【東方SS】世にも奇怪な物語2(事件編)【長編・シリーズ完結済み】
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【東方SS】世にも奇怪な物語2(事件編)【長編・シリーズ完結済み】

2017-01-21 00:40

    これは東方のSSであり、「世にも奇怪な物語1」の続きとなっています。物語は勿論、詳細な注意書きはそちらをご参照ください。
    また、当話より謎解きパートが展開されていきます。犯人やトリックなど、よかったら推理してみてください。何人かの友人にこの問題を出したところ、誰も正解には辿り着けませんでした。ふふふ





    「『予言』を、あなたは信じるかしら?」

    「そうね、例えば……」

    「トランプの山から一枚ずつ引いて数を見る。見たカードは手元に置く。これを五回繰り返すとするわ」

    「もしもこの施行を始める前にこれからトランプを引いて出る数を全て紙に書いていて、それが全て的中したとしたら……すごいと思わない?」

    「一枚目は、単なる偶然を疑うこともできるわ。二枚目も、まだ偶然を信じることができる」

    「三枚目からは? あなたは何か仕掛けがないかと疑うでしょう。四枚目は、インチキだとののしるかもしれないわね」

    「そして五枚目……偶然ではない、仕掛けも見つからない。ここまできたらもう、あなたはカードを引く前に五枚目も当てられる事を確信するんじゃないかしら」

    「そこで相手は言うのよ。『私には最初から全てが見えていた、だからこうなる事を予言したのだ』と」

    「もしあなたが『予言なんて信じない』と答えていたなら、この予言に理屈をつけなくちゃいけない」

    「そんな事が本当にできるなら、だけれど。ふふ」





    ここは、都会から少し離れた所にある小さな町。
    東京から新幹線や電車に揺られ約6時間。そこからバスに乗り、2時間。お世辞にも、交通の便が良いとは言えない。

    この界隈はそれなりの賑わいを見せているが、ここを出ると自然だらけの田舎が広がっている。
    そういえば、バスに乗ってる間はずっと山道を通って来てたっけ。同じような風景がずっと続き、飽きて途中で寝ちゃったんだ。


    私はこの町に、一人でやってきた。
    私には、やらなければならないことがあるから。
    私はそれを終えるまで、ここから帰るつもりはない。
    たとえ死ぬまでかかったって、絶対にあきらめない。あきらめないから……


    生活してみれば、なるほどなかなか住みやすい町ではあった。
    田舎ながらにスーパーや薬局など必要なものは近場で取り揃えられるし、場合によっては便利とさえ思えるくらいだ。
    慣れることからはじめようと思い住み込んでみたが……先輩もそういう意味じゃ案外苦労しなかっただろうな。

    私は、先輩が住んでいた家に住むことにした。
    あれから二年。現場はすっかり片付いているが、あんな事があった場所に買い手がつくはずもなく、私は簡単にここを確保できた。
    この物件は取り壊しの話も出ていたようだが、その話が纏まる前に何とか買い取る事ができた。
    多少の圧力はかけたけど、まぁそれくらいは大目に見てほしい。

    先輩は、厳しくも優しい人だった。
    当時非行に走っていた私を正しい方へ導いてくれた、人生の恩人。
    私は先輩に感謝し、先輩を尊敬し、そして先輩みたいになりたいと思って彼女の後を追い、警察官になった。

    だが、その先輩はもうこの世にはいない。
    私の先輩、アリス・マーガトロイドは……当時の自宅であったこの部屋で、亡くなってしまった。

    そのとき私はこの町にいなかった。
    もし、私が先輩の傍にいたのなら……この悲痛な運命を変えることができたのだろうか。アリス先輩を、犯人の魔の手から救い出すことができただろうか。

    にとり「……考えても仕方ないか」

    今夜は月が綺麗だ。都会と田舎ではやはり空が違って見える。
    先輩も、ここからこの空を見て色々考えてたんだろうな……


    先輩……
    私は、貴女のおかげでマトモに生きる事ができるようになりました。
    できれば、貴女が生きている間に恩を返したかった……
    けど、こうなった以上私にできることは、一刻も早くこの事件の真相を解明し、先輩の手向けとすることだと思っています。
    絶対、絶対に私は、真実をこの手で掴んでみせます。

    あの時先輩の身に何があったのか。
    先輩の追っていた事件の真相も含めて、私が必ず、解き明かしてみせます。





    世にも奇怪な物語 #2自慢の先輩(にとり視点)








    この地方の土地柄なのか、今年の夏もかなりの暑さを見せている。




    昼下がりの田舎町を、私は一人で歩いていた。

    リグル「わーい!」

    チルノ「まてー!」

    大妖精「もー、走っちゃだめだって!」

    横を通り過ぎていく子供たち。こんな田舎町でも、いや、田舎町だからこそ、子供たちが元気に走り回る姿を見ることができる。
    私の住んでいた街はどうだっただろう、こんな光景を見る事ができただろうか。あまり記憶に無い。

    声「子供たちを見ていると、落ち込んでいても元気がわいてくる」

    ふと、後ろから声をかけられた。
    けど、私は振り向かない。なぜなら、この声の主が誰かを知っているからだ。

    慧音「そうは思わないか?」

    にとり「確かに、そうかもしれません」

    この人は上白沢慧音。
    私がここへ来た時からよく世話になっている人だ。学校の先生をしていて、町に関する色んなことを私に教えてくれる。
    単身ここへ乗り込んできた私の、数少ない頼れる人物だ。

    慧音「もうここには慣れたか?」

    にとり「二週間も経てばまぁ、それなりには。すごしやすい場所ですし」

    慧音「そうだろう。都会の便利な所もいいかもしれないが、やはり住むなら田舎だと私は思う」

    にとり「なんとなくわかります」

    そう言って慧音は走り回る子供たちを眺めていた。私もそれに倣ってこの長閑な光景をぼんやりと眺める。
    ああ、ここへ来た理由が重く辛いものでなければ、どれほど純粋にこの町の風景を楽しめただろう。

    慧音「今日はどこへ?」

    にとり「神社の方へ行ってみようかと」

    慧音「ふむ。なら、道中気をつけるといい。この頃物騒だからな」

    穏やかな口調で話していた慧音が僅かに声を低く落とす。

    にとり「先日の事件ですか……」

    彼女の言う事件とは、おそらく一月前に起きた殺人事件の事だろう。
    町のはずれで起きた殺人事件……被害者は右肩から下を全て失っていた。四年前、そして二年前にも起きた猟期殺人事件と同じ手口のものだ。
    私は身分を隠して秘密裏に、それも特別捜査班の一員としてここへ来ているため、公にその情報を地方警察から聞くことはできない。先輩がそうだったように、私も潜入捜査のような形で活動している。
    ただ、上司と連絡を取るなどして情報共有しているため、事件についてはきちんと把握している。

    にとり「恐ろしい事件でしたね……犯人も捕まってないですし」

    慧音「ああ……あれから事件らしい事件も起きていないが……狭い田舎町なだけに、犯人が近くに潜んでいると思うと非常に怖ろしい。それに児童誘拐の事件もあるし、子供たちに何も無いといいのだが……」

    同一犯という事で捜査が進んではいるが……最初の事件から四年も経っていて、私たちはまだ何もつかめていない。
    こうして町の人たちの声を聞くたびに、私たちは唇を強く噛んでいる。

    にとり「まぁ日が暮れないうちに行ってきますよ」

    慧音「そうだな、それがいい。もし日が暮れてしまったら神主に言って泊めてもらうといい。私の名前を出せばわかってくれる」

    にとり「はい、ありがとうございます」

    慧音「だが……記者の仕事とはいえあまり事件に首を突っ込まない方がいいぞ。自分の身が一番大事なんだ」

    にとり「たはは、そうですね」

    慧音「私は本気で言ってるんだ。例の噂通りになってからでは遅いんだからな」

    にとり「そこそこで止めておきますよ。私だって命は惜しいですから」

    最初の事件から四年……そして、先輩が被害に遭ってから二年。
    あれから私はこの事件を追い続けた。無理を言って八雲警部に特別対策班に入れてもらいもした。おかげで、こうしてこの町に住み込んでの調査ができる。
    でも、私もまだ何も情報を得られないでいる。
    不甲斐ない話だが、先輩が消えてしまった後、私はすぐに捜査に乗り出せないでいた。細かい話はよくわからないが、警察内部でトラブルがあったらしく、特別対策班として捜査に出ることがそもそもできなかった。
    当時別件の仕事でたまたまこの近辺まで来ていた私は、八雲警部に掛け合って班に入れてくれと頼んだ。事情を察してくれたのか班にはすぐに入れてもらえたのだが、そういう事情があってこの町に住み込んで調査ができるまでに二年もかかってしまった。
    警部……班長の話では、警察内部でしか知りえない情報が外に漏れているらしく、内部にスパイがいる可能性があったそうだ。
    そのごたごたも解決に向かったのか、ついに私はこの町に住み込んで捜査をする事ができるようになった。ただそれも、八雲警部がかなり無理をしてくれたらしい。ほんと頭が上がらない。
    ちなみにこの『特別対策班』は、普通では考えられない動きを許可されている。
    所属している私や班長は警視庁の人間でありながら、遠く離れたこの地の捜査をしている。細かい理由はわからないが、この班は『そういう目的で作られたから』らしい。
    班長はかなり無茶してこの班を作ったらしいけど、班長の身分ではここまで自由に動けないはず。もっと上の人がこの班の許可を出したに違いないけど……その辺はよくわからないね。




    先輩が事件に遭った二年前、先輩は家にいたらしい。雨の強い夕方のことだったと聞いている。
    先輩は一応行方不明という扱いになっているが、部屋には先輩の血が沢山飛び散っていたことから、殺されてどこかに遺棄されたのではないかとされている。
    現場には先輩の血以外ほとんど何も無く、綺麗なものだったらしい。指紋はおろか、犯人に繋がるような手がかりはほとんど残されていなかった。
    現場に残された数少ない、答えに繋がりそうなものは……二点。
    一つは、現場に残されていた鳥かご。厳密に言えばこれは先輩の血が飛び散っていた部屋(階段のある部屋)に落ちていたのではなく、その部屋のドアのすぐ外にあったのだとか。
    しかもこの籠、中身は空で汚れ一つ無いまっさらな状態だったという。先輩はペットを飼う予定でもあったんだろうか……
    もう一つは、現場に倒れていた東風谷早苗……すぐ隣に住んでいる、この町から少し離れた集落にある守矢神社の社員。彼女は先輩とも仲が良かったらしく、食事を共にしたりすることもあったそうだ。
    事件のあった日、東風谷早苗は現場に倒れていた。彼女に目立った外傷は無く、潜んでいた誰かに気絶させられたのか、この現場を見て気絶したのか、あるいは……彼女が犯人で、疑われるのを避けるために自らを気絶させたのか。
    もしも東風谷早苗が犯人に襲われたのだとしたら、殺されずにいたのはどうしてだろう? また、先輩の遺体が消えてしまったのはどうしてだろう?
    とにかく、残された手がかりからかかっていくしかない。私は先輩が被害に遭った第三の事件に焦点を当て、調査を始めた。
    今から向かう神社は、事件の生存者である東風谷早苗の働く職場だ。



    諏訪子「あの時の事は、今でも鮮明に覚えてるよ」

    太陽の照りつける神社の境内で、目を細めながら洩矢諏訪子は当時のことを話してくれた。
    守矢神社は古くから存在する大きな神社で、その昔この辺りでは絶大な力を誇っていたのだとか。
    なんでも、祀られている神様は祟り神だそうで、当時は毎日参拝客であふれていたとかいなかったとか。
    今では律儀に参拝してくる人は集落のお年寄りくらいのもので、信仰はすっかり廃れてしまったようだ。
    一応お祭りをはじめ様々な行事をやってはいるらしいが……果たして賑わっているのだろうか?

    諏訪子「あの時早苗は死んでると思ったし……もう一人の方は亡くなられたみたいだけど……」

    にとり「怖ろしい事件だったと聞いてます。確か、第一発見者は貴女だったんですよね?」

    諏訪子「うん。伝えないといけない事を思い出して早苗の後を追いかけてたんだよ」

    調書には、第一発見者は洩矢諏訪子と書かれていた。が、彼女はそれを東風谷早苗には伝えていないらしい。
    その理由は定かではないが、何か個人的なワケがあるのだろうか。
    諏訪子が現場に到着した時には既に先輩の遺体は無く、まっさらな鳥かごが転がり、先輩の鮮血が飛び散り、東風谷早苗が倒れているという光景が広がっていたらしい。

    にとり「でも、どうして隣の家にいるとわかったんです?」

    諏訪子「早苗が隣人との関係に悩んでいて、その相談を受けていたからもしやと思って」

    にとり「何かトラブルでも?」

    諏訪子「いや、なんていうか、上手い接し方を考えたいという内容だったよ」

    にとり「なるほど」

    私は表向き、雑誌記者として事件を調査することにしていた。
    当時は大きく取り沙汰された事件だったし、記者がここへ来て話を聞くのも不自然ではないと思ってのことだ。
    事件と大きく関与されているとされていた東風谷早苗の上司、洩矢諏訪子は当時の事を嫌な顔せず語ってくれた。
    早苗は捜査線上に『容疑者』として上がる人物であったが、彼女は同時に『被害者』でもあった。そんな彼女を心配してだろう、諏訪子も事件について思うところあるのかもしれない。

    そもそも事件については、意外なことに思っていた以上にスムーズに調べる事ができた。
    上司から聞いていた情報を元々持っていたというのも大きいが、諏訪子がそうであるように、それなりの地位にいる人物に話を聞けば答えてくれる人が多かった。
    それだけ住民たちの不安の声も大きいという事だろう。事件はいまだに解決していない、犯人が早く捕まる事を誰もが願っているのだ。

    にとり「流石に早苗さんには話、訊けないですよね……」

    諏訪子「訊いても大丈夫だけど、たぶん何も出てこないよ」

    にとり「記憶を失われてしまったんでしたよね……」

    諏訪子「仲良くしていた隣人が死んで、自分もその人の血にまみれて倒れていたしね。そのショックは計り知れないよ……」

    今のところ東風谷早苗が最重要の参考人だが、こればっかりは仕方ない。
    無理に問いただして問題を起こせば、今後の調査に影響する。ヘタしたら身分がバレて処分がくだり、東京へ強制送還されるかもしれない。
    隠れて捜査するのって結構辛いな……今後がすごく心配だ。

    にとり「事件の事は話さないので、少し話してきてもいいですか?」

    諏訪子「もちろん」

    境内を掃除している東風谷早苗の方を見る。
    その彼女はいつからかこちらを見ていたようで、向いた瞬間目があってびっくりした。けど、早苗は目が合うと飛び上がっていて、向こうの方がびっくりしたようだ。

    にとり「どうも」

    早苗「こんにちは。参拝にいらしたんですか?」

    にとり「ええ、唐突に神社に来たくなって」

    早苗「良い事です。ふと思い立った時にこそ、行動を起こすべきなのです」

    そう言って早苗は柔らかい笑顔を向けてくれた。

    早苗は、事件のあった日以前の日々を失っていた。
    彼女は都会の方からこの神社に研修で派遣されてこの町へ来たらしいが、その辺りから事件後までまるまるの記憶が無いらしい。
    つまり、先輩と過ごした日々も……そもそも先輩という存在そのものを、忘れてしまっている。
    諏訪子の話では、記憶を失ったのは搬送先の病院で数日を過ごしてかららしく、事件直後に初めて目を覚ました時ではないらしい。
    本当に記憶喪失なのか? とも思ったが、それを確かめるすべを私は持ってない。少なくとも、穏便な手段では。

