【真・善・美】に宿る【神の愛=主イエス】!
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【真・善・美】に宿る【神の愛=主イエス】!

2018-02-24 14:01

    【2008年9月14日に作成した<第473回>に加筆】
    ◇◇【真・善・美】の<道>は【神の愛=主イエス】を体感できる<香り>!◇◇

    【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
    世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

    精神苦・病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
    <対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉>が
    【神の愛=主イエス&聖霊】が与えてくれる【神愛力=隣人愛&奇蹟】です!

    たとえ【聖書】や【神の愛=主イエス】を知らずとも認めずとも理解しなくても、
    【神の愛=主イエス】を体感できる<知識の香り>に<歓喜!感動!感謝!>です。

    ●神に感謝します。
     神は、わたしたちをいつもキリストの勝利の行進に連ならせ、
     わたしたちを通じて至るところに、
     キリストを知るという知識の香りを漂わせてくださいます
     (コリント後書2-14)

    世界中の民族が大切に愛する独自の【真・善・美】を体現する<道:文化・技能>には
    【神の愛=隣人愛】で光り輝く【神の愛=主イエス】の<香り・気配>を感じれらます。

    ●<どこに至るも真理を吸収する力:Universal Absorbing Power(内村鑑三)>
      ★すべて真実なこと、すべて敬い尊ぶべきこと、すべて正しき(公義な)こ と
      ⇔【宗教的真理】<真>
      ★すべて純真(清潔)なこと、すべて愛すべきこと、すべて誉れあること
      ⇔【道徳的善行】<善>
      ★すべて愛すべき(人の心を引き付ける)こと、また徳といわれるもの、
      称賛に値する(耳に善き響きある)もの
      ⇔【審美的美事】<美>
     それらのものを心にとめなさい(聞き捨てにおかず思想の材料とせよ
     (ピリピ書4-8)
    ●全て真実なこと、全て尊ぶべき気高いこと、全て正しきこと
     全て純粋な清くいさぎよいこと、全て愛すべきこと、
     全て誉れあること、全て徳といわれるもの、称賛に値するものあれば
     それらのものを心にとめなさい(ピリピ書4‐8)
     
    たとえば日本の伝統的な【真・善・美】を体現している<武道>や<相撲>にも
    【神の愛=主イエス】の<香り・品性>を体感できます。

    ●【愛の讃歌】(コリント前書13-4~8)
     【愛=主イエス】は耐え忍び寛容である。【愛】は情が深く人の益を図る
     【愛】はねたまない、誇らない、高ぶらない、非礼を行わない。
     【愛】は己の利を求めない、軽々しく怒らない、人の悪を念(オモ)わない。
     【愛】は不義を喜ばないで真理を喜ぶ
     全てをおおい包み、全てを信じ、全てを望み、全てを耐えて支える
     【愛】はいつまでも絶えることがない

    御存知のように従来の<武道:剣道・柔道>や<相撲>と「欧米のスポーツ競技」の
    <勝利者>との態度には明らかな違いがありました。

    <勝利者>は勝っても敗者の前で誇り高ぶらず非礼を行なわない気品があります。
    国際化して欧米のスポーツ的になってしまった柔道や相撲では変化してしまいましたが、
    今でも<剣道>の世界では、勝利者が静かにこぶしを握る「ガッツ・ポーズ」をしても
    <反則行為>として判定負けになるシーンを見て驚きました。

    今や日本の国技の<相撲>が権威も威信も誇りさえも失われつつあるように感じます。
    本来の<相撲>とは「強ければよい」といった「勝ち敗け」だけの競技というよりも、
    チャンピオンである「横綱」は強くて優しい「横綱相撲」を取る<風格>が重んじられ、
    「弱いものいじめ」をするような態度や卑怯な技を使って勝つことは「恥じ」でした。

    他の格闘技と異なり重量無差別なので小さくても大きな相手に勇敢に立ち向かう
    <心意気>こそが、ただ勝負に勝つことよりも価値があることを自然に学べました。

    つまり<強大な者>が勝つことは当たり前ですが、一方で、<弱小な者>であっても
    負けても堂々とした「負けっぷり」にも【真・善・美】を見出せるのが<相撲>ですね。
    日本民族が誇る「武士道」や「大和魂」や【神の愛=隣人愛】にも通じる<美徳>です。

