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  • 田中良紹:中曽根康弘と田中角栄―その裏面史

    2019-12-01 12:30
    中曽根康弘元総理が101歳で亡くなられた。1947年に衆議院選挙で初当選して以来連続20回の当選を重ね、科学技術庁長官、防衛庁長官、通産大臣、自民党幹事長などを歴任、82年に「戦後政治の総決算」を掲げて内閣総理大臣となり、97年には最高位の勲章である大勲位菊花大綬章を受賞した。

     米国のレーガン大統領、英国のサッチャー首相と同時代の政治家として世界的な「民営化」の流れに乗り、国鉄や電電公社を民営化したのを始め、「ロン・ヤス関係」によって日米同盟強化を図ると共に、中国、韓国、ロシアとの関係強化にも努めるなど、政治家としての功績には並々ならぬものがある。

     私が政治部記者として本格的に政治を取材し始めたのは中曽根内閣が誕生した翌年だが、それ以前に社会部記者としてロッキード事件を追及していたころから、中曽根氏は私の中で特別の存在となっていた。

     その中曽根氏を総理の地位に押し上げ、さらに大勲位という最高位の勲章を受章させることを考えたのは、ロッキード事件で逮捕され、有罪判決を受けた田中角栄元総理である。二人は47年の初当選同期だが、この世に生を受けたのも同じ1918年5月で、4日に生まれた田中氏が27日に生まれた中曽根氏よりわずかに年長だ。

     歴史にifはないと言われるが、田中角栄なかりせば中曽根総理は誕生していなかった可能性があり、また大勲位を受賞することもなかったと私は思う。私の取材メモから当時の田中角栄氏の発言、中曽根総理に38年間仕えた上和田義彦秘書や中曽根総理と丁々発止の戦いを繰り広げた金丸信元副総理の発言を披歴して日本政治の裏面史を紹介したい。

     その前にロッキード事件について書いておかなければならない。私が社会部記者として取材の標的にしたのは右翼民族派の領袖と言われた児玉誉士夫である。1976年に米上院の多国籍企業小委員会が暴露したロッキード・スキャンダルは、米国の軍需産業であるロッキード社が世界各国に秘密代理人を置き、秘密代理人を通じて各国政治家に賄賂を贈り、ロッキード社の航空機を買わせていたという疑惑である。

     その中で日本の秘密代理人として名指しされたのが児玉誉士夫だった。今では米国の公文書公開によって児玉がCIAの協力者であったことが判明しているが、当時は右翼民族派がなぜ米国企業の秘密代理人なのかが大きな疑問であった。

     ロッキード社から児玉を通して政治家に22億円の金が流れたとされたが、それは防衛庁が購入した対潜哨戒機P3Cの売込みのためだと言われる。しかし事件が発覚すると児玉は病で入院し、ロッキード社との通訳を務めた福田太郎も急死する。そのため児玉ルートの賄賂工作を東京地検特捜部が解明することはなかった。

     私が注目したのは児玉と最も近い政治家が中曽根氏であったことだ。児玉の秘書である太刀川恒夫氏は中曽根氏の秘書も務めていた。そして中曽根氏は防衛庁長官時代に対潜哨戒機の国産化を主張していたが、国産化は撤回されて日本政府はロッキード社製のP3Cを100機購入することになる。

     ロッキード社が国産化論者の中曽根氏をターゲットに児玉を通して賄賂を流した可能性はないか。それが当時の私の頭の中にあった。しかし特捜部に突然逮捕されたのは田中角栄前総理で、国民は「総理の犯罪」に大衝撃を受けた。容疑は全日空にトライスターを購入するよう働きかけ、5億円の賄賂を商社丸紅から受け取ったというものである。

     それまで社会部が原稿を書いてきたロッキード事件は、その日から政治部が書くようになり、田中の金権政治がやり玉に挙げられた。しかし捜査を指揮した法務大臣は中曽根派の稲葉修氏であり、中曽根氏は三木内閣を支える自民党幹事長、そして三木総理は田中角栄にとって最大の政敵であった。私には釈然としないものが残った。

     捜査は田中派の橋本登美三郎と中曽根派の佐藤孝行の二人の議員を起訴して終わり、佐藤氏は有罪判決を受け入れたが、角栄氏は一貫して無罪を主張し、徹底抗戦の構えに出た。私は一審判決が出る直前に「田中角栄の最後を見届けたい」と政治部に転じ、中曽根氏が総理を務める官邸担当の記者となった。

