【ビジョン:理想・夢望・念志】で<神愛勝負・神愛争奪戦>の<神愛適任者>にして<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く<真理>【神愛方程式=神愛摂理】【神の愛=主イエス】!
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

【ビジョン:理想・夢望・念志】で<神愛勝負・神愛争奪戦>の<神愛適任者>にして<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く<真理>【神愛方程式=神愛摂理】【神の愛=主イエス】!

2020-08-11 12:14

    ◇◇【オンリー・ワン】を発揮させる【自主独立】⇔【神の愛】争奪競技◇◇
    【2004年6月25日に作成した<第336回>に加筆】

    ●競技をするにしても、規定に従って競技をしなければ栄光は得られない
     (テモテ後書2-5)
    ●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
     一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、私たちの参加すべき競争を
     耐え忍んで走りぬこうではないか。
     信仰の導き手であり、また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、
     走ろうではないか(ヘブル書12‐1~2)
    ●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、目標を目指して走り
     キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与(栄光)を得ようと努めて
     いる(ピリピ書3-13~14)
    ●あなた方は知らないのか、競技場で走る者は、みな走りはするが、賞を得る者は
     ひとりである。あなた方も賞を得るように走りなさい(コリント前書9‐24)

    【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
    世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

    精神苦・病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
    <対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉>が
    【神の愛=主イエス&聖霊】が与えてくれる【神愛力=隣人愛&奇蹟】です!

    以前も紹介したように【競争】の語源である「competent」の意味は

    「共に求める ⇒ 一致する ⇒ 適する ⇒ 適任者として有能である」
    つまり、競争の本来の目的とは「誰が最適であるかを決めること」であるといえます。

    もし、【愛する力】の競争をするとして、誰が【適任者】であるかを決定できるのは
    【神の愛=主イエス】こそが判定者として最も適任であることは明らかです。

    ●愛は神より出づ(ヨハネ第一書4‐7)●神は愛なり(ヨハネ第一書4‐8)
    ●神は愛なり、宇宙は愛の機関なり(内村鑑三)

    【信仰:信愛・信頼・信従】で競争するならば、現代社会でみられるように原理主義の
    教義解釈の対立や信じる「大義」の競争で激しく対立することは想像できるでしょう。
    誰が適任者かを判定するのを【この世の権威・富・名声】に頼っても本当の適任者は
    見出せないほどに【信仰:信愛・信頼・信従】を見分けることは困難といえるでしょう。

    宗教や信仰が忌み嫌われる大きな理由は、まさにこの「信仰競争」にあると思います。
    同じキリスト教でも分派対立して行き詰まりにあるのも「信仰競争」が背景にあると
    感じます。

    ワーグナーの作曲した楽劇「タンホイザー」でも、苦難の末ようやくタンホイザーが
    信仰に目覚めたのに、教会権威である教皇ですら彼の【正しき信仰】を見分ける事が
    できなかったというストーリーであったと思います。

    私自身にも通じる過去の背信的で放蕩息子であり神に背を向けた【生き方】が赦せず、
    【神の愛】に導かれて生まれ変わった新生タンホイザーを世間は見ぬけませんでした。

    ●神は善きを視るに敏くして、悪魔は悪を探るに巧みなり
     神は奨励する者にして、悪魔は失望せしむる者なり(内村鑑三)
    ●神の神たるは人の善きを思うて悪しきを思わざるにあり。
     悪魔たるは人の悪しきをのみ思いえて人の善きを思いえざるにあり
    ●人の心を見て慈悲をもて、行いだけを見て責めるな(キングスレー)

    「彼の信仰が正しかったら、この杖から芽が生えるであろう」とまで最後通告されて
    教会から破門され世間から見捨てられた哀れなタンホイザーが苦悩の中で死んだ時に、
    何と教皇の杖から芽が生えてきたではありませんか!同志タンホイザーに祝福あれ!

