【東方SS】世にも奇怪な物語4(事件編)【長編・シリーズ完結済み】
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【東方SS】世にも奇怪な物語4(事件編)【長編・シリーズ完結済み】

2017-01-21 00:40

    これは東方のSSであり、「世にも奇怪な物語3」の続きとなっています。物語は勿論、詳細な注意書きは「世にも奇怪な物語1」の冒頭をご参照ください。





    「スワンプマンやテセウスの船を、あなたは知っているかしら?」

    「そうね、例えばあなたが道を歩いていて、沼の傍で雷に打たれたとするわね」

    「あなたはそれで死んでしまうのだけれど、どういう化学反応を起こしてか、落ちた雷が沼と反応して、あなたと全く同じものを作り上げてしまったの」

    「そうして出来上がった、あなたと全く同じもの。それから彼あるいは彼女はあなたと全く同じことをして、全く同じように生きていく……それは果たして、あなたと呼べるものなのかしら」

    「別人だと思う? 同じ人物だと思う?」

    「そこから更に私は問うわ。なら、それが同一であるか別であるかを決めるのは、いったい誰なのかしらね?」

    「たとえ全く違うものであっても、誰もがそれを同じだと言ったなら……反対に、あなたがそうだと言い張っても、他の誰しもがそれを違うと言えば……」

    「ふふ、ちょっと意地悪だったかしら。でも……」

    「世の中って、そういうものじゃなぁい?」







    世にも奇怪な物語 #4自慢の人生  (アリス視点)








    この地方の土地柄なのか、今年の夏もかなりの暑さを見せている。

    私がそう感じたのは、以前この地を訪れた時にひたすら暑いと感じた記憶があるからだ。
    暑いのは、正直あまり好きではない。だって、ちょっと悪いたとえだけど、仮に全裸になったってそれ以上は暑さを防ぐ事はできないから。
    これ以上どうすることもできないわけだし。寒いときは沢山着込めばいいでしょう?

    アリス「冷房は必須になりそうね……」

    今年はある意味特別な年になった。
    何が特別かというと、今年の春からここへ移り住んできた事。
    この地に越してきてもうすぐ半年が経とうとしている。気候面で言えば基本的に前に住んでいた場所よりもすごしやすいけど、夏だけはどうしても困ったことになりそうだ。
    ただまぁ、越してきたといっても永住するわけじゃない。ここが気に入ればそれもありかもしれないが、私には帰るべき実家がちゃんとある。
    ううん、実家に帰っても、もういい歳なんだし早く結婚しろと言われるに決まってるけど。
    残念ながら結婚とかする予定は全く無いのよねぇ。だいたい相手もいないんだし。

    アリス「アホらし」

    頭を振って考えを飛ばす。そんなブルーな気分になるためにこの町へやってきたわけじゃない。
    私には、列記とした使命が存在する。
    一昨年、そしてつい先日起きた猟奇殺人事件を解決する……それが、今の目的だ。

    アリス「とはいえ、手がかりがほとんど無いのよね……」

    二年前に起きた猟奇殺人事件。その捜査にあたっていた私たちは、解決の糸口さえ掴むことができないでいた。
    当時は捜査本部を設置して大々的に捜査が行われていたが、暫くして私たち特別対策班と幾らかの捜査官を残し、各員は他の事件へと散り散りになっていった。
    それが、今年再び事件が起きた事で私たち特別対策班は事件の起きたこの地で潜入捜査にも近い動きを見せることとなる。
    とはいえ、本庁の方で色々と揉め事があったようで、実を言うと満足のいく捜査ができるまで結構時間がかかっていた。
    何があったかはよくわからないけど、班長である八雲警部が何とかしてくれたみたいで、このたび私はこうやってこの町に住み込んでの調査ができるようになった。

    早苗「あ、アリスさん! おはようございまーす!」

    アリス「ん」

    家の前で長閑な町並みをなんとなく眺めていると、隣のアパートから一人の女性が姿を現す。
    東風谷早苗……ここからバスで一時間程先にある守矢神社に勤務している子だ。
    まだ正式に神社で勤務しているというわけではないらしく、研修生としてここへやってきたらしい。
    人当たりのいい子で、誰とでも気兼ねなく接することができるような人。俗に言う『良い子』ってやつ。

    アリス「おはよう。今日もこれから仕事かしら?」

    早苗「そうですよ~。朝早いのがちょっと辛いですけど……」

    アリス「まぁ神社勤務だとどうしてもね」

    早苗「でも、アリスさんも早いですね。これからお仕事ですか?」

    アリス「そうね。まぁ出かけるまでにはまだもう少し時間があるけど」

    早苗「そうなんですか」

    毎朝こうやって屈託の無い笑顔を浮かべながら挨拶をくれる。
    仕事も順調みたいだし、毎日が楽しくて仕方ないんだろうなと見てて思う。
    だけど……

    アリス「朝は人が少ないし、気をつけてね? 最近は物騒だから」

    早苗「はい、勿論ですよ。こう、警戒心マックスにして歩きますから」

    そう言ってちょっと変な動きをしてみせる早苗。
    本当に良い子だと思うけど……この町はちょっと特殊な環境にあるから、この子が嫌な思いをしないか心配だ。
    というのも、この町は都会のそれのようにばらばらした社会形態ではない。
    ある組織による統一が図られている社会。平たく言えば、その筋の組織が管理している町ということだ。
    しかも面倒なことに、少し前に町を統括している組織が変わった。これまでは西行寺家がこの町を治めていたけど、今は蓬莱家率いる蓬莱会が町を管理することになっている。
    でも、だからって町中で物騒なことが頻発しているかといえば、特にそういう事は無い。ただ、町の住民からすればいまだに新しい組織を受け入れられない人だって幾らかはいるわけで。
    要は、そういう人たちと合うか合わないかみたいな微妙なトコがなんとなく浮き彫りになり、ご近所付き合いが発展し辛い状況にある。
    早苗は、おそらく性格なんだろう、会社指定のアパートに越して来てまず私のところへ挨拶に来た。
    これが私だったからよかったけど、組織形態や隣人関係を強く意識している人物だったら、きっと期待を胸にこの町へ来ただろう早苗の出鼻をくじくことになったかもしれない。

    アリス「暗くなる前に帰るのよ。知らない人について行ったらだめだからね?」

    早苗「はぁい。って、なんですかもう! 子ども扱いしないでください!」

    アリス「ごめんごめん。でも、本当に気をつけてね?」

    早苗「もちろんですよ! あ、そろそろ行きますね。バスに遅れちゃう」

    アリス「二時間に一本だものね。逃したら遅刻確定だわ」

    早苗「研修生ですしそれは最悪ですね……では、いちきま!」

    アリス「いってらっしゃい」

    早苗を見送り、なんとなく息を吐く。
    私は、いち警察官としてこの町にやってきた。けど、それは早苗にも言っていない。こうして友達ができたのは嬉しいことだけど、それと捜査は全く別物だし。
    潜入捜査とまでは言わないとはいえ、正体を掲げての行動は慎まなければならない。でも、正直微妙に辛いんだよね、この立場。



    それから数日後、早苗がペットを飼っているという話を聞いた。
    ペット、というとどうしても浮かんでくることがある。それは、例の事件の現場に落ちていたという鳥の羽。
    事件との関連性はいまだ不明だけど、第一第二とどちらの現場にも落ちていたことから、何らかの関係があると思われている。
    偶然だろうけど、早苗が飼っているペットというのもどうやら鳥っぽかった。
    早苗は言う。ペット(ぴーすけという名前らしい)がいるから、独り身でも全然寂しくないと。
    別に、早苗が事件に関与していると考えているわけではない。だって彼女はつい最近この町に来たわけで、二年前や今年の春の時点ではここにいないんだから。
    ただそれでも、もしかしたら何か得るものがあるかもしれないと思い、私は『自分もペットを飼っている』と嘘を吐いた。
    実際学生時代にペットを飼った事もあるし、話を合わせることはいくらでもできる。

    アリス「現場百遍、とは言うけど……」

    さて、私は集落で起きた第一の事件現場を目指していた。
    もう二年前の事件。現場に行ってももう手がかりの欠片すら見つける事はできそうにない……けど、そこへ行く事で何か見えるものがある気もする。

    アリス「あら、早苗さん?」

    早苗「ふぇ!?」

    現場にやってくると、意外な人物がそこにいた。
    いや、彼女の職場を考えればそう意外なことでもないかもしれない。第一の事件現場は、守矢神社のすぐ近くにあるのだから。

    アリス「あ、ごめんごめん。驚かせちゃったわね」

    早苗「あ、アリスさん……もう、びっくりしましたよ!」

    アリス「まぁ、こんな場所だからね……」

    私がそう言うと、早苗は僅かに反応を示してみせた。どうやら、この事件のことは知っているらしい。
    話を聞いてみようか考えていると、早苗の方からそれについて言及された。

    早苗「アリスさんも事件のことご存知なんですね」

    一瞬言葉に詰まる。
    まさか、担当刑事だなんて言えない。

    アリス「早苗さんも知ってたの?」

    早苗「今日先輩に聞きました」

    アリス「……ふうん、そう」

    先輩というと、洩矢諏訪子の事だろうか。あの神社には諏訪子しかいないし、たぶんそれで合ってると思う。
    事件現場の場所が場所だから、その近辺に住んでいる諏訪子も幾らかは疑われることになった。
    とはいえ、ハナから容疑者として話を聞いたわけではない。この事件は手がかりもロクに得られずわからない事だらけだったから、近所にいる人物は誰であろうと多少は疑ってかかったのだ。
    洩矢諏訪子……守矢神社の神主で、この集落では彼女を知らない者はいない。住民の中には彼女を神様と奉る人もいるくらいで、相当力を持った人物である事が伺える。
    ただ、神社の信仰自体は日に日に薄くなっているようで、町の方に住む人たちからは祀られているものが何かすら知られていないこともあるのだとか。
    しかし、諏訪子は事件の事を口にしたか。それは早苗を心配してのことか、それとも何か意味があるのか……すぐに疑うのは私の悪い癖だけど、聞いてみて損はないだろう。

    アリス「……ねえ、事件の事どれだけ聞いたの?」

    早苗「えっと、酷い殺され方をしたってくらいしか」

    なるほど、単に早苗を心配してのことだったみたいね。

    アリス「そっか。じゃあほとんど知らないのね」

    早苗「アリスさんはご存知なんですか?」

    アリス「え、ええ、それなりには。前も言ったと思うけど、この町の事を色々調べるのが好きだから、そうするとどうしても、ね」

    そう答えると、早苗は若干首をかしげていた。
    この土地について調べる事が私のライフワーク……そういう事にしているけど、ちょっと無理があったかな?

    早苗「……どんな事件だったんですか?」

    あら、もしかして事件について興味を持たせちゃったかしら……無関係なのだとしたら、あんまり首を突っ込んで欲しくない。
    これはかなり凶悪な事件だし、知らない人はずっと知らないままでいてもらったほうが良いと思う。

    アリス「どうして?」

    早苗「あ、いや、皆さんご存知みたいですし、ちょっと気になって」

    アリス「ちょっと気になる程度なら知らないほうがいいわよ」

    早苗「そう、ですよね」

    好奇心は猫をも殺す……楽しい事に貪欲なのはいいことだと思うけど、この手の話に興味を示すのはあまり良いこととは思わないからね。
    何かあってからじゃ遅いんだから。

    アリス「あまりこういう事に首を突っ込まない方がいいわ」

    早苗「はぁい」

    追い討ちをかけるように、少し強くそう言い放つ。
    早苗は素直に忠告を聞いてくれたみたいで、それ以降は事件について聞いてこなかった。
    その代わりにか、ちょっと違う話を聞かせてくれた。

    早苗「アリスさん、ペット誘拐事件知ってますか?」

    アリス「ペット誘拐? それって、この辺りで起きてるの?」

    早苗「ご存知なかったですか」

    アリス「それは知っておきたいわね……こんなところじゃなんだし、町へ戻ってお茶でもしながら聞かせてもらえる?」

    早苗「はい」

    ペット誘拐事件……全く知らなかったわけじゃない。
    この町では、私が調査している猟期殺人事件だけでなく、児童誘拐事件やペット誘拐事件なども起きていた。
    この国全体で見れば、そういった事件は結構な頻度で起きている。が、この町のような狭い空間の中でこのような事件が立て続けに起きれば、『この町は事件が多い』というイメージがついてしまう。
    そのため事件一つ一つが大きく取り沙汰され、地元の人間ならそれらについて嫌でも耳にすることとなるだろう。
    ただ、捜査で何度か足を運んでいるとはいえ私は半年前にここへ来た程度の人間だ。よく知らない事はまだまだ沢山ある。ペット誘拐事件は、その一つと言っていい。

    早苗はペット誘拐事件について教えてくれた。
    教えてくれたといっても、そういう事件があるという話をしてくれただけで、具体的な情報は何一つとしてなかった。
    ただ、傍から見てもよくわかるほど、彼女は事件について心配を寄せていた。よほどペットの事が大事らしい。
    そこまで言う彼女の『ぴーすけ』とはどんなペットなのだろう。隣に住んでいて、鳴き声の一つも聞こえてこないけど……





    私は、この時までは彼女についてほとんど知らなかった。

    結論から言えば、東風谷早苗は『良い子』であり『可哀想な子』だった。
    彼女は、一種の統合失調症を患っていた。その際たる例が、『ぴーすけ』である。
    彼女は鳥のようなペットを飼っていると言っておきながら、おそらくは何も飼ってない。
    彼女は幼い頃に両親を亡くし、施設で育った。そのとき『ぴーすけ』という鳥を飼っていたという。
    ぴーすけは彼女が高校生になる頃に死んでしまったが、彼女の中では今もぴーすけは生きているという事になっている。
    よほどぴーすけのことを気に入っていてその死が受け入れられなかったのか、彼女は幻覚の中でぴーすけを飼い続ける事を選んだ。
    まぁ、他人事のように言うみたいでちょっとあれだけど、これだけなら単に可哀想な子で片付けることができる。
    ただ、彼女について調べたとき、幾つか疑問に思う事もあった。
    例えば、彼女は施設にいる間ずっと、誰かに援助をもらっていたのだという。それはまるで、足長おじさんのようだったらしい。
    ぴーすけもその援助の一つで、ある日突然彼女宛に鳥が届いたらしい。
    ただ、これらの援助は洩矢諏訪子が彼女を養子にしたことで止まったのだという。
    いったい誰が何のために、彼女に援助をしていたのか?
    最初は諏訪子が足長おじさんだと思ったが、どうやら違うらしい。そもそも諏訪子は早苗の幼少時代を知らないらしかった。
    他にも、彼女が大人になるまで引き取り手が無かったというのも少し奇妙だ。
    世間一般でどうなっているかは知らないが、彼女のいた施設だとほとんどが中学に上がる頃には里親ができている。
    引き取り手がいない子というのは、当人がそれを望んでいないなど、それなりの事情を持っている子ばかり。
    でも早苗に関してはそういう事情が全く無いながらも、諏訪子が引き取るまで一切話が持ち上がってこなかったらしい。
    たまたまそうだったとも考えられるけど、誰かがそういう風に仕立てていたと考えたほうが自然のような気はする。
    そこに何の意味があるかはわからないけど……

    アリス「……まぁ、こんなところかしら」

    早苗について書き記した調書を閉じる。
    こうやって一人ひとりの個人情報を書き連ねるというのはどうにも良い気分はしないのだが、捜査のためだと割り切るしかない。
    当然この調書は外に漏らす事はないし、事件との関連性が無いと判断された時点で焼却処分するつもりだ。

    アリス「早苗さん、か……」

    どうして早苗について調べることになったかといえば、早苗の施設時代の話を偶然耳にしたからだ。
    この町唯一の学校、そこの教師である上白沢慧音と話をした際、ちらっと早苗が施設にいたことを聞いたのだった。
    まぁ、だからって人の過去を調べてしまうのは職業病とでも言うべきか……
    けど勿論生い立ちがわかったからって今と接し方を変える気はない。早苗はよき隣人であり、よき友人なんだ。