     一審で東京地裁は懲役4年、追徴金5億円の実刑判決を言い渡す。一方、角栄氏は無罪を主張して徹底抗戦を宣言する。国民や野党の中から「議員を辞めろ」の声が上がり、中曽根総理が直接角栄氏に議員辞職を要請することになった。ホテルで行われた二人だけの会談は1時間半に及び、二人で手を取り合って泣いたと言われる。

     何が話し合われたのかもはや知るすべはないが、ロッキード事件で無罪を勝ち取るために中曽根総理を意のままに操ろうとする角栄氏と、国民の声に応えなければならない中曽根総理の間で真剣勝負が行われたのだろうと想像する。角栄氏は議員辞職をせず自重自戒と称して政治活動を自粛することになった。

     そして角栄氏は中曽根総理に解散・総選挙を迫る。中曽根総理は渋ったが、党内最大派閥を擁する角栄氏に抵抗できない。年末に行われた総選挙で、自民党は過半数を割る大惨敗だったが、角栄氏は史上最高の票を獲得して甦った。

     この選挙直後に私は田中派担当記者となった。そして角栄氏の早坂茂三秘書から私邸に籠っている角栄氏の「話の聞き役」をやってくれと頼まれ、月に一度目白の私邸で角栄氏の話を聞くことになった。有罪判決を受けながら選挙で甦った角栄氏は次第に政治力を強めていく。「中曽根は絶対に俺の言うことを聞く」という自信にあふれていた。

     そして奇妙なことにロッキード事件で有罪判決を受けた佐藤孝行氏の中曽根派内における力も増していった。派閥の大臣推薦枠の筆頭は必ず佐藤氏である。まるで中曽根総理は佐藤氏に「借り」があるように見えた。その頃、中曽根総理の首席秘書官を務める上和田氏から突然呼び出しを受け、絶対に他の政治部記者に見られないところで秘かに情報交換したいと言われた。

     「中曽根内閣は角栄の支えがなければ1日も持たない。それで角栄の心中を知ると思える6人に人を張り付けている。ところが6人がみな違うことを言う。角栄は誰にも本心を明かさない。だから君の知っていることを教えてくれ。俺も中曽根の考えを君に教える」と上和田氏は言う。

     それから週に一度総理秘書官と秘かに会うことになった。38年間秘書として中曽根氏に仕えた上和田氏の話には味わいがある。「田中は天才だ」と上和田氏は言った。「ところが田中は天才と言われることを嫌う。努力して這い上がって来たと言われたい。中曽根は天才でなく秀才だ。努力して総理になった。ところが本人は天才と言われたい。秀才と言われると不機嫌になる。二人は何から何まで対照的だ」。

     角栄氏は中曽根総理のことを「富士山」と言った。富士山は遠くから見ると本当に美しい。ところが登ってみるとゴミだらけだと言うのである。そして有罪判決後に米国のキッシンジャー元国務長官が目白の私邸を訪れた時、「中曽根は中将クラスで大将の器ではない」と言った。

     角栄氏は「米国の虎の尾を踏んでロッキード事件に巻き込まれた」という説がある。中曽根氏がジャーナリストの田原総一朗氏にそう語ったためその説が広く流布された。独自の資源外交をやったことで米国に睨まれたというのである。しかしロッキード事件は世界各国で起き日本を狙い撃ちにしたものではない。共通しているのは反共主義者が秘密代理人であることだ。

     そして各国では誰も逮捕されてはいない。日本だけは三木総理が捜査資料を米国に要求し、東京地検特捜部の検事が米国で司法免責の上で得られた供述を基に角栄氏を逮捕した。角栄氏が死んだ後で最高裁はこの供述調書の証拠能力を否定している。

     しかし中曽根氏のリーダーシップを批判しながら角栄氏には中曽根総理を続投させる強い意志があった。大勲位となった今では考えられないが、当時の中曽根総理は小派閥を率いるだけで周囲は敵だらけだった。自民党内の福田赳夫、三木武夫、鈴木善幸氏ら長老は中曽根氏が大嫌い、社会党はもちろんのこと公明党も民社党からも嫌われていた。