    ●人に知られていないようで、認められ
     死にかかっているようで、生きており
     こらしめられているようで、殺されず
     悲しんでいるようで、常に喜んでおり
     貧しいようであるが、多くの人を富ませ
     何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)

    ところで、世界に【オンリー・ワン】の私たちが【オリジナリティ・自分らしさ】で
    独自性を最善発揮する場合も【神の愛=主イエス】から見れば一種の競争と思います。
    競うべきは<全生・全身・全霊>を捧げ挑戦し続ける【神の愛=隣人愛】争奪戦です!
    神愛競争ルールは先ずは【神の愛=主イエス】<真理>【神愛方程式=神愛摂理】への
    <神愛意欲:愛好心・好奇心・探究心><神愛忍耐:優耐・望耐・歓耐>で
    【神の愛=隣人愛】【聖書価値観】<神愛価値観:世界観・歴史観・人生観>に至れ!という勝負です。

    ●最も重要な掟
     ★心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくし、
      主なるあなたの神を愛せよ。
     ★自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ。
     (マタイ伝22‐37~39、マルコ伝12‐30~31、ルカ伝10~27、申命記6‐5)
    ●我等は愛せられんと欲するも愛せられず、しかれども愛するは我等の自由なり
    (内村鑑三)
    ●神への愛だけが我々を徹底的にエゴイズムから解放する事ができ
     またすべての本当の自己改革の始まりである(ヒルティ)
    ●いわゆる人間愛は、すべて神に対する強い愛という根底がなければ
     単なる幻想である(ヒルティ)
    ●愛さない者は神を知らない。神は愛なればなり(ヨハネ第1書4‐8)
    ●神が喜ばれるのは、おそらく神へのひたすらな憧れと、神に向かって
     手をさしのべることだけであろう(ヒルティ)
    ●神の御心にかなうことを求め行なう以上に快い気分を覚えさせ
     喜びを与えるものはない(トマス・ア・ケンピス)

    明治初期に武家に生まれた山下りんというイコン画家の紹介をTVの歴史教育番組で
    初めて知り感動しました。

    彼女は「生来、画を好む」と自ら語るように絵画をこよなく愛する少女でありました。
    16歳頃に父親に猛反対されると家出をして、絵画で身を立てるためにと上京します。
    この山下さんが日本の女性第1号の美術学校の学生になったということは感動的です。

    時代の希望の星であり【先駆者】である者は常に【神愛ヒロイン&ヒーロー】です!
    たとえ【この世の富・権威・名声】に全く無縁で家族・身内の無理解にあろうとも、
    時代を拓く【先駆者】に必要不可欠は<神愛意欲:愛好心・好奇心・探究心>という
    【神愛啓示】だと私は実感できました!ハレルヤ!主に栄光を帰します!

    私たちも【青春:幼な心・青年の心】の<神愛意欲:愛好心・好奇心・探究心>を大切に
    いつでも【有名無力・無名有力】の【レイマン・スピリット(素人根性)】を喜びとして
    【レイ・エキスパート(Lay Expert)⇔非専門家の熟練者】である
    【神愛自立:神愛自由・神愛独立】こそが【神の愛=隣人愛】争奪戦勝利には
    欠かせない資格・条件である事を体感しましょう!

    ●しいられてするのではなく、神に従って自ら進んでなし、
     恥ずべき利得のためでなく、本心からそれをなしなさい
     (ペテロ第1書5-2)
    ●各自は惜しむ心からでなく、また、強いられてでもなく、
     自ら心で決めたとおりにすべきである。
     神は喜んで施す人を愛してくださるのである(コリント後書9-7)
    ●野心からも、単なる義務感からも、本当に価値あるものは生まれてきません。
     本当に価値あるものは、むしろ、人や事物を深く愛する心から生まれてくるのです。
    (アインシュタイン)
    ●人間のうちに善をのばしてやり、
     彼らの心に善に対する愛好心を注ぎ込むことが必要である(ヒルティ)
    ●自由人にふさわしく行動しなさい。
     ただし、自由をば悪を行う口実として用いず
     神の僕にふさわしく行動しなさい(ペテロ第1書2‐16)

    山下さんはイタリア出身のポンタネージュ教授に【天賦の才能】を見出されたそうです。
    彼女自身もそれまで自分が知っていた日本画にない「ルネサンス絵画」に魅了されます。
    やがてロシア正教に導かれ、洗礼した神父ニコライに【使命・天職】の道が示されます。
    「キリストのためにイコン画家となれ!」と励まされ彼女は喜んで留学を決意します。

    ポンタネージュ教授の推薦もあって、これもまた日本で初めての絵画留学生となります。
    5年間のイコン画家修業のためにロシアの首都ペテルブルグの女性修道会に学びますが
    わずか2年間で早期帰国することになります。