    アリス「それより今は蓬莱か」

    さて、事件について何か進展があるかといえば、残念ながら大きな進展はない。
    ただ、事件の規模を考えると個人の、それも素人の犯行とは到底考えにくい。となれば、どうしても視野に入るのが蓬莱会の存在だ。
    蓬莱会はその筋の組織。この町を統括し導いている存在とはいえ、彼女達は紛れも無く『怖い人たち』なのだ。
    蓬莱会の現会長、蓬莱山輝夜。今は親から正式に跡目を継ぐ試験期間として会長をしているらしいが、実際の所彼女が次期頭首で間違いないらしい。
    組織としての力もかなりのもので、きっと彼女達なら一連の事件も難なく起こせるだろう。
    勿論それだけの組織力があるだろうというだけで、証拠も何もないんだけど。

    アリス「他には、諏訪子、パチュリー辺りか……」

    洩矢諏訪子は集落で猛威を振るう権力者で同時に当時は容疑者になりうる存在であったが、実は第一の事件当初は都会の方に出ているとの証言が入っており、事件との関連性は薄い。
    パチュリー・ノーレッジは、その昔この国を牛耳る者たちの不正をことごとく明るみに晒したことで有名になり、それを機にかなりの力を手に入れた。
    だが彼女は政界に出るでもなく要人として国を動かすでもなく、この町にやってきて図書館に閉じこもってしまう。
    彼女に何があったのかはいくら調べても出てこないが、今はもう図書館のしがない司書さんでしかない。親友であるレミリア・スカーレットがこの町に越してきたこともあり、彼女はこの町で骨を埋めるつもりのようだった。
    どちらの人物にしても、きっと事件を起こして自分が犯人だとバレないようにするくらいはワケないと思う。
    逆に言えば、彼女達のような人物でなければここまで手がかりを発覚させないようにはできないのではないだろうか。

    アリス「……人物から特定するのは無理ね」

    怪しめる人物は幾らかいる……が、早い話が、証拠が無い。それどころか、犯行に使用された凶器すら見つかっていない。
    人体を大きく損傷させるような凶器だ、まさか包丁だなんて事はないわけで。最低でも鍬くらいのものが必要になる。
    しかも仮に鍬を使ったとして、かなりの力で綺麗に振りぬかなければならない。単に鍬を振り回しただけでは、あこまで綺麗に人体は千切れない。
    それはまるで、人間による犯行ではないと私たちに見せ付けているかのようだ。
    ただ、猟奇殺人なんて起こす人物の像を考えれば、その辺りがメッセージになっているのかもしれないけど。『こんなに美しい殺し方ができるのだよ』と語りかけているのだ。

    アリス「最悪ね……」

    普通の殺人でも頭が痛いのに、猟奇殺人ともなれば頭が割れそうだ。
    人の命は何よりも尊重されなければならない。無駄な命なんて無いんだ。
    彼らは罪を犯した自分の人生を自慢できるだろうか? 胸を張って、これが自分の人生だと言えるのだうか?
    彼らの心情はさっぱりわからない。まぁあちらも、こちらの心情などわからないだろうけど。

    アリス「……ま、私もほめられたもんじゃない部分はあるけどね」

    人間誰しも、何がしかほめられたものじゃないような言動を一度はするもんだ。ただ、そんな事を言ってたらきりが無いわけだけど。

    アリス「そろそろパトロールの時間か」

    時計を見れば、夜中の0時を過ぎた頃だった。
    猟奇殺人事件の他にも色々と事件が起きている。犯行はおおよそ夜に行われるらしいということで、私は単独で夜の町をパトロールすることにしていた。
    こうやって出歩くことで、未然に防げる犯罪があるのならそれに越した事は無い。
    勿論、一人で外に出るからにはきちんと対策は取ってある。家を出る前には班長に連絡しているし、信用できる刑事には事情を説明して、交番で待機してもらっている。
    ただ、ここが仕掛けどころだけど、町中は私一人が単独でうろつくことで犯人の警戒を最小限に抑えておくという狙いがあった。
    交番勤務の警官とはいえ、警察が町をうろついていると犯罪抑止にはなるが現行犯でしょっぴく機会も減ってしまう。
    いささか複雑ではあるが、事件を根から止めるという意味では、抑止ではなくなるべく捕まえて根絶やしにしてしまいたい。



    そんな私が最近足を運んでいるのは、守矢神社だった。
    洩矢諏訪子を犯人と疑っているから……というよりは、この神社に関する『噂』を気にしてのことだった。

    アリス「流石に深夜の神社は怖いわね……」

    街灯すらついていない境内を、なんとなく音を立てないようにして歩く。
    音を立てることで、噂になっている『何か』が逃げてしまうのではないかと思った。

    この神社は祟り神の神社らしい。ここに祀られているのは、元は豊作の神様だが時代の流れと共に祟り神に変化したとかなんとか。
    だからかわからないが、この神社には色んな噂話が流れている。
    その中の一つに、真夜中の神社の境内を少女の霊が彷徨っている、というものがある。
    ただ、今の私がまさにそんな感じの状態だし、今誰かに見られたならそう勘違いされても仕方ないとは思う。

    アリス「何もいそうにないわね……」

    私に霊感は無い。
    だからもし何かの気配がするとすればそれは、神主の諏訪子か他の誰か……要するに、生きた人間ということになる。
    霊が実際に出るかどうかはさておき、諏訪子しかいないと言われている神社に他の誰かがいたら……もしかしたら、事件に何か関係があるかもしれない。
    勿論、徒労に終わる可能性は高い。
    というか、普通に考えて今の私を見た人は『なに噂話に踊らされてるんだ』と言うに違いない。
    けど、それくらい事件については難航している。こんなしょうもない噂話にすら縋り付いて情報が無いか探るしかない。
    ただまぁ、大義名分をかざすなら、噂話を真に受けて不安に思う人がいるかもしれないからパトロールしている、といった感じか。

    アリス「怪しい場所は沢山あるわね」

    しかし、犯人の逃亡先を考えるとこういった普通誰も入ろうと思わないような場所はうってつけではある。
    勿論それには諏訪子の協力が必要になるが、彼女が犯人に与しているとしたらこれ程良い隠れ場所はないだろう。
    実際、その手の噂もあるにはある。この神社の立ち入り禁止の建物には危ない物が隠されているとか、表に出ることができない人物が隠れているとか。
    荒唐無稽というか、祟り神の神社相手によくそんな噂をたてられるなと思うが……何よりも怖ろしいのは時代の変化ということだろうか。

    アリス「えっ……?」

    だが、煙の無いところに火は立たない。たとえ事実でなくとも、それらの元には必ず何か話が出来上がるだけの理由が存在する。
    そして……今回の場合、それは『確かな真実』と言えるのかもしれない。

    立っているのだ。
    私の視線の先、本堂横の木の下で。
    短い髪を風に揺らがせ、美しい着物を纏い、物憂げな表情で空を見上げている。
    ふわりと夜の風に乗って白梅の香りが鼻をくすぐった。

    ふとそのとき、どうしてかどこかで聞いた事のある昔話を思い出していた。

    桜の木の下で佇む少女の話。
    昔、町一番の大きさを誇る桜の木をずっと見上げている少女がいた。
    彼女は毎晩周りに人がいなくなるとやってきてはこの桜を眺めていた。
    雨の日も風の日も、彼女は桜を見にやってきた。
    ある日、桜の木が大きく揺らいだ。辺りに大きな風が吹き荒れ、幾多もの命が木の下に吸い込まれていった。
    この日も彼女は、たった一人で桜を眺めにきていた。
    少女は桜を見上げ、何を思っていたのだろう。桜を通して、何を見ていたのだろう。
    それから数日後、彼女はこの場所に姿を現さなくなってしまった。
    だが、偶然だろうか、彼女の姿が見られなくなってからというもの、この桜が花を散らす事はなくなった。

    どこでこの話を聞いただろう。思い出せないけど、どういうわけか神社に佇む少女を見つけたとき、この話が浮かんできた。
    面影が似ていると思ったのだろうか。桜を見上げる少女の姿と、空を見上げる少女の姿が。
    とても不思議な気分だった。
    深夜の神社で誰とも知らない人物を見つけたにも関わらず、私は恐怖を感じる事も警戒することも無かった。
    そして、どうしてだろう。自分でもよくわからないが、気づけば私は彼女に声をかけていた。

    アリス「何を、見ているの?」

    少女「……?」

    目の前の少女は幻だろうか、それとも今この瞬間が私の夢だろうか。
    自分が声をかけてから彼女が返事をくれるまでの間、私は他人事のようにそんな事を考えていた。

    少女「今日は、月が出ていないのよね」

    思ったよりも早く少女は返答をくれた。
    けど、別にそれに安堵するわけでもなく、むしろそうしてもらうことが当然のように私は言葉を続ける。

    アリス「今日は曇り空だものね。もしかしたら雨も降るかもしれない」

    少女「それは嫌だわ。せっかく久しぶりに外に出たというのに」

    私は、少女の言葉に疑問を持たなかった。
    彼女のことなんて何一つ知らないというのに、まるで彼女の全てを知っていて声をかけたみたいに、私は彼女の言葉をするりと飲み込んでいた。

    少女「あなた、どなた?」

    そして、ここへ来て至極当然な質問をされる。
    だけど私はまだ夢の中にでもいるような感覚で彼女の言葉を聴いていた。
    それは心地よい子守唄のようにも感じられた。

    アリス「私は……町の方の住人よ。あなたは?」

    少女「私は、私がわからないの」

    アリス「記憶がないの……?」

    少女「いいえ、違うわ」

    アリス「なら、どういうこと?」

    少女「……あなたは、自分が自分じゃないと感じたことはない?」

    アリス「ない、けど……」

    少女「そう……私は、あるわ。いつも感じてる。特に何かをしたわけでもない、気に病んでることがあるわけでもない。だけど……思うの」

    アリス「気にしないほうがいいわよ、そういうの。だいたい気のせいなんだから」

    少女「そうなんだけどね……」

    そう言うと、少女は黙って俯いてしまった。
    私は……少しずつ、自分を取り戻していた。
    先ほどまで感じていた不思議な感覚はもうほとんどなく、深夜の神社に誰とも知らない少女を前に警戒心をあらわにし始めたいち刑事の顔になっていた。

    アリス「あなたの名前を聞いてもいいかしら?」

    少女「かまわないけれど、こうして出会ってしまったんだもの、私が言わずともわかっているでしょう?」

    そう言われても、私にはわからない。
    いや、言い当てることはできなくもないか。わからないというより、確証を持っての発言にはならないという方が正しい。

    少女「ついてないわね。まさか、こんなにも早くばれる日が来るなんて」

    アリス「……あなた、西行寺幽々子ね?」

    幽々子「……ええ、そうよ」

    やっぱりか……彼女を見た時点でそうかもしれないとは思っていたが、やはり行方不明になったという西行寺の頭首、幽々子だったか。
    彼女は蓬莱に町の統治を任せてから姿を消しており、その行方は西行寺二番手の魂魄妖夢ですら知らないらしい。
    噂では、蓬莱に負け一人逃亡したとか、蓬莱に殺されたとか、色々勝手な話が流されている。
    しかし、彼女はここにいた。見たところ、死んでいるわけじゃなさそうだ。

    幽々子「あなたは、アリスさん?」

    アリス「!?」

    どうしてこの人には私の事が……?
    まさか、そういう能力があるとでも……

    アリス「……どうしてそう思うのかしら」

    幽々子「そうね、私がここにいる以上すぐにわかることだし言ってもいいわね。諏訪子から話は聞いているの」

    アリス「なるほど」

    やはり、幽々子はここで諏訪子にかくまわれているというわけだ。
    しかし、いったいどういう理由があってのことだろうか。二番手の妖夢にも行き先を告げず行方をくらまさなければならなかったわけとは……

    幽々子「あなた、二年前に起きた事件の現場によく通っているわね」

    アリス「……見てたのね」

    幽々子「ええ。私がいる建物の中からその場所が見えるもの。ほんの少しだけれど。ふふ、狙撃するのには丁度良い位置取りよ」

    とすると、彼女がかくまわれているのは本堂裏の小屋の一つというわけだ。現場が見えるということは、一番外側の小屋かな。
    ていうか狙撃って何よ、穏やかじゃないわね。西行寺も蓬莱みたいにその筋のお家ってことかしら?

    幽々子「諏訪子も時々あなたを見かけていると言ってるわ。すごく警戒されてるわよ」

    そりゃそうだろう。誰も私が刑事だなんて知る者はいないわけだし、現場の周りを何度もうろついているんだから怪しく思われても仕方ない。
    それでも、私が刑事だと明かすわけにはいかない。けん制してしまえば、犯人が雲隠れしてしまうかもしれない。

    アリス「その事件の犯人かもしれない人物に見つかっちゃったわけだけど、いいの?」

    幽々子「ふふ、面白いこと言うわね。あなた、警察の人でしょう?」

    アリス「……どうしてそう思うの?」

    幽々子「動きを見ればわかるわよ。私みたいな人間には、そういうのは見ればわかるわ」

    なるほど、この人は確かに西行寺の頭首だった。
    蓬莱がそうであるように、やはり西行寺だって全く同じではないにしろ『その筋の方々』であることに変わりはないのだろう。
    案外、最初から私の事を知っていてハッパかけてきたのかもしれない。

    アリス「……流石は西行寺のお嬢様ね」

    幽々子「あら、お認めになるのね。断言はしていないのに」

    アリス「ここで嘘を吐いて場をしのいだところで意味は無いと判断したのよ。それに、私はあなたの弱みを握ってるわ」

    幽々子「賢いのね。交換条件というわけ?」

    アリス「そちらも話が早くて助かるわ。どう? 悪くない話だと思うけど」

    私が刑事だとバレていても、西行寺幽々子にも人に隠れていることがバレてはいけないという共通の事情がある。
    となれば、お互いがお互いについて口外しないという事で話が決着するだろう。まぁ、少し甘い考えではあると思うけど……

    幽々子「いいわ、乗りましょう。というより、その事はお願いするつもりだったし、勝手に交換条件にしてくれて助かったわ」

    アリス「あら、それは勿体無い事をしたわね」

    ふふ、と静かに笑いあう。
    こうして話をしているだけではまさかこの娘が西行寺の頭首だなんて思えないけど、次の瞬間、私は彼女のそれを感じることになった。

    幽々子「……小屋に来てもらえないかしら」

    アリス「…………」

    先ほどまでのやわらかい表情から一変。彼女の顔から笑みが消え、凛とした西行寺家頭首としての雰囲気をかもし出す。
    そのあまりの圧倒的な変化に僅かだが身体を震わされた。

    アリス「これは罠かしらね?」

    幽々子「そう思われても仕方がないとは思うけど。私はあなたに『お話』があるの」

    アリス「私が警察関係者だとわかって言ってるの? 私が消えればすぐに諸々わかるわよ?」

    幽々子「私としては是非聞いて欲しい話だから言うけど、組織犯罪対策部……ううん、今は参事官になったのだったかしら。茨木華扇、知ってるでしょう? 私、知り合いなのよ」

    知ってるも何も、その人は警視庁じゃかなりの有名人だ。
    組織犯罪対策部で『ヤクザ刑事』として有名になり、数々の成果を挙げてきた実力派。今じゃすっかり人が変わったみたいに説教ばかりするようになったとか聞いた事がある。
    彼女がまだ旧4課にいた時代はたまに見かけることはあったが、異例の昇格で参事官になられてからは全く姿を見ていない。
    つい最近どういうわけかここの県警に配属されたという話もあるが……
    とにかく、そんな人と知り合いというのは、やはりそういう組織の頭としてよく知った仲であるという意味なのだろうか。なら、警戒心は増す一方なんだけど……