     支持していたのは田中角栄ただひとりである。田中派の中にも何で中曽根を担ぐのかという不満があった。中曽根嫌いが大同団結して田中派の二階堂進氏を総理に担ぎ、中曽根再選を阻もうとしたことがある。二階堂氏は「中曽根は必ずあなたを裏切る」と言って角栄氏に翻意を促したが、角栄氏は中曽根再選を押し通した。

     田中派の金丸信、竹下登のグループが中曽根再選の側に付き、きわどい情勢で再選が果たされると、角栄氏は中曽根政権の長期化を考える。それが衆参ダブル選挙を打って自民党を大勝させ、その功績によって党則を変え、3期6年の政権運営を可能にして最高位の勲章である大勲位を受賞させる構想である。私の取材メモにその発言が書いてある。

     しかし二階堂氏が角栄氏に逆らったことが公になると、中曽根氏は素早く角栄氏から金丸、竹下グループに乗り換えた。金丸氏を幹事長に据え、竹下氏に総理の座を譲ると思わせて田中派を分断していく。金丸、竹下グループが「創政会」を結成したことで角栄氏の酒量が増え、ついに病に倒れて角栄氏は政界を去ることになった。

     そこで中曽根氏は角栄氏が構想した衆参ダブル選挙を自力でやる。この時も自民党内には誰も賛成者がいなかった。すると竹下氏のスキャンダルが写真週刊誌に報道され、竹下氏がダブル選挙容認に傾く。金丸幹事長は言を左右にしていたが、それほどの大勝にならないとの読みから最後はダブル選挙に賛成した。

     ところが選挙結果は304議席の大勝利だった。3期6年の党則改正が浮上しそうになると、間髪を入れずに金丸幹事長が「世代交代」を理由に辞任した。これで中曽根氏の野望は1年間だけの任期延長に抑えられ、竹下氏への政権移譲が現実化した。

     しかし中曽根氏はしたたかである。総裁選挙をやれば大派閥の竹下派が勝つことになるが、選挙ではなく「禅譲」すると言って、安倍、宮沢氏にも総理の目があると思わせ、3人を競わせて自分への忠誠心を試すのである。私自身は「数の論理」で竹下総理誕生と思っていたが、新聞やテレビは最後まで「安倍総理誕生」を報道し続けた。

     それは中曽根派の実力者、ロッキード事件で唯一有罪判決が確定した佐藤孝行氏が通信社にしゃべった情報が駆け巡った結果である。誰が佐藤氏にそれを言わせたか。私は自民党の反対派を切り崩してダブル選挙を実現したのに続き、中曽根氏の政治術の見事さを見せつけられた思いがした。

     上和田氏はダブル選挙の半年前に私にこう言った。「中曽根はダブル選挙を必ずやる。自民党全体が反対してもやる。中曽根は金丸さんとは違って善人でない。他人の傷口に塩をすり込むことのできる男だ。そして叩けばホコリの出る奴が大好きだ。しかし政治家としては凄い男だ。どうやってダブル選挙に持ち込むかよーく見ておけ」。

     その言葉通り中曽根氏は竹下氏の傷口に塩をすり込むことから始め、自民党全体が反対したダブル選挙を実現させた。その過程で二階堂氏に選挙用の資金が流れたとの噂もあった。そして安倍、竹下、宮沢の3氏に忠誠を誓わせ、竹下氏には消費増税を条件に総理を譲る。その結果、竹下政権が短命に終われば自分が返り咲くことを考えていると私は思った。

     また金丸氏からはこんな話を聞いた。「そもそも田中派は中曽根を総理にすることに反対だった。ところが田中のオヤジがどうしても中曽根だと言う。後藤田が何であんなおんぼろ神輿を担ぐのかと言ったら、オヤジがおんぼろだから担ぐんだと言った。そこで俺がオヤジの言うことが聞けない奴は派閥を出ろと言ったらみんな収まった。

     俺は大の中曽根嫌いで通っていた。その俺が賛成したのだから中曽根は恩義を感じたのだろう。総理になった時に料亭に呼ばれた。中曽根は畳に手をつき深々と頭を下げてあなたを将来幹事長にすると言った」。

     つまり中曽根氏は角栄氏のおかげで総理になれたのだが、その時から田中派の分裂につながる一手を打っていたことになる。それが中曽根再選を巡って自民党内を震撼させた「二階堂擁立劇」になると、金丸氏は中曽根再選に動き、その結果、中曽根総理を操ってロッキード事件の無罪を政治の力で勝ち取ろうとした角栄氏の力を削ぐことになった。

