進もう毎日 夢に向かって漠然とじゃない意図的に(マシーナリーとも子紹介(?)記事)
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

進もう毎日 夢に向かって漠然とじゃない意図的に(マシーナリーとも子紹介(?)記事)

2018-06-17 02:20
  • 1

前置き

本記事では、一人のアイマスPとして、
「池袋晶葉Pとしてのマシーナリーとも子」という存在を
客観的に眺めてきた感想を述べていく。

おそらくこの観点からのリアクションはあまりない=価値があるだろう、
という認識であるが
このため視点がアイマス側に偏ってしまい、
界隈に詳しくないとも子ファン(票田)の諸兄にとってはあまり面白くない内容になるかもしれないが、
何卒ご容赦をいただきたい。


1:戦場と異形

アイマスPを名乗る人々にとって、ありとあらゆる行動のモチベーションの一つに、
「担当アイドルにもっと人気になってほしい」という、応援の気持ちがあるだろう。

巷で目にする動画やイラスト、漫画といった二次創作も。
画像や音源といった形で表現される熱いダイマ(ダイレクトマーケティング)も。
日々のTwitterでの呟きや、ライブ会場のコールも。

発露の方法はそれぞれであろうが、すべての行動は、みな応援の気持ちに基づいているように思う。

とりわけシンデレラガールズは、数あるアイマス系コンテンツの中でも
「応援のし甲斐」があるコンテンツだ。

人気が無ければアニメやCD、グッズといった外部展開の機会にも恵まれず、
ゲーム内ですらSSR化の順番待ちをしている。
それを総選挙の順位や、その空気づくりのための日々の応援によって
打破できる(かもしれない)構造になっている。

リアルな芸能界のごとく「知名度を稼ぐ」ことがナンボの世界で、
いわばそれ自体が、もはや一種の陣取りゲームとして成立しているのだ。

そんなゲームの中で人々が互いの陣地を奪い合っているところに
突如、異形のプレイスタイルを持つプロデューサーが現れた。
否。正確には、一人のPがそれまでの肉体を脱ぎ棄てるがごとく、姿を変えたのだ。

それは軋む椅子の音を響かせ、動かない表情で人類の滅亡を語る、
シンギュラリティよりの刺客。
マシーナリーとも子である。


2:異形の魔法

マシーナリーとも子のことを傍目に見れば、
流行に乗って現れた有象無象の、パッとしない絵柄のバーチャルYouTuberとして映ったかもしれない。

だが、これまでに過去7回の「シンデレラガール総選挙」を、
そのために様々な投票活動を行うPの姿を見てきた私には、それは全く違うものに見えた。

そもそも、「プレイヤーがキャラクターを好きになる」、そして
「投票という形でその気持ちを示す」という段階に至るには、幾重ものハードルがある。
それがすでに何年も続いてきたキャラクターコンテンツであれば、
「歴史がある」ことが、却って足かせになってくる。
魅力があることは知っているのに、
それを伝える糸口がつかめない。
どれだけこの子は素晴らしいと伝えようとしても、
その声は虚空に吸い込まれていく。

動画やイラスト、漫画といった二次創作も。
画像や音源といった形で表現される熱いダイマも。
日々のTwitterでの呟きや、ライブのコールも。
そのアイドルに興味を持たない人の目には、耳には、心には、けっして届きはしない。

人の心を動かして票田を新たに開拓するという行為は、
実際並大抵のことではないのだ。

そんな現状に対して、マシーナリーとも子という存在は、
「P」の在り方として、まさしく異形であった。

全く新しいキャラクターコンテンツを生み出すことで、
池袋晶葉を知るきっかけを、ゼロから作り出してしまった。

「担当アイドルを応援する人」を増やすのではなく、
「担当アイドルを応援する自分を応援する人」を増やす。

「担当アイドルのストーリー」に興味を持ってもらえなくとも、
「担当アイドルの応援をする自分のストーリー」に興味を持ってもらう。

そうすれば、これまでの晶葉の積み重ねに縛られることなく、
別軸から票田を開拓することができる。
おそらくは某バーチャルライバーが担当アイドルへの投票を呼びかけたのをきっかけに
この方針の着想を得たのだろうが、
結果としてこれは、現状を打破する逆転の一手となった。

「マシーナリーとも子を見て池袋晶葉ちゃんに投票しました!」
そんな「票田」たちによるコメントを、去年の総選挙では何度も目にすることとなった。
彼女がこのままのペースで動画を投稿し続けるのなら……
間違いなく、今年はその数をさらに増やすことだろう。
未来から来たサイボーグでもなくとも、想像するに難くない。

こうして。
池袋晶葉というアイドルに、
はたまたアイドルマスターシンデレラガールズに触れる入り口として、
「マシーナリーとも子」という、これまでになかった選択肢が増設されたのだ。

それはまさしく、一つの魔法であった。


3:魔法の犠牲

マシーナリーとも子は、わずか48時間でバーチャルYouTuberになったという。
私はそのハリボテの如き姿を初めて目にしたとき、ごっこ遊びであろうと笑っていた。
なかなか面白い一発ギャグだと、嘲っていた。

しかし、恐ろしいことに。あるいは素晴らしいことに。

彼女はその姿のまま、止まることなく成長を続けていった。

数日に一度というハイペースな更新頻度。
次々展開されていくバラエティ豊かなグッズ。
突如として現れる新たなサイボーグ達。

それらのスピードは、予想の範疇を完全に超えていた。
翻り、私は己の想像の浅はかさを思い知らされた。

マシーナリーとも子は。
あるいは、「そう」なる前の「彼」は、そのわずか48時間の中に、
いったいどれだけの未来を見据え、どれだけの覚悟を持っていたというのだろうか。
己の時間を、肉体を、人生を、どれほど本気でベットするつもりだったのか。

その覚悟をうかがい知ることは、今も出来ない。

ここで、「ジョジョの奇妙な冒険 Parte5 黄金の風」より、
主人公ジョルノ・ジョバァーナのセリフを引用したい。

 ―――「覚悟」とは!!
 暗闇の荒野に!!進むべき道を切り開くことだッ!


黄金の精神を持ち、人の体を棄てた鋼の魔法使い・マシーナリーとも子と、
彼女に愛されし天才ロボ少女・池袋晶葉。
彼女らの未来は、あなたにはどう映っているだろうか?

荒野を行く二人の道は、やがて王道へと至る。
そんな予感が、私の頭から離れない。


広告
×
マシーナリーとも子さんのことが端的に分かる良記事だと思います
22ヶ月前
コメントを書く
コメントをするには、
ログインして下さい。