【ビジョン:理想・夢望・念志】で<先回りの神愛><神助:祝福・恩恵>に<先取りの神愛感謝>で応答させる<真理>【神愛方程式=神愛摂理】【神の愛=主イエス】!
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【ビジョン:理想・夢望・念志】で<先回りの神愛><神助:祝福・恩恵>に<先取りの神愛感謝>で応答させる<真理>【神愛方程式=神愛摂理】【神の愛=主イエス】!

2020-08-06 13:30

    ◇◇【神の愛・主イエスの愛】⇔【先回りの神愛】◇◇
    【2003年11月1日に作成した<第321回>に加筆】

    ●Best is not yet come.<お楽しみはこれからだ!>
     (ブラウニング)
    ●【最善の最後】(内村鑑三)
     信者の生涯は始めは悪くして、終わりは善くある。
     終わりに近づくほど、ますます善くある。
     最後(ラスト)が最善(ベスト)である。

    【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
    世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

    精神苦・病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
    <対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉>が
    【神の愛=主イエス&聖霊】が与えてくれる【神愛力=隣人愛&奇蹟】です!

    今日現在において、皆さんの中でも本人や家族や知人・友人・恋人を含めて
    進学、就職、結婚、子育て、介護、病苦、生活苦、将来への不安など様々な
    【患難辛苦】に耐え忍でいる多くの人がいると思われます。

    たとえ今日一日が【人生のどん底】の【最悪】にあると思えても私たちには
    この世で最善最強の【福音:真理の御言葉・聖書・聖句】があります!
    現在、苦難に押しつぶされそうになっている方でも、
    【福音:真理の御言葉・聖書・聖句】を通じて【神の愛=主イエス】に
    【信仰:信愛・信頼・信従】して<神助:祝福・恩恵>を体感しながら
    <神愛忍耐:優耐・望耐・歓耐>に導かれることを心より願っています。

    ●試練を耐え忍ぶ人は、さいわいである。それを忍びとおしたら
     神を愛する者たちに約束された命の冠を受けるであろう(ヤコブ書1‐12)
    ●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
     一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、
     私たちの参加すべき競争を耐え忍んで走りぬこうではないか。
     信仰の導き手であり、また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、
     走ろうではないか(ヘブル書12‐1~2)
    ●こうして預言の言葉は、私たちにいっそう確実なものになった。
     あなた方も、夜が明け、明星がのぼって、あなた方の心の中を照らすまで
     この預言の言葉を暗闇に輝くともしびとして、それに目を留めていなさい
     (ペテロ第2書1‐19)
    ●私は平安をあなた方に残して行く。私の平安をあなた方に与える。
     私が与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。
     あなた方は心を騒がせるな、また怖じけるな(ヨハネ伝14‐27)
    ●聖徒たちよ、主をほめたたえよ
     その聖なる御名に感謝せよ
     まことに、御怒りはつかの間
     いのちは恩寵の内にある
     夕暮れには涙が宿っても
     朝明けには喜びの叫びがある(詩篇30‐4~5)
    ●恐れてはならない、私はあなたと共にいる
     驚いてはならない、私はあなたの神である
     私はあなたを強くし、あなたを助け
     我が勝利の右の手をもって、あなたを支える(イザヤ書41‐10~14)

    【神の愛=主イエス】は私たち各自の【患難辛苦】の【最悪】の日々をよく存知であり
    私たちよりも【先回りの神愛】の<神助:祝福・恩恵>による【最善の道】であったと
    後になって実感できる【歓喜の日々】が必ずやって来ることを待ち望みましょう!

