【ビジョン:理想・夢望・念志】の<霊的兄弟!真の友!>になって<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く<真理>【神愛方程式=神愛摂理】【神の愛=主イエス】!
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【ビジョン:理想・夢望・念志】の<霊的兄弟!真の友!>になって<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く<真理>【神愛方程式=神愛摂理】【神の愛=主イエス】!

2020-02-18 12:01

    ◇◇【主イエス】は【真の友】&【霊的兄弟】!◇◇
    【2006年1月19日に作成した<第396回>に加筆】 

    ●真の友はどんな時も愛し続けるものであり、
    苦難の時のために生まれた兄弟である(箴言17-17)

    【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
    世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

    精神苦・病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
    <対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉>が
    【神の愛=主イエス&聖霊】が与えてくれる【神愛力=隣人愛&奇蹟】です!

    私たちの信愛する【神の愛】は【三位一体:父・子・聖霊】であることは
    大いなる<神助:祝福・恩恵>です!

    ●【三位一体】⇔【三方面よりの愛】(内村鑑三)
     【父】   ⇔父の厳格 ~ 上より
     【聖霊】  ⇔母の慈悲 ~ 下より
     【子】   ⇔兄の同情 ~ 側より

    キリスト教の【神の愛】だけでなく、どんな宗教でも【正義と聖愛】や【厳格と慈悲】は
    存在すると私は理解しています。

    しかし単なる教祖と弟子の<師弟関係>や主人と僕の<主従関係>を超えた関係で
    私たちの【真の友】&【霊的兄弟】となってくれる!とは
    何と素晴らしい【福音】でしょう!ハレルヤ!感謝します!

    ●私の命じることを行うならば、あなた方は私の友である(ヨハネ伝15-14)
    ●もはや、私はあなた方を僕とは呼ばない。
     僕は主人が何をしているか知らないからである。
     私はあなた方を友と呼ぶ。父から聞いたことをすべて、
     あなた方に知らせたからである(ヨハネ伝15-15)

    私には日々の苦悩に共感し私の【ビジョン:理想・夢望・念志】を理解してくれる
    【同志・同労】の親友や兄弟は身近にはいません。私は人徳が皆無なので、
    たとえ世界中を一生懸命に捜し求めたとしても存在しないかもしれません。

    だからといって私は失望していません。私には既に最善・最強の【同志・同労】の
    【真友】&【霊的兄弟】がいるからです!<いつも一緒!>の<人生伴侶>で
    共に喜び共に悲しんでくれて、たとえ私が忘恩で裏切っても決して見捨てず、
    最後まで見守ってくれる存在です!

    ●視よ、我は世の終わりまで常に汝等と共に在るなり
     ≪With You Always≫(マタイ伝28‐20)
    ●【友人としての神】(内村鑑三)
     神は善き友人である。第一等の友人である。
     彼に祈祷を聞くの耳がある。恩恵を施すの手がある。
     神は名ではなく実である。道理ではなく性格である。
     帝王ではない友人である
    ●【幸福の途】
     人として生まれし最大名誉、最大幸福は、イエスを知り、
     彼に知られて、彼の友人となることである(内村鑑三)

    怠け者で不器用な私にとって自分の心に抱く【ビジョン:理想・夢望・念志】を
    目指すためには、<厳格と慈悲>だけでは不十分です。

    こんな不義・不正で<真っ黒>な私には【天の父】は恐れ多いし、
    怠け者で自己中心な私には【慈母なる聖霊】だけでは不足です。

    つまり、【子】なる【主イエス】がいてくれて、【同情】するだけでなく、
    私を励まし強め、私の<人生理想>として【先駆者・先導者】なってくれて、
    いつも助けてくれるからこそ現実生活に押しつぶされて何度ノック・ダウンしても、
    完全ノック・アウトしないのです!

    ●信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、
     走ろうではないか。彼は自分の前におかれている喜びのゆえに、
     恥をいとわないで、十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである
     (ヘブル書12‐12)
    ●なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、
     神がキリスト・イエスによって上へ召してお与えになる賞を得るために、
     目標を目指して、ひたすら走ることである((ピリピ書3-13~14)
    ●人に捨てらるるは神に拾わるるなりき、
     人に憎まるるは神に愛せらるるなりき、
     人に絶たるるは神に結ばるるなりき(内村鑑三)

    私個人の実力で不可能でも【真友】&【霊的兄弟】の【神の愛=主イエス・聖霊】に
    【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のお任せ人生で
    【アメージング・グレイス(驚くばかりの余りある恵み)】に預かれることを
    私は証言します!