    ●戦いに勝って勝つのではない、真理に従って勝つのである。
     戦いに負けて負けるのではない。真理に反して負けるのである(内村鑑三)
    ●武士道(内村鑑三)
     -正直なること
     -高潔なること
     -寛大なること
     -約束を守る事
     -借金をせざること
     -逃げる敵を逐(オ)わざること
     -人の窮境に陥るを見て喜ばざること

    既に欧米・アジア諸地域では存在している<24時間福音専門チャンネル>の創設は
    私の【ビジョン:理想・夢望・念志】の一つですが日本にも匹敵する番組が現存します!

    教会や寺院で高名な聖職者に説教を受けなくても小さい頃からTV番組で放映される
    相撲中継を観続けるだけでも勝利者としての<品格>や挑戦者としての<心意気>を
    具体的に体感できることは日本の素晴らしい<伝統的教育文化>だと思いませんか?
    国技である<相撲>とは【キリスト道:聖愛・聖義・聖徳・聖善】の<香り>です。

    ●語るための真理にあらず、信じて行なうための真理なり(内村鑑三)
    ●やって見せ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かぬ
     話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず
     やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず (山本五十六)

    これまで<相撲>が具体的に体現してくれた【神の愛=主イエス】の<香り>である
    【神の愛=隣人愛】に光輝く素晴らしい【真・善・美】ですが、賞味期限が来ました。

    日本民族が愛する【真・善・美】が体現された<相撲><武道>が<香り>を失っても
    【神の愛=隣人愛】の<香り・気配>の本源である【神の愛=主イエス】を知っている
    私たちは心配御無用です!

    日本民族が誇り愛する【真・善・美】の<香り>や<光>が失われつつある現代にこそ
    【光:真・善・美】そのものであり、<真理・神愛の道>であり、待ちに待った待望の
    【神の愛=主イエス】が歓迎される<最善の時代>の到来です!ハレルヤ!

    ●天の下では、何事にも定まった時期あり、すべての営みには時がある。
     生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
     植えるのに時があり、植えたものを抜くのに時がある。
     殺すのに時があり、癒すのに時がある。
     崩すのに時があり、建てるのに時がある。
     泣くのに時があり、微笑むのに時がある。
     嘆くのに時があり、躍るのに時がある。(伝道の書3-1~5)
    ●神のなされることは全てその時にかなって美しい(伝道の書3-11)
    ●魂のよろこびに
     まさる喜びはなし。
     これによりて枯骨も芽をふく。
     この喜びを、わが主は常に、
     われらのために増したもう(ヒルティ)
    ●日本に欠乏しているものは何か。それは富ではない。知識ではない。
     才知ある計略でもない。愛国心でもない。道徳でもないだろう。
     日本に欠けているのは「生きた確信」である。
     真理そのものを愛する「情熱」である。
     この確信、この情熱からくる無限の歓喜と満足である(内村鑑三)

    社会も自己も<闇:不義・不正>と【悪:無知・無関心・無責任】に支配される事で
    【神の愛=隣人愛】の<光・熱気>や<香り・気配>が弱まり失われつつあろうとも
    <世の光・香り>の源泉である【神の愛=主イエス】が、<暗闇>に生きる私たちを
    【御言葉】である【ビジョン:理想・夢望・念志】によって照らし導いてくれます!