    ●女がその乳飲み子を忘れて、
     その腹の子を憐れまないようなことがあろうか。
     たとい彼らが忘れるようなことがあっても、
     私(主)はあなたを忘れることはない(イザヤ書49‐15)
    ●主よ、あなたが彼らをお守りになります
     あなたはこの時代からとこしえまでも
     彼らを保たれます(詩篇12‐7)
    ●彼が神への信頼を失わずに、その試練をきり抜けるならば、
     他のいかなる道でも達せられないほど、神に近づくことができる(ヒルティ)
    ●希望は失望に終わることはない。何故なら私たちに賜っている聖霊によって
     神の愛が私たちの心に注がれているからである(ロマ書5‐5)

    人生の前半は最悪の苦難の連続でありながらも、人生の後半は遅咲きながらも
    見事に【最善の道】に導かれ【ミッション:大義・使命・天職】を開花させた
    フジコ・へミング復活のドラマがTVドラマで紹介されているのを観て
    改めて感動しました。

    【神の愛=主イエス】から託された特別固有な【タレント:個性・才能・可能性】の
    卓越したピアノ演奏の才能を「誰の為に何の為に」に最善発揮させるかを学ぶために
    【神の愛=主イエス】は彼女のために【先回りの神愛】<神助:祝福・恩恵>として
    用意してくれた【神愛特訓】【試練&召命:オーディション&リハーサル】を受け入れ
    人間の力にだけ頼らずに最後には彼女の強い【神への信仰】が【正しい道】に導いて
    【神愛奇蹟】を呼び起こしていたことを見事に紹介してくれました。

    審査員や有名な音楽家に評価してもらい、コンクールで優勝するためではなくて
    音楽を必要とする目の前のたった一人の為であろうと、どんな場所であろうとも、
    彼女が心から愛する音楽を演奏することで【神の愛=隣人愛】を提供するという
    【ミッション:大義・使命・天職】を発見できたのは【最悪の人生】を過ごして
    にもかかわらず最後の最後まで【ビジョン:理想・夢望・念志】を手放さずに
    【神の愛=主イエス】を信じ求め続けたからだと私は実感できました。

    ●神は我々のひとり一人から遠く離れておいでになるのではない
     我々は神の内に生き、働き、存在しているからである(使徒行伝17-27~28)
    ●すべての守るべき物よりも優りて、力の限り見張って、汝の心を守れ
     命の泉(生命の流れ)は汝の心より湧き出づるからである(箴言4‐23)
    ●神が擁護を与えようと決意されたら、
     何びとの邪悪もそれを害しえないであろう
     もしも、あなたが黙って忍ぶことを学んでいるなら、疑いもなく
     神の援助を覚るであろう(トマス・ア・ケンピス)
    ●主は私の力、私の盾
     私の心は主に依り頼み、主は助けられた
     それゆえ私の心は小踊りして喜び
     私は歌をもって主に感謝しよう(詩篇28‐7)
    ●神を待つ心に啓示は与えられる(賀川豊彦)
    ●信仰を持って祈る者に新世界が開かれる。
     信仰ある祈りによって理想は必ず実現せられる(賀川豊彦)

    皆さんの周囲に苛酷な【暗闇】の境遇で【神の愛=主イエス】さえも信じられず、
    「神様がいるから大丈夫!」と励ましても、素直には受け入れられないほどに
    【最悪の人生】にある人々でも【神の愛=主イエス】を知る私たちにできることは
    先ずは【聖書】や【讃美歌】だけでも、彼らの傍らにそっと静かに届けましょう!

    私たち人間の力では不可能でも<神助:祝福・恩恵>による【復活】があるからです。

    実際に私自身もそうだったのです!私の兄が恐らく予備校通学時代に受け取った
    ギデオン協会の日英対訳の「ポケット版・新約聖書」が我が家の本棚に10数年間
    誰にも知られることなく置き去りにされていたのです。

    ところが、望みの米国勤務がかなった時に、本棚を見渡した時に初めて発見します。
    それが「英訳付き聖書」であったからです!「もしかしたら海外で役に立つかも…」
    軽い気持で携帯した【聖書】が生涯を決定付けてくれた事は私には【神愛奇蹟】です!

    海外生活は夢実現の人生最高の時であり、同時に自分自身を痛感させられる
    【最悪】の【人生のどん底】を経験するのです。その時に私に【新たな道】を
    示してくれた存在が実は10数年も眠っていた【聖書】であった事も
    【先回りの神愛】<神助:祝福・恩恵>の証明だと私は体感しています。

    私を【神の愛=主イエス】に導いてくれたきっかけとは、今は亡き兄が何気なく実家に
    持ち帰ったギデオン協会からの一冊の【無償ギフト】「ポケット版聖書」だったのです!
    ハレルヤ!主に栄光を帰します!

