「3.11」以来、意気消沈していた電力業界がにわかに活気づいている。福島第1原子力発電所の事故を機にそれまで「超優良企業」の名をほしいままにしてきた電力9社(原発を持たない沖縄電力を除く)の経営環境は暗転。保有原発が次々に運転を停止し、代替電源となる火力発電所の燃料コストが膨らんで赤字転落の電力会社が続出しただけでなく、「地域独占の上にあぐらをかく“お役所体質”」が批判の対象となり、小売り電力の完全自由化や発送電分離などを盛り込んだ電力システム改革が不可避の情勢になっていた。ところが、11月16日の衆院解散から雰囲気が再び変わりつつある。
「自民、単独過半数の勢い 民主100議席割れか」(朝日新聞)
「自民単独過半数の勢い 民主激減、70前後」(毎日新聞)
「自民、過半数の勢い 民主は半分以下も」(日本経済新聞)
12月6日、朝日、毎日、日経の全国紙3紙が一斉に衆院選序盤の情勢調査結果を1面に掲載。いずれも自民党の大勝、民主党の惨敗を予測した。9月26日の自民党総裁選で勝利した安倍晋三総裁(58)の次期総理就任は一段と確実視されるようになった。
拙稿「安倍自民党“原発再稼働シフト”と電力改革の行方」(2012年10月2日付)
でも指摘したように、電力業界にシンパシーを寄せる安倍の政権復帰によって、業界悲願の原発再稼働にゴーサインが出る可能性は限りなく高い(といっても、地元周辺自治体の不信感は根強く実現するかどうかは不透明だが……)。
●上昇する株価
膨張する赤字と下がり続ける株価に顔色を失っていた電力各社の経営トップの表情に生気が甦りつつあるのは、安倍政権の足音が近づいていること以外に説明の仕様がない。国会の党首討論の席上で首相の野田佳彦(55)が唐突に2日後の衆院解散を宣言したのが11月14日。その日から月末の30日までの電力各社の株価推移が如実に風向きの変化を物語る。
四国電力(11月14日終値871円→30日終値1121円、上昇率28.7%)を筆頭に、関西電力(628円→784円、24.8%)、中国電力(960円→1189円、23.9%)、北海道電力(668円→815円、22.0%)、東北電力(622円→747円、20.1%)と9社中5社が20%以上の上昇率となり、九州電力(653円→772円、18.2%)と中部電力(960円→1114円、16.0%)、北陸電力(793円→913円、15.1%)の3社が10%台後半と高い伸び。東京電力(123円→130円、5.7%)だけが1ケタの上昇だが、事実上国有化されている東電は例外と考えた方がよい。
10年間で200兆円の公共事業を実施するという自民党の国土強靭化計画。3年前に「コンクリートから人へ」を政権公約に掲げた民主党に散々な目に遭ったゼネコン業界も電力業界に負けず劣らず沸き返っているものの、大手4社の株価をみると、上昇率が10%を超えているのは大林組(348円→389円、11.8%)だけで、清水建設(227円→248円、9.3%)、鹿島(218円→237円、8.7%)、大成建設(211円→224円、6.2%)の3社はいずれも1ケタの伸びにとどまっている。いかに電力会社の株価上昇が突出しているかがお分かりいただけるだろう。
●原発ゼロへの「圧力」の理由
もう少し、株価動向の話にお付き合い願いたい。電力9社の中でも原発依存度が高く、収益基盤の脆弱化が著しかった5社の年初来最安値は9月12日に集中している。関西電力(482円)、九州電力(454円)、東北電力(451円)、四国電力(705円)、北海道電力(487円)である。この日は毎日新聞が1面で「エネルギー・環境戦略:『30年代原発ゼロ』明記へ」と政府方針をスクープした日。この頃、機関投資家のなかでも電力株に資金を注ぎ込んでいた海外ファンドの動揺が激しかった。
「日本のメガバンクは電力会社に対して兆円単位のエクスポージャー(投融資残高)がある。このまま『原発ゼロ』政策が採用され、電力会社が債務超過になって破綻したら、金融危機につながる」
ある米系ファンドの幹部はこの時期にわざわざ来日し、日本の政府関係者やマスコミに接触してこんな具合に「原発ゼロ政策」回避の必要性を説いていた。
原発ゼロ政策の説明のために米国に派遣されていた長島昭久首相補佐官(50)が「複数の米政府高官から原発ゼロ政策に対する疑問を投げかけられた」と報告し、首相の野田が「原発ゼロ」を織り込んだエネルギー・環境戦略の閣議決定を見送ったのは9月19日。その後、「核不拡散・平和利用に向けた日米協力の枠組みが崩壊しかねないとの懸念が背景」(2012年9月25日付日本経済新聞)といった解説が新聞・テレビなどでなされたが、「『原発ゼロ政策』に対する本当の米政府の懸念はプルトニウムや核不拡散よりも、日本の電力株や電力債を買っている投資ファンドの焦げ付きやウエスチングハウスなど米原発企業の業績悪化の方が大きかった」と内外のエネルギー政策に詳しい大手商社関係者は解説する。
●逆戻りの「発送電分離」
9月12日に年初来最安値をつけた5社の株価は12月12日現在、底値より5-6割高い水準に回復している。危険水域を脱したと判断して気が緩んだのか、電力会社首脳が前言撤回や軌道修正の発言をするケースが目立ってきている。
例えば、電気事業連合会(電事連)会長を兼務する関西電力社長の八木誠(63)。経済産業省の電力システム改革専門委員会(委員長・伊藤元重東京大学教授)が中間報告として発送電分離を進める「改革の基本方針」を決定した1週間後(7月20日)の電事連の定例記者会見で、八木は「新電力の参入拡大に対応した競争環境と安定供給を守れる仕組みを考える必要がある」と述べ、発送電分離の議論に積極的に協力する姿勢を見せていた。