    諏訪子「だから帰ってくれって言ってるじゃないか!」

    さて話題も特に用意していなかったしどうしたものかと思っていたら、突然諏訪子の怒声が聞こえてきた。
    振り向けば、諏訪子は誰かと対面している。誰だろう、見たことない人だ。参拝客、ってわけじゃなさそうだけど……

    こいし「だーかーらー、悪いことしてないんだったら何も隠す必要なんてないでしょ?」

    諏訪子「隠しているわけじゃない。あんたなんかに教える義理は無いと言ってるんだ」

    こしい「それって私に知られたくないって事でしょ? 他でもない、この私に」

    諏訪子「おいそれと他人に話す事じゃないからね。あんたみたいな胡散臭いやつには特に」

    こいし「胡散臭いのはあんただよ。この前の事件だって、まだ容疑は晴れてないんだからね」

    諏訪子「警察には全て話したから。そこまで言うなら警察連れて来てくれればいいよ、そしたら改めて話すから」

    こいし「地元警察なんかアテにならないよ。グルかもしれないじゃん」

    普段穏やかであろう諏訪子が口げんかをしている……ただ事じゃないのはなんとなくわかる。
    けど、相手の少女が言ってるのはいったい何のことだろう? 少し気になる。

    にとり「なんか、穏やかじゃないですね」

    早苗「あの人一昨日も来てました。それまでにも何度か来てますけど、いつもああやって諏訪子先輩をいじめるんです」

    にとり「い、いじめですか」

    これはまた面白い表現だ。今の光景が彼女にはいじめに見えるらしい。

    早苗「先輩嫌がってるのに、何度も何度もしつこく現れては嫌味ばっかり」

    にとり「誰なんです?」

    早苗「さあ……本人は探偵だって言ってますけど」

    にとり「探偵……」

    町に探偵事務所なんてあったっけか……そんな事を考えていると、どうやら話は終わったみたいで静かになっていた。
    見れば、諏訪子がちょうどこちらに近づいてくるところだった。さっきの探偵はもう去ってしまったのか、境内に姿は見えない。素早いこって。

    諏訪子「いや、お見苦しいところをお見せしちゃったね」

    にとり「彼女はいったい?」

    諏訪子「町の嫌味な探偵だよ。ありもしない話を沢山捏造して人を犯人扱いしてきて、ほんと不愉快」

    諏訪子は苦笑いを浮かべる。
    彼女にとってよほど嫌なことなのだろう、辟易した様子がどことなく伺える。

    早苗「あ、それより、今度ここでイベントやるので、よかったら来ませんか?」

    にとり「イベント?」

    諏訪子「うん。ここ最近暗いニュースが多いし、元気になろうって事でお祭りをするんだよ。まぁ恒例行事ではあるけど」

    早苗「きっと楽しいですよ! 是非いらしてくださいね!」

    にとり「それは楽しみだ。是非参加させていただきますね」

    お祭りか……よくある、漫画やドラマみたいにお祭りの日に事件が起きる、とかないといいんだけど。
    はは、警察やってるとこういう楽しい事にさえ事件が絡まないかいちいち考えてしまう。自分で自分が嫌になるよ。

    早苗「今年のお祭りにはひよこさん売ってる人来るのかなぁ」

    諏訪子「来るよ、楽しみだね早苗」

    早苗「はい! 赤いの、青いの、ピンクいの。飼うのはあれですけど、店先で可愛がりたいです!」

    にとり「ひよこ?」

    諏訪子「あぁ、毎年お祭りになるとカラーひよこを売ってる人が来るのよ」

    にとり「ひよこ売りってまぁ珍しいですね、今の時代に」

    諏訪子「だよね。けど、毎年律儀にやってくるんだよね、その人。今年も出店の登録があるし」

    にとり「ほー。ちなみに名簿を見せてもらったりは……」

    諏訪子「いくら記者さんでもそれは無理だよー」

    にとり「ですよねー」

    動物愛護の観点や近所迷惑的な問題からひよこ売りは廃れていったと何かで見たことあるが……減ったというだけで、売りに来る農家の人なんかはまだいるのかもしれない。
    偏見じゃないけど、ここ田舎だし。

    にとり「でも、やっぱり動物好きなんですね」

    早苗「ふぇ?」

    にとり「確か前、鳥を飼ってませんでした?」

    一瞬で、空気が凍った気がした。
    早苗はきょとんとしているが、諏訪子の雰囲気が豹変した。感じるだけじゃない、明らかに彼女を取り巻く空気が今、変わった。

    諏訪子「それ、誰に聞いたの?」

    にとり「え、誰だったかな……」

    諏訪子「誰?」

    にとり「え、えっと……覚えてないですけど……」

    諏訪子「ふーん、そう、覚えてないんだ」

    にとり「は、はい……」

    な、なんだろうこの人……急に怖いんだけど……地雷踏んじゃったかなぁ……

    諏訪子「誰に聞いたか知らないけど、早苗にペットのことは言わないでくれる?」

    諏訪子はこちらに詰め寄ってきて、私にしか聞こえない程度の声ですごんでみせた。
    元不良としていち警察官として幾らかの場数を踏んできたからわかる、この人のこの様子は尋常ではない。私なんかよりも沢山の修羅をくぐってきたような、そんな威圧さえ感じる。
    何者なんだ、洩矢諏訪子……

    諏訪子「いい?」

    にとり「は、はい、すみません……」

    早苗「あの、どうしたんですか?」

    諏訪子「ううん、ひよこ売りが気になるのかなーって」

    早苗が不思議そうに声をかけると、諏訪子は元の調子に戻ってやわらかい笑顔を浮かべた。

    早苗「可愛いひよこが沢山きますよ! ぴよぴよ鳴いててみんなとっても可愛いです! 飼えないのがほんとに惜しいです」

    諏訪子「動物を飼うのは大変なことだからね。可愛いだけじゃ飼えないよ」

    早苗「そう、ですよね……残念」

    記憶を失ってしまっているからだろうか、諏訪子の早苗に対する接し方はどこか子供を相手にしているようだった。
    しかし……今の彼女の豹変、早苗の事を気遣った末の行動なのだろうか。早苗は事件の重要参考人である事を考えると、もしかしたら諏訪子は何かを知っているのかもしれない。
    けど、それを探るにはまだ時期が早すぎるだろう。帰って一旦状況を整理してみるか……

    にとり「お祭り楽しみにしてますね。では、今日のところはこれで」

    早苗「またお参りに来てくださいね~」

    諏訪子「何かあれば言ってね。可能なら力になるから」

    にとり「はい、ありがとうございます」

    二人に見送られて境内を出る。
    さっきの探偵が辺りをまだうろついていないかと期待したが、その人物はおろかひとっこ一人視界には入ってこなかった。





    家に戻り、コーヒーを入れて机に資料を広げる。
    数日に一度は必ず、新しく得た情報を交えて今までのことを整理するのだ。

    にとり「ふう…………よし!」

    事件の発端は、四年前、2012年8月10日に起きた猟期殺人事件。守矢神社の近くの山道でその事件は起きた。
    胸の辺りから股の方にかけて腹部が大きく抉られており、片腕は上腕二頭筋の真ん中からぶっつりと切れてなくなっていた。
    失われた肉体のありかは不明。まるで、何か化け物にでもかじられ食べられたような遺体だった。
    現場付近から大きな鍬が発見され凶器と公表されたが、実際のところ鍬は凶器ではないとの見方が強まっている。というのも、鍬には被害者の血が沢山ついていたが、被害者の傷跡からは鍬の成分が一切検出されなかったからだ。
    この事実は警察内部でも一部の捜査官しか知らされていない。
    被害者の名前は鍵山雛。法律学校に通う大学生だった。両親がそれなりに有名な弁護士で、彼女もその後を継ごうと考えていたらしい。
    ただこの鍵山雛という女性、かなり癖のある性格だったらしく、色んなところに敵を作っていたのだとか。殺される動機としては様々考えられるが、思い当たるケースが多すぎて網羅できていない。
    それでもここ四年の捜査でおおよそはあたってみたのだが、事件に繋がりそうな手がかりは何も見つからなかった。

    にとり「全てはここから始まった……」

    以上が、四年前に起きた猟期殺人事件の概要だ。
    事件はそれで終わりと思われたが……次の事件が起きてしまった。
    それぞれの事件が一連のものかどうかを疑問視する声もあるが、私はこれらは同一犯による連続殺人事件と見て捜査をしている。

    にとり「二件目は二年前の春」

    次の被害者は古明地さとり。両親が議員をやっているお嬢様で、正義感あふれる女性だったそうだ。
    2014年3月20日、彼女は町の裏路地で遺棄されていた。鍵山雛同様、猟奇的な殺害方法だった。見つかった彼女は、上半身しかなかった。
    そしてこの事件こそが、慧音も言っていた『噂』を作り上げることになる。
    古明地さとりは、地元ではそれなりに有名な目立ちたがりだったらしい。正義感にあふれすぎていたためか、少しの悪いことも赦さず何かあればすぐに声高らかに指摘した。
    が、世の中というものは全てが清潔にできているわけではない。彼女の正論に眉をひそめる人も、当然多く存在した。
    だが、彼女は有名議員の娘である。そのため彼女は周りからちやほやされ、彼女の言う事には内容の是非に関係なく多くの人が頷いた。意味はわざわざ言わずともわかるだろう。
    ある日、さとりは四年前(当時の彼女にとっては二年前)の殺人事件の事を語るようになる。あの犯人は正常ではないとか、人を殺めること自体愚かな事とか、正論をあちこちで言い回ったらしい。
    それが犯人の耳に入ってか、古明地さとりは殺されてしまった。まるで、事件について蒸し返す奴は同じ目に遭わせるぞとでも言わんばかりに。
    これを境に、この町で猟奇殺人事件の話題は禁句になっていった。情報を漏らせば殺される、何か意見すれば殺される。誰も口にはしないが、そんな暗黙の了解がうっすらとできていた。
    これが、慧音の言っていた噂。元々田舎町で起きた陰惨な事件という事もあってあまり表立っては話が出回らなかったのだが、さとりの件で噂は一気に広がった。
    ただ、いくつか不可解な部分もある。町の権力者たちは事件について情報を提示することを厭わず、むしろ進んで教えてくれる人が多い。この辺り、何か探れる部分があるかもしれない。

    にとり「そして、次が……」

    次こそが……2014年8月2日、私の尊敬する先輩、アリス・マーガトロイドが蒸発した事件。
    八雲警部による特別対策班の一員として猟奇殺人事件の捜査には元々あたっていたが、二年前の春、先輩は古明地さとりの殺害を受けてこの町に住み込みで調査をしにやってきた。
    当時は警察内部でのごたごたは無く、先輩は班長と一緒に事件について積極的に捜査をしていた。
    先輩はこの家に住み、調査を開始した。だが、その半年後の夏……先輩は突如として失踪した。
    この家の階段のある部屋には夥(おびただ)しい量の先輩の血液が飛び散っており、見つかったとしても生存は絶望的だと言われた。現場に残された血液は、人間が失えば死ぬといわれている量をはるかに越えていたのだ。
    私にとって、人生の恩人であるアリス先輩の死は痛すぎた。本当に辛い。辛すぎる。だからこそ、私は少なくともこの事件を解決しなければいけない。
    さてこの第三の事件だが、この事件は今までと違い被害者は見つかっていない。また、現場には関係者と思われる人物、東風谷早苗が気絶しているのが発見された。
    彼女は当然重要参考人として捜査に協力してもらう予定だったが、彼女は自分がここへ転勤してきてからの二週間のことをすっかり忘れていた。
    おかげで今は保護観察ということで、定期的に病院へ通う事を条件に普通の生活を送っている。勿論、何かあればすぐに警察が駆けつけられる体制をとっている。

    にとり「最後は、つい先日のことだね……」

    一ヶ月前の2016年6月13日、もう続かないだろうと思われていた猟期殺人事件が再発した。
    被害者はフランドール・スカーレット。まだ年端も行かない、無垢な子供だった。
    陰惨な事件である事に変わりは無いが、彼女の場合先にあげた三つの事件の中では一番傷が浅く、右肩から腕を失った程度の損傷だった。
    どの事件もそうだが、死因は出血多量による失血死。第一の事件に関しては心臓部まで抉られているため即死だったのかもしれないが、少なくとも表向きな報告では全員が失血死となっていた。
    現場は集落の入り口辺りで、バス停から五分ほど山に向かって歩いた草むらの中だった。
    ただ、現場には多くの血が流れていたが飛び散った跡はほとんどなく、状況から見て殺されたのは別の場所ではないかとされている。
    やり口の程度を考えても、今回の事件は模倣犯による犯行の可能性も視野に入っている。
    ただ一つ気になるのは、このフランドールという少女、数年前に捜索願が出されていた事。容姿や身なりが整っていたことから、劣悪な環境で監禁されていたようでもない。この辺りも、掘り下げて考えてみる必要がある。
    例えば、彼女を誘拐し育てていたが何らかの理由で処分しなければならなくなった。そこで巷を騒がせた猟奇殺人事件を模倣し罪を着せようと考えた……などだ。

    にとり「だいたいこんなもんか」

    気になる点はいくつもあるが、どれも事件にうまく繋がるような手がかりにはなりそうもない。
    特に最初の事件は発生が四年前ということもあり、手がかりを見つけることすら一苦労だ。一番新しい事件を調べれば何か出てくるかもしれないが、一連の事件と関係するかどうかが若干怪しい……勿論その捜査も大切なのだけど。
    情報を一番抱えてそうな東風谷早苗は記憶喪失で何も引き出せそうにない。
    ちなみに彼女の両親は幼い頃に他界しているため、今は洩矢諏訪子が彼女の保護者になっている。
    そういえばその諏訪子はペットの話をした時は驚くほどに豹変したが……記憶を失って酷く傷ついている彼女を守るためだともいえなくはない。
    四年前の事件当時も彼女は思わせぶりな言動でそれなりに疑いをかけられていたが、彼女からも手がかりすら引き出せないのが現状だ。
    ただ、最初の現場からかなり近いところに神社はあるが、事件当時の諏訪子のアリバイは完璧だった。彼女は会社の会合で都会まで出ていて、そもそも神社にいなかったそうだ。それは同僚の八坂神奈子が証言しているし、複数の目撃情報からも裏づけが取れている。

    にとり「先輩も苦労しただろうなぁ……」

    正直、手がかりが少なすぎる上事件を覆い隠す『霧』の存在が大きすぎる。この霧がそこに居座っている以上、事件の謎は解けないのだ。

    にとり「落ち着け、冷静になれ、河城にとり。『行動は熱い心で、分析は冷静な思考で』先輩に教わっただろ」

    にとり「霧散させる……霧払いだ!」

    謎が多いということは、考える余地も多々あるということだ。一つ一つ氷解させていけば、いずれ真実に辿り着く。
    明けない夜はない。止まない雨もない。ならば、終わらない事件も無いと私たちが証明してみせよう。
    とはいえ、漫画やドラマじゃないんだ、思い立ったからってすぐに何か思いついたりするわけでもない。悔しいけど。

