【東方SS】世にも奇怪な物語1(事件編)【長編・シリーズ完結済み】
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【東方SS】世にも奇怪な物語1(事件編)【長編・シリーズ完結済み】

2017-01-21 00:40

    注意

    これはサスペンス系の『SS』です。

    以前動画で投稿した「世にも奇怪な物語」の話をきちんと書き直したものになります。筋がかなり変わっているので、この動画のことは忘れてください。

    この物語は、『早苗と紫が書いた話を実写化し、各々がドラマのように演じている』という設定が前提で書かれています。よって、これらの物語が実際に東方の世界で起きたというSSではありません。
    紫たちが協力してドラマを作っていてその仕上がりがこれ、と考えるといいかもしれません。
    多少は東方キャラの原作設定を意識して設定を作っている(意識して配役してある)部分はありますが、基本的に私が昔書いたオリジナルストーリーを書き直した「蕗の薹」という小説が原作であり作中の人格や言動は物語(原作)に準じるものになっています(多少東方キャラ寄りに改変したり、物語を無理矢理短くしたりはしてます)。
    端役から脇役まで多くを東方キャラがカバーしているので、人物によっては物語上扱いが雑になったりすることもあります。そういうの無理って人は見ないほうがいいです。具体的には、悪役(犯人とか)や被害者役などです。
    また、小説をSSとして書き直していますので、地の文(台詞以外の文章)に対してだいぶ台詞が多いです。

    東方である必要無い、と言われれば、はっきり言って全くその通りです。元々オリジナルの作品として書いた物語にドラマ撮影という理由をつけて東方キャラを当てはめているので、ここがどうしても引っかかるという方は見ない方がいいと思います。
    ここが一番重要なところです。この点については自己責任でお願いします。

    ただ反対に、東方キャラを全く知らなくても読める話ということです。東方キャラをモチーフにしたネタや設定があるので知っていれば楽しみが広がりますが、物語自体は私のオリジナルなので「そういう名前や設定のキャラ」として見れば普通のサスペンスものです。


    長さは本2冊ちょい分の割と長編ですが、最後までお付き合いくださるととても喜びます。すき放題書いてんな~って所ですが、その辺はまぁ……
    一応、サスペンスとして書いた小説(SS)ですので、ご覧いただける際には是非一話目から順に見てやってください。謎解きなんかも楽しんでいただけると嬉しいです。


    あっあとえぐい表現とか若干あるので、これもご注意ください。とはいえ、普通に地上波で放送できる程度のものですが。


    *基本的にはこれで仕上がりですが、後から加筆したりする事がもしかしたらあるかもしれません。


    以下内容






    「例えばあなたが、小石を蹴ったとしましょう」

    「その小石は草むらに飛んでいったわ。そしたらそこにいたバッタが驚いて飛び跳ねたの」

    「飛び跳ねたバッタは斜面の草むらに飛んで行き、そこにあった少し大きな石にとまったわ」

    「するとその石がバランスを崩して転がり、斜面下を走っていた車のフロントガラスにぶつかった」

    「それに驚いた運転手が思わず急ブレーキを踏み、後続車が激突。そこから玉突き事故。結果大惨事に……」

    「蝶が羽ばたけばどこかで竜巻が起きるかもしれない……バタフライ効果ね」

    「あなたが小石を蹴ったばっかりに、何人もが死ぬ大事故が起きるかもしれない」

    「ほんの小さな出来事でも、それが後の人生を大きく狂わせてしまうなんてこと……あるかもしれないわよ?」

    「何かが一つ、どこかで一つ、違っていれば……そう思うかもしれないわね」

    「けど、起きてから過去は変えられない。仮に『全て流れは決まっていた』と言われても納得するしかない」

    「ならばこの話、あなたが小石を蹴ったのが悪いと思う?」

    「もしそうなのだとしたら、小石を蹴らなければ何も起きなかったと思う?」

    「……そう、あなたはそう思うのね」

    「ええ、勿論私は答えなんて知らないわ。でも……」

    「いいえ、これはまだ話さないでおきましょう。ふふふ」










    「しかし、なんとも派手な事件ですね……」

    薄暗い山の麓の丘で、一人の刑事がそう呟いた。

    「派手と言う言い方はどうなのかしらね。陰惨、という方が適切だと思うわ」

    それに対し、今度は女の警官がそう答える。
    男の刑事は思った事が口に出てしまっただけで彼女に話しかけたわけではなかったが、結果として会話が成立してしまっていた。
    おかげで、なんともばつの悪い空気を流す羽目になってしまった。

    「八雲警部、凶器発見しました」

    「そう、どこ?」

    「こちらです」

    現場を見て陰惨と表現した女の警官、八雲紫はまた他の刑事の案内で別な場所に向かう。
    その姿を目で追い、今度こそ彼女に聞こえない音量で彼は呟いた。

    「こりゃまるで怪物にでも食われちまったみたいだぜ、怖ろしいことだ……」

    都会から離れた、ある田舎の小さな町で起きた殺人事件。
    被害者の状況や現場の状態からして、相当に『酷い事件』であることは誰の目にも明らかだった。
    被害者は腹部が大きく抉り取られ、片腕は上腕二頭筋の真ん中からぶっつり切れてなくなっている。
    ここで殺されたのは確実だろう、周囲にはおびただしい量の血液が飛び散り道路や草木を赤く彩っている。

    「鑑識は? もう終わった?」

    「あ、どうでしょう。もう粗方終えたとは思いますが」

    あまりにも怖ろしい事件に額を押さえていると、紫がこちらに戻ってきたのが見えた。

    「凶器は何だったんですか?」

    「大きな鍬が投げ捨てられてたわ。おそらくそれで腹部を切り裂いたんだろうけど……鑑識待ちね」

    「農民同士の喧嘩だったんですかね」

    「馬鹿言わないで。何が原因か知らないけど、ただの喧嘩でこんな風に殺すなんて正常じゃないわ」

    遺体は今しがた運び込まれてしまったが、ここへ来たときに見た光景は頭に焼き付いて離れない。暫くは、夢にさえ出てきそうなくらいだ。

    「これは大きな事件になるわよ。捜査本部とは別に、特別対策班が設けられることになるわ」

    「警部が班長に?」

    「勿論そのつもりよ。そのために、私は普段から優秀な部下に声をかけてるんだもの」

    「相変わらず自由な人だな……」

    彼の最後の呟きは聞こえなかったのかスルーされたのか、紫はそれから何も話さずあたりを見回した。


    歴代最高気温を記録した夏――――
    この、どこにでもありそうな田舎町の山道で起きた、見るも無残な殺人事件。
    紫の言っていた通り、この事件は後に特別対策班まで作られ大掛かりな捜査となったが、犯人を捕まえる事はおろか、手がかりをつかむ事さえロクにできなかった。
    後にこの町ではこの事件について様々な噂が飛び交い、仕舞いには話題にすることさえ憚られるものとなった。
    腹部を抉られ腕が千切られた殺人事件……自ら進んで話題に出す者は、そもそもいなかった。




    それから、二年。

    事件の捜査は、依然大きな進展を見せていない。







    世にも奇怪な物語 #1自慢のペット(早苗視点)






    この地方の土地柄なのか、今年の夏もかなりの暑さを見せている。



    実家のある街から電車で6時間も離れた所にある田舎町に、私は引っ越してくることになった。
    無論、仕事の都合である。
    ある神事関係の協会へ入社した私は、二年目にして地方の神社へ派遣されることが決まった。
    地方へ派遣というと悪いイメージがあるかもしれないが、ことこの会社に関して言えば、これはかなり名誉なことである。
    というのも、主要になっている三つの神社のうちの一つがこの田舎町にあり、そこへ行くとなればこれは普通の会社で言うところの栄転である。
    ……なんて偉そうな事を言ってるけど、私は別に栄転したわけじゃない。
    なぜなら、私はまだ入社二年目の新米どころか見習いで、ここへは研修に来ただけなのだから。
    勿論、要となる神社に研修へ来れるというのは名誉なことだ。結局のところ、これら主要な神社で勤務するには、同じく主要な神社で研修を受けなければならない。
    早い話が、該当する神社へ研修へ行く事ができる時点でエリートコースなのだ! えっへん!

    早苗「あーっ、もうそろそろ仕事に出なきゃ。うー、朝早いのが辛いところよねぇ……」

    ぶつぶつと独り言をもらしながら、出社の準備をする。
    このままいけば巫女として勤務することになるから朝が早い事に文句を言ってたって何も始まらないわけだけど……まぁ、ねぇ。
    ただ何が辛いって、私は研修でここに来てる事もあって社宅に住んでるわけだけど、職場まで片道二時間もかかる事。
    お世辞にも通勤が便利とはいえない場所に、私の新居があるわけだ。
    研修の期間は一年と短いが、それでもこの一年の間は通勤の行き来に二時間ずつの合計四時間も移動に費やさなければならない。
    『もっと近くに社宅を用意できなかったのか』などと、こればっかりは流石に愚痴が生まれてくるというもの。
    まぁ、言っても仕方ない事なんですけども。

    早苗「ふう、間に合いそうかな……じゃあ、行ってくるよ、ぴーすけ」

    着替えを終え身だしなみを整えて、さあ家を出ようという時に、鳥かごに向かって声をかける。
    私の大事な親友、自慢の相棒。彼は私の声に、短い囀(さえず)りで答えてくれた。

    早苗「今日もお仕事頑張りますか~。いってきまぁす」

    いつかこの言葉を聞かせられる『人間の相手』が、私にもできるんだろうか……なんて、ちょっぴり思ったりなんかしちゃったりして。
    はぁ、さっさと神社行こ。



    早苗「しっかし……神社勤務だってのに社宅のこの外観よ……何考えてるんだか」

    慌てて家を出たものの実際には時間にまだ少しは余裕があったので、社宅の外観を眺めながら特に意味のない独り言をぶつくさ喋ってみる。
    一人で暮らしているとどうしても独り言が多くなってしまうと以前先輩に聞いた事があるけど、身をもって実感している。
    料理する時でも掃除する時でも、誰に言うでもなくぽろりと言葉が漏れて出てくるのだ。『ハサミちゃんどこですか~?』ってな具合に。
    ともあれ、神社とくれば和装だと私は思うんだけど、どう見たってうちの社宅は洋風。
    だからどうというわけじゃないけど、こういう時私の感覚がおかしいのかどっちかなって思う。
    うん、割とどうでもいい。

    アリス「こんにちは、これからお仕事?」

    早苗「あ」

    とてもどうでもいいことに時間を費やしかけていると、隣の家から一人の女性が出てきて挨拶してくれた。

    早苗「こんにちは。今から二時間かけて職場へ行きますよ!」

    アリス「相変わらず大変ね……近場だともっとゆっくりできるのに」

    早苗「そうなんですよねぇ……」

    この人は、隣人のアリス・マーガトロイド。
    アリスさんは私がここへ越してきた時にとてもよくしてくれて、今ではすっかり良い話し相手になってもらったりもしてる。
    こういう隣人同士の友好関係も田舎ならではと思うが、実はこの町に関しては案外そうでもないと聞く。
    なんでもこの町では、あまり表には出てこないが名家同士の派閥抗争みたいなものが過去にあって、その名残でか誰しもが和気藹々とできるわけではない部分があるらしい。かつては一部の人間が幅を利かせ、どんなに残酷な事もまかり通った時代があったとかなかったとか。
    勿論今では誰が相手でも挨拶はするし世間話とかも普通にするけど、どこかで家柄のことなどを気にしている節があるのか、そう深く仲良くなる事はあんまりないらしい。
    あくまで噂でそうなっているというだけだけど、まぁ田舎みたいな小さな社会だからこそそういう派閥意識みたいなものは強いのかもしれない。
    ともあれ、アリスさんとはこうして仲良くすることができた。
    私はいわゆるよそ者だけど、来て早々隣人に恵まれるなんてありがたい事ですなぁ。

    アリス「まだ若いのに大変ねぇ。旦那もいないんでしょ? 疲れて帰ってきても、誰も労ってくれないし」

    早苗「縁が無いので仕方が無いですよ……でも、ぴーすけが慰めてくれます」

    アリス「ぴーすけ? あ、ペット飼ってるんだっけ」

    早苗「そうです! 結構食欲旺盛で可愛いんですよ~」

    そう、ぴーすけがいるから別に一人でも寂しくないのです!
    まぁ半分は強がりでもあるけど、暫くは仕事が大変そうだしこの方が気も楽かなとは思ってる。
    誰かと一緒に過ごすってそれはとっても素敵なことだとは思うけど、反面気を遣わなきゃいけない部分も沢山あるだろうし。

