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【ボクタク】開沼博著『被災地・福島をめぐってすれ違う課題』をめぐる対談【烏賀陽弘道×開沼博】
第四回『ボクタク』開沼博著『被災地・福島をめぐってすれ違う課題』をめぐる対談INDEX■イントロダクション■「すれ違い」の現状■知の権力構造と無意識のポジショントーク■震災が滅ぼした「既になかったもの」■複雑なものを複雑なままに■観察を超え、参与を恐れず********************■イントロダクション開沼博著『被災地・福島をめぐってすれ違う課題』をめぐる対談マスコミや学会など「知の権力構造」の上位に立つ者たちの振る舞いが、被災地の真実を覆い隠し、その解決を遠ざけている。そこで起きていることのリアリティと向き合うことからしか、未来への展望は開けないと語る開沼博に、自らも被災地を巡った烏賀陽弘道の舌鋒が迫る。◎この対談について・この対談は、2013年4月4日にニコニコチャンネルの生放送で配信された対談です。当日の内容は、Youtubeにもアップされています。こちら(http://youtu.be/xO1C2ERRdTw)からご視聴いただけますので是非ご覧下さい。・対談のベースになっている記事は、下記のwebサイトよりお読みいただけます。ダイヤモンドオンライン 連載「大震災2年目の「今」を見つめて」より第二回『被災地・福島をめぐってすれ違う課題【前提編】』http://diamond.jp/articles/-/32891第二回『被災地・福島をめぐってすれ違う課題【前進編】』http://diamond.jp/articles/-/33001◎対談テキストについて・対談内の人物表記は、(U)烏賀陽氏、(K)開沼氏 と表記しています。・対談内容のテキスト化において、口語部分等内容の一部修正をしています。◎対談音声の聞き方について・『ボクタク』チャンネル購読後に配信されるメールの、「電子書籍で読む(本記事のみ)」のURLをクリックしてEPUBファイルをダウンロードし、EPUBリーダーにてご視聴ください。・また、ニコニコチャンネルの『ボクタク』ブロマガ記事(この記事)からダウンロードする場合、本ページ右側上にある「電子書籍」タブをクリックすることでダウンロードできます。・各章の最初に音声を聞くためのリンクが設置してあります。・ご視聴いただく周りの環境にご配慮の上、お楽しみください。ご覧いただくリーダーによっては、音声の再生が行えない場合があります。◎推奨環境について・『ボクタク』のePubファイルは推奨環境として、下記のリーダーでの動作確認を行っております。 (※各URLよりダウンロードできます。)*Readium【Windows】 http://goo.gl/6eN8k*Murasaki【Mac】 http://goo.gl/i0tLh*iBooks【iPhone・iPad】 https://ssl.apple.com/jp/apps/ibooks/(※またはitunesの検索機能から「iBooks」で検索ください。)◎bokutaku.comについて・『ボクタク』ではニコニコチャンネル以外に、ご利用の方々、運営チーム、出演者等が交流を持てる場所として、bokutaku.comという公式サイトを設けています。サイト内の交流用掲示板で、みなさんのご要望・質問・意見などを自由に交わすなど、是非ご活用ください。・ボクタク公式サイトhttp://bokutaku.com・ボクタク交流用掲示板http://bokutaku.com/bbs/********************開沼博著『被災地・福島をめぐってすれ違う課題』をめぐる対談烏賀陽(U)開沼(K)■「すれ違い」の現状U「どうも開沼さん、こんばんは」K「こんばんは。1ヶ月ぶりぐらいで」U「ご無沙汰…でもないか(笑)」K「(笑)よろしくお願いします」U「ええと、ボクタクも4回目になりました。着実な進歩を遂げておるんですが、今回はですね、開沼さんがダイヤモンド・オンラインに連載されている文章を取り上げます。そのテーマは『被災地・福島をめぐってすれ違う課題』です。これ前編後編、前提編と前進編って、2回に分かれてるんですね」K「そうですね」U「というこのダイヤモンド・オンラインでの論考について今日、前半お話を伺おうと。で、私が後半お話をするような感じで進めたいと思うんですが、最初の質問ですけど、『被災地・福島をめぐってすれ違う課題』ってのは、震災2周年を契機に書かれたんですね」K「ですね」U「ここには色々なことが書いてあるんですけれども…色々こう批判がなされていてですね、僕も読んでなるほどな、と思ったのは、こういうことが今、巷では言われているのか、という部分ですね。