映画百年の歴史は、さまざま技術を開拓していきました。撮影、録音、照明、編集機材のテクノロジー的進歩はもちろんのことジャンプカット、カットバック、カットズーム、フラッシュバック、フラッシュフォーワードなどの編集テクニック。エッジをたたせる、陰影を作る照明テクニック。ピンおくり、ヴァーティゴ(めまいショット)などの撮影テクニック。
こういった技術は技術者の知恵とテクニックで実行可能なものもある一方で撮影機材の性能に依存するものも多く、今日の映画で刺激的な映像を楽しめるのはテクノロジーの進歩と不可分と言えます。
90年代以降はCG技術の進歩も目覚ましく、その夜明けとなった『ターミネーター2』(1991)『ジュラシック・パーク』(1993)から『タイタニック』(1997)『ロード・オブ・ザ・リング/旅の仲間』(1999)『マトリックス』(1999)を経て『アバター』(2009)を通過し、『ゼロ・グラビティ』(2013)で更なる境地にまで到達しています。
その一方、技術レベルと分離したところで発展を遂げてきたものもあります。脚本です。
以前の記事で、「カット割りの参考にする際に古い映画は見ない」と私は書きましたが、脚本の参考に何か見る場合も、やはり古い映画あまり見ません。(小説とか戯曲なら読みますけど)
なぜなら、現代の映画の脚本のほうが洗練されていると思うからです。
今回は、私がクラシック映画を素直に楽しめない理由を脚本という観点から綴ってみようと思います。
(注意・この記事は主に1960年ごろまでの映画をクラシック映画として扱っています。クラシック映画の定義付けはハッキリしないので、ここではクラシック映画独特の特徴が濃厚だと思う1960年ごろまでの映画を「クラシック映画」と独断と偏見で定義させてもらいました。)
■■『駅馬車』の影響力
紙と鉛筆さえあれば、あるいはPC1台とワード編集ソフトさえあれば書けてしまう脚本は映像史上における知恵の結晶で、今日に至るまで大きな進歩を遂げてきました。
シナリオ講座なんかに行くと、「古い映画を見ろ」と『駅馬車』(1939)なんかをお手本として引き合いに出されます。
でも、ちょっと待てよ、と。
『駅馬車』って本当に面白いですかね?
『駅馬車』の脚本は確かに、面白い物語の要素を数多く備えています。
各キャラクターを描き分けた群像劇であり、人々が乗った馬車が事件に巻き込まれていくサスペンスであり、偶然馬車に乗り合わせた人々が運命共同体になっていくドラマでもあります。
実際、日本映画の金字塔『七人の侍』(1954)は本作から多大な影響を受けており、『七人の侍』を経由して今日においても数多くの映画が影響を受けています。
ですが、さらに言うなら、「物語の原型はすでに聖書とシェイクスピアで出尽くしている」と、文学研究の世界では言われています。(筆者は大学院まで英文学専攻でした)
ここで、聞きたいのですが、あなたは「聖書を読むのと『駅馬車』を見るか、どっちか選べ」と言われたら、どっちを選びますか?
聖書は多くの文学のお手本であり、旧約聖書はキリスト教徒とユダヤ教徒にとっての聖典で、高尚な文章表現自体、文学研究の世界でテクストとして扱われるぐらいによく練られています。
でも、それと面白いかどうかは別問題です。面白い脚本を書く、というのは優れた文学作品を残すことと同義ではありません。脚本とはかいつまんでいうと、「面白い映画の設計書を書く」ということです。
聖書は文章表現による神聖さや高尚さという点では歴史上類例を見ないぐらい優れていますが、人を楽しませたり感動させるために書かれたわけではありません。
ゆえに、観客を第一においた映画のシナリオのほうが面白いに決まっているのです。
さらに、優れたシナリオを書く技術は時代とともにさらに洗練されていきました。
私なら、『駅馬車』を見るなら『七人の侍』を見ますし、「『駅馬車』と『スピード』(1994)どっちか選べ」と言われたらはるかにノー天気な『スピード』を選びます。だってこっちの方が面白いもん。
『駅馬車』のジョン・フォード監督は演出についても映画史上重要な役割を果たしましたが、それは今日の映像表現に慣れきった人にとって必ずしも面白いとは言えません。同じく、『駅馬車』の脚本もまた、歴史的価値の側面が強いと言えそうです。
(ちなみに、ジョン・フォード監督作なら私は『わが谷は緑なりき』(1941)が好きです。)
■■様々な原典と現在
『駅馬車』は確かに、一形式のおける映画史上の原点であり、数多くの子孫を残しました。ですが、子孫たちはさらに洗練された形に進化しており、原典である『駅馬車』は今あらためてみてみると、少々の時代遅れ感を感じてしまうところがあります。
『駅馬車』に限らず、今日一般的になっている形式には、基本的に原点的存在があります。現役の脚本家には『マルコビッチの穴』(1999)のチャーリー・カウフマンのような、非常に作家性が強く独特の脚本を書く人もいますが、多くの脚本家はそれまでパターンを踏襲して物語をつくる職人的な存在であり、彼らは、実に多くのテクニックや物語のパターンを熟知しています。