    ご存知のようにペテルブルグには世界を代表するエルミタージュ美術館がありました。
    日本では実物を観た事もなかった本物のルネサンス絵画や芸術品の多くを毎日のように
    観賞できた経験は彼女のその後の【オリジナリティ】を決定付けたといえるでしょう。

    世間的に観れば早期帰国は挫折ですが【神の愛=主イエス】から観れば全く異なります。
    早期帰国を決意させた事は彼女の<神愛意欲:愛好心・好奇心・探究心>を守ってくれた
    <神助:祝福・恩恵>【神愛の導き】だからです。

    ●失敗は方針を転ぜよとの神の命である。
     我等は失敗を重ねて神の定め給いにし天職につくのである(内村鑑三)
    ●私はあなた方に悟りを与え行くべき道を教えよう。
     私はあなた方に目を留めて、助言を与えよう(詩篇32‐8)
    ●肉親の父は、
     しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが
     魂の父は、私たちの益のために、
     そのきよさに預からせるために、そうされるのである (ヘブル書12‐10)
    ●全ての訓練は、当座は喜ばしいものとは思われず、
     むしろ悲しいものと思われる。
     しかし、後になれば、
     それによって鍛えられる者に平安な義の実を結ばせるようになる
     (ヘブル書12‐11)

    偶像崇拝を禁ずる教会的信仰において「イコン画」とは祈祷拝礼に使われる道具です。
    ご存知のように、ルネサンス画と異なり、表現描写は写実的でない平面画であります。

    ギリシャ正教では祈りの時に心に自分勝手な神を想像させないために、目を閉じずに
    イコン画に描かれる【主イエス】の大きく開かれた瞳に【神の愛の視点】を見出して
    目と目を合わせるようにと教え考えられてきたそうです。

    そのため、イコン画家の【使命】は「自我」を出さずに、原画に忠実に模写する事が
    信仰証明であり、山下さんには、きっと厳しき修業のように思われたことでしょう。

    ルネサンス画の自由に魅了されてイコン画に失望して、わずか2年で帰国した彼女は
    尊敬する神父にも理解されず非難され、ついに一年間は教会からも遠ざかったそうです。

    生来絵画の【天賦の才能】に満ち溢れた彼女は、宗教画でない当時の流行画に挑むも
    ただ時代に流されるような絵画では彼女の<神愛意欲:愛好心・好奇心・探究心>は
    満足させなかったようです。

    そして空白の4年を経て彼女は東京女子紳学校でイコン画を再び描き始めたのです!
    80歳を超える生涯の最後の最後まで精力的に300点以上のイコン画を描き続けて
    日本のギリシャ正教のハリストス会の布教伝道活動に絵画で大きな貢献をしました!

    彼女の描く「イコン画」は単なる伝統的て平面的な「模写」ではありませんでした。
    ロシア正教の世界広しといえども、恐らく彼女は「イコン画」の世界で初の改革者と
    私は感じます。彼女はイコン画にルネサンス画の美しさを見事に融合させたのです!

    彼女は「イコン画」の分野でも厳しい戒律に縛られた「信仰世界」に初めて
    【神の愛=隣人愛】を加えた「優しくて強い」真の勇気ある【神愛自由の戦士】です。

    ●あらゆる奥義と知識に通じていても、山をも移す強い信仰があっても、
     もし、愛がなければ無に等しい。
     自分の全財産を人に施しても、自分の体を焼かれるために渡しても
     もし、愛がなければ、一切は無益である(コリント前書13-1~2)
    ●知識をもって腕力に克つべし、
     信仰をもって知識に克つべし
     愛をもって信仰に克つべし、
     愛は進化の終局なり、最大の能力なり。
     愛に達して我等は世界最大の者となるなり(内村鑑三)
    ●キリストの愛神主義は利他・利己両主義の上に超越し、
     最も多く他を利して最も多く己を利する道を我に教えたり(内村鑑三)
    ●ある人の生涯における最大の日とは、その人の歴史的使命、
     すなわち神がこの世で彼を用いようとするその目的が明かにわかり、
     また、これまで彼が導かれてきたすべての道が
     そこに通じているのを悟った日のことである(ヒルティ)
    ●驚くべき導きの、神の側からみた目的と直接の狙いは
     我々を普通の卑近な意味で幸福にすることではない。
     むしろ、恐れを知らず、あらゆる良き行いをすすんでしようとする人、
     一言でいえば、英雄的な人にするためである(ヒルティ)

