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「ヤレる女子大学生RANKING」はほんとに女性蔑視なの?
2019-01-15 05:2051pt最近、ネットを中心に話題になったいわゆる「ヤレる女子大生ランキング」問題について色々と考えてみたので簡単にまとめておきたいと思います。
まず、「ヤレる女子大学生ランキング」とは10月23日に雑誌SPA!に掲載された記事(の一部分)を指します。より正確には「ヤレる女子大学生RANKING」。この記事では、「ヤレる」女子大学生が通っているとされる大学が名指しで列挙されているようです。
初めに断っておきますが、ぼくは現段階でこの記事そのものを読めていません。ただ、ネット上に記事が転載されていたので、一応、それには目を通しました。個人的な印象としては、三流雑誌の下品でくだらない風俗記事としかいいようがないと感じます。これ、だれが最初に見つけてきたんでしょうか。
なので、下品でばかばかしい記事でありランキングだという指摘や批判はもっともなものだと思います。そういう非難はいくらあってもいい。た -
あいされたい。
2019-01-12 02:3951pt電子書籍を出したいなあと思っています。『あいされたい。(仮)』というタイトルで、そうですね、6~8万文字の内容のものを一冊。
このタイトルは変えたほうがいい気もしますが、まあ、それも含めて今後、検討したいところです。とりあえずは書いてみて、それからですね。
で、どんな内容かというと、非モテの話をいちどきちんと書いておきたいなあと思っているのです。
モテ/非モテはずーっと頭の片隅にわだかまっているテーマで、いつかは形にしたいなあと思いながら、10年、20年と過ぎ去ってしまいました。しかし、この際、まとまった形で出しておこうかな、と。
で、今回はめずらしく本気で売ろうと思っています。そもそも電子書籍とは売れないものなのだけれど、どうにか宣伝して、話題にして、ちゃんと売りたいなあと。
もちろん、中身がともなわなければ意味がないので、そこもちゃんとして――できるかな? いや、できるかど -
男性フェミニストのパラドックス。
2019-01-11 02:3451ptども。年末にコミケまで行ってさんざん散在してきたのでお金がない海燕です。行かなかったらもう少しお金が残っていたかな? まあ、『ワンナイト人狼』が面白かったからいいか。
さてさて、それはともかく、「女子学生が抱いた“ある嫌悪感”から考える「女子のフェミ嫌い」問題」と題する記事を読んで、これがちょっと興味深かったので、きょうはこの話題について書くことにしたいと思います。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59206?media=gs
記事の具体的な内容はリンクから飛んで読んでいただきたいところですが、あえて無理に要約すると、筆者がゼミで提示したあるフェミニズム系の論文が、ふたりの女子大生から「嫌い」といわれた、それは「女性が感情的であること」に対する反発であると思われる、といった内容です。
その論文の内容はこうで、
「美容整形というのは本人の自 -
岡田斗司夫『ユーチューバーの消滅する未来』を読み、感傷に耽る。
2019-01-10 22:1651pt岡田斗司夫さんの『ユーチューバーが消滅する未来 2028年の世界を見抜く』という新書を読みました。
タイトル通り、2028年の未来を予測し、場合によっては予言した一冊。何となく面白そうというあいまいな理由で購入したのですが、うーん、まあまあの出来かな?
手放しで絶賛できるほど素晴らしい内容とはいえないものの、色々な意味で示唆に富む本でした。
この本では、さまざまなテクノロジーによって未来社会が想像を絶するかたちへ変貌していくことが詳細に綴られているのですが、はっきりいって論拠は強くありません。
いや、そもそも未来を予測すること自体が不可能に近いわけだから、どんなにロジカルに想像しても外れるものは外れるといえばそうなのだけれど、それにしてももう少しどうにかならないものなのか。
どこまで本気なのか冗談なのかよくわからない与太話のレベルで、あまりマジメに読む気になれなかったのがほんと -
これが「バカ」漫画だ! 真剣さというリスクを冒す人々。
2019-01-08 23:2851ptども。2018年もあっというまに一週間以上が過ぎ去りましたね。光陰矢の如し。少年老い易く学成り難し。時が経つのはあっというまだと実感します。
そういうわけできょうも更新しようと思うのですが、何を書いたら良いかなあ。バカ漫画の話でもしましょうか。
この場合の「バカ」とはあまりにも荒唐無稽だとか、ばかばかしいということではなくて、徹底して真剣であること。そして、人に笑われることを怖れないことを意味しています。
おおよそフィクションとは何らかの価値観を示すものであるわけですが、その価値観を明確に提示することをまるでためらわない。そういう態度をぼくは「バカ」と呼んでいます。
ぼくが大好きな高河ゆんさんの漫画『恋愛』は究極のバカ恋愛漫画です。
この漫画の主人公はある絶世の美青年なのですが、かれはあるとき、ブラウン管のなかのアイドルの少女に恋をし、彼女を手に入れるべく自らもアイドルになって -
人狼ゲーム部員を募集するよ!
