アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン
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アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン

2015-03-29 01:35
    部屋の掃除半分おわったのらー(^ω^;)
    半分しか終わってないけどみんなーほめてくりー(..^ω^..)

    最近ボブディランのマイバックページズを聴き直してる。

    僕の好きな一節がある。

    "なかば難破した偏見が跳び出し
    「すべての憎しみを引き裂け」とわたしはさけんだ
    生きることは黒と白だろうというウソが
    わたしの頭蓋骨からしゃべる夢をみた
    銃士のロマンチックな事実は
    ふかい基礎をもっている ようだ
    ああ、あのときわたしは今よりもふけていて
    今はあのときよりも ずっとわかい"

    この曲はAnother Side of Bob Dylan(1964年)というアルバムに入っている。
    このアルバムはボブディラン自身、その当時の社会闘争に身を投げ出している自分に対して疑問を抱いている葛藤の中でだされたアルバム。

    ボブディラン自身歌う時はいつも怒りを抱いていた。
    詩の中で人種差別を題することもあったし、
    時代を代表するプロテストシンガーとしてのそういう側面が当時のボブディランにはあった。
    声なき声をあげたボブディランに対し、
    聴衆は必然的にそういうボブディランを担ぎ上げようと、賞賛し始める。

    ボブディランがそういった自分の在り方に違和感を感じ始めた中でAnother Side of Bob Dylanは作られている。(当時23才)
    だからいままでのアルバムのように外側の出来事に対して綴られていた詩というよりは、
    自身の内面的な側面、心理について反映されたアルバムになっている。

    このアルバムの中にあるのがmy back pages。

    「生きる事は黒と白だという嘘」 をつき、「善と悪」という言葉を明確に定義していた自己の精神のあり方を、価値観が硬直化(精神の老化)してると批判し、

    "ああ、だが私はとても年老いていた。そして今、私はあの頃よりずっと若い"

    というサビのフレーズで繰り返し語りかけられるようになっている。

    白黒つけたがることを老いと断じるところが、
    懐が逆に深くなっていったというか。
    70越えても第一線にいるボブディランらしい言葉だと思う。

    ボブディランはこのアルバム以降アコースティックにハーモニカ、
    という路線から、エレキやバックバンドを使った曲づくり、演奏にシフトしていく。

    従来のファン(フォークを求める人たち)を裏切る行為なのか。
    そうではない。安住しない男、それがボブディランなのである。
    転がる石のように、自由でいいんだよ。
    とボブディランはいつも体現しています。
    ライク・ア・ローリングストーン。

    マイバックページズはキースジャレットのピアノカバーがセンチでいいです。
    是非聴いてみてください。

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