菊地成孔さん のコメント
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シンガポールは何度も行ったことあるし、何ならマレーシアと一緒にジャズフェスで公演もした事あるけれども、そもそもリゾート北朝鮮みたいな国なんだからあんなもん出来レースだろう笑。表現の自由ガーとか国旗ガーとかヤング政治専門(以下「ヤン政」)の人なんかが言うのはもう X 国の国民性で、シンガポールが旗揚げたら追放ですよと言ってるのと一緒だから良いけど、どうしてもアレだよね欧州列強がアジア漫遊して、意識の高さを査定してるみたいで嫌だわー「日本はヌルいな。全体的に」って思ってるよ絶対笑。でも欧州列強つってもブリストルでしょ笑、行った事あるけど、イギリス人がいっぱい住んでるだけで、函館を汚くしたみたいな貧相な港町よ(函館は素晴らしいけど、偉ぶんないからさ)。90年代の話だけど。
ていうか、何で誰も楽曲の話をしない笑。マジで笑。オレもう、だんだん怖くなってきたんだけど笑。「マッシヴアタックの楽曲は十
ソシアリズムは、何だか知らないけれども(ゴダールのセンスを語る時に書くことのできない慣用句)、どんどん音声がディストーション化していた事の極限値で、それにしてもそれを「クルーズ船の甲板やオープンデッキをハンディデジタルvideoで撮ると、風が強すぎて音が割れてしまう」という現象をそのまま使う。という、本当にセンス良いなあ。それだけだよなあ。と思わせる物がありましたが、試写会で前の方の中原昌也さんの後ろの席で観ていて、終わって中原さんと一緒に立ち上がって後ろを見たら、学生運動の生き残りの、ギャルソンかヨージかそこらの洋品店かわからない、「黒ずくめ」のオーヴァー70で埋まっていたので恐れをなし「ソシアリズムって、ソシアリズムの映画だと思うんか!!バカ!!」と叫んで試写会場を後にしたんですが、僕は「政治と芸術」を考える上で、ゴダールは最適値だと思います。
ゴダールが偉いのは、資本主義から離脱して社共に行き、ジガ・ベルトフ集団(ジガベルトフの「世界の六分の一(26’)」超ヤバいんでぜひ見て下さい)で、社共の思想を映画で表現しましたと、しかし挫折しましたと、しかし商業映画の世界に戻りましたと、一般的にこれは「転び」な訳ですが、他の転向者とゴダールが違うのは、商業主義に戻っても、社共時代のままだった。という点に尽きると思うんですよね笑。
「ユングのサウンドトラック」は、ゴダールにとっての資本主義というのは、音楽家と主演女優のことだったという指摘が重要な中核をなすんですが、あの本が出た当時すら、政治専門は音楽についてファンタジックでしたし、音楽家は政治はファンタジックだったので、僕の指摘は無理されたままなんですけど笑、「音楽と政治」という見出しが大きくなってきた現在、と言っても、結局、政治専の人は政治しか語り得ないので=どんな事象も、そこに含まれる政治しか語らないので、勢いとんでもない形での「政治の季節」がやってきて、マッシヴアタックが気の毒なのは、<音楽が聴けないマジョリティ(何せ、シンガポール関連のミームで一番見られてるのが旗ふってるところ=曲は止まってる。で、「音楽界で何かが起こった動画」史上の最大値だと思います)>に担ぎ上げられている事を「いよいよ自分たちの時代が来た」ぐらいに回春しちゃってるところですよね。
僕は「時事ネタ嫌い」で、ビュークの中国公園で「フリーチベット!」と叫び続け、公演中止になった。というニュースをゲンナリしながら見ていて、「中国共産党は、遠洋漁業の都網みたいなのを用意して、ビョークの上からドーンと落として、ビョークを釣り上げ、て撤収させれば面白い」と書いたんですが、誰かそれ見つけて犬笛吹いてくれと思ってるんですが、全く吹かれません笑。せめて松尾潔くんが、(達郎を下ろすために)坂本龍一を上げる、とかいうセコいことしないで「ビョークは偉かった、清志郎のタイマースも偉かった、岡林信康も偉かった、とか言って総覧した上で、ワッツゴーイノンもヒップホップのアクテヴィストラッパー全員の名前も上げておけば、まだ良かったと思います。あと、マッシヴアタックのアレを作ったのが日本のチームラボだった。というオチがあったら、もう少し救われたのに。とも思いますね笑。
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