例えば福島に対する見方で、必ずしも(震災後に)福島から人が逃げ出していて、人口流出が起きているとか、あるいは雇用が減ってる(という言われ方)。実際にはそんなことはないという話なんですね」K「はい」U「後はその、震災以降の問題ばかりとは限らないと、それ以前からある問題も当然そこに現れているな、と(いうことです)。もうひとつは、福島にいる人にとって、震災で被災したという当事者意識があるとは限らないという、これですね。僕は開沼さんが、こう書いておられるのを見て、僕も福島に何度も足を運んで、その現場を知ってるので、この通りだと思ったんですよ。と同時に、では開沼さんは今どうしてこれをあえて問題提起して、何を批判するのだろう、と思ったんですね。(これを読んで)なるほどこんな風に思い込んでいる人がいるんだ、と。逆に気が付いたようなところがあって…例えば福島のマスメディアがそういう風に持って行きたがってるのか、とか、もう復興は進んでいて、人口流出も止まったんだ、という風に、例えばその、地元メディアが言いたがっているのか、とか(考えさせられました)。(開沼さんは)どういうことを指して、この文章を書かれたんでしょう?」K「そうですね。いやもう、それはその通りだって言う人はいるだろうし、それは恐らく現場を見ている人…烏賀陽さんもそうですね…の言い方だと思うんですけども、まあでもそうじゃない人が多いだろう、というのはやっぱりありましたね。で、そこに引用したのはある全国紙の社説ですよね」U「おお、毎日新聞ですね、はい(笑)」K「そうですね、はい。で、毎日新聞の1月の社説で、まあ、人口流出が続き、雇用も流出しているという話になってるんですけども」U「ああ、そんな話にしちゃってるんだ」K「それが、本当にそうなのか、っていうところで(書いたんです)。311前後の報道も色々、まあ論評しなくちゃいけない仕事があってですね、見たんですけれども、基本的にはそういう枠組みで語っちゃうパターンが多かったんですね」U「ほう」K「で、その問題点ってのは、原稿にも書いているんですけれども、現地の問題って(もう)そこじゃなくなってきている部分も相当あるよ、って言わないとダメだなと。例えば雇用の問題とかも、福島の人は雇用がなくて苦しんでいる、みたいな漠然としたイメージあるいはそれに基づく善意で報じてしまう。あるいは支援をしてしまうんだけれども、(実際現地に)行ってみると、あれ、全国でこれだけ求人ある所ないじゃないかと」U「そうなんですね」K「まったく逆の認識になっちゃうわけですね」U「ほう」K「ってなると、ここでまた単純な方向から単純な方向に振れる人ってのは、いや福島すげえ雇用あるじゃん、っていう話だと思い、じゃあ放っとけばいいのか(、と思ってしまう)。これも違うんですよね。問題は雇用は滅茶苦茶あるらしいが、ミスマッチが起こってもいるらしい、ってところなんですよね。いわゆる土木建設業系の雇用(に偏っている)とか、女性の雇用がない問題とか、っていう状況になってきている」U「女性の雇用ね」K「そうなんですね。パートの仕事を元々やっていた方が、避難先でもパートをやらないと家計が維持できないという場合、そこでパートを始めようとしたら、地元のパートタイマーって、地域の経済規模、市場規模の中で、ここだったら何千人ぐらいのパートが必要で、そのためには時給これぐらい設定して、ってなっていた元々の均衡状態が崩れるわけですよね。で、避難者の人が来たお陰でパートの仕事がなくなったとか(いうことが起きる)」U「その避難先っていうのは、福島県内ってこと?」K「県内もそうだし、福島から米沢…山形に逃げている方だとか、まあ新潟などでも起こってしまっている問題なんですよね」U「ほうほう。今の話を聞いて思い出したのは、私も南相馬とか、飯舘とかに取材に行く時には、南相馬に泊まろうとして、いつも宿を探すんですけど、全部埋まってるんです」K「そうなんですよね」U「でね、半年先まで埋まってるって言われて、何でそんなに宿が埋まってるんですか、って聞いたら、除洗と復興作業で大量に人が来ていて、今とても宿が足りないんだと言われたんです。それで不思議に思ってですね、ある日新聞を開いてみると、新聞に福島の経済成長率がすごい、って話が出ていてですね、あの、何だっけな、震災直前と比べると全国で一番経済成長率があるとか何とかって話を、帝国データバンクだかどこかが出していて、なんじゃこれはと。