    にとり「……疑問点の整理から、かな」

    一連の事件を繋げているのは、猟奇的な殺し方と僅かな仮説だけ。他に存在する理由はどれも取ってつけたようなものばかりで、実際のところ同一犯による犯行だと裏付ける『確たる証拠』は何もないのだ。
    しかも厄介なことに、それぞれ動機が曖昧だ。個別に見れば、それぞれを恨んでそうな人物の犯行とも言えるが、彼女たちを繋げると全くわからなくなる。
    鍵山雛、古明地さとり、アリス・マーガトロイド、フランドール・スカーレット。この四人が全く繋がらない。
    状況に従って体よく考えるなら、初犯は怨恨による殺人、第二は脅迫目的による殺人、第三は何らかの方法で先輩が潜入捜査をしていると気づいての犯行(口封じともいえる)、そして第四は模倣犯による殺人。これが一番自然な流れと言う事になる。
    ただ、第一と第二で既に二年の開きがある。脅迫目的というよりは、犯人が暴かれるような何かがあっての口封じだったのかもしれない。
    そして、現場から見て一番不自然なのは第三の事件だ。他の現場では体の一部を失った被害者と犯行に使われたかもしれない鍬があるのだが、第三の事件ではどちらも存在しなかった。
    犯人が何らかの理由でこの状況を作らざるを得なかったのだろうが、その理由がわかれば突破口になりそうだ……でも、さっぱりわからない。
    そういえば、第三以外の現場からは鳥の羽のようなものが発見されている。同一のものが現場に落ちていたことから事件と関係があると見られているが、この羽がどうにもおかしい。
    どうもこの羽、日本に生息している種ではないらしい。できるだけ外国の種とも比較したのだが、どれとも一致しなかったのだという。これもまた、私たちを悩ませる謎となっていた。
    まさか、この羽の持ち主はとんでもない化け物で、被害者たちの身体を噛み千切って殺した……なんて、ありえない事まで妄想してしまう。

    にとり「明日はどこへ行くか……ん?」

    コンコンコン、とドアがノックされた。
    呼び鈴を使わず三度のノック……それは、関係者である事を示す合図だった。
    私は黙ってドアを開け、外に立っている人物、我らが班長・八雲警部を中へ招き入れた。

    紫「何か親展はあった?」

    にとり「いえ……何度も事件を整理してみてるんですけど、どうにも難しくて」

    紫「私の方でも諸々調査を進めてはいるけど、有力な手がかりは得られないわね……」

    班長は悔しそうな表情をして息を吐く。
    私は椅子を引いて、お茶の準備を始めた。

    紫「……やっぱり、C3を主に調べているのね」

    にとり「まぁ……」

    机に広げられた資料を眺めながら班長は言った。その目は、どこか寂しく見えた。
    気持ちはよくわかる。私にとってアリス先輩は大事な先輩だったが、班長にとっても大事な後輩だっただろう。

    紫「確かに、C3は他と比較して不審な点が多すぎるわ」

    にとり「現場の状況がまるで違いますしね」

    紫「Cとの関連が不明瞭でもあるし、別件の線も考えたわ」

    Cとは、一連の猟奇殺人事件のことを指す。班長が捜査を始める時に決めた暗号みたいなものだ。
    第一の事件をC1、第二をC2といった風に言い表す。まぁ、私は班長の前でくらいしかあんまり使ってないけど。ほとんど一人でしか捜査してないし。

    にとり「C3を別件、C4を模倣犯と考えればCはそもそも2までになりますが……」

    紫「あの子はCを追っていた。人間的にいえば人から恨みを買うような性格じゃないし、私たちは余程の事でも無い限りC以外の事件を扱うことは無いわ」

    八雲警部はこの事件が発生した時に、八雲警部を班長とする特別対策班を独断で設立した。捜査本部が立つよりも早く。異例の事態だ。
    当然これは班長の暴走であり上層部も頭を抱えたに違いないが、どこをどう丸め込んだのか、こうして対策班はずっと活動を続ける事ができている。
    虫の知らせだろうか、八雲警部は第一の事件だけで終わらない事をどこかで感じていたのかもしれない。
    そんな特別対策班だが、『特別対策』と言うだけあって、簡単に言えばこの猟期殺人事件にかかりっきりである。
    警察権限の行使や通常業務を行う事は勿論可能だが、それらの活動は『しなくてもいい』ことになっている。
    簡単に言えば、例えば目の前で強盗が発生した際に一般人を装い続けたとしてもお咎めはないということだ。バレれば世間から避難ごうごうだろうけど。

    にとり「事件の流れを知る者からすれば、先輩は事件の真相に近づきそれを知った犯人に……いや、そう思わせることこそが犯人の目論見?」

    紫「それは私も考えたわ。別件の犯行ならそう思わせる罠の可能性はあるけど、そうした場合、彼女を殺す動機を持つ人間が思いつかないのよね」

    にとり「私たちの行動はお互い常に把握しあってますからね」

    紫「ええ。彼女については私がよく見ていたから、別件で恨みを買うなどした可能性なんていうのはほとんど無いと言えるのよ」

    私たちはお互いが客観的にどんな状況下にいてどんな調査が可能かを常に把握するため、自らの行動を上司や同僚に報告し合っている。
    例えば私は班長に現状報告を定期的に上げているため、私がいつ誰と接触を図ったかなどの情報は班長に届いている。私が嘘の報告を上げていたり黙っていたりしない限り。
    要するに、仮に私が明日誰かと会いその夜に殺されたとしたら、班長は私が会った人物に接触し重点的に調査を進めることができるというわけ。
    先輩の場合もそれは同じだったが、先輩とよく接触していたのは例の東風谷早苗であり、彼女はこう言ってはなんだが現状だとほとんどアテにならない。
    要するに、別件で怨恨による殺人だった場合、恨みを持つ人間に心当たりがもてない。ただ、何年も前に恨みを持った人間ともなれば話は別だが……

    にとり「班長は一番、何に引っかかってます?」

    紫「何から何まで、というのが正直なところだけれど、一番と言われると決まってるわね」

    にとり「実は私もなんです。答え合わせ、やっときます?」

    紫「ふふ、いいわ。軽く霧払いしておきましょう。そして濃霧を見つけましょう」

    班長は口元に手を当て、短く笑う。私も少々得意げな笑みを浮かべているに違いない。
    不謹慎ではあるが、どこかで謎解きを楽しんでいる部分が私や班長にはあるのかもしれない。

    紫「Cに共通するのは、いずれも猟奇的な殺人である事」

    にとり「現場に大量の血液が飛び散っている事。そして」

    紫・にとり「凶器が見つかっていないこと」

    私と班長の言葉が重なる、こここそが『濃霧』。気にするところは、やはり同じだった。

    紫「そうなのよね。現場に鍬は落ちていたけど、おそらくあれは凶器ではない」

    にとり「鍬の成分が身体に付着してないなんて調べたらすぐにわかる事ですが、そう言う事を知らない人物かもしれませんね」

    紫「素人の犯行っていうこと? 私は、それは考えにくいと思うけど」

    にとり「ですかね……やり口や現場の状況からして、突発的な犯行とは考えにくいですし、素人では無理がありますか」

    紫「けどこの状況、凶器が見つかれば大きく進展しそうな気はするのよね」

    にとり「ええ。単にかく乱のためかもしれませんが、凶器は持ち去らなければならなかった理由があると考える方が自然ですし」

    紫「凶器に、何か犯人に繋がる有力な情報があるのかもしれないわね」

    にとり「私もそう思います」

    例えばそれは、ある職種特有の何かであるとか。例えばそれは、凶器を見る事で特定の人物を指し示す何かであるとか。
    とにかく、現状から進展を図るには新たな手がかりを見つけなければならない。まぁ、そう簡単に見つかったら苦労はないけども。
    ただ、そうなった場合あの鍬は何故置かれていたのかという疑問が残るが……犯人からのメッセージである可能性も視野に入れておくか。

    紫「犯人像については、どう?」

    にとり「……私は、少なくとも遠くにいる誰かが犯人という事はないと思います」

    紫「根拠は?」

    にとり「怨恨の可能性が高い犯行ですし、そうなると少なくとも何らかの接点があるはずです。Cに全て繋がりがあるとなれば、第二の事件なんかは逃亡したのにわざわざ戻ってきて犯行を重ねることになりますし、現場付近に潜んでいると考える方が自然です」

    紫「初犯の後に遠方へ逃げた可能性も無きにしも非ずだけど、いささか不自然だものね。第二の犯行はリスクも高い。それになにより、遠方にいてこの町の、しかもいち個人の思考を知りえるなんてほぼ不可能よ」

    にとり「犯人はここの地理や人間関係を多少なり理解している人物であると考える方が自然、ですよね」

    紫「私もそう思うわ。ただ、この町だけに範囲を絞ってもかなりの人数が相手になるわね」

    にとり「そこなんですよね……それ以前に、誰が誰か把握しきれてません。せめて主要な人物の相関図とかあればいいんですけど」

    紫「それなら、ちょうど明日良い機会を得る事になりそうよ?」

    にとり「と、いいますと?」

    紫「明日は大図書館で町の集会が開かれるのよ。そこに、町の顔たちがおおよそ集結するわ」




    次の日、私は班長の言っていた集会に参加した。
    どこの町にも自治会があり、定期的に集会が行われていると思う。この集会もそれに似たようなもので、季節に一度程集まって意見交換をする場が設けられているのだとか。

    にとり「(すごいなこれ……)」

    集会には思っていた以上の人間が集まっていた。
    会議をするのは当然権力者たちだけだが、傍観者として集会に参加することは可能らしい。
    図書館の一角を使って役員たちがテーブルを囲い、私たち傍観者はその後ろの席で会議を見ている。
    さて、私のわかる範囲で役員たちを見ていくと……
    まず、テーブルの正面に座している人物、蓬莱山輝夜。私たち傍観者席から見ると彼女だけがこちらを向いている形になっており、要するにこの中で一番偉いのだとわかる。
    彼女は蓬莱会という組織のトップで、この町の纏め役。自治会で言えば、自治会長だ。ただそもそも蓬莱会とは『その筋の組織』であり、町の人たちはそれを知っていて彼女に治安を任せている。
    語れば長くなるので細かな部分は割愛するが、この町は昔から力の強い者による統治を是としてきた文化が根付いているため、現状について異論を唱える者は少ない。というか、表向き彼女は本当にただの自治会長であり、組織の長としての顔が人々に見える事は滅多にない。それどころか、慧音によれば時折学校に行って子供達に本を読み聞かせたりもしているらしい。友好的すぎるだろ。
    誰もが彼女達の立場を暗黙の了解で理解し、彼女達は所謂カタギに手を出す事無く穏やかに町を統治している。
    ただ、もし蓬莱会が一連の事件に関与しているとしたなら……事件が迷宮入りしてしまうような事態になってもおかしくないのだろうか。事件を起こしても凶器と犯人を永遠に有耶無耶にもできるくらいの力はあるのかもしれない。
    偏見を持つわけではないが、彼女達を疑ってしまうのはある意味自然な流れとも言えるかもしれない。

    輝夜「では、定例会を始めましょうか」

    彼女が一言発しただけで、少々ざわついていた館内が一気に静かになる。
    こんな光景を見ていると周りが皆構成員なんじゃないかって思えてくるが、流石にそれはないだろう。こんな場にいれば、彼女の威圧も勿論だが、場の空気を読んで普通は黙る。
    私が勝手にミスリードされる……そうだと思い込んでしまう、疑心暗鬼の恐怖。実際には、別な理由がきちんと存在するというのに。

    にとり「(あほらし……)」

    さてそんな彼女について一つ班長に聞いていた事がある。蓬莱会の会長は輝夜に移ったが両親はまだ健在らしい。なんでも、跡目を継ぐ者としての経験をさせている、とかなんとか。
    こうして見ると物凄い美人なんだけど、中身は怖い人なんだなぁと思うと、色々と複雑なものを感じずにはいられない。
    ただ、求婚はかなりの頻度でされているという噂もある。そこには蓬莱会の権力云々の目論見があるんだろうけど、あの人ならたとえただの町人だったとしても大人気に違いない。
    くそ、美人さんで羨ましいなぁおい!

    諏訪子「えっと、先ずはお祭りの議題からいいかな」

    会議の内容は予め決められているのだろうか。最初に発言した守矢神社の神主、洩矢諏訪子の言葉からはそれが伺える。
    彼女はずっと守矢神社に住んでいて、そこで神主をしている。特に集落の方では相当なお偉いさんらしく、彼女の発言は、信仰している人からは会長の輝夜より優先される場合もあるらしい。
    諏訪子は人当たりがよく、誰とでも気軽に話ができるような気さくな人だ。輝夜も彼女の身分や人柄を認めてか、諏訪子の言うことなら自分と対立していたとしてもきちんと耳に入れるのだとか。
    信仰は薄れ廃れてきていると本人は言っているが、彼女の権力は今でも健在らしい。
    なんか、そんなすごい人と思って接していないけど、人ってきちんと知り合うまでわからないもんだ。
    諏訪子はお祭りに関する内容や行事の流れを一通り話し、発言を終える。
    本人達はただ楽しむためのお祭りと言っていたが、集会で第一に話すあたり、実は町では結構大きな行事になっているのかもしれない。

    にとり「(その後に、各自治体での活動報告とかがあるのか)」

    諏訪子が発言を終えると、今度は何名かが入れ替わり町や集落の状態や陳情を話し始めた。
    きっと話をする順序にも制約があるのだろう。そう思うと、今後は諏訪子との付き合い方も少々意識していった方が諸々やりやすくなるかもしれない。

    紫「何とか間に合ったわ」

    にとり「あ、お帰りなさい」

    会議の途中で班長が私の隣にやってきた。用事があるとかで集会に行けないかもしれないと言っていたが、なんとかなったようだ。
    ちなみにこの会議、傍観者は大きな音を立てないという条件のもと、途中入場や途中退席が認められている。予定があって開始時間に間に合わないという人なども少しでも会議に参加してほしい、という意向かららしい。
    更に、会議の邪魔にならない程度なら話をしていてもかまわない。意見があれば、タイミングを考えられるなら傍観者側から発言してもかまわない。
    極道の纏める会議だから何かと身構えてしまいそうなものだが、案外ラフなものである。

    紫「はぁ、それにしても夏が来たのねぇ。蕗の薹が食べられなくなると思うと残念だわぁ」

    にとり「あはは、まさか探してたんですか? でも、季節的にもうだいぶん前から食べられないじゃないですか」

    紫「まぁ、そうなんだけどね」

    班長は蕗の薹ほんと好きだなぁ……私なんかは苦くてあんまり好きじゃないんだけど。
    ていうかもう夏に差し掛かってるのに、なんで今蕗の薹なんだ。余程好きなんだな……

    紫「それで、どこまで終わったの?」

    にとり「あ、えっと、お祭りの話と、各地区の陳情や要望までですね」

    紫「なら、議員さんの話はまだなのね」

    にとり「議員?」

    紫「古明地夫妻よ。C2の被害者のご両親」

    にとり「自治集会にも顔を出しておられるんですね」

    紫「表向き、外に向けて町を纏めているのは彼らだもの。参加しなかったら非難ごうごうよきっと」

    噂をしていれば、次がその議員さんである古明地夫妻の話だった。内容は政治的なことになるのかと思ったが、各地区の陳情処理の方法についてなどが主だった。
    そして提案の最後には輝夜に是非を求める旨の発言もあり、輝夜は何も言わず頷いていた。

    にとり「もしかして、古明地夫妻の発言には蓬莱の影あり、って所です?」

    紫「まぁ、そうでしょうね。あの二人も、蓬莱会には頭上がらないみたいよ。まぁ、娘さんが亡くなられた事でかなり勢いを落としてるのもあるみたいだけど」

    にとり「怖いなぁ蓬莱会」

    いったいどれほどの影響力を持つ組織なのだろうか……この町には後からきたと聞いているが、余程強い組織なんだろう。
    それほど町の統制ができているともいえるが、それが武力などによる統治で無い事を願う。

