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【ビジョン:理想・夢望・念志】を【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く<真理>【神愛方程式=神愛摂理】【神の愛=主イエス】!
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【ビジョン:理想・夢望・念志】を【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>で<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>に導く<真理>【神愛方程式=神愛摂理】【神の愛=主イエス】!

2021-04-21 12:18


    【2013年5月10日に作成した<第612回>に加筆】
    ◇◇人道を<神愛道>に導く【神の愛=主イエス】!◇◇

    【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆様こんにちは!ご愛読感謝します!
    世界各国で愛読されている皆様、お元気ですか?ご活躍を心より応援しています!

    精神苦・病苦・経済苦・社会苦など大小様々な<患難辛苦>に直面し立ち向かう
    <対戦・応戦・抗戦>意欲に導びく<最高!最善!最美!>の<無限の源泉>が
    【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>の
    【神の愛=主イエス&聖霊】が与えてくれる【神愛力=隣人愛&神愛奇蹟】です!

    私自身の事でも、日本や世界で起きている<万事・万物・万象>についても、
    人道<世俗的ヒューマニズム>・理性的・道徳・倫理観・世間体に照らし
    解釈してみれば、<不完全・闇・罪悪>にしか見えないことであっても、
    【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>の
    【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】<真理>【神愛方程式=神愛摂理】で
    照らして観るならば完全悪はなくて、かえって【御心:聖意・聖旨】実現のために
    不可欠な存在である事が実感できるようになりました。

    ●私は言う「闇の中でも主は私を見ておられる。夜も光が私を照らし出す。」
     あなたには、闇も暗くなく、夜も昼も共に光を放ち、夜は昼のように明るく輝く。
     あなたには、闇も光も同じで異なることはない(詩篇139-11~12)
    ●万事をその最善をもって解せよ、最悪において解するなかれ(内村鑑三)
    ●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
     むしろ悪から善を生じさせるようにする方が善いと考えられたのである
     (アウグスティヌス)
    ●善の勝利についての絶望は常に個人的勇気の欠乏である(ヒルティ)
    ●事物の光明的半面に着眼する者、これ信者なり。
     暗黒的半面に注目する者、これ不信者なり。
     信者は  常に健康を祝し、成功を讃え、 聖徳をよろこぶ
     不信者は 常に疾病を語り、失敗をなげき、悪徳・罪悪を憤る(内村鑑三)
    ●神はどんな悪も行われないようにするよりも、
     むしろ悪から善を生じさせるようにする方が善いと考えられたのである
     (アウグスティヌス)
    ●怨に酬ゆるに徳をもってし
     憎に対するに愛をもってし
     悪に対するに善をもってする(内村鑑三)
    ●悪に負けてはいけない。かえって善をもって悪に勝ちなさい(ロマ書12‐20)

    例えば、武力戦争は人道的・理性的・道徳倫理観では完全悪の存在です。
    しかし、アレキサンダーの侵略行為があってギリシャ語が公用語として
    当時の世界に普及され、その後にローマ帝国の支配によって道路網が
    整備されたおかげで、パウロの伝道活動は広範囲に一気に宣教できたと
    言われています。

    <万事・万物・万象>の造り主であり、此の世の初めから終わりまで永遠の存在である
    【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】<真理>【神愛方程式=神愛摂理】は、
    被造物で短命な人間の能力と叡智では計り知ることのできない事は当然ですね。

    ●キリスト教は信を先にして、行いを後にするものなり。
     天の地よりも高きがごとく、神の意は人の意より高し(内村鑑三)
    ●私(神)の思いはあなた方の思いと異なり、
     私の道はあなた方の道と異なる。
     天の地よりも高いように、
     私の道はあなた方の道より高く、
     私の思いはあなた方の思いよりも高い(イザヤ書55-8~9)
    ●私(主)がしていることは、今あなたにはわからないが、
     あとでわかるようになるであろう(ヨハネ伝13‐7)

    此の世限りの人生観、人道・人権など人間主体の価値観・歴史観で観るならば、
    誠に此の世は不完全・不平等・不公平・格差社会の弱肉強食・優勝劣敗の如く
    感じても仕方がありませんが此の世限りではなく<死後世界:天国・御国・来世>に至る
    【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>で
    再考するならば【神の愛=主イエス】に立ち帰る方向へ前進し続けていと実感できます!