    アリス「私も飼ってるけど、良いわよねぇペット。癒しがあるっていうか」

    早苗「そうそう、そうなんです! こう、見てるだけで満足です!」

    アリス「わかるわぁ。休みの日なんか気づいたらそれで一日終わっちゃうし」

    早苗「ほんとですよー! そういえばアリスさんは何を飼われてるんです? 犬とかですか?」

    アリス「うちはまぁ、うん、そんな感じかな」

    早苗「わんちゃんいいですね!」

    アリス「ああうん、犬じゃないんだけどね」

    早苗「ふぇ? そうなんです?」

    犬じゃないけど犬みたいな感じ……プレーリードッグ的な? よくわからないけど。

    早苗「って、あれですよ、そろそろ行かないと遅れちゃいます!」

    アリス「あ、引き止めてごめんなさいね」

    早苗「いえいえ! またお話しましょう! では、またです」

    アリス「気をつけてね~」

    油断するとすぐ話し込んじゃうのは私の悪い癖。
    ペットと戯れている時間もそうだけど、楽しい時間というのはほんとあっという間に過ぎるから困る。



    社宅のある町からバスに乗って一時間、そこから更に歩いて一時間。そんなとても辺鄙な場所に、私の職場『守矢神社』はある。
    バスで行き着いた先は小さな集落みたいなところなんだけど、公共交通機関はそこまでしか通ってないから、神社まではそこから更に歩かないといけないのがまた辛い。
    小さな集落とは言ったが、人口規模が小さいというだけで、広さはかなりのもの。山の中にあるんだけど、まぁ言ってしまえばその山まるまるがこの集落ってことになるのかな。
    中でも神社は更に山の奥のほうにあるから、ほんと出社するだけで一苦労だ。

    早苗「おかげで運動不足にはならずにすみそうですけどねぇ……」

    さて、この神社、うちの協会で主要となっているだけあってかなり大きい。
    こんな奥まった所にあるせいか地元の人くらいしか参拝客もほとんど来ないけど、かなり重要な立ち位置にあるため並大抵の神社とは色々と比べ物にならない。
    それは例えば、境内。
    ここで行われる祭事や神事を考慮してのことか、おそらく三千坪は軽くあるだろう。
    だが意外にも本堂はそう大きいものではないのが面白いところ。社務所などがすぐ近くにあるから、総合してみればまぁ大きいわけだけど。
    他にも、公民館代わりに使われているのかちょっとした広間のある建物があったり、私の勉強不足か何があるのかさっぱりわからない建物なんかも本堂裏にあって、神社全体としては相当な広さを誇っているのだ。

    早苗「……朝のうちに終わるかなこれ」

    こんな広い神社で今は掃除をしているわけだけど、全く終わりが見えない。というか、掃除してるの私一人だし。更に言えば、研修生も私一人だし。
    研修と言うからにはいろんな勉強をすることになるんだろうけど、ここへ来て二週間、いまだにそれらしい研修を受けていない。
    というか、掃除と簡単な行事確認、参拝客の対応くらいしかまだやらせてもらってないんだけど……

    諏訪子「今日も申し訳ないねぇ。うちの神社はこんな辺鄙な所にあるから通勤だけでも大変でしょ」

    早苗「あ、いえいえ」

    朝のうちにどう終わらせるか……いや、朝のうちにどこまでできるかを考えていると、本堂の方から声をかけられた。
    洩矢諏訪子先輩……私の、この研修先での上司である。
    私をここへ派遣してくれた直属の上司である八坂神奈子先輩と仲がいいらしく、実はその方面からの推薦だったらしい。
    八坂先輩は所謂会社の重役で各神社の神事から行事に至るまで全ての統括を行っている。洩矢先輩も重役の位置にいるそうだが、ちょっとどういう方なのかまだよくわからない。
    以前八坂先輩に洩矢先輩の事を聞いてみたが、何故か知らないけどはぐらかされてしまった。
    もしかして会社の闇に関わる人だったり……なんて邪推してみたりすると楽しい。まぁホントに知りたければ本人に訊けばいいんだけど。

    早苗「大変じゃないと言えば嘘になりますけど、だからって手抜きな仕事はしませんよ!」

    諏訪子「今年の娘は元気があっていいね。最近の子は頑張ることを知らないから辟易してたところなんだ」

    早苗「そうなんです?」

    諏訪子「それぞれだけどね。去年来た子は、成績こそ優秀だったけど、正直内面はあんまりだったからね」

    神社に勤務しているからといって、誰もが常に清く正しい人間であるとは限らない。
    勤務というだけあって、これもひとつの仕事でしかない。給料をもらうための手段でしかないと考えている人もいるだろう。
    勿論それは間違ってない。間違ってないが、なんだか悲しくもあると私は思う。

    諏訪子「誰しも、自分の罪に気づいて無い事が多いのさ。だから、恨みをかう事になる」

    そう言って洩矢先輩は本堂の方を見た。
    気のせいか、少しだけ空気が重くなったような気がした。

    早苗「……祟り神、でしたっけ」

    諏訪子「そうだよ。といっても、今じゃこの辺のお年寄りくらいしか信仰してくれてないだろうけど」

    早苗「風化しちゃってるんですか……」

    諏訪子「時代が進めばね、仕方ないね。でも、立て続けに悪いことが起きたりしたら、祟りなんかを疑いたくもなる時ってあるでしょう?」

    早苗「まぁ、それは確かにありますけど」

    本当にちょっとしたどうでもいいことでも、冗談半分に祟りだーとか思ったりすることだってある。
    科学が進歩した現代でも、そういうのってどこかに根付いているというか、誰の心の中にも多少はあるというか。

    諏訪子「その昔、どこにでもあったように、この町も集落も雨に関する被害に悩んでいた」

    諏訪子「でもこの界隈は非常に難儀な地帯でね。昔は夏になると雨がほとんど降らない事もよくあって、そのたびに雨乞いの儀式を行ったもんさ」

    諏訪子「だけどほら、ここは山々の谷になってるでしょ。だから、雨が降っても大雨になれば洪水が起きたのさ」

    諏訪子「そのたびに田畑や家々は流されて、沢山の人が死んだ。昔は今みたいにあちこち簡単に引っ越せなかったからね、災害が酷くてもこの地で生きるしかなかったんだよ」

    早苗「とても辛いですね……」

    諏訪子「雨が降らなきゃ生きられない。けど、降りすぎたら死んでしまう。とてもデリケートな土地だったんだよね」

    諏訪子「いつしか人々は、災害が起きるのは祟り神の怒りにふれたせいだと言い始めてね。ここに祀られていた神様を蔑ろにする事があったら災害が起きるという事になったのさ」

    早苗「なった、って事は本当は祟りの神様じゃないってことですか?」

    諏訪子「複雑な質問だね、でも至極ご尤もな質問だ」

    早苗「?」

    なんだか難しい話が始まりそうだ。思わずちょっと身構えてしまう。
    でも、こういう話が聞ける方がなんだか研修っぽい。ていうかもしかして、既に研修は始まってる、ってやつ?

    諏訪子「そもそも祟りって何だと思う?」

    早苗「えっ……それは、悪いことが起きるとか、そういう事、ですよね?」

    諏訪子「曖昧だけど、間違ってはないね」

    諏訪子「自然災害はその最たる例だね。わかりやすく言うなら、起こる事は理解できるけどどうにもならない悪い事、と言えるね」

    諏訪子「大雨で洪水が起きてしまった、雷が落ちて家が燃えてしまった、台風が来て全て飛ばされてしまった……当時こういう事象はすべて、祟りによるものだと考えられていた」

    諏訪子「さて問題だけど、その自然災害は祀られている神様が引き起こしたことだと思う?」

    早苗「それは、う~ん、どうでしょう……気象的な事はあまり知らないですけど、きっと神様がいてもいなくても、それは起きる気がします。あ、いや、私が言うのもなんですけど」

    諏訪子「ふふ、そうだね。でも、私もそう思うよ。なら、どうして祟りだなんて言うと思う?」

    早苗「何かに縋りたいから……どうしようも無い事に説明をつけたいから、人々のある種の拠り所になるため、ですかね」

    諏訪子「うん、良い回答だね。勿論それが全てじゃないし祟りに限った話じゃないけど、だから信仰は生まれるんだよね」

    諏訪子「なら少し視点を変えるけど、人と神の違いってなんだかわかる?」

    早苗「えっ、それはもう、何から何まで色々と違いそうですけど……」

    諏訪子「まぁそうなんだけどさ……例えば、早苗が突然殴られたらどうする?」

    早苗「どうって、怒りますけど……」

    諏訪子「それは神様も同じだと思わない?」

    早苗「蔑ろにされたら、って事ですか?」

    諏訪子「それも一つだね」

    早苗「え、じゃあ言い方は悪いですけど、悪い事された仕返しが祟りっていう?」

    諏訪子「そう考えるのが自然なんだけど、うちはちょっと違う面もあるんだよね」

    諏訪子「殴られたから殴り返す。蔑ろにされたから災害を起こす。一見これらって似てるけど、絶対的に違う所があるんだよ」

    早苗「人災と自然災害って事ですか?」

    諏訪子「ううん、ちがうよ。それは手段の相違であって核心じゃない」

    早苗「うーん、私にはまだわからないです……」

    諏訪子「人はね、自分で道を作るでしょ? 殴られたからこれから殴り返してやろうっていう未来を、人生を選択する」

    諏訪子「対して、神は『見守る』んだよ。沢山の人生を、運命をね」

    早苗「見守る、ですか。でも、それと災害とどう繋がるんですか?」

    諏訪子「神は自分で手は下さない。災害の起きる未来を見守る、それこそがこの神社の『祟り』なんだよ。『バチが当たる』って言葉にも通じるところがあるね」

    早苗「よく、わからないです」

    諏訪子「現象には必ず理由がある。祟りだと思ったら、自然災害だと思ったら、それは人災だったかもしれない」

    諏訪子「全ての事象は巡り巡っている。一つ事を起こせば、いつか自分に返ってくる……人はどうして、『祟り』なんて言葉を作ったんだろうね」

    早苗「???」

    諏訪子「あはは、祟りと言ったり人災と言ったり、支離滅裂な話に聞こえてるだろうね。それでいいんだよ。そこから先は、そうだね、宿題かな」

    洩矢先輩の言ってること、わかるような気はするけど、いまいち言葉に表すことができそうにない。
    信仰はそれぞれに様々な考え方や理念があるわけだけど、どうにもこの神社のそれでさえまだ私には難しいみたいだ。

    諏訪子「ふふ、問題は多い方がいいからねぇ。もう一つ、別な話をしようか」

    早苗「まじですか」

    諏訪子「まじまじ。バタフライ効果って知ってる?」

    早苗「蝶が羽ばたけばどこかで竜巻が起きるかもっていう、あれですか?」

    諏訪子「そうそう、それそれ」

    諏訪子「ほんの些細な事が後に大きく影響して何かを引き起こす、ってやつね」

    早苗「……もしかしてその『流れ』が祟り、っていう事ですか?」

    諏訪子「ふふ、もしかしたら、早苗が暑いと重って思って団扇で扇いだ風が隣町で台風になってしまうかもね?」

    早苗「ええっ、じゃあ団扇使わないようにしないと……」

    諏訪子「いや、流石に冗談だよ、うん」

    諏訪子「けど、火の無いところに煙は立たない。何か発端が無ければ、祟りは起きないからね」

    諏訪子「『祟り』っていうものがどういうものなのか……うちの信仰に絡めて考えてみてよ」

    早苗「はい……」

    研修らしい話をしてもらったはいいが、考えてもすぐに答えを出せそうにない。悔しい。
    もしかしたらこの研修の一番大きな目的は、こういった思想的な部分にあるのかもしれない。
    私に答えを出すことができるだろうか……ううん、果たしてはっきりした答えを出す必要があるのかすら、今の私じゃ判断もできないよ。

    諏訪子「さ、勉強もいいけど、それだけが人間の本分じゃないからね」

    早苗「ふぇ?」

    諏訪子「ふふふ、勤勉な君にはご褒美をあげる。今日飲みに連れてったげよう!」

    早苗「の、飲みに?」

    急に話が変わって反応が遅れる。
    真面目な話から急に一転されると弱いのが私のだめなところ。ギャップに弱いってやつ?