まさに、開沼さんの問題提起通り、雇用が増えているんじゃないか、とか、景気がむしろいいんじゃないかとかっていう(印象を受けたんです)。しかしそれは土建業とか除染…まあ除染も土建業の一つですけども、いわゆる男性向けのね、肉体労働が主なような気もするしと」K「そうですね」U「そういう風なお話ですよね」K「そうですね。でも、かつてあったそういう成長モデルの時に、土建業を中心に持続的な成長をやって来られた時代も(日本ではもう)終わっていて、今、そうじゃないものが必要だってところに、たまたま偶然的なバブルが来てしまっているという問題ですよね」U「なるほど」K「だから、じゃあそれ(土木建設中心型の経済)が持続的に成長できるんですか、っていう問いを、または成長というか、持続的に地域を活性化する枠組みになるんですか、ってことを多分問うべきなんです。ところが、雇用がいつまでも流出している、みたいな話を…これは別に社説が悪いわけじゃなくて、真っ当なことを、善意を持って言ってるので、あまり僕も正面から批判、否定するつもりはないんだけれども、やっぱり善意を持ってくれている人だからこそ、こちらから何か強く言えないみたいなメカニズムもあると思うんですよね。で、その中で本来見るべき問題が放置されてしまう。多分この問題設定ってのは、2011年4月5月ぐらいの、人がどんどん出て行ってるとか、工場が閉鎖になって…みたいなエピソードに基づいて作られた先入観…震災後のファーストインプレッションが今まで維持されちゃってるのかな、っていうところなんですよね」U「うーん。実際、最初の避難段階ではね、例えば企業がやむなく休業に追い込まれていたとかあったけれども、今は段階的に、30キロ圏の避難準備が解除されたりして、人が戻ってきたら、雇用というか、その会社はもうオープンしているわけだよね。だけれども、まだこんなことを言い続けている人はいるんだね。そうか、主にこれ東京発信の話か」K「そうですね。それから、やっぱり僕の震災後の意識ってのは、あの、前回も言ったかもしれないですけど、知の権力構造自体を崩していくってことなんですね」********************■知の権力構造と無意識のポジショントークU「知?」K「はい」U「ああ。知識の知?」K「そうですね。要は、何か問題を捉える時にも、一見客観的で普遍的に見える現象として観察されてます、って(謳われてる)ことが、実は誰か特定のポジションから発せられていないか、と」U「なるほどなるほど」K「で、その特定のポジションっていうのは、頭数が大きいとか、儲かってるとか、伝統的な組織である、というポジションから発せられてるんじゃないか、っていうことなんですよね」U「なるほどね」K「で、東京の人にとっては、この問題って、人口が減ってるとか、あの、雇用が大変だ、っていう…大変だ、憂う、悲嘆する、っていうところでやってる方が楽なのかもしれないと。3.11前後(震災後にやってくるその日)の報道の切り口ってのも、例えば復興が遅れているけどどうしましょう、っていう切り口で、ある面ではすごく反省しているようなんだけれども、実は一億総懺悔と同じで…。実際の問題って多分、復興が遅れている部分と進んでいる部分と両方あって、そこを細分化した上で、遅れている部分をしっかりやっていきましょう、っていう話なんだけれども、ぶっちゃけそんなことに、知の強者の側にいる人って興味ないのかもしれない(と感じるんです)。であれば、そこをどうやって、もう1回掘り返していくのか、っていうことなのかなと思ってます」U「知の強者ね、知にも強者弱者があるっていうのね。それは面白いね。自分もその、朝日新聞社っていう、まさに知の権力構造の上部にある組織にいた人間として証言すると、さも(強者という振る舞いが)、どうしようもなくあるんだよね。で、困るのはそこから発信する人たちは、自分たちがその知的権力構造の勝者、上部にいるってことを自覚しないで言うってこと。彼らは非常にいいことをしているつもりなんだよね。だって、俺は権力者だ、っていう認識があればまだしも、チェックアンドバランスを利かせられるんだけれども、彼らにチェックアンドバランスを入れようとすると、何で俺たちがそんな非難されなくちゃいけないんだ、って弱者の振りをし始めるんだよね。だからそれ(開沼さんの強者弱者の捉え方)は、すごく当たってるよね。そういう権力構造の上部から発せられる情報ってのがね、福島の人にとって、あるいは3.11の被災地の人たちにとってはどんな害があるんだろう」K「まあ色んな側面で…まあ単純に復興が遅れているという話とはまた別に、風化が進んでるって話も、農家の人には、ぶっちゃけ風化が進んでくれた方が、風評被害もなくなっていいんです、って言う人もいるということですね。