    紫「あっちに座っているのは西行寺の庭師さんね。やっぱり、ご頭首は顔を見せないみたい」

    にとり「たしか、蓬莱会の前に町の統括を行っていた家ですよね?」

    紫「そうね。戦後から長らく西行寺家がこの町を統治してきたけど、今の頭首に代替わりした時に、蓬莱会にゆだねたって聞いてるわ」

    にとり「色々あるんですね、その手の世界にも」

    紫「物騒な噂も出てるけど……あの庭師が騒ぎ立てないという事は、血を見るような事態ではないって事でしょうね」

    頭首の代わりに集会に参加している西行寺の庭師、魂魄妖夢。彼女は何を言うでもなく、会議の席に座ってただ話を聞いている。
    西行寺は今の頭首、西行寺幽々子に代替わりしてからというもの大人しさを極めているらしい。争いを好まず統治を蓬莱山に譲り、自分は姿を見せなくなってしまった。
    これについて色々と噂が飛び交っているらしいが、表向き問題になるような事態は起きていないため、噂はあくまで噂という事なのだろう。

    紫「あとは、ここの館長さんくらいかしら」

    にとり「館長って、パチュリー・ノーレッジさんですか?」

    紫「ええ。彼女も昔は相当力があったみたいだけど、今は図書館に籠もって大人しくしてるわね」

    会議の場を提供しているこの図書館の主も、過去には色々すごい出来事があるらしい。
    大きな図書館だなぁとは思っていたけど、まさか司書さんまで班長の口から話題に上るほど力のある人物だなんて思いもしなかった。

    にとり「権力者がやたら多い町ですなぁ」

    紫「知らないだけで、どこの町もそういうものよ? 知らなかったけど実は、みたいなことって多いんだから」

    にとり「そんなもんですか」

    実家の周りにいる人はどうだろうとか、そういう事全く考えたことない。でも、考えたことないからこそ、知ってみれば驚く事実が沢山あるんだろうなぁ。

    輝夜「もう話のある方はいらっしゃらないかしら……でしたら、集会を終了します。お茶をご用意してますので、よろしければお持ち帰りくださいね」

    あっという間に会議は終わった。だいたいの顔と名前は覚えたけど……もしかしたら、この町に事件と深く関わる人物が、今この図書館に集まっている中にいるかもしれない。
    誰も彼も、悪い人には見えないけど……

    にとり「(人を疑うって、楽じゃないな……)」

    集会は、開始時こそピリッとしたものの、それからは終始穏やかな空気に包まれていた。上下関係なんかは簡単に見て取れたけど、どこにでもある自治会の会議と何にも変わらない。
    最後にお茶もくれるみたいだし、気前も良い。

    紫「んーっ、しかし会議ってのはどの会議も退屈ねぇ」

    にとり「班長はその辺上司っぽくないですね」

    紫「窮屈なのは嫌いなの」

    折角なのでお茶をもらい、図書館から出る。
    さっきの集会で何か手がかりが得られたかといえばそういうわけではないが、こうやって地域と関わっていくことで少しずつでも見えてくるものがあるかもしれない。
    気になる対象はいくらでもいる。だが、雑誌記者としてあたっていくにも限度がある。慎重に事を進めなければ、噂話じゃないが私も殺されてしまうかもしれない。

    にとり「ん?」

    と、図書館を出た所で建物の隅の方で子供達が集まっているのがみえた。女の子が五人いて、一人を取り囲むように四人が立っている。
    遊びに出かけてきたのだろうか? それにしては何だか様子がおかしい。

    にとり「班長、あれって」

    紫「そうね、ちょっと行ってくるわ」

    にとり「え、あ」

    状況を確認しようと班長に声をかけたのだが、班長は私の言葉に頷くとすぐに子供達の所へ向かった。
    どうやら、私が疑問に思うより早く状況に気づいていたらしい。

    にとり「観察力すげー」

    いついかなる時でも周囲の観察を怠らない……私も見習わないといけないな。
    班長はそこにいた子供達を叱り、反省させている。ここまで大声が聞こえてくるんだけど……班長熱くなってんな。

    紫「全く、いつの時代も変わらないわね」

    にとり「おかえりなさい。やっぱ、いじめでした?」

    紫「そこまでのものじゃないと思うけど、一人を寄って集って言葉攻めにしてたみたい。きっちり叱ってきたわ」

    にとり「相変わらずああいうの嫌いっすね」

    紫「ええ。ああいうのは弱い人間がする事よ。弱いから集まってしか物ができないの」

    班長はここから見てもご立腹だとわかるくらい表情を曇らせている。
    本当に、真っ直ぐな人だな。昔の私は、先輩と出会わなかったらこの人に矯正されていたかもしれない。

    紫「それで、貴女はこの後どうするの?」

    にとり「あ、えっと、家に帰って相関図を纏めてみます。事件と絡めて何か見えるかもしれないし」

    紫「そうね。見る人が違えば出てくる答えも違うかもしれない。ただ、不確定要素がある事も忘れないでね」

    にとり「っていうと?」

    紫「事件の犯人は、何も要人達に限らないってことよ。むしろ、そういった人物に恨みを募らせた者の犯行という線も充分ありえるわ」

    にとり「はは、それは終わりが見えなさそうだ……」

    紫「事件の関係者は一通り調べてはいる。でもそれは私やアリスの視点からで、貴女なら別の真実を見つけ出せるかもしれない。それを調書で示してみせて」

    にとり「要するに頑張れって事ですよね」

    紫「もう、少しくらいかっこつけてもいいじゃない」

    にとり「緊張感ないなー……」

    おそらくは逆。私が捜査を進めていくにつれどんどん緊張していくことを見越して、それをほぐしてくれているんだ。
    班長は言動が常にいい加減というかふにゃっとした感じなんだけど、そういうのって部下のことを思ってなんだよな……頭が上がらない。

    紫「……でも、そういえばアリス、事件についての調書を提出してくれなかった事があったわね」

    にとり「え、それほんとですか?」

    紫「ええ。知ってると思うけど、彼女、提出する調書の全てにページ番号振るような子だったのよ。かなり几帳面というかきっちりした子だった。潔癖症な部分があったかもしれない」

    紫「それで、ある時、受け取った次の日に気づいたのよ。彼女の提出した調書、足りないページがあることに」

    にとり「足りないページ……」

    紫「調書のページ番号は全部で25まであるけど、21~23は提出されなかった」

    にとり「訊いてみなかったんですか?」

    紫「ううん、訊いたわ。そしたら彼女、『後の調査で不必要と判明したから提出しなかった』と言ったの」

    先輩がそう言ったのなら、誰かに盗まれたわけではないだろう。まさか、班長がなくしてしまったのをごまかすためにこんな作り話したわけじゃないだろうし。

    にとり「……あれ、でもなんかおかしくないです?」

    紫「おかしいって、どこが? 何か気づいた事があるの?」

    にとり「はい、おそらく。だって先輩『後の調査で不必要なことがわかった』って言ったんですよね?」

    紫「そうね」

    にとり「後の調査で不必要な事がわかったって事は、少なくとも24ページ目を作成している段階まで21~23ページは先輩に手元にあったことになる」

    紫「ふむ……最初からまとめて提出する予定だったのかもしれないけど、そうだとすると疑問が残るわね」

    にとり「ええ。仮に、最初から21~25ページを全て纏めて作成・提出するつもりだったとして、どうして先輩は21~23ページが不要だとわかった時点で、24ページ目を21ページ目に書き換えなかったんでしょう?」

    紫「あの子の性格を考えると不自然ね。でも待って、そうだとしたら、この21~23ページって……」

    にとり「先輩の家のどこかに存在するかもしれない。要するに、それは先輩からのメッセージだ!!」

    紫「どうして今まで気づけなかったのかしら……急いで戻りましょ、探すわよ!」

    にとり「はい!」

    なんてこった、さすが先輩、自分が家をあけるような事態になっても困らないように私たちにメッセージを残してくれていたなんて……
    班長からも存在を隠したということは、きっとその時点ではその事実を認識して捜査に乗り出すとまずいことになるからだ。
    だって先輩は言ってたらしい『不必要な事がわかった』って。不必要、つまり、『その時点で不必要』というだけでその調書が『間違いだったとは言ってない』っ!!




    にとり「……でも、あれですよね。この家って」

    紫「ええ、ここは彼女の家であり同時に事件現場でもある。家の中はほとんど捜査済みよ」

    急いで家に戻ったはいいが、アリスさんの残したと思われるメッセージの場所がわかったわけじゃない。
    班長の言うとおり、ここは現場にもなった場所だ。現場検証はすでに行われている。

    紫「この家から持ち出された物は全て私が見てる。だから、存在するとすればまだこの家のどこかにあるはずよ」

    にとり「っても家中ひっくり返すのもな……最後はやるしかないけど」

    にとり「他の調書に手がかりはないですか?」

    紫「見てみればわかるかもしれないけど、今ここにはないわよ。持ってきた方がいいかしら」

    にとり「できればそうしてもらえると……パシるみたいで申し訳ないですけど」

    紫「いちいちそんな事気にしないの。すぐに持ってくるわ。っても、ちょっと時間はかかるけど」

    にとり「充分です、私は思い当たるところを探してみます」

    班長は急いで他の調書を取りに戻ってくれた。私はその間に、考えられる可能性を頭の中で羅列してみる。

    にとり「わざわざ21~23ページを探させたくらいだ、これを見つけるヒントも絶対先輩は残してる……」

    そもそも調書に空きがあるなんて事実は、班長でなければわからない。となれば、班長にしか提出しない他の調書にヒントが書かれている可能性は高い。
    だが、どうしてだろう。ヒントはそれだけじゃないように思える。
    冷静になれ、そして思い出せ、河城にとり。先輩がかけた霧を晴らすんだ。
    何か、何か変な話とか聞いた事はないか? 暗号のような、手がかりになりそうな言葉を聞いた覚えはないか?

    にとり「…………」

    先輩がこの町で住みながら捜査をするようになってから、私は数回しか話をしていない。
    本当に悲しいことだが、私は先輩とあまり会えないようになってからはそれなりに疎遠だった。
    たまに電話で話をするくらいだった。本当は会いに行きたかったけど、先輩の邪魔もできないし、自分の仕事のことだってあった。
    だけどそれは、裏を返せば、もし先輩が私に手がかりを残してくれていたとすれば、その僅かな電話の時間の中にあるという事になる。
    最後に電話をしたのはいつだろう。あれはたしか、先輩が亡くなってしまうほんの数日前のことだ。


    にとり『カラオケも無いのによくそんなとこで生活できるっすね~』

    アリス『確かに田舎町だけど、案外その方が色んな事に目を向けられていいのよ?』

    にとり『そっすかねー。逆にできること限定されちゃう気がしますけど』

    アリス『ふふ、物は言い様ね。ただ、おかげで結構趣味ができたわ』

    にとり『まじすか。仕事の鬼とまで言われたあの先輩に?』

    アリス『それは2課の一部の連中が面白がって言ってるだけでしょ。元からいくらか趣味くらいあるわよ』

    にとり『へーふーんほーん』

    アリス『あんた帰ったら覚えて…………覚えて、なさいよ』

    にとり『へいへーい』

    アリス『……もう』

    にとり『それで、何の趣味ができたんです?』

    アリス『笑わないでよ? 約束よ?』

    にとり『笑いませんって』

    アリス『……料理よ』

    にとり『だっはっは!』

    アリス『はぁ……予想できてたし、もうどうでもいいわ』

    にとり『でも、案外似合いそうですね。創作料理とかしちゃったり? あ、ちなみに私はハンバーグとか好きですよ』

    アリス『あ、そう』

    にとり『むー反応薄いな……ていうかほんとに創作料理まで手出してるんすか? 先輩割にメモ魔だし、違う意味で厨房すごそう』

    アリス『どういう意味よそれ。まぁ、確かにレシピとかメモとか書きまくってそこら中に貼ってるけど……』

    にとり『やべぇ、ガチだ。てか、自分でどれがどれかわからなくなりません?』

    アリス『ならないわよ。わかるようにしてるもの』

    にとり『どうやって?』

    アリス『新旧順番に並べてるから。古いのは下にもってくの。それで判別つく』

    にとり『でも前のやつ見たくなったらそれ困りません?』

    アリス『…………』

    にとり『やばい論破()しちゃった』

    アリス『あんた今度招いてあげようと思ったけど、やめたわ』

    にとり『ええええええすみませんすみませんごめんなさい謝るから遊びに行かせてえええええ』


    にとり「…………」

    結局、先輩の家に遊びに行く事はできなかった……もう、遅かった。

    ……私は先輩と趣味の話をした。
    私はあのとき、気づくべきだった。先輩はもしかしたら、数日後自分の身に起きる危険をどこかで察知していたのかもしれない。
    だって談笑しているはずの先輩の声には、僅かに悲しみが込められていたのだから。
    すぐにでも真意に気づくべきだった。きっとそれは私の罪。死ぬまでずっと背負わなければならない、私の……

    にとり「……くそ」

    泣いてちゃいけない。涙は最後の最後にしか流すことが赦されない。だって『涙』は、自分自身に霧をかけてしまう魔法なのだから。

    コンコン

    にとり「!」

    不意に鳴ったノック音に驚く。
    班長が帰って来たのかな? いや、違う。班長ならノックは三回だ。それが、私たち特別対策班の決まりだ。
    ならばただの客人だろう。でも、どうしてかな、ドアを開ける事を私の何かが赦さないでいる気がする。

    声「おーい、中にいるのはわかってるんですよー? 出てくださいよー」

    にとり「(誰だお前……)」

    意外にもドアの外にいる人物(声からして女)は声を出して私を呼んだ。
    宅配の類ではない。知り合いでもない。ならばもしや、私が事件を調べていると知った犯人……?
    彼女の口ぶりからして、私がここにいる事は確定しているらしい。まぁ家に入るところを見られたんだろう。もしかしたら、班長が出て行くところも見ているのかもしれない。
    いや、待て。犯人ならわざわざ声を出すか? それとも、ただの客人を装っているのか?

    にとり「……しまった、鍵!」

    それ以前に大事なことを忘れていた。
    班長が家を出てそのまま、玄関の鍵はかけていない……!