    諏訪子「町の方に良いお店があるんだよ。料理も美味しいし、予定とかなかったらどう?」

    早苗「いいんですか! あ、でも……」

    諏訪子「やっぱり予定ある? もしかして彼氏とか?」

    洩矢先輩がにやにやと不適な笑みを浮かべている……が、残念だけどそういう浮いた話じゃない。

    早苗「いえ……その、家でぴーすけ、あ、いや、ペットを飼ってまして」

    諏訪子「ふむ。餌の事とかか」

    早苗「はい。出かける予定にしてなかったもんですから、何も準備してないですし」

    諏訪子「うーん、なら仕方ないか」

    早苗「すみません、折角お誘いいただいたのに……」

    諏訪子「いいよいいよ。その代わりさ、今度社宅行かせてよ。その時に飲も」

    早苗「はい、是非!」

    神職というと堅いイメージしかないかもしれないが、プライベートは案外ラフなものである。
    勿論人道を踏み外したようなことはしないが、飲みに出かけることはあるし休日にぐーたら寝てることだってある。
    人間だもの。

    諏訪子「でも、そっか、ペットか……」

    早苗「あ、社宅ってペットダメでしたっけ?」

    諏訪子「ううん、別にいいんだけどさ……ちょっと、ここいらではあんまり良くない話があるからね」

    早苗「良くない話、ですか……」

    なんだろう、そんな事を言われると飲みの話で緩んだのにまた身構えてしまう。
    心なしか、再び一段と空気が重くなった気がした。

    諏訪子「早苗はまだここに来て二週間だし知らないと思うけど、この辺りって結構物騒な事件が多いんだよね」

    早苗「事件、ですか」

    諏訪子「うん。一番大きいのは、ニュースか何かで見たかもしれないけど、二年前と今年の春に起きた殺人事件」

    早苗「殺人事件……」

    殺人事件のニュースは、悲しい話だが、たびたびテレビでやっている。
    二年前と言うと確か、どこかの田舎町で猟奇殺人事件があったというニュースを見たと思う。今年は二年目にして二件目だかでちょっとした特集が組まれてたような……

    諏訪子「脅すわけじゃないんだけど、かなり酷い殺され方をした事件があってね。犯人は今でも捕まってないらしい」

    早苗「そ、それがこの町で……?」

    諏訪子「うん。あれから関連する事件は起きてないらしいけど……他にも殺人事件は起きてるし、最近じゃペット誘拐事件なんてのも起きてる」

    早苗「ペット誘拐……?」

    諏訪子「うん。本題はこっちなんだけど、この界隈ではペットが行方不明になる事件が長期に渡って起きててね。時期も頻度もばらばらなんだけど……」

    諏訪子「最初は逃げただけなんじゃないかって相手にしてもらえなかったけど、このところ立て続けに起きてるから警察も重い腰をあげてくれたみたいだよ」

    早苗「誰かが盗んでるって事、ですよね」

    諏訪子「かもしれないし、逃げちゃっただけかもしれない。真相はわからないけどね。だから早苗も気をつけてね」

    早苗「はい……」

    どんなニュースでも、なんとなく自分のことじゃないからと思って真剣に見る事は少ない。
    真剣に見たとして、今の自分にできることなんて結局のところあんまりなかったりする。
    だからたいていの事は『怖いな』とか『物騒だ、気をつけないと』って思うくらいで終わってしまう。
    だが、今回の件はそうもいかない。私の大事なペットがいなくなってしまう……そんなの、考えただけで嫌!
    私の大事な大事なペット。大事な大事なぴーすけ。もし盗む奴なんていたら、なんとしても見つけ出して始末してやりたい!

    早苗「…………」

    ……それくらい、真面目に考える必要がある。
    ただ、私のペットは室内で飼えるものだし、社宅だからセキュリティは普通の家よりも頑丈だ。そう簡単に盗まれることはないと思うけど……
    なんか、嫌だな、そういうの。

    諏訪子「そうそう、もう夏も深まってきてるし日も高いけど、仕事終わったら早く帰りなよ。この辺は人通りも少ないから危ないし」

    諏訪子「例の、二年前の事件もこの近くだし……何かあってからじゃ遅いからね」

    早苗「は、はい」




    そんなわけで、私は定時より一時間早くに退社することとなった。
    私は研修の身というのもあるが、もとより洩矢先輩はあの神社に住んでいるらしく無人になる事がないため、彼女の裁量で仕事を調整できるのだとか。
    それなりに気がかりなのは、早く帰っちゃったらお給料減るんじゃないかって事だけど……うーん、複雑。

    早苗「あら?」

    ふと、バス停までの帰り道を歩いていると、神社とは違う方の山に伸びている道を見つけた。
    今までは職場へ通う事に慣れるのに精一杯でこの辺りをゆっくり見回すことなんてできなかったから、ここにこんな道があるなんて知らなかった。
    その道は山道になっているみたいだが、バリケードがしてあって封鎖されていた。
    近くに立て看板がある。私は、興味本位でそれを覗いてみることにした。

    【ここで起きた猟期殺人事件を追っています】
    【情報をお持ちの方、どんな些細な事でもかまいませんので、以下にご連絡ください】
    【○○警察署】

    どうやらこの向こうに、二年前の事件の現場があるらしかった。洩矢先輩が言っていた、とても酷い事件の……

    早苗「ほんとに、神社の近くなんだ……」

    テレビで現場の映像を見る事はあっても、こうして実際に現場を間近で見る事なんて滅多にない。
    というか、殺人事件の現場を通りかかったとしても、そこをそれとして認識しないで通っているため何かを感じる事すらないのが大抵だ。
    だがここは、おそらく事件があった当時のまま封鎖され、そのままになっている。
    ここから現場が見えるわけじゃないけど、こんなにも生々しい空気が流れているのかと、思わず自分の肩を抱く。
    鳥肌が立つ感触……心なしか気温も下がったような気がする。
    犯人は今も捕まっていない。もしかしたら、このすぐ近くにいて、通りかかった人を襲うなんてことも……

    声「あら、早苗さん?」

    早苗「ふぇ!?」

    こんな場所で突然声をかけられたもんだから、驚いてその場で飛び上がってしまった。
    勢い良く振り向くと、そこにはアリスさんが立っていた。手には何故かハンドサイズのスコップを持っている。

    アリス「あ、ごめんごめん。驚かせちゃったわね」

    早苗「あ、アリスさん……もう、びっくりしましたよ!」

    アリス「まぁ、こんな場所だからね……」

    早苗「アリスさんも事件のことご存知なんですね」

    アリス「早苗さんも知ってたの?」

    早苗「今日先輩に聞きました」

    アリス「……ふうん、そう」

    そう返事するアリスさんの声は、何故か小さく短かった。

    アリス「……ねえ、事件の事どれだけ聞いたの?」

    早苗「えっと、酷い殺され方をしてたってくらいしか」

    アリス「そっか。じゃあほとんど知らないのね」

    早苗「アリスさんはご存知なんですか?」

    アリス「え、ええ、それなりには。前も言ったと思うけど、この町や近辺の事を色々調べるのが好きだから、そうするとどうしても、ね」

    そういえばアリスさんは色んな町の歴史を調べたりするのが趣味だと言っていた。
    それぞれの町に根付いた文化や習慣を見ていくことで、その地の未来が見える……とかなんとか。
    この町の事を調べているのなら、当然この町であった事件なんかも知る事になる。ごく最近のことはどうだかわからないけど、二年前くらいのことならば、調べていてもおかしくはない。

    早苗「……?」

    ……調べる? 事件を? どうして?
    そういう話は流石に調べたりはしないのだろうか。町の歴史に強く刻まれてしまった事件といえばそうなのだろうが、果たしてそれが彼女の趣味の一環になるのか……うーん?

    早苗「……どんな事件だったんですか?」

    アリス「どうして?」

    早苗「あ、いや、皆さんご存知みたいですし、ちょっと気になって」

    アリス「ちょっと気になる程度なら知らないほうがいいわよ」

    早苗「そう、ですよね」

    こういう話を創作物と混ぜて考える事には賛否ありそうだが、こういう事件に関わると自分も被害者になってしまうとはよくある話だ。
    ましてや、こんな田舎町で起きた殺人事件……そういうお話は漫画やドラマで沢山見てきた。
    創作で見てきたとはいえ、『自分がそうなる可能性』は充分にある。

    アリス「あまりこういう事に首を突っ込まない方がいいわ」

    早苗「はぁい」

    アリスさんにも釘を刺されてしまった。
    まぁ、こんな怖ろしい事件に関わろうなんて思ってもいないし、それより私はペット誘拐事件の方が気になる……
    あ、それこそ、アリスさんに訊いてみよう。

    早苗「アリスさん、ペット誘拐事件知ってますか?」

    アリス「ペット誘拐? それって、この辺りで起きてるの?」

    早苗「ご存知なかったですか」

    アリス「それは知っておきたいわね……こんなところじゃなんだし、町へ戻ってお茶でもしながら聞かせてもらえる?」

    早苗「はい」



    町へ戻り、近所のカフェでアリスさんと早めの夕飯を食べながら例の話をすることにした。
    夕飯をカフェでというのもなんだけど、若い女の子だし赦されるよねってことで。

    アリス「つまり、誰かが誘拐して回ってるんじゃないかと」

    早苗「です。だから、アリスさんも気をつけたほうがいいです!」

    アリス「でも、逃げちゃったのだとしたら、単なる偶然でしょ?」

    早苗「そうかもしれませんけど……盗難だったら怖いじゃないですか」

    アリス「まぁ、ね。うちは大丈夫だけど、早苗さんのところは? ぴーすけ大丈夫?」

    早苗「どうでしょう。珍しい種ですし、簡単にかごごともっていけちゃいますしね……だから余計に怖いです」

    うちのぴーすけは、私にはよくわからないんだけど、どうやら相当な価値のあるペットらしい。
    私としては珍しいとかどうでもいいけど、ここに価値を見出す人は沢山いそうではある。

    アリス「珍しい種ね……置いてる場所大丈夫? どこに置いてるの?」

    早苗「リビングです。部屋に入られたらすぐに気づかれちゃいますけど……」

    アリス「あ、でも社宅か。セキュリティもしっかりしてそうだけど、その辺どうなの?」

    早苗「大丈夫と思いますけど……」

    それでも心配が尽きることはない。もしも、を考え出すとキリが無いのも確かなんだけど。
    大事なペットのことなんだ、どれだけ心配したって足りるなんてことはない。
    とりあえず、帰ったら社宅のセキュリティをきちんと確認しておかなくちゃ。

    アリス「盗難じゃない事を祈るしかないわね。警察は動いてるのかしら」

    早苗「一応捜査はしてくれてるみたいですよ」

    アリス「地元警察かな……所轄の一部の担当になってそうね」

    早苗「しょかつ?」

    アリス「ううん、なんでもないわ。ま、用心するしかないわね」

    早苗「ですね」

    けど、警察の人なんて町中で見たことないし、パトロールとかちゃんとしてくれてるのだろうか。非常に心配。

    早苗「ところでアリスさん、どうして腕に綿みたいなのしてるんです? 予防接種ですか?」

    アリス「あぁこれ? 献血に行ってたのよ」

    早苗「えっアリスさん献血趣味なんですか?」

    アリス「どうして趣味になるのよ。不定期だけど、たまに行くのよ」

    早苗「ほえ~、すごいですね。私もそういう事したほうがいいのかな」

    アリス「強制されてやることじゃないし、やろうと思ったときで良いと思うわよ」

    早苗「ですよね」

    この辺りで献血ができるっていうと、八意病院だろうか。大きな病院だけど、この辺りでできそうなのってそこしかない。
    献血をしようなんて思ってみたこともないけど……地域貢献も大切なことだよね。
    神社で働くから巫女だからと思うつもりはないけど、誰かのためになる事って少しずつでもやっていきたいと思う。

    アリス「あ、そうそう。今度うちでクッキー焼こうと思うんだけど、よかったら一緒にどう?」

    早苗「え、あ、えっと、一緒に作るって事ですか?」

    アリス「ええ。材料買いすぎちゃって、一人じゃそう頻繁に使うこともないし、よかったらと思って」

    早苗「お邪魔でなければぜひ! 一人暮らししてる間に料理とか色々覚えていきたいですし、ちょうどいいです!」

    アリス「よかった。それじゃあ、今度の休みの日にうちにおいで。次はいつが休み?」

    早苗「ええと、四日後が直近ですね。大丈夫ですか?」

    アリス「うん、その日なら私も空いてると思う。もし急に無理になったら連絡するから」

    早苗「はい!」

    一転して、楽しい話題になる。
    洩矢先輩もそうだけど、ここの人たちは最後に楽しい話を持ってきてくれることが多い。
    ……もしかして私、気を使われてる?