2019-01-07 13:2351ptさて、一昨日の記事の続きです。2018年は友達のあいだの関係性がさらに一段階ディープに進展した年だったという話でした。
これはぼくの友人関係のなかでも最も親しく付き合っている人たちとの話ですが、もう少し広い関係でもいろいろと成果が出ています。
ぼくはいま、いくつかのそれぞれ性質の異なるLINEグループで日々、コミュニケーションを続けているのですが、そのなかにはある趣味を共有しようとするグループもあります。
たとえば、「ゲーム部」であるとか、「読書部」だとかですね。「ゲーム部」はいっしょに対戦ゲームを遊ぶ人たちのグループですし、「読書部」では月一回、ボイスチャットによる読書会をひらいています。
ここに「映画部」などを加えたいのですが、どうかなあ。需要はあるでしょうか?
まあ、それはともかく、そういうLINEグループをいくつか持っているわけです。これらのグループは、オフ会に参加して -
マンガ『メタモルフォーゼの縁側』はオタクの初心を思いださせる傑作。
2019-01-06 00:1051pt昨年末、『メタモルフォーゼの縁側』というマンガを読みました。Twitterにはちょっと書いたのですが、これはぼくの昨年のベストです。
筋立てを話すと、ある老婦人がささいな偶然からボーイズ・ラブ漫画を読み、とりことなり、そのことをきっかけとして孤独な女子高生と何十歳も年の離れた友人になるというストーリー。
女性同士の友情ものであり、BL漫画を媒介にした「腐女子仲間」ものとも読めるというなかなか興味深い題材です。
とはいえ、じっさい読んでみるとBLだとか「腐女子」だとかいう刺激的な素材に溺れることなく、きわめてていねいに綴られた物語という印象。じつにすばらしい。これはオススメですね。未読の方はぜひ読まれてみてください。
それでは、何がそれほど良いのか? いろいろな視点がありえると思いますが、ぼくは「物語を読むこと」の最も原初的なところを思いださせてくれるから、といいたい。
ある物語 -
「友人」から「仲間」へ。2018年は新しい一歩を踏み出した年。
2019-01-05 10:2351ptペトロニウスさんが2018年を振り返る記事を更新していますね。
http://petronius.hatenablog.com/entry/2019/01/05/055912
2018年の目標はだいたい達成できた、そのなかでも大きかったのは同人誌制作だったということのようです。おめでとうございます。
その同人誌制作作業にはぼくも関わっているわけですが、いやー、楽しかった。でも大変だった(笑)。
夏コミは十分な余裕をもって完成し、「おお、おれら有能じゃね?」と調子に乗ったのですが、冬コミでは同じ分量の本を2冊出すことになってかなり無理めのスケジュールに。
結局は完成しましたが、けっこうギリギリだった。これを教訓に、次は早めに動きだしたいものですね。
とはいえ、「しゅらばだー」とかいいつつ終わらない作業に挑むこともそれはそれで楽しいわけで、まあ、やって良かったです。まだ終わっていま -
『欲望会議』。エロティシズムの根源を問う。
2019-01-04 12:5751pt『欲望会議』を読みあげました。
アダルトビデオ監督の二村ヒトシ、哲学者の千葉雅也、フェミニストで現代美術家の柴田英里が集まって話しあった内容をまとめた対談集で、これがめっぽう面白い。
テーマは「欲望」。そして、しばしば人間の欲望を抑圧しようとしているように見えるフェミニズムやポリティカル・コレクトネスといった思想です。
人間にはさまざまな欲望があるわけですが、ここで俎上に載せられているのは性的な欲望。そこで、性的な欲望とポリティカル・コレクトネス(「政治的正しさ」と訳されるが、これがほんとうに的確な訳語なのかどうかは微妙なところ。以下「PC」と略す。)の衝突が話題に挙がります。
そもそも人の性的欲望とは、表立って語ることをためらってしまうような性質をもつものです。ありとあらゆるものにスポットライトをあて分析している現代においてもなお、寝室の出来事はあまり表立っては語れない。
も -
田中芳樹とクイアなセクシュアリティ。
2019-01-03 05:1351ptきのうの続き。
さて、そういうわけで、『アイの物語』のなかで山本さんは人間のあまりにも明確な限界を抱えた「愛」を否定的に捉え、マシンの完全な「i」を賛美している(ように見える)わけですが、ぼくにはこの「i」という概念が単なる錬金術の夢、ある種、形而上学的な架空の概念に過ぎないように思えます。
ようするに、それはウソじゃね、と。ぼくはだれか、ないし何かを愛することはどうしても差別をともなうと考える人間です。
それは人類がそういう生きものだというだけではなく、そもそも愛とは原理的にそういった性質のものだと思うのですね。いや、そういう限界を超えた愛があるんだ、といわれても、具体的に提示できないならそれはただの空想でしょうと。
山本さんが、人間の差別的な「愛」に、つまり人間の差別性に非常に憤りを感じていることはわかるんですよ。山本さんの視点から見れば、人間はまるで不完全な存在だということ
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