    ●神のなされることは皆その時にかなって美しい(伝道の書3‐11)
    ●主は待っていて、あなた方に恩恵を施される(イザヤ書30‐18)
    ●あなたの若い日に、あなたの創造主を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに
     また、何の喜びもないと言う年月が近づく前に(伝道の書12‐1)
    ●おのれの罪、他人の罪に曇った良心はあなたの言葉を激しすぎると
     思うだろう。
     しかし、あらゆる虚偽をすてて、見たままをのべるがよい・・・
     傷あとをかゆがるものには、かかせるがいい。
     あなたの声は初めは味わい苦くとも、のちに消化(コナ)されると、
     みなの命の営養(ヤシナイ)となる(神曲 天国篇 第17歌124行以下)

    11月初旬に四国・中部・東海・関東全域の太平洋沿岸を震源とする「大地震」が
    予知されています。もはやいつ来てもおかしくない、未だ起きていない事の方が
    不思議なくらいだという専門家・研究者の声を聞けば、いよいよだと感じます。

    NHK総合は朝9時から夕方5時まで生放送でベテラン・アナウンサーを起用して
    有事に対応しているように感じます。各民放も地震対策の特番を放送していました。

    関東大震災や富士山爆発のような大災害が到来することを考える時に、
    私は旧約の二つのエピソードを思い出します。

    一つは「アブラハムのとりなし(創世記18-20~33)」に示されている
    【神の愛=主イエス】の行われる<真理>【神愛方程式=神愛摂理】です。
    ご存知のようにソドムとゴモラは【神の愛=隣人愛】から遠ざかった腐敗堕落の象徴で
    いつの時代にも急速に繁栄して自滅崩壊してきた個人や民族や思想に通じると思います。

    興味深い事は【神の愛=主イエス】の権限の【天変地異】を未然に食い止める方法とは
    私たちの中に、主を讃美して【礼拝:祈りと感謝】する【センチネル(守り人)】が
    【世の光・地の塩】となってわずかでも存在するだけで善いという事実です。

    アブラハムはソドムとゴモラの崩壊を【神愛の使い】に事前予告されたので、
    何とかとりなそうと50人の【正しい人】がいれば彼らのために救ってくれるようにと
    願い出ると約束してくれます。しかし、アブラハムは不安になり45人に下げます。
    さらに不安になり30人、20人、最後にはたった「10人」でもいてくれたらと、
    祈るような思いで願い出ると【神愛の使い】はそんな破格な要求にも応じたのです。

    実際のソドムとゴモラはどうだったのでしょうか?歴史から完全に根絶するくらいに
    崩壊してしまったことからみれば、たった10人も存在しないほどに
    堕落腐敗していた証明だといえるでしょう。

    現在の日本はどうでしょうか?私自身の【信仰】も試されているのだと実感します。

    二つ目のエピソードは「ヨナ書」に描かれる<真理>【神愛方程式=神愛摂理】です。

    いつの時代にも危機を警告する預言者はいますがモーゼもヨナも自ら望んで
    預言者になったのではなくて【神の愛=主イエス】】に選ばれて泣く泣く警告し
    【導き手】となったことは興味深い事実です。何故なら、彼らのような預言者は
    社会的地位やこの世の権威からのお墨付きがない無名に近い存在であり
    自分には荷が重い責任重大な【ミッション:大義・使命・天職】だからです。

    ヨナは逃げ回る中で【神の愛=主イエス】に導かれ巨大都市ニネベの崩壊の危機を
    独りで警告してやがて、当時のニネベの王自身が【神の愛=隣人愛】に目覚めて、
    町中の大きい者から小さき者まで全員が悔い改めたのたので、
    ニネベは崩壊から救われたのです。