    声「あ、ちょっと」

    早苗「ふぇ?」

    アリスさんと別れ、社宅に入ろうとしたそのとき、急に声をかけられた。
    この辺りの人は急に声をかけるのもステータスの一つなのだろうか。振り向けば、私よりもちょっと背の低い女性が立っていた。

    少女「今の人、お隣のアリスさんだよね?」

    早苗「え、いきなり何ですか?」

    少女「あ、これは失礼。私、こういう者なんですけど」

    怪訝な顔をする私に、相手は名刺を渡してきた。

    早苗「古明地、こいし……」

    こいし「一応探偵やってるんだよ。それで続きだけど、今のアリスさんだよね?」

    早苗「教える義務、ありませんよね」

    こいし「ありゃ、思ったよりも慎重だな……」

    古明地こいしと名乗る自称探偵さんは頭を掻いて明後日の方を見る。
    急に変な事を訊かれたせいか、自分で言うのもなんだが、私にしては珍しく警戒して他人と接している。
    だって、胡散臭いんだもん。

    こいし「別に怪しい者じゃないんだ。探偵なだけに、ちょっと調べごとをしててね」

    そう言って探偵さんは手に持っている懐中時計の蓋を閉め、ぱちりと音を鳴らした。

    早苗「そうなんですか。でも、私に答えられる事は何もありませんよ」

    こいし「いや、うん。まぁさっきの人がアリス・マーガトロイドなのはわかってるんだけど……」

    ならどうして訊いたんだ、という言葉が咽喉まで上ってきていたが、呑み込んだ。

    こいし「彼女、事件について何か話してなかった? どの事件の事でもかまわないんだけど」

    早苗「事件って言われても……アリスさん、何か疑われるような事してるんですか?」

    こいし「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。うーん、核心を漏らさず話するのって難しいなぁ……」

    早苗「よくわからないですが、私家に戻りたいんですけど」

    こいし「そう言わずにさ、コーヒーおごるし」

    早苗「今しがた飲んできましたが」

    こいし「おうふ」

    なんだかとっても怪しい。
    この人が本当に探偵であるかどうかも含め、言動から何からまるで信用できるものではない。
    本当に話が聞きたいのならもっと上手なやり方とかありそうなものだが……そういうの苦手なのかな。まぁどうでもいいけど。

    声「また怪しい事をしていますの?」

    こいし「げ、出たな……」

    今度は探偵さんが後ろから声をかけられていた。
    来る人来る人、後ろから声をかけられる。なんだか面白い。これも一種のバタフライ効果というやつなのだろうか。いや、全然違うか……
    さて、探偵さんの後ろに現れたのは和服の美女だった。すぐ傍にはスーツを着た男女が五人、彼女を中央に挟むようにして立っている。
    ……なんか穏やかじゃないんですけど。早々にこの場を去りたいんですけど。

    こいし「何も悪い事してないのに、どうして注意されないといけないかな」

    美女「何を嗅ぎ回っているか知らないけど、あまりオイタが過ぎるとどうなっても知らないわよ?」

    こいし「ほう。それは暗に『殺す』とでも言ってるのかな?」

    美女「そんな物騒な事、私がするわけないじゃない」

    こいし「そうだね、『あんたは』しないね確かに」

    美女「でも、不幸な事故ってあるものね。もしそうなったら、残念よね、かわいそうよね」

    こいし「不幸な事故、か。まいったなこりゃ」

    どう見ても険悪なムード……というかこれ、もしかしなくても美女の方々ってその筋の怖い人たちだと思う……
    早くこの場を去りたいけど、おそらくはボディガードなのだろう五人のうちの一人が私を睨んでいるから無闇に動けない。
    ああもう、なんでこんなことになってるの……

    側近「輝夜様、そろそろ……」

    美女「なぁに? もうそんな時間なの? また退屈が来るのね、仕方ないわ……」

    こいし「忙しいみたいだね。私なんかにかまってる場合じゃなさそうだ」

    美女「そうね、私は暇じゃないもの。だけど……」

    美女「お前の動きは常に把握している。それだけは、ゆめゆめ忘れないように」

    最後に美女(輝夜と呼ばれていた気がする)は冷たい笑みを浮かべて探偵さんを一瞥し、ボディーガードたちに囲まれて歩いて行った。
    私も探偵さんも、彼女たちが見えなくなるまでじっとその後姿を見つめていた。

    こいし「……ふう、まいったねこりゃ。こわいこわい」

    早苗「……何なんですか、今の人たち」

    こいし「ご存知ない? 蓬莱会の会長さんだよ。わかると思うけど、私と話してた真ん中の女が会長の蓬莱山輝夜」

    早苗「蓬莱会……」

    どこかで聞いた事があるような……もしや、この町の権力抗争なんかをやり合ってたっていう家の一つだろうか。
    この町は名家たちがもみ合っていた関係で、田舎特有の仲のよさが窺い知れないとは聞いていたけど……

    こいし「知らなくもない、って顔だね。でもまぁ、親切な私が教えておいてあげよう」

    言い方はなんとなく気に入らないが、情報を持っておくのは悪くないだろうと思い、黙って説明を促す。
    そういう話に興味なくもないし。

    こいし「この町はね、戦後くらいからずっと西行寺家の支配を受けていたのよ。いや、支配と言うと聞こえが悪いかな」

    こいし「まぁほとんどの家が合意した上で、西行寺が牛耳ってたのね」

    昔は、力のある家が集落や村なんかを統括していたという話はたまに聞く。ここみたいな田舎町だと、そういう支配関係が今でも残っているのだろう。

    早苗「でも、さっきの人は西行寺家の人じゃないんですよね?」

    こいし「うん。彼女たちは後からここに来た人たちなんだけど、さっきの言い方で言えば、今ここを支配している家って事になるかな」

    早苗「……抗争に打ち勝ったって事です?」

    ああ、何で私はこんな話を真剣に聞いてるんだろう。
    でも、何でだろう、一年で離れてしまうだろうこの土地の話を、もっと知りたいと感じてしまう。
    以前アリスさんにここの風土とかの話をしてもらったから、自分でも気づかないうちに興味を持ってしまったのだろうか。

    こいし「表向きはそうなってるね。ただ、権力抗争で血を見たという報告は、実はないんだよね」

    こいし「西行寺も先代が亡くなってから代替わりして、西行寺幽々子が今の主となった。でも彼女は抗争を好まず、戦線離脱を表明した」

    こいし「正確な理由は不明だけど、そのおかげでこの界隈を牛耳る人物はいなくなっちゃったんだよね」

    早苗「蓬莱会に譲ったんじゃないんです?」

    こいし「あ、うん、そうなんだけどね。その辺の詳しいことは事実関係がわからないんだ」

    こいし「表向きは、西行寺の頭首である幽々子嬢が蓬莱会に牛耳権をゆだねたことになってるんだけど……色んな噂が飛び交っててね」

    こいし「病気にかかって実は死んでいるとか、長らく旅行に出かけているだけだとか、狙撃の腕を買われてどこか遠く離れた地で活躍しているとか」

    こいし「中でも強烈なのは、西行寺が犯した罪を蓬莱山が知っていて、それを脅しに使って抗争に勝った、ってやつかな」

    早苗「強烈、です? よくある話じゃないですか?」

    私の勝手なイメージだけど、力を持ってる人っていうのはそれなりにスキャンダルになりそうな事も持ってるもんだと思う。
    酷ければそれが人を殺めるような犯罪行為である場合もあるだろうし、不正献金問題みたいなドロドロしたものの場合もあるだろう。
    内容は勿論強烈だけど、そういうのって言ってしまえばよくある話であって、それを聞いたところで特に強烈な印象ってないけどな。

    こいし「あはは、流石都会から来た人は違うなぁ。まぁあくまで噂だしね。ただ、それを裏付けるかのように、幽々子嬢は離脱してから姿を見せてないんだよね。庭師であり実質ナンバー2である魂魄妖夢はよく姿を見るんだけど……」

    早苗「まさか、実際は武力行使したとか……」

    こいし「そういう噂もある。西行寺幽々子は蓬莱会に狙われて今も危篤状態なんじゃないか、あるいは死んでしまったんじゃないかってね。けど、話を聞こうにも私程度が立ち入れる問題じゃないし、西行寺家はあれから沈黙を守り続けてるから、何があったかは当事者たちしか知らないんだよ」

    早苗「ふーん……色んな問題があるんですね」

    こいし「まー表には出てこない問題だからね」

    早苗「そんなことも無いんじゃないですか? 家柄関係における隣人トラブルを避けるために、隣人とはあまり仲良くしないみたいな空気ができちゃってるみたいですし」

    こいし「君はなかなかに鋭いなぁ。誰からそういう話を聞いたのか、是非教えてもらいたいもんだよ」

    誰から聞いたかといえば勿論アリスさんだが、それを言う必要はないだろう。

    早苗「あの、そろそろ帰ってもいいですか?」

    こいし「は?」

    早苗「え、ちょ……きゃっ!」

    ドン!

    社宅に入ろうとすると急に探偵さんが豹変して、私を建物の壁に押し付けて脅してきた。
    両手を私の顔のすぐ横で壁につけ、息がかかるくらい顔を近づけて私を威嚇する。

    こいし「あのね、話聞くだけ聞いてはいさいなら、ってのは酷くないかな?」

    早苗「な、何なんですか……」

    こいし「蓬莱会の話をしたんだ、こっちの質問に一つくらい答えてくれてもいいんじゃない?」

    そっちから喋ってきたのに何を勝手な……
    やっぱりこいつ、探偵なんかじゃなくて、さっきの人たちみたいに怖い系の人なんだ……!

    こいし「何も何かの犯人だと疑ったりしてるわけじゃないんだし、気軽に答えてくれればいいんだよ」

    早苗「……何を答えればいいんですか」

    こいし「答えてくれるか、うん、ありがとう」

    声色を戻してありがとうと言ったが、拘束を解く気はないようだ。
    逃げることもできなくはないかもしれないけど、自宅をおさえられてるしここで逃れてもきっと意味はない。
    もしかしたら、毎日執拗に家の前で待ち伏せをするかもしれない。
    だったらできるだけ穏便にこの場をやり過ごすしかない……

    こいし「お隣のアリスさんだけどさぁ、事件に何か関与……ううん、はっきり言うけど、二年前が発端の猟奇殺人事件に何か関係してたりしないかなぁ?」

    早苗「二年前……」

    まただ。今日だけでその話を三度も聞いた。
    犯人は捕まってないらしいし今でもその脅威はこの町を支配していると洩矢先輩は言ってたけど……この人、まさかアリスさんを疑ってるんじゃ……

    こいし「あれ? 事件の事知らない?」

    早苗「噂で聞いた程度です」

    こいし「噂ね。概要くらいは知ってそうだけど……実はあの事件、公開されてない情報ってのが結構あってね。中には結構重要そうな手がかりもあるんだよ」

    早苗「……貴女はそれを知ってるんですか?」

    こいし「幾らかはね。これでも警察に知り合いがいるもんで」

    警察に知り合い? もし本当にそうなのだとしたら、この人は本当に探偵で今でも事件を追ってるっていう話……?
    いや、人の言うことを簡単に信用しちゃだめだ。ついさっき会った人の言うことなんて、政治家の発言と同じくらい信用できない。

    早苗「それとアリスさん、何か関係があるっていうんですか?」

    こいし「それが知りたいんだよねぇ。彼女、事件現場に何度か行ってるみたいでさ。もしかしたら証拠隠滅とかしてるのかなぁって」

    早苗「ふざけないでください。アリスさんはそんな事する人じゃありません」

    こいし「どうして? 誰だって、心の内には誰にも言えないような本性を隠してたりするかもしれないんだよ?」

    早苗「そもそも根拠も無いのに人を疑うなんて良くないと思います」

    こいし「あっはっは! 本当に根拠無しにこういう事言ってると思ってるの?」

    早苗「じゃあ、教えてください。どんな根拠があるっていうんですか。でないと質問には答えられません」

    こいし「ははっ、ほんと慎重だね。まぁいいよ」

    こいし「彼女ね、半年前にここへ越してきたらしいんだけど……実は一年前にも、更に言えば、事件が初めて起きた二年前にもここを訪れてるんだよね」

    早苗「…………」

    それは初耳だった。
    アリスさんはてっきりずっとここに住んでいるのだとばかり……まぁ今までそういう話題にならなかったから知らなかっただけなんだけど。
    この町に詳しいからそう思ってたんだけど、よく考えたらここの風土や歴史を調べてるんだから色んな事知ってて当たり前だ。
    けど、別にだまされてたわけじゃない。そういう話をしなかったというだけで、私が訊けばきっと普通に教えてくれるに違いない。