ところが4カ月後、衆院解散当日の11月16日の記者会見では「システム改革の基本方針が出た7月より、電力需給が逼迫するなど非常に不安定になっている。こうした時に組織形態を見直すことのリスクも出てきた」と情勢の変化を示唆したうえで「以前からわれわれが主張しているのは発送電一貫型。改革も今の一貫型でできる」と、一度は協力する意向を示した発送電分離への態度を180度変えてしまった。
電力システム改革専門委は11月7日に4カ月ぶりに会合を再開。発送電分離の具体的な手法として「法的分離」「機能分離」のどちらを選択すべきかといった本格的な議論を始めたが、そこにオブザーバーとして出席した中部電力幹部は「(電事連は)発送電分離に賛同するということまでは表明していない」と断言。12月6日の専門委会合では、小売り(家庭向け)電力の段階的自由化が確認されたが、関電副社長の岩根茂樹(59)は「将来の電源構成と電力のシステム改革を一体的に検討する必要がある」とコメントし、専門委の議論をこれ以上進めないように働きかける一幕もあった。
●民主党への「復讐」
こうした電力業界の態度豹変が衆院選挙後の政権交代をにらんだものであることは明らか。さらに自民党の政権復帰だけでなく、電力会社系労組を使った民主党候補の“選別”も進めている。
9月に政府のエネルギー・環境会議が「原発ゼロ政策」を決めた際、同会議を主管する国家戦略相だった古川元久(47)は今回の衆院選(愛知2区)で中部電力労働組合の推薦を受けなかった。佐賀1区で出馬している元総務相の原口一博(53)は9月の民主党代表選に立候補した際、「原発ゼロ計画に直ちに着手すべきだ」などと脱原発路線を鮮明にしていたが、地元電力系労組幹部らから「(脱原発の)主張をそのまま続けるつもりか」と注文をつけられたという。このほか、四国電力労組が活動方針から「民主党を基軸とした」という文言を削除したことに伴い、同労組出身の県議が衆院選を前に民主党から離党するといった動きも出て来ている。
「原発ゼロ政策」を打ち出した民主党に対する電力業界の復讐ともいうべき行動。3年前のマニフェスト(政権公約)をことごとく反古にした同党に対する「懲罰選挙」ともいわれる逆風の中で、有力支持母体の電力系労組の離反は痛手に違いない。しかし、だからといって電力労使の意向に沿って「原発再稼働」容認に与したからといって当選が約束されるほど、民主党候補にとって今回の選挙は甘くない。
●原発再稼働は視界不良
一方、電力業界が目論む通り、自民党が選挙に勝ち、安倍政権が誕生すれば「原発再稼働」が次々に実現するかといえば、それもかなり難しい。自民党が単独過半数を取ったとしても、参議院でのねじれを解消するには公明党だけでなく、他の勢力との連立・連携が必要になる。長年友党関係にある公明党は今回の衆院選マニフェストで「1年でも5年でも10年でも早く、可能な限り速やかに原発ゼロを目指す」と「脱原発」をはっきりと掲げている。
次なる自民党の連立候補は日本維新の会だが、ここは代表の石原慎太郎(80)と代表代行の橋下徹(43)の間で原発に対するスタンスが分かれている。「原発推進」の石原が老獪さで「脱原発」の橋下をねじ伏せたとしても、発足したばかりの同党の参院議員は片山虎之助(77)らわずか3人。これでは自民党と連立しても、ねじれ解消にならない。
政党勢力の問題だけではない。原子力規制委員会は12月10日、評価会合で日本原子力発電敦賀原発(福井県)の2号機建屋の直下に活断層がある可能性が高いとの判断を下した。委員長の田中俊一(67)は「今のままでは再稼働の安全審査はとてもできない」との見解を示し、同原発は廃炉となる見通しになった。既存原発を廃炉に持ち込む際に立ちはだかっていた厚い壁に風穴が開いたことで、脱原発派が勢いづくのは必至の情勢。たとえ、発足後の安倍政権が各地の原発再稼働の手続きを整えたとしても、地元自治体が阿吽の呼吸でそれに応じると電力業界が考えているとしたら、あまりに世間知らずだ。福島原発事故での東電の対応や、昨年の九州電力の「やらせメール」問題をはじめ、業界に対する不信感は一段と深まっている。
加えて、福島原発事故への対応策として防災計画の対象区域が従来の一律8-10キロ圏内から5-30キロ圏内に拡大、対象自治体は従来の15道府県45市町村から21道府県135市町村へと3倍規模に膨らむ。電力会社がこれらの自治体から再稼働の同意を得ることが可能なのか。同意を得られなくても国や道府県レベルの判断で原発を運転できるのか――。先行きは視界不良だ。
これらの難題を解きほぐして原発再稼働にこぎ着けるのに果たして何年かかるかも分からない。その間、代替火力の燃料コストはかさみ、原発依存度の高い電力会社の赤字は膨張する。11月に関西電力と九州電力が家庭向け電気料金の値上げを申請し、年明けには四国電力と東北電力も申請を予定しているが、給与カット後でもまだ高水準の社員年収や資産売却の不徹底などが指摘されており、すんなりと認められそうにはない。はしゃぐほどには、電力業界への風当たりが弱まっていないことを、労使共々早晩思い知らされることになるだろう。(敬称略)
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杜耕次 Koji Moriジャーナリスト
※この記事は国際情報サイト『Foresight』より転載させていただいたものです。 http://fsight.jp/
※画像:経済産業省
http://www.ashinari.com/2008/11/23-010438.php
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