【ビジョン:理想・夢望・念志】で<トゲ:苦痛・悩みの種>を強みに活かし<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く<真理>【神愛方程式=神愛摂理】【神の愛=主イエス】!
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【ビジョン:理想・夢望・念志】で<トゲ:苦痛・悩みの種>を強みに活かし<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く<真理>【神愛方程式=神愛摂理】【神の愛=主イエス】!

2020-08-14 12:20

    【2003年7月26日に作成した<第310回>に加筆】
    ◇◇【トゲ:苦痛(悩み)の種】を強味に活かす【キリスト精神】◇◇

    ●高慢にならないように、私の肉体に一つのトゲが与えられた。それは、
     高慢にならないように、私を打つサタンの使いなのである
     (コリント後書12‐7)

    【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
    世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

    精神苦・病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
    <対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉>が
    【神の愛=主イエス&聖霊】が与えてくれる【神愛力=隣人愛&奇蹟】です!

    中東のはずれで生まれた【ユダヤ人の福音】を【全人類救済の福音】にまで
    導いてくれた偉大な【先駆者】である使徒パウロに学ぶべき事がたくさんあります。

    私にとって特に学べることは、あの使徒パウロでさえ「トゲ:苦痛(悩み)の種」があり
    自分の最大弱点に思える克服できない【トゲ】に<真理>【神愛方程式=神愛摂理】を
    見出して【トゲ】を抱いて偉大なチャレンジができたという事実です。

    使徒パウロにとっての最悪の弱点であった【トゲ:苦痛(悩み)の種】とは、視力が
    とても弱かったことだと聞きます。

    【主イエス】を知らなかった頃の若き使徒パウロは、ユダヤ戒律原理主義者として
    【反キリスト】の先頭に立って、キリスト教徒を弾圧・迫害する活躍によって、
    ユダヤ教徒として誉れ高い【人生の絶頂期】にありました。

    しかし突如、【神の愛=主イエス】に捕えられます。その時【強い光】を受けて
    三日間も失明状態になった体験が彼の視力をほとんど見えなくなる原因になったと
    私は感じます。(使徒行伝9-1~19)

    視力は完全に復活しなくても使徒パウロの目からはウロコが落ちて【神の愛=主イエス】を
    見出せる【心の眼】が開かれ<真理>【神愛方程式=神愛摂理】を体感できる
    【神愛視力】が回復したのです。

    ●サウロの目からウロコのようなものが落ちて、元通りに見えるようになった。
     (使徒行伝9-18)

    どんなに肉体的視力が健康でも【真理:主イエス】を見出せる【神愛視力】が
    弱かったので【反キリスト】であった使徒パウロは、目覚め【神の愛=主イエス】の側に
    立てた時に、今度は肉体的視力が最悪の状態で苦しむことになりました。

    「私の視力さえ善ければ、私はもっと思い通りの伝道活動ができるのに・・・」
    勇気も実行力もあるのに、何故この視力だけが思い通りに行かないのか?という
    無念さを皆さんも理解できると思います。

    ●このことについて、私は彼を離れ去らせて下さるようにと、三度も主に祈った。
    (コリント後書12‐8)

    ところが【神の愛=主イエス】に忠実で【神の愛=主イエス】愛されていた使徒パウロは
    気づくのです。

    ●ところが、主が言われた
    「私の恵みはあなたに対して充分である。私の力は弱いところに完全にあらわれる。」 
    それだから、キリストの力が、私に宿るように、
     むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう(コリント後書12-9)

    私たちも自分自身が嫌いな欠点や弱点から、人生において簡単には解決克服できない
    【トゲ:苦痛(悩み)の種】がたくさんあると思います。
    「~さえなかったなら…」「~さえあればできるのに…」「~が悪いのだ!」

    そして、自分の心にひっかかる【トゲ】こそが「諸悪の根源」のように思い込んで
    【ビジョン:理想・夢望・念志】にチャレンジできない言い訳になりがちです。

    ●なすべきことを欲しはするが、それを成し得ない
     なすべきことを成し得るが、それを欲しない
     欲しかつ為し得るが、何を為すべきかを知らない(ゲーテ)
    ●人の生活はすべて次の二つから成り立っている
     したいけれど、できない。できるけれど、したくない(ゲーテ)

    使徒パウロに学べることは<全智・全能・全愛>【神の愛=主イエス】を
    心に受け入れれば、この世での一切の不安や悩みは解消されて、
    晴れ晴れとした日々を送れるわけではないのだという事実です。

