【特撮】心が虚無に覆われる今だからこそウルトラマンオーブを見ろ
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【特撮】心が虚無に覆われる今だからこそウルトラマンオーブを見ろ

2020-03-15 01:45

    はじめに

     年と共に趣味や仕事への情熱が薄れていき、娯楽や生きがいがじわじわと失われていく中で、「死にたい」は言い過ぎにしても「逃げ出したい」では言い足りないような絶望的な虚無感に襲われることがままあります。

     「いくら努力しても大して報われない」

     「自分が欲しいと思ったものは決して手に入らないと悟る」

     「努力が出来ない自分が恨めしい」

     「何のために生きているのか分からなくなる」

     何もしていないとネガティヴな考えがとめどなく頭に流れ込んできます。その流れに逆らい、思考に蓋をして、理性でなんとか正気を保つわけですが、感情が昂ぶって上手く制御が効かないこともしばしば。

     それでもなんとか生きていかないといけないわけで、どうしようかこうしようかあーでもないこーでもないと堂々巡りの考えを繰り返し解決策を模索するわけですが、意外と答えは既に自分の中にあったとかいう感じのやつです。

     タイトルから既にあれですが、僕はウルトラマンからその答えを得ました。というか僕はことあるごとに落ち込んだときにはウルトラマンを見よと人には勧めています。子供向けのコンテンツと案外馬鹿にしたものでもないですよ。

     完全に個人の経験や体験に基づく見解ですので話半分程度にどうぞ。

    食べても食べても満たされない

     自分の中のどうしようもない虚無感を埋めようとするとき、やってしまいがちなのは激しい飢餓感とも言える衝動から一方的な消費に走ってしまうことです。

     ドカ食いや衝動買いを繰り返してしまったり、惰性でゲームやスマホにへばりついたり、特定のアイドルや配信者に粘着してしまったり…。

     しかしこのようないわば暴食ともいえる消費行動では、往々にして虚無は埋まりません。ストレスから来る代替行動なんて言ってしまえば八つ当たりのようなもので、根本的な解決には繋がりにくいものです。

     あくまで個人の感想ですが、ぶっちゃけそういった消費一辺倒になってしまう人生は精神的につらいです。めっちゃつらい。

     何をやっても達成感ややりがいには結びつきづらく、また提供元に強く依存する関係でふとした瞬間に供給が断たれ絶望に打ちひしがれたりすることもしばしば。いくら食べても満たされず新たな食料を求め延々と彷徨う悲しい孤独な姿(「ポケモンUSUM」のウルトラビルディングにいるアクジキングを思い出しますね)。他人から見える以上に自分自身が一番苦しいのを分かっているのに衝動を抑えられない。ブラックホールとか、底なし沼とか、そういう真っ黒な概念というものは似た性質を持っているものだなあとふと思ったりもします。光を失った真っ黒な心の闇、それが虚無です。

    光を失った者はどうやってそれを取り戻したのか

    ※以下、「ウルトラマンオーブ」のストーリーの核心に触れるネタバレについての記述になるため、未視聴の方はご注意下さい。

     「ウルトラマンオーブ」は自らの過ちによって光を失いかけた男と、光を求めたあげくそれを手に入れられず闇に堕ちた男が、それぞれの光を取り戻す物語です。前者が主人公であるウルトラマンオーブことクレナイ・ガイ、後者がそのライバルであるジャグラスジャグラーという人物です。

     ガイは過去に自分を救ってくれた女性・ナターシャを戦いに巻き込んで死なせてしまったトラウマから自分の力でウルトラマンに変身出来なくなっていました。自らの心の闇に支配されそうになり苦しみの中にいたガイですが、実は現代で交流を深めたヒロイン・ナオミがそのときのナターシャの子孫であると判明し、ナターシャが生きて命を繋いでいたことを知ります。結果ガイはナオミの助けで自らの光を取り戻すことができました。

     一方ジャグラーは自分がなれなかった光の戦士、ウルトラマンに嫉妬とも憎悪ともとれるドス黒い感情を宿し、ガイに粘着し彼を否定しようとします。そんなジャグラーが最終回、ナオミを人質に取りガイにこう叫びます。