    ところが、様々な苦難迫害にもめげず命がけで預言したヨナ自身は納得がいきません。
    偉大な預言者ヨナでも自分だけが苦労させられたと【神の愛=主イエス】を誤解します。
    しかし【神の愛=主イエス】は私たち被造物の叡智をはるかに超えられた
    <全智・全能・全愛>【聖愛・聖義・聖徳・聖善】の本源です。

    天地万物を創造し【天然の摂理】を支配する<全智・全能・全愛>の【創造主】なる
    【天の父】が【被造物】である無力で愚かなる私たちを、むやみやたらに
    独裁的にいじめる事などあり得ないことが示されていると私は実感します。

    ●あなたは善なる神にして、善を行なわれます(詩篇119‐68)
     <You are good and do good>
    ●【神の実在の原理:the First Principle of Existence】(内村鑑三)
     在って在る者の中で最も確実なる者(ヨハネ伝1-1)
    ●【ロマ書11-36】<三つの和訳>
    ★ 万物)は、神より出で、神によって成り、神に帰する。
      栄光がとこしえに神にあるように。アーメン
    ★すべては、神から、神によって、神のために存在する。
      神に世々に光栄があるように。アーメン
    ★すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている。
      栄光が神に永遠にありますように。アーメン
    ●心をつくして主に信頼せよ、
     自分の知識に頼ってはならない。
     すべての道で主を認めよ、
     そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる(箴言3-5~6)
    ●御子(主イエス)は見えない神のかたちであって、すべての造られたものに
     先だって生まれた方である。
     万物は天にあるものも、地にあるものも、見えるものも見えないものも、
     位も主権も支配も権威も、みな御子にあって造られたからである。これらの
     一切のものは御子(主イエス)によって造られ、御子のために造られたのである。
     彼は万物よりも先にあり、万物は彼にあって成り立っている。
     (コロサイ書1-15~17)

    もし現代の「勇気ある預言者」の警告のように不幸にも【天変地異】が起きたら
    それは私たち日本国民全体が学ぶ【最悪】ではなく【最善】に導くための
    【神愛特訓】の【試練:オーディション&リハーサル】<神助:祝福・恩恵>と私は信じます。

    ●万事をその最善をもって解せよ、最悪において解するなかれ(内村鑑三)
    ●私はあなた方のために立てている計画を知っているからだ。
     ‐主の御告げ‐それは災いではなくて、平安を与える計画であり
     あなた方に将来と希望を与えるためのものである
     (エレミヤ書29‐11)
    ●【患難とその結果】(内村鑑三:ロマ書5‐3)
     患難によりて壊(コボ)たれ、忍耐によりて支え
     練達(実行)によりて再築し、美わしき義の実を結ぶに至る。
     練達は希望を生ず。

    私は【天変地異】【病苦】から何が何でも生き残るだけが最大幸福とは思えません。
    【死後の天国】と<来世:永遠の命・新天新地・神愛成就>に導かれるための
    【主イエス】再臨と共に地上誕生の<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>で
    【肉体の復活】を信じられるならば誰もが一度は必ず経験する【人生最大事業】の
    通過点の【死】を満足に悔い無く、いかに迎えられるかが一番大切だと思っています。

    この世で生きるという事は【神の愛=隣人愛】<真理>【神愛方程式=神愛摂理】を
    深く体感し素直に受け入れる為に個人的【自由意志と決断】が守られながら
    【主イエス】再臨と共に地上誕生する<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>で
    本番勝負するために【神愛特訓】【試練&召命:オーディション&リハーサル】として
    「生かされている」と私は体感しています。

    ●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、
     目標を目指して走りキリスト・イエスにおいて上に召して下さる
     神の賞与(栄光)を得ようと努めている(ピリピ書3-13~14)
    ●私は確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、
     力あるものも、高いものも深いものも、その他のどんな被造物も、
     私たちの主キリスト・イエスにおける神の愛から
     私たちを引き離すことはできないのである(ロマ書8‐38~39)

    先日のテレビ報道でペット・ショップ経営者が数十頭の犬を小さいオリに
    閉じ込めてほとんど飲まず食わずのまま放置して餓死させた恐るべき
    【ホロコースト】の惨事が紹介されていました。