    ガチャ キィ……

    にとり「…………っ!!」

    紫「貴女、そんなところでなにしてるの?」

    にとり「…………ふぁ?」

    紫「物騒なんだけど、おろしてくれない?」

    にとり「あ、いや」

    私は本を数冊手に持ち、玄関の横で振り上げていた。先手必勝に賭けて。
    でも……入ってきたのは班長だった。すんでのところで振り下ろさずにすんだ。

    にとり「すみません」

    紫「調書、持ってきたわよ」

    にとり「はい……でも、班長も人が悪いな、ノックのルール守ってくださいよ」

    紫「え? あぁ、ごめんなさいね。私がしたわけじゃないから」

    にとり「……それはどういう」

    少女「はろ~」

    にとり「!?」

    班長の言葉を待ってましたとばかりに、ドアの影から誰かが飛び出してきた。
    全くもって意味がわからない。突如現れた誰とも知らない少女。そして彼女を警戒しない班長……いや、待て。私は知ってる、この少女を知ってる。
    誰だ、どこで、どこかで……

    にとり「……探、偵?」

    紫「あら、知り合いだったの?」

    少女「おや、私の事知ってたんだ。あれぇ、会ったことないよね?」

    にとり「無いですね。けど、貴女のことは見てます。昨日、神社で」

    こいし「ほう」

    それは、守矢神社へ話を聞きにいったとき、諏訪子と口論していた少女だった。
    事件について何か知ってるような様子だったから一度話を聞いてみたいとは思っていたが……

    にとり「……っていうか、知り合いなんですか?」

    紫「ええ。元は公安の人間、今はこの町で探偵をしてるこいしちゃんよ」

    こいし「どうも、探偵こいしちゃんです。特技はダーツ。狙った的ははずさないよ~? まぁまぁ、以後お見知りおきくださいまし」

    にとり「探偵……って、元公安んんんんん!!?」

    こいし「すんごい短い間だけだったけどね。色々あって辞めちゃったんだ」

    紫「その頃に知り合いになってて、その縁ね私は」

    なんてこった。諏訪子達が胡散臭い探偵と言っていたこの少女、元は公安の人間だったって……
    町の権力者達の話じゃないけど、ほんと人って聞いてみるまでわからない。

    こいし「さ、面倒な自己紹介なんかいいから、本題に入ろうよ。調書見せて」

    にとり「え、調書のこと話してるんですか!?」

    紫「話してるというより、元々知ってるという方が正しいわ。だって、あなたが班に加わる前からこの子には色々と協力してもらってるもの」

    こいし「はっはっはー」

    にとり「ほあー……」

    全然知らなかった。ただまぁ、正式に協力要請を出しているわけじゃないし、そもそもあんまり表に出せる話でもないんだろうとは思う。
    まぁ特別対策班自体その存在があやふやというか、かなり特別な位置にいる組織なんだけど。

    こいし「無いのは21~23ページなんだよね。紫、20ページと24ページの提出はいつ?」

    紫「20~25ページまで纏めて同じ日、2014年7月29日ね」

    こいし「丑の日か~。いつも忘れてるし、今年こそはうなぎ食べなきゃな。今年は30日だっけか」

    じゃら、とどこから取り出したのかこいしは懐中時計を眺めてそう言った。

    にとり「そんなことはどうでもいいです。それより手がかり探しましょうよ」

    こいし「わかってるよ、別にいいじゃん少しくらい」

    こいし「あと、敬語やめてほしいな。なんか調子狂うんだよね」

    にとり「……わかったよ」

    まぁ、その方がこっちも話しやすくはある。元々育ちがよくないんで敬語とか使ってるとそれだけで疲れてくるんだよね。

    こいし「調書が連なってるって事は、20か24、25辺りに手がかりがあると見て間違いないね」

    紫「来るときもそれなりに目を通してみたけど、手がかりになりそうなものは無さそうよ」

    こいし「それは紫の見立てでしょ?」

    紫「そうだけど」

    こいし「んじゃー私が20から、君は25から読んで」

    こいしに25ページ目を渡される。ぐちぐち言っても仕方ないし、大人しくそれを読むことにした。
    でも、25ページ目はこれまでの調書のまとめみたいなもので、手がかりになるようなことは書かれていないと私も思う。単に、これまでの調書でわかったことの羅列だったから。

    こいし「ふむ、本題はこっちっぽいね。はい、交換」

    にとり「…………」

    こいしは私から25ページ目をばっと奪い、20ページ目を机に置いた。
    25ページ目はそれなりに目を通すことはできたけど、24ページ目まだなんですが。こいつ自分のペースで何でもしやがるな……

    にとり「……これは」

    20ページ目に書かれていたのは調書ではなかった。
    いや、彼女の行動に関することは全て『調書』に間違いないのだが、その内容は事件とあまり関係無さそうなものだった。

    『次に彼女が休みの日に、これまでの成果を披露しよう。
    題目はクッキー。機材の準備も問題ない、お料理本もある。
    箱の準備は大丈夫だろうか? 中身はきっと問題ない。
    幾つも幾つも装飾がしてあるけど、大切なのはその日何をするかだけ。綺麗なものは上に、汚れたものは下に。
    頑張って作れば、ほら出来上がり。信じられないかもしれないけど、できあがった』

    こいし「奇妙だと思わない?」

    にとり「思う、けど」

    アリスさんにしては変な文章だなと思うけど、きっとこいしが言いたいのはそんな事じゃないだろう。

    紫「私もそれは思ったわよ。でも、これはアリスの友人を疑ってのことかと思ってたわ」

    にとり「東風谷早苗、ですか」

    おそらく、この調書でいう『彼女』は東風谷早苗のことだろう。
    早苗は事件に大きく関与しているが、記憶喪失の関係で問いただすことができない。
    当時先輩は、全てのものを疑っていた。それは友人関係になった隣人についても同様だったと思う。
    だけど……もしかしたら先輩はどこかで苦難していたのかもしれない。友人を疑いたくなんかないと。

    こいし「これは調書。事後報告なわけだから、クッキーの製造前や直後を記すのはちょっと描写として変だよ」

    紫「もしかして、これは暗号だって言いたいの?」

    こいし「暗号なんて崇高なもんじゃない。こんなものはお遊びレベルさ」

    にとり「じゃああんたにはどこに先輩の残した手がかりがあるかわかったのかよ」

    こいし「怖いなぁ、そうすごまないでくれよ」

    諏訪子が言ってたこと、わかる気がする。この人、悪い人じゃないんだろうけど、なんかいちいちイライラするっていうか癇に障るっていうか……

    紫「まぁいいわ。わかったのなら、その手がかりの場所に案内して?」

    こいし「おーけーだよ」

    そう言って探偵は先輩の現場だったところへ歩き出す……が、そこをスルーして、厨房までやってきた。

    にとり「厨房? まさかクッキー作ってたから、ここが手がかりの場所とか言うわけ?」

    こいし「そうだよ」

    にとり「短絡的過ぎない?」

    こいし「それは本人に言ってよ。まぁ、もう言えないけど」

    にとり「お前、殴るよ」

    紫「落ち着きなさい。こいし、あんたも言葉は選びなさい」

    こいし「ごめん」

    にとり「チッ」

    紫「それで? 手がかりには何て?」

    こいし「料理=厨房。クッキーを作るわけだけど、機材は問題ないって書いてた。要するに、厨房にある機材には隠されてないってこと。棚の隙間とかレンジの裏とかには無いってことね」

    紫「ここも捜査はしたもの、もしあったら見つけてるわ」

    こいし「大事なのは次だね。箱。これがおそらく、隠された調書のありかさ」

    にとり「でも箱ってなんだろ? クッキーを入れるプレゼントボックスみたいな?」

    こいし「いやいや。箱ってのはただの比喩だよ。ほら、キッチンの中で箱といえそうなものって何だろう?」

    紫「電子レンジとか?」

    にとり「冷蔵庫もそうだね」

    紫「言葉だけもらうなら、ゴミ箱もそうね」

    こいし「そんなとこだろうね。次に、中身は問題ないって言ってる。要するに、箱には中身が存在する」

    にとり「じゃあ冷蔵庫しかないね」

    紫「ゴミ箱は?」

    こいし「ゴミ箱の中覗いて『中身は問題ない』とか言ってたらちょっと引くよ」

    紫「そ、そうよね……」

    なんだろう、今のは班長のギャグだったんだろうか。もしかして場を和ませようとしてくれてるのかな……はぁ、私もまだまだ子供だ。

    にとり「冷蔵庫なのはわかった。でも、冷蔵庫の側面にも裏側にも上にも、何もなかったよ」

    こいし「じゃあ次の段だ。装飾が何か考えよう」

    紫「冷蔵庫にリボンはついてないけど……」

    にとり「班長、わざとなのかキャラ作りなのか知らないですけど、さっきからボケに走ってません?」

    紫「あら、わかっちゃう? だってあなた達ずっと険悪なんだもの、もう少し仲良くしてくれたら私もおばかさん演じなくてすむんだけど」

    にとり「……すみません」

    こいし「ふむ、気を遣わせていたようだね、私もごめん」

    紫「わかってくれたならいいわ」

    こいし「じゃもったいぶらずに一気にいくね」

    わざともったいぶってたのかよ。

    こいし「装飾とは冷蔵庫にくっついてる一切のもの。磁石やメモ書きなど、全部をいう。その日何をするか、クッキーを作るのさ。次に皿という言葉が出てくるけど、皿は料理を盛るもの。対してメモ魔だったらしい彼女にとって紙は、料理を乗せて彩る皿だってこと」

    紫「なら、冷蔵庫に貼ってあるメモ書きのどれかが調書ってことね」

    にとり「そういえば先輩言ってたな。どれがどのメモかわかるよう、新しいやつは上に貼っていくって」

    こいし「ほう、それはこの推理の良い自信になるね。つまりは、新しいメモは上に持ってくってこと。クッキーのレシピも何枚かあるみたいだけど、この中で一番新しいクッキーのメモは……これだよ!」

    そう宣言して、こいしは冷蔵庫に貼ってあるクッキー関連のメモで一番上部にあるものをとる。メモ書きは半分に折りたたまれていた。

    にとり「なんかこじつけくさいなー」

    紫「無理に解釈したようにも、確かに思えるわね」

    こいし「だからそれは私に言われても困るって。暗号なんて、考えた人が正義でそれ以外こそが悪なんだから」

    にとり「でも確たる証拠がなけりゃそんなのはただのでっち上げじゃないか」

    こいし「『私の推理』はね。けど、『彼女の話す真実』はそうじゃない」

    にとり「意味がわかんないよ」

    こいし「事実かそうでないかは周りが決めることじゃない。本人が決める事だって言ってるの」

    にとり「それはわかるけど、なんか納得できないな。要するに、仕掛けた人間にとって、たとえ本人にしか通じないものだったとしても、意味が通っていればそれが真実。それ以外は、周りがどんなにつじつまの合う別の理論を展開したところでそれは事実になりえない……そういう話でしょ?」

    こいし「わかってるじゃん」

    にとり「あくまで視点の問題じゃん。先輩がいない今、真実を確かめる事は、究極的には不可能ってことになる。だから私たちは、自分の持つ推理ででっち上げ合戦してるだけじゃんか」

    こいし「あのさぁ、今回の場合は一発でわからなきゃ死ぬわけじゃないんだし、違うなら違うでいいんだよ。それに今回は答えあわせができそうな問題なんだから、私の言葉にいちいち突っかかってこなくてもいいと思うんだけど」

    こいしはやや怒りをあらわにしながら、メモ書きを開いて見せた。そして、ふん、と鼻を鳴らす。

    紫「紙のそれぞれに、21、22と書かれてるわね……」

    にとり「うそだぁー、先輩暗号作るのヘタだぁー」

    紫「まぁ、あの子勤勉ではあるけど言葉遊びは上手じゃなさそうだったわね……」

    こいし「苦手なのに精一杯考えて作ってるなんて、健気でいいじゃないか。萌えるよ」

    とはいうけど、先輩これ考えてるときめっちゃイライラしただろうなぁ。先輩はどちらかというと行動派だし、やることは几帳面なくせに細かいこと考えたりするの苦手そうだったし。

    紫「それで、メモにはなんて?」

    こいし「それが……」

    にとり「クッキーの作り方……」

    21と番号が振られた紙には、クッキーの作り方と思われるメモが残されていた。

    『バターを201g用意。卵2個。砂糖は810g入りのやつを買っておく。これが鍵。
    小麦粉を201g、ボウル4個用意。きな粉でも入れるといいかもしれない、きな粉を入れて320g。でもこれ古いけど大丈夫かな。
    バターを混ぜて砂糖を入れてまた混ぜる。卵をといて、少しずつ入れてながらまぜる。小麦粉をわけて入れて、粉っぽさがなくなるまでまぜる。
    生地をまとめて冷やしておく。
    生地を伸ばして切る。オーブンの余熱も忘れずに。
    形を作ったら焼く。やけどに注意』

    にとり「また、暗号?」

    こいし「とりあえずもう一枚の方も見てみようよ」

    もう一枚、22と番号の書かれた紙を見る。

    にとり「な、なにこれ……」

    紫「これは……」

    こいし「どう解釈していいかわかんないねこれ」

    『個別に材料を用意しておく。買出し忘れずに。
    【201gの砂糖、4個の卵、小麦粉とあわせて合計802gの粉 アリス・マーガトロイド】 【201gの砂糖、4個の卵、小麦粉と合わせて613gの粉 フランドール・スカーレット】 【201gの砂糖、6個の卵、合計720gの粉 上白沢慧音】
    それぞれ必要な時に必要なものを』

    22の紙には、ただそれだけ書かれていた。

    にとり「なんで名前なんか……」

    紫「自分まで入ってるのはどういう事かしら……それにC4の被害者の名前まであるわね。あの子、実は彼女を知っていたのかしら。そんな報告は受けてないけど……」

    こいし「!! ちょ、21枚目貸して!!」

    何かに気づいたのか、こいしが物凄い形相で班長から21の紙を奪い取る。

    こいし「201gのバター、卵2個…………間違いないよ、これ」

    にとり「な、何がわかったのさ……」

    こいし「一つ訊くけど、ここって捜査があった時に全部物を回収したの?」

    紫「事件に関係ありそうなものしか回収してないわ。ほかは写真を撮って、そのままよ」

    にとり「私も住むっていったって使う場所は限られてるし、無闇に物は動かしてない。移動が必要なときは、前の状態を写真に収めてる」

    こいし「そのデジカメある?」

    にとり「持ってくるよ」

    こいし「うん」

    書斎に置いてあるデジカメをとりにいく。
    あの様子、ただ事じゃないみたいだけど、いったい何が書かれているというのか……

    にとり「はいこれ」

    こいし「ありがとう。その前に、このメモ変だと思わない?」

    にとり「変って、どれが?」

    こいし「だって、こんなのクッキーの作り方じゃないじゃないか」

    こいしはずいっと二枚の紙を私たちの前に突き出した。
    クッキーの作り方じゃない……一見作り方のメモに見えるけど、これをどうにかして見たら調書になるのか……?

    紫「……そうか、材料」

    こいし「だいたい何なのさ201gって。そんな細かい用意の仕方ってある?」

    にとり「先輩は几帳面ではあったけど、仮にそれを先輩の性格としたって後がおかしいな確かに」

    紫「私、お料理しないからあんまりわからないけど……要は、材料の必要量が変ってことよね?」

    こいし「うん。つまり、調書の内容は重要じゃないんだよ。問題はこの数字。数字だけを並べると」

    にとり「201、2、810、201、4、320……ねえ、ちょっとこれって」

    こいし「そうだよ。これは……」

    こいし「事件の被害者が死亡した日付を表してる」

    最初の材料を全て並べると20128102014320。区切ればわかる、2012/8/10と2012/3/20。

    こいし「名前までちゃんと書いてあるじゃないか……『これが鍵』、つまり第一の被害者、鍵山雛のこと。次は『これは古い』。これは苦し紛れだっただろうけど、第二の被害者……っ、古明地、さとり」

    紫「待って! だとしたら、次の22枚目って……」

    にとり「2014/8/2アリス先輩……」

    間違いない、先輩が被害に遭った日……

    紫「いやいや、おかしいわよこれ。メモが事件のメモっていうのはわかったわよ。でも、でも、だったらどうして……」

    こいし「自らが死亡する日を予測していた」

    そんな馬鹿な……じゃあ先輩は、自分がこの日に殺されるとわかってこのメモを残したって事……?