    早苗「根拠ってそれだけですか?」

    こいし「まぁほかにも色々あるけど……あんまり話せる事でもないしね」

    早苗「じゃあ、私も質問に答えます。知りません。アリスさんとは知り合ってまだ二週間ですし、私が見たところ貴女の言うような、事件に関与してそうな様子は全くありません」

    こいし「そっかそっか。何も無いか」

    何こいつ……最初は胡散臭いだけだったけど、次第に言動一つ一つにイライラしてくるようになってきた。
    早くこの人から解放されたい。できれば、もう二度と関わり合いになりたくない。

    こいし「…………」

    早苗「…………」

    それから暫く沈黙が流れた。
    探偵さんはどこか私を挑発するような目で見ているが、それに対して私はきっととても険しい表情をしていることだろう。
    いつまでこの状態が続くのか……このまま立ち去ろうと思った頃に、探偵さんが沈黙を破った。

    こいし「ま、何かあったら教えてよ。連絡先はその名刺に書いてあるから」

    早苗「そんな時が来れば、ですけど」

    こいし「来ると思うよ。こんな町に一年もいるつもりなら、ね」

    早苗「そうですか」

    もう今度こそ話は終わりだ。
    なんか、今日だけでものすごく疲れた。今まで、通勤こそ大変だけど楽しくやってきてたってのに、今日だけで随分と台無しにされた。
    でも、何かあれば連絡してくれと言うって事は、向こうからこちらに接触してくることはそう無いだろう。
    仮にあったとしても、私がここにいる一年の間に何度かあるくらいじゃないかな。そう願う。
    一年後には本社の方に帰るわけだし、それまでの辛抱……

    早苗「……え?」

    一年?
    そう、私はここへ研修に来ている。だからこの町にいるのはたったの一年だけだ。
    でも……

    私はそんな事、一言も言ってないんだけど……

    早苗「ッ!!」

    思いっきり振り向いた。
    首筋がミシリと音を立て、鈍い痛みが私を襲う。

    早苗「いない……」

    古明地こいしと名乗る探偵は、もうそこにはいなかった。

    早苗「何なの、あいつ……」

    ズキズキと痛む首を手で押さえながら、人通りのほとんどない町並みを眺める。
    変な話を立て続けに聞いたからだろうか、いつもは穏やかで美しく見えていた町も、今この瞬間だけは不気味で奇怪なものに見えてならなかった。



    その日の夜は、覚悟していたことだが、全く眠れなかった。
    もう妖怪たちが嬉々として活動を始めるような時間だろうが、通勤で疲れているはずの身体でも全く眠気が襲ってこない。
    目が冴える、とはこんな状態の事を言うのだろうか。ごくたまにそれで眠れないときはあるけど……

    早苗「殺人事件にペット泥棒……」

    早苗「怖いね、ぴーすけ」

    鳥かごに目をやり、困った表情で語りかける。
    返事は無いが、ぴーすけだって泥棒なんかにさらわれたくなんかないはずだ。

    早苗「ふう……」

    明日も仕事はある。
    起き上がってちゃ眠るチャンスも無いし、とりあえず横になってる事にした。

    早苗「なんで、こんなことになっちゃったんだろ……」

    今の今まで、たった二週間という短い期間の中ではあるが、殺人事件の話もペット泥棒の話も聞いたことすらなかった。
    けど、不思議なもので、一度それらの話を耳にすると、それから嫌というほど聞かされるようになる。
    もし今日、職場で洩矢先輩にあんな話をされなかったとしたら、帰りに現場の入り口で看板を見つける事も、変な探偵に絡まれる事もなかったんじゃないか。
    一つ何かが起きるとそれに続いてどんどん物事が進行していく……まさにバタフライ効果を実感してるような、そんな感覚(使い方これであってるよね?)。
    まるでドミノ倒し。一度倒してしまえば、後は何をしてもしなくてもどんどん次々に倒れていってしまう。

    早苗「……あれ? 今なんか、物音が聞こえたような」

    すぐ外から何かを落としたような音が聞こえた。何を落とした音か……考えてもすぐに思いつかない。
    けど、こんな深夜に誰かが外を歩いてる? 都会のほうならまだしも、こんな田舎町じゃ夜中に外を歩く人なんていないだろうに。
    現に、休日前に夜更かしした日だって窓の外に人影なんか見たこともない。

    早苗「誰かいるのかな……」

    気になって外を眺めてみるが、ここからだと暗くてよくわからない。
    でも、なんとなく窓の前に立って外を眺めるというのも怖い。そこで私は、窓の横に身体を寄せて、顔だけ出して外を見る事にした。

    早苗「誰もいない……いや、誰か歩いてくる」

    早苗「あれは……アリスさん……?」

    田舎町の闇の中を歩いているのは、隣人のアリスさんだった。あの格好、容姿、おそらく間違いないと思う。

    早苗「でも、こんな夜中に何を……」

    『他にも殺人事件は起きてるし、最近じゃペット誘拐事件なんてのも起きてる』

    『二年前の猟奇殺人事件に何か関係してたりしないかなぁ?』

    嫌な言葉がよぎる。
    洩矢先輩は、殺人事件の犯人は捕まってないしペット誘拐も起きてるって言ってた。そしてあの探偵は、アリスさんが事件に何か関与してるんじゃないかって……
    彼女たちの言葉を思い出しているうちに、アリスさんは自宅へ入っていく。

    早苗「ううん、何考えてるの私は。アリスさんが犯人なわけないし、それにさっき何も持ってなかったじゃない」

    もし彼女がペット誘拐なんかをしていたとしたら、その手には盗んだペットや犯行に使用する道具なんかを持っているはずだ。
    でも彼女はそういう物はおろか懐中電灯すら手にしていなかった。そんな人が、誘拐なんかできるはずがない。
    あの探偵の言う殺人事件の証拠隠滅の話だって、現場はここからすごく離れた場所にあるし、こんな時間じゃバスも通ってないんだからあの集落になんてロクに辿り着けるわけない。

    早苗「きっと何か用事でもあったんでしょう……」

    用事って、何の?
    いや、彼女だって私以外の人と交流があるはず。きっとその人の家に行っていて、帰りがとても遅くなってしまったとか、そういう事だろう。
    なんだか私アホみたい。あのわけわからない探偵の言う事と、二週間仲良くしてきたアリスさんと、どっちが信用できるのかって話。こんなの、比べるまでもない。

    早苗「……もう寝よう」

    寝られる保障はない。
    けど、布団に入って目を閉じていたかった。そうでないと、また何か私を悩ませるものを見てしまいそうだから……
    悩ませるものって、何?

    どうやら、今日は眠れそうにない。




    早苗「……はぁ」

    諏訪子「あれ、どうしたの? なんだか元気ないね」

    早苗「あ、すみません。そんなことないですよ、元気元気!」

    諏訪子「無理しなくていいよ。その様子じゃやっぱりもう、昨日の話は知ってるんだね」

    早苗「ふぇ?」

    昨日の話って、なんだろう。洩矢先輩の表情は嫌に暗い。

    諏訪子「社宅の近くだったんでしょ? 三つ向こうの路地だっけか」

    早苗「えっと、何がでしょう?」

    諏訪子「あれ? その話じゃないの?」

    早苗「その話って、何の事です?」

    諏訪子「昨日もペットが行方不明になった家があったって話だけど」

    ペットが行方不明に……?
    まさか、昨日もその事件が起きたって事? しかも、うちの近くで?

    諏訪子「あれ、違った?」

    早苗「その話、詳しく聞かせてください!」

    諏訪子「え、あ、うん」

    私たちは社務所に戻り、そこで話をすることにした。
    ここで働いているのは私と洩矢先輩だけだけど、境内にいたら参拝客の目につくかもしれないし。

    諏訪子「昨日の夜らしいけど、町で犬が盗まれたらしいね」

    早苗「それが社宅の近くだったんですか……何時ごろの話ですか?」

    諏訪子「そこまでは知らないよ。ただ、そういう話が流れてきたってだけで」

    早苗「そうですか……でも、犬だったら吠えられそうですけど」

    諏訪子「麻酔とか使ったんじゃないかな。それか、見知った顔ならすぐには吠えないだろうし……」

    諏訪子「でも、これまでには屋内のペットもいなくなってるらしいし、この辺に詳しい近所の人の可能性は充分にあるって警察の人は言ってたみたいだよ」

    早苗「近所の人……」

    諏訪子「もしかして心当たりがあるの?」

    早苗「あ、いえ……」

    だって、そんなはずはない。
    そんなはずは……ない、よね?

    諏訪子「鍵をあける技術なんかも持ってるかもしれないね。早苗のところは大丈夫? 実は社宅ってあんまり行った事ないから、状況よく知らなくて」

    早苗「表から進入するのは難しいと思います……でも、窓なんかはすぐ外に面してますし……」

    諏訪子「お風呂場なんかは窓あけっぱなしにしてたり鍵があいてたりする家も結構あるからね。その辺特に注意しないと」

    早苗「はい……」

    昨日、アリスさんは何も持っていなかった。
    犬を盗んだとすれば、どんなに小さな犬だとしたっても何かに入れるか抱えなければ運べない。
    だから、彼女は違う。というかそもそも、疑う必要なんてないんだ。私、まだどうかしてる。

    諏訪子「宅配業者とかも気をつけてみてた方がいいかもね」

    今の私にできることは、できるだけ戸締りとかに気をつけて自衛することだけ。
    犯人はきっと警察が捕まえてくれるし、町の治安が危なくなるようなら、昨日見たあの蓬莱会の人だって黙っちゃいないだろう。
    ……その蓬莱会が裏で手を引いているのなら、話は別だけど。

    諏訪子「全く、穏やかな町だっていうのに、どうしてここは事件が絶えないんだろうね。それだけが困った点だよ」

    早苗「そうですね……」

    だけど、周りがアテにならないと感じたらその時は、自分でなんとかするしかない。
    昨日の胡散臭い探偵じゃないけど、ペット誘拐事件についてはもう少し情報を集めてみてもいいかもしれないな……


    今日も特にこれといって研修と言えるような内容の無いお仕事だった。
    まぁ、今日は研修があったとしてもちゃんと聞いて理解できる自信はないけど……
    ぴーすけが心配だ。だからって仕事を放り投げて帰ろうとは流石に思わないけど、私も事件についてきちんと知る必要があると思う。
    そのためには、どうすればいいだろう。本屋で雑誌を買うとか、あるいは図書館みたいな所で事件の記事を探すのがいいかもしれない。

    早苗「うーん……あら?」

    考えながら箒を動かしていると、ふと視界の端に人影が映った。
    神社の外のわき道。ずっと森に向かって伸びている道の方に、女の子が立っていた。

    ミスティア「…………」

    ここからじゃ遠くて表情はよくわからないけど、道の真ん中にぽつんと立って辺りを見回している。

    早苗「誰だろ、近所の子かな?」

    特徴的な帽子をかぶった可愛らしい子だ。見たところ周りに友達らしき人はいないし、一人で遊んでいるのだろうか。ここから見た感じだと、どこか寂しげな気がしないでもない。
    私は同年代の子ともあんまり仲良く遊んだ覚えがないから、なんとなくその子の事が気になった。
    まぁ、友達と待ち合わせしてるとかだったらいいんだけど。

    早苗「あっ」

    けど、その子は突然森の方へと走って行ってしまった。誰かを待っていたわけじゃないらしい。

    早苗「あっちに遊び場でもあるのかな……」

    まだこの辺りのことは詳しくないからわからないけど、物騒な事件も多いわけだし、あんまり子供が一人で人気(ひとけ)の無い場所へ行くのは良くないな。
    どうしよう、追いかけてみようかな? ううん、普通に余計なお世話だよね。

    早苗「はぁ……掃除、なかなか終わりそうにないな……」

    諸々考えることは多いけど、まずは境内の掃除をなんとかしなきゃいけないな。
    情報を集めるために今日は時間を取りたいし、残業なんてことにならないようにしなきゃ。





    早苗「うわ、思ったよりおっきい……」

    今日は定時まで働いて、急いで町まで戻った。
    図書館になら事件の事が書かれてる新聞とか雑誌が置いてあるかもしれない……そう思って、町立図書館まで急いだのだ。