    幽々子「あぁ、たまに飲みに行く仲ってことよ?」

    まぁ、そういう事よね。要するに、敵対していたこともあったけど今じゃすっかりそんな相手とも話し合えるような仲ですよっていうアピールだ。

    アリス「と言われても信用に値する材料がないんだけど」

    幽々子「信じるかどうかは自由だけど……事件を解決するために必要な話、と言っても来てくれないかしら?」

    アリス「それを餌について行ったらリンチされた、なんてことになりそうだもの」

    幽々子「もう、疑り深い人ね」

    アリス「そもそも、ここじゃ話せないわけ?」

    幽々子「諏訪子が来たら困るでしょう? あの娘にも内緒の話なの」

    アリス「あんたらの関係がイマイチよくわからないんだけど……」

    幽々子をかくまうくらいだし、それなりの仲ではあるんだろうけど。でもそのかくまってくれてる相手にすら聞かせられない話っていうのは……気にはなる。

    幽々子「仕方ないわねぇ……」

    あくまで動かないという意志を見せ続けていると、幽々子の方が折れてくれたようだ。
    ここと小屋では聞ける話に多少の違いがあるかもしれないが……流石に危険な可能性がある以上、無茶はできない。

    幽々子「この町は、事件が起きすぎてると思わない?」

    アリス「確かに、事件の多い町だとは思うけど……こう言ったらなんだけど、狭い社会の中での出来事だからそう感じるだけじゃないかしら」

    幽々子「そうね。でも、その狭い社会の中じゃ誰もが多いと思うのよ」

    アリス「それがどうかしたの?」

    幽々子「貴女たちが追っている猟期殺人事件。それに、幼児誘拐事件なんかもその一例。この町の事件の特徴は、こういった大きな事件が解決されないまま立て続けに起きてるという事」

    アリス「ええ。私たちはそれを、それぞれ同一犯の可能性を前提に捜査してるわ」

    幽々子「そうね。猟奇殺人事件は二件とも、誘拐事件は起きた全てが、おそらく同一犯か同一グループによる犯行だと思うわ」

    アリス「何か気になる事があるの?」

    幽々子「そうよ。殺人にしても誘拐にしても、隠した凶器や誘拐した子供達を置いておく場所が必要になるわ。凶器はまぁ隠しようがあるかもしれないけど、誘拐は難しいと思うのよ」

    アリス「つまり、隠し場所に心当たりがあると?」

    幽々子「心当たりとまでは言わないわ。それに、信じるかどうかもお任せする。ただ、私は両親が町を統治していた時代をよく見て育ってきた。だから、町の状態は輝夜より把握しているつもり」

    そういえば、誰かから『蓬莱ではこの町を統治するのにまだまだ時間がかかる』という話を聞いた事がある。
    蓬莱は力こそ強いがこの町に関してはまだまだ素人だ。そういう意味では、統治する組織が変わっても暫くは西行寺の脅威を拭い去ることができないとかなんとか。

    アリス「怪しい場所を教えてくれるって話なのね?」

    幽々子「ありていに言えばそうね。私としては、この町を良くしていきたいから、こういう犯罪はあってほしくないのよ」

    アリス「あずかり知らぬ所で起きているとしたら、上に立つ物としてそれ以上に嫌なことはないわね」

    幽々子「今の統治は蓬莱だけど、あの娘は今のままじゃ数年後に潰れるわね。あの娘はこの町を知らなさ過ぎる」

    アリス「色々あるのね」

    幽々子「ふふ、そうよ。まぁ、あなたたちのお世話にはならないようにするから。それに、私はまだここから出て行くわけにはいかないし」

    アリス「結局なんであんたは隠れてるの?」

    幽々子「その話はできないわ。それより、今は事件の事を話しましょう」

    なるほど、そこも色々あるってことね。
    まぁでも、私としても今はそういうゴタゴタよりも事件の話の方を優先したい。

    幽々子「人目につかず、しかもとても大きなスペースを確保できる場所。どこだと思う?」

    アリス「急に言われても……」

    田舎町なだけに、そのほとんどを山や森が占めている。
    人の手が入った場所で広いところといえば公共的な建造物などくらいしかないが、まさかそんなところに誘拐した子供は隠せない。
    巧妙に隠し部屋を作っているかもしれないが、そうなるとすぐに犯人を特定しにいけるしな……
    となれば、残る可能性はだいたい絞られる。

    アリス「……地下ね?」

    幽々子「うふふ、大正解」

    地下というと都会にしかイメージがなさそうだが、田舎は逆に言えば地下の方も土地がかなり余っている。
    某県なんかの地下は僅かな駐車場スペースがあるくらいで、都会のような地下街なんかは全く存在しない。

    アリス「でも、悪いけど私は誘拐より猟奇殺人事件を優先させないといけないの。そちらの情報はないのかしら?」

    幽々子「せっかちねぇ。ならばお望みどおり本題を話すわね。ただ、これを聞くのならひとつ覚悟をして欲しい。それくらい、重要な話よ?」

    アリス「ええ、かまわないわ」

    幽々子「あなた、死ぬかもしれないけど、いいかしら?」





    町のはずれにある小さな建物の中に、その施設はあった。
    一見ただの住宅なのだが、中には誰も住んでおらず、奥の部屋に地下への階段が隠されていた。
    西行寺が蓬莱関係の建物を探っているときに見つけたらしいが、階段の下までは確かめていないらしい。
    幽々子に、誰にも内緒と言われているため班長にも報告せずここに来てしまったが……あまり深くはもぐらないようにして、後で応援をもらって本格的に調査したほうが利口だろう。
    幽々子には悪いが、偶然この場所を見つけたという体で大々的に調査をさせてもらいたい。

    アリス「汚いわね……」

    階段を降りていくと、割とすぐに地下に辿り着いた。地下は広いホールみたいになっていて、棚や机があちこちに設置されている。
    真っ暗かといえばそういうわけでもなく、ところどころに灯りがあり歩き回る分に問題はなさそうだ。

    アリス「倉庫か何かか……」

    かなり汚れてはいるが、棚や机には色んなものが置かれていた。置かれているというより、投げ捨てられたまま何年も経過している感じだが。
    まるで廃屋と化した研究施設を誰かがこっそり再利用しているような、そんな印象を受ける。
    確かに雰囲気としてはこういう場所に誘拐された子供達が閉じ込められていそうだけど……

    幽々子が予想するには、二年前と今年の春に起きた殺人事件が猟奇的であるのには理由があるらしい。
    彼女は、遺体の損傷箇所が無くなっているところに目をつけていた。わざわざ遺体を発見できるところに放置したのに一部が無くなっているというのは不自然だという。
    警察は当初から、犯人の異常な美的意識からそうしていると踏んでいた。だが、幽々子の見解は違っていた。
    彼女は無くなっている遺体の一部を、何かに使用しているのではないかと考えているらしかった。
    そしてその何かというのが、この地下にある可能性があるというのである。
    何故そう予想できるのか、その詳細な理由までは教えてくれなかったが、もし少しでも信じてもらえるのなら、地下を探してみてほしいと頼まれた。
    悩んだ末、こうして覗きに来てみたわけだけど……

    アリス「本当に何もないわね……」

    どうしてあんな建物にこんな地下なんて、とは思うが、ごみ溜めみたいになっているだけで子供はおろかどの事件の手がかりになりそうなものもなさそうだ。
    やはり幽々子の予想ははずれていたのではないかと思う。
    というか、どうしてあの時初めて会った人物の言う事なんか信じてるんだろうか、私は。
    まぁそもそも変な噂を信じて幽々子に会えたわけだし、今度はその幽々子の話を真に受けてみれば何か見つかるかもしれない。そう考えたわけだけど……

    アリス「あら?」

    ホール内を見回しながら歩いてそろそろ見終わるかと言う頃、奥の方に更に扉があるのがわかった。
    隠されているのかたまたまそうなったのか、乱暴に投げられている机や椅子の陰になっていてわかりにくい。

    アリス「人が通った跡があるわね……」

    近くまで行ってわかる。
    周りのガラクタには埃も塵もたまりまくっているが、この辺りだけは薄っすら積もる程度だった。
    よくよく見れば私が歩いてきた道も、汚くはあったが、そう酷いものではなかった。
    となれば、この地下は今でも誰かが利用しているという事になる。

    アリス「…………」

    何が潜んでいるかわからない。誰がいるかわからない。
    恐怖か焦りか、それとも好奇心か。私は手を震わせながら、扉に手をかける。

    ぐしゃ

    アリス「……?」

    と、何か堅いものを踏んだ。
    正確に言えば、踏んだ瞬間は柔らかかったが体重を乗せていくと堅い部分があるのがわかった。
    バランスがいいものではないようで、すぐに足を踏み外して体勢を崩してしまう。
    こけることはなかったが、軽くよろめいてしまった。

    アリス「何が……」

    足元を覗き込んで、眉をしかめた。

    アリス「これ……鳥……?」

    薄暗くてあまりはっきりとは見えないが、私が踏んだのは鳥の死骸らしかった。
    死後そんなに経っていないのだろう、踏んだ死体の感触からして、靴の裏に血肉がついてしまったと思う。

    アリス「どうしてこんな所に……っ!」

    次の瞬間、なんとも言えない異臭が鼻を衝いた。
    これは、わかる。生物が死んだ時の臭いだ。
    鳥の死骸を踏んだ事で意識がそちらにいってしまっていたが、私は扉を開けていたのだ。

    アリス「中でいったい何が……」

    扉は僅かな隙間しかあいていないので、中はまだ見えない。
    もし扉の向こうに誰かがいたらここに私がいることはバレてしまっただろうが、誰かがやってくる気配もない。
    ただ、ほんの少ししか扉が開いていないにも関わらず鼻が曲がる程の異臭が漂ってくる。
    これは、本格的に応援を呼んだほうがいいかもしれない。
    こんな状況だ、幽々子との約束とか言ってる場合じゃない。いや、幽々子のことは伏せるにしても、この地下の事は報告せねばなるまい。
    そうと決まれば早くここから出なければ……

    アリス「(足音!?)」

    カツカツ、と私の来た方から足音が聞こえる。
    まずい、ここに居る事がバレてしまえば、どうなるかわかったもんじゃない。
    この異臭、間違いなくこの扉の向こうで何かが死んでいる。たとえ猟奇殺人事件などに関係がなくとも、これは大きな事件になるに違いない。
    となれば、今ここへ近づいてきているやつは犯人以外にありえない!

    アリス「(中は……ううん、何があるかもわからないのに入れない)」

    となれば、辺りのガラクタの山に隠れてやり過ごすしかない。
    幸い足音はまだ小さく、おそらく階段を降りている最中だろう。隠れるなら今しかない。

    アリス「(いや、間に合わない!)」

    部屋の奥の方に隠れようと思ったが、ふと見れば人影が階段の下のところに来ていた。
    もうここから移動はできない。できるとしたら、人が一人通れそうなくらいまで開いた扉の向こう側だけ……
    でも、迷ってる暇は無い。異臭が酷く明らかにこの先には異常な何かが隠されているとは思うが、こちらに進んで行くしか道はない。

    アリス「っ」

    私は鼻を押さえながら、意を決して扉の向こう側へと進む。
    何とか物音を立てずに部屋に滑り込むことができたので、たぶんバレてないとは思うけど……



    扉の向こう側は部屋ではなく、廊下になっていた。
    薄暗く薄汚い廊下。まるで死刑囚が死刑台へと進む道のよう。
    異臭は相変わらず鼻を衝いている。それどころか、先へ進んでいくにつれ酷くなっているように思う。

    アリス「長いわね……」

    できるだけ音を立てないように小走りに廊下を進む。
    後ろから足音が聞こえてこないからさっきの人影はこっちに来ていないようだけど……

    アリス「ん、階段ね……」

    どれだけ廊下を進んだだろう。薄汚い廊下に終わりがやってくる。
    汚れた石造りの廊下が急にリノリウムに変わり、少々広めの無機質な部屋に辿り着いた。いや、部屋というよりもここは階段のあるちょっとしたホールだ。

    アリス「どこに続いているのかしら……あら?」

    よく見れば、奥の方にドアがあった。
    そのドアはどういうわけかさっきまで走っていた薄汚い廊下に似て古臭いものだった。
    なるほど、本来は廊下がこのドアまで続いていたけど、後でここに階段を作ったってわけね。

    アリス「まずいわね……どっちに行こうかしら」

    階段を上ればどこかの屋内に着くだろう。このホールの感じからして、どこかの施設に着くような気がする。
    だが、あのドアの向こうも気になる。もしここに何か隠されているのだとしたら、このドアの向こうにある可能性が高い……と思う。
    ここまで来たのに何も見つけられずに帰るのか? それとも班長にこの場所のことを話して大々的に捜査するか?
    いや、それ以前に、この階段を上っていったら敵だらけでした、なんて事もありえる。最悪、捕まってしまうかもしれない。

    アリス「捕まるって、誰によ……」

    まだここが事件に関係している場所だと決まったわけじゃない。
    確かに怪しい場所ではあるし腐臭のような臭いもしているが、今のところ事件に関係してそうなものは何も見つかっていない。
    あのドアの向こうには何かあるのかもしれないが……そうなるとやはり覗いてみる方がいいだろうか。
    この場所にいる以上、私が何を見ようと見ていまいと、捕まればただで帰してもらえるなんて事にはならないような気はする。

    カツカツ

    アリス「!」

    と、先ほどまでは聞こえていなかった足音が少しずつ大きくなっていた。
    もう、時間がない。このままここにいては、足音の主に見つかってしまう。そうなれば、何もできずにゲームオーバーだ。

    アリス「(ここの調査は後でしましょう。とにかく今は逃げることだけを考えて……)」

    考えた挙句、私は階段を上っていく事に決めた。
    建物の場所は覚えているし、この建物から逃げる際にここがどこだかわかるはず。
    そういうわけで、私は足音を立てないように階段を上って行った。



    階段はおそらく四階辺りまで続いていたが、私は次の階のドアから中に入っていた。
    建物から入って地下に降りた時はそんなに長いこと階段は続いてなかったし、斜面をくだったような感覚もなかった。なら、一階分ほど上ったここはグランドフロアと見ていいだろう。
    さて、ドアの向こう側に出たはいいが、どこへ進んでいいか全くわからない。
    辺りは真っ暗でどこに何があるかもわからないし。ただ、ここがどういう場所なのかはすぐに想像ができた。
    なぜなら、ドアを開けた瞬間から消毒液のにおいがしたからだ。

    アリス「(病院……? どうしてあんな地下に繋がっているのかしら)」

    この町で病院といえば、八意総合病院しかない。勿論、公式なもの、表向きそう見えるものに限った話だが。
    地下へは階段でしっかり繋がっている。あの先には埃だらけの地下室があるだけなのに。
    非常口のひとつということだろうか? いや、それにしても変だ。何よりあの廊下や地下室は、病院にしては不衛生すぎる。

    アリス「(ここは……スタッフルームかしら)」

    病院なら夜中でも非常口の看板などに明かりがついているし、真っ暗で歩くことも難しいなんてことにはなってないと思う。
    だが、ここは本当に真っ暗だった。階段は明かりがついていたからよかったが、ここからは闇雲に進んでいくしかなさそうだ。
    たぶん、あの階段からここへ出入りする事はあまり想定されていないのだろう。ここの鍵が開いていたのも偶々だったのかもしれない。

    アリス「(足音はもう聞こえない……)」

    足音の主はどこへ行ったのか。おそらく、私が気にしていたドアの向こうへ行ったのだろう。階段を上ってくる音も聞こえなかったし。
    まぁ追われることはなくなったようだから、ゆっくり出口を探すとしますか。


    暫くすると暗順応が働いてきて、なんとなく辺りに何があるかわかるようになってくる。
    ベッドに医療器具、薬品棚に作業用デスク……中でも一番目を引いたのは、手術台だ。
    ただ、手術室にしては余計なものが多すぎる気がする。となると、特別に作られた処置室か何かだろう。
    しかし、電気もつけず真っ暗なままにしてあるということは、普段はここを使っていないのかもしれない。
    何にしてもはやくここから出なくては。夜中の病院ほど怖い場所はない。