    「(中略)思い出はいずれ消える。まるで星屑のように、何もかも消える。唯一永遠なものが何かわかるか?なあ、ガイ?それは何もない暗黒だよ。お前の中にも、俺の中にも、誰の中にもある闇だ。埋まらない心の孔なんだよ…?」

     これこそ虚無の化身といった姿でしょう(余談ですがジャグラーを演じた青柳尊哉さんの演技がひときわ素晴らしいシーンの一つで、是非直に見て欲しいところです)。求め続け手に入れられなくなった瞬間滅茶苦茶に否定し破壊衝動に駆られる…心を虚無に支配された厄介ファンの成れの果て、とでも言うべきでしょうか。

     さてこの問いかけに対してガイはこう返します。

    「闇は永遠じゃない。唯一永遠なもの、それは…愛だ。この宇宙を回すもの、それは愛なんだ。暗闇の中に瞬いている、希望の光だ」

     いかにもヒーローって感じのセリフですよね。あるいはありきたりな響きで陳腐に聞こえるかもしれません。私も初見の時はなるほどありがちなやつねという感想を全く抱かなかったといえば嘘になります。

     しかし、ウルトラマンオーブのストーリーを振り返るうち、この言葉に含まれる意味が存外本質的なものを持っているのではないか?と感じるようになりました。

    ジャグラーの本質

     この問答の直後、背後で暴れていた怪獣に撃ち落とされた戦闘機の残骸が彼らのもとに降ってきます。大きな爆発の後、そこにあったのはとっさにナオミをかばったジャグラーの姿でした。その瞬間、ナオミは何度も夢に見ていた過去の先祖の記憶を呼び起こします。

    ナオミ「私の、夢の人って…!?」

    ガイ「お前の心には、まだ光が残っている。お前なんだろ?ナターシャを助けてくれたのは?」

     実はガイが戦いに巻き込んで死なせてしまったと思っていたナターシャをまさにその現場から救い出していたのはジャグラーでした。

    ジャグラー「あのとき…気づいたら、あの女を必死に助けていた。あの女は俺に微笑んだよ。訳が分からなくなって、俺は尻尾を巻いて逃げちまった。弱い者を放っておけないのがガイの弱点だ。なぜ、俺も同じ事を…?」

     結果ジャグラーは自らの光を取り戻し、ガイと肩を並べて戦うことを選択するのですがまあそれは本編を見てもらうとして。

     完全に闇に堕ちていたと思われていたジャグラーですが、くしくも自らがとっさに取った行動によりガイの言葉を証明することになりました。まさしくガイのいう「暗闇の中に瞬いている希望の光」を見いだしたのです。

     どんなに心を虚無で支配されていても元々はそうでなかった部分だってあったはず。かつては光の戦士を目指していたジャグラーですからなおさらです。

     微かな良心の瞬きから生まれたとっさの行動一つで光を取り戻すことは出来るのです。

    愛は与えることによって救われる

     足りないものをいくら求め貪っても、いくら「Take」しても満たされなかったジャグラー。しかし彼はささやかな行為で、ガイの言うところの愛を「Give」することで、救われました。

     この辺に本質があると思うんですね。つまり求めるのではなく与える行為、消費ではなくあえて生産する側に回ることで虚無の中に光を見いだすことが出来ると。

     いくら摂取しても摂取しても虚無に消えていくならそれを使うことを考えるべきです。

     食べ物で例えましょう。食べて得たエネルギーは一時腹を満たしてしまってもやがて消耗してしまう、もしくは老廃物や脂肪に成り果ててしまいます。しかしそのエネルギーを行動の活力に利用すれば、あるいは体力や知識を得られたり新しい価値に出会うこともあるでしょう。

     気力ややる気といったものもエネルギーであると僕は思っています。

     使わなければそのまま摩耗していくだけです。吸収したエネルギーを別の行動へのトリガーとして、そして走り出すためのガソリンとして使うことで初めて循環し、サイクルが形成されます。行動をすることで新たな気づきやフィードバックがもたらされたり、全く別方面からのエネルギー供給元がもたらされることもあります。