    <全智・全能・全愛><いつも一緒!>【神の愛=主イエス】を受け入れることは
    同時に自分が一番見たくも触れたくもない自分の【闇:弱さ・不完全】を
    自分自身や世間からも思い知らされて惨めさや無力感や
    【罪責感:自己不信・自己否定・自己嫌悪】で嘆き、
    自分の弱さを痛感させられることを覚悟するべきだと思います。

    ●だから、私はキリストのためならば、
     弱さと侮辱と危機と迫害と行き詰まりとに甘んじよう。
     何故なら、私が弱い時にこそ、私は強いからである。
     (コリント後書12-10)
    ●批評せらるる者となれよ、批評する者となるなかれ(内村鑑三)
    ●我々は敵の鋭い監視の下に生活するときにのみ、
     克己、厳しい正義愛、自分自身に対する不断の注意といった大切な諸徳を知り、
     かつ行うことを学ぶのである(ヒルティ)

    私自身は【罪人の筆頭】で無力で情け無くても、私が信愛できる【主イエス】は
    完全なる【真実】であることを誇れるからこそ、倒れても前進し続けられるのです。

    ●たとい私たちは不真実であっても彼(主イエス)は常に真実である。
     彼は自分を偽ることができないからである(テモテ後書2‐13)

    【神の愛=主イエス】に目覚めて常い心にひっかかる【トゲ:苦痛(悩み)の種】こそ
    実は自分自身の【タレント:個性・才能・可能性】であり、【トゲ】を活かす事が
    【ミッション:大義・使命・天職】に通じる道であることは多くの体験談を
    見聞きして実感できます。

    曽野綾子さんは近著で「エゴを生かして、人に尽くせ!」というような内容を述べたと
    聞きますが、【エゴ:自己中心】を最大の【トゲ】とする私自身には【福音】です。

    私は【この世の富・権威・名声】にはつまづきやすく、権力の不正のために抗議して
    立ち向かうほどの【社会的正義感】は乏しくて、目の前の見知らぬ【隣人・社会】を
    積極的に進んで助けるほどの【ボランティア精神】もありません。

    しかし<いつも一緒!><全智・全能・全愛>【主イエス】は
    そんな無力で臆病で【トゲ】に苦しむ私にも【神愛チャンス】が用意してくれて
    いつも励ましてくれていると体感します。

    たとえば、【不正の富】で友を作れ!という「たとえ話(ルカ伝16‐1~13」には
    勇気や希望を与えられ感動します。

    皆さんもご存知とは思いますが、主人に隠れ財産を無駄使いしていた不正の管理人が
    主人から解雇されそうになります。

    彼は管理人の仕事を失うと、生活のために新たな辛い仕事をするには力も勇気も無く
    このままでは生活が困窮するのが目に見えていました。そこで、彼に思いついた事は
    主人への負債のある人々の負債をそれぞれ減額して行くのです。そうすれば負債者は
    主人に解雇されて生活に困った彼の面倒を見てくれるだろうと考えたからです。

    主人は「不正の管理人」のこの世渡り上手な行為を高く評価して誉めるのです。

    ●不正の富を用いてでも、自分のために友だちをつくるがよい。そうすれば、
     富がなくなった場合に、あなた方を永遠の住まいに迎えてくれるであろう
     (ルカ伝16-9)

    私はこの「たとえ話」について最近次のように前向きに解釈しています。

    ★主人         =【神様・神の愛】
    ★主人から預かる【財産】=【神の愛】を受け入れられる【信・望・愛の心】や
                 【タレント】【ビジョン】【使命・天職】
    ★不正の管理人     =【財産】を【エゴ:自己愛】で浪費したり出し惜しむ人
    ★主人への負債     =【トゲ】や人生苦で【神の愛】から遠ざかっている状態
    ★不正の富       =【この世の富・権威・名声】や【エゴ:自己愛】の産物

    キリスト教でいう【罪】の語源とは【神の愛】に対する【思い違い】であるそうです。
    つまり、本当は<神助:祝福・恩恵>や【試練:神愛の導き】である現在の境遇を
    失望や不信感で不幸な状況だと見誤って、【神の愛】から見放されたと思い込んだり、
    神はいないと勘違いして【この世の富・権威・名声】を最優先に頼って【神の愛】に
    背をむけてしまうことだといえるでしょう。