    アリス「ん」

    辺りの様子が見えてくれば出口を見つけるのもたやすい。手術台の向こうにドアを見つけた。
    物音を立てないようにそこまで行き、ドアに耳を当てて向こう側の音を聞く……何も聞こえない。
    それならばと、ゆっくりドアを開ける。少しだけ隙間を作り、しゃがんで下の方から向こう側の様子を見てみた。

    アリス「(また廊下ね……)」

    ただ、さっき歩いた地下の廊下とは違い、がらんとした綺麗な廊下だ。病室から廊下へ出た時に広がる光景そのまんま。
    ここまで来ると小さく淡い灯りがところどころについていて、目を凝らさなくても歩くことができそうである。

    アリス「(窓がどこにもないわね……)」

    電器も灯りと呼べる程の明るさではないから勿論ではあるが、窓がないため月明かりも差し込んでこない。
    光があたるとまずいことでもあるのだろうか? 外から中の様子を伺えないようにするため? まぁそういう事は後で調べればいい。
    あんまり深くは考えないようにして、廊下を歩く。色々考えていると、もし何かあった場合に対処が遅れてしまいそうだ。

    それにしても、さっきの足音の主を除けば誰の姿も見ない。
    夜の病院には夜勤が何人かいて定期的に見回りなども行っているはずだが、この辺りはそういう気配すら感じない。
    たまたま見回りの時間じゃないのかもしれないけど、なんだろう、この辺って日中でもほとんど人が来ない場所のような気がする。

    アリス「やっぱり怪しい場所なのかしら……」

    その手のドラマの見すぎかもしれないが、こういう場所といえば裏組織や怖ろしい犯罪に関係してそうだと思ってしまう。
    表は普通の病院だが裏では怪しい実験や製薬を行っていて、世間で密かに起きている凶悪犯罪の黒幕的存在だとか、なんかそういうの。
    そういえば、後輩の河城にとりとそういうドラマを見て盛り上がったことがあったっけ。
    あの子はいわゆる不良だったから、なまじそういう裏社会みたいなのを少しばかり知っててドラマを見ながらよく解説してもらったもんだ。
    あの子、今はどうしてるかな。きちんと仕事をしているだろうか。たまには電話してちゃんとやってるか確かめてやらないと。

    アリス「(……?)」

    暫く歩いていると、行き止まりに辿り着いてしまった。
    行き止まりというより、廊下を自動ドアが隔てていて向こう側にいけない。夜間は作動しないようになっているのか、自動ドアはぴくりとも動いてくれない。
    ここはこの時間誰も通らないのだろうか。だとしたら、あの地下室からじゃないと外に出られないかもしれない……

    声「誰かいるの?」

    アリス「!!!」

    突然後ろから声が!
    これはかなりまずい。さっきの足音の主だろうか? いや、誰にしたってまずい状況には違いない。
    声の主は女だ。それも、そう歳も取っていないだろう人物と思われる。
    もしかしたらここの患者だったり? それか、夜勤のナースとか……
    ううん、おそらく地下からしかここに来れないだろう場所にいる時点で『普通』の病院関係者である可能性は低い。

    少女「誰? ずんだもち?」

    ずんだもち?
    よくわからないが、コードネームか何かだろうか……そのチョイスに思わずずっこけそうになる。
    ううん、そんな事してる場合じゃない。どこか隠れるところはないか……廊下のど真ん中にいるわけで、部屋に入ろうにも近くにドアが見当たらない。
    相手はライトを持っているわけじゃないらしく、ただゆっくりとこちらに近づいてきている。
    さっきまでは明るいところにいたのだろうか、正確に私の姿を捉えられているわけではないらしい。
    なら、相手を突き飛ばして地下の方へ逃げるか? いや、相手が一人とは限らない。地下の方に誰かがいたらアウトだ。
    でも、このままここにいたって見つかるのを待つだけになる。それは、諦めるのと同義だ。そんなことはできない。

    アリス「(かけるか……)」

    出てきた部屋がどの辺りかは覚えている。そこまで走って地下に行き、入ってきたところへ出れば何とかなるだろう。誰も待ち構えていなければ。

    アリス「(……よし!)」

    少女「返事もなしかい。まぁ私も勝手にここへ来たのは謝るけ…きゃう!!」

    相手が近くまで来た所で、ドン、と音がするくらい強く相手にぶつかり、走る。
    どさりと相手が地面に倒れこんだ音を耳にしながら、もと来た道をひたすら戻る。

    廊下を走り、処置室らしきところを抜け、地下への階段を駆け下りる。
    一応足音には気をつけてはいるが、なにせ追いかけられても追いつかれないように走っているから、階段なんかは結構な音を立ててしまう。
    だが幸い誰の姿も見る事はなく、私は一気に腐臭のする地下の廊下までやってくることができた。

    アリス「臭いが、強くなってるわね……」

    薄汚い地下の廊下を走っている際、来るときにも感じていた生き物が腐るような臭いはその強さを増していた。
    いったいどこからこの臭いは来るのだろうか。やはり階段下にあったあの部屋から?
    一目散に走ってきたから見てはいなかったが、もしかしてそこのドアが開いていたのかもしれない。

    アリス「地下室まで来たわね……」

    地下室を駆け抜け、階段を段とばしにして上がる。

    アリス「!?」

    そして階段を上りきったわけだが、すぐに異変に気づいた。地上に続く出口がなくなっているのだ。
    いや、なくなっているのではない。出入り口が閉ざされてしまっているんだ。
    入る時は確か、ドアのようなものを開けて中へ入った。それが今は閉ざされている……つまり、ここからは出ることができない!

    アリス「追ってはこないわね……」

    後ろから足音は聞こえない。
    すぐにでも追いかけてくると思ったけど……でも、その人物がここへ来るのは時間の問題だろう。
    隠れてやり過ごすことも難しそうだ。なんとかここから出られないものだろうか……

    アリス「こういうのって中からも開けられるようになってるはずよね……」

    そう思って辺りを見回す。
    灯りがないから見えない部分も多いが、その辺りも考慮して仕掛けが作られているはずだ。

    アリス「何もないわね……」

    ざっと見回したが、それらしいものは見当たらない。試しに手探りであちこち押してみたりしたが、仕掛けが作動する様子もない。
    もしかすると仕掛けはこの辺りではなく、階段を下りたところにあるのかもしれない。
    仕掛けを探すにしろ隠れてやり過ごせることを祈るにしろ、とにかくここからは離れなければならない。
    ええい、考えてる暇なんてない。思ったらすぐ行動に移さないと!

    アリス「あ、これ……」

    階段を駆け下り、辺りの壁を中心に仕掛けを探す。
    そこで私は、ここへ来た時には見なかったものを見つけた。

    アリス「これは……カードキー?」

    壁にカードのようなものが突き刺さっている……いや、よく見れば壁に刺さってるのではない。ちゃんと差込口のようなものがあり、カードを認識している。
    そして辺りをよく見てみると……

    アリス「スイッチがあるわね……それにこれ、もしかしてエレベーター……?」

    よくよく壁を見てみれば、薄っすらと切れ目がある。もしかしなくても、このスイッチを押せば開くんじゃないだろうか。

    アリス「ええい、ままよ」

    ぽち、とスイッチを押してみる。
    すると予想通り壁の切れ目が開き、ホテルなんかでよく見るような、内装の上品なエレベーターが姿を現した。
    これを使って上に行くとどうなるんだろうか……考えたって仕方ない。仕掛けを悠長に探している暇はないんだ、これを使う他に選択肢はない!

    アリス「カードも引き抜いていきましょう」

    さっとカードを抜いてエレベーターに乗り込む。
    このカードはもしかしてさっき突き飛ばした人物か、同一人物かもしれないけど来る時に聞いた足音の主のものかな。更に推測するなら、このカードがなければエレベーターは使えないんじゃないか。
    もしその推測が正しければ、これ以上は私を追ってこれないことになる。そうすると、後は上った先で何に出くわすかが問題か……

    アリス「何階かの表示がない……直通みたいね」

    どこまで上るのだろうかと思う間もなく、エレベーターは音も立てずに止まった。ここで『チーン』なんて音がしたらまたずっこける事になっただろう。

    アリス「…………」

    ゆっくりと扉が開く。一応壁を背にして、銃を構えておく。
    光が差し込んでくる様子はない。人の気配も……ないな。

    アリス「……とりあえずは何とかなった、かな?」

    エレベーターから降りてみると、全く知らない廊下に辿り着いた。
    だが病院のような所でも地下室のような所でもない、内装的に最初に入った小さな建物の中っぽかった。
    とすれば、あとはこの建物から出るだけ。空き家みたいになってたし、すぐに出ることができるだろう。そんなに大きな建物じゃなかったし。

    アリス「……にしても長い廊下ね」

    足音をたてずに小走りにしていることもあってか、廊下は長々と続いているように感じられた。
    さっきまで異臭に眉をひそめていたせいか、今は古びた木材や埃の臭いが鼻腔を満たしているにも関わらず特に気になる事はなかった。
    むしろ地下から出てきたことで大気の温度が僅かに上昇した事に不快感を覚えている。

    アリス「やっと終わりが見えてきたわね……」

    たぶん数メートルくらいしか走ってないだろうけどね。

    アリス「外に出られるといいけど……」

    辿り着いたのはドアの前。ここを開ければ、外に出られると思う。
    全く、幽々子のやつとんでもないところに私を行かせたもんだ。後で文句を言いに行かないといけないなこれは。
    そう思いつつ安堵の息を漏らしながら、私はゆっくりとドアを押し開けたのだった。





    例の地下室から脱出して数時間後、私は班長に事の顛末を報告した。
    その際幽々子の事は言わず、あの場所は私がたまたま見つけたという事にしておいた。
    すぐさまあの地下室や施設の事を調べてみるという話になったのだが、事態はそう簡単なものではなかった。

    アリス「捜査できないって、どうしてですか」

    紫「令状がおりないのよ。必要性が無いと判断されたの」

    アリス「でも、事件に何か関係があるかもしれません」

    紫「あなたの言う腐臭も、病院ならそういう部屋があるのもありえない話ではないって言われたわ。私も、食い下がったのだけど……」

    確かに、私の証言だけで令状を取るというのは無理があったかもしれない。むやみやたらに令状を発付してもらえるわけじゃないのはまぁ、わかるけど……

    アリス「ならせめて、私たちだけでも捜査を。班長も一緒に来てもらえませんか?」

    紫「それはかまわないけど……バレたら事よ? 不法侵入で訴えられても文句も言えないわ。もしそうなったら、もう一連の事件の捜査に関わることは絶望的になる」

    アリス「それは、そうですけど……」

    そうなんだけど……とにかくあの場所が気になって仕方が無い。
    別に、全ては私や幽々子の思い過ごしで、あの場所はただの病院の一部でした、という結末でもかまわないのだ。
    今はとにかく怪しいと思った場所を徹底的に見ていかなければ、事件についての手がかりなんて得られないままじゃないかと思う。
    半信半疑どころかほぼ疑ってかかった地下調査がこんなことになるなんて思いもしなかったせいもあって、私はいつも以上に躍起になってしまっている。
    ただ……班長の立場も考えれば、ここで私が無茶してしまうのも問題か……こういう時もっと身軽に動ける人物がいてくれたらいいんだけど。

    紫「とにかく、そこは候補に入れておきましょう。別件で令状を取れるかもしれないし」

    アリス「ですね……」

    なんとかならないかと色々考えてみたけど、どうにもならない八方塞な状態に意気消沈し始めてきた。まぁ、冷静になってきたと言った方が正しいか。
    班長は別件でと言ってくれたが、相手はおそらく病院だ、令状が取れるような別件なんて医療ミスなどがあればって感じ。可能性としてはほぼ無いだろう。というかそもそも、あの場所が地上ではどんな建物なのかもわからないし……
    やはり内密に忍び込むしかないか……そういえば、カードキーを持ってきてしまってたな。証拠にはならないだろうが、何かの時に役に立つかもしれない。

    紫「どちらにしろ誰かと遭遇してしまったのなら、暫くは怪しい動きを見せない方がいいわね。誰だか判別されたの?」

    アリス「どうでしょう。少なくとも、聞こえた最後の言葉は私を特定するようなものではなかったと思いますが……」

    反対に、私も相手が誰だったかさっぱりわからなかった。あの時はそれを確かめる余裕もなかったし。
    手がかりになりそうなものといえば『ずんだもち』というコードネームのようなものだが、流石にこれだけでは突破口にはなりそうもない。

    紫「とにかく今日は家で大人しくしてなさい。くれぐれも、その地下に行こうだなんて思わないこと。フリでもなんでもなく、本当によ?」

    アリス「はい……」

    そう言い残し、班長は出ていってしまう。

    アリス「まいったなぁ……」

    ばっちり釘をさされてしまった。流石に班長に言われたんじゃ単独調査に出ることも憚られる。何かつかめるかもしれないと思ったんだけどな……

    アリス「……幽々子に報告してみるか」

    家で大人しくしてろとは言われたが、自宅謹慎でもないんだし、神社に行くくらいいいだろう。
    もし道中狙われるようなことがあれば逆にひっとらえて知ってる事を吐かせてやる。
    まぁ近々早苗とクッキーを作る約束もしているし、スーパーに買い物に出かけた体でいればいいかな。
    ん、でももし先日の件で私がマークされてるとしたら、幽々子に会うのはまずいかな……尾行されてないか常に気にしていれば大丈夫か。



    アリス「あら?」

    守矢神社の辺りまで来ると、わき道の方に女の子が立っていた。
    この辺りの子かな? にしては、なんだか様子がおかしい気もするけど……不安そうにきょろきょろと辺りを見回している。まるで、初めて訪れた地で迷子になってしまったみたいに。
    幽々子に会うためにここへ来たけど……まだ昼前だし、ちょっと寄り道してからでもいいかもしれない。

    アリス「あ」

    その子に声をかけてみようと思ったら、その子は森の方へ走って行ってしまった。
    この道は、例の事件があった道から神社をはさんで反対側の道だけど、行き着く先は同じだ。この向こうは山道になっていて、更に進んでいくと海の方へ出ると思う。
    とにかく、人気(ひとけ)の無い道である事に変わりはない。児童誘拐事件の事もあるし、一人であっちに行かせるのは危ないな。あとを追いかけよう。



    アリス「は、はやいわね……」

    女の子は目的地があるのか一目散に山道を走って行く。後を小走りにおいかけているけど、どんどん距離が離されていく一方だ。
    そのうち私も普通に走るようになったんだけど、それでも全然追いつかない。運動不足かなぁ……

    山道を走り、森を抜け、視界が青く開け……

    アリス「はぁ、はぁ……」

    私はついに女の子に追いつくことができず、海岸沿いの小道に辿り着いていた。
    さっと潮風が私の頬を撫でて通り過ぎていく。思った以上に冷たいその風に、思わず目を細める。

    アリス「あの子は……いるわね」

    果たして少女はそこにいた。
    海を一望できる防波堤のようなところに立って、空を見上げている。
    後姿を見ているから表情はわからないけど、どうしてだろう、彼女からは寂しげな空気を感じた。
    声をかけていいものか、迷う。
    ここまで追いかけてきておいて今更だが、何故か声をかけるべきではないと思う自分もいた。

    ミスティア「お姉さんは……どこから来たんですか?」

    アリス「あ」

    どうしたものかと迷っていると、いつからこちらを見ていたのか、少女が私に話しかけていた。
    そこで初めて彼女の顔を、表情をはっきりと見る事ができた。
    少女は……悲しそうな目をしていた。

    アリス「私は……」

    素直に言うべきか……あなたを追いかけてきたのだと。
    もしかして変質者か何かと思われてるのかもしれない。普通に考えて、人気(ひとけ)の無い道を走って追いかけてきたわけだし、ありえる。
    ていうか、現時点で私は確かに怪しいことこの上ない。

    アリス「森の方へ走って行くあなたを見て、あとを追ってきたの」

    ミスティア「そうですか」

    隠したって仕方ないし、正直に話すことにする。
    少女の反応は、いぶかしむでもなければ警戒するでもなかった。ただ単調に、それだけ述べた。まるで、私の言葉など最初から興味なんて無かったみたいに。

