<熱血コーチ>で導く【神の愛=主イエス】!
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<熱血コーチ>で導く【神の愛=主イエス】!

2015-12-27 20:58

    ★★A Happy New Year!新年2016年を<善き年>としてお迎えください!★★

    【2008年6月29日に作成した<第463回>に加筆】
    ◇◇【神の愛=主イエス】は<最高!最善!最美!>の<熱血コーチ>!◇◇

    ●凡庸な教師は、ただしゃべる
     良い教師は、説明する
     優れた教師は、自らやってみせる
     偉大な教師は、心に火をつける(ウィリアム・アーサー・ワード)

    【神の愛=主イエス】に大事にされ大切なる皆さん、こんにちは!ご愛読に感謝します!

    皆さんもご存知だと思いますが、最近のTVドラマでは、<熱血教師>ものが人気です。
    私は「ルーキーズ」が大好きです。主人公に【神の愛=主イエス】を感じるからです。

    【ビジョン:理想・夢・志】を見失ってしまった時に、自分だけでは再起・再出発できず、
    世間や家族からも見捨てられて、孤立無援の人生最悪な<どん底>に落ち込んでしまって、
    もはや万策尽きて、途方に暮れてしまっても、一切の心配ご無用です!

    私たちには、ドラマの<熱血教師>以上の、<最高!最善!最美!>の<熱血コーチ>が
    いつでも、どこでも、何度でも、必ず助けに来てくれるからです!ハレルヤ!

    世間的常識では、どんなに孤立無援で、<無一物>の悲惨な境遇に追い込まれたとしても、
    私たちが【ビジョン:理想・夢・志】を望む<熱き思い燃える心>が少しでもあるならば、
    【神の愛=主イエス】は、最後の最後まで、<いつも一緒!>にいて応援してくれるので
    いつでも恐れず安心して【ビジョン:理想・夢・志】を最優先して前進し続けましょう!

    ●私たちは四方から患難を受けても、窮しない
     途方にくれても、行き詰まらない
     迫害にあっても、見捨てられない
     倒されても、滅びない(コリント後書4-8~9)
    ●人に知られていないようで、認められ
     死にかかっているようで、生きており
     こらしめられているようで、殺されず
     悲しんでいるようで、常に喜んでおり
     貧しいようであるが、多くの人を富ませ
     何も持たざるようで、全てのものを持っている(コリント後書6‐9~10)
    ●生活は必ず不断の進歩であって、その日その日が一つの創造であるべきである
     (ヒルティ)
    ●希望は時々刻々この世に臨みつつあり、腐敗の累積はあえて恐るるに足らざるなり
     (内村鑑三)
    ●The best is yet to come!<最善の時はこれからだ!>(ブラウニング)

    <最高!最善!最美!>で<熱血コーチ>の【神の愛=主イエス】に応援協力してもらうには
    【聖書】を完全読破することも、キリスト教会信者になる事も、絶対条件だとは思いません。

    ご存知のように【聖書】には有名な「ぶどう園の労働者(マタイ伝20-1~16)」という
    【主イエス】が教え示された興味深い<たとえ話>があります。

    【神の愛=主イエス】は【ぶどう園=天国】に帰るように夜明けから私たちを招き続けます。
    朝一番に労働者となった人々は、世間も認める立派な<キリスト教会信者>といえるでしょう。

    一方で、夕方になっても、【ぶどう園】に近づかなかった人々がいます。私もその一人です。
    私は【神の愛=主イエス】に反して、平気で自分勝手に享楽的な人生を過ごし続けてきました。
    そんな教会や【聖書】に無縁な私でも、【神の愛=主イエス】は喜んで招いてくれるのです!

    さらに、驚くべきは、代々の敬虔なクリスチャンでなくても、世間的に<無一物>であっても
    歴史上の立派な【聖者】と同格の<特権・恵み>に優先的に預かれるのです!ハレルヤ!