    ●十字架の言葉は滅び行く者には愚かであるが、
     救いに預かる私たちには神の力である(コリント前書1‐18)
    ●この世は不完全きわまる世なりという。
     しかり、身の快楽を得んがためには実に不完全きわまる世なり。
     しかれども、神を知らんがためには、
     しかして愛を完(マットウ)うせんがためには、
     余輩はこれより完全なる世につきて思考することはできない(内村鑑三)
    ●忍耐を練らんとして、寛容を増さんとして、
     愛をその極致において味わわんとして、 
     この世は最も完全なる鍛錬場なり(内村鑑三)

    今日現在の私の霊的解釈では、此の世で活かされている私たちの状態とは、
    胎児のような境遇だと考えます。胎児は赤ちゃんとして此の世に産まれ出る迄は、
    真っ暗な母体で身動きも困難な空間で機能も能力も不自由・不完全な状態であり、
    外の世界を実感も創造も理解もできなかったことでしょう。

    同様に不完全に感じる此の世での生涯を終え、死後に迎える<新世界>に至るまで
    私たちも<最高!最善!最美!>の<死後世界:天国・御国・来世>を実感も想像も
    理解する事も恐らく不可能であると思います。

    【聖書】に明確に示されていませんが、「自殺」が否定されるのも、おそらく
    【神の愛=主イエス】の計画した<天命・天寿>より、自己都合で勝手に早く
    死後を迎えると<未熟児>として<死後世界:天国・御国・来世>で
    苦労することになるからだと思います。   

    たとえ災害や事故事件に巻き込まれるような不条理・不幸・不慮な死に見えても
    此の世限りの人道・人権・理性的価値観での解釈に過ぎず、
    【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>で
    観れば【御心:聖意・聖旨】<真理>【神愛方程式=神愛摂理】にかなった
    名誉ある飛び級的<昇天>である事を確信します!

    葬儀でよく「永眠」と聞きますが、胎児が産道を抜けて自由解放されたように、
    【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】<真理>【神愛方程式=神愛摂理】で
    <死後世界:天国・御国・来世>に至るなら此の世の生老病死から自由解放されるので
    <天使>のように【神の愛=主イエス】と共に【神愛事業=隣人愛&神愛奇蹟】を
    実現するために眠ることなく世界中を飛び回って大活躍できることを今から楽しみです!

    ●私は門である。私を通って入る者は救われる。
     その人は、門を出入りして牧草を見つける(ヨハネ伝10-9)
    ●イエスは言われた。「私は復活であり、命である。私を信じる者は、
     死んでも生きる」(ヨハネ伝11-25)
    ●イエスは言われた。「私は道であり、真理であり、命である。私を通らなければ、
     だれも父のもとに行くことができない(ヨハネ伝14-6)
    ●主は私の羊飼い、主は必要なものはみな与えて下さり、
     私には何も欠けることがない。
     主は私を牧草地にいこわせ、ゆるやかな流れのほとりに連れて行かれる。
     傷ついたこの身を立ち直らせ、魂を生き返らせ、
     主の御名にふさわしい義の道に導き、
     私が最高の主の栄光を現す仕事ができるよう、手を貸してくださる
     たとい死の陰の谷を行くときも、私は災いを恐れません。
     主なるあなたが私のすぐそばにいて、道中ずっとお守りくださるから。
     あなたのむち、あなたの杖、それが私を慰め力づける。
     主なるあなたは私を苦しめる敵を前にしても、私に食卓を整えてくださる。
     私の頭に香油を注ぎ、私の杯を溢れさせてくださる
     生きている限り、恵みと慈しみは、私についてきます。
     やがて、私は主の宮に着き、いつまでもおそばで暮らすことでしょう
    (詩篇23-1~6)

    どんなに<闇:不完全・不条理・不合理>と思われる存在が満ち溢れていても
    私たちが此の世の原理も仕組みもほとんど理解していないのに生きられるのは、
    <万事・万物・万象>の背景にある<神愛の御手:導き手・助け手・癒し手>によって
    時にかなって<最高!最善!最美!>に働く<真理>【神愛方程式=神愛摂理】であると
    【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>で
    体感できることに感謝しています!