で、あの爆発したやつ(原子炉)4つに全部カバーかけてくれて、で、まあ、見た目キレイにしてもらって、まあもちろん収束宣言、ちゃんとした形の収束をしてもらって、ちゃんとしかるべき放射線対策を農業でやって、線量も出ない、ってのが一番いいシナリオだ、っていうリアリズムはあるわけです。でもこんなことを言い出すと、多分東京の人は混乱するのかもしれないと」U「ああ、それは常にあれだよね。本音と建前が分裂していくよね」K「そうですね」U「復興が遅れていると言われて、予算がどーんと増えて回ってくれるといいんだけれども、逆に風化してくれて、福島のキャベツ食べちゃった、って方が農家の人にとってはいいんだと。まさに忘れられて、風評が風化するってね(笑)」K「研究者の人にはもう、風化させるしかない、っていう風に言ってる方もいます」U「あ、風評研究家っていう」K「そうですね。宮崎の話とか鳥インフルとか、色々事例も見ていったけれども…」U「宮崎は狂牛病の話ね、つまりBSEか」K「そうですね」U「つまり忘れさせる方がいいってことか」K「そうですね。ですがまあ、それは言ったら極端な話ですから、忘れないで欲しいと言ってるのは事実です。だけれども、一口には言えないさまざまな状況だとか、それぞれの立場からの発言をすくい上げていく作業ってすごく面倒くさいんですよね。(やりようによっては)誤解を招きかねないし」U「そうですね。K「でも、多分情報を出す側でそれをやっていかなければ、見せていかなければならないんです。(そこを省いて)風化が進んでます、って話をしても、いやそれは当然じゃん、って僕は突っ込んじゃうし、地元の人で突っ込む人も多いと思うんですね」U「忘れるってのは人間の、心理の安全弁みたいなところがあって、そうしないと多分人間は精神的に破綻してしまう気がするんですよ。いつまでも、あんな巨大な災害の記憶を、2011年3月11日のまま引きずっていたとしたら、多分みんな倒れちゃうと思うんだよね。ある程度忘れるってのは、精神が健康な証拠だと思うんですよ、ただ多分、開沼さんが言おうとしているのは、それこそ知の権力構造の強者弱者だとか、川上川下の中で、その風化ってのが同時に進んだ場合、そこには何かの格差が生まれて、それが害になるってことなのかなって想像しているんですが、どうなんだろうか」K「まあ、そうですね。烏賀陽さんもやってらっしゃる、避難している方たちのこととかどうするのか、っていう問題で言えば、これも、同じ毎日新聞で、あの、良い悪いって話じゃないんですけれども、毎日新聞の記者さんが、避難所…避難所はもうないですね。仮設住宅と借り上げ住宅にいる親子で、子供の学力が震災後どうなったか、っていうのを調べています。これ、あまり大量のデータは取れない調査なんだけれども、やっぱり下がっていると言うんですね。他にも色んなことが起こってるんですけれども、戻る戻らない問題っていうのもあって、(元の住まいに)戻らないで根付く子、例えば南相馬から福島市に行って、そこで(保護者が)新しい仕事を見つけて生活していくっていう家の子供と、やっぱり子供のことを考えて(地元に戻る)っていう子で、一体何が違うかっていうと、例えば小学校1年生から4年生までずっと同じ先生たちの中で育った、育てられてきたっていう地域の子供でも、環境適応力のある、まあ強者がわの強い子供は福島市に行っても元気にやるけれども、そうじゃない子ってのが(新しい環境の中)イジメられてしまうとか、発達障害的な問題を持っている子とかが戻ってきてしまうような側面もある。そういう環境の中だと、元から勉強が苦手な子とかが、尚更苦手になっていってしまう、っていう状況も起こってしまう、と」U「山形に避難している、福島の浜通りの人たちに話を聞くと、大人でさえ辛いっていうもんね。そもそも浜通りはほとんど雪が積もらないのに、山形は雪が積もって、道路がカチンカチンに凍って、除雪っていうか、雪かきが大変なんだと。こんなことしたことがないというわけです。それから、料理の味付けが全然違って、塩辛くて、それだけでも何かこう胃がおかしくなってくるって言うんだよね。それって、些細なことのように思えるんだけれども、そういう生活が何日も何年も続くって中ではものすごく大きな集積になっていくというか、塵も積もれば山となるって話で、段々それが、大きなストレスになっていくらしいんですよ。(それを聞いて)なるほどなぁ、当たり前だよなと(思いました)。