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■いつの間にロック少年は「洋楽」を聴かなくなったのか?
●2007年を分岐点に激減していった洋楽市場
洋楽を聴かない人が増えている。
海外の音楽シーンに興味を持つ層がどんどん少なくなっている。洋楽というカルチャー自体が、いよいよ絶滅危惧種になりつつある。ここ最近の変化ではない。ここ数年、ずっと言われ続けてきたことだ。どうして、こうなったんだろう? 何が変わったのか。そういう問題提起を本稿ではしたいと思う。
分岐点は2007年にある。
過去10年の音楽ソフト市場の推移*1から、そのことがわかる。実は、2006年までの洋楽市場はかなり健闘している。音楽ソフト市場の全体が右肩下がりで落ち込んでいくなかで、00年代前半の5年間は、洋楽に限って前年比増を記録している年も多い。しかし、2007年にセールスが激減。その後も落ち込みが続き、2011年には、市場規模は5年前の数字にくらべてほぼ半分になった。
*1:「オーディオレコード総生産数量」 『出典:一般社団法人 日本レコード協会』
http://www.riaj.or.jp/data/aud_rec/aud_q.html
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http://px1img.getnews.jp/img/archives/img01.jpg
こういう話をすると「そもそも音楽不況だから」とよく言われる。けれど、そういうこととは、またちょっと違う。全体のパイだけじゃなく、邦楽と洋楽の比率自体が大きく変わっているというのが、ここ5年で起こった変化だ。2012年には音楽ソフト市場が14年ぶりに拡大したというニュースも報じられたが*2、それに寄与したアーティストのメンツを考えても、今年はさらに全体の中で洋楽が占める割合は少なくなっているはずだ。
*2:「音楽ソフト市場、14年ぶりに拡大 中高年下支え」 2012年11月26日 『日本経済新聞』
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDC2600Q_W2A121C1EA2000/
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また、「アイドルブームで若者が海外の文化に興味を持たなくなっている」とか「日本の音楽のクオリティが上がったから聴かなくてよくなった」とか、「そもそも英語だからしょうがない」とか、そういうことを言う人もいる。ただ、それらの意見は、個人的にはピントがずれていると思っている。
何故なら、洋楽全体の市場が落ち込んでいく中で、それでも大きな支持を築き上げたアーティストがいるからだ。その筆頭に挙げられるのがレディー・ガガ。昨年にリリースされたアルバム『ボーン・ディス・ウェイ』は60万枚を超えるセールスを果たし、オリコンの年間ランキングでも嵐、AKB48、EXILEに続く4位という数字を記録している。今年でいえば、シェネル『ビリーヴ』は20万枚、カーリー・レイ・ジェプセンは10万枚以上のセールスを実現している。ジャスティン・ビーバーやテイラー・スウィフトの人気も高い。
カーリー・レイ・ジェプセン「Call Me Maybe」
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://youtu.be/fWNaR-rxAic
そして、ここに挙げられたようなアーティスト名を見ていくと、だいたいどういうことが起こっているのかがわかる。端的にいえば、バンドがいないということ。おそらく、10代~20代の音楽ファン、特にロックファンがリアルタイムの洋楽を聴かなくなっているのだ。
●時計の針が90年代のまま止まっている世界
10代~20代のロックファンが洋楽を聴かなくなっているということは、現場の声からも読み取れる。たとえば、毎年ロック・イン・ジャパンでDJを担当しているダイノジの大谷ノブ彦さんは、去年、自らのブログにこんなことを書いている。
DJの現場に出てて、自分たちに影響を受けて始めてくれる人も増えたけど、そのほとんどが見事に洋楽に興味を示さない。邦楽のバンドの英詞にはためらいなく入っていけるらしいので、言葉の問題ではないのだ。かっこいい音楽がどうかっこいいのか、どう聴いていったらいいのか、ガイドが本当に不足しているのが原因なのは明らかだ。(中略)