    ●私は言う。「闇の中でも主は私を見ておられる。夜も光が私を照らし出す。」
     あなたには、闇も暗くなく、夜も昼も共に光を放ち、夜は昼のように明るく輝く。
     あなたには、闇も光も同じで異なることはない(詩篇139-11~12)
    ● 万物は、神より出で、神によって成り、神に帰する
     <別訳>すべては、神から、神によって、神のために存在する
     <別訳>すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっている
     栄光がとこしえに神にあるように。アーメン(ロマ書11-36)
    ●<聖意・聖旨>(内村鑑三)
     ⇔★万事万物の本源を握る者は神の御手
      ★地に起こる全ての出来事は源を天に置く
    ●天の下では、何事にも定まった時期あり、すべての営みには時がある。
     生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
     植えるのに時があり、植えたものを抜くのに時がある。
     殺すのに時があり、癒すのに時がある。
     崩すのに時があり、建てるのに時がある。
     泣くのに時があり、微笑むのに時がある。
     嘆くのに時があり、躍るのに時がある。(伝道の書3-1~5)
    ●神のなされることは全てその時にかなって美しい(伝道の書3-11)
    ●我は逃れんと欲して、我が神の恩恵の手より逃れることはできない。
     神は奈落の底にまで、神の手を拡げて我を支え我を救い給う
     (内村鑑三:詩篇139‐7~8)
    ●私はあなた(主)の御霊から離れてどこへ行けましょう。
     私はあなたの御霊を離れてどこへ逃れましょう
     たとい、私が天に昇っても、そこにあなたはおられ
     私が黄泉(ヨミ)に床を設けても、そこにあなたはおられます(詩篇139‐7~8)
    ●私が暁(アカツキ)の翼をかって、海の果てに住んでも、
     そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕えます
     (詩篇139-9~10)
    ●見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、
     わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。
     わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない
     (創世記28-5)
    ●我が父の愛は無限なり、彼は我の滅びることを欲(ねが)い給わず、
     彼は我につきて永久に絶望し給わず、
     ゆえに我もまた自己につきて絶望することなく、
     彼の無限の愛を信じてはばからずして今日起ちて彼に往かん
     (内村鑑三:ルカ伝15‐18・放蕩息子の帰郷)
    ●主は、いつまでも見放してはおられない。
     たとい悩みを受けても、主は、その豊かな恵みによって、あわれんでくださる
    (エレミヤ哀歌3-31~32)
    ●私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。
     主のあわれみは尽きないからだ。
     それは朝ごとに新しい。「あなたの真実は力強い。
     主こそ、私の受ける分です。」と私のたましいは言う。
     それゆえ、私は主を待ち望む。
     主はいつくしみ深い。主を待ち望む者、主を求めるたましいに。
     主の救いを黙って待つのは良い(エレミヤ哀歌3-22~26)
    ●すべて彼(主イエス)を信じる者は失望に終わることがない(ロマ書10―11)
    ●我らのなお滅びざるは主の慈悲・仁愛(いつくしみ)による。
     その憐憫(あわれみ)の尽きざるによる。
     これは朝ごとに新しく、あなたの真実は大いなるかな
     (エレミヤ哀歌3-22~23)
    ●愛する人たち、このことだけは忘れてはならない。
     主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようである。
     ある人たちは、遅いと考えているようですが、
     主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。
     そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、
     あなたがたのために忍耐しておられるのです(ペテロ後書3-8~9)

    <死後世界:天国・御国・来世>が最終目的地である<神愛道:神の国・神の義>は
    此の世が目的地で人間主体の人生観・価値観・歴史観では<最低・最悪・最醜>の
    <闇:不義・不正・不実>を突き抜けてこそ体感でき見出せる<狭き門>であり
    自助努力でなく<神愛神助:祝福・恩恵>で導かれる<生き様・死に様>です!

    ●[物の前後<The Divine Order(ホレ―シャス・ボナー)>](内村鑑三)
     ◆真(マコト)なることは先にして美なる事は後なり。
      美なることが先にして、真なることが後なるにあらず。
      先ずありのままの森と岩と沢とありて、しかる後に香しき美しき園はあるなり。
     ◆善なることは先にして美なることは後なり。
      美なることは先にして善なることは後なるにあらず。
      先ず荒き野に固き種を下して、しかる後に花は開き枝は茂るなり。
     ◆喜ばしきは先にして悲しき事は後なるにあらず、
      悲しき事は先にして喜ばしき事は後に来るなり。
      一度は涙にむせびて(泣かざる者とては世になければ)、
      しかる後に憂いを忘れて踊り喜ぶなり。
     ◆光は先にして暗闇は後に来るべきものにあらず、
      先ず暗黒を経過して、しかる後に光明は臨むなり。
    ●人の計画は成りて敗れ、神の計画は敗れて成る(内村鑑三)
    ●正義は負けて興り、不義は勝ちて滅ぶ(内村鑑三)
    ●悪いことの中にも何ほどかの善の魂がまじっている。
     人が注意深くそれを探し出すならば(シェークスピア)
    ●光明的半面に着眼する者、これ信者なり。
     暗黒的半面に注目する者、これ不信者なり(内村鑑三)
    ●どんな良い事も、最初に一番良い顔をみせはしない(ヒルティ)
    ●狭き門より入れ!滅びに至る門は大きく、その道は広い。
     そして、そこから入って行く者は多い。
     命に至る門は狭く、その道は狭い。そして、それを見出す者は少ない
     (マタイ伝7-13~14、ルカ伝13-24)