    にとり「いや、仮に自分の死ぬ日がわかったとしてもさ……」

    そう、先輩の調書はこれで終わらない。22枚目には、ほかに二人の名前が書いてあるのだ。

    2016年6月13日フランドール・スカーレット

    にとり「C4と…一致します……」

    紫「なるほどそういう意味なのね……でも、だとしたら、最後って」

    こいし「2016年7月20日上白沢慧音。これは、明日彼女が殺される事を予知した調書って事になっちゃうよ」





    ここは町の一角にある小さなバー。
    夜になると小規模だが地元バンドによるちょっとしたジャズコンサートが始まり、店内の雰囲気は一層ロマンに溢れる。
    落ち着いた雰囲気の中上品に良い酒をちびちび飲みたいというタイプの人間にはとても人気のあるお店で、しかもそういうお客が案外多いらしく連日開店から閉店まで客のいない時間帯は無いのだとか。

    慧音「すまない、遅くなってしまったか」

    にとり「いえ、全然大丈夫です。というか、早すぎるくらいです」

    そんなバーの一番奥のカウンター席に、私は座っていた。
    スコッチを揺らしながらぼんやりと大人な雰囲気に浸る……うん、わかってる、全然ガラじゃないって。
    とにかく、私は人を待っていた。相手は真面目な人、待ち合わせの十分以上前には来ると思っていたから、一時間前から待ち合わせ場所に来てやった。
    想像より少し早い二十五分前に、彼女は姿を現した。

    慧音「君もこういうお店に来るんだな」

    にとり「意外でした?」

    慧音「あはは、正直なところをいうと、そうだな。居酒屋という感じでもないが、どちらかというと外で月を見ながら一人で飲むタイプだと思っていた」

    それはほめられているのだろうか……よくわからない。

    にとり「そういう慧音さんは職業的にもお酒とは縁が無さそうに見えますけど、こういうとこ来るんですか?」

    慧音「はは、教師と言えども飲みたいときはある。究極に言えば、教師という仕事にストレスが全くないと言えばそれは嘘になるな」

    にとり「それはまぁ、何の仕事でもそうじゃないですかね」

    慧音「だな……ただ、子供達への愛は紛れも無い事実だ、これだけは胸を張っていえる。あの子たちの未来は私が守っていかなければな」

    にとり「『愛とはこれすなわち真実』という言葉を思い出します」

    慧音「なんだそれは? 偉人の言葉か?」

    にとり「いえ、友人の受け売りです。こういう、意味深な言葉を並べるのが好きなやつがいたんですよ」

    慧音「面白い友達だな、一度会ってみたいものだ」

    にとり「あー、いえ、そいつ死んじゃいました。昔の悪友でしてね、事故っちゃって」

    慧音「それは、すまない」

    にとり「気にしないでください。それより、ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけど」

    慧音「ふむ、本題か。なんだ、私にできることだといいのだが」

    にとり「一杯飲んだら調べ物に付き合ってもらえません?」




    パチュリー「で、うちで酔っ払い二体を預かれと?」

    紫「どっちもほとんど酔ってないわよ。とにかく、事情は説明したとおりだから」

    夜の八時、閉館時間を超えた図書館は、いつもより賑わいを見せていた。
    賑わいと言っても騒がしいわけではないが、本来いないはずの人間が幾らか顔を合わせている。
    そのうちの一つ、館長室でも、普段は話すことすらないだろう二人が会話をしている。

    パチュリー「はぁ……まぁいいけど。要するにうちのゲストルームで一晩かくまえばいいのね」

    紫「話が早くて助かるわ」

    パチュリー「本人は知ってるの?」

    紫「もうにとりが話し終えたと思う。夜の間は警備に私たちがつくから、貴女はこっちを気にしなくても大丈夫よ」

    パチュリー「する気なんて元々ないから。たく、どうして今日に限ってこんなこと」

    紫「えっ、今日何かあったの?」

    パチュリー「ありまくりよ。私個人にもその他大勢にもね」



    間が悪い、運が悪い、巡り会わせが悪い。
    本来管理人であるパチュリー以外誰もいないはずの夜の大図書館には、かつて無いほどの人数が集まっていた。
    管理人であるパチュリーはバイトの小悪魔と共に、親友のレミリア・スカーレットとその従者十六夜咲夜を招いてディナーを楽しむ予定だった。
    蓬莱会の会長である輝夜は失踪した西行寺家党首の幽々子の所在を問いただすべく、西行寺家の庭師魂魄妖夢を呼び出していた。
    守矢神社の神主である諏訪子は祭りの最終的な打ち合わせをするため、実行委員長である鈴仙・優曇華院・イナバとここへ来ていた。
    そして、調べ物と称して慧音をここへ連れてきてかくまうため、にとり、紫、こいしが図書館へ泊り込む。
    普段は一人しかいない夜の図書館も、今日は何の巡り会わせか総勢十二人もの人間が集まっていた。
    ちなみにこの図書館はパチュリーの私物であり、町立図書館として公開しているのは彼女の好意だ。また、この図書館はパチュリーの家でもあり、居住部である洋館風の屋敷と繋がっている。
    元々はスカーレット家の一部であった大図書館をパチュリーが譲り受け、いつでもスカーレット家の人間が別荘として使えるよう設計した結果である。

    にとり「外の警備はばっちりです。といっても、私服警官を交代で張り込ませてる程度ですが」

    紫「充分よ。中でばっちり警護すれば問題ないわ」

    こいし「合意の上とはいえ慧音さんを軟禁。思い切ったことするねぇ。まるでこっちが悪い事してるみたいだ」

    紫「茶化さないで。ただ、四人で泊まりにきただけとも言えるわ」

    先輩の調書が本当に予言と呼べるものなのかはわからないが、念には念を入れて慧音の警護にあたる。
    普通なら予言だなんて信じることもないが、なにせあれを書いた本人が自分の死を予言し、更に自分が死んだ後に起きた事件まで言い当てているのだ。
    ただ、慧音を守ろうとするのはいいが、犯人がどこから狙っているかもわからない。そこで予想もつかないような場所で寝泊りすれば狙いようがないだろうという結論に至った。
    何もなければそれでいい。先輩がどうしてフランドールの死を言い当てることができたかはわからないが、本当にあれが予言だとしたら慧音に対する予言をはずせるだけでも意味はある。
    更に、明日は図書館を閉館してもらうことにした。図書館自体は単にパチュリーの好意で公開しているだけということだからか、案外すんなりOKがもらえた。
    図書館外部は出入り口になるような場所に私服警官を複数配置。外から見て図書館で何かあると思われないためではあるが、警官だとばれたところでそう大きな問題はないだろう。
    つまり、この図書館は外部と断交している状態となった。ここから更に、慧音には鍵つきのゲストルームにいてもらい、部屋から出るときは必ず誰か二人以上と行動を共にしてもらう。
    ちなみにこの屋敷は上から下までL字型になっていて、部屋は全て廊下の途中にある。図書館は廊下の南側二階からしか入る事はできず、私たちが泊まらせてもらっている西側の廊下は各階どことも通じていない。さらには、各階を移動するには角にある階段を使わなければならないという造りになっている。
    つまりは、各部屋への侵入は難しいという事。これで明日を乗り切る策は万全のはず……

    こいし「でも、わかるよね。こうなった以上、もし何かあったとしたら……」

    紫「犯人は少なくともこの中にいる」

    にとり「慧音さんを絶対犠牲にはさせない。けどなんか、おとりにしてるみたいで申し訳ないな……」

    紫「狙ってこういう状況にしたわけじゃないのよ、そこは考えないようにしましょう」

    パチュリーは偶然これだけの人数が集まったと言っていた。
    だが、実は慧音を狙うためにここに集まっていたとしたら? いや、そんなことはありえない。私たちは、先輩の予言を見てからかくまう場所をここに決めた。つい数時間前に決めたことなんだ。それを、どうやって知ることができる? 無理に決まってる。
    大丈夫、あの予言は当たらない。私たちが、はずしてみせる。
    ちなみに今慧音は自分が明日中こもる部屋にいてもらっている。この部屋のすぐ隣で、しばらく一人にしてくれと言われたので、私たちは隣の部屋に来ることにしたのだ。
    予言は明日を示している。勿論だからって油断してるわけじゃないが、なぜだろう、今日は大丈夫のような気がするんだ。
    まぁ常に聞き耳は立ててるし、ここか隣の部屋に誰か近寄ってもすぐにわかる。その証拠にほら、誰かの足音が聞こえてきたのもわかる。

    コンコン

    こいし「だれかきたよ」

    にとり「だね。出てきます」

    念のため臨戦体勢をとりつつ、ドアをあけずに声をかけてみることにする。

    にとり「誰ですか」

    咲夜「レミリアお嬢様のお屋敷でメイド長を勤めさせていただいております、十六夜咲夜と申します。ディナーについてお話にあがりました」

    にとり「あ、開けますね」

    外に立っていたのは、咲夜だった。
    スカーレット家一番のメイド。詳しいことは知らないが、雑務のほかに経理関係など沢山の仕事を受け持っているらしい。
    それもそのはず、スカーレット家はレミリアが幼いうちに両親が死んでしまい、その財産全てをレミリアが相続した。遺書には、遺産は全てレミリアに、ただし彼女が満足にそれを運用できるようになるまではその管理を咲夜に任せると書かれていたらしい。
    この辺りから察するに、咲夜はスカーレット家の腹心とも呼べる存在だったのだろう。
    そして……レミリアは事件の関係者でもある。なぜなら、事件の第四の被害者フランドールは、レミリアの実の妹なのだから。
    フランドールは幼い頃に誘拐され家族と引き離された末、殺害されて見つかった。なんとも痛ましく悲しい結末だ……

    咲夜「本日は特別に皆様にもディナーを振舞えとのご指示をいただいております。遅い時間となりましたが、もしよろしければ食堂にお集まりください」

    にとり「班長、どうします?」

    紫「行きましょう。皆一緒なら事を起こすこともないでしょう……おなかもすいたしね」

    こいし「豪華ディナーだ、やったね」

    三人で部屋を出る。咲夜は私たちが部屋の鍵をかけたのを確認し、歩き始めた。
    指示をもらったと彼女は言っているが、そう申しつけたのはパチュリーだろう。レミリアは妹が死んだことでずっと抜け殻状態らしいから……

    にとり「ここへ来られたということは、主はもう立ち直られました?」

    咲夜「いえ……ただ、あれ以来はじめて外出をご提案されましたし、少しずつ立ち直ってらっしゃると思います」

    にとり「……なんか、そんな日にすみません」

    咲夜「いえ、事情は伺っております。本日は他にも幾らか来ておられますし、雑な言い方になりますが、事のついでですから」

    にとり「助かります」

    勿論彼女の言う『事情』とは私たちが慧音をかくまっているというものではない。あくまで私たちは『調べ物』のためにここへ来ているし、誰も私たちが警察関係者だなんて知りもしない。
    詳細な事情を説明するために、館長のパチュリーさんには話してあるようだけど。口止めもきちんとして。



    食堂には十二人全員が集まっていた。
    綺麗な部屋に綺麗なテーブル、そして美しい料理の数々……なるほど、一目で住む世界が違うと痛感させられる。

    慧音「本当にいただいてもいいのだろうか……」

    こいし「もう用意されてるんだし、食べなきゃ損っしょ」

    紫「蕗の薹はないのね……」

    こいし「あるわけないっしょ……」

    紫「(´・ω・`)」

    パチュリー「堅苦しい事は考えなくていいから、好きに食べて頂戴」

    誰もがなんとなく手をつけられずにいたが、パチュリーの一言でいっせいに食事が始まった。
    普段ならとっくに夕飯を食べてゆったりしている時間だ、おなかがすいてないはずがない。他の面々はどうだか知らないけど、少なくとも私はそうだ。

    にとり「(さて……)」

    本当にどういう偶然か、今ここにこの町の顔という顔が集まっていた。
    だが、中には見慣れない顔もある。

    鈴仙「…………」

    鈴仙・優曇華院・イナバ……名前こそ知ってはいるが、彼女がどこで何をしているかなどは知らない。
    この町の病院に出入りしているらしいが、看護士か何かだろうか。病院の中じゃ見かけたことないんだけど。
    諏訪子と話をしに来たらしくお祭りの実行委員長だというが……

    パチュリー「そういえば、聞いたわよ、例の文書」

    考え事をしていたら、隣から声が飛んできた。

    にとり「え、例のってどれです?」

    パチュリー「予言よ」

    にとり「……班長の相関図が一番知りたいなぁ」

    捜査で得た事を人に漏らすなんてありえないんだけど、班長が漏らしたのならそれは『必要なこと』なわけだし、この人もあながち無関係ではないってことか。この屋敷の一室を借りる際に本当の事情を話したみたいだし。
    でも、班長もこの人の事はあんまり知らない風だったけど……

    パチュリー「ある日、町で突然『私には未来が見える』と言った女がいた」

    にとり「え、なんすか突然」

    パチュリー「その少女は未来に起きることを一枚の紙に書き、見事当ててみせた」

    パチュリー「世間は大騒ぎになり少女を問い詰めると、彼女はおびえた様子で白状して『ある里の予言者に聞いた』と言った」

    パチュリー「その『予言者』に会うことは困難を極めたが、ある取材班がついに予言を受ける事に成功した」

    パチュリー「『予言者』は言う。私には、今この瞬間の全てが見えていて、それを分析できる能力があると」

    にとり「……ラプラスの悪魔、ですか」

    パチュリー「ふふ。人々は言った。『予言者』は決定論を元に未来を構築した気になっているだけだろう、と」

    パチュリー「しかし、ラプラスの悪魔はもはや絶対ではない。完全なる初期状態を把握することはできない。そこに、誤差が誤差でなくなる状況が生まれる余地ができてしまう」

    パチュリー「風が吹けば桶屋が儲かる、という言葉をご存知かしら?」

    パチュリー「一見全く関係ない事柄でもこじつけにこじつけて関係性を作ってしまう、というやつね」

    にとり「つまり、予言はあくまでこじつけだと?」

    パチュリー「そう人々は言ったわ。でも、『予言者』の予言はそんな曖昧なものではなかった。だって、僅かな綻びでどうとでも変わってしまう未来を予言してしまうのだから」

    パチュリー「一方で、仮に『予言者』の予言が一種の能力であるとした上で、彼の予言を試そうとした者もいた」

    にとり「何を訊いたんです?」

    パチュリー「『自分の意思ではこの町から出ない事を条件に、自分は何千キロも離れた地に引っ越してしまった幼馴染の女と結婚する事はあるか』と聞いたのよ」

    パチュリー「ちなみに幼馴染の子の親は周りの人間を嫌いこの国を嫌い、未来永劫彼の住む国に近寄らない事を誓って国を出たわ」

    にとり「そんなの普通に考えて無理ですよね。予言者はなんと?」

    パチュリー「『その未来は存在しない』と答えたわ」

    にとり「ですよね」

    パチュリー「でも、彼は結婚したわ。二万三千六百キロも遠くに住んでいた幼馴染の女性と。それも、予言のたった二年後に」

    にとり「まじすか……」

    パチュリー「それ以来、彼の姿を見たものは誰もいない。けど、彼は今でもどこかで予言を続けているとされている」

    パチュリー「さ、この話を聞いてどう思ったかしら」

    にとり「どうって、あれですか? 『愛があれば予言も距離も関係ないよね』とかいう」

    パチュリー「なかなかユニークな回答をするのね、あなた」

    それはどういう意味だろうか。問い詰めてやろうと思ったら、班長が口を開いたので黙った。

    紫「その問題は本来の意味での『予言』に対するものではないわね」

    パチュリー「あらご明察。この物語で大切なのは『この予言者が行う予言の定義』であって、予言の正誤そのものではない、そう言いたいのね?」

    紫「予言する者、それを受ける者、もしくはその両名が受動ではなく能動であった可能性も指摘できるわ」

    パチュリー「『予言者』が自ら予言を実現させていたパターン……ふふ、面白いわ。ほかには?」

    紫「そもそもその『予言者』は存在したのかしら」

    パチュリー「ついには存在も否定するのね、いいわ、あなた最高に素敵よ」

    にとり「ああもう、わけわかんないっす! 結局何が言いたいんすかね!」

    パチュリー「私としてはね、予言の結果が正しいか間違ってるかなんてどうでもいいの。どうしてその予言は正しくてどうして間違っているのか、そこが大事」

    にとり「でも、最後のやつ、予言間違ってますよね。その未来は無いって言っちゃってますし」

    紫「あたってるわ。その未来は来てないもの」

    にとり「ふぁー? だって結婚したって」

    パチュリー「貴女は絶対『そんなのずるい』と言うだろうけど、これのからくりはね『【何千キロ】も離れた地にいる幼馴染とは結婚できないけど、【何万キロ】も離れた地にいる幼馴染とは結婚できた』のよ」