この2~3年の傾向としてとにかく洋楽がかかるとオーディエンスが固まるのだ。これは出演者みんなが口をそろえる。もう本当に見事に固まる。逆にロキノンフェス常連のバンドの曲なら、どんなに流れが雑でも盛り上がる。というか、それだけが全員の共通項になっている。あとは大衆性のあるJ-POPとか。ジャニーズナンバーをかけたら、ジャンルの壁を壊した!なんて称賛されたりして(笑)いや俺その前にVAMPIRE WEEKENDかけて、振り付けあてて踊らせてて、そっちのほうが全然ジャンルの壁を壊したと思っているのに、そのかけたこと自体、なんか触れられない。たまにリアルタイムな洋楽も好きなミュージシャン、DJから声をかけられるだけって感じだ。実際、ジャパンフェスのDJブースのレジデントDJもみんなの知らない洋楽をかけたところで受けないもんだろうから、割とオーディエンスの空気を感じながら選曲してる感じもある。それはそれでいいでしょ?って言われそうだけど、そういうところをここはこういうコミニティーだからと分別していく限り、新しいジャンル、新しい価値観に触れる喜び、楽しさに気付かないままの若者が増えていってるのだ。これ本当だよ。全然大げさじゃなく、今この国で起こっていること。つまりだ。このままじゃ洋楽を中心としたロック・フェス、本当になくなるよ。
「私のDJ革命」 2011年10月31日 『ダイノジ大谷の「不良芸人日記」』
「かっこいい音楽がどうかっこいいのか、どう聴いていったらいいのか、ガイドが本当に不足しているのが原因なのは明らかだ」と、大谷ノブ彦さんは言う。たとえば、そのガイドを担うべきメディアの一つに、洋楽ロック誌と呼ばれるものがある。ここでその代表的な存在である『ロッキング・オン』誌と『クロスビート』誌の、今年1年間の表紙を飾ったアーティストの名前を並べると、何が起こっているのか、一目瞭然になる。
ビートルズ、ローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、デヴィッド・ボウイ、レディオヘッド、グリーン・デイ、ストーン・ローゼズ、ミューズ、ノエル・ギャラガー、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ。
ここには、2010年代どころか、21世紀以降にデビューした人すら、誰もいない。60年代から90年代にデビューしたアーティストの情報が、今フィーチャーすべきものとして大きく取り上げられている。もちろん読者のニーズに合わせて最適化していった結果として、しょうがないところはある。だが、これを見る限り、少なくとも洋楽ロック雑誌のカルチャーにおいては「90年代で時計の針が止まってしまった」と言われても仕方のない状況になっている。
雑誌だけではない。先日には『THE ROCK STORIES』と題し、日本を代表するミュージシャンたちが洋楽を語る地上波のTV番組も深夜に放映された。音楽愛にあふれた構成の素晴らしい内容だったと思うけれど、そこで取り上げられたのもオアシス、レディオヘッドまで。たとえばフジロックのラインナップを見ても、特にここ数年はフランツ・フェルディナンドなどの数少ない例外を除いて、ヘッドライナーにはベテラン勢が並んでいる。
おそらく、メディアだけの問題でもないのだろう。確かに、インディシーンに目をやれば興味深いバンド、刺激的なアーティストは多数いる。日本でも、良心的な音楽ファンは、その動きをきちんと追っていると思う。しかしそこには、かつてカート・コバーンがそうであったような、時代を象徴するカリスマがいない。
たとえば、甲本ヒロトは中学生の時に聴いたセックス・ピストルズに衝撃を受けてバンドを始めようと思ったという。『THE ROCK STORIES』に登場したアーティストたちも、思春期の思い出と共に、それぞれの憧れのバンドを語っている。しかし、2012年の現在、そんな風に10代のロック少年を駆り立てるような同時代的なヒーローたりえる人は、シーンにどれだけいるのだろうか。
そして、ここからは推論になるけれど、2007年が分岐点になったということからは、もう一つの象徴的な意味を見出すことができる。
ニコニコ動画がスタートし、初のボーカロイドソフトウェアとして「初音ミク」がリリースされたのが、2007年だ。そこから5年が経ち、いまや10代バンドがコピーする対象にも、当たり前のようにボカロ曲が登場するようになっている。
たとえば、高校生の軽音楽部事情を追ったミニコミ「kids these days! vol.2」には、昨年秋の文化祭で披露された17校・173バンド・のべ540曲のセットリストが掲載されている。そこで目立って増えてきたのはDECO*27やsupercellなどのボカロPによる楽曲のカバー。ちなみに洋楽に関して言えば、グリーン・デイとアヴリル・ラヴィーンをコピーするバンドが数バンドいただけだ。今年に入って、その流れはさらに強まっている。洋楽メディアがオヤジ化する一方で、ニコニコ動画というプラットフォームがボカロPたちを同時代的なヒーローにしているのだと、僕は思っている。
2007年は象徴的な年で、振り返ると、音楽を巡る環境を大きく変えるサービスやプロダクトが世界中で同時多発的に生まれたのが、この年だった。たとえば、初代iPhoneが披露されたのは2007年1月。USTREAMの一般向けベータ版のサービスが開始されたのは、2007年3月。2007年6月には前年サービスインしたYouTubeが日本語対応を開始している。数多くの有名アーティストがアカウントを持つ音楽の共有サービス「soundcloud」がベルリンでスタートしたのが、2007年8月。ちなみに、レディオヘッドがアルバム『イン・レインボウズ』を自由価格でDL配信したのも、この2007年だった。
