今回は『Medエッジ』からご寄稿いただきました。
■アメリカ原住民の結核に意外な由来 いったい病原菌はどこから来たのか 西川伸一 THE CLUB(Medエッジ)
※写真はイメージで、記事と直接の関係はありません。
医療と健康の情報サイト「Medエッジ(メドエッジ)」スーパーバイザーを務める西川伸一が世界の動きをウォッチし、潮流として注目したい新しい話題を解説します。西川伸一は京都大学医学部卒。熊本大学教授、京都大学教授、理研発生再生科学総合研究センターグループディレクターを経て、2014年8月より「Medエッジ」スーパーバイザーを務める。京都大学名誉教授。『Medエッジ(メドエッジ)』
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梅毒はコロンブスのアメリカ大陸発見以後、新大陸からヨーロッパにわたり50年以内に世界中に広がったと考えられている。
これは、わが国も含めてそれ以前に梅毒と同じ症状に関する記載がないことからの結果だ。
一方、コロンブスはアメリカ大陸に結核を持ち込み、この流行が新大陸原住民の人口の減少につながったとされている。
事実、遺伝子比較を行うと、アメリカ原住民の結核もヨーロッパ人の結核と同じであり、これを裏付けている。
ただ梅毒と異なり、コロンブス以前のアメリカ原住民の骨格の中に、結核によるカリエスと思われる病変が認められるという記録が多くある。従って、コロンブス以前のアメリカには別の結核菌による結核が存在したと考えられている。この結核菌とは現在世界に存在する結核菌のどれに近いのか?
●意外な由来から
この問題に挑戦したのが今日紹介するドイツチュービンゲンの考古学研究所からの研究で、国際的な科学誌ネイチャー誌オンライン版に掲載された。タイトルは「コロンブス以前の結核菌ゲノムは新世界現地人の結核がアザラシを起源としていることを明らかにした(Pre-Columbian mycobacterial genomes reveal seals as a source of new world human tuberculosis)」だ。
研究ではコロンブスのアメリカ大陸発見以前の南米原住民の骨格の中でカリエスの症状がはっきりしている骨格を68人分集め、その中から結核菌を分離している。幸い3人分の骨格から完全な結核菌DNAを採取することに成功し、このDNA配列を解読、現存の全ての結核菌と比較している。
結果は全く予想外だった。コロンブス以前アメリカ原住民に流行していた結核菌は、現在の結核とは全く異なり、なんと現在のアザラシやアシカに特異的な結核に最も近い種類であることが示された。
アザラシの成育範囲から見て、コロンブス以前の結核が1万年前ベーリング海峡を通って移動した新大陸原住民の祖先と一緒にやって来たことは考えにくい。実際、この結核菌のアザラシ型とヒト型の分離時期を計算すると2500年より新しい。著者らは、おそらくアフリカに生息しているアザラシが南米に渡来し、それが人に感染しながら変異を重ね、コロンブス以前の南米で流行したヒト型結核菌へと進化したのではないかと想像している。
●オーストラリアでも同じか
同じ研究で、オーストラリアのアザラシにも700年以前に分かれた系統の結核菌が確認されている。とするとキャプテンクック以前のオーストラリア原住民からも同じ系統の菌が見つかると予想される。研究が待たれる。
人間や動物が感染症と闘いながら進化してきたことを物語る面白い論文だ。私が京大胸部疾患研究所で研修医をしていた頃、京都市動物園からキリンから抗酸菌が検出されたがどうしたらいいかと電話をもらった記憶がある。当時菌の系統の特定、特に動物の抗酸菌の特定は難しかった。あれから40年、全く時代が変わったと感慨が深い。
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