    報道を観た瞬間は憤りど自分の無力と死への悲しみの感情だけが先走りしてしまい
    【神の愛=主イエス】<真理>【神愛方程式=神愛摂理】を見失うところでした。

    しかし二度目の報道で冷静に観察すると、<真理>【神愛方程式=神愛摂理】として
    <神愛メッセージ>が示されていたのです。

    ●世界が造られた天地創造の時から、目に見えない神の性質、
     すなわち神の永遠の力と神性とは、被造物に現われており、
     これを通して神を知ることができる (ロマ書1-20)

    動物虐待と放置の実態が暴露されたのは従業員が初めて現場を訪ずれた時に撮影した
    ホームビデオの映像を内部告発として動物保護団体に届けらたことで
    急きょ救助に駆けつけたのだそうです。

    当初のビデオでは、まだ多くの生存者がいましたが状況を知り救助隊が
    駆けつけた時は生存はわずか3頭だけになっていました。
    残念ながら他の数十頭は既に餓死状態でした。

    診断した獣医も今までに一度も見た事も聞いた事も無いほどに、
    やせ細った姿であり、恐らくあと一日でも遅れていれば、他の仲間と同じように
    間違い無く餓死していたと語っていました。

    では何故彼らは生き残れたのでしょうか?
    それは救われた時の映像に示されていました。
    生死をさまよっている瀕死の状態にもかかわらず、無事助かった犬は
    救助隊に向かって、これ以上無いほどの喜びを表現するかのように
    大きくシッポをふり続けるているのです!

    彼らはどんなに苛酷な状況にあっても、最後の最後まで助けに来てくれる希望を
    棄てずに人間の【神の愛=隣人愛】を堅く信じて待っていてくれたのだと信じます。

    それはあたかも私たちに「【主イエスの再臨】を信じ待ち望みなさい!」と
    教えています。

    ●志の堅固な者を主(神)は全き平安のうちに守られます。
     その人が主(神)を信頼しているからです。(イザヤ書26-3) 
    ●我れ神に依頼(ヨリタノ)みたればおそれなし。人、我に何をなし得ようか
     (詩篇56-11)
    ●神はあなた方をかえりみて下さるのであるから、
     自分の思いわずらいを、いっさい神にゆだねるがよい(ペテロ前書5-7)
    ●あなたの重荷を主にゆだねよ、主はあなたのことを心配してくださる。
    (詩篇55-22)
    ●私は人に用いる索(ツナ)、すなわち愛のきずなで彼らを引いた。
     私は彼らにとってはそのあごの「くびき」をはずす者のようになり、
     やさしくこれに食べさせてきた(ホセア書11-4)
    ●あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳は後ろから
     『これが道だ、これに歩め』という言葉を聞く(イザヤ書30-21)
    ●たとえ困難がどんなであっても、我々は神の力によって、
      これに対抗することはできるであろう。私は神のおかげで困難になれてきた。
     神に信頼してまだ裏切られたことがない(クロムウエル)
    ●神があなたを遠ざける喜びよりも
     あなたを神(愛)へと駆り立てる苦難のほうを好むようになるならば、
     あなたは正しい道にいるのである(ヒルティ)
    ●お前の意図に反しても、それは全くもう駄目というわけではない。
     目前の感じによって 物事を判断するのは間違いである
     (トマス・ア・ケンピス)
    ●神その童子の声をききたまう(創世記21-17)
    ●我等に必要なものは必ず与えらるべし。
     しかも前もって与えれられず、必要の時に与えらるべし。
     ゆえに我等は要なき物を要なき時に祈求(モト)めて
     主たる我等の神を試むべからず。
     (内村鑑三:マタイ伝4-7詩篇46-1)
    ●私の神は、ご自身の栄光の富みの中からあなたの一切の必要を、
     キリスト・イエスにあって満たしてくださる(ピリピ書4-19)
    ●起こるかもしれない不幸に対する心配は是非とも忍ばねばならない
     現実の不幸よりも一層ひどく人の力を消耗させる。実際の不幸は、
     しばしば外的な手段や努力によって打ち克つこともできるが、
     心配は神への強い信頼によってしか徹底的に打ち克つ事ができない
     (ヒルティ)

