編集部より)『ガジェット通信』のシリーズ連載「書店・ブックカフェが選ぶ今月の一冊」の京都編です。京都編の裏テーマは「本屋に行こう」。店主さんのおすすめ本やお店の日常を京都在住のライターがほぼ飛び込みで取材を行い「本のある場所に通うたのしみ」をライブでお届けします。
●『100000tアローントコ』店主・加地猛さんが選んだ「今、面白い本」
書名:ニーチェ全集II「善悪の彼岸 道徳の系譜」著者名:フリードリッヒ・ニーチェ著/信太正三訳
出版社:筑摩書房(ちくま学芸文庫)
「取材の企画書をよく読んだら『今、面白いと思う本をご紹介ください』って書いてあったから」と手渡されたのは、思いのほか重量感のある小難しそうな本である。加地さんはしおりを挟んであったページを開き、おもむろに朗読をはじめた。低くてよく響くよい声である。
ひとはときどき人間愛からして、お好みしだいの人を抱擁する(万人を抱擁することはできないから)。しかしこのことこそは、当の相手に洩らしてはならないところなのだ・・・・。ひとは相手を軽視しているかぎり、憎むことはない。相手を同等もしくは一段すぐれたものと認めたときに、はじめて憎む。
『善悪の彼岸』第四章 箴言と間奏曲172,173(P144)
「なぜこの一節を?」と訊くと、「個人的にかみしめとっただけや」とページをパタンと閉じた。加地さんいわく、「この本は、要するに『超訳 ニーチェの言葉』とか、ああいう感じの本の真反対。入門なしで、現物をドン!やねん」。たしかに、片手で持つのは少々重たい。
「今、wikipedeia的な理解にちょっと偏りすぎている気がするから。『だよねー』ってわいわい言い合っているようなところに、その対極にあるものを投げたい感じがするねん。『超訳 ニーチェの言葉』はものすごく売れたけど、『現物はコレですからね』って言いたい。こんなん、俺もわからへん。でも、ものごとの理解っていうものは『全然わからんわ』っていうところから始めるべきなんじゃないかって思う訳ですよ」。
いつも「クロエ・グレース・モーリッツかわいい」「井川遥がいい」とか、そんなことしか話さない加地さんが、妙に真面目なことを言う。本屋の店主とは、たまには本の話をしてみるものだ。
※本記事で紹介した書籍は、2014年4月23日の店頭在庫品です。
●そこに「本屋をやってみたい学生さん」がやってきて
『ニーチェ全集』を前に腕を組んでいると、「大学の授業で『本屋を作ってみる』という課題があるのだけれど、どうすればいいのかわからない」という学生がやってきた。名前は中谷利明くん。京都精華大学でグラフィックデザインを学び、個性派出版社『ミシマ社』で“デッチ”もしているそうだ。面白そうなので一緒に話を聞くことにした。
中谷:本屋ってどうやったらできるのか全然わからなくて。加地さんはなぜここでお店を開いているんですか?
加地:僕はこの寺町通が好きなんです。以前も寺町通で3年間お店をやっていて、ビルの取り壊しで立ち退きになったんだけど、そのとき改めてここがいいなあと思って。左京区エリアと街の境界線上にあるのがすごい好き。
中谷:本だけじゃなく、中古レコード・CDも売っていますよね。本屋のかたちを作る上で気をつけていることは何ですか?
加地:今、「編集」とか「デザイン」とかすぐ言われるけど、僕は編集が好きじゃないねん。まあ、編集しないことも編集やデザインになるのかもしれないけれど、敢えて言うなら「編集しない派」やな。「この人、何もわかってないなあ」と思われる“余地”が欲しいねん。「すごいいいセレクションですね」って言われたりしたって、僕が扱っているのは買い取りで集めた中古で、こちらが望むものはほとんど入って来ないわけやし。手元にやってきたモノに「どうする?」って言われて並べていくようなものだから。
中谷くんは、「もう本屋について考えすぎて疲れてしまっていて」とため息をつく。すると、たまたま居合わせた、同じく京都の古本屋・本屋『世界文庫』の古賀鈴鳴さんが、ためらいがちな人生にしみる一言をキメた。「何かを始めるときに失敗とか、成功とか考えたら何もできないよ」。
ふたりが帰った後「あー、おもしろかったなあ!」と声を上げる加地さん。お客さんと加地さんの対話は、このお店をかたちづくるのに必要不可欠なかたちないもの、なのである。
●『100000tアローントコ』について
店名:100000tアローントコ
住所:京都市中京区寺町御池上がる上本能寺前町485モーリスビル2F(京都市役所西側)
ウェブサイト:http://100000t.com
京都市役所横、寺町御池上る40歩。古本、レコード、CD、DVDなどの中古品をいろいろ扱っている。古本、レコード、CDなどの掘り出し物発見率と高価買取っぷりには定評がある。
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