    アリス「あなたはこの辺の子?」

    ミスティア「かもしれません」

    かも? どういう事だろう。

    アリス「かも、って?」

    ミスティア「わからないんです。自分が誰で、どこから来たのか」

    なんてこと……記憶喪失ってやつ?
    でも、どうしてだろう。そういうのとはちょっと違う気がする。悲しい目をしていたからだろうか。

    アリス「おうちはどこ?」

    そう訊くと、少女は海の向こうを指差した。

    アリス「……海外ってこと?」

    少女は首を振る。
    どういうことだろう。真意がわからない。

    ミスティア「どこか遠いところ。ここじゃないどこか、ここからは見えないどこか……」

    アリス「…………」

    もしかしてこの子、誘拐事件の被害者なんじゃないだろうか。
    監禁されていたところからなんとか逃げてきたはいいけど、ショックで記憶を失っているとか……考えすぎかもしれないけど。
    何にしてもこの子は保護したほうがいいかもしれない。少なくとも記憶を失っている様子だし、こんな人気の無い所でうろうろしてたら危ない。

    アリス「今はどこに住んでるの?」

    ミスティア「にわとり小屋」

    アリス「にわとり小屋?」

    ミスティア「はい。沢山のにわとりがいる場所で、私はそこで掃除をしています」

    どういうことだろう。誘拐されてにわとり小屋に閉じ込められているってこと? でも、今はこうして外に出ることができてるし……

    アリス「詳しく教えてはもらえない?」

    ミスティア「いいですよ。ついてきてください」

    そう言って少女は海沿いの道を西に向かって走り出した。
    今度はゆっくり走っている。私がついてくるとわかっているからだろうか。



    どれだけ走っただろう。
    同じような景色が続き、もう自分がやってきた山道さえ見えなくなってしばらくした頃、少女は立ち止まった。
    隣に追いついて彼女の視線の先を見ると……

    アリス「こんな所に、家……?」

    ミスティア「こっちです」

    アリス「あ」

    少女がまた走る。私もあとに続いて走った。


    そこは小さな建物だった。
    海沿いの道から道なき道を走って家の見える方へ。辿り着いた先は、一般的な家の半分くらいしかないだろう小ぢんまりとした所だ。
    だが、私はこの家を見て違和感を覚えた。
    それもそのはず、この家には玄関というものが見当たらなかった。窓もなければ勝手口らしきところもない。
    少女はその家には向かわず、裏側の方に歩いていく。この裏に、にわとり小屋があるらしい。

    ミスティア「ここが小屋です」

    アリス「っ……」

    そして私は絶句した。
    家の裏には確かににわとり小屋らしきものがあった。学校なんかでよくみるそれとよく似ている。
    ただ、その中ににわとりはいなかった。いや、正確に言えば『生きたにわとり』はいなかった。
    きっと放置されて何年も経っているのだろう。にわとりの死骸と思われるものが幾つか転がっている。
    だがもう時間が経ちすぎたからか、腐臭はしない。血肉もほとんど無ければ、亡骸もにわとり小屋だと聞いていなければそれとわからないくらいにぼろぼろになっていた。
    わかるのは、床にこべりついて風化した羽や骨、血の跡だけ。もしかしたら、藁や餌の類もあるかもしれない。
    それに、にわとり小屋と言われていたからにわとりと思っているだけで、もしかしたら別の生物のものかもしれないけど。

    アリス「ここで、寝てるっていうの?」

    ミスティア「はい」

    アリス「いつから?」

    ミスティア「わかりません」

    アリス「わからないって……」

    ミスティア「気がついたら私はここにいて、ここが家なんだと思いました」

    そんな話があるか。こんなところが家だなんて、そんな酷い話はない。
    誘拐でなければこんなものは虐待だ。そりゃ、にわとりが生きていた頃は賑やかで楽しい空間だったのかもしれないけど、だからってここで寝泊りは普通しない。

    アリス「あなた、一人?」

    ミスティア「はい」

    アリス「他には誰も住んでないのね?」

    ミスティア「いないと思います」

    アリス「……この建物の中にも?」

    ミスティア「わかりません」

    アリス「食事はどうしてるの?」

    ミスティア「毎日桜もちさんが持ってきてくれます」

    アリス「桜もち……」

    瞬間、ずんだもち、という言葉が脳裏をかすめた。
    私はそれをしっかりと掴み、思考と繋ぎ合わせてみる。パズルのピースが音を立ててはまった気がした。

    アリス「……その人はいつ来るの?」

    ミスティア「お昼ごろに来ます。たぶん、もうすぐ……」

    パキ、と枝を踏む音が聞こえた。
    反射的に後ろを見る……

    アリス「っ!?」

    瞬間、私の方に向かって何かが飛んできた。
    腕を前に出して顔を守る。ゴツンと鈍い音がして、腕に当たった何かが地面に落ちた。
    物凄く腕が痛いけど、刃物ではなかったようで、血は流れなかった。

    アリス「いきなりご挨拶ね……」

    追撃は来ない。相手は武器と言えるようなものを持っているわけじゃないらしかった。
    じっくりと相手を見据える。
    少女のような容姿、背丈……というか、そこにいたのは子供だった。

    アリス「あなた……桜もちさん?」

    少女「ど、どうしてそれを……」

    アリス「やっぱりそうなの」

    私がそう言うと、相手は目に見えるくらいたじろいで見せた。
    というか……子供が子供に食事を持ってきてるって? これじゃ誘拐も虐待も無い。いったいどういうこと?

    アリス「あなたは……誰?」

    少女「誰でもいいでしょ。ていうか、どうしてあんたはこんな所にいるんだよ」

    アリス「私はこの子に案内してもらったの」

    少女「そ、そんな……」

    桜もちと呼ばれる少女は、いつの間ににわとり小屋に入っていたのか小屋に座り込んだ向こうの子を見て、ため息を吐いた。
    さて、どうしたものかしら。相手はもう戦意喪失しているというか、これ以上戦う素振りはないみたいだし、こちらとしても子供に手をあげたくはない。

    アリス「とにかく……どういう状況か教えてくれない?」

    少女「……それはできない」

    アリス「どうして?」

    少女「部外者に教えるような話じゃないからさ」

    アリス「えらく大人な発言をするのね」

    少女「そりゃ、わたしゃ子供じゃないからね」

    アリス「えっ?」

    少女「まぁこの容姿じゃそう思われても仕方ないけどさ……列記とした成人だよ」

    アリス「そ、それは失礼したわ」

    その見た目で大人ときたか……それが本当なら、やはりこれは誘拐事件なんだろうか。
    でも、それにしては疑問が多い。手がかり一つ見つからない程難解な事件であるにも関わらず、被害者はこうして閉じ込められるでもなく野放しにされている。
    それになにより、仮にこの桜もちが犯人だとしたら武装していないというもの変な話だ。スタンガンの一つくらいは持ってそうなもんだけど。


    少女「頼みがある」

    アリス「何かしら」

    結構頭がキレるのだろう、桜もちはすぐに状況から最善策を判断したらしい。
    彼女の話を真に受けるかどうかは内容次第だが、とりあえずこちらが不利な状況では無い事は確かだ。

    少女「この子の事とこの場所、あとついでに私の事は誰にも言わないでくれないかな」

    やはりそうきたか。
    事情はさっぱりわからないが、どうやら誘拐関係の話ではなさそうだ。

    アリス「事情を聞かせてくれたら考えるけど」

    少女「詳しい事は話せない……けど、どうしてもと言うなら、そちらからは詳細を尋ねないという条件でなら話せるだけ話すよ」

    アリス「……まぁ、それでいいわ」

    少女「助かるわ」

    かなり妥協した感じになるが、それもまぁ仕方ない。
    一応警戒は解かず、彼女の言う事に耳を傾けることにした。

    少女「私は……その子の世話をしてる。といっても、食事くらいのもんだけど」

    アリス「そうみたいね」

    少女「それには理由がある。内容は言えないけど、その子を傷つけたりすることは絶対に無い」

    それは彼女の様子を見れば信じるに値する。こんな場所に住まされてはいるが、痩せこけているわけでもなければ服がぼろぼろというわけでもない。
    まぁとても不衛生な場所だからどうしても汚れはするだろうけど。

    少女「この子がここにいるのにも理由がある。もっと言ってしまうと……この子の存在がある人物にバレるとまずいのよ」

    アリス「つまりは、かくまってるってこと?」

    少女「そうなるね」

    なるほど。そういうことなら話はわからないでもない。
    そして、そういう事なら私はとても良い話を提案することができる。私は警察官なのだから。
    ただ……この相手が言う事を完全に信用したわけじゃないし、何より身分を明かすとまずいことになるかもしれない。
    もう少し探りを入れてみよう。

    アリス「答えたくなければ答えなくてもいいけど……明確な敵がいるって事でいいのね?」

    少女「……微妙なところだね」

    アリス「というと?」

    少女「敵、というと違うかもしれない。ただ、その人物にこの子の存在がバレると、この子は連れていかれてしまう」

    アリス「もしかしてそんなに物騒な話じゃなかったりする?」

    少女「どう思うかは自由だよ」

    ちょうどいいところをぼかしてくれるもんだ。事件性があると判断できればこちらも動きようがあるんだけど……

    アリス「あなたは、どこで何をしている人なの?」

    少女「それは隠してもいずれバレるんだろうな……私は因幡てゐ。町の病院で働いてるよ」

    アリス「そう……」

    因幡てゐ……聞いた事のない名前だ。
    ……どうする、私。
    桜もちというコードネームのようなもの、病院で働いていると言っている。医者などではなくいち看護士といったところなのだろうか。
    それか彼女はもしかして、先日地下から入った病院で遭遇した人物かもしれない。桜もちとずんだもち、何か関係している可能性は高そうだ。
    それならもう少し彼女について訊いてみるのもいいかもしれないが……どこで墓穴を掘ってしまうかもわからないし、ひとまずは大人しくしておいたほうがいいかもしれない。

    アリス「とにかく、私はここに来なかった。この場所は知らないし、彼女には会ってないし、あなたも見てない。それでいいのね?」

    てゐ「それでお願い」

    アリス「まぁふらっとここに来た私も悪いし……」

    てゐ「すまないね。君の事は詮索したりしないから、これで綺麗に終わりって事にしてくれたらそれで」

    アリス「わかったわ」

    複雑な事情があるようだけど……今のところここで事件が起きてるわけでもないし、ヘタには動けない。
    この環境と少女をかくまってるって状況は良いとは言えないけど、立場上今私が出しゃばってもいいことはないと思う。
    この場所の事は知ったわけだし、どうしても気になるようならまたこっそり来ればいい。何なら捜査の一環として訪れたっていい。いざという時に手は打てるようこの場所の事はしっかり覚えておこうと思う。

    アリス「(因幡てゐ、か)」

    もう問答は終わりだというように、てゐは私の横をすり抜け、手に持っていた袋を少女に渡している。たぶん、コンビニ辺りで買った食事でも入っているのだろう。

    ミスティア「おかえりですか」

    踵を返して歩き始めると、少女がそう言った。てゐは何も言わなかった。

    アリス「お帰りよ。それじゃあね」

    私は首だけで振り返りそう言って、今度こそこの場を去った。
    振り返った時に見た少女の表情はやはり寂しげだったが……それを見るてゐの表情はとても悲しげだった。



    結局この日は幽々子に会いに行かなかった。いや、行けなかった。
    日中は諏訪子がずっと境内で仕事しててこっそり入ることができなかった。もう少し隙があると思ったんだけど……挙句諏訪子に見つかって雑談する事になったし。
    幽々子から諏訪子には会った事を話してくれるなと言われてるし、事情を説明するわけにもいかず。仕方が無いのでまた来た時に話そうと思う。

    しかし、ここ数日で色んな情報が集まってきた。やはり、現地で捜査をしていると全然違う。
    相変わらず第一の事件も第二の事件もわからないことだらけだが、少なくともこの町の状況というか、表には見えてこない部分が色々と見えてきた。
    この町は、他所に比べて事件が起きやすいといわれている。それは、町の裏の部分で常に何らかの事件が発生し続けているからだ。
    あるいはそれを事件とは言わないかもしれない。先ほどの因幡てゐの話じゃないが、誰かから誰かを人知れず守らなければならない状況が少なくともこの町には様々あるんだろう。
    西行寺幽々子にしてもそうだ。自分の腹心にさえ自身が隠れている事を知らせずにいる。
    この町の特徴は、そういった『事情』が色んなところに点在していることだろう。
    ここは小さな町だ。しかも、表向き町を支配している蓬莱会というものまで存在する。更に、定例会を町単位で開くなど一見統制の取れた地域にも見える。
    だが、実情はそんな甘いものではない。誰かの言っていた、蓬莱では町の統括は荷が重いとはきっとそういう事だ。
    そう思うと、一連の事件どころか他に起きている誘拐事件なんかも蓬莱は一切関係がないのかもしれない。むしろ、自分達のシマでそういった犯罪を起こされる事に憤りさえ感じているかもしれない。
    そこをいくと、私は結構町の裏の部分に触れることができている気がする。
    他に気がかりなことといえば……

    アリス「(神社の辺りからかしら……誰かにつけられてるわね)」

    今はバス停に続く集落の小道を歩いているのだけど、どこからか視線をずっと感じている。
    建物こそ少ないが隠れられる場所なんてごまんとある田舎道だ、ここで急に振り向いた所で相手は見つからないだろう。
    しかし……誰が私を? やはり、先日地下に忍び込んだ事が原因だろうか? それとも、先ほどの因幡てゐ?
    何にしても、つけられているというのは具合が悪い。幽々子に会えなくてよかった。

    アリス「(プロではないわね……武器の類は持ってないかも)」

    つけられている事がわかる時点でまぁ素人の犯行だろうけど。
    でも、これが猟奇殺人事件絡みの話だとしたら、不思議だな。過去二件、手がかりすら見つけられないくらい巧妙に事件を起こした犯人だというのに、こうもわかりやすい尾行をするだろうか?
    となると、これは例の事件とは関係無い所……うーん、思い当たるものは幾つもあるけど。

    アリス「(襲い掛かってくる様子もないし、町まで帰ってみましょうかね)」

    幸運にもバス停について程なく町行きのバスがやってきた。一応警戒しながら、バスに乗り込む。
    当然だが、バスに乗れば尾行の気配はなくなった。乗り合わせた者に怪しい人物はいない。というか、この停留所で乗ったのは私しかいない。それなら問題は、町に着いてからどうなるかだ。
    ただ、この町のバスは二時間に一本しかない。なら、車でも用意してない限りさっきの尾行者は私に追いつけない。
    これで町でも尾行がつくようなことがあれば、それは別の人物……つまりは、複数による監視って事になるわね。
    どの件かはわからないけど、相手が仕掛けてきたということはこちらにとってもチャンスになる。班長に事態を送信しておこう。

    アリス「え……」

    私は一番後ろの席に座った。そして何となく振り返り、窓から外を眺めてみると……

    アリス「早苗、さん……?」

    遠ざかっていく景色の中に、見知った人物が立っていた。緑の髪、巫女装束、見間違えるはずもない。
    早苗は道路の真ん中に立って、走っていくバスを見ている……いや、私を、見ている……?
    バス停に早苗はいなかった。バスに乗った時も、後ろから誰かが走ってくる様子もなかった。
    なら、どうして彼女はあそこにいるのだろう? 帰宅だとしたらバスに乗ればいい。時間に遅れそうだったのなら、走ってくるはず。
    だけど彼女はあそこに立っている。立って、こちらをじっと眺めている。動く気配もない。ただじっと、こちらを見て……