例えば、アル中を演じると、アカデミー賞で演技部門のウケが良いという話があります。それゆえ、アル中が主人公の映画は数多く制作されてきましたが、それらの原典であろう作品が『失われた週末』(1945)です。
『失われた週末』はアカデミー賞で主演女優賞以外の主要5部門を独占した古典的名作で、アル中の苦しみを描いた映画の中ではもっとも古く有名な一本でしょう。
ですが、アル中が主人公の映画なら「名作」という評判の『失われた週末』より「秀作」という程度の評価だった『クレイジー・ハート』(2009)を私はお勧めします。
『失われた週末』は基本的にアル中に苦しむ売れない小説家の苦悩と葛藤を描いた映画です。ですが、裏を返すと、それ以外の要素がほぼありません。主人公を取り巻く人の支えという要素もありますが、よく言えば「シンプル」、言いようによっては「単純すぎる」ともいえます。
対して、『クレイジー・ハート』はアル中の苦悩と葛藤でもありますが、それと同時に落ちぶれたカントリー歌手の復活の物語であり、カントリー歌手とシングルマザーの記者とその息子との交流の物語でもあります。
アル中の描写も年齢別レート制移行で表現の幅が広がった『クレイジー・ハート』のほうがはるかにリアルで生々しいですし、むろん、演出的、技術的にも時代が後の『クレイジー・ハート』のほうが見ごたえがあります。
これらの違いは何かというと、「素材の組み合わせ方」だと思います。たしかに、物語の形式は捜索の歴史でほぼ出尽くしています。
ですが、すでに存在する物語の組みあわせ方となると話は別です。そして、組み合わせ方は後の時代のほうがより洗練されています。
それゆえ、原典よりもフォロワーの方が優れているというのは、他のジャンルでも言えることと思います。
殺人鬼を主人公にした『狩人の夜』(1955)はサイコサスペンスの走りともいえる古典的名作ですが、『羊たちの沈黙』(1991)を経験してしまうと、ずいぶんと大人しく思えてしまいます。
帰還兵の苦悩を描いた『我等の生涯の最良の年』(1946)は『7月4日に生まれて』(1989)や『父親たちの星条旗』(2006)を見た後だとなんだか嘘くさく見えてしまいます。
■■まとめ
映像表現は、時代とともに確実に進化を遂げてきました。それは、テクノロジーの進歩に伴うものだけではありません。
前述のとおり、「組み合わせ方」という点において、現代の脚本のほうが洗練されていると思いますし、
脚本執筆時に綿密な取材をするのが当たり前になった現在のほうが、リアリティーという点でも優れています。
と言いつつも、原典的存在でありながら今見ても十二分に面白い脚本はあります。
『或る夜の出来事』(1934)はスクリューボールコメディの古典的名作として知られますが、気の利いたセリフや魅力的なキャラクター描写は今でもお手本とするべきものですし、演出的、技術的にはかなり古臭さを感じますが、十分に楽しめます。
『十二人の怒れる男』(1954)は密室ものサスペンスの原典的な作品ですが、綿密に組まれたプロットや巧みなキャラクター造形は今見ても十分に見ごたえがあります。
ただし、やはり脚本の参考にするのであれば、もう少し後の時代の物のほうがテクニック的に優れている場合が多いのは間違いありません。
いま、手元に脚本コンサルタントのシド・フィールドが書いた『脚本を書くためにあなたがしなくてはならないこと』(2009)という本があります。久しぶりに読み返してみてちょっと驚きました。本書では多くの映画が例として挙げられているのですが、いわゆるクラシック映画の名作は殆ど挙げられていません。大半が1990年代以降の比較的新しい映画です。
やはり、現代のシナリオのほうが洗練されているという印象があるのでしょう。私も脚本を書く参考に何か見たいというのであれば、新しい映画をお勧めします。
と、またしても古い映画に対して批判的なことを書きましたが、古い映画が好きだという人のことを積極的に批判する気はありません。古い映画には古い映画にしかない雰囲気がありますし、しつこいようですが、歴史的に重要な役割を果たしてきたことは間違いありません。
この記事がただの好みと個人的見解を記したものであることと、『駅馬車』程度の脚本ならば自分でも書けると言っているわけではないことを主張しつつ、この辺で筆をおきたいと思います。
(画像 American Film Institute公式サイトより)
※この記事はガジェ通ウェブライターの「ランボー怒りの深夜勤務」が執筆しました。あなたもウェブライターになって一緒に執筆しませんか?
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