     中曽根氏は政権交代が可能となる政治構図を作ることに反対だった。ところが民主党政権が誕生した後の2010年、朝日新聞が「ロッキード事件発覚時に中曽根幹事長が米国にモミケシを要請していた」という記事を掲載した。ロッキード事件が発覚したのは76年の2月4日、18日には三木総理が米国に関係資料の提供を要請していた。

     ところがその夜、中曽根氏は駐日米国大使に政府高官の名前の「モミケシ」を国務省に伝えてくれと要請していたのである。その公文書は2008年に秘密指定が解除されていた。偶然かもしれないが、米国は日本に政権交代が起きようとする時期に自民党の恥部ともいえる情報を公開した。

     そのような報道を見ると、吉田茂の政治を対米従属と批判して政治家になった中曽根氏が、総理になると一転して日米同盟強化に乗り出した理由が見えてくる気がする。つまりロッキード事件で弱みを握られているとの思いから、「民族自立」の主張が「日米同盟強化」に変わったのではないかとの疑いである。

     そして米国には公文書が存在するが、日本にはそれに対応する情報が存在するのかどうかも分からない情けない状態にある。沖縄返還密約でも米国には情報があるが日本では情報が隠蔽され、それを暴露した記者は逮捕・起訴される運命に陥った。

     情報の隠蔽・捏造は「森友・加計疑惑」や「桜を見る会」でさらにレベルの低い分野に及び、この国は本当に国家なのかという気がしてくる。そうしたさなかに中曽根元総理の死去の報に接した。

    田中角栄氏や中曽根康弘氏の政治を見てきた経験から言えば、日本政治もついにここまで来たかという気になるが、私にはどうしてもロッキード事件で田中角栄元総理を逮捕したところから、日本政治の歪みが大きくなり、国民には「タテマエ」だらけの情報しか与えられていない気がする。日本はいつになったらまともな情報国家になれるのだろうか。

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    ■《己亥田中塾》のお知らせ(11月26日 19時〜)

    田中良紹塾長が主宰する《己亥田中塾》が11月26日(火)に開催されることになりました。詳細は下記の通りとなりますので、ぜひご参加下さい!

    【日時】
    2020年1月28日(火) 19時〜 (開場18時30分)

    【会場】
    第1部会場:KoNA水道橋会議室
    東京都千代田区神田三崎町2-9-5 水道橋TJビル202
    JR水道橋駅東口 徒歩2分
    写真付き道案内 → https://goo.gl/6RvH93
    ※第1部終了後、田中良紹塾長も交えて近隣の居酒屋で懇親会を行います。

    【参加費】
    第1部:1500円
    ※セミナー形式。19時〜21時まで。
    懇親会:4000円程度
    ※近隣の居酒屋で田中塾長を交えて行います。

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    ■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧


    <田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
     1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。

     TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。

  • 田中良紹:「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を潰す大臣は辞めなくて良いのか

    2019-11-02 12:13
    菅原一秀経産大臣が辞任して1週間も経たないのに河井克行法務大臣が安倍総理に辞表を提出した。妻の河井案里参議院議員が法律で定められた以上の金額を選挙運動員に支払った疑惑を週刊文春に報じられたからだ。

    選挙運動員への法定以上の支払いは買収になる。菅原氏も有権者への買収疑惑を週刊文春に報じられて辞任した。菅原氏の場合はすぐ辞めなかったが、河井氏の辞任は素早かった。週刊誌が発売されたその朝に辞表を提出、すぐさま後任の森雅子氏が法務大臣に就任した。国会が開かれているため安倍政権は一刻も早く「臭いものには蓋」をしたいのだろう。

    安倍総理は1週間に2度も「任命責任は自分にある」と頭を下げたが、菅原氏も河井氏も菅官房長官の側近であることから、この人事は菅官房長官が主導したと誰もが思っている。安倍総理以上に菅官房長官に対する風当たりが政府与党内では強くなる。それは政局の始まりになるとブログに書いた。

    つまり9月11日の組閣で「安倍・麻生」対「二階・菅」の綱引きがあり、二階幹事長留任が決まったことで「二階・菅」が勝ったかに見え、菅官房長官の政治力が安倍総理を上回るかに見えたが、週刊文春の報道によりその政治力に歯止めがかけられ、権力闘争の行方が混とんとすることになった。