今まで、生まれた故郷でずっと育ってきた人たちが、生まれて初めて引っ越しをして、しかも自分で選んだ場所じゃない所に、ある日突然強制的に行かされるというのはすごいことだよなと思うんですよね」K「はい」U「で、ダイヤモンド・オンラインの話に戻すんですけども、2つ目の論点として、何もかもが震災由来、いわゆるその原発事故由来の問題なんじゃないんだ、ということを仰っていますね。そうだろうな、と思うんですけども、これはつまりその震災前からあった問題がそのまま続いているのを、誰かが震災、あるいは原発事故のせいだ、という風に誤解しているんだ、っていうそういう話なんですか」 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【ボクタク】「3.11を振り返る」烏賀陽弘道の2年 【烏賀陽弘道×開沼博】
第三回『ボクタク』「3.11を振り返る」烏賀陽弘道の2年
INDEX
■イントロダクション
■押されたままのポーズボタン
■新時代の「悶々とした日々」
■自責とその承認からの出発
■ワンマン・アーミーとして
■3.11があぶり出した真偽と、組織の限界
■昨日と違う今日、そして明日
■自分の一部としての福島第一
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■イントロダクション
「3.11を振り返る」烏賀陽弘道の2年
3.11の襲来によって、我が身が置かれた状況への反駁でもあったというスラップ訴訟取材を凍結。震災とそれに伴う福島第一原子力発電所事故への迷いなきアプローチを開始した烏賀陽弘道。自らの不明を承認することから出発し、ジャーナリストのあるべき姿への信念とその実践に明け暮れた2年間を語る。
◎この対談について・この対談は、2013年3月8日にニコニコチャンネルの生放送で配信された対談です。当日の内容は、Youtubeにもアップされています。
こちら(http://youtu.be/GJ_8qnqI9gQ)からご視聴いただけますので是非ご覧下さい。
◎対談テキストについて
・対談内の人物表記は、(U)烏賀陽氏、(K)開沼氏 と表記しています。
・対談内容のテキスト化において、口語部分等内容の一部修正をしています。
◎対談音声の聞き方について・『ボクタク』チャンネル購読後に配信されるメールの、「電子書籍で読む(本記事のみ)」のURLをクリックしてEPUBファイルをダウンロードし、EPUBリーダーにてご視聴ください。
・また、ニコニコチャンネルの『ボクタク』ブロマガ記事(この記事)からダウンロードする場合、本ページ右側上にある「電子書籍」タブをクリックすることでダウンロードできます。
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◎bokutaku.comについて・『ボクタク』ではニコニコチャンネル以外に、ご利用の方々、運営チーム、出演者等が交流を持てる場所として、bokutaku.comという公式サイトを設けています。
サイト内の交流用掲示板で、みなさんのご要望・質問・意見などを自由に交わすなど、是非ご活用ください。・ボクタク公式サイト
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・ボクタク交流用掲示板
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『ボクタク』第3回 「3.11を振り返る」烏賀陽弘道の2年烏賀陽(U)
開沼(K)
■押されたままのポーズボタン
K「前半は開沼の2年間みたいなところでしたけど、烏賀陽さんに伺いたいのは、震災の間際までは、当然日常の仕事をしていたと思うんですけど、その時何をやってらしたんですか」
U「ああ、僕はごく普通に、自宅のダイニングキッチンのテーブルで、ツイッターを書いてました(笑)」
K「ああ、そうなんですか」
U「だからあれですよ。3月11日の2時45分ぐらいに、ものすごく呑気なツイッターを書いていて、その直後に来た揺れの中で、自分がはいつくばるようになってる時に、コンピューターの画面を見たら、1分前に自分が打った間抜けなツイッターが出てくるのを見て、何て俺は馬鹿なんだろうっていう風に思ったのを覚えてますね」
K「なるほど。ちなみにその時どういう取材とか、取材対象とか、テーマを…」
U「当時はその……実は今もまだ、ずっとしかかったままなんですが、民事訴訟による言論の自由の妨害、っていうですね、要するにスラップ訴訟というテーマを本にするというので、2011年2月にアメリカ取材、2回目のアメリカ取材に行って、帰ってきて、もう必死になって資料の山と格闘し、原稿を書いていました。(震災は)そのさなかでしたね」