    少女「あら、もしかして図書館をご利用される方かしら?」

    早苗「あ、はい。えっと、まだ大丈夫ですか?」

    想像していたよりも大きな図書館に圧倒されていると、館長らしき人に声をかけられた。
    たしか、パチュリー・ノーレッジっていう人だ。部屋着みたいな独特な服装をしている。

    パチュリー「閉館までにはまだ時間があるけど、その準備はもう始めてるから調べ物なら急いでね」

    早苗「はい。あ、新聞とか雑誌ってどの辺りにあります?」

    パチュリー「案内してあげる」

    館長に連れられ、中に入る。
    入るなり図書の独特なにおいが鼻腔を満たし、外観に負けないくらい圧倒的な光景が飛び込んできた。
    ただ、雑誌や新聞のコーナーは入り口付近にあったため、今日は図書館内部を見て回ることはできなさそうだった。
    今度休みの日にでもやってきて半日くらいのんびりしているのもいいかもしれない。

    パチュリー「閉館は七時だから。それまでには出て頂戴ね。それと、新聞や雑誌は貸し出ししてないから、どうしても中身が必要ならコピー機を使って」

    早苗「はい」

    今は六時二十分過ぎだから、もうほとんど時間は無い。
    ペット誘拐は最近のことだし、そうさかのぼって読み漁らなくてもよさそうなのが唯一の救いか。

    早苗「全国紙には載ってないだろうな……一番いいのはこの地方の新聞だけど」

    適当にバックナンバーのところから雑誌や新聞を読み漁ってみるが、そうすぐには見つかってくれない。
    勿論、この中から目的の記事を見つけたところでそこに有力な手がかりや犯人の目星なんかが書かれてる保障は全くないが……何もせずにはいられない。

    早苗「『某弁護士事務所の隠蔽工作』……『違法な医療実験、関係者夫妻逮捕か』……『某政治家にマネーロンダリングの影』……」

    新聞は探すのが大変そうなので雑誌に焦点をあてて見ているが、こちらはこちらで雑誌の記事だけあって真偽すら疑わしい内容のものばかりが見出しを埋めている。
    どれもよくある話といえばそうなんだけど……こういう記事を書く方が売れるんだろうか。よくわからない。

    早苗「あ、これ……」

    と、先に他の気になる記事を見つけてしまった。
    それは、例の二年前に起きた猟奇殺人事件の記事。
    『あれから二年』という見出しで、大きく雑誌に載せられていた。

    早苗「こんなもの見てる場合じゃないのに……」

    けど、私の指はその雑誌のページをめくっていた。
    ああ私はこの記事を読んでみたいんだと自覚した頃、時計は六時半を指していた。

    早苗「事件は守矢神社の近くの山道で起きた……」

    記事のはじまりにはこう書かれていた。

    当時世間をざわつかせた猟奇殺人事件が最初に発生してから、今年で二年目になる。依然犯人は捕まっていない。腹部を大きく抉られ、腕が不自然な位置から千切られていた死体は、誰もが目を覆いたくなるものだった。しかも悪いことに、今年の春にも同じような事件が起きた。手口が似ていることから、警察は同じ事件として捜査を行っているらしい。陰惨な殺害方法から怨恨の線で捜査は進んだが、被害者と関係のある人物を全て調査しても、警察は何も得られなかった。近所の神社では祟り神が祀られている事から、祟りに遭ったのではないかという声も上がっている。被害者の状況を考えるに、あながち間違ってはいないのかもしれない。果たして人間に、このような殺し方ができるのだろうか?

    早苗「後は事件の概要ばかり……目撃情報とか犯人の特徴とか、そういうのは書かれてない……」

    記者の持つ見解とか専門家の意見とかそういう内容ばかりだったので読み飛ばし始めていたが、ある文章をふと見つけ、ページをめくる指を止める。

    早苗「現場に残されていたのは、何枚かの……羽?」

    最後の方に、その情報は載せられていた。

    現場には数枚の鳥の羽と思われるものが落ちていたが、我々が入手した情報によると少なくとも日本に生息する鳥のものではないとの結果が出ているらしい。これが意味する所は何なのか? 有力な手がかりになりそうな所だが、今日に至るまで捜査は進展を見せないままである。                           (記事:姫海棠はたて)

    そう締めくくられ、事件の記事は終わっていた。

    早苗「すごく酷い事件だったのはわかったけど……」

    平成の今でも、こんな事件が起きるんだっていうのが正直な感想。
    こんなむごたらしい殺し方をする犯人が今もまだどこかにいるというのは物凄く怖いことだが……反対に、こんな殺し方をするくらいだから相当な恨みでもあったんだろうと思う。
    となれば、無関係の人間、例えば私がその人物に知らずして会っていたとしても、殺されるようなことにはならないと思う……何するかわからないから怖いんだとは思うけど。
    衝動的にこんな事件を起こすとは考えにくいし、無関係の自分には被害なんて及ばないんじゃないか……そう考えて自分を納得させたかった。

    早苗「あ、ペットの記事」

    殺人事件の記事を読んでいたらいつの間にか七時前になっていた。
    今日はもうあきらめて帰ろうかと思っていたが、つい一昨日の新聞に目的の記事があるのを見つけた。

    早苗「むー、とても小さい……」

    地方の新聞なのに、ペットが行方不明になる旨の記事は物凄く小さく書かれるのみだった。大きな見出しも無く、わずか数行でまとめられていた。

    早苗「これも、こういう事があったっていう概要だけか……」

    比べる事自体おかしな事だけど、例の殺人事件もペット行方不明事件も、めぼしい手がかりすら見つからないという点で共通している。
    この町は、そういう気質を持っているのだろうか。
    犯罪が起こしやすい、あるいは、犯罪を起こしても見つかりにくい、そんな何かがあるのだろうか。

    声「もう閉館時間ですよ」

    またしても後ろから声を……まぁ机に向かって本や新聞を開いている時点で必然的にそうなるといえばそうなのだが。

    早苗「あ、館長さんすみません、もう片付けますの……で……」

    振り向くと、そこには知らない銀髪の女性が立っていた。
    鋭く冷え切った目で私を見ている。本能的にだろうか、この人を見て一瞬で戦慄する。
    いったいこの人は、誰? どうして私に声をかけたの?

    少女「貴女も、二年前の事件について調べているのですね」

    早苗「え……」

    相手が私から視線をはずし、机の上に向ける。私もそちらを見ると、例の事件の書かれた雑誌が開いたままになっていた。

    早苗「こ、これは、別に、その……」

    少女「……続きますよ」

    早苗「ふぇ……」

    少女「この事件は、これで終わりではないと言ったのです」

    早苗「お、終わりじゃないって、それは……」

    少女「見たところ、関係者ではなさそうですね。今後この事件について調べたりするのを止めてください。でなければ、どうなっても知りませんよ」

    早苗「わ、私は別に……」

    私は別にそんな事件の事なんて調べようと思ってなんかいない、そう返事したかったが声が出なかった。
    彼女の怖ろしい眼差しもそうだが、まだ事件は終わっていないという言葉にも恐怖を隠せない。
    こんな凄惨な事件が、また起きるというの……? この町で?

    早苗「あっ……」

    私のそんな姿を見たからか、彼女はそれ以上何も言わずに去ってしまった。
    私はまるで蛇に睨まれた蛙のように、その場から動けなくなってしまっていた。

    パチュリー「あら、まだいたの。もう閉めるから、出てくれるとありがたいのだけれど」

    早苗「ふぇ……」

    次に気がついた時、私は館長さんに声をかけられていた。
    どれくらい固まったままでいただろう。おそらく時間にして五分も経っていないだろうが、一時間にも二時間にも感じられた。

    パチュリー「……調べ物って、これのことなのね」

    早苗「っ!」

    パチュリー「きゃ」

    館長の言葉に、思わず彼女が手にとっていた雑誌を奪う。

    パチュリー「何するの、大事な本なんだから、丁寧に扱って頂戴」

    早苗「あ、ご、ごめんなさい……」

    何故慌ててしまったのだろう、さっきの女の人みたいに言われるのが嫌だからだろうか。
    自分で自分がよくわからない。
    あの事件の話を聞いてからというもの、私は神経が過敏になってきてるのかもしれない……

    でも、どうして?
    どうして皆、その事件の事を隠そうとするの?
    単に私を気遣ってくれているだけなのかもしれない。話を知ってしまうことで被害者になる、なんて事を防ぐために言ってくれているだけなのかもしれない。
    だけど私には、彼女たちの言う事が奇妙に聞こえてならないのだ。
    元々私は精神不安定なところもあるし、こんな風に考えてしまうこと自体おかしいのかもしれない。
    そうならそうで、私の思い過ごしと言う事にもできるんだけど……

    何かが、おかしい気がする。
    何がと言われてもそれを特定することはできないけど、何とも言えない違和感のようなものを私は確かに感じている。
    直感、て言うのかな。たぶん、それに近いものだと思うけど……

    ううん、何度も自分で言ってるように、私は二年前の事件に興味があるわけじゃない。私が気になるのは、ペット誘拐事件のことだ。
    私の大事なペットを守るために、私は可能な限り自衛しなければならないんだ。
    だから、気にする必要なんてない。



    何故か私の脳裏に浮かんできた事件についての想像なんて、忘れてしまえ。








    数日後、私はアリスさんの家に来ていた。
    今日はクッキーを一緒に作ると約束をしていた日。私は朝からアリスさんの家に押しかけ、厨房にやってきた。
    ここがなかなか本格的な厨房で、料理が趣味だというアリスさんが特注して作ってもらったのだとか。
    結構お金持ちみたいだし、趣味の面ではかなり充実した日々をすごしているようだ。

    アリス「材料は沢山あるから、好きなように使ってね。失敗しても大丈夫よ」

    早苗「はいっ。私、お菓子ってあんまり作ったことないですから、ちょっと心配です」

    アリス「教えてあげるし、何なら本もあるからそれ読めばきっと大丈夫よ」

    早苗「だといいですが……」

    厨房を見回す。
    アリスさんが用意してくれた材料が沢山台の上に置いてある。料理本も、何冊か隅の方に並んでいた。
    厨房だけじゃない、用意してある材料も使用する機材も、ほとんどが一流のものらしかった。

    早苗「でも、ほんとに沢山の材料ですね。今日全部作るんですか?」

    アリス「そうよ~。沢山作らないと足りないからね」

    早苗「誰かにあげるんですか?」

    アリス「まぁ、そんな感じ」

    おお、誰かにあげるとか、アリスさんも案外隅に置けない感じですかね?
    お菓子はやっぱり、自分で作って自分で楽しむのもいいけど誰かにあげるために作るというのもいいものだと思う。
    私は……あげる相手はほとんどいないけど、アリスさんは色んな友好関係があって、あげる人に困らないんだろうなぁ。
    羨ましい。あげる方もらう方、どちらも。
    うーん、誰にあげるんだろ。気になってきた。

    早苗「誰にあげるんです?」

    アリス「誰だっていいでしょ」

    早苗「え……あ、そ、そうですよね」

    一瞬、アリスさんの瞳が揺らいだ気がした。
    あまり交友関係的なことを訊かれるのは好きじゃないのだろうか。こんなそっけない感じの返事をされるのは初めてなので、思わずたじろいでしまった。

    早苗「そ、そういえばペットってどこで飼ってるんです? 挨拶してきたいな~なんて」

    アリス「二階にいるけど、今は料理中だしダメよ。というか、ちょっと調子悪いから、できれば今日は遠慮してほしいんだけど」

    早苗「あら、調子悪かったですか。なら、仕方ないですね……」

    アリスさんのペットがどんなか楽しみにしてたけど、また今度の楽しみにしよう。

    早苗「……そういえば、ついこの前もペットが行方不明になった事件あったみたいですね」

    殺人事件の話のせいで印象が薄くなりがちだが、アリスさんにも伝えておかないといけないと思い、先日の話を口にする。
    私たちだって、いつペットが盗まれてしまうかわかったもんじゃないんだ。
    アリスさんだって、大事なペットがいなくなってしまわないかって不安に思ってるだろう。この前だって、あんなに楽しそうにペットの事話してたし。

    アリス「そうなの。物騒ね」

    早苗「この近所らしいです。正確な場所までは、知りませんけど……」

    アリス「私たちも気をつけないとね」

    早苗「……?」

    あれ?
    なんだか、様子がおかしい。
    すぐ近くでペットがいなくなる事件が起きてるというのに……アリスさんの返事はかなりそっけない。
    気にならないのだろうか? 次の被害は自分のペットじゃないかって心配にならないのだろうか?