    ●キリストの愛神主義は利他・利己両主義の上に超越し、
     最も多く他を利して最も多く己を利する道を我に教えたり(内村鑑三)
    ●心をつくして神を愛せよ、それからあなたの欲することを為すが良い(ヒルティ)
    ●(キリストの声)信心を得るという聖い恵みを切に要(モト)め、
     願いに満ちて追求し、辛抱づよく信依しながら待望し、感謝して受け、
     つつましく保持し、つとめてこれによって働いて、天上の恵みの来る時と、
     その様相とは、それが来るまで神に委ねまつるべきである
     (トマス・ア・ケンピス)
    ●十字架の言葉は滅び行く者には愚かであるが、
     救いに預かる私たちには神の力である(コリント前書1-18)
    ●神への愛だけが我々を徹底的にエゴイズムから解放する事ができ
     またすべての本当の自己改革の始まりである(ヒルティ)
    ●いわゆる人間愛は、すべて神に対する
     強い愛という根底がなければ単なる幻想である (ヒルティ)
    ●神が喜ばれるのは、おそらく神へのひたすらな憧れと、
     神に向かって手をさしのべることだけであろう(ヒルティ)
    ●神の無限の力に頼りて我等は我等の信じるがごとくに全ての事をなすを得るなり
     (ピリピ書4‐13)
    ●あなた方の上に聖霊が臨まれるとき、あなた方は力を受ける(使徒行伝1-8)

    【主イエス】を【真友】&【霊的兄弟】とするのは先ず【聖書】を身近にすることから
    始まります。【聖書】は【主イエス】に心で触れ、憧れ愛する<最善の道>です!

    【聖書】も【神の愛=主イエス】と同様に【真友】&【霊的兄弟】の活きた存在であり、
    <信じる対象>というよりも【敬愛する人格対象】となることをお奨めします。

    ●聖書は全て神の霊感を受け導かれ書かれたものであり、
     人に教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である(テモテ後書3-16)

    完全理解してから受け入れる<信じる対象>ではなく動植物や天然の美しさに触れれば
    感動し憧れ愛するのと同じように【聖書】もまた日々成長し続ける【霊的生命】であり、
    【神の愛=隣人愛】による<相思相愛>の<心を一つ思いを一つ>を体感できるのです!

    ●聖書は古いものでもなければ、新しいものでもない。聖書は永遠のものである
     (ルター)
    ●聖書はかつてこの世に存在した、
     あるいは存在するであろう書物の中で最高のものである(ディケンズ)
    ●何という書であるか。世界だけそれだけ広く、
     かつ大きく、造化の根底に根ざし、青空の密室にまでそびゆ。
     日の出と日の入りと、約束と成就と、生と死と、
     人類の全ての理想とは、この書の中にあり(ハイネ:内村鑑三訳)

    【福音:真理の御言葉・聖書・聖句】は<福音の戦士>【福音の勢力】であり、
    <無制限・無尽・無償>の【ダイナミック・パワー:堅信力・耐望力・熱愛力】と
    <一日一生!日々新た>な【バイタリティ:生活力=生命力+活力】が与えられ
    【霊性:魂[勇気]・善意・良心】が<パワー・アップ&アップ・グレード>
    されるのを霊的体感しましょう!

    今日現在、皆さんの身近に現実生活で悩み苦しむ【隣人】がいるなら、
    彼らに、説明せずにそっと【聖書】を手渡しましょう。

    私たちが説教も福音伝道することをしなくても【聖書】自らが時に応じて彼らに近づき
    素晴らしい【真友】&【霊的兄弟】の【神の愛=主イエス】に導いてくれるからです!

    ●【福音の勢力】(内村鑑三)
     福音は政治にあらず、しかれども国家を潔む
     福音は美術にあらず、しかれども美感を喚起す
     福音は哲学にあらず、しかれども思惟を刺激す
     福音は産業にあらず、しかれども富を増進す
     福音はこの世のことにあらず、しかれども人をその中心において
     活かすゆえに活動の全ての方面においてこの世を啓発す。
     この世以外の福音こそ、この世を救う唯一の勢力なれ。
    ●世に惨事多きや、福音を説くべし
     世に罪悪多きや、福音を説くべし
     国家を救わんと欲するや、福音を説くべし
     社会を改良せんと欲するや、福音を説くべし
     福音は世を救うための神の能(チカラ)なり(内村鑑三)
    ●【キリスト教の真意(内村鑑三)】
     活動思索の全ての方面においてエホバの神を崇め奉る、
     これキリスト教の真実となす。
     -天体に神の栄光を探る
     -地層に神の御手の工(ワザ)を求む
     -詩歌に神の無限の愛をたたえる
     -美術に神の美妙の理想を現わす
     -農は神と共に神の地を耕すこと
     -工は神と共に造化の上に、さらに造化を加えること
     -商は神と共に神の物産を広く四方に分かつこと
    ●福音は社会のためにあらずして、社会は福音のためなり
     福音は顕れたる神の聖旨を実顕せんがために世を造り給いしなり。
     福音は目的にして社会は手段なり(内村鑑三)