    せっかく【神の愛】から託された【財産】を無駄使いや出し惜しみしている私自身も
    どんな【罪=不正の管理人】でも再起・再出発できる【神愛チャンス】があることが
    示されています。

    自分の【霊性:魂[勇気]・善意・良心】に反し【ビジョン:理想・夢望・念志】から
    ほど遠い形で得て一方で世間では通用する誉れ高い【不正の富】で人々を助けることで
    【神の愛=主イエス】に対しての罪滅ぼしや恩返しができる【神愛チャンス】です。

    私自身や【隣人・社会】にも【神の愛】に反し【神愛法廷:最後の審判】に立てば、
    裁かれる【負債=罪】だらけです。

    「そんな事とは知らなかった」「私は勘違いしていた!」「止む終えなかった」と
    【最後の審判】で初めて【神の愛】を知って弁明しても手遅れになりかねません。

    そこで、私たちには自分自身の【不正の富】を有効活用して、見誤っている多くの
    【隣人・社会】を【神の愛=隣人愛】<真理>【神愛方程式=神愛摂理】に導く
    【福音伝道】の【神愛チャンス】があるのです。

    格闘技のK1で活躍しているベルナルドは、尊敬していた先輩によって【神の愛】に
    導かれたそうです。誰よりも「強い」ことが一番と信じていた彼にはキリスト教は
    男性的でなく女性的な弱々しい精神としか思えなかったそうです。

    しかし、本当に「強い」ということは「優しくて強い!」ことであると確信します。

    どんなに堅強な選手でも苛酷な試合後には疲れ果て、敗戦すれば落ち込んでいるのに、
    ベルナルドだけは、どんな時でも対照的に疲れ知らずで光輝いているので、
    不思議に思うそうです。

    彼は【自分の力】でない【神愛パワー】を格闘技のリング上で示し実践する事で
    男らしく強いことが一番!と思い込んでいる格闘技の世界の人々に
    【福音伝道】しているそうです。

    ●私を強くして下さる方によって、何事でもすることができる(ピリピ書4‐13)
    ●我に力なし、しかれども我が全能の神は我が為に活動(ハタラ)き給う。
     我に知恵無し、しかれども我が全智の神は我が為に計策(ハカ)り給う
     (内村鑑三)

    ベルナルドは自分でなければ他の誰もできない【使命・天職】であると語っています。

    あえて格闘技の世界という【不正の富】を奪い合っている【暗黒の世界】に留まって
    【負債】を軽減させて【光】に導こうとする自由解放者である【モーゼ】です。

    ●ある人の生涯における最大の日とは、その人の歴史的使命、
     すなわち神がこの世で彼を用いようとするその目的が明かにわかり、
     また、これまで彼が導かれてきたすべての道が
     そこに通じているのを悟った日のことである(ヒルティ)

    自分は【泥んこ】で薄汚いと世間的に思われて、または偽善者であると思われような
    【不正の富】を有効活用させることも【使命・天職】になる証明だと確信します。

    私たちもベルナルドのように私たち各自に用意されている【神愛競技】に挑戦して
    大いに活躍しましょう!

    ●競技をするにしても、規定に従って競技をしなければ栄光は得られない
     (テモテ後書2-5)
    ●私たちはこのように多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、
     一切の重荷とからみつく罪とをかなぐり捨てて、
     私たちの参加すべき競争を耐え忍んで走りぬこうではないか。
     信仰の導き手であり、また、その完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、
     走ろうではないか(ヘブル書12‐1~2)
    ●後のものを忘れ、前のものに向かって体を伸ばしつつ、目標を目指して走り
     キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与(栄光)を得ようと努めている
     (ピリピ書3-13~14)

    マザー・テレサは暗黒界やマフィアなど世間的には敬遠する人々からも喜んで献金を
    受けたそうです。さらにノーベル賞の授与式晩餐会を辞退する替わりに、その費用を
    【愛の事業】に寄付してもらうように要求したとも聞きます。

    【隣人・社会】の【負債=罪】を軽減させるという【目的:福音伝道】のためならば
    【不正の富】でも構わない!【手段】を選ぶな!という【神愛メッセージ】です。

    ●ヘビのように賢く、ハトのように純真なれ(マタイ伝10-16)

    たとえ日頃【善行】を実践できなくても【神の愛:教義】に反した境遇にあろうとも
    日常生活のために【負債】を重ねたり【不正の管理人】であろうとも、【トゲ】に
    苦しむ毎日でも、【神愛チャンス】が用意されていることを体感しましょう!