K「なるほど」
U「今でも、そこから2年間、その仕事はずっとポーズボタンを押したまま止まってるんですよ」
K「そうなんですか」
U「本当申し訳ないことしてるんですよね」
K「いやいや、でも司法の問題とか、今も間接的にいろいろ取材されていると思いますけども、(僕も)確かにスラップ取材にはものすごく興味あります。(烏賀陽さんの場合は)どういう興味だったんですか」
U「それはね、単純に言うと、僕がそういう訴訟で訴えられたんです。で、33ヶ月間法廷に縛り付けられてですね。で、裁判対策をするために弁護士を雇うお金が何百万とか(かかり)、あるいは(その間)働けないので仕事の収入がガクガクガクっと減ったとかで、かれこれ1000万ぐらい損害をこうむったんだけど、そんな損害は誰も補填してくれないんです。どうしてこういうことが起きるんだろうって、日本の法制度から自分でもう1回調べなおしてみようという、そういう本なんですね」
K「なるほど。それも聞きたいんですけど、まあ原発で(仕事の話は)飛んじゃうわけですよね」
U「そうですね。まさにそういう(司法について考える)日常が続いてきたわけですが、続いてきたところで地面が揺らぎ始めるわけですよね。その、東京の月島のですね、私のダイニングキッチンが突然、ユサユサ揺れ始めてですね、お皿がゴワッシュゴワッシュって鳴ったのを覚えてるんですよ。で、お皿がダダダダダってなだれ落ちて、かわらけ(破片)になっていくわけですね。その中で、嫁さんがね、何が起きたか分からず、呆然と立ち尽くしているのを手を引っ張って、テーブルの下に押し込んでですね、自分もテーブルの下に入って、いつ止むんだろうと思いつつ、ついに来るもんが来た、ってのを感じてたんですよね。そこですべてが変わってしまった」
K「うんうん」
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■新時代の「悶々とした日々」U「48年生きてたわけですけども、何て言うんですかね、これ日本全部そうだと思うんですけど、プレ3.11とポスト3.11ってのは僕の中では別の時代なんですよ。まったく新しい時代に入ってしまった。多分、その時代の感覚っていうのを認識してる人と、してない人の間で、今の日本では文化の分断が生まれていると思うんです。僕の中ではそれぐらいの変化だったんですね」
K「なるほど。それでさらに次の日には(福島第一が)爆発するし…。(震災)当日から、海に遺体が何十体みたいな話とかね」
U「宮城の話ですね」
K「その後、ジャーナリストとしては、(現場に)行きたくなる瞬間っていうのが多分(あったと思うんですが)、どこから来たんでしょうか」
U「自分の身辺で、落ちた皿を片付けて、やっとテレビの所に行った瞬間かもしれませんね。割れた皿を、椅子でもってザラザラザラって片付けて、テレビの前でつけた瞬間に、あの、黒い、あの泥の塊が仙台の平野をなめていく映像が映っていて…。9.11の(映像を)見た時もビビったんですけど、3.11は自分の国ですからね。もう、これは何て言うんですかね、まあそこでは多分記者であってもなくても反応してたと思うんですよ。体が凍りついて、あそこにいる人たちはどうなったんだろうということで、頭がクラクラするのって一緒だと思うんですよね」
K「そうですね」
U「そこで考えたら、いやこれは、俺、行かなくちゃいけないっていう風に、悶々とし始めるわけです。だけども、3月11日明けて、どうなったかというと、首都圏の交通が麻痺している。もう首都圏を出ることすらできないんで、そうするとそこで別の悶々が始まるわけです。現場に行きたいのに行けない、っていう悶々ですよね。一方新聞社の人たちとか、雑誌の取材の人たちは、警察からの緊急車両(証明書)ってのを持って、そのまま東京から行っちゃうんですよ。だけど僕は一介のフリーで、まったく個人旅行と一緒なので、勝手に行って、燃料が尽きたら二次遭難するかもしれない。そういう時においそれと動けないんですね。だから、しばらく悶々としてました。しょうがないから、もう東京での交通の麻痺とかそういうものを、東京を現場としてしばらく取材するしかないな、と。でまあ、自転車でウロウロしたり写真を撮ったり、そういうことを始めたわけですね」
K「なるほどなるほど。で、それをずっと続けた、と」
U「はい。3月の下旬になってやっと動き出すんですよね。最初は津波の取材をしなくちゃいけないと。で、三沢基地…三沢空港(基地と共用)へ飛びました。ここが最初に開いた空港だったんですよね。当時は東北自動車道も新幹線も全部止まってますから、東北に入れないわけですよ。で、首都圏を出ようにも車がない。仕方がないから、最初に開いた空港で東北に飛ぶしかないな、って。新潟に飛んだ人もいるし、秋田に飛んだ人もいるんだけども、僕は三沢だったんですよね」