    ◆「ぶどう園の労働者」のたとえ(マタイ伝20-1~16)
    「天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、
     夜明けに出かけて行った。
    主人は、一日につき一デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った。
    また、九時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、
    『あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう』と言った。
    それで、その人たちは出かけて行った。主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出て行き、
    同じようにした。
    夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、『労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、
    最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい』と言った。
    そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。
    最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。
    しかし、彼らも一デナリオンずつであった。
    それで、受け取ると、主人に不平を言った。
    『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して
     働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』
    主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。
    あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。
    自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように
    支払ってやりたいのだ。
    自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさを
    ねたむのか。』
    このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」

    【神の愛=主イエス】は世間的にもキリスト教会からも<落ちこぼれ・アウトサイダー>こそ
    そして、自分でさえ【ビジョン:理想・夢・志】を見失いかけている<罪人>を、最優先して
    【神の愛=御霊】が私たちの<心>に直接に訪問して助けに来てくれるのです!感謝!

    ●『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、
     行って学びなさい。私が来たのは正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。
    (マタイ伝9-13)
    ●イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な人ではなく病人である。
     私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」
    (マルコ伝2-17、ルカ伝5-32)
    ●言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない
     九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。」(ルカ伝15-7)
    ●言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある。
    (ルカ伝15-10)
    ●「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であり、
     そのまま受け入れるに値します。わたしは、その罪人の中で罪人の頭(カシラ)の最たる者です
     (テモテ前書1-15)
    ●風[聖霊]は思いのままに好むところに吹く(ヨハネ伝3‐8)
    ●罪人を迷いの道から連れ戻す人は、その罪人の魂を死から救い出し、
     多くの罪を覆うことになると、知るべきです(ヤコブ書5-20)

    ドラマ「ルーキーズ」の熱血教師のように私たちが心に抱く<最愛の我が子・我が分身>の
    【ビジョン:理想・夢・志】に【神の愛=隣人愛】の【ミッション:使命・天職】を自覚し、
    <不屈の楽天主義・楽観論>の【パッション:受難覚悟の情熱・熱望・気迫】で挑戦する迄
    忍耐強く、私たちを、内から外から励まし慰め勇気づけ希望を確信へと導いてくれます!

    ●子たちよ、御子キリストの内にいつもとどまりなさい。そうすれば、御子の現れるとき、
     確信を持つことができ、御子が来られるとき、御前で恥じ入るようなことがありません
     (ヨハネ第1書2-28)
    ●私は初めから、以上のことを確信し、思い巡らした後、こう書き残した。
     「主の御業はすべて良く、時が来れば、主は必要なことをすべて満たされる。」
     「これはあれよりも悪い」と言ってはならない。どんなものも時が来ればその良さが
      証明される。さあ、心から、声高らかに賛美の歌をうたえ。主の御名をほめたたえよ
     (シラ書〔集会の書〕39-32~35)
    ●何事でも神の御心に適うことを私たちが願うなら、神は聞き入れてくださる。
     これが神に対する私たちの確信である(ヨハネ第1書5-14)

    【神の愛=主イエス】による<熱血コーチ>方法とは【御言葉】によると実感できます。
    【聖書の御言葉】を大切にして生活の中心にすることで私たちは知らず知らずのうちに、
    【フロンティア精神:★チャレンジ精神★ポジティブ/プラス思考★オープン・マインド】で
    いつも<歓喜!感動!感謝!>の【青春:幼な心・青年の心】で生きることができます!

    最近の科学的研究によれば、<言葉>を口から発声することは脳中枢への直接指令となり、
    潜在的にも明確に記憶されることが立証されたそうです。【聖書】で教示されてきた事が、
    ようやく科学的に証明されたのです。