     獲物を捕らえる力を失ったライオンは死ぬしかないのです。獲物を探し続け、狩る術を磨き続けることでしか生は保てないのです。

     …という言い方をすると弱肉強食的な思想なのかよと気が滅入ってしまいそうですが、この現代社会において、実はそう難しいことをしなければならないということでもないと思っています。

    愛なんて軽率に与えることが出来るものである

     「生産する」「愛を与える」というといかにも厳かで高尚な行いと思いがちですが、そんなことはありません。些細な気持ちや感情を伝えることだって立派な愛であると思います。

     ささやかな「感謝」、ちょっとした「賞賛」だって0を1にする立派な生産行為であり、愛を与える行動です

     例えばSNSの投稿にいいね・goodを押す、動画やイラストに高評価をつけたりブックマーク登録をする、レストランで会計し終わった後に「ごちそうさま」と言う、お店で品探しを手伝って貰ったときに「ありがとう」と伝えるエトセトラエトセトラ…。

     ちょっと指を動かすだけで、ほんの一言声に出すだけで出来ることが現代にはたくさんあります。あるいは直接会わないと伝えられなかったことや、コミュニケーションの方法が限られていた時代には出来なかったことが出来るようになった時代でもあるのです。

     インターネットやSNSの発展によって、悪意が拡散しやすくなっただの、自己顕示欲に支配されやすくなっただの、何かと負の側面ばかりが強調されがちです。しかしこういう時代だからこそ出来ることだってたくさん生まれてきているのです。

     特撮繋がりというだけで唐突ですが、僕は仮面ライダービルドの挿入歌である「Law of the Victory」という曲が好きです。仮面ライダービルド自体が科学の功罪をテーマに扱った作品ですが、この曲の歌詞にはこんなフレーズがあります。

    眩いテクノロジー 全ては使い方次第 生まれた時代を乗りこなすのさ

     昔は良かったとか嫌な時代になったとか言うのは簡単です。でもそこで諦めず、今このときの良いところをどう未来に活かしていくか、それを決めるのは私たち自身なんだよ、というメッセージがこの曲には込められています。

     今の時代だからこそ出来るようになったことが私たちに救いをもたらしてくれる、そんなことだってきっとあるはずです。

    おわりに

     クレナイ・ガイは愛を宇宙を「回すもの」と言いました。そう、「回す」んです。

     自分が他人や摂取したコンテンツから受け取ったエネルギー、愛を自分もまた他へ発信してゆく。その繋がりが循環し、サイクルを形成し宇宙を回す、ということです。

     ガイ自身もジャグラーが救ったナターシャの子孫のおかげで自分の光を取り戻せたのです。だから彼は、愛はバトンのように繋がっていき循環するもの、宇宙を回すものと言ったのです。

     昨今コロナウイルスの影響で各地でイベントが中止になったり、娯楽施設がバタバタと門を閉めたり、なんだか全国的に暗―い雰囲気が蔓延しております。

     僕自身も年のせいか仕事や趣味への無気力が加速する中で、こういった自他問わない悲劇の連続を目撃してしまい気が滅入る一方です。

     ですが、そうした虚無の穴に全て吸収してしまいそうになる心を振り切り、あえて自分から「Give」していくことでそこから脱しようともがいています。最近ツイッターのいいねとか動画の高評価ボタンとかをちょっとでもいいと思ったら躊躇わず軽率に押すようになりました。いいと思った気持ちは形にしないと伝わらないと思ったからです。

     まずはそうした些細なことから人にできる「Give」を増やしていって、この宇宙を回す一員になりたいと思っています。

     …なんだかこっ恥ずかしいことばかり書いてしまったので、実はあんまり知り合いとかには見られたくないなーなんて思ってもいるのですが、こういった暗い情勢の中、これも誰かへの僕なりの「Give」になればいいなーと思い長々と書いてみました。

    僕からあと伝えたいことは一つだけです。

    皆も見よう!ウルトラマンオーブ!


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