K「それは3月の何日ぐらい」
U「20日は過ぎてたと思うんですね。で、現地に入って、そこで車を調達しました。運の良いことにプリウスが手に入ったんですよ。プリウスは満タンにすると1000km走りますんで、ともかく500kmほど太平洋沿いに南下しようということで、まず岩手を、という風に南へ向かった行ったわけですね。そしたら、野田村っていう、走り始めて2時間ぐらいの所で、もう村が半分以上壊滅してるのを見たわけです。そこで足が止まって、1週間ぐらい野田村にいたのかな。2週間いたかもしれない。そこで津波の現場を見、話を聞き、写真に撮り、まったく破壊の荒野となった場所をてくてく一日歩くわけですよね」
K「なるほど」
U「でまあ、戻ってきたんですよ。一旦東京に引き上げたんです。すると今度は原発のことが気になり始めるわけですよね。当初からずっと3.11って、僕にとっては、3つの複合災害なんですよ。で、地震、津波、原発災害。どれ一つとっても国がひっくり返っておかしくないような、まあ国難的なクライシスだと思うんですよね。それが3つ束になってやってきた。で、地震と津波に関しての現場を見て、僕は、ああこれは大変だけれども、日本人っていうのは、災害から粘り強く復興するっていうのはやったことがあるから、大丈夫かもしれない、っていう、一種の感触があったんですよ。時間とお金と労力をかければ大丈夫かもしれないっていうことを感じたんですよね。つまり、この人たちは大丈夫だっていう一つの安心感があったんですよ。皆が皆打ちひしがれているわけじゃなくて、やっぱり前向きに取り組もうとしている(人たちがいる)っていうのが分かったんです。それはすごくいいことだと思うんですよ」
K「なるほど」
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■自責とその承認からの出発U「だけど、放射能がばら撒かれているっていうのは、そういう頑張りだとか努力とかと関係のない話で、30年100年と汚染が続くっていう事態が、僕らの国のどこかに生じてしまったってことですよね。それは僕にとって、もっとより・・・・(?)の問題だったんですよ。で、しかも、その、人類の歴史の中で3回しか起きてないことでしょ。開沼さんも確かこう言ってたと思うんです『自分がこれを書くことはすべて世界史の一部になる』と。僕が最初思ったこともまったく同じで、自分がこれから福島の現場に行って取材することは、すべて世界ニュースなんだと。僕が書いたことや写した写真の一枚一枚が、世界の人々にとって価値のあるものになるはずだと。知らせる価値があって、それは、福島の人たちにとっても役に立てるはずだ、っていう、何かできるはずだって思ったんですよ。あれだけ沢山の人が家を追われて…難民化している状況。人間として何かせずにおれんですよね。で、もちろん津波の所もそうなんですけど、同じ国の中で、陸続きの人たちが、あんなに沢山人が死んでるのに平気でいられないですよ。居ても立ってもいられないですよね。で、行くわけですよね」
K「行きますね」
U「で、もう、行ったらまさに足抜けできなくなる。こんなことを開沼さんに言うのは釈迦に説法だと思いますけど、なぜこんな所に原発が、っと思うんです。恥ずかしいけども、僕は3.11が起きるまで福島に原発がある、2つもあると。原子炉にいたっては6つ7つ…いやもっとか、そんなにもあるってことを知らなかった。僕はその瞬間に、何か自分の中で猛烈な罪悪感(を覚えた)、それは自分の不勉強と無関心っていうものに対して(の罪悪感です)。やっぱり、自分で自分を責めるような感じがあって……考えてみたら、自分は新聞記者だったし、雑誌記者だったし、ニュースの前線に近い所にいたのに、それを知らなかったと。(一方で)自分のそういう姿に、何て言うかですね、責任転嫁するわけじゃないですけど、これってどうしようもなく今の普通の日本人だとも思ったんですよね。で、ここから始めないとどうしようもないと思ったんですよ」
K「うんうん」