    【神助道:神助精神・神助主義・神助本願・神助努力・神助本位】のお任せ人生で
    日々直面する患難辛苦を【神愛特訓:オーディション!リハーサル!】と受け止め
    【主イエス】再臨で地上誕生される<御国:千年王国・メシア的王国・神愛王国>の
    本番舞台でエデンの楽園復活事業に【ビジョン:理想・夢望・念志】で参加する為に
    <アーメン!ハレルヤ!主に感謝!>GLORY JESUS KINGDOM!先取神愛感謝の
    【神愛福音道】【聖書価値観】<神愛価値観:神愛世界観・神愛歴史観・神愛人生観>で
    人間主体の人生観・価値観・歴史観で観れば混迷大波乱の現代世界においては、
    どんな<闇:不完全・不条理・不合理>や<不義・不正・不実>であろうとも
    【神の愛=主イエス】の【御心:聖意・聖旨】<真理>【神愛方程式=神愛摂理】に導く
    <神愛の御手:導き手・助け手・癒し手> <神愛神助:祝福・恩恵>に守られながら
    <死後世界:天国・御国・来世>に至る【ビジョン:理想・夢望・念志】を掲げて
    <ビジョニスト:光の子・世の光・地の塩><福音の戦士>【福音の勢力】に決起して
    【救国:民族精神復興&国体再建】【世界平和:神愛自由&神愛正義<隣人愛>結実】に
    チャレンジし続ける活躍されることを心より応援します!

    ●悲しみ憂えてはならない。主を喜び祝う事こそ、あなた方の力の源であるからだ
    (ネヘミヤ記8-10)
    ●すべてのことは、あなたがたの益であって、
     恵みがますます多くの人に増し加わるにつれ、
     感謝が満ちあふれて、神の栄光となるのである。だから、私たちは落胆しない。
     たとい私たちの外なる人は滅びても、 内なる人は日々新たにされていく。
     なぜなら、このしばらくの軽い患難は私たちの内に働いて、永遠の重い栄光を、
     あふれるばかりに私たちに得させるからである(コリント後書4-15~17)
    ●主はあなたの足をよろけさせず、あなたを見守る方は、まどろむこともない。
     見よ。イスラエルを見守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。
     主は、あなたを見守る方。主は、あなたを覆(オオ)う陰。あなたの右にいます方。
     昼も、太陽が、あなたを撃つことがなく、夜も、月が、あなたを撃つことはない。
     主は、すべての災いを遠ざけて、あなたを見守り、あなたの魂を見守られる。
     主は、あなたを、出で立つのも帰るのも、今よりとこしえまでも見守られる
     (詩篇121-3~8)
    ●悲しみに出会ったら、
     まず感謝するがよい。
     それから、
     その悲しみが何のために役立つかをたずね給え。
     あなたがそれをただ避けようとせず、
     その苦しみの意味を理解しようと真剣に願うならば、
     やがて必ずそれを発見するであろう。
     そうしたら、
     あまり言訳をしたりこぼしたりせずに、
     この道を踏んで進み給え。
     それは、
     あらゆる他の研究や修養にもまして、
     あなたをずっと先きへ、
     しかもずっと速く導くにちがいない。
     これこそ、高きをめざす一番の近道である。
       「ひたすら神のみむねに従い。
        いかなる時にも神に望みをかくる者、
        もろもろのなやみと悲しみにとざさるるとも
        神はその人を不思議にも守り給わん。
        いと高きものなる神に依り頼む人は
        砂の上にその家を建てしにあらず (同胞教会讃美歌第172番)」
                        <『幸福論』(ヒルティ)より>
    ●<神を信ぜんのみ>(内村鑑三)
     いかなる境遇に遭遇するも神を信ぜんのみ、
     富むも貧するも、
     成功するも失敗するも、
     徳を建つるも罪に陥るも、
     世に迎えらるるも友に捨てらるるも、
     生きるも死するも、
     天に昇るも冥府(よみ)に降るも、
     われは神を信ぜんのみ。
     かくてわれに未来あるなく、
     過去あるなく、
     悲哀あるなく
     失望あるなく、
     時はすべて現在となり、
     事はすべて歓喜となり、
     我が生涯は信、望、愛の相連不絶と化すべし、
     欣(よろこ)ぶべきかな。
    ●私が、どんなことがあっても恥じることなく、
     かえって、試練の時も、いつものように、
     キリストのために、大胆に語ることによってキリストのすばらしさが現わされて,
     生きるにも死ぬにも、
     私の身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望している。
     私にとって、生きることは、キリストのために良い機会を得たことを意味し、
     死ぬことは、さらにすばらしいことを意味する(ピリピ書1-20~21)
    ●あなたは私を多くの苦しみと悩みとに、
     会わせなさいましたが、
     私を再び生き返らせ、地の深みから、
     再び私を引き上げてくださいます(詩篇71-20)

    ハレルヤ!栄光を主に帰します。
    主の恵みに感謝します!アーメン

    それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
    Good luck & God bless you!
     
    異論・反論・疑問など何でもメール歓迎します!
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    ウェブ:https://cforumtanaka.jimdo.com
    田中 聡(さとし)






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