    早苗「怖く、ないんですか?」

    アリス「どうして?」

    早苗「だって、大事なペットが盗まれちゃうんですよ?」

    アリス「そうね、怖いと思うわ」

    早苗「…………」

    やっぱりおかしい。
    アリスさんは、本気で怖いなんて思っちゃいない。
    お菓子を作ってる最中ってことを考えても、こんな気の無い返事をするような人じゃないはずだ。

    早苗「私は、すごく怖いですよ……仕事から帰ってきたらぴーすけがいなかった、なんて考えたくもないです」

    アリス「そうね、私も同じよ」

    とてもそうは聞こえない……
    そういえばアリスさんにこの話を初めてした時、彼女はこう言っていた。
    『うちは大丈夫だけど』
    相手がどんな手段を使ってくるかもわからないのに、普通こうも断言できるだろうか? 単なる言葉のあやだろうか?
    断言できるだけの管理をしているという事なのだろうか……そういえばアリスさんが何の仕事をしてるのか知らないけど、もしかしてずっと家にいたりするのかな?
    確か以前に、上司に報告書を書かないといけないと言っていたのは覚えてる。アポ無しで私が訪ねたときにアリスさんはページ番号まで几帳面に書いた紙を封筒に入れていた。
    別に何の仕事をしてるとかは問題じゃない。でも、在宅勤務だから大丈夫……本当に、そういう事なんだろうか?
    それとも、まさか……

    早苗「もしかしてアリスさん、すごい警備システムが……」

    ガシャン、と強い音が響いた。
    反射的に黙ってしまう。

    早苗「ひっ」

    そして気づけば、アリスさんがすごい形相でこちらを見て……いや、睨んでいた。
    どうして、どうしてそんな冷たい目をするの……? 私はただ、ペットが心配だねって話をしているだけなのに……
    アリスさんにとってその話はそんなに不愉快なものなの……?
    だとしたら、やっぱり、アリスさんは…アリスさんが……

    アリス「クッキー、作らないの?」

    早苗「あ……つ、作ります」

    アリス「そ、ならいいけど」

    アリスさんは頬を緩め、笑顔を作ってくれた。
    けど、彼女が私に背を向けるその時まで、凍りつくような冷たい目をしたままだった。

    アリス「すごく心配してるみたいだけど、あんまり気にしすぎもどうかと思うわよ?」

    早苗「そ、そうですかね……」

    アリス「ええ。神経すり減らしてたら、いざという時に困るんだから。そのとき自分が満足に動けないなんてことになったら、嫌でしょう?」

    アリス「ね?」

    次に振り向いた時、アリスさんはいつもの笑みを浮かべてくれていた。
    さっきのアリスさんは、いったい何だったんだろう。私の見間違いだろうか。そうであって欲しい。


    それから私はアリスさんに教えてもらいながらクッキーを作った。初めてにしては結構上手に作れたと思う。
    あれからアリスさんがあの冷たい目をすることはなく、いつものアリスさんのままだった。やっぱり、私の見間違いだったのかもしれない。
    アリスさんの言うように、あんまり考えすぎちゃうと色々と空回りするかもしれないし、警戒しておくくらいでいいのかもしれない。
    ああ、早く犯人捕まってくれないかな、もう心が擦り切れちゃいそう……









    事件から二年後の春……ある日の夜、町の公園のちょっとした林の中で、少女が殺された。



    「またこの町か……手口からすると、立て続けね。二年越しだけど」

    深夜に通報を受け、女性警官が現場へ駆けつけた。
    現場には既に地元警察が集まっており、辺りをテープで囲っていた。

    「被害者の身元は?」

    「それが、何も所持していないので今のところは……」

    「そう。ただ、若い人らしいわね……シート、はずしていい?」

    「あ、か、かまいませんけど、その……」

    女性警官と話をしている刑事が言葉を詰まらせる。それを見て女性警官はすぐに意味を悟った。

    「私は特別対策班の班長よ」

    「や、八雲警部でしたか、これは失礼しました」

    刑事は相手が誰かわかるなり背筋を伸ばしてびしっと敬礼をした。

    「じゃ見るわね」

    紫は合掌してからシートをゆっくりとはがす。
    彼女の脳裏には、どんな光景が広がるのか予測が過ぎっているのだろう。刑事が言葉を濁した意味がわかっても、躊躇する様子を全く見せない。

    「今回も酷いわね……」

    「ええ……こんな酷い事件、滅多に無いですよ」

    被害者の少女は下半身がまるまる無くなっていた。まるで何かに抉り取られたように。
    辺りには物凄い量の血液が散乱していて、一帯を赤く染め上げている。
    同じだった。二年前に起きた、あの凄惨な事件と。

    「……あなたはまだ若そうね」

    「は?」

    「今年の春にここへ来たのかしら」

    「は、はい。でも、どうしてそれを?」

    「反応でわかるわよ」

    ここで働く警察官なら、この陰惨な事件を知らないはずがない。
    いや、警察官なら誰もが知ってるであろう事件ではあるが、実際に二年前から遭遇していなければこの刑事のような反応をしてもおかしくない。

    「警部、やはり羽と凶器が見つかりました」

    「そう、やっぱりそうなのね」

    「やっぱり、っていうのは……」

    「新米君に教えてあげるわ。これは、二年前に起きた猟期殺人事件と同じ手口による犯行なのよ」

    「二年前って、あの事件ですか……」

    「想像してる事件であってると思うわ。身体の一部が抉られた死体が発見された、あの事件よ」

    「ま、まさか同一犯による犯行ですか」

    「わからないわ。模倣犯の可能性もあるけど、現時点では何とも言えないわね」

    「それで、八雲警部が来られてるのですね」

    「そうね。というか、私が来た時点でそう思わなきゃ」

    この二年間、紫はずっと事件を追ってきた。彼女だけではない、彼女の率いる特別対策班は特例としてこの事件だけをずっと追い続けている。
    だが、それでも手がかり一つ見つけることができない。相当に巧妙な犯行だったといえる。

    「ねえ、凶器は何だったの?」

    「はい、おそらくはこちらの鍬ですね」

    「やっぱり鍬なのね……」

    凶器は被害者から数メートルほど離れた先に放置されていた。二年前と同じ、大きな鍬だ。

    「また、わからなくなるわね……」

    「はい?」

    「なんでもないわ」

    紫は少々不機嫌そうに立ち上がり、辺りを見回した。
    二年前も被害者の近くに鍬が投げ捨てられていたのだが、被害者の傷口がどうも鍬と合わない。鍬についた血肉は確かに被害者のものだったが、傷跡と鍬の形状が一致しないのだ。
    また、鍬の金属片などが被害者の身体に付着していないことから、鍬は直接的な凶器として扱われなかったのではないかと考えられている。
    そうなれば、凶器はいまだに見つかっていない事になる。表向きな発表で当時は鍬が凶器ではないかと言う事にしてあるが、実際は凶器が見つからず焦っている状態だ。

    「はぁ、今晩はワインでも飲もうと思ってたんだけど……」

    彼女に休息は無いらしい。今日もまた、事件で手一杯になりそうだった。






    次の日、私は何度もため息を吐いていた。
    理由は勿論、先日のアリスさんの反応……あの冷たい目がどうしても忘れられない。
    アリスさんに何かあるなんて思いたくないのに……どうしても、信じきれない。
    きっとクッキーを作る事に集中してなかった私に苛立ちを覚えただけなんだ、と自分に言い聞かせているが……
    今朝はアリスさん、顔を見せてくれなかった。いつも私が仕事の時はお見送りしてくれるのに……

    早苗「はぁ……」

    諏訪子「ん? 早苗どうしたの? 何か元気ないね」

    早苗「あ、いえ……すみません、ちゃんと仕事します」

    座ってぼんやり考え事をしていた所を見られてしまった。たはは、内心点下がるなぁ。

    諏訪子「ペットの話、気になる?」

    けど、洩矢先輩はそれを咎めることはなかった。
    それどころか、私が何に悩んでいるのか探ってくれているみたいだ。
    どうしよう、こういう事あんまり人に言うもんじゃない気もするけど……
    一人で悩んでても答えなんて出ないのかもしれない。詳細な部分は伏せて、相談してみようか……

    早苗「それも勿論なんですけど……実はちょっと悩んでまして」

    諏訪子「私でよければ聞くよ?」

    早苗「お願いしてもいいですか」

    諏訪子「勿論だよ」

    洩矢先輩は私の隣にちょこんと座って、話を聞く体制を作ってくれた。
    頼れる相手がいるって心強い。こういう時素直に相談できなかったら、色々一人で考えちゃって押しつぶされてしまうかもしれない。
    私はほんと、恵まれてると思う。

    早苗「実は……ちょっとある事で友人が怪しいと思ってしまいまして」

    諏訪子「怪しいって、何かされたの?」

    早苗「されてはないんですけど、される可能性があるというか……とにかく、その人のことを私は疑ってしまうんです」

    諏訪子「うん」

    早苗「でも、本当はその人の事疑いたくなんかないんです。けど、信じたくてもどうしても信じきれない時が、たびたびあるというか……」

    説明が難しくて上手く言葉に言い表せないけど、洩矢先輩は静かに私の言う事を聞いてくれた。

    諏訪子「なるほど……確かにそれは難しい問題だね」

    早苗「はい……そう思っちゃう自分も嫌で……」

    私は、アリスさんが何か悪いことをしてるなんて考えたくない。
    そもそも事の発端は、あの探偵が変な話をしてきたことだ。そのせいで私は、ちょっとした猜疑心にとらわれてアリスさんに疑いの目を向けるようになってしまった。
    アリスさんは何もしてない。するわけない。そう思ってるけど、色んな事があって、心のどこかでそう思い切れない部分がどうしても出てきてしまう。

    諏訪子「でも、それは別にいいと思うよ」

    早苗「ふぇ……?」

    諏訪子「あ、早苗が疑っちゃうってことがね」

    早苗「と、いいますと?」

    諏訪子「どんなに親しい相手、たとえ家族だって、一切を疑わずにいられるなんて難しいよ」

    諏訪子「何かあれば身近な人を疑ってしまう。そういう気持ちって、絶対にどこかに芽生えるもんだよ」

    諏訪子「うーん……例えば今早苗が持ってる箒、ここに置いてお茶を飲みに行ったとして、戻ってきたらなくなってた。そんな時、私が持ってったんじゃないかって思ったりもするでしょ?」

    早苗「それはまぁ、先輩は神主さんですし」

    諏訪子「あーうー、例えが悪かったな……まぁ、程度の差はそれぞれだろうけど、誰を相手にしたって全てを信じきれるなんて無いと思うって事よ。時には、自分を疑うより先に他人を疑うこともあるしね」

    諏訪子「それは欠点なんかにも言えることだね。誰にだって欠点はあるし、お互いがそれを飲み込んだり指摘しあったりしてやっていってる」

    諏訪子「いい部分も悪い部分もひっくるめて認め合える。そういうもんじゃない? だから、信じ切れないことがあってもそれを悪く思う必要は無いと思うけどな」

    早苗「そう、ですかね……」

    諏訪子「それでも難しいなら、確かめてみればいいんだよ」

    早苗「確かめる、ですか」

    諏訪子「うん。相手が悪い事を、じゃなくて。自分が間違ってるって事を、ね」

    それはつまり、アリスさんが何か悪い事をしてるわけじゃないっていうのを、アリスさんを疑う事で証明してみせるっていう……
    疑うからこそ出てくる疑問に、次々矛盾が生まれてくる……そっか、逆に考えればいいんだ。