    【信仰】は正しさの評価基準を求めて【戒律】を勝手に作り出し【戒律】だらけで
    【戒律】の呪縛奴隷になると【神の愛】を見失うことになるのではないでしょうか。

    山下さんは自分の愛し讃美する【神の子・主イエス】を描くことで【神愛】証明を
    実現して【戒律】に呪縛された信者を自由に解放してくれた【神愛解放者】です。

    彼女の描いた「イコン画」は北海道の貧しき開拓農民の信仰の精神的支えとなって
    現代でも語り継がれ静かに守られていることに彼女の【神愛勝利】だと実感します!

    <神愛意欲:愛好心・好奇心・探究心>の【神愛自由の戦士】で【オリジナリティ】を
    最善発揮して【神愛自立:神愛自由・神愛独立】に成功した山下りんに見習って、
    私たちも自分の持ち場・社会的参加分野で<神愛意欲:愛好心・好奇心・探究心>で
    活躍しようではありませんか!【神の愛=隣人愛】争奪戦に参戦しましょう!

    ●<キリスト教の真意>(内村鑑三)
     活動思索の全ての方面においてエホバの神を崇め奉る、
     これキリスト教の真実となす。
     -天体に神の栄光を探る
     -地層に神の御手の工(ワザ)を求む
     -詩歌に神の無限の愛をたたえる
     -美術に神の美妙の理想を現わす
     -農は神と共に神の地を耕すこと
     -工は神と共に造化の上に、さらに造化を加えること
     -商は神と共に神の物産を広く四方に分かつこと
    ●【福音の勢力】(内村鑑三)
     福音は政治にあらず、しかれども国家を潔む
     福音は美術にあらず、しかれども美感を喚起す
     福音は哲学にあらず、しかれども思惟を刺激す
     福音は産業にあらず、しかれども富を増進す
     福音はこの世のことにあらず、しかれども人をその中心において
     活かすゆえに活動の全ての方面においてこの世を啓発す。
     この世以外の福音こそ、この世を救う唯一の勢力なれ。

    【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のお任せ人生で
    日々直面する患難辛苦を【神愛特訓:オーディション!リハーサル!】と受け止め
    【主イエス】再臨で地上誕生される<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>の
    本番舞台でエデンの楽園復活事業に【ビジョン:理想・夢望・念志】で参加する為に
    <アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>GLORY JESUS KINGDOM!先取神愛感謝で
    <最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢望・念志】を<人生の旗印>に
    皆さんが【オリジナリティ・自分らしさ】【タレント:個性・才能・可能性】を
    【神愛力=隣人愛】に輝く<神愛意欲:愛好心・好奇心・探究心>で最善発揮させる
    【神愛自立:神愛自由・神愛独立】の<神愛適任者・ライトスタッフ>に任命されて
    <ビジョニスト:光の子・世の光・地の塩><福音の戦士>【福音の勢力】となって
    【救国:民族精神復興&国体再建】【世界平和:神愛自由&正義<隣人愛>の結実】に
    活躍して【神の愛=隣人愛】争奪戦で栄冠を勝ち取れるように心より応援しています!

    ●あなたの神、主は、
     あなたのただ中におられる救いを施す勝利の勇士だ。
     主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、
     その愛によって安らぎを与え新しくされる。
     主は高らかに歌って、あなたのことを喜び給う(ゼパニヤ書3-17)
    ●愛が愛として存在する間は信仰はいらない。
     信仰のための愛ではない、
     愛のための信仰である(内村鑑三)
    ●イエスに対する【貴い愛】は人を促して大きな仕事をなしとげさせ、
     人を励ましいつもいっそう完全な徳を望むように仕向けさせる。
     愛は常に向上を欲していかなる、
     いと低い事物によっても引き停められることを望まない(トマス・ア・ケンピス)

    ハレルヤ!栄光を主に帰します。
    主の恵みに感謝します!アーメン

    それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
    Good luck & God bless you!
     
    異論・反論・疑問など何でもメール歓迎します!
    cforum@tanaka.name
    ウェブ:https://cforumtanaka.jimdo.com
    田中 聡(さとし)






    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。