    ●あなた方は、以前は闇であったが、今は主にあって光となっている。
     光の子らしく歩きなさい。光はあらゆる善意と正義と真実との実を
     結ばせるものである(エペソ書5-8~9)
    ●暗闇の中に歩んでいた民は大いなる光を見た。
     死の陰の地に住んでいた人々の上に光が輝いた(イザヤ書9-2)
    ●イエスは人々に言われた。
    「私は世の光である。私に従う者は決して暗闇の中を歩むことなく、命の光を持つ。」
    (ヨハネ伝8-12)
    ●こうして預言の言葉は、私たちにいっそう確実なものとなった。
     あなた方も、夜が明け、明星がのぼって、あなた方の心の中を照らすまで、
     この預言の言葉を暗闇に輝くともしびとして、それに目を留めているがよい
     (ペテロ第ニ書1‐19)
    ●主よ、あなたは私の灯りを輝かし、神よ、あなたは私の闇を照らしてくださる
    (イザヤ書42-16)
    ●神に従う人のためには光を、心のまっすぐな人のために喜びを種まいて下さる
    (詩篇97-11)
    ●主よ、あなたは私の灯で、私の闇を輝かせて下さるのは主だからである
    (サムエル後書22-29)
    ●暗闇と死の陰に座している者たちを光で照らし、我らの歩みを平和の道に導く
    (ルカ伝1-79)
    ●光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった(ヨハネ伝1‐5)
    ●私は言う。「闇の中でも主は私を見ておられる。夜も光が私を照らし出す。」
     あなたには、闇も暗くなく、夜も昼も共に光を放ち、夜は昼のように明るく輝く。
     あなたには、闇も光も同じで異なることはない(詩篇139-11~12)

    日本民族が愛する【真・善・美】の体現である「恥の文化」「武士道」「大和魂」が
    自分の中にも社会全体でも、堕落崩壊し弱体化しているなら、私たちの<出番>です!

    <熱き思い燃える心>である【青春:幼な心・青年の心】に【神の愛=隣人愛】で輝く
    私たちの【ビジョン:理想・夢望・念志】も【真・善・美】の【神の愛=主イエス】の
    導きで<香り>と<光:活気>に満ち溢れているので闇深い自己と【隣人・社会】を
    【ビジョン:理想・夢望・念志】を<人生の旗印>に掲げて明るく元気にさせましょう!

    ●暗闇を不安に思うより、1本のろうそくに火を灯しなさい(エリノア・ルーズベルト)
    ●暗いと不平をいうよりもすすんであかりをつけましょう!(心のともしび)
    ●一灯を下げて暗夜を行く、暗夜を憂うることなかれ、ただ一灯を頼め(佐藤一斎)
    ●たった一つのロウソクなどと考えてはなりません。すべての人が自分のロウソクに
     火を灯せば、真っ暗な夜を明るい昼に変えることができるのです(オグ・マンディーノ)

    たとえ【聖書】や【神の愛=主イエス】とは無関係に思われようとも皆さん自身が
    心から信じ望み愛する【真・善・美】を体現化した<道:文化・技能>にあろうとも、
    【神の愛=主イエス】の<香り・気配>である【神の愛=隣人愛】を体感できるなら
    たった独りでも挑戦し続け【御言葉】【ビジョン:理想・夢望・念志】に前進する
    【愛と自由の戦士・神の僕】<福音の戦士>【福音の勢力】として活躍されることを
    心より応援しています!

    ●神への信仰は本能である。それは二本の足で歩くのと同じく、
     人間に生来備わっているものだ(リヒテンベルク)
    ●神を感じるのは心情であって、理性ではない。信仰とは、そのようなものである
     (パスカル)
    ●神を信仰するといっても、自分の悟性で推測する事のできるものしか信仰しないのは、
     神の理念を極小化する人間である(ライプニッツ)
    ●認識は信仰の報酬なり。ゆえに信ぜんがために認識せんとするにあらず、
     認識せんがために信じよ(アウグスティヌス
    ●もっとも深い真理は、ただもっとも深い愛のみにひらく(ハイネ)
    ●真理は生み続ける。いかなるものも、これを止めることはできない(ゾラ)
    ●人生の意義は偽をにくみ、真を愛することを学ぶにある(ブラウニング)
    ●私は、あなたの行ないを知っている。
     見よ。私は、誰も閉じることのできない門を、
     あなたの前に開いておいた。
     なぜなら、あなたは力が弱かったが、私の言葉を守り、
     私の名を知らないと否まなかったからである(黙示録3-8)
    ●海よりも大きなながめがある。それは空である。
     空よりも大きなながめがある。それは魂の内部である(ユーゴ)

    ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
    栄光を主に帰します!アーメン!

    それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
    May grace and peace be with your spirit.
    Good luck & God bless you!
     
    メイル歓迎します!
    cforum@tanaka.name
    田中 聡(さとし)





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