    アリス「っ!!」

    ふと、早苗が笑った気がした。瞬間、背筋が凍る。
    私の方を見て、口角を吊り上げて、笑みをこぼしたような、そんな……

    アリス「(完全に見えなくなった……)」

    カーブを曲がれば、当たり前だが彼女は見えなくなった。
    その瞬間、ずっと感じていた視線が途切れたような気がした。

    アリス「(まさか私を尾行してたのって……)」

    ……ううん、そんなはずはない。というか、意味がわからない。
    あの子はただの会社員。守矢神社の研修生。確かにちょっと変わったところはあるけど、別になんてことない、どこにでもいそうな女の子。
    だけど彼女は、一種の統合失調症を患っている……もしかしたら、彼女の変わっている部分というのはちょっとどころの話じゃないのかもしれない。
    けど、出会ってから今日まで彼女を特別変だと感じたことはほとんど無い。せいぜい、いるかどうかわからないペットのことくらいだ。しかも、それは彼女の過去から理由が納得できる。
    ペットを失った事実を受け入れることができず、今でもペットを飼っているような気になっている……そういう気持ちはわからなくもない。
    じゃあさっきのもそういうものの一種じゃないだろうか。
    そういうものって? 統合失調症の?
    人が走ってくる様子もなく、バス停には誰もいなかった。じゃあ早苗はどこにいた? ずっとバス停の近くに隠れていたとでも? それともやはり……

    アリス「(早苗さん……)」

    頭が痛い。
    いや……ちょっと、冷静になりましょう。落ち着くのよ、私。
    別に、彼女が私を尾行してたなんて証拠はどこにもない。たまたま近くにいて私が気づかなかっただけかもしれない。
    ほらあの子、ぼーっとしてるとこあるし、バスがきたのに気づかなかっただけかも。それで、走って行ってしまったバスを眺めてがっくりしてただけで……
    大丈夫。あの子は別におかしいところなんてない。
    今回のことだって、ただの私の勘違い。それでいいじゃないか。
    ちょっとこのところ色んな事が起こりすぎて神経質になってるのかもしれない。

    アリス「班長に送ったメール、訂正入れとかないと……」

    そう思って首を振ったが、私の手は額を押さえるばかりで携帯端末に触れることはなかった。




    頭の中がぐるぐるする。
    別に、考えが行き詰っているといわけではない。何かに焦っているわけでもなければ、落ち着きを失っているわけでもない。いたって冷静である。
    ただ、得体の知れない何かに危機感を覚えているような感覚。だけど考えてみれば特に何も思いつかないという矛盾。
    何のどこがどうとも特定できない、気持ち悪さ。気持ち悪い、とにかく気持ち悪い。
    ……原因はわかっている。一連の事件のこと、地下室の件、幽々子やてゐの件……勿論それらも頭を悩ませている要因ではあるけど、それだけじゃない。

    「誰にあげるんです?」

    不意に言葉が響いた。気持ち悪さに対応しようとする思考と聞こえた言葉に反応しようとする思考が衝突し、一瞬眩暈を感じた。

    アリス「誰だっていいでしょ」

    早苗「え……あ、そ、そうですよね」

    アリス「…………」

    目の前には早苗がいた。私は厨房に立っている。
    私は、こんなところで何をしているんだろう?
    何をって、クッキー作りだ。仲良くなったお隣さんを誘って、趣味になった料理をしているのだ。
    どうして?
    どうしてって、約束したからだ。私が誘ったからだ。
    仲の良いお隣さんを?


    私の事を尾行していた人を?


    昨日、私は何かの事件に関係してそうな地下に潜入してみたり、おそらく一般的ではない事情を持った人物と接触したりした。要するに、表沙汰にはできそうにない情報を幾つも手に入れている。
    そんな私を尾行する理由……口封じか、状況の確認か……
    違う、だめだ、考えるな。
    この人がそういう事をするわけがない。今だって、クッキーを作ることも忘れて暢気に会話を楽しんでいる。
    確かに、先日は早苗の不気味な姿を見てしまった。一応、班長にその事は連絡しておいた。今日調書にも書いておこうと思う。

    早苗「そ、そういえばペットってどこで飼ってるんです? 挨拶してきたいな~なんて」

    ペット……? あぁ、話を合わせるために私も飼ってるって事にしたんだっけ。
    でも、いないものはいない。実は嘘でした、なんて言うのもなんだし、適当にはぐらかすしかない。

    アリス「二階にいるけど、今は料理中だしダメよ。というか、ちょっと調子悪いから、できれば今日は遠慮してほしいんだけど」

    早苗「あら、調子悪かったですか。なら、仕方ないですね……」

    残念そうな声を出す早苗。自分だって、本当はペットなんて飼ってないくせに……
    飼っていないものを飼っているという。状況は違えど、私も同じか。

    早苗「……そういえば、ついこの前もペットが行方不明になった事件あったみたいですね」

    アリス「そうなの。物騒ね」

    早苗には悪いけど、今はこんなぶっきらぼうな返事しかできそうにない。
    無関係だと思っていた人物が奇妙な行動を取る……たったそれだけの事だけど、事件に何か関係があるんじゃないかって、どうしても勘繰ってしまう。

    早苗「この近所らしいです。正確な場所までは、知りませんけど……」

    アリス「私たちも気をつけないとね」

    きっと普段なら、こうもペットのことを心配する早苗を見て私は笑いながら『心配しすぎよ』とでも言うのだろう。
    でも、今の私にはそれができそうもない。彼女の言動ひとつひとつに何か意味があるんじゃないかって考えてしまっているから。

    アリス「(はぁ……誰にでも変な所というか、傍から見ておかしな部分はあるっていうのに……考えすぎちゃう)」

    信じていた……と言うと少し違うが、事件やらに全く関係が無いプライベートな友達づきあいをしている人物が、こうも急に疑惑の対象になるというのは……本当に疲れる。
    なんだろう。そういう事する人じゃないのにって思っててそれをされてしまったというか、なんかそういう時の複雑な感覚。
    人間っていうのは、本当に難儀な生き物ね。自分では気丈なつもりなのに、無意識レベルでこういう事すごく気にしちゃって、挙句とても気持ち悪くなってしまう。しかも、それを意識的にどうにかすることができない。
    私も、何かの病気なのかもしれない。

    早苗「怖く、ないんですか?」

    アリス「どうして?」

    早苗「だって、大事なペットが盗まれちゃうんですよ?」

    アリス「そうね、怖いと思うわ」

    しかし、この子はやたらペットの話ばかりする。存在しないペットを可愛がってる時点で察せる部分があるとはいえ、ちょっと固執しすぎじゃないだろうか。
    確かに、ペット誘拐事件なんてあれば自分のペットが心配になるのも無理はない。けど、どうしてそこまで話題に出したがる?
    共通の話題だから? 私が変な感じだと察して気を遣ってくれているから?
    別に話が途切れたって黙ってればいいし、話すことが浮かんだら喋ればいいのに。私に好印象与えたいわけじゃあるまいし。
    好印象……まさか、ね。流石にそれはないか。
    でも、ならなんだというんだ。ペットペット、ペットって……まさか、事件に関係があったりするのだろうか? そういえば、現場には鳥の羽のようなものが落ちていたと報告があったような……

    早苗「私は、すごく怖いですよ……仕事から帰ってきたらぴーすけがいなかった、なんて考えたくもないです」

    アリス「そうね、私も同じよ」

    いつまで続くんだろう。ペット好きにしたって度が過ぎてる気がする。
    思い出とは、そこまでも強く心に残るものなのだろうか。唯一無二の存在であったのはわかるけど……
    でも、そこまで好きなのなら他にペットを飼おうとは思わないのだろうか。その子との思い出はずっと大事にするとして、他の子を飼うわけにはいかないのだろうか。
    話を聞いている限り、彼女は確かにペットが好きだ。それは何もぴーすけだけに限った話じゃない。だから、違和感を覚える。彼女の真意はどこにあるのだろう?
    それを考えたとき、ある一つの怖ろしい想像が頭をよぎる。

    アリス「(……まさかこの子が?)」

    死んだ事を受け入れられない程に溺愛したペットがいた。その死が受け入れられないという気持ちはわかる。
    でも、彼女は何もぴーすけという存在だけに固執しているわけじゃない。他のどんなペットであれ、きっと彼女は気に入って可愛がるはずだ。けど、彼女が他のペットを欲しがる様子は全くない。
    だってそれは、欲しくなったら手に入れる方法を知っているから……いつでも、手に入れてくることができるから……

    早苗「もしかしてアリスさん、すごい警備システムが……」

    アリス「(っ!!)」

    彼女の言葉で我にかえり、思わず手に持っていたボウルを台の上に落としてしまった。
    早苗が喋れば喋る程に、私の勝手な妄想が現実のものになっていくんじゃないかって感覚にとらわれてしまっていた。
    だめだ、私。気をしっかり持たないと。一度疑ってしまえばどこまでも疑ってしまう事になる。際限なく、終わりが来るそのときまで。
    でも、私は警察の人間。だからこそ、もしも彼女が悪い事をしているのなら、正しい方に導いてあげればいい、ただそれだけだ。

    アリス「クッキー、作らないの?」

    なんとかそれだけ搾り出す。でも、きっと私は笑えてないと思う。どうしても、今の気持ちを隠せそうにない。
    たぶん、早苗はびっくりしてるだろう。突然私が怒ったみたいに感じたかもしれない。

    早苗「あ……つ、作ります」

    アリス「そ、ならいいけど」

    でも……そうだな、これを機に早苗とは少しだけ距離を置いた方がいいのかもしれない。
    この得体の知れない感覚を何とかするためにも、彼女がどういう人物かをきちんと知るためにも、一度友人としてではなく警察官として彼女のことを見つめなおそう。
    私自身、早苗のような友人をあまり持ったことがなかった。だから、彼女が越してきて友達になれたとき、とても嬉しかった。だから無意識にも、彼女の事は事件とは全く関係が無いと思って捜査から遠ざけていた。
    勿論そんなのはいち警察官の視点からすれば、公平な捜査ではない。早苗が何かしているとは思いたくないけど、そういう私情に当たる部分は排除していかないと事件の真相は見えてこないだろう。

    アリス「(やっと、落ち着いてきたかも……)」

    早苗を見る。すごく怯えた目をしていた。本当に悪い事をしたと思う。

    アリス「すごく心配してるみたいだけど、あんまり気にしすぎもどうかと思うわよ?」

    早苗「そ、そうですかね……」

    アリス「ええ。神経すり減らしてたら、いざという時に困るんだから。そのとき自分が満足に動けないなんてことになったら、嫌でしょう?」

    アリス「ね?」

    そう言って笑ってみせた。今度はきちんと笑えたと思う。たぶん、もう大丈夫だ。

    アリス「ふう……」

    色々考えていたら随分と気持ちが楽になってきた。
    彼女の事に限らず、ここ最近色んな事があったしそれで気がまいっているのもあると思う。私一人で抱え込んでいる話も増えてきたし。
    そろそろ自分の持つ情報を全部纏めてみるのもいいかもしれない。幽々子に関しては、まぁ、少しばかり裏切ることになるけど。
    今日の調書は長らくかかりそうだ。幽々子の事、地下の事、あとはにわとり小屋の事、そして早苗のこと……

    アリス「(そうえいば早苗さんって、施設にいたのよね)」

    彼女は幼くして両親を失い、ずっと施設で育てられてきた。成人して仕事をするまでは、その施設にいた。
    でも、どこの施設にいたんだろう? 諏訪子が早苗を養子にしたのは知っているが、いったい諏訪子はどういう縁があって彼女を知ったのだろうか。
    早苗はその辺の話は勿論、自分が諏訪子の養子になっている事さえ聞かされていないみたいだし、訊いてもわからないか。
    でも、もしかしたら何か別の方面の話でもわかることがあるかもしれない。

    アリス「ねえ、早苗さんって子供の時は、その、施設にいたのよね? 諏訪子さんから聞いたんだけど」

    早苗「はい、そうです。あんまり覚えてないですけど、私にはお父さんもお母さんもいませんでしたから……」

    アリス「ごめんなさいね、変なこと訊いて。えっと、気に障らないようなら訊きたいんだけど、小さい時に亡くなられたの?」

    早苗「う~ん、そうに違いはないと思うんですけど、実はよく知らないんですよね」

    アリス「どういう意味?」

    早苗「えっと、私、小さい時に両親と離れ離れになっちゃったんです。それから両親とは会う事ができず、死んじゃったって話を聞いたので……」

    それはつまり、両親が死んでしまって引き取り手がいなかったから施設に行った、というわけじゃないってこと?
    だとすると、状況は変わってくる。離れ離れになったのに施設で育った。それはつまり、例えば早苗可愛さに両親から彼女を奪った親戚がいた、という話なんかではないという事。
    なら、早苗に縁のない人間が彼女を両親から引き剥がした……まさか、誘拐?
    すぐにこの町で起きている児童誘拐事件が脳裏に浮かぶ。この事件はかなり前から発生していて、いまだ解決していない。数件起きている誘拐が全て同一犯のものかは不明だが、今もなおさらわれていく子供がいるのだ。
    でも、早苗は最近になってこの町にやってきた。同じ事件の話であるわけがない。けど、気になる。ここに何らかの因果関係がありそうが気がする……

    アリス「そういえばどこの施設だったの?」

    早苗「えっと、都会の方の施設ですけど……」

    この辺りではないか……なら、やはり別件で間違いないのかな。ちょっと早合点しすぎたみたい。
    でも、何らかの事情はありそうだ。両親が早苗を捨てたという事も考えられるけど……なんでだろう、そうだとは思えない。
    せめて、早苗に密かに援助をしていたという人物が特定できれば何かの手がかりになりそうな気もするんだけど……

    アリス「子供のとき、援助を受けてたのよね?」

    早苗「はい。誰からかはわからないですけど、たまにお金やお菓子をもらいました」

    アリス「施設の人はそれが誰だか知ってた?」

    早苗「え、どうでしょう。私が訊いた時は知らないと言われましたけど、今にして思えば何か事情があって教えてくれなかっただけかも」

    その可能性は充分にある。
    普通に考えて、足長おじさんみたいな話なんてそうそうあるとは思えない。そんな事をするのは余程早苗を気に入っていたか、何らかの事情があってそうしていたか。例えば、早苗を捨てた両親は実は生きていて影から援助することにしていた、とか。
    けど、なんだろう。この感じ、これを突き止める事が何故だかとても大事なことのような気がする。これを突き止めることで、重要な何かに繋がるような……

    早苗「でも、それがどうかしたんですか?」

    アリス「あ、ううん、ちょっと訊いてみただけ。今も一人暮らしだし、色々大丈夫かなと思って」

    早苗「あら、心配してくださってたんですね。大丈夫ですよ! 両親がいなくて寂しいですけど、それでも頑張って生きてます」

    アリス「私がどうこう気にする問題じゃなかったわね。ごめんなさい」

    早苗「いえいえ! 心配してくれるなんて、ありがたいです!」

    全然誤魔化せてないだろうけど、追求もされないみたいだし後はそっとしておこう。
    諏訪子から事情を聞いたというのは嘘だけど、実際に訊きに行ってもいいかもしれないな。
    今日はこの後フリーだし、行ってみようか。早苗が休みなら、神社には諏訪子一人しかいないだろうし。
    会えないなら幽々子の方を尋ねるとしよう。この前のことも話したいし。




    守矢神社は相変わらず閑散としたものだった。
    夕方前であることも手伝ってか、辺りはこうして眺めてみると哀愁漂っているような気がしないでもない。

    アリス「田舎の神社ってどこもこんな感じなのかしらね」

    中には神主も常在していないような神社だってある。どういう風に機能しているかは私にはわからないけど、もう忘れられてるんじゃないかって所もたまに見る。
    そういう意味では、ここは由緒正しき神社らしいし、閑散としていても問題という問題はないのかもしれないけど。

    アリス「社務所覗いてみるか」

    とりあえず、境内には誰もいない。本堂の方も、ここから見た感じでは人の気配はないようだ。
    一通り覗いてみて諏訪子がいないようなら、幽々子のいるらしい小屋を訪ねてもいいかもしれない。


    果たして、社務所に諏訪子はいなかった。
    公民館のような建物にも、裏手の方にも、神社の外周にもいない。
    どこかに出かけているのだろうか? まぁ、それなら幽々子に会いに行こう。この前の件の文句でも言ってやらないと気がすまない。

