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菊地成孔さん のコメント

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菊地成孔
>>4

 実際、塚本さんの家は、ボートピープル(日本だと、熊井啓の「泥の河」みたいな)みたいに、船を改造してバラックにし、川の上に浮かべて暮らしていたわけじゃないんですが、お宅に上がると、一般的には「庭」につながる、今の奥が、利根川につながっており、小魚を獲る籠や、雨水を溜めるタンクがあり、トイレはなかった(川に直接)だったと思います。港というより、川で生きる人たちですね。76年当時の利根川は公害時代の絶頂期で、夏に飛び込んだできる素敵なものではありませんでしたが。

 おかげさまで、今日のドックでわかる限りは、悪いところはなかったんですが、病というより老朽化が凄まじく、それに伴ってどこかに故障が来るのが船としては順当だと思いますね笑
No.6
2ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
 僕のファーストキス(ほっぺたにチュ。とか、そういうんじゃなくて、完全にセックスの前戯並みのやつ)は中学3年生の時で、もちろん実名は伏せるが塚本さんという人だった。もう孫がいるだろう。    まあこの歳になってファーストキスの話をするなんて気持ちが悪いのを大きく超えて、気が触れていると査定されても仕方がないので、やめるが、この日は僕の記念日になっている。    ファーストキスをした日、だからではない。僕はフッドで働く(つまり、水商売)の女性から犯されかけるまで愛されたので、顔中舐めまくられたり、頬を掴まれて鼻を擦り付けられたり、そのまま唇に唇を押し当てられて育ったので、実際のところ、塚本さんとのファーストキスは「同い年の交際相手」と「誰もいない港で」と、かなりロマンティークだとはいえ、僕は既に、フッドで働く水商売の女性達に精神的&肉体的な擬似的去勢を受けたせいかどうなのか、ロマンティークに対して、当時の僕はかなり不感症で、いわゆる「付き合ったかどうかすらはっきりしないんですけどお」というやつなのだが、塚本さんのお父さんは、缶詰工場の工員で、まあまあぶっちゃけ塚本さんは貧困サイドにいた。  
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