    ところが菅原経産大臣が辞表を提出する前日に、それ以上に深刻な問題を安倍総理の側近中の側近である萩生田文科大臣が引き起こしていた。萩生田大臣はテレビ番組で大学入試の英語民間試験について、「裕福な子供が有利になるかもしれないが、受験生は自分の身の丈に合わせて勝負してもらいたい」と発言したのである。

    「身の丈に合わせて勝負しろ」とはどういうことか。経済的地位や地域的な格差を認め、憲法や教育基本法に書かれた「教育の機会均等」を無視する発言である。本人はそのことに気付いたのかその後発言を撤回し陳謝したが、それで済むような話ではない。

    資源のない日本の最大の資源は人間である。その人間の能力を伸ばす教育は国力の源泉なのだ。ところが安倍政権はそれと真逆の政策を遂行しようとしていることが、文科大臣の発言から改めて思い知らされた。

    戦後の焼け野原から立ち上がった日本は、朝鮮戦争の勃発で復興の端緒を掴み、さらにベトナム戦争の特需で恩恵を受け、高度経済成長を成し遂げた。それでも70年代の日本では日本経済の好調を「悪い品質でも安いから売れている」と自嘲気味に捉える風潮があった。

    その見方を一掃したのが1979年に発売されたエズラ・ヴォ―ゲル著『ジャパン・アズ・ナンバーワン』である。ハーヴァード大学教授のヴォ―ゲル氏は日本経済好調の要因を分析し、日本人の学習意欲に注目した。特に読書時間が米国人の2倍あることや、新聞の発行部数の多さなどを米国と比較し、米国人に発奮を促した。

    『ジャパン・アズ・ナンバーワン』は日本でも大ベストセラーとなり、日本人は自分たちの能力を再認識して大いに自信をつけた。私は本が発売された直後に来日中のヴォ―ゲル氏と懇談する機会に恵まれたが、その時のヴォ―ゲル氏の言葉を今なお忘れることが出来ない。

    ヴォ―ゲル氏はまず「この本は日本を褒めたのではなく米国人を発奮させるために書いた」と言い、だから「ジャパン・イズ」ではなく「ジャパン・アズ」だと説明した。つまりナンバーワンと断定したのではなく、「ナンバーワンのような」と表現した。そして私にこう言った。

    日本の強さは当時の大平正芳総理と成田知巳社会党委員長の関係が象徴している。二人はともに香川県出身だが、大平正芳は貧しい農家の生まれ、苦学して一橋大学に進学し、大蔵官僚から総理に上り詰めた。一方の成田知巳は市議会議員の子として生まれ、裕福な環境から東大に進学、それが戦後社会党から立候補して国会議員となり野党の委員長に上り詰めた。

    貧しい生まれの子が与党のリーダー、裕福な子が野党のリーダーを務めているところに日本の活力はある。階級社会では起きない事が日本では起きている。それが日本の強さだと言った。それが崩れれば日本はたちまち沈没する。その予兆が「偏差値教育導入」にある。「偏差値教育」は小さなうちから子供を特定の階層に分類し、いずれは階級社会を作っていく。そうなれば日本は滅びる。ヴォ―ゲル氏の警告だった。

    80年代に入っても日本経済は好調で、日本は世界で最も格差の少ない経済大国を実現する。87年に総理となった竹下登氏は「世界一物語」と言って格差の少ない日本を自慢して歩いた。それがプラザ合意以降、米国に円高と低金利を押し付けられ、そこからバブルが発生し、それまでの日本経済のシステムが壊れ、代わりに新自由主義経済が導入された。

    それ以来、日本政治は格差のない社会システムを壊し、格差を認めることで活力を生み出そうとし始める。私は70年代初めの英国を取材したことがある。戦後「ゆりかごから墓場まで」をキャッチフレーズに福祉国家を目指した英国は経済成長が減速し、労働組合が強いため組合員が優遇され、大学を出た若者は就職できずに街で物乞いしていた。

    その英国病を克服するため80年代にサッチャー首相が新自由主義を導入する。英国病の現実を見た経験から言えば「鉄の女」が新自由主義を取り入れたことはある程度理解できる。しかし80年代の日本は格差のない経済大国を実現し、ロシアや中国など社会主義国から賞賛され、米国でもクリントン政権は日本経済を見習おうとした。