    ●御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。とがめ、戒め、
     励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです(テモテ後書4-2)
    ●まことに、御言葉は、あなたのごく身近くにあり、あなたの口にあり、
     あなたの心にあって、あなたはこれを行なう事ができる(申命記30‐14)
    ●御言葉はあなたの近くにあり、あなたの口、あなたの心にある(ロマ書10‐8)
    ●口でイエスは主であると公に言い表し心で神がイエスを死者の中から復活させられたと
     信じるなら、あなたは救われる(ロマ書10‐9)
    ●父(神)を世に示さん為には隠るるなかれ
     自己を世に示さざらん為に隠れよ(内村鑑三)
    ●私は、この口をもって、主に尽きぬ感謝をささげ、多くの人の中で主を賛美します
    (詩篇109-30)
    ●どのような時でも、私は主をたたえ、私の口は絶えることなく賛美をうたう(詩篇34-1)
    ●私は絶えずあなたを待ち望み、いよいよ切に繰り返し、あなたを賛美しましょう。
     私の口は恵みの義の御業と、御救いを絶える事なく語りますが、その全体は計り知らず、
     決して語り尽くすことはできません。神なる主よ。私は、あなたの大能の業を携えて、
     力を奮い起こして進みいで、あなたの義を、ただあなただけを心に留め、
     ひたすら恵みの御業をほめたたえ唱えましょう(詩篇71-14~16)
    ●悪い言葉を一切口にしてはなりません。ただ、聞く人に恵みが与えられるように、
     その人を造り上げるのに役立つ言葉を、必要に応じて語りなさい(エペソ書4-29)

    前向き・積極的・挑戦的・楽観的・実践的・創造的な【聖書】の【御言葉】を語ることや
    【先人・偉人の教え:名言・格言】を【神の愛=隣人愛】の【同労者・同志】とする事で
    <不屈の楽天主義・楽観論>の【パッション:受難覚悟の情熱・熱望・気迫】に導かれて
    たとえ現実で落ち込んでも<潜在的能力>から前向きな<積極的人物>になれるのです!

    ●人は止まらんとし、神は動かんとし給う
     人は固執せんとし、神は溶解せんとし給う
     人は制定せんとし、神は産出せんとし給う(内村鑑三)
    ●【積極的人生】(内村鑑三)
     すべて神の約束は彼の中に是(しかり)となり、また彼の中にアーメンとなる。
     神は是なり、またアーメンなり。彼は万事において積極的なり。
     しかして、人は神を信じて希望の人、歓喜の人、満足の人、
     すなわち全然積極的人物たらざらんと欲するもあたわざるなり
     <すべてにおいて積極的人物となる!>(内村鑑三)
    ●世には沢山のいい格言がある。人がそれらを適用することに欠けているだけだ(パスカル)
    ●絶えず偉大な思想に生き、ささいなことを顧みないように努めなさい。 
     これは、一般的に言って、人生の苦難と悲哀を最もたやすく乗り越えさせる道である
     (ヒルティ)

    だから<心>に信じ望み愛する【ビジョン:理想・夢・志】もまた口に出し形に表現して、
    <公言・信仰告白>することで<希望>を<確信>に至らせ<未来の事実>にしましょう!

    ●我が口より出づる言葉はむなしく我に帰らず、我が喜ぶところを成し、
     我が命じ遺(オク)りしことを果たさんと主は言い給う(内村鑑三)
    ●雨も雪も、ひとたび天から降れば、むなしく天に戻ることはない。それは大地を潤し、
    芽を出させ、生い茂らせ、種蒔く人には種を与え、食べる人には糧を与える。
    そのように、私の口から出る私の言葉もむなしくは、私のもとに戻らない。
    それは私の望むことを成し遂げ、私が与えた使命を必ず果たす(イザヤ書55-10~11)
    ●汝のパンを水の上を投げよ、多くの日ののちに汝再びこれを得ん(伝道の書11-1)
    ●汝の真理を社会の中に投げよ、年を経て汝はその偉大なる結果を見るを得ん(内村鑑三)
    ●幸いなことよ
     悪者のはかりごとに歩まず
     罪人の道に立たず
     あざける者の座に着かなかった、その人。
     まことに、主の教えを喜びとし、
     昼も夜もその教えを口ずさむ。
     その人は、水路のそばに植わった木のようだ
     時が来ると実がなり、その葉は枯れない
     その人は何をしても栄える<その人のすることをみな栄えさせる>
    (詩篇1-1~3、エゼキエル19-10、詩篇92-12~14、エレミヤ書17-8)
    ●気高い夢を見ることだ。あなたは、あなたが夢見たものになるだろう。
     あなたの理想は、あなたがやがて何になるかの予言である(ジェームズ・アレン)
    ●私は確信しているが、神の語られる事はみな成就し、
     神の言葉は一つとして無駄になることはない(トピト記14-4)