当時、僕は洋楽誌に関わっていたので、その頃の業界の空気は肌で知っている。日本では、メディアにも、レーベルにも「これから先、CDがどんどん売れなくなっていく」「音楽業界は斜陽産業だ」という悲観論ばかりが渦巻いていた。音楽に金を払う人間は減少し続けていくだろうと声高に語られ、その一方で「新しいジャンル、新しい価値観に触れる喜び」をもたらす新たなプラットフォームが生み出されることはなかった。2008年には音楽ストリーミングサービスの「Spotify」がスウェーデンで、独自のレコメンデーションシステムを持ったパーソナライズド・ネットラジオの「Pandra Radio」がアメリカで、それぞれサービスを開始している。2012年現在、どちらも欧米では大きな存在感を持つサービスに成長しているが、しかし、共に日本には上陸していない。
「ガイドが不足している」と、大谷ノブ彦さんは上記のブログで書いている。僕はその見立てに同意するし、その状況は、今も変わっていない。
●グローバル・ポップの地殻変動が起こった2012年
こういう話をしていると、「そもそも、洋楽がつまらなくなってるから、しょうがないんじゃない?」と言う人がいる。世界的にもアイドルやティーンポップ以外音楽が売れなくなっているのではないか、と言う人もいる。もしくは、日本だけでなく、いろんな国で自国の音楽しか聴かれなくなっているのだろう、と言う人もいる。しかし、その見立てはちょっと違う。
実は、2011年から2012年にかけて、アメリカやヨーロッパを中心にした音楽シーンには大きな変化が起こってきている。記録的なセールスを実現する新たなアーティストが次々と登場し、かなり興味深いムーブメントが起こってきているのだ。そして、今の(日本を除いた)ポップシーンは急速にグローバル化している。その変化は、欧米だけでなく、アジアやオセアニアや中南米なども含めた世界中でのセールスの数字として形になっている。
90年代で時計の針が止まった日本の洋楽メディアを見ていると気付かないけれど、グローバル・ポップのシーンに大きな地殻変動が起こったのが2012年だったのだと、僕は思っている。
その火をつけたのは、一枚のアルバム。アデル『21』だ。
アデル「Rolling In The Deep」
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://youtu.be/rYEDA3JcQqw
サウス・ロンドン出身、24歳のシンガーが2011年1月にリリースした2ndアルバムは、2011年に1500万枚を売り上げ、その年に世界で最も売れたアルバムに認定された。ソウルやジャズ、ブルーズをベースにした渋い音楽性、ルックスやアイドル性ではなく抜群の歌唱力を武器にした彼女が、並みいるポップスターを圧倒するセールスを果たした。彼女が巻き起こした状況を無理やり日本の音楽シーンに当てはめるなら、エゴ・ラッピンがAKB48と嵐をまとめても敵わないくらい売れている、というような感じだろうか。
そして、何より大きな意味を持つのは、このアルバムが今も爆発的に売れ続けている、ということ。2012年上半期のセールスでも700万枚以上を記録し、180万枚超のワン・ダイレクションに圧倒的な差をつけてランキング1位となっている。おそらく今年の年間セールスランキングでもこのアルバムがトップになるだろう。
昨年の1月に発売されたアルバムが今年になっても圧倒的に売れ続けている、というのはどういうことか。何が起こっているかというと、コアなファンや、音楽を日常的に聴く人たちではない、いわばラガード層がそれを買っているということだ。アデルをきっかけに、これまで音楽カルチャーそのものに興味を持っていなかった層がCDを手に取るようになった、ということなのである。おそらく映画『007 スカイフォール』の主題歌に起用された「skyfall」をきっかけに、その流れはさらに加速しているはずだ。
アデル「Skyfall」
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://youtu.be/StJLvbPIvTw
そうなると、シーンにも「アデル以降」とみなすことのできる動きが当然生まれてくる。ここ数年ずっと続いているエレクトロやEDMなど派手でギラギラしたダンスミュージックのブームの一方で、オーガニックなサウンドへの回帰が生まれている。ソウルフルに歌い上げる美声を持ったシンガーが注目されるようになっている。その影響が、2012年のヒットチャートにも、如実に表れている。
たとえば、シングル「サムバディ・ザット・アイ・ユースト・トゥ・ノウ ~失恋サムバディ」が全英・全米チャート1位を記録した、オーストラリア発のシンガーソングライター、ゴティエ。
ゴティエ「サムバディ・ザット・アイ・ユースト・トゥ・ノウ ~失恋サムバディ」
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://youtu.be/Z-zMYV1fVqU
