昔は先生や父が主人公を鍛えたものですが、今や生徒同士で高めあう傾向だったり、自分で特異なスキルを見つけたりする傾向が見られます。
昔は親だったり、偉い所から来た監督だったり等々、今とはだいぶ違っています。
例:『ドカベン』『タッチ』『巨人の星』『SLAM DUNK』etc...
 

 これがどう教育とつながるんだ!と、思われる方も多いでしょうが、今のゆとり教育(定義についてはまた次回としますが、ここでは世論の意味でのゆとり教育とします。)では、自ら考え自立する力を養うことと目標としてきました。これは、臨時教育委員会ができた当初からのお題目で進めてきているので、大体27,8年ほどたっていると考えてもらえば、今の学生から青年後期ぐらいまでが、浅いなり深いなりで、ゆとり教育を受けているものと考えて間違いないはずです。

 早い話が、ゆとり教育をした結果サブカルである漫画に変化が見られた。ということになります。よく学力低下の批判材料になる2003年のPISAテスト(ざっくりというと新学力観テスト)や、2007年のPISAテストで学力低下はゆとり教育の原因だーというより、後にじわじわっと変化が見ることができる。となります。
では、なぜこのような変化が見られるか、これを説明するにはゆとり教育って何を目指してたのか、ということを知る必要があります。


テスト投稿のため以上で終わらせていただきます。
 次回からはゆとり教育の本当の姿をゆっくり見ていきます。
 あなたの考えているゆとり教育とは、本当に正しいのかどうか確かめていただきたい。マスメディアの言っていることは本当に正しいのか、社会の認識と学問での認識の差を楽しんでいただけるよう、私も努力いたします。
フィンランドから論じるのは今週中でも大丈夫なのですが、資料をすべて貸し出しているため、日本の定義を詳しく論じられるのは来週以降となります。
文章を書く上で読みにくいとか、字が間違っているとか教えていただけるとありがたいです。
ただし文章レベルについては、下げるつもりはありません。専門性の高い内容のため、かみ砕くことが難しい状況が多発するためです。(なるべく挑戦いたしますが)
 初挑戦のため、至らない点など多々ありますが、このような稚拙な文章を読んでいただいた方、ありがとうございました。






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『黒子のバスケ』『ハイキュー!!』『クロスマネジ』とゆとり教育を結び付けたのは面白いけど、「指導するのが学生」というのはゆとり教育の影響ではないと思うけど。それは、つまり父性的マッチョイズムの崩壊だと思う。努力すれば報われる=スポ根もの、の物語を信じることが難しい現在、スポーツにも教育にも効率が求められるようになった=詰め込み批判。
ゆとり教育をした結果サブカルである漫画に変化が見られた。←この文は間違いで、ゆとり教育が始まる前から、父親の言うことは絶対だ的なマッチョイズムが機能しなくなり、詰め込みではなくゆとりが求められた。ゆとり教育とはその代替物ぐらいのものだと思うけど。であるから、「指導するのが学生」というのはゆとり教育による因果ではなく、努力すれば報われる=スポ根ものの世界での共感が難しくなったことが原因だと思うけど
99ヶ月前
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コメントありがとうございます。
はい、確かにほかの学問から見ればサイジューさんのような意見もあります、ただしここでは教育が及ぼす影響の一つと考えられるため、漫画を上げさせていただきました。私がメインとしてるのは壁にぶつかったときの対処法で、監督や父の手助けではなく、同輩や先輩などから教えられることや、自ら考える事を教育の中で中心にとらえようとした結果、そのようなサブカルが増えたと私は考えています。(あえて現場でそのような教育ができているかどうかには言及しませんが)
因果関係はもっと多層にくみ重なっていて、そのなかの一つと考えていただけると結構です。
また、ゆとり教育は効率を求めていなかったりします。そのあたりも含めこれから深く掘り下げているので、お暇なときに読んでくださればありがたいです。
99ヶ月前
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私は効率を求めた結果→詰め込み批判と書きましたが、ゆとり=効率重視とは言っていませんね。言葉の必要条件と十分条件みたいなことですが、誤解されているみたいなんで訂正しておきます。
考えは自由です。しかし、その前提が間違っていた場合、偽りに偽りを重ねることになります。もっと具体的なことを言いましょう。まずは、ジャンプの作品がフィクションであること。つまり、ゆとり教育による影響で同年代による指導と言うのは作者の社会的意識によるものです。第二に、現実では、ゆとり教育、脱ゆとり教育中でも、大人の指導者が存在していること。
あなたの仮説はあまりにもリアリティを欠いていると言わざるえません。
もちろん、考えは自由です。仮定も自由です。メインに取り扱うものがゆとり教育であり、マンガではない。しかし、私はだからと言ってマンガ分析をおろそかにしていいとは思わない。それだけですね。
99ヶ月前
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