    にとり「はああ!? そんなの苦し紛れの言い訳じゃん、ずっるぅ!!」

    紫「だから言ったじゃない、大事なのは定義だって」

    にとり「でも予言者は自分が間違ったから逃げたんじゃないの?」

    パチュリー「そのせいでいなくなったとは誰も言ってないわよ。偶然病に伏したかもしれない、引っ越すことになったのかもしれない。もしくは、貴女の言うように、自分が間違ったと思って逃げたのかもしれないしね」

    にとり「はぁー、ラプラスガーってもっともらしい事ばっかり言ってたのに、結局それって」

    紫「ラプラスはあなたが言ったのよ」

    パチュリー「怒るのも無理ないわ。『予言はあるか』っていう議論をしようとしてたのに、ふたを開けてみればただの『言葉遊び』だったんだから」

    紫「しかし、物事の本質というものはすぐ見えるところにあるとは限らないわ。要は、色んな可能性を見ましょうって事よ」

    パチュリー「目の前の事象が、自分の常識が、どこでも常に一定であるとは限らない。視点を変えれば、それもまた真実……かもしれないわ」

    にとり「なんか嫌な話だなー。おい探偵、あんたラプラスどう思うよ」

    こいし「のしかかり!」

    パチュリー「(のしかかり?)」

    紫「それで? 結局貴女的には何が言いたかったの?」

    パチュリー「もしその予言が当たるようなことがあっても、惑わされたらだめよ」

    紫「へぇ。信じてないってこと?」

    パチュリー「ふふ、貴女自分で言ったじゃない。それは問題じゃないのよ」

    紫「……ふうん」

    パチュリー「貴女の後輩が書いたのよね、それ。でも、ズバリ言わせてもらうわ」

    パチュリー「その調書は『年月と名前を書いたもの、またはそれを連想させるものであって、該当人物が死ぬと予言したものとは限らない』」

    紫「なるほど、確かに死ぬとは書かれてないわ」

    パチュリー「仮にこの警護のおかげで慧音さんが明日に死ななければ、この年月と名前は別の何かだと言い訳されるわね。まぁ、その方はもうおられないみたいだけど……」

    紫「言い訳してもらえる状況になることを祈るわ」

    パチュリー「そうね。誰かが死ぬなんてこと、もう嫌だもの」

    にとり「ふぶき!」

    こいし「ぜったいれいど!」

    紫「ねえ、あなた達はいったい何の会話に発展したの?」




    豪華なディナーを誰もが楽しみ、意外と会話もはずむ夕食だった。
    これから起きるかもしれない悲劇を前にしていることも、忘れてしまいそうなくらいに。
    だけど、夕飯が終わると皆それぞれの用事に取り掛かり、一瞬でまた静けさが戻ってきた。
    なんとなく、寂しいと思った。
    不思議なものだ。ここにいるほとんどの人間とは今まで話したことすらなかったというのに。
    この事件が終わったら……その時は、本当にこの町に住みに来てもいいかもしれない。そんなことまで考え始めるようになってきていた。

    慧音「不思議なものだな。殺害予告をされたというのに、気持ちは穏やかだ。心の底では信じてないというのもあるだろうが」

    にとり「実感ないですよね、そんな事言われても。でも、用心しておくべきです」

    慧音「わかっている。今から明日が終わるまではこの部屋から出ないでおくさ」

    にとり「もし誰かと接触が必要になったときは、必ず私たちが二人以上で来ますので。それ以外は絶対に窓もドアも開けないでくださいよ?」

    慧音「わかった」

    気持ちは穏やかだと言う彼女の表情は確かに強張ってはいなかったが、少し寂しそうにも見えた。
    なにせ私たちは急遽彼女をここへ連れてきたんだ、色々と思い残すこともあるだろう。
    だが、信じたい。本人に心身整理をさせる時間すら与えなかった程突然の外泊に、犯人はついて来れないと。
    先輩がどういう意図であの予言とも言える調書を書いたのかはわからないけど……
    先輩、すみません。私は予言なんか信じませんよ。あんなもの、今を生きる者たちの手でどうにでも変えていけるんです。
    バタフライ効果じゃないけど、私たちが僅かな因子となって未来を大きく変えてやりますから。

    慧音「誰も入って来れないなら眠っても大丈夫だろうか。まぁ流石に暫くは眠れそうにもないが」

    にとり「部屋の中に誰もいない事はさっき確認しましたので、部屋に閉じこもっている限りは大丈夫と思います」

    慧音「わかった、ありがとう。では、おやすみ」

    にとり「おやすみなさい」

    ぱたん、とドアが閉まる。慧音の姿が見えなくなる。
    大丈夫、未来はこの手で変えてみせるから。また明日、もしくは明後日いつもどおり挨拶をして、お茶でも飲み交わそう。





    流れる雲の切れ間に浮かぶ月は、長閑な田舎町を優しく照らしていた。
    風の流れも穏やかな夜。決して暑くないとは言えない気温だけど、こうして窓の外、静かな空を見上げているとなんだか涼しげな気分になれる。

    にとり「綺麗だねぇ。確かに、この光景を肴に酒を飲んだらうまそうだ」

    私はこいしと一緒に慧音の部屋の前に座り込んでいた。
    慧音はこの部屋にかくまわれている。私とこいしはその見張り役だ。
    部屋には鍵をかけてもらい、チェーンロックもしてもらう。勿論、窓の鍵も閉めカーテンも閉める。
    最低限生活できるような部屋になっているので、食料さえあればこの部屋にずっと閉じこもっていても問題なくすごすことができるらしい。

    こいし「お酒好きなんだね」

    にとり「まぁね。あんたは飲まないの?」

    こいし「私はあんまり得意じゃないからなー。少し嗜む程度だよ」

    にとり「実際それが一番賢いよ。がばがば飲むのも悪くはないけど、それはお酒を楽しむというよりも、それも含めたその時間を楽しむって感じだし」

    こいし「まーそうだろうね。例えば居酒屋に誰かと行けば、普通はそうなる。私は飲むとしたら一人でだけど……なんかお勧め的なのある?」

    にとり「興味はあるのか。うーん、私が好きなやつでよければ、今度飲ませてあげるよ」

    こいし「おっいいね、頼んだよ」

    お酒の楽しみ方なんて人それぞれだけど、私もどっちかと言うと一人で飲みたいタイプだな。
    皆でわいわい騒ぐのも楽しいけど、静かな空間で考え事しながら飲むほうが性に合ってる。
    悪い事しまくってた時代もあんまり連中とは飲まなかったな……バイクで暴走したり強盗まがいの事やって二階から窓ガラス突き破って逃げたり、まぁ色んな事はしたけど飲酒と喫煙には当時あんまり縁がなかった。

    にとり「そういうあんたは、何か好きなものあるの?」

    こいし「んー、ダーツくらい?」

    にとり「そういや言ってたね」

    こいし「趣味っていうか、ほら、探偵って何かひとつくらい特技無いとね?」

    別に無くてもいいと思うけど……ハクをつける、ってやつ?

    こいし「慣れてくると結構面白いよ。教えてあげよっか? グリップとスタンスにも種類があってね、自分に合うものを見つけるんだけど」

    にとり「あ、いや、今はいいよ。うん、まぁいつか機会があれば」

    こいし「それ絶対やらないやつだよね。まぁ、いいけどさ……」

    そうとも言う……かもしれない。
    でもまぁ機会があれば悪くは無いと思う。機会があれば。その機会は訪れることがないかもしれないけど。
    こいしは残念そうな顔をしているけど、興味ないし仕方ないじゃないか。

    こいし「ん、見なよ。向こうで会長様がたそがれてる」

    にとり「ほんとだ」

    この廊下からは突き当たりの向こうにある階段が見える。そこの手すりにすがり、物憂げな表情で天井を眺めている輝夜の姿があった。
    彼女は確か、今日こそ西行寺の主の所在を確かめるために庭師の妖夢を呼び出して話を聞く事にした、とか言っていた。
    図書館に泊り込んでという所がちょっとよくわからないが、側近も誰も連れてきていないところを見ると、西行寺との決まりごとみたいなのがあるのかもしれない。いや、よく知らないけど。

    こいし「西行寺の幽々子さんはどこにいるんだろうね」

    にとり「行方不明らしいね。噂じゃ蓬莱会の手にかかって死んだんじゃないかとも言われてるけど……」

    こいし「どうだろうね。でも、その可能性はあると思うよ」

    にとり「そうかな? 自分で言っておいてなんだけど、もしそうなら、何で輝夜が妖夢に話を聞きにくるわけ? 印象操作?」

    こいし「違うよ。そっか、蓬莱の組織についてあんまり知らないみたいだね」

    にとり「知らないなぁ。何か知ってるなら教えてよ」

    こいし「しゃーないなー」

    その言葉とは裏腹に、少し楽しそうにしているこいし。自分の知っている事を他人に話すのは結構好きなのかもしれない。

    こいし「蓬莱のご両親が健在なのは知ってるっしょ?」

    にとり「うん。娘を頭にするにあたって、試験的に仕切らせてるんでしょ?」

    こいし「親としてはそうだね。けど、身内にさえやっぱそれを快く思わないやつもいるわけよ」

    にとり「あー、自分に継がせてくれるはずだったのに、的な?」

    こいし「内情を詳しくまでは知らないけど、そう思ってる人もいそうだね。それか単純に、元会長の実の娘とはいえ歳も若い女に組を任せられるかって考えの人もいると思う。悪い意味は勿論、単に心配してるって意味でもね」

    にとり「じゃあ、あれか。西行寺の代替わりに合わせてあちらの娘をかどわかすか消すかすることで、必然的に蓬莱会を優位に立たせたんだ。すごいお膳立てだなぁ」

    こいし「あくまで想像だけどね~。妖夢の方も行方を知らないみたいだし、その線は割とありそうだと思ってる」

    こいし「ただ、西行寺が牛耳ってた頃から結構町で問題は起きてたみたいだし、彼女達に近しい人物が何かしたとも考えられる……まぁ、可能性は沢山あるね」

    にとり「色々だなー」

    彼女達の裏の顔とは正反対の位置にいるのが、私たちだ。本来なら全く相容れない存在同士。
    正義だ悪だと言葉にするのは簡単だけど、彼女達には彼女達の事情が色々とある。勿論、だからって犯罪は見過ごせないけど……
    まぁ上の人同士は繋がってるって噂もある。うちで言うと旧4課から異例の昇進で参事官になった華扇さんなんかは、輝夜ともよく知り合った仲のような気はする。あだ名がヤクザ刑事だし。

    にとり「あ、そうだ。今日、鈴仙ってやつが来てたでしょ。彼女について何か知らない?」

    こいし「んー実は私もあんまり詳しくはないんだけど……」

    こいし「あの人、町の総合病院で働いてるみたいだね。臨床医か何かって言ってたよ。趣味はクレー射撃と団子作り。今日ここに来る前にも射撃場に行ってたらしいね」

    射撃と団子作りってえらいイメージの違う趣味を持ってるんだな……人それぞれとはいうが、他人の趣味って聞いてるだけで面白い。

    にとり「にしても臨床医か……それがまたなんで祭りの実行委員なんだろ」

    こいし「さあ? そういう行事が好きなんじゃない?」

    にとり「とてもそういう感じには見えないけどなぁ……」

    鈴仙の印象は『物静か』だ。食事の時も誰とも何も話さず黙々と食べてたし、諏訪子のところへ挨拶しに行った時に聞いたけど諏訪子と祭りの話をしている時だってほとんど喋らないで聞いてるだけらしい。
    けどぼんやりしている感じでもなく、なんというか、考えてることをあまり口にしないタイプそうだ。

    こいし「ねえ、もしかして今日集まってる人の中に犯人がいそうとか思ってる?」

    にとり「またストレートに訊いてくるな……正直、それを考えるレベルにすら到達してないからわかんないよ」

    こいし「まぁでも、頭の中で疑うだけなら自由だよ」

    にとり「そういうあんたは目星とかつけてるの?」

    こいし「目星、か……誰と特定はできないけど、人物像なら絞れてきてると思ってる」

    にとり「それは興味深いね。是非聞いてみたいもんだ」

    こいし「しゃんがないなー」

    しゃんがないってなんだよ。噛んだの? ねえ、噛んだの?

    こいし「こう言うと君達は怒るかもしれないけど……正直私は、猟奇殺人事件について興味があるわけじゃない。だから、全ての真相が知りたいとか思ってるわけじゃない」

    にとり「っていうと?」

    こいし「私が知りたい真相は唯一つ。二年前の春に起きた古明地さとりを殺害した犯人だけ。それが他の事件の犯人でもあるかどうかなんて興味無いし、仮にそうだとしても別にどうとも思わない」

    こいし「私の思いはただひとつ。お姉ちゃんを殺した奴を、この手で……」

    にとり「ちょ、ちょっと待った。なんか驚きの発言が連続して出てきて困惑した」

    こいし「ま、そうだろうね。正直なところを話してるわけだし」

    にとり「それはまぁ、気持ちはわかるけど、犯人を手にかけるような事しちゃだめだよ。同じレベルに成り下がる必要はない。まぁ、理屈じゃないのもわかるけど……」

    罪は罪を呼び、恨みは恨みを生む。一度生まれてしまったそれらは延々と繰り返され、終わりを迎えることは無い。
    私も、理不尽だと思う。それはおかしいだろうと思う。けど、それでも、犯罪をおかしたって全てが解決するわけじゃない。
    今回の事件だって……犯人を殺したって、死んでしまった人は生き返らないんだ。
    なんて、元不良の私もホント変わったもんだ。先輩には感謝してもしきれない。

    にとり「ていうか、お姉ちゃんって言った?」

    こいし「言ったよ。一昨年の被害者古明地さとりは、私の実の姉さ」

    にとり「い、妹がいたのか、知らなかった……」

    こいし「私は、いわば必要の無い子。存在を隠したかった子だからね、当然だね」

    にとり「腹違いなの……?」

    こいし「違うよ。けど、私は生まれてくる予定の無かった子供だから」

    にとり「……その話は訊いてもいいのかな」

    こいし「別にかまわないよ。でなきゃそもそもこの話はしてないからね」

    そう言ってこいしは天井を見上げる。
    しかし、胡散臭いと思っていた探偵が実は元公安の人間で、しかも第二の被害者の親族だったなんて……

    こいし「うちの両親は議員でしょ? で、生まれてくる子供にも英才教育を施して親の後を追いかけてもらう予定だったわけよ」

    にとり「まぁだいたいそうなるよね」

    こいし「けど、それをするのは一人だけのはずだった。子供は一人しか作らず、その子をきっちり育てる予定だった」

    にとり「双子なの?」

    こいし「二卵性のね」

    こいしが第二の被害者の姉妹と聞いて、言われてみれば似ているかもしれない、くらいにしか思わなかった。
    こいしの話から察するに双子だという事はわかったが……なるほど、二卵性か。
    一般に、一卵性の双子は一つの受精卵が二つに分かれて発生するのに対し、二卵性は元々受精卵が二つ存在する。
    基本的に双子が誕生する理由はわかっていないらしいが、二卵性の場合卵子が多く排出されることが原因ではないかとされている。
    まぁ双子が生まれる確率は1%と言われてるくらいだし、意外とそう珍しい事ではないみたいだけど。

    こいし「まぁ私の事はいいよ。そういうわけだから、私は事件の真相を知りたいわけ」

    にとり「そうだったんだね……」

    でも、私も似たようなものなのかもしれない。
    もし先輩が事件に巻き込まれていなかったら私は八雲警部の班にはいなかっただろうし、勤務先から見て遠方の地で起きたこの事件にはそもそも関わっていなかったかもしれない。
    全体を見れば大きな出来事ではあるけど、一つ違うだけでその後の何もかもが変わってしまうことは往々にしてあると思う。