たとえば、今年4月にリリースされたデビューアルバム『エミリー・サンデー』(原題:OUR VERSION OF EVENTS)が「2012年にイギリスで最も売れたアルバム」になったエミリー・サンデー。
エミリー・サンデー「Heaven」
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://youtu.be/883yQqdOaLg
ゴティエも、エミリー・サンデーも、アデルと同じく歌の表現力を武器にしたシンガーソングライター。今のアメリカやイギリスでは、彼らのような実力派のミュージシャンが、2012年を象徴するアーティストになっているのである。
●生音への回帰が進む10年代
そして「オーガニックなサウンドへの回帰」を象徴する存在は、ロックバンドにもいる。その筆頭が、マムフォード・アンド・サンズ。
マムフォード・アンド・サンズ「I Will Wait」
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://youtu.be/rGKfrgqWcv0
マムフォード・アンド・サンズは、イギリス・ロンドン出身の4人組。2009年のデビューアルバム『サイ・ノー・モア』が全世界で800万枚以上というロングセラーを記録し、一躍スターダムにのし上がったフォークロックバンドだ。彼らが9月にリリースした2ndアルバム『バベル』は全米・全英1位を記録し、さらに、ビルボードのHot 100チャートに6曲を同時にランクインさせるという、(バンドとしては)ビートルズ以来、48年ぶりとなる快挙も達成した。
さらには、ザ・ルミニアーズも「次なるマムフォード・アンド・サンズ」として注目を集めている。
ザ・ルミニアーズ「Ho Hey」
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://youtu.be/zvCBSSwgtg4
アメリカはコロラド州デンヴァーを拠点に活動する彼ら。デビューアルバム『The Lumineers』のリリースは今年の4月だったが、このアルバムが10月になってSpotify上の再生回数ランキングで1位を獲得し、注目を集めている。
この背景には、マムフォード・アンド・サンズの『バベル』がSpotify上での再生回数の新記録を樹立したことがある。おそらくSpotifyでマムフォード・アンド・サンズを聴いた人が、他に好きなバンドを探して行き当たったのが彼らだったのだろう。そこにはSpotifyというサービスが「新しいジャンル、新しい価値観に触れるメディア」として健全に機能し、それが音楽のムーブメントを作り上げている状況がある。
●2013年の試金石
グローバルなポップシーンでは、かなり面白いことが起こっている。それが、音楽ライターとしての僕自身の嘘偽りない2012年の実感だ。ただ、最初に書いた通り、海外の状況に比べると、やはり日本ではその熱は伝わってこない。この状況が、この先どう変わっていくか。その試金石となる存在が、一人いる。それが、ジェイク・バグ。
ジェイク・バグ「Two Fingers」
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://youtu.be/J9XwFecNXyU
イギリス北部、公営住宅出身の18歳のシンガーソングライターである彼。前述のマムフォード・アンド・サンズを彷彿とさせるフォーキーなテイストもありながら、オアシスやアークティック・モンキーズに通じるサウンドを鳴らしている。歌っている内容も、ワーキングクラスのリアリティに満ちている。いわば、今の時代の理想的なロックンロール。個人的にも、とにかく曲を聴いて一発で好きになったアーティストだ。ルックスもいい。きっと自分が中学生だったら部屋にポスターを張っているだろうな、と思わせるようなスター性がある。デビューアルバム『ジェイク・バグ』は、UKアルバム・チャートで初登場1位を獲得した。
さらには、まだデビューアルバムのリリース前だが、パーマ・ヴァイオレッツという名の4人組も注目を集めている。スミスやストロークス、リバティーンズらを見出したラフ・トレードのレーベル・オーナーが、たった1曲を聴いただけで即契約を決断したという逸話の持ち主だ。
パーマ・ヴァイオレッツ「Best Of Friends」
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://youtu.be/4JezmmjxtSo
2013年、ジェイク・バグやパーマ・ヴァイオレッツが日本でも10代のロック少年にとってのヒーローになるのかどうか。それは、ひょっとしたら日本における洋楽カルチャーというものの先行きすら、左右するかもしれない。
期待しつつ、見守っていたい。
執筆: この記事は『DrillSpin』からご寄稿いただきました。
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