U「そう、ここから始める。僕には特別のスキルがあるわけでも、あるいは、福島県で生まれ育ったという出自のあるわけでもないし、原発に詳しいとかっていう、記者としてのジョブスキルもない。で、じゃあ俺に何ができるんだ、って考えたら、俺は全然無知で無関心だった平均的な日本人の一人なんだ、っていうこと。そして放射能に怯えて、東京から逃げ出そうかどうか迷ってる、というその立ち位置から出発するしかなかったんですよね。で、そこから始めたと。だから、福島に、もう20回25回と行ったんですけども、多分それはね、自分の中でもお詫び行脚的な所もあるんじゃないかと思ったりも、時々しますよね。今までの(自分の)歴史の中で、48年の人生の中でやらなかったことを、ここで俺は一気に埋めなくちゃいけない、っていう、そういう義務感って今でも感じてますね」
K「なるほど。新聞の社会部的な目線だと、いろんな……例えばここ半年だといじめの話や自殺の話がありましたけれど、そういう事件があったら、なぜこんなわけの分からないことが起こってるんだっていうようなことで、多分それに向き合い、何らかの仮説とか自分のポジションってのを取ると思うんです。けれども、そういう分かりやすい社会事件と違って、どこから手を付ければいいのか、っていう難しさが(原発事故には)あったと思うんです。雑誌も最初は手探りで、とりあえず瓦礫映して、2週間目には希望を映して、ボランティアが入ってきてます…で、3週間目か、もうちょっと後かもしれないけど、放射能がやってくるの話になって、という文脈がありました。(烏賀陽さんは)そういうのを横目に見ながら、どこから行こうと、どこからこの物語、始めていこうと思ったんですか」
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【第四回ボクタク】班目春樹氏の証言―身体から乖離した現実【エピソードゼロ×烏賀陽編】
INDEX■【ボクタク】第四回配信のエピソードゼロ・『元原子力安全委員会委員長、班目春樹氏の証言』―身体から乖離した現実【烏賀陽弘道×開沼博】■参考記事■生放送予告**********『第三回ボクタク』生放送でテーマ「3.11を振り返る 烏賀陽弘道の二年」の際、烏賀陽弘道はある重要な発言をしている。その言葉を聞いて、ある不思議な感覚に囚われた。「事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きているんだ!」という、映画の台詞が流行したのは十年以上も前だ。緊急の対応が迫られる中、会議室において事件をハンドリングしようとする人間の狂気と、傷ついた沢山の人々を助けようとする現場の人間たちの激しい駆け引きと不条理を描いたシーンは観客を惹きつけ魅了した。手に汗握るフィクションの世界で描かれた駆け引きは、「事件現場での事実」が「会議室での話し合いの結果」とすり替えられそうになるというものだった。当時映画を見た人は、その関係性だけで随分と複雑な構造に感じたものだが、烏賀陽の活動状況を聞くにつれ、私たちはより複雑化された現実をつきつけられている。東日本大震災で起こった福島第一原発事故から一番近い場所で取材を始めた烏賀陽は、福島第一原発を起点として少しずつ離れた場所へと取材対象を移していく。現場から離れるにつれ事故対応の核心へと少しずつ近づく烏賀陽の身体的移動と問題点の洗い出しの様をイメージしてみると、奇妙なのだ。「事件(=事故)は現場で起こっている」というのは全くその通りで、緻密な取材から事故および事故対応の様子が明らかになっている。「事件(=事故)は現場で起こっている」ことは誰もが変えることのできない事実だ。しかし今回の福島第一原発事故は事故対応において様々な人間関係・組織図が絡まり合い「事件(あえて事故とイコールにはしない)が、“結果として”会議室で引き起こされた」という異常な状況が見えてきたのである。烏賀陽は事故現場から少しずつ離れて行ったが、離れれば離れるだけ事件の核心を掴んでいくという“身体と現実の乖離”を自ら身体的移動によって描写していた。(開沼は地方と中央政治の合致しない状況として問題点に挙げている。)JBPRESSにて烏賀陽弘道が連載する人気シリーズ『元原子力安全委員会委員長、班目春樹氏の証言』は事件の核心なのだろうか。烏賀陽はまだ取材したい人物がいるという。少しずつ、しかし確実に近付いている“核心”への道のり。登る道の勾配がきついと、向こう側の景色はなかなか見えない。登りきった時、烏賀陽は私たちにどのような世界の姿を見せてくれるのだろうか。**********■参考記事◎烏賀陽弘道著 JBPRRESS連載シリーズ『元原子力安全委員会委員長、班目春樹氏の証言』http://goo.gl/oVGlw**********■生放送予告2013年4月4日(木)21:00~◎タイムシフト予約はコチラから↓http://goo.gl/TB3V2
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