    その国が米国の政策によってバブルに陥り、バブルが弾けた後はデフレに陥り、そこから脱却するためと称し新自由主義に頼っているのである。日本に英国病と同じことが起こった訳でもないのに、格差拡大の政策を取り入れることが私には理解できない。私にはヴォ―ゲル氏の警告が甦ってくるのである。

    ヴォ―ゲル氏に言わせれば萩生田氏の発言は日本を破滅に向かわせる考え方である。しかし菅原、河井両氏と異なり、萩生田氏は安倍総理の側近中の側近だから、辞任すれば安倍政権そのものが揺らぎかねない。従って英語民間試験を延期してでも辞任は避けようとするだろう。

    だがこの話はそれで済む話だろうか。国民は『ジャパン・アズ・ナンバーワン』でヴォ―ゲル氏が日本の力の源泉だと分析したことを今一度思い出すべきだ。スイスのビジネススクールが発表する「世界競争力ランキング」で、日本は1989年から1992年までは1位だった。それが年々順位を落とし、今年は63か国中30位である。

    日本を立て直そうと考えるなら、その決意を示すために文科大臣の辞任はもとより、抜本的にこの国の教育制度を見直す必要がある。萩生田大臣の「身の丈」発言にはそれだけの意味があるのだ。

    私は組閣から1週間後の9月18日に「あの内閣改造で安倍政権の『潮目』が変わったと言われる可能性」と題するブログを書いた。台風15号による大規模停電への対策に力が入れられていないことや、ドローン攻撃でサウジアラビアの石油施設が攻撃されたことへの対応が見えないことを理由に、安倍政権の「潮目」が変わったのではと書いた。

    現実には公職選挙法に違反する容疑で、菅官房長官側近の閣僚辞任劇があり、続いて「身の丈」発言が飛び出した。公職選挙法違反も見逃すわけにはいかないが、「身の丈」発言は国家の将来を左右する話で、それ以上に見逃すわけにはいかない。やはりあの組閣で「潮目」が変わったと言われるようにしなければならないのではないか。


    ■《己亥田中塾》のお知らせ(11月26日 19時〜)

    田中良紹塾長が主宰する《己亥田中塾》が11月26日(火)に開催されることになりました。詳細は下記の通りとなりますので、ぜひご参加下さい!

    【日時】
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    【会場】
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    <田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
     1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。

     TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。

  • 田中良紹:ついに嵐がやって来た!?不気味な日米両国のスキャンダル

    2019-10-02 16:20
    トランプ大統領が「ウクライナ疑惑」で窮地に立たされている。ウクライナのゼレンスキー大統領に電話でバイデン前副大統領のスキャンダルを捜査するよう促したことが米国の情報機関員によって内部告発された。それによって民主党のペロシ下院議長が大統領弾劾に持ち込むことを決断したからである。

    その前の「ロシア疑惑」でペロシ議長は弾劾に否定的だった。下院で訴追しても共和党が多数の上院で弾劾される見通しはない。逆に追及する民主党に国民の批判が集まり、大統領選挙を不利にする可能性があった。だからトランプは弾劾するよう民主党を挑発していた。

    しかし今度の「ウクライナ疑惑」でトランプは慌てている。なぜならニクソン元大統領を辞任に追い込んだ「ウォーターゲート事件」と構図がよく似ているからだ。「ウォーターゲート事件」では、大統領の職権乱用に加え、情報のもみ消しを図ったことが批判された。

    「ウクライナ疑惑」もトランプ大統領とゼレンスキー大統領の電話記録をホワイトハウスがアクセスできなくしており、情報隠蔽が図られている。米国では情報のもみ消し、隠蔽が最も嫌われる。国民の知る権利が民主主義にとって「命」だからだ。

    まだ共和党内から反トランプの動きが出ているわけではない。このままいくと民主党議員の多い下院で訴追が決まり、上院の弾劾裁判では53人いる共和党議員のうち20人が賛成に回らなければトランプは弾劾されない。

    しかしワシントンでは投票が無記名になれば、共和党議員から30人以上の賛成が出て弾劾は成立すると噂されている。世論が弾劾調査の必要性を認める方向に動いているからだ。これから下院の委員会で証人喚問などが次々行われるが、さらなる新事実が明るみに出れば世論の動きは加速される。