    【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のお任せ人生で
    日々直面する患難辛苦を【神愛特訓:オーディション!リハーサル!】と受け止め
    【主イエス】再臨で地上誕生される<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>の
    本番舞台でエデンの楽園復活事業に【ビジョン:理想・夢望・念志】で参加する為に
    <アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>GLORY JESUS KINGDOM!先取神愛感謝で
    たとえ私たちの今日一日が【患難辛苦】の【最悪の人生】に思われる境遇でも
    【神の愛=主イエス】から観るならば常に誰でも【ハッピー・エンド】を迎えられる
    地上で【主イエス】再臨と<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>が待っている
    【最善のシナリオ】に導く【先回りの神愛】<神助:祝福・恩恵>を発見・体感して
    最後の最後まで<最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢望・念志】を死守し
    <ビジョニスト:世の光・地の塩><福音の戦士>【福音の勢力】となって
    【救国:民族精神復興&国体再建】【世界平和:神愛自由&正義<隣人愛>の結実】に
    <真理>【神愛方程式=神愛摂理】と共に前進し続けるよう心より応援しています!

    ●どんな幸福な生活にも数多く起こる試練や心労を、
     堪えがたい重荷だと考えるか、
     それとも自分の生活原則を実行し修練するために
     神から授けられた機会だと見るかは、
     ものごとの感じ方として大きな相違である。
     そして、この感じ方次第ですべてが 決まるのである(ヒルティ)
    ●「すべてを神に」(ヒルティ)
     ときおり勇気がくじけようとも
     かたく、かたく神に頼れ、わが心よ
     自分の勇気でなしとげたものは何一つない
     おのが勇気をたのむな
     そうすれば、おまえの一生の道は転じて
     みめぐみが注ぎはじめる
     そうすれば、主の力はいやまさり
     もはや古きおまえではない
     おまえの姿の中で、主がはたらかれ
     闇と光
     人間とキリストとが
     ぶっつかり合うことはない 
    ●希望(ヒルティ)
     十字架は重いが、ふしぎなことに
     おまえがそれを担うやいなや。それがおまえを担ってくれる
     初めは闇夜だが、行く手は真昼の明るさ
     その道を進む者は「勇者」よ呼ばれる
     おまえの力は小さくとも
     おまえが帰依した主の力は偉大だ
     おまえの星は暗い夜空に輝きわたり
     今日は死に、明日はいのちによみがえる
    ●<患難の解釈>(内村鑑三)
     患難はこれを消極的に解すべからず、積極的に解すべし。
     これを神の刑罰として解すべからず、神の恩恵として解すべし。
     神の憤怒の表彰として解すべからず、その自愛の示顕として解すべし。
     恩恵はすべて身の患難にして、麗の幸福なり。
     麗の幸福と解してすべての患難は患難たらざるにいたる。
    ●今この時の苦しみは、やがて私たちに現されようとする栄光に比べると
     取るに足りない(ロマ書8‐18)
    ●<われのすべて>(内村鑑三)
     産を失うも可なり、願わくは神の御顔を見失わざらんことを、
     病いに悩むも可なり、願わくは神の御旨(ミココロ)を疑わざらんことを、
     人に棄てらるるも可なり、願わくは神に棄てられざらんことを、
     死するも可なり、願わくは神より離れざらんことを、
     神はわがすべてなり、神を失うて、われはすべてを失うなり。
     「われらに父を示し給え、さらば足れり((ヨハネ伝14-8)」
      わが生涯の目的は神を視、かれをわが有(モノ)とするにあり、
      その他にあらず。

    ハレルヤ!栄光を主に帰します。
    主の恵みに感謝します!アーメン

    それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
    Good luck & God bless you!
     
    異論・反論・疑問など何でもメール歓迎します!
    cforum@tanaka.name
    ウェブ:https://cforumtanaka.jimdo.com
    田中 聡(さとし)






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