バックラッシュ!  なぜジェンダーフリーは叩かれたのか?

 数年前に出た『バックラッシュ!』という本のなかで、上野千鶴子がオタクについてこんなことを書いている。

 ギャルゲーでヌキながら、性犯罪を犯さずに、平和に滅びていってくれればいい。そうすれば、ノイズ嫌いでめんどうくさがりやの男を、再生産しないですみますから。

 ただし、そうなった場合、彼らの老後が不良債権化するかもしれませんね。ところが、彼らが間違って子どもをつくったらたいへんです。子どもって、コントロールできないノイズだから。ノイズ嫌いの親のもとに生まれてきた子どもにとっては受難ですよ。そう考えてみると、少子化はぜんぜんOKだと思います。

 ひどい。これがフェミニズムを代表する論客の発言だというのだから呆れる。まず「再生産」という言い草がひどいし、そもそもオタクを「ノイズ嫌い」と決め付け、さらには子どもを作る資格がないといい切るところは、差別言説以外の何ものでもない。

 オタクについてなんてろくに知識もないだろうに、なんでこういうことを言うかなあ。子供が親の「再生産」でありえないことをまさかわかっていないわけではないだろうが、卑しくもフェミニストを名のる人間が平然とこういう発言をしてしまうあたり、うんざりさせられる。

 たぶん「オタクとは自分に都合がいい美少女を愛でる連中である。」→「こういう連中はコントロールできないノイズが嫌いに違いない。」→「だから子供を育てたりすることは苦手に違いない」というロジックなのだろうが、どう考えても粗雑な理屈である。

 あたりまえだが、オタクであっても普通に結婚して立派に子育てをしているひとは多い。オタクの親が特に子供を虐待したりする確率が高い、などという話は聞いたことがない。彼女は何を根拠にオタクをののしっているのだろうか。

 オタクたちがじっさいにやっているのはアニメを見てゲームをプレイして動画を見ただけのことである。ところが、そこに「オタクはノイズ嫌いだから、子供を育てる能力がない」といった過剰な意味付けがなされてしまう。いったいこれは何なのか。

 どんな分野に対してもきっぱり断言できるひとはかっこいいのかもしれない。しかし、じっさいには自分が知らないジャンルについてはそう簡単にいい切ることはできないはずである。上野は「かっこよさ」を重視しして学者としての慎重さを投げ捨てているようにしか見えない。

 この本は、フェミニズムに対する反抗運動バックラッシュを批判した本である。その本のなかで平然とひとを差別しているのを見ると、思想と人間についてあらためて考えさせられる。偉大な思想は人間の質を高めたりしないってことですね。

 ため息。