    アリス「あら」

    一応誰にも見られていないことを確認して、幽々子がいるであろう小屋に入る。
    本堂裏の小屋に忍び入るなんてとても罰当たりな行動だけど、事情も事情なのでそういう感覚は薄かった。
    中に入ると、そこには何もなかった。テーブル一つ置かれていない、本当にただの空き家。
    おかしいな、ここに幽々子が隠れてると思ったんだけど……

    アリス「ん……ここ、もしかして」

    辺りを見回してみると、床の一部が僅かばかり変色しているのがわかった。
    それは蓋になっていて、ひっぱるとカコッと音がして簡単にはずれた。

    アリス「これは、何かの仕掛けみたいね……」

    中には取っ手のようなものがあり、おそらく引っ張ることができる。これを引くと何かが起きるんだろう。
    察するに、地下室にでも繋がっている通路が顔を出すというところか。
    みんな地下好きねぇ。

    アリス「まぁ、二重に三重にしないと見つかっちゃうものね」

    私はためらう事無く取っ手を引いてしまう。
    するとまたカコッと音がして、別の床の一部が少しせり上がった。
    それを引っ張りあげると、階段が姿を現す。やはり、地下へ繋がっているようだ。

    アリス「行きますか」

    地下にいい思い出はないけど、ここには幽々子と、もしかしたら諏訪子しかいないはず。まさか、諏訪子のあずかり知らぬうちにこんな仕掛けを作ったなんて事はないだろうし。
    再度辺りを警戒し、階段を下りていく。真っ暗なので小型ライトを使って行く先を照らした。


    階段はそう長くは続いておらず、すぐに地に足がついた。前にはドアがあり、開くと中では想像通りの面子が座って会話をしていた。

    諏訪子「え、ちょ、冗談でしょ」

    幽々子「あらあら」

    アリス「なんていうか、地下によくこんなスペース作るわね……」

    そこは地下室だが、病院と思われた施設の地下とは全く違い、綺麗に整えられた一室だった。
    床には畳が敷き詰められ、ちょっとした家具や調理スペースまである。広さもそこそこあって、まるで一人暮らしのために作られたアパートの一室みたいだ。
    西行寺の頭首が隠れるんだしお粗末な所ではないとは思ってたけど……

    諏訪子「あのさ~、普通神社の建物に不法侵入する? 祟られても知らないよ?」

    アリス「普段ならこんなことしないわよ」

    幽々子「そうね、普段ならしないでしょうね」

    幽々子は着物の袖を口元にあてて短く笑い、私はそれに溜息を吐いて答える。それを見て諏訪子は怪訝な表情を浮かべた。

    諏訪子「あれぇ? まさか君達顔見知りになってたの? バレてたの?」

    アリス「ついこの前会ったわ。また会いに来たんだけど、まぁ貴女もいるなんて思わなかったし」

    幽々子「そうね。内緒にしといてって言ってたもの、これは事故ね」

    諏訪子「困るなー、そういう事勝手にしてもらっちゃ。知らないよ、どうなっても」

    そう言って諏訪子はやれやれとため息を吐いた。そしてごろんと寝転がる。
    幽々子はそれを見てまたふふっと笑みをこぼしていたが、次にこちらを見て私も座るよう促す。何の話をしに来たかは大方予想しているようだ。
    私は素直にそれに従い、靴を脱いで畳に上がる。

    アリス「早速本題だけど……諏訪子」

    諏訪子「えぇ? こっち?」

    アリス「幽々子には色々言いたいことがあるけど、後でいいわ」

    幽々子「まぁこわい」

    諏訪子「はぁ。よくわからないけど、何なのさ」

    アリス「……早苗って施設にいた頃誰に援助してもらってたか、見当つかない?」

    諏訪子「ふーん……」

    私がそう尋ねると、諏訪子は一瞬で表情を変えた。あからさまに不機嫌そうな表情である。

    諏訪子「どうしてそんなこと訊くの?」

    アリス「それを知ることで、事件について何かわかる気がするの」

    諏訪子「荒唐無稽すぎるね。あの子は事件と何の関わりもないのに、どうしてそう思うんだか」

    アリス「自分でもわからないけど……なんかそんな気がして」

    諏訪子「刑事の勘ってやつ?」

    やっぱり諏訪子も知ってたか。自分で感づいたか幽々子が話したかはわからないけど。
    それとも過去に私たちがこの辺りへ捜査しに来た時、私を見たのかな? 諏訪子の事情聴取は別の人間がしたけど、その可能性はありそうだ。

    諏訪子「まぁ、早苗の事は話してもいいよ。君はきちんと身分を保障されている人、得体の知れない人物じゃないからね」

    アリス「助かるわ」

    諏訪子「きっと早苗も容疑者に入ってるんだろうしね。早苗もというか、この町の住人全員が容疑者かな?」

    アリス「手がかりが無いから、そう思う事でしか捜査できないのよ」

    諏訪子「うん、わかるよ。だからまぁ、これはそれじゃあ早苗は無関係って事を裏付ける為に話すってことで」

    やはり、彼女は何か知っているというのだろうか。
    無関係だと証明するには、ある程度事件の事も知っていないといけない。でないと、関係あるかどうかすらわからないはずだし。

    諏訪子「知ってると思うけど、早苗は孤児でね。ずっと施設で育ってきたのさ」

    アリス「両親から離され孤児院へ。誰とも知れない相手からの援助を受けながら成長し、あなたの養子になる。ってところかしら」

    諏訪子「こっわいなぁ。養子の件も知ってるのか。でも、それなら話は早い」

    アリス「けど、知ってるのはこれくらいよ」

    諏訪子「前提としては充分だよ。でも、それなら早苗が孤児になった理由を知らないみたいだね」

    アリス「ええ、それを訊きにきたようなものよ」

    諏訪子「簡単な話さ。早苗は幼い頃に誘拐され、開放された時には両親は死んでしまっていた。そういうこと」

    アリス「……やっぱり、そうなのね」

    諏訪子「驚かないね。予想はしてたって感じかな?」

    アリス「状況が不自然だからね。両親が捨てたとも考えられるけど……」

    諏訪子「まぁ……でも、私の言うこれも絶対と言うわけじゃないよ」

    アリス「確かなものじゃないなら、どうしてそう思ったの?」

    幽々子「それについては私から話すわ」

    それまで黙って話を聞いていた幽々子が間に入る。
    なるほど、その辺りの事情が関係しているのかもしれない、幽々子がここに隠れている理由と。

    幽々子「この町は……犯罪が多い」

    アリス「前にも言ってたわね」

    幽々子「表向き統率が取れているようだけど、その分裏では動きやすい……そんな町なの。だから私たちは、一つずつ裏で起きる犯罪を潰そうとしていたわ。その中の一つに、児童誘拐事件があった」

    幽々子「犯人に見当はつかない。手口もわからない。ただ、一つだけ手がかりを手に入れる事ができたの」

    アリス「それは?」

    幽々子「被害者リスト……要するに、誘拐する人物をメモした紙を見つけたのよ」

    諏訪子「まぁ、その中に早苗の名前も書いてあったってわけ」

    アリス「なるほど」

    それが誘拐の被害者リストになっているとわかったということは、他にいなくなった人たちの名前も書いてあったということだろう。
    ただし、それが本当に児童誘拐事件の犯人が書いたものかどうかはわからないと。

    幽々子「この件について、不思議に思う事があるの」

    アリス「それは?」

    幽々子「早苗がその例でもあるんだけど、児童誘拐は目的が不明なのよね。金銭等の要求があったわけでもない、性的悪戯をされたわけでもおそらくない。暫くしたら孤児院へ開放されている」

    アリス「待って。孤児院に預けられたのって、早苗だけってわけじゃないの?」

    幽々子「これは不確かという事もあって表に出ていない情報なんだけど、誘拐された子供の一部は孤児院に預けられているわ。少なくとも私が確認した子は全てそうなってる」

    アリス「そうなの!? そういう事は早く警察に伝えてもらわないと」

    諏訪子「いや、それは難しいよ。だって、その孤児院っていうのが、非公式のものだから。はっきりと確認ができてるわけじゃないんだ」

    アリス「非公式って……」

    世の中には、何か特別な目的の為に育てられている子供たちがいる。その子供たちが育つ場所、それが非公式の孤児院というわけだ。勿論孤児院というのは正確な呼称ではないだろう。
    今回の誘拐の件ももしかしてそういう事なのかもしれないと思ったけど、それはあっさり幽々子に否定される事になる。

    幽々子「非公式と言っても、誘拐犯に与するような場所じゃないわ。言うなれば、身元確認を行わない教会みたいなもの。寂れた村にひっそり建っていて、誰の干渉も受けないような所ってあるでしょう?」

    アリス「言わんとしてることはわかるわ」

    届出があるわけでもなく、そういう資格を持った人間が経営しているわけでもない。誰かが自分の意思で始めて、難民になったような子供たちをただ受け入れている、そういう場所という事だろう。
    しかし、そんな場所がこの国にもあるというのか……些か信じがたい話ではある。

    諏訪子「早苗がいたところも、怪しい孤児院じゃないのは調べてわかったよ。見つかりにくいのは、個人が特に看板掲げるわけでもなくやってるからだと思う」

    幽々子「普通の家で個人が勝手にしてる、って感じね」

    諏訪子「もっとも、早苗のいた孤児院はもうなくなっちゃってるけどね」

    そりゃ探してもわからないわけだ。たぶん、経営している人たちもやってきた子供が誘拐された子だなんて思ってもいないだろう。この誘拐事件はテレビや新聞じゃ大きく取り沙汰された事はないし。

    幽々子「私は、あなたや諏訪子の言うその支援してる人物っていうのは、誘拐犯なんじゃないかと思うわ」

    アリス「ありえない話じゃないわね……でも、どうしてそう思うの?」

    幽々子「誘拐しておいて何も無しに孤児院に預けている事、それにも理由があるとすれば、彼女達が成長してから何かあるんだと思うの」

    諏訪子「つまり、確実に成長してもらわないと困る、というわけさ。そのための支援だね」

    幽々子「さらった子供が成長することに意味があるのか、あるいは成長した子に何かをさせるのか……その辺りは予想でしかないけど、一つ仮説を立てたの」

    アリス「……どんな?」

    幽々子「成長したその子供が、猟奇殺人事件を起こすっていう仮説よ」

    驚いた。
    そんな可能性、考えたこともなかった。
    確かに、それなら殺人犯は特定されにくい。誘拐されて行方不明になった子が成長して殺人を犯しているなんて、誰が予想する?
    だけどそれだと……

    アリス「……なら、早苗もその一人って事になるけど」

    諏訪子「そうだね。でも、早苗は何もしていない。引き取ってからは私がずっと影から見てきたからよくわかるよ、あの子には無理だ」

    幽々子「おそらく、将来の犯罪者になれる人材とそうでない人材がいるのよ。早苗は後者だったんじゃないかと思うわ」

    アリス「なるほど。確かにあの子、情緒不安定な所とかあるし、犯罪には全く向いてないわね」

    諏訪子「あはは、その通りだよ」

    幽々子「目的は依然不明なままだけど、この仮説通りなのだとしたら仮に現場から何らかの手がかりが見つかっても犯人に繋がりにくい。更に言えば、こんな事を繰り返していけば、いずれ大きな犯罪組織が出来上がってしまうわね」

    諏訪子「蓬莱会がどうとかいうレベルの問題じゃなくなる。最悪、この町全体がそういう町になりかねないよ」

    それはとても怖ろしい話だ。
    けど、こんな大規模な話、秘密裏に行うにはかなり無理がある。きっとそこには何か大きな仕掛けがあるはずだ。
    つまり、幽々子の仮説を正しいとするなら、その仕掛けを解けば一気に事件解決まで辿り着くことができるかもしれない。

    アリス「やっぱり勘は正しかったのね」

    諏訪子「みたいだね~。けど、残念だけど私たちでわかったのはこれだけだよ」

    幽々子「情報が少ないのは相変わらずだし、これ以上は現状どうにもならないわ」

    アリス「もしかして事件について探るため、あんたは姿をくらましたわけ?」

    幽々子「うふふ、違うわ。これはまた別の理由。それは教えてあ・げ・な・い」

    アリス「そうですか……」

    諏訪子「まぁ事件に一切関係はない話だよ。この件に関しては、幽々子が外に出られるようになってから教えるっていう事で……」

    まぁ、今は彼女達の秘密について考えてる場合じゃない。新たにわかったこの可能性を急いで調書に纏めなければ。
    二人の事は一応伏せておくにしても、この話は班長にもしないといけないな。

    アリス「あ、そういえばあの地下、確かにやばい感じはしたわ。生物が死んでる臭いもしたし」

    幽々子「やっぱり何かあるのね。それで、どこに繋がっていたかわかる?」

    アリス「地下から廊下を通っていったら階段があったんだけど、そこを上がっていったら病院らしき施設に着いたわ。まぁ、誰かに見つかりかけたから逃げてきたけど」

    幽々子「病院……八意病院かしら」

    アリス「わからない。そこもその非公式施設なのかもしれないし?」

    諏訪子「場所がわかりそうなものは見なかった?」

    アリス「見れてれば特定できてるわよ」

    諏訪子「だよねぇ」

    あとわかるのは、ずんだもちという言葉と、もしかしてそれに関係しているかもしれない桜もちとあの場所、あの少女……
    でもあの場所や少女のことは内緒にしておいて欲しいと言われたし、いってもこの二人は警察関係者というわけじゃない。あまりほいほい情報を漏らすのもためらわれる。信用してないわけじゃないんだけど……

    幽々子「八意病院はこの地区の警察病院もかねてるし、院長の永琳はそもそも警察関係者だから病院内でそうヘタなまねはできないと思うけど……」

    アリス「あの場所が病院だったとしたら、犯人は病院関係者って事?」

    諏訪子「流石に早合点だとは思うけど。怪しいなっていうくらいで」

    幽々子「その辺りは、漠然と『蓬莱会が怪しい』って言うのと同じレベルの話ね」

    諏訪子「犯人の特定は現時点では無理だね。でも、目的なら少しは絞れてきそうだ」

    アリス「そうなの? わからないんじゃなかった?」

    諏訪子「幽々子の仮説を元に考えるけど、これまでに起きた殺人の被害者はそれぞれ、弁護士の娘と議員の娘。鍵山夫妻は蓬莱会の弁護も請け負う実力派だし、古明地夫妻は表向きこの町の行く末を左右する要人」

    幽々子「要するに、この町の未来にとって重要な人物が殺されているわ」

    アリス「それは私たちも考えてる。被害者達に対する怨恨かとも思ったけど、その線ではあまりに漠然としすぎていて捜査が進まなかったから、彼女達の親で考えてみたのよね」

    諏訪子「警察ではその辺どう判断したの?」

    アリス「あんまり情報は漏らせないけど……簡単に言えば、蓬莱を失脚させるための犯行だったかもしれない、っていうのが一番有力な説になったわね」

    幽々子「ふふっ、それだと私たちも容疑者になってそうねぇ」

    アリス「実際なってたわ。特に、あなたは行方をくらませてるわけだし、西行寺家が関わってるとした場合はあなたが最有力の容疑者になってる」

    幽々子「まぁこわい」

    諏訪子「完全には信じてもらえないだろうけど、見ての通りそれは的外れな推理だからね。けど、西行寺が絡んでないとなると、蓬莱の失脚を望む者って実はほとんどいないんだよね」

    幽々子「私も別に蓬莱の失脚を望んでるわけじゃないわよ」

    この町は西行寺による支配を受け、今では蓬莱によって統治されている。ただ、西行寺の頭首幽々子がいない今、蓬莱の存在を取り去ってしまえば、この町の実質的なリーダーは誰もいない事になってしまう。
    長らく一部による支配を受けてきた地域というのは、急にその存在を失ってしまうと暫くは混乱の時期が続いてしまう。最悪、町が崩壊してしまうかもしれない。
    つまり西行寺以外で蓬莱の失脚を望むとするなら、それは同時に町そのものが混乱する未来を望んでいるという事になる。
    この町を犯罪が横行する場所に仕立てたいのならその説で筋が通るが、そうなると再び犯人の特定が難しくなってしまう。困ったもんだ。