    ●理想を語るは夢を語るにあらず、未来の事実を語るなり(内村鑑三)
    ●真の祈りは、ただの祈りではない、一種の預言である。
     即ち必ず成就すべきことを前もって語に表することである(内村鑑三)

    【神の愛=主イエス】による<最高!最善!最美!>の<熱血コーチ>の方法とは、
    自らの<生き様・死に様>で感動的で魅力的な【神の愛の奇蹟】を教え示してくれて、
    「私もあんな風になりたい!俺もやってみよう!」という<人生理想・手本>となり
    しかも、私たち一人でするのではなく、【神の愛=主イエス】が<いつも一緒!>で
    共に喜び共に悲しみ、<相思相愛>の<真の友>となって完全サポートしてくれます。

    ●やって見せ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かぬ
     話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず
     やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず(山本五十六)

    ●最も良い教師とは子供と共に笑う教師である。
     最も悪い教師とは子供を笑う教師である(A・S・ニール)
    ●私はあなた(主)の御霊から離れてどこへ行けましょう。
     私はあなたの御霊を離れてどこへ逃れましょう
     たとい、私が天に昇っても、そこにあなたはおられ
     私が黄泉(ヨミ)に床を設けても、そこにあなたはおられます(詩篇139‐7~8)

    私たちがどんな状況にあっても、【ビジョン:理想・夢・志】を目指すためならば
    【神の愛=主イエス】は、<最高!最善!最美!>の<熱血コーチ>となってくれ、
    マン・ツー・マンの個人指導で、とことん最後の最後まで応援してくれます!

    ●立ち帰れ、私に。そうすれば、私もあなた方に立ち帰ると万軍の主は言われる
    (マラキ書3-7、セカリヤ書1-3)
    ●神に近づきなさい。そうすれば、神は近づいてくださいます(ヤコブ書4-8)
    ●あなたは我が内臓を造り、我が母の胎内で私を組み立てられた。
     私はあなたをほめたたえ感謝します。
     私はあなたの恐ろしい力によって、驚くべきものに造り上げられている。
     御業がどんなに驚くべきものか、私の魂はよく知っている(詩篇139-13~14)
    ●誰でも人の役に立てる才能を持っています。その才能をどこに生かすかを考え、
     チャレンジを与えるのが、リーダーの責任です(ゴードン・B・ヒンクレー)

    皆さんが心に抱く<最愛の我が子・我が分身>である【ビジョン:理想・夢・志】に
    示されている【ミッション:使命・天職】を自覚して、希望を<確信>へと至らせる
    <不屈の楽天主義・楽観論>の【パッション:受難覚悟の情熱・熱望・気迫】に導く
    <最高!最善!最美!>の【神の愛=主イエス】による<熱血コーチ>を受けながら
    【愛と自由の戦士・神の僕】として活躍されることを心より応援しています!

    ●見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、
     必ずこの土地に連れ帰る。私は、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない
     (創世記28-5)
    ●それでもひたすら神に信頼し続けよ。そうすれば、まもなく、また光と力を見るだろう。
     おまえが信じたものを、まのあたりに見て、信じたとおりに成るであろう(バンヤン)
    ●人々が神の力を思い起こす時、あなたの抱いたその確信が彼らの心から失われる事は
     決してあるまい(ユディト記13-19)
    ●真の文明人は、人生における自己の使命を知っている人間のことである(トルストイ)

    ハレルヤ!主の恵みに感謝します!
    栄光を主に帰します!アーメン!

    それでは今日も明日も素晴らしい人生をお過ごし下さい。
    May grace and peace be with your spirit.
    Good luck & God bless you!
     
    メイル歓迎します!
    cforum@tanaka.name
    田中 聡(さとし)




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