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  • <菊地成孔の日記 2023年2月1日午前3時記す>

    2023-02-01 10:0017
    220pt

     

     「鳥類学(オーニソロジー)と言ったのはバード(鳥)である。はいこれを英語で」 

     

     辻村くん(オーニソロジー)やYuki Atoriくん、守くんと一緒に北京ダックを食っていたら1月が終わってしまった。素晴らしいプレイをしてくださった宮川さんと小川さんは明日が早いということでお帰りになったが、恐らくそれは、良くも悪くもなく、「家庭がある」ということだろう。僕にはとうとう経験できなかったが、「家庭を持ち(維持し)、子供ができて、家族のためにもステイタスをあげ、家族を食わすためにちゃんと働く」というのが労働のグランクリュだ。誰もが最短でも一時的にそうなる。今日、テーブルに着いた3人だってやがてはそうなるかも知れない。それはとても達成感と自己肯定感をもたらす、強い行為だからである。

     

     このコースから自発的、恣意的にコースアウト出来る人間はいない。適応できたら死ぬまで続けることになるこのコースに、乗れないのに乗っかってしまい、弾き飛ばされたものだけが、1週間の中で、2日も同じ北京ダックを喰って、朝まで飲んでるような人間なのである。この僕のように。

     

     60になると、飲み食いの量が減る。性交に至ってはもうやめてしまう者も多い。僕は煙草こそ止め(「止めさせられた」が正しい。僕は欲望に関して、恐らく、だが、自分から止めた事は一度もないと思う。誰かに止めさせられるだけだ。生きることが欲望なのだとしたら、だが、僕は殺されて死ぬだろう)たが、飲み食いが全盛期の半分まで落ちたわけではないし、性交も変わらずしている。「人のセックスを笑うな」という本が売れたのがいつかは忘れてしまったが、僕のセックスを見たら、多くの人々は慄くと思う。ロジェ・バディムの自伝の中に、ピカソと寝たことがある女性が出てくる。「どうだった?」と聞くと「殺されるかと思ったわ」と彼女は、「実に嬉しそうに」答えるのである。

     

     性愛もろくに経験せずセクシスト(エクソシストならともかくだ)という言葉を簡単に口に出して、(僕を含む)呪われた人々を糾弾してはスッキリすることもできないバカにもわかるように嚙んで含めるが、別に絶倫を誇るとかではない。子育てや家族の維持にかかる莫大な労働を逃れた、僕らはある意味での兵役拒否者だと言える。人は自らにはいくらでも逆らえるが、天命には逆らえない。自分の神に背いてはいけない。もう一度最初から。小さなライブハウスが満員になって、全員が満足する。そこからもう一度やり直すのである。

     
  • <菊地成孔の日記 2023年1月27日午前3時記す>

    2023-01-27 10:0020
    220pt

     今日が一番寒いのだろうか?昔は2月になると、東京にも頻繁に雪が降った。「夜明け前が一番暗い」という、あれは文豪か何かの発言なのだろうか?それとも伝承、ことわざの類なのだろうか?僕は「雪は、降ってしまえば暖かい」と思っていて、要するに「雪は降る前が一番寒い」と言い換えることができるが、これは「夜明け前が一番暗い」と換喩でつながっているかと言えば言えない事もない、しかし、微妙に違う気がする。

     

     単純に僕は、雪が降ると暖かく感じていた。これは寒暖計的 / 実測的な話ではなく、気分の問題だろう。雪を見ると興奮する。

     

     僕の友人で「寒気がしたらセックスすればいいんだ」と言った奴がいて、諧謔としても威勢がいいなあと思っていたが、この歳になっても概ね賛成である。僕の場合は、頭痛とかが治る。アドレナリンの話だ。

     

     今、10年に一度と言われているが、「10年に一度」は、この歳になると大した希少価値はない。11年3月11日は1000年に一度と言われた。何度か話した事だが、僕が毛皮の帽子を愛用するきっかけになったのは、90年代にウイーン(オーストリア)に行った時、ロシアからの「観測史上、70年ぶりとなる」大寒波がやってきて、まだヒートテックなどはなかったが(というか、欧州のあの寒さにヒートテックなど無駄だが)貼るホカロンと最も厚いニットと毛皮のコートと、広げるとバスタオルぐらいある襟巻きでホテルの外に外出した瞬間、もの凄い頭痛がして、「このままでは頭が割れる」と思い、そのままホテルに入り直した。脳漿が瞬間凍結するところだったと思う。

     
  • <菊地成孔の日記 2023年1月20日午前8時記す>

    2023-01-20 11:0010
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    「誰が幸宏を継ぐのか?」

     

     みなさん既にご存知だと思うけれども、高橋幸宏さんが逝去された。僕は、YMOがお一人づつ亡くなってゆく光景に、何の感情も動かない人々が、令和の人々だと思う。

     

     僕は「谷王」を、継がれてゆく名代にした方が良いと思うけれども、そういったことではなく、「誰が誰を継ぐのか?」は、実際問題、伝統芸能の世界以外にはシステムが残されていないので、勢い見立てになる(わかりずらいかもしれないが、伝統芸能の中で「名を継ぐ」のは基本的には血族なので、いわば、何も考えることもない。しかし、そうでないと見立ての嵐になる)。

     

     例えば僕は誰の後継者になるであろうか?見立ては無限だ。

     

     どうせ見立てなんで、どんどんえらい人がライナップされるが、「うーん、、、そうかも」とか「ぎゃははははは!それはねえよ!」とか楽しんでいただければそれで良いが、まず僕はマイルスの後継者だと見做されても仕方がないところがある。スクーラーが多く、ジャズミュージックの歴史の中で、画期をもたらすことがあるからである(もちろん、違う面の方が遥かに多いのだがーー当たり前だーーそれはいちいち書かない)。

     

     クインシージョーンズに見做されても、ドクタードレに見做されても、まあ仕方がないようにも思える。今年からどんどんその傾向が加速する気がする。僕は、2年前に「新音楽制作工房」立ち上げの際に明言したが、もう自分だけで音楽を作曲、制作するのは止めた。次のぺぺのアルバムは、全曲、委嘱共作曲になる(まあ、一人で作っていた時分の「色悪」カヴァーは僕一人の曲だが)。いわゆる偉いGPみたいな感じ?