    幽々子「この説もあくまで仮説。事実は全く違うのかもしれないわね」

    諏訪子「そうなると、私としてはもうお手上げかな」

    アリス「町の崩壊を望む者、か……」

    筋の通った話ではあると思うけど、どこか引っかかる。これと言って断定できるわけじゃないけど、その説では納得できないところがある。
    ただの直感というやつかもしれない。どうしてか、犯人の目的はもっと別の場所にあるような気がしてならない。
    まるで、今私たちが考えた仮説のように思わせることが目的のような、そんな気が……

    幽々子「ねえ、まだ犯行は続くと思う?」

    諏訪子「どうだろう。蓬莱に関わる町の生命線を潰していくのだとしたら、もう何件かは起きてもおかしくないだろうね」

    アリス「要人たちに絞って警戒してみるわ。でも、蓬莱の周辺と言ったって他に何があるかしら」

    幽々子「定例会に出席する要人は町の顔ではあるけど、組織の外側で蓬莱に直接関わりのある者は表向きもういないわ。諏訪子は、言えば別地方の勢力で町の方にはあまり縁が無い。町の地区長達は当番制だからほぼ無関係ね」

    諏訪子「館長様は?」

    幽々子「館長って、パチュリー・ノーレッジのこと?」

    諏訪子「うん。だって過去に結構ぶいぶいやってたんでしょ?」

    幽々子「そうらしいけど、蓬莱と繋がりがあるなんて話は聞かないわね」

    アリス「スカーレット邸は? 資金援助とかしてそうだけど」

    幽々子「あれは完全に『余所者』だもの。急にやってきて勝手に丘の上に屋敷作ったんでしょう? 町の人たちの一部が不満漏らしてたわ。図書館とお屋敷だって自分達の権力誇示するために建てたみたいだし、余程の事がなければ蓬莱の傘下には入らないでしょうね」

    諏訪子「なら、逆に黒幕の可能性」

    幽々子「突発的な犯行じゃないし、いくら目論見があって越してきたとしても、来て数年で蓬莱を崩壊させようだなんて無茶よ」

    諏訪子「うーん、難しい……でも、こうなると警戒しようがないなぁ。だいたい、犯人だってどんな存在か特定できないし難しすぎる」

    幽々子「悔しいけど、最低限身の回りの警戒は怠らないようにして、次の事件を待つしかないわね」

    アリス「事件を待つって、あんた……」

    次の事件が起きないようにするのが私たちの仕事……だけど、この調子では次の事件が起きるとしてそれを止めることなんてできないだろう。
    現時点では得られる情報が少なすぎるため、幽々子は次に事件があればそこから新たな手がかりが手に入るかもしれないと言っているのだ。
    理屈はわかるが、いち警察官としてちょっと看過できない発言ではある。もっとも、私たちがもっとしっかりしてればいいだけのことなんだけど……

    アリス「(でも、何となく見えてきた気がするわ)」

    幽々子と諏訪子の仮説もあり、それが正解ではないにしても、事件についてこれまでより進展した気はする。
    少なくとも、事件に対する見方を改める良い機会にはなった。
    あとはこれを持ち帰って班長に報告し、特別対策班として新たな方針を打ち出して捜査を再開しようと思う。
    なんだかいけそうな気がしてきた。




    家に戻り、調書を纏める。
    これから新たな捜査方針を打ち出すとしたら、今書いてる調書は一旦終了と言う事になるか。
    纏めのページを入れて25枚。我ながら、この短期間でよくもこれ程書いたなと思う。
    けど、これは第一部に過ぎない。捜査方針が変わればまた第二部の調書を書き始めるわけで。

    アリス「よし、これでどうかしら」

    全て書き終え、筆を置く。
    起承転結がしっかりした、綺麗な調書になったと思う。まぁたぶん、こんなにきちんとしてなくてもいいと班長は言うだろうけど。

    アリス「幽々子やてゐの事はどうしようかしら……」

    一応、調書には内緒にしておいてと言われていることも全て書いておいた。
    けど、彼女達に関してはまだ謎が多い気がする。現時点で彼女達の存在を明るみにしておくと、その分捜査がしにくくなるかもしれない。
    てゐの方はどうだかわからないけど、少なくとも幽々子は諏訪子と繋がっている以上そう簡単にいなくなりはしないだろうし……

    アリス「……ここは止めておこうかしら」

    新たな捜査方針に切り替わったときにまた考えよう。そうすると、まとめページが21ページ目になるかしら。
    21~23がまるまるとんでしまうけど……これはこれでいいかもしれない。だって実際にはちゃんと存在するわけだし。何でこうなってるか訊かれたら、適当にはぐらかしてしまおう。
    必要になったときにまた引っ張り出す必要があるわね……どこかに隠しておこうかしら。どこがいいかな……

    アリス「本の間にでも挟んでおきましょ」

    どれにしよう。何故か棚に入ってる植物図鑑にでもはさんでおこうか。

    アリス「…………」

    いや、やっぱりお料理本にしよう。最近料理が本当に趣味になりつつあるし、もしも私に何かあったとしても、後任の誰かが今の私の趣味から場所を特定できるかもしれない。

    アリス「……もしも何かあったら、か」

    常にそういう事は考えてるけど、こうして何年も刑事やってると実感が薄れていくのよね。
    でも、もしかしたら実際にそういう時が来るかもしれない。ならせめて、私が捜査して見知った事は全て後任に引き継げるようにしなきゃいけない。
    私の後任は誰だろう? 特別対策班は今私と班長しかいないけど、選考は班長の独断だしなぁ。

    アリス「あの子が入ってきたりしないかしら」

    河城にとり……不良娘だった彼女を半ば強引に更正させたら、私の後を追って警察官になっていた。
    今じゃ立派に仕事してるみたいだけど、もし後任を私が選べるのだとしたらあの子に請け負ってもらえると嬉しい。
    ふふ、ちょっと電話でもしてやるか。考えてたら、久しぶりに話がしたくなった。班長に調書提出するのはその後でもいいや。
    調書の一部を料理本に挟んで棚にしまい、携帯端末を手にとって電話をかける。

    アリス「あ、もう寝てた? ふふ、そう。ちょっと話相手になってもらいたいんだけど……」




    その日は朝から不安定な空だった。どんより曇っていて今にも雨が降ってきそうな予感。
    調書も送ったし今日は特にどこへ行こうとか決めてないけど……たまには家で落ち着いて考え事でもしようかしら。
    凶悪な事件を追っているとはいえ、その日の行動が制限されてるわけじゃないから一日中家に居る事だってできる。
    はは、こんなことしてたら国民の皆様に怒られちゃうわ。

    アリス「早苗さん、雨が降ったらどういう仕事してるのかしら」

    神社の仕事も楽じゃないだろう。境内の掃除ってだけで大変そうだわ、特にあんな広い神社では。
    でも雨が降れば別の仕事をするしかない。まぁやることは山のようにあるだろうけど、他にどんな仕事があるのかちょっと気にはなる。

    アリス「…………」

    そういえば昨日の件で早苗の事はすっかり忘れていた。
    事件への関連性も調べないとだけど、まずはペット誘拐について彼女の無実を確かめる方向で色々探ることにしたんだった。
    諏訪子は、彼女は絶対に悪い事なんてしてないと言う。私もそう思うけど、自分で確かめて気を済ませたいというのは正直ある。
    もし、ペット好きの彼女が他人のペットを盗んでいるのだとしたら、そのペットは彼女の家にいる事になる。なら、彼女の部屋では盗んだペット達が暮らしているわけで。
    彼女の無実を確かめる方法は、とても簡単。彼女が仕事に出ている今、彼女の部屋を見てみればいい。
    あれだけ強くペットを好んでるんだ、別の場所に隠しているなんて事はないだろう。仕事以外の時間は片時も離れたくないってタイプだし。

    アリス「……よし」

    管理人に言ってマスターキーを借りよう。警察手帳を見せて、あくまで捜査の一環だということにすればひとまず騒がれることはないだろうし。
    令状も無しにこんな事をするのはあれだけど……




    さて、鍵は借りてきた。
    私が警察官ということもあってだろうけど、管理人は別件で忙しいらしく、一緒についてくることはなかった。そんなんでいいのか? とも思ったけど……まぁラッキーではある。
    長居するつもりもないし、部屋の中を少し確かめたらすぐに出るつもりだ。ものの十分くらいのこと。

    アリス「ここね……」

    アパートに入って左に曲がり一番奥の部屋が、早苗の仮住まいらしい。
    一人ひとりに与えられたスペースは広いみたいで、結構大きなアパートなのに各フロアには2つしか部屋がない。
    エレベーターもついてるしエントランスも広く綺麗。この会社かなり儲かってるんだろうなぁ。羨ましい限りだ。

    アリス「お邪魔します」

    鍵をひねり、ドアを開ける。瞬間『早苗のにおい』が鼻をくすぐった。

    アリス「奥が部屋か……」

    玄関を入ってすぐは廊下になっていた。奥にドアが一つあり、そこに辿り着くまでのところで左右に一つずつドアがある。
    左側を確認すると、バスルームだった。ここには何もいない。
    右側を見てみると、トイレだった。ここにも何もいない。

    アリス「綺麗にしてるわね……」

    廊下にしてもお風呂にしてもトイレにしても、掃除が行き届いていて清潔なもんだ。毎日隅々までやってるんだろうか。

    アリス「何もいませんように……」

    いるとすればこの部屋しかない。
    とりあえずこれまでのところで動物の鳴き声のようなものは何一つ聞こえてこないし、そのようなにおいもしなければ空気も無い。
    だから大丈夫だろう。早く確認して早く帰らないと、早苗が早めに帰ってきたら遭遇してしまうかもしれない。
    意を決し、ドアを開ける……

    ゴツン

    アリス「!?」

    な、なに……? いきなり、何かに殴られて……

    アリス「くっ……」

    反射的にドアを閉める。でも、閉まらない。そこにいる何者かがドアを掴んで、次の瞬間には強く開け放っていた。

    アリス「だ、れ……ああっ!!」

    ゴッと更に鈍い音が頭の中に響く。もう一発、頭を殴られたようだ。
    くらくらするなんてもんじゃない。自分の身体を残して全神経がごっそり地面に抜け落ちそうな、そんな感覚。
    というか、意識も、朦朧としてきて……

    ???「おっと、まだ寝られては困るわね」

    アリス「っ、ぐ……」

    前髪をつかまれ、私は倒れることを赦されなかった。

    ???「いや、やっぱり先ずは寝てもらおうかしら」

    アリス「あっ…ぐ、あ…………」

    バチバチと音がして、私はその瞬間に意識を手放す事になる。





    頭が痛い……
    意識もはっきりしない……
    私は……いま、どうなってるの……?
    身体が動かない……けど、右手だけは動いている……私は何かを、書いている……?

    ???「そう。次は『【201gの砂糖、6個の卵、合計730gの粉 古明地こいし】』と書くのよ」

    そうだ、私は、書くことを強制されている……でも、私はそれを拒否することができない……
    なぜなら私は……これを書かなければ仲間を殺すと脅されているからだ……
    けど、意味がわからない……どうして人の名前とお菓子の材料なんか……この人は、何がしたいんだろう……

    ???「うん、上出来。これで計画通りね」

    けいかく…どおり……?

    ???「さて、貴女はもう用済み……と言いたい所だけど、まだ計画は終わってないのよね。ふんっ!」

    それは、どういう……

    アリス「っぐ、あああああっ!!」

    ???「へぇ、まだ叫ぶだけの力が残ってるの。強いわね」

    アリス「あっ、ぐ、ああ……」

    身体が…さらにおもく……ちから、はいらない……
    うでに、激痛が……血が、すごい量出て……

    ???「これくらいで死なないでね。っ、と、これくらいで充分か。今までに抜いてきた血と合わせれば、だいたい致死量になるでしょう」

    アリス「な、にを……」

    ???「一応傷口はふさいでおこうかしら。これから犯人役になってもらわないとだから、死なれちゃ困るのよね」

    あ…もう、意識が……視界が、かすんで……
    こいつのかお……見えない…………せめてひとめだけでも……

    アリス「……あ、ぐ……」

    仮面…つけてる……だれか、わからない…………
    けど、手がかりになりそうな情報が……ある…………

    アリス「…………」

    ???「あら、気絶しちゃったかな? 脈はあるし、死んでないなら何でもいいか」

    ???「ふふ、せいぜい生きながらえてね。私たちの計画のために。勇敢な刑事さん?」








    身体中が熱い。
    まるで内側から血肉を焼き焦がされているような感覚。眉の一つも動かせやしない。
    酷い脱力感と喪失感に襲われているのは、ろくに食料も与えられていないせいだろうか。


    どこともわからない真っ暗な部屋の中
    身体中を何かに拘束され
    飲む事も食べる事もままならない状態で


    私はいったい、どうして生かされているのだろう。
    そういえば、私を犯人に仕立てるとか言っていたような気がする。
    それはきっと、私が捜査していた連続猟奇殺人事件の犯人として、だろう。時折やってくる『あいつ』は、私を閉じ込めた以降に起きた事件の事を語ってくれたし。
    私が書かされた偽の調書通りに、人が死んでいった……


    あれからどれだけの月日が経っただろう。
    もしかしたら、一年、二年、もっと経っているのかもしれない。
    どれだけの時間が経過したかもわからないまま、私はこうして生かされている。
    全ては、『あいつ』の目的のため。いつか来る、私を犯人に仕立て上げることができる、そのときまで。


    私は犯人に仕立て上げられ、それからどうなるのだろう。
    生きて帰されるわけはないか……
    私が犯人だという、どんなに納得のいく理由がついたとしても、私の口が開ける以上それが覆る可能性はある、必ず。
    死人に口無し……きっと、犯人の目的はそこだろう。
    だとしたら、私は犯人に仕立て上げられるその日まで、殺されてしまうそのときまで、ただこうして生きているだけだというのか……

    アリス「っ、ぐ……っく……」


    悔しい。
    特別対策班に入れてもらって、意気込んで捜査を始めて……その結果が、これだ。
    私には何もできなかった。事件を解くどころか、相手に利用されようとしてさえいる。
    非常にみじめで、無様で、どうしようもない私……


    私は、自分の人生に悔いの無い生き方をしてきた。
    自分が死ぬその瞬間に後悔することが無いよう、その日その日を満足に生きてきた。
    たとえ誰かが罵ろうとも、たとえ誰かが嘲笑おうとも、私は自分の人生が素敵なものだったと胸を張って言えるように生きてきた。
    これこそが、私の人生。私の、自慢の人生だと……

    だけど、もう無理だろう。
    私は、最後の最後で最大の後悔を残すことになってしまった。
    心残りだって沢山ある。
    後輩をもっと鍛えてやりたかった。
    友人ともっとお茶してお喋りしたかった。
    落ち着いた場所で余生を送りたかった。

    あれもしたい、これもしたい、ああなりたい、こうありたい。
    だけど、もうそれらは叶わない。
    諦める事はしたくないけど、この状態を覆すことなんてとてもできそうにない。


    ならば、期待しよう。
    私をここへ閉じ込めた奴を、一連の事件の犯人を、白日の下に曝け出してくれる誰かが現れてくれることを。
    私は、タダじゃ死なない。
    手がかりは残してある。私の書いた本当の調書や、閉じ込められるまでに出会った人たちとのやり取り……それを誰かが拾い上げてくれれば、きっと捜査は進展する。
    そして事件の全貌を暴いてくれたのなら……私の人生は報われる。

    ならば、祈ろう。
    誰かが事件の謎を解いてくれるように。
    全ての真相を明らかにしてくれるように。
    私の人生が、報われるように……

    もしもそうなったのなら、その時私は言えるようになるだろう。


    これこそが、私の自慢の人生なのだと。






    世にも奇怪な物語 #4自慢の人生 終
    #5自慢の結末 へ続く
    事件編はここまでです。次回、#5は解決編になります
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