    実際に私自身がそうだったのです。私の実家も兄弟親族もキリスト教とは無縁でした。
    にもかかわらず実家の書棚にポケット・サイズの
    【英語対訳版・新約聖書】(ギデオン協会)が誰も知らぬままに保存されていたのです。

    サラリーマン時代の私は望みの米国勤務が実現したので、実家に立ち寄った際に、
    米国勤務に役立つ本を探した時のことです。

    それまで誰にも気づかれずに収まっていた【聖書】の方から私を招いてくれたのです!
    「英語がきっと役に立つよ!」そのおかげで私は【聖書】と共に、憧れの地アメリカに
    渡れたのです!帰国後の私にとって【聖書】は欠かせない【同志・戦友】となりました。

    もし英語対訳版でなければ、私は実家で【聖書】と出会うことはなかったでしょう。
    単なる偶然ではなく【神の愛の奇蹟】です!ハレルヤ!栄光を主に帰します!

    16年後の今日現在から振り返れば何と絶妙なタイミングであったか恐ろしいほどに
    美しい出来事であることを証言します!

    ●天の下では、何事にも定まった時期あり、すべての営みには時がある。
     生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
     植えるのに時があり、植えたものを抜くのに時がある。
     殺すのに時があり、癒すのに時がある。
     崩すのに時があり、建てるのに時がある。
     泣くのに時があり、微笑むのに時がある。
     嘆くのに時があり、躍るのに時がある。(伝道の書3-1~5)
    ●神のなされることは全てその時にかなって美しい(伝道の書3-11)
    ●我(主)が為すことを汝今は知らず、後に悟るべし(ヨハネ伝13-7)
    ●あなたはまことに、大いなる方、奇しいわざを行なわれる方です(詩篇86‐10)

    私の実体験から考えるなら【神の愛=主イエス】との出逢いには前提条件はありません。
    教会信者でなくても大丈夫、境遇も資格も無関係です。

    【神の愛=主イエス】との出逢いは【霊感:インスピレーション・ひらめき】を
    大切にして始めは憧れと好奇心だけで十分だと思います。

    私の最初の【出逢い】は少年時代に観た映画「ベン・ハー」に登場した
    イエス・キリストの<生き様>でした。特に鮮やかに心に刻まれたシーンがあります。

    それは主人公のベン・ハーが無実の罪で奴隷船へと連行される途中のことです。
    恐らくそこはナザレの町なのでしょう。ベン・ハーは水も与えられず、
    歩き続けて疲れきって、ついに道端に倒れてしまいます。
    しかし、周囲の人々は、棍棒を持った番兵が怖くて近づくこともできません。

    ベン・ハーがもう終わりだと観念した時のことです。
    水の入ったお椀をそっと彼の口元に差し出す人がいるではありませんか!
    ベン・ハーはその手をつかんで顔を見上げます。
    灼熱の太陽を背にして、その方の顔は逆光ではっきり見えません。

    その時です、背後から怒鳴りながら巨漢の番兵がやって来ます。
    巨漢の番兵が棍棒を振り上げて今にも≪その方≫を背後から殴りつけようとしました。
    すると≪その方≫は立ち上がり、後ろを振返って、怒った番人と向かい合います。

    それまで怒って腕を振り上げていた番人が表情を変えて殴りつけようとした自分を
    恥ずかしく思ったような顔をして、静かにその場を立ち去って行くのです。

    映画では≪その方≫【主イエス】の表情を一度もアップで見せる事はありませんでした。
    <うしろ姿>や逆光で影の顔だけで表現されて、一体何者なのかは解りません。

    それでも幼かった私は「この人は何と優しくて強い人なんだろう!」と感動したのです。

    【主イエス】の姿に憧れと好奇心が起こり【心の奥】に静かに留めていたので、
    それから20数年後に「英語対訳版」の【聖書】に手を差し伸べることができました。

    【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】<真理>【神愛方程式=神愛摂理】による
    全ての計らいである<神助:祝福・恩恵>に心から感謝しています!