    こいし「だからお姉ちゃんの事件については色々と調べてる。もしかしたら、参考になるかもしれない話もね」

    にとり「それはどんな話?」

    こいし「あくまで仮説でしかないけど……私は一連の猟奇殺人事件って怨恨じゃない気がするんだよね」

    にとり「じゃあ無差別殺人事件だったとでも?」

    こいし「ううん、そうじゃない。いや、初犯は怨恨だったのかもしれない。けど、少なくともお姉ちゃんについては別な理由がある気がする」

    にとり「言いにくいけど、口封じとかって説もあるよ」

    こいし「それも違うと思う。確かにお姉ちゃんは何でもかんでも正義や親の権力を盾に喋っちゃう人だったけど、あんな殺され方しなきゃいけないような事は何も話してないはずだからね」

    にとり「でもその一言が犯人を怒らせたとか……」

    こいし「発言の内容だけならもっと過激な事を大々的に言う人はいたし、議員の、それも寵愛されてるような娘をわざわざ被害者に選ぶっていうのは考えにくいよ。脅しに使うなら、事件について話す人誰でもよかったはず」

    言われてみれば確かにそうだ。
    さとりよりも過激な発言をし、有名で、しかもガードの薄い人間は幾らかいるはず。
    つまり犯人にとって、誰が被害者でもよかったわけではなく、被害者は間違いなく古明地さとりでならなければなかった。
    脅し説はこれでほとんど否定できるというわけか。

    こいし「これは関係あるかわからないけど、お姉ちゃんは昔……」

    声「おい、なんだお前はいきなり。どこから入ってきた!」

    にとり「!?」

    こいし「え」

    突然、私たちの会話をさえぎるようにして大きな声が聞こえてきた。
    辺りには誰もいない。というか、声で誰かわかる。
    鍵のかかった部屋の中……慧音の声だ。

    こいし「何かやばくない?」

    にとり「慧音さん? 慧音さん! どうしたんですか!?」

    ダンダンとドアをたたく。ドアに手をかけるが、勿論開かない。

    にとり「慧音さん! 慧音さん!」

    慧音「冗談だろう……待て、待つんだ。待っ…………」

    ドォン

    にとり「け……慧音さん!!!?」

    こいし「今の銃声だよね。嘘でしょ、何がどうなってんの……」

    にとり「慧音さん!!! くそ、開かない!!」

    こいし「鍵、鍵は! 合鍵とかないの!?」

    にとり「パチュリーなら持ってると思うけど……おらっ!!」

    ドン、とドアに体当たりするもびくともしない。かなり頑丈に作られているらしく、鍵を破壊して中に入る事もできそうにない。

    にとり「そうだ、時間……」

    こいし「時間? そ、そうか。はい」

    はっとして、こいしが差し出した懐中時計を見る。
    時刻は0時5分……7月20日になってしまっていた。

    にとり「くそ、くそ!!!」

    こいし「落ち着いてって! とにかく、ここを開ける事を考えないと!」

    にとり「だったら私はここを見張ってる。あんたはパチュリーと班長を……いや、全員をここに呼んできてくれ」

    こいし「りょーかい。すぐ呼んでくる!」

    大慌てでこいしが廊下を走って行く。
    それと入れ替わりに輝夜がこっちに歩いてきた。

    輝夜「ねえ、どうしたの? 今のチャカ?」

    にとり「あんたは……そうだよ。今部屋の中で発砲された」

    輝夜「はぁ? ここってあの教師がいる部屋でしょ? 閉じこもってたんじゃないの?」

    にとり「そうなんだ、そうなんだけど……」

    中には誰もいなかった。窓もきちんと閉めた。ドアも鍵をかけてある。
    だけど、誰かが中に進入した。そして……発砲した。

    輝夜「このドアは……無理ね、壊せなさそうだわ。たぶん、貴女の持ってるものでも無理ね」

    言われて気づく。この人は、銃で鍵を壊せる可能性について指摘しているんだ。
    私たちは班長がどういう掛け合いをしたのか、一般的な警察組織の枠にとらわれない銃の携帯が赦されている。
    その辺の事情は外部どころか他の警察官も知らないわけだけど、この人は一般的な所から判断してそう言っているのかあるいは全て見透かした上でそう言ってるのか……

    輝夜「この図書館にも裏の顔があるのよ。詳細には話せないけど、要は銃器の対策がされているというわけ。全ての場所にというわけではないけど」

    にとり「マスターキーを待つしかないのか……輝夜さんのでも無理?」

    輝夜「私が常に携帯してると言いたいの? でも、今はそれを咎めている場合じゃないと思うわよ?」

    にとり「持ってたとしても見逃す。ここをすぐに開ける事ができるならね」

    輝夜「中々の問題発言ね。でも、ごめんなさい。私はそういう物を持たないの」

    それは嘘だろうと思うが、どちらにしても彼女の持つものでもこのドアは破れないという事だろう。

    こいし「来たよ!!」

    紫「状況は聞いたわ。パチュリー、鍵をお願い」

    パチュリー「え、ええ……」

    パチュリーがマスターキーを挿し、鍵を回す。カチャリ、という音が密室を解除したと伝え……

    ガコン

    にとり「!?」

    ドアを開けようとする。だが、開かない。

    紫「チェーン……?」

    そういえば入り口は念のためにとチェーンの方もかけてもらっていたのだ。

    にとり「この隙間じゃ中の様子がわからない!」

    パチュリー「二重ロックにしてたのね……壊すしかないわね」

    輝夜「チェーンは普通に切れるわ。やっと私の出番かしら」

    輝夜がドアの前に立ち、右手を袖から出す。どこから取り出したのか、その手にはペンチのようなものが握られていた。

    輝夜「これ小さいでしょう? 何でできてるかは秘密だけど、チェーンくらいなら簡単に切れるわよ」

    そして得意げに語る。大型ペンチを探してきてもらうのも時間がかかるし、任せておこうと思う。
    それよりも……

    にとり「来てないのはレミリアか……」

    こいし「うん。パチュリーが言うに、部屋に閉じこもってるからそっとしておいて欲しいって」

    にとり「そんな場合じゃないと言いたいけど……」

    ここに全員を集めたかったのは、この部屋の中で発砲した人物……要するに、ここに集まることで犯人ではない事を確かめたかったからだ。
    この部屋は密室。私はドアの前を離れてない。つまり、発砲した人物はまだこの中にいるということになる。
    こいしが皆を呼びに行き、こうして集まった。ここにいないのはレミリアだけ。部屋に閉じこもっているのなら、誰もレミリアの姿を見ていないという事だ。なら、この中に彼女がいるかもしれない。

    輝夜「開いたわよ」

    にとり「慧音さん……」

    ゆっくりとドアを開ける。急に飛び掛られたとしても、この人数を相手にはできないだろう。

    紫「他の人はここで待ってて。中へは私とにとりが行くわ。にとり、私が先導する」

    にとり「はい」

    班長は銃を片手に、部屋を進んでいく。
    それなりに広い部屋とはいえ、入り口からベッドのある場所が見えないくらいで、作りとしては一般的なホテルの一室と大差は無い。

    紫「っ…………」

    にとり「そんな……」

    私と班長が部屋の奥へ到達したとき……慧音がベッドの上に寝ているのが見えた。
    ベッドのシーツを血に染めて。

    にとり「慧音、さん……嘘だ、嘘だ……」

    紫「落ち着きなさいにとり。貴女が取り乱してどうするの。気持ちはわかるけど、まずは霧を払いなさい」

    にとり「う、うう……っ、くそ、くそ……」

    どうして、どうしてこうなるんだ。なんで慧音さんが殺されなきゃいけないんだ……

    紫「冷静になって。そうね、にとり、鈴仙を呼んでくれない? 一応、みてもらうから」

    にとり「……はい」

    事態をすぐに呑み込むことができない。けど、呑み込まなくちゃいけない。
    私は警察官であり特別対策班の一員だから。どんなことがあっても、冷静に分析し事件を解決に導かなければいけない。
    泣くのは後でもできる……今は、今はっ……私にできることをしなくちゃ。でないと、慧音さんに怒られる……!

    にとり「鈴仙さん」

    鈴仙「はい」

    にとり「あなた、八意医院の方ですよね。診断、できますか?」

    鈴仙「この状態でできることくらいなら」

    にとり「では、お願いします」

    鈴仙を中にいれ、念のために彼女が何もしないよう見張りながら班長のところへ連れて行く。

    紫「お願いできるかしら」

    鈴仙「わかりました」

    こういう場を見慣れているのか、機械的に返事し対処する鈴仙。病院に勤めるというのも、なかなかに辛い仕事なのだと思う。

    紫「にとり、今のうちに部屋の中を調べて頂戴」

    にとり「了解です」

    落ち着くんだ河城にとり。今、この部屋の状態を調べられるのは私しかいない。
    ならば、この部屋に残された痕跡を探し出すことが、私にできる最良の行動ではないだろうか。
    霧を晴らせ、霧払いをするんだ、河城にとり!

    にとり「部屋の入り口は私たちが入ってきたドア。他に出入り口と呼べるのは窓だけ」

    まず、部屋の奥へ行って窓を確かめる。
    この部屋の窓は奥に一つしかない。それなりに大きな窓だが、外にベランダはなく、仮にここから身を乗り出そうものなら数秒後には地上にたたきつけられてしまう。
    カーテンはきちんと閉められており、窓には鍵がかかっている。壊された形跡もない。一見して、仕掛けが施された様子も無い。

    にとり「(窓からの侵入は不可能……)」

    窓の外には何も無い。近くに大木があるわけでもなければ、飛び移ってこれるようなポイントも無い。
    強いて言うならここより上の階からロープをたらすなどすれば窓の前に来ることはできるが……窓が開かない事には何もできないだろう。

    にとり「(入り口は私とこいしで見張っていた。鍵がかけられ、チェーンロックもかかっていた。ここから入る事も不可能)」

    そういえば外が騒がしくならないが、こいしが上手く話をしてくれたんだろうか。
    輝夜なんかは取り乱しそうにはないし、彼女も場を落ち着けるために貢献してくれているのかもしれない。
    引き続きこいしには場を落ち着かせ、同時に皆を見張っておいてもらおうと思う。
    たぶん本人もわかって行動しているのだろう。彼女が部屋に入ってくる様子はない。

    にとり「(班長は、鈴仙の見張りか)」

    いくら検死をしてもらうとはいえ、何か証拠を隠すようなことをされたのではたまったもんじゃない。
    彼女もこいしに呼ばれてこの部屋に来たが……とにかく、不審な行動を起こさないか見張っておく事は必要だろう。

    さて、侵入が不可能となれば、犯人はこの部屋に隠れている事になる。
    今ここに集まっていないのは、レミリアだけだが……彼女は小柄だし、どこかに隠れる事もたやすい。この屋敷の持ち主なら、隠れられるようなところも知っているだろう。
    ただ、彼女の立場や精神状態を考えるとこんなことできるわけはないと思うが……

    にとり「くそ、どこだ……」

    部屋は綺麗なものだった。
    そもそも荷物を用意して泊まりにきたわけでもないし、慧音の私物が少しあるくらいのこと。
    そもそも部屋には物がほとんど無く、隠れられる場所といえばクローゼットの中かベッドの下、洗面所やトイレ、浴室くらいのものだ。
    だが、そのどこを探しても誰の姿も見つけることはできなかった。

    にとり「班長…誰も、いません……」

    紫「そんなはず無いでしょう、もっとよく探しなさい」

    にとり「隠れられるような場所がそもそもないんです……」

    紫「……主に聞いてみましょう」

    もしかしたら隠し部屋などがあるのかもしれない。そう思ってパチュリーを部屋の入り口まで呼んだ。

    にとり「この部屋って隠し部屋みたいなところがあったりしますか?」

    パチュリー「ここには無いわね。確認すればわかるけど、左右上下手前奥、どこにもそんなスペースが無いもの」

    にとり「じゃあ部屋の中に隠れられる場所は?」

    パチュリー「クローゼットくらいだと思うけど……他にはどんな人間も隠れられるスペースなんて無いわ」

    にとり「……スペースはなくても、例えば隣の部屋に移動できたりなんかはしませんよね?」

    パチュリー「あるわけないでしょ。からくり屋敷じゃないんだから」

    パチュリーの言うことが本当だとしたら、この部屋には誰も隠れていない事になる。
    だけど、ありえない。それはありえないんだ。

    にとり「どういう事なんだ……」

    紫「本当に誰もいないの?」

    にとり「いません……」

    紫「機転をきかせて皆を集めたのよね。いない人は、レミリアだけかしら」

    にとり「ですね」

    パチュリー「ちょっと待って。レミィを疑ってるの?」

    紫「そこまでは言わないけど、今ここにいない以上、彼女の所在を確かめるのは重要なことよ」

    パチュリー「ふざけないで! レミィがやっと自分の意思で外出して会いにきてくれたって日に勝手に押しかけてきて、それで今度はレミィが犯人じゃないかって? 馬鹿にするにも程があるわ!!」

    にとり「怒る気持ちはわかります。けど、今はそれを確かめるしかないんです」

    パチュリー「っ……いいわよ、わかったわ。その代わりレミィが無実だとわかったら、あんたら訴えるから。絶対に赦さない」

    紫「無実の人間を有罪になんか絶対にさせないわ。絶対に、それだけは何があっても絶対にさせない。私の命を懸けてもいいわよ」

    パチュリー「…………」

    紫「…………」

    パチュリー「…………いいわよ、好きにしなさい」

    暫くにらみ合っていた二人だが、班長の誠意に折れてくれたのかパチュリーは踵を返して歩き出す。
    今から部屋に行くからついて来いという事なのだろう。

    紫「にとり、貴女は念のためにパチュリーが不審な動きをしないか見てて。こいしは他の人を見てて頂戴。全員で動くわよ」

    にとり「わかりました」

    こいし「いえっさ」

    人を疑うというのも辛い。
    けど、証拠も何もない所から事件を解決に導くためには、多少は何かを疑いつつ仮説を立てていくしかないんだ。
    一見気丈に振舞っている班長も、かなり心苦しい思いをしていると思う。私だって苦しい。
    だが、私は尊敬している人を二人も殺された。残された者として、犯人を赦せないという気持ちは痛いくらいわかる。
    こいしも言っていた、犯人をこの手で殺してやりたいという気持ちだって、無いとはいえないんだ。
    勿論、だからって犯人を殺していいはずはない。犯した罪をきちんと償わせなけりゃいけないんだ。死は退路を与えるも同じだから。
    慧音には本当に悪い事をした。守ると言っていたのに、結局守れなかった。
    だけど……事件は一つ進展を見せた。慧音のおかげで、私たちのせいで。
    こんな状況で犯行が行われたということは……少なくとも今回の事件の犯人は、この中にいる可能性が非常に高いという事だ。

    先輩……少しずつですが、私は事件の真相に近づいているような気がします。
    貴女がいなくなってしまってから、私は必死に事件について調べてきました。
    まだ犯人を特定するには至りませんが……必ず、犯人を捕まえてみせます。そして、先輩の墓前で膝を折らせ、謝らせます。
    だから、それまで待っていてください。



    紫「何が、どうなってるっていうの……」

    こいし「はは、ありえない、ありえないって……」

    にとり「なんで……」


    だけど先輩……

    この世には、いるのかもしれません。

    猟奇殺人を起こす化け物が、予言を実現させる悪魔が、不可能犯罪を行う死神が。

    慧音の部屋の前に集合しなかったレミリア……しかし彼女は、集合『しなかった』わけではなかった。

    冷たく閉ざされた自室の中で、真っ暗な闇の中、真っ赤な血を流し、ベッドで眠っていた。

    彼女はここで眠っている必要があったから、集合『できなかった』のだ。


    パチュリー「レミィ、レミィ! どうして、なんで……いやあああああああああ!!!!」






    世にも奇怪な物語 #2自慢の先輩 終
    #3自慢の推理 へ続く
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