    ●人間のうちに善をのばしてやり、
     彼等の心に善に対する愛好心を注ぎ込むことが必要である(ヒルティ)
    ●自由人にふさわしく行動しなさい。
     ただし、自由をば悪を行う口実として
     用いず神の僕にふさわしく行動しなさい(ペテロ第1書2‐16)
    ●善の勝利についての絶望は、常に個人的勇気の欠乏である(ヒルティ)
    ●他を進めて、また自身をも進めるの事業、神の事業とは実にかくのごときものなり
     (内村鑑三)
    ●完全なる職業とは他人を喜ばせて、我もまた喜ぶの職なり(内村鑑三)

    私たちは自力と世間に頼るだけで【悪:無知・無責任・無関心】と立ち向かうことは
    無謀でも<全智・全能・全愛>【神の愛=主イエス】に【信仰:信愛・信頼・信従】し
    【霊性:魂[勇気]・善意・良心】が<真理>【神愛方程式=神愛摂理】に従うならば
    常に【神愛力=隣人愛】<神助:祝福・恩恵>【神の愛の奇蹟】で守られ助けられます。

    ●悪を恐れよ、しかし、つねに悪に打ち勝つことのできる神に信頼せよ(ヒルティ)
    ●真の悔改は神と人とに対する愛情(真実)の復興である(内村鑑三)
    ●キリストの愛神主義は利他・利己両主義の上に超越し、
     最も多く他を利して最も多く己を利する道を我に教えたり(内村鑑三)
    ●<最大の能力>(内村鑑三)
     確信と称する活動力ではない、
     信仰と称する一種の依頼心である。
     これが世界を動かした力である。
     先ず我の無能を覚って、
     しかる後に神の大能に頼る、
     かくて自己は死して
     神、我にありて生きるに及んで、
     我は真個の勇者となる。

    【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のお任せ人生で
    日々直面する患難辛苦を【神愛特訓:オーディション!リハーサル!】と受け止め
    【主イエス】再臨で地上誕生される<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>の
    本番舞台でエデンの楽園復活事業に【ビジョン:理想・夢望・念志】で参加する為に
    <アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>GLORY JESUS KINGDOM!先取神愛感謝で
    皆さんが【トゲ:苦痛(悩み)の種】を抱えながらも【不正の管理人】であろうとも
    <最愛の我が子・我が分身>【ビジョン:理想・夢望・念志】を<人生の旗印>に
    <不屈の楽観楽天能力>【パッション:患難善転力・感受感化力・霊性活気力】で
    【罪責感:自己不信・自己否定・自己嫌悪】【不正の富】をも最善発揮しながら
    <ビジョニスト:光の子・世の光・地の塩><福音の戦士>【福音の勢力】となって
    【救国:民族精神復興&国体再建】【世界平和:神愛自由&正義<隣人愛>の結実】に
    活躍されることを心より応援しています!

    ●<患難とその結果>(内村鑑三:ロマ書5‐3)
     患難によりて壊(コボ)たれ、忍耐によりて支え
     練達(実行)によりて再築し、美わしき義の実を結ぶに至る。
     練達は希望を生ず。
    ●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
     かえって、試練の時も、いつものように、
     キリストのために、大胆に語ることによってキリストのすばらしさが現わされて,
     生きるにも死ぬにも、私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと
     切に願い、希望している。
     私にとって、生きることは、キリストのために良い機会を得たことを意味し、
     死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する 
    (ピリピ書1-20~21)
    ●改革すべきは単に世界だけでなく人間である。
     その新しい人間はどこから現れるのか?
     それは外部からでは決してない。
     友よ。それを君自身のうちに見いだすことを知れ。
     しかも鉱石から純粋な金属をとるように、
     この待望の新しい人間に君自らなろうとせよ。
     各人は、驚くべき可能性を内蔵している。
     君の力と若さを信ぜよ。
     たえず言い続ける事を忘れるな。
     「僕しだいでどうにもなるものだ」と。(ジイド)

    ハレルヤ!栄光を主に帰します。
    主の恵みに感謝します!アーメン

    それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
    Good luck & God bless you!
     
    異論・反論・疑問など何でもメール歓迎します!
    cforum@tanaka.name
    ウェブ:https://cforumtanaka.jimdo.com
    田中 聡(さとし)






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