    あくまでも可能性だが「情報のもみ消し」がトランプの首を絞める可能性はある。共和党内の空気が変わればトランプも危うい。これまで米国ではアンドリュー・ジャクソン、リチャード・ニクソン、ビル・クリントンの3人が弾劾裁判にかけられた。ジャクソンとクリントンは裁判で無罪となり、ニクソンは裁判の前に辞任した。トランプは歴史上初の弾劾で有罪となる大統領になるのかどうか、米国政治に嵐がやってきたのである。

    一方の日本政治に嵐などやってきていないと思っている日本人は多いかもしれない。「安倍一強」で日本の政治は安定している。野党の動きを見ればその思いはますます強くなる。しかし東京電力の旧経営陣3人に、東京地方裁判所が「福島原発事故の刑事責任なし」と無罪判決を下した1週間後の26日、関西電力の経営陣が原発の地元自治体の元助役から分かっているだけで3億2千万円の金品を受け取っていた事実が明らかになった。

    共同通信社の先行記事を各社が後追いしたようだが、端緒は内部告発である。今年の3月から怪文書がメディアに出回っていたという。誰の告発か。国税の可能性が高い。国税はいつ事実を掴んだか。去年の1月に原発の地元である高浜町の建設会社を税務調査したところその事実を掴んだ。

    その時の国税庁長官は誰か。「森友疑惑」の情報隠蔽で有名になった佐川宣寿元財務省理財局長である。そして現場の金沢国税局が税務調査を始めた2か月後に佐川長官は懲戒免職となり3日9日付で依願退職した。その後は藤井健志国税庁次長が長官心得を兼務し、今年の7月5日まで国税庁長官は不在だった。

    国税庁長官が不在の期間はおよそ1年4か月あるが、佐川長官が辞めて丁度1年後の今年の3月10日付で告発文書が関西電力に届いたと週刊朝日のデジタル版が伝えている。関西電力の岩根社長宛てで「関西電力が第2の日産にならぬよう、岩根社長にご忠言申し上げます」とある。

    「第2の日産」とはどういう意味か。日産の西川前社長は経済産業省の言うままにゴーン元会長を東京地検特捜部に逮捕させ、それが海外メディアの批判を浴びたことを指すのか。それとも3月6日にゴーン元会長の保釈を東京地裁が認めるという異例の決定があったからそのことを指しているのか。

    そして3月はこの金銭スキャンダルの中心人物である高浜町元助役森山栄治氏が死亡した時期でもある。地元で原発推進に絶大なる力を発揮したと言われる森山氏には、原発反対派の町長を「暗殺」させようとしたり、関西電力幹部を脅しつけたり数々の噂があるが、その人物が死亡したことで、これまで封じ込められてきた原発の「闇」が表に出てきたのだろう。

    27日の関西電力の記者会見で社長らが、森山氏から贈られた金品を返そうとすると脅されたと言った話は嘘ではないと思う。政治の世界ではよくある話だ。表に出れば手が後ろに回ることをやらないと相手から信用されない。互いに共犯関係にならないと信頼は生まれないのが政治の世界である。

    森山氏は政治家ではないが、地方の役人としてそういう手法で大企業や政治家を相手にのし上がってきたのだろう。だから無理にでも関西電力幹部に金品を贈り、それを受け取らせることで共犯関係になり、自分の言うことを聞かせ、裏切りをさせないようにしてきた。

    従って関西電力幹部が金を還流させるために森山氏を利用したという見方は当たらない。実態はその逆で金を受け取らせることで森山氏の方が上位に立ってきた。関西電力は言いなりにならざるを得なかった。

    官邸も経済産業省も「由々しき事態だ」として電力会社を責めているが、森山氏のような原発推進派を見て見ぬふりをしてきたのは経済産業省の方なのだ。自分は手を汚さずに原発推進が可能になってきたのだから。

    今回の税務調査で指摘されているのは、東日本大震災で福島原発事故があった2011年から2018年までの金品の授受である。2011年と言えば原発はもう止めようというのが国民の感情だった。原発推進派は何としてもその危機を乗り越えなければならなかった。

    そして安全基準を厳しくして危機を乗り越えようとした。そのためにも電力会社に原発からの撤退を許してはならない。そして安全基準を厳しくすることで地元建設会社も潤う。それがこの金の還流の背景にあるように私は思う。

    2011年当時のことを思い起こせば、