    早苗「はい、私やってみます!」

    諏訪子「うん、力になれたなら良かったよ。まぁ私の言うことも完璧ではないからね」

    早苗「いえいえ! 参考にさせてください!」

    諏訪子「ふふ、でも私は祟り神の末裔だからね~、蔑ろにすると怖いのは確かだよ?」

    早苗「もー、なんですかそれ。あはは」

    洩矢先輩の冗談に、笑みがこぼれる。
    なんていうか、久しぶりにちゃんと笑った気がした。あれから幾日も経ってないっていうのに、ほんとに久しぶりに思えた。

    諏訪子「よし、じゃあ今日は帰っていいよ」

    早苗「いえいえ、お仕事に穴はあけられませんよ!」

    諏訪子「あはは、まじめだね。でも、暇な日は帰っていいよ。今日は特にこれから何も無いし。やることさえやってあれば、別にその辺はとやかく言わないから」

    早苗「そう、ですか……でも」

    諏訪子「でも?」

    早苗「おっ……お給料減ったりしませんかね!!」

    諏訪子「…………」

    早苗「~~~~」

    諏訪子「あはははっ! 真剣な顔して何を言うのかと思ったら、あはっ、あはははっ!」

    早苗「もう! 笑い事じゃないですよう!」

    諏訪子「ふふっ、ごめんごめん、確かにそれは死活問題だ。ふふっ、あはは」

    諏訪子「大丈夫大丈夫。時間給じゃないんだからさ。それに他でもない私がOK出してるんだし、これで給料下げたら私は最低なやつだよ」

    早苗「そ、そうですよね……うー」

    思いっきり笑われたけど、心底心配していた問題も何ともないみたいでよかった。
    けど、本当に相談してよかった。おかげでかなり気が楽になった。
    私なんかに何がどこまでできるかはわからないけど、自分のできる範囲でアリスさんが何も悪くないって事を証明してみせるんだ。
    これは、他でもない自分自身を納得させるためだけにやることなのかもしれない。嫌な言い方をすれば、単なる自己満足なのかもしれない。
    私は結局のところ、アリスさんを疑ってしまう自分が嫌なだけで、そんな自分を何とかしたいだけなのかもしれない。
    でも……それでいいじゃない。実際アリスさんは何も悪い事してなかった。その事実のなんと素晴らしいことか!
    ようし、早速帰って色々考えてみる事にしよう。それで色々調べて、最後はアリスさんとお茶して笑うんだ。うん、それがいい。









    「カタストロフ、か」

    「全てが終わるまで、あともう少し……蝶の羽ばたきは、今どのくらいの大風になってるのかしらねぇ……」

    「ふふふ、あはは……次は、あの女が食われる番よ……あはははっ!!」









    早苗「はぁ、はぁ、何で雨なんか……」

    早く帰れたという事で図書館によっていたら、いつの間にか外は天気が崩れてしまっていた。
    朝も昼も夕方もずっと天気だったし、勿論傘なんて持ってきてない。
    通り雨なら図書館で粘れば晴れてくれるかもしれないが、今は少しでも早く家に帰りたい。

    早苗「はぁ、はぁ……すごい濡れちゃった。お風呂入れなきゃ」

    何とか社宅に着いたはいいが、もうびしょぬれ。この分じゃ下着までぐっしょりだろうなぁ。
    図書館からここまではものの十数分で戻れるけど、雨は全然止む気配もないし、濡れたけど走って帰ることにして正解だったかもしれない。
    まずは服脱いで身体拭かなきゃ、なんて考えながら玄関の鍵をあけて中へ入る。

    早苗「ただいま、ぴーすけ」

    短い廊下を歩いてリビングへ。明かりをつけて上着を脱いで、タオルを探す……何か違和感がある。

    早苗「……ぴーすけ?」

    違和感の正体にはすぐに気づいた。
    けど、それは自分が想像する最悪のシナリオ……けど、確認しなければならない。最悪の事態が起きているかもしれないという事を。

    早苗「そんな……嘘でしょ……」

    箪笥のすぐ横、化粧台の隣、観葉植物のすぐ近くにいつもある『それ』の存在……

    早苗「ぴーすけが、いない……」

    ぴーすけが、彼女が住んでいる籠ごと無くなっていた。

    早苗「ぴーすけ、ぴーすけ!!」

    辺りを見回してみる。が、当然どこにもいない。
    なんで、なんで、どうして、ぴーすけ、ぴーすけが、ぴーすけ、がっ……

    早苗「まさか……」

    私は、考えないようにしていた最悪の想像を思い起こしていた。
    今日、そうではないと証明すると誓った。何も関与していないと確認すると誓った。
    そう、だからこれは、疑わしいからではない。そうで無い事を、彼女が犯人ではないという事を確認しに行くだけなんだ。

    早苗「っ!!」

    私は走った。
    家に鍵をかけることも忘れ、外へ出て雨に濡れることもいとわず、一直線にその場所へと向かった。
    雨は一層激しさを増していて、雷がまるで私の心を脅かすように煩く何度も鳴る。

    早苗「……私は、信じてます」

    彼女の家の前に来て、ドアに手をかける。
    もし彼女が犯人だとしたら、ぴーすけはここに居る事になる。でも、彼女が犯人ではなかったのなら……ぴーすけは、どこにいるんだろう。
    どちらの結末にしても、私は涙を流さなければならないらしい……どうして、どうしてよ……

    早苗「あいてる……」

    ……アリスさんちの玄関の鍵は開いていた。
    大雨で空は暗いが、まだ夕方ではある。鍵が開いていてもおかしいことは無い。
    ドアを少し開けてみる。ギィと軋む音がしてドアが開くが、明かりが外に漏れることは無い。

    早苗「…………」

    意を決し、私は中へ入ることにした。


    家に入るとすぐにエントランスに繋がったリビングがある。私はここで、アリスさんと夕飯を共にしたこともある。とても明るく楽しい食事だった。
    今は明かりがついておらず、薄暗くどこか不気味な光景が広がるのみだ。
    左に行けば書斎があり、右に行けば厨房がある。厨房に行く途中に、二階へ続く階段がある。
    覗いてみる限り、書斎に人の気配は無い。なら、厨房か二階だろう。
    厨房は先日お邪魔したし、様子がわかる。わからないのは、彼女のペットがいるという二階だけ……

    早苗「この上、かな……」

    階段はドアを開けた先にあった。
    ドアを開けると六畳くらいのホールが広がっていて、その奥に階段がある。ちょっと変わった家だ。
    階段も二階も、少なくともここから見える範囲では電気がついていない。
    もしかしたら留守なのだろうか。それとも、一階にも二階にもいないのだろうか。
    ならば地下への入り口がどこかにあったり……

    早苗「っ……」

    カシャン、と何かが足に当たって音を立てた。
    細い金属のような音。それは、私がよく知るものの立てそうな音……

    早苗「……ぴーすけの、籠……?」

    足元を見てみると、そこには見慣れた鳥かごが落ちていた。
    中には何もいない。けど、籠がここに転がっているということは、ぴーすけは……
    ううん、こうなったら、やっぱり、アリスさんがペット泥棒の犯人ってことに……
    心配と絶望が一気に襲ってくる。床にへたり込みそうになってしまう。でも、確かめなきゃ……ぴーすけの無事を、そして、アリスさんの正体を……たしかめ

    早苗「っ!!!!?」




    ドシャ












    「鳥さん? どうして鳥さんがここにいるの?」

    「それはね、誕生日のプレゼントにもらってきたからだよ」

    「誕生日!? 私の!? じゃあじゃあ、私にくれるの!?」

    「そうだよ。はい、大切に育ててね」

    「わーい!! やった、やった! 鳥さん、よろしくね!」

    「お名前をつけてあげないとね。どうする? 何か思いつく?」

    「お名前? うーん、そうだなぁ……うんと、えっと、どうしようかな……それじゃあ」



    『ぴーすけがいい!』














    諏訪子「あれから行方不明で、今も見つかってないって……」

    神奈子「例の事件の被害者になってしまったか……」

    消毒液のにおいが充満する病室で、二人の女性が話をしていた。
    一人は洩矢諏訪子。町の奥地にある守矢神社の神主だ。
    対するは八坂神奈子。守矢神社をはじめとする多くの神社の総括で、協会の重役である。

    諏訪子「このところ事件がまた増えてきてたし心配だったんだよね……でも」

    諏訪子は短く息を吐き、優しい笑みを浮かべてベッドを見た。
    そこには、緑の髪をした少女……

    諏訪子「早苗が無事でよかったよ」

    東風谷早苗が横になっていた。

    神奈子「ああ。無事で本当によかった」

    早苗「はい……でも、私……」

    神奈子「無理に思い出す必要はないさ。あれだけ強烈な体験をしたんだ、まずは自分の身体のことを大事にしなさい」

    諏訪子「隣の家で倒れてたって聞いて、驚いたよ。仲が良いとは聞いていたけど……」

    神奈子「諏訪子」

    諏訪子「ごめんごめん。でも、本当に無事でよかった」

    諏訪子も神奈子も、早苗が無事に生きていたことに安堵しているようだった。
    研修先の上司、会社の上司、彼女たちはそんな事さえ関係なく早苗の事を心配していたらしい。
    二人とも、早苗の事を甚(いた)く気に入っていたから。

    早苗「……アリスさん、どうなったんですか」

    早苗の言葉に、二人は顔を見合わせる。
    諏訪子は暫く困った風に首をかしげていたが、神奈子が重い口を開いた。

    神奈子「言いにくい事だが……どこかに消えてしまった。早苗が見つかった時には、もういなかったみたい……」

    早苗「そう、ですか……」

    諏訪子「彼女、毎日一人でパトロールとかしてたみたいだね。この辺りは事件が多いから、防犯としてなんだろうけど……」

    神奈子「物騒な事件が多いからね……ペット泥棒の話もあったみたいだし、すごく心配してたんだろうね」

    諏訪子「警察官、だったんだよね。正義感が強かったんだろうけど……」

    神奈子「もしかしたら、早苗を守ってくれたのかもしれない。真相は、わからないけど……」

    早苗「警察……? そんな、まさか……」

    声「そろそろ面会の時間は終わりですよ」

    諏訪子「あ、すみません。もうすぐ出ます」

    神奈子「もうそんな時間か……早苗、明日もまた来るよ。明日は何かお土産を持ってきてやろう」

    諏訪子「ほう、神奈子のお土産のチョイスが気になるね。私も来ようかな」

    神奈子「あんたは明日お祭りの準備に忙しいだろう。勤務中に来たら承知しないからな」

    諏訪子「ちえ、手厳しい……じゃあね、早苗。私もそのうちまた来るから」

    二人は早苗の頭を優しく撫で、名残惜しそうに部屋を出て行った。

    医者「あなた、とても大事にされてるわね。あの二人、貴女がここに来てからずっといたのよ?」

    早苗「そう、ですか……」

    医者「小さい方の人はたまにうちにも来るしよく知ってるけど、もう一人は別の上司かしら」

    担当医であり院長の八意永琳が早苗に色々と話しかけているが、早苗の耳にはほとんど届いていなかった。
    なぜなら、早苗の頭の中は別のことでいっぱいだから。
    アリス・マーガトロイドはペット泥棒の犯人なんかではなかった。それどころか、警察の人だった。
    早苗の不安は解消された。アリスは無実。その事実は彼女を喜ばせるはずだった。

    永琳「私ももう行くけど、何かあったらナースコール押してちょうだいね。お水が飲みたいとかでも、遠慮なく押すのよ。いい?」

    早苗「はい……」

    永琳「うん、大丈夫そうね」

    永琳は早苗の返事を確認し、布団をかけなおしてあげた。
    そして戸締りを確認して、静かに部屋から出る。

    早苗「アリスさん……」

    ぽつりと、早苗の呟きが病室にこだまする。

    早苗「貴女は私が疑うような人じゃなかった……とても、嬉しいです。安心です。でも……」

    彼女は犯人ではなかった。
    では、彼女はいったいどこへ行ったのだろう?
    家には明かりがついていなかった。けど、家の鍵は開いていた。
    彼女は家にいなかったのだろうか。あったのは、鳥かごが一つだけ。
    彼女は犯人ではない。でも、あの鳥かごがぴーすけのもの。それならば、あれはやっぱり……

    早苗「アリスさん……貴女はどこかに消えてしまった……私に、はっきりしたことはわかりません。でも、でも……」








    早苗「ぴーすけを不用意に籠から出しちゃったのなら、仕方ないとしか言えないじゃないですか」















    「それで、鑑識はなんて?」

    「室内に飛び散っている血液は、全てアリス・マーガトロイドのもので間違いないそうです」

    「そう……やっぱり、そうなのね」

    「他の血液は検出されてませんから、倒れていた女性は無傷です」

    「永琳の報告通りね」

    「家中をくまなく探しましたが、血痕の主、アリス・マーガトロイドはどこにも見当たりませんでした」

    「そう……他に何か気になった点はある?」



    「そうですね、血液を除けばあたりは綺麗なもんで……気になると言えば、この鳥かごでしょうか」



    「鳥かご?」



    「ええ、現場に落ちていたものなのですが……」










    「何も飼われていた形跡が無く、新品同様の綺麗なもんでした」








    世にも奇怪な物語 #1自慢のペット 終
    #2自慢の先輩 へ続く



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