    ●創造者、主、すべてを形づくり、確立される方。
     その御名は主。主はこう言われる。
    「私を呼求めよ。そうすれば、私はあなたに答え、
     あなたの知らない隠された理解を超えた大いなる事を、
     あなたに告げ知らせよう」(エレミヤ記33-2~3)
    ●<神を見ること>(内村鑑三)
     神を見るとは夢幻(マボロシ)の彼を見るということではない
     また神秘的に彼を感ずるということでもない
     神を見るとはイエス・キリストを真(マコト)の神として認むることである

    【聖書】を通じて憧れと好奇心で身近な【敬愛の対象】となって、
    いよいよ【主イエス】が【真友】&【霊的兄弟】となるということは
    具体的にどういうことでしょうか?

    【聖書】に記される【キリスト伝:イエスの生涯と教え】を<人生理想>と見習って、
    自己の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に従う【ビジョン:理想・夢望・念志】を
    <人生の旗印>に掲げることに気づくはずです。

    【主イエス】に信頼して【主イエス】ならばどうするか?を考えて決断と実行する時は、
    失敗しても苦になりません。【真友】&【霊的兄弟】の【神の愛=主イエス】を通じて、
    私たちは<現実>に失敗しても<理想>に生きていることの大切さを学ぶからです!

    ●われキリストにならわんと欲して、キリスト伝を学ぶ。学んで、それから、
     ますます倣(なら)うの難さを知り、知りて、それから失望し、失望して、
     それから自己の罪を覚り、覚りて、それから、ついに彼の十字架にすがり、
     すがりて、それから、やや少しく倣いうるに至る。
     先ず、キリストに殺されなくては、キリストにあり生き、
     彼の如く行うことはできない(内村鑑三)

    皆さんが【聖書】を通じ【真友】&【霊的兄弟】である【主イエス】と相思相愛の
    【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のお任せ人生で
    <不屈の楽観楽天能力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊性活気力】で
    <最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢望・念志】に前進されることを
    心より願っています。

    ●あなたは悟しをもって導き、後には栄光のうちに受入れて下さいましょう。
     天ではあなたの他に私は誰を持ち得ましょう。
     地上ではあなたの他に私は誰をも慕い望みません(詩篇73‐24~25)
    ●かつて書かれた事柄は、すべて私たちを教え導くためのものです。
     それで私たちは聖書から忍耐と慰めを学んで希望を持ち続ける事ができるのです
     (ロマ書15-4)
    ●我々は何をなすべきか、またそれをいかに為すかについて、
     決して無頓着であってはならない。
     いやむしろ我々はすべての勤勉と才能とを真剣に活用しなくてはならない。
     ただし、野心や所有欲からではなくて
     義務感と神への愛からそれをしなければならない。
     そして、事の成否は、神に委ねるべきである(ヒルティ)
    ●神が私たちに求め給うのは、わたしたちと共にいますこと、
     神に心を寄せる者を見出し、その心を神みずからの霊によってさらに育て、
     かつ生き生きとさせること、これ以外の何ものでもない(ヒルティ)
    ●汝は何事にも慎み苦難を忍び、伝道者の業をなし、汝の職をまっとうせよ
    (テモテ後書4-5)

    【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に従う【ビジョン:理想・夢・志】を目指して、
    どんなに失敗し挫折しようとも、たとえ無理解で孤立無援になろうと、道を外れて
    <泥だらけ>になろうとも【神の愛=主イエス】と共に再起・再出発しましょう!

    ●人格は平静の中では作られない。試練と苦しみを通してのみ、
     魂は強くなり、野心は燃え、成功は成し遂げられる(ヘレン・ケラー)
    ●あらゆる失敗は成功に向かう第一歩である(ウィリアム・ヒューエル)
    ●あなたがころんでしまったことに関心はない。
     そこから立ち上がることに関心があるのだ(リンカーン)
    ●人生でもっとも輝かしい時はいわゆる栄光の時でなく、落胆や絶望の中で
     人生への挑戦と未来への完遂の展望がわき上がるのを感じたときだ
     (フローベル)
    ●私たちのもっともすばらしい栄光は、決してくじけないことではなく、
     くじけるたびに、起きあがってくることにある(オリバー・ゴールドスミス)
    ●私は落胆しない.なぜなら、どんな失敗も前へ進むためのステップになるからだ
    (エジソン)

    私のような弱小の意気地なしの臆病な愚かな人間であっても【神の愛=主イエス】を
    【真友】&【霊的兄弟】として迎えるなら【神の愛=主イエス】に励まされ導かれて、
    何度でも起ち上がり、<ハッピー・エンド>に向かって前進し続けられます!

    ●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
     一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、
     私たちの参加すべき競争を耐え忍んで走りぬこうではないか。
     信仰の導き手であり、また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、
     走ろうではないか(ヘブル書12‐1~2)
    ●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、目標を目指して走り、
     キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与(栄光)を得ようと努めている
     (ピリピ書3-13~14)
    ●罪を忘れ、疾病を忘れ、失敗を忘れ、怨恨を忘れ、
     神と生命と成功と愛とに向かって進まんのみ(内村鑑三)
    ●なおも神の御手に御心に逆らわず、勇気と希望をすこしも捨てぬ。
     私は静かに耐えまっすぐに前進する(ミルトン)
    ●神に近づきなさい、そうすれば神もあなた方に近づいて下さるであろう
    (ヤコブ書4-8)
    ●恐れてはならない、私はあなたと共にいる
     驚いてはならない、私はあなたの神である
     私はあなたを強くし、あなたを助け
     我が勝利の右の手をもって、あなたを支える(イザヤ書41‐10~14)
    ●神は我等の避け所また力なり、悩める時の最(イト)近き助けなり。
     されば、たとえ地は変わり山は海の中央に移るとも我等は恐れじ(詩篇46‐1)
    ●あなたの神、主は、あなたのただ中におられる救いを施す勝利の勇士だ。
     主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与え
     新しくされる。主は高らかに歌って、あなたのことを喜び給う
     (ゼパニヤ書3-17)
    ●目を高く上げて、誰が天の万象(万軍)を創られたかを見よ
     この方は、その万象(万軍)を数えて呼び出し、一つ一つその名をもって
     呼ばれる。この方は、勢力に満ち、その力は強い、一つも、もれるものはない
    (イザヤ書40-26)

    【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のお任せ人生で
    日々直面する患難辛苦を【神愛特訓:オーディション!リハーサル!】と受け止め
    【主イエス】再臨で地上誕生される<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>の
    本番舞台でエデンの楽園復活事業に【ビジョン:理想・夢望・念志】で参加する為に
    混迷している現代日本社会にあって【真友】&【霊的兄弟】の【主イエス】と共に、
    自己の【闇】【罪責感:自己不信・自己否定・自己嫌悪】に失望せず堕落・妥協せず
    <ビジョニスト:光の子・世の光・地の塩><福音の戦士>【福音の勢力】となって
    <不屈の楽観楽天能力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊性活気力】で
    【救国:民族精神復興&国体再建】【世界平和:自由&正義<隣人愛>の結実】に
    皆さんの心に抱く<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢望・念志】を
    死守して世界を舞台に活躍されることを心より応援しています!

    ●あなたにゆだねられている事を守りなさい。そして、俗悪な無駄話と偽りの
     「知識」による反対論を避けなさい(テモテ前書6-20)
    ●夢を求め続ける勇気さえあれば、すべての夢は必ず実現できる(ディズニー)
    ●志が一度確立すれば、人に求めたり、世の中に願ったりすることもなく、
     断固とし、一人でも楽しみながら実行する(吉田松陰)
    ●今日も、明日も、困難が待ち受けている。
     しかし、それでも、わたしには、夢がある(キング牧師)
    ●幾たびか辛酸を経て、志ははじめて固まるものだ。その志を貫くためには、
     玉となって砕けることを本懐とすべきであって、志をまげて瓦となってまで、
     生きながらえるのは恥とする(西郷隆盛)
     ★<玉>=価値あるもの[正義・名誉]⇔<瓦>=がらくた[生き甲斐の無いもの]
    ●ある事はある時に至れば成るなり、急ぐべからず、怖るべからず、
     ただ神を信じて待てば足る、エホバを待ち望め、然らば彼れ汝を救わん
    (内村鑑三:箴言20-22)
    ●イエスに対する【貴い愛】は人を促して大きな仕事をなしとげさせ、
     人を励ましいつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。
     愛は常に向上を欲していかなる、
     いと低い事物によっても引き停められることを望まない(トマス・ア・ケンピス)

    ハレルヤ!栄光を主に帰します。
    主の恵みに感謝します!アーメン

    それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
    Good luck & God bless you!
     
    異論・反論・疑問など何でもメール歓迎します!
    cforum@tanaka.name
    ウェブ:https://cforumtanaka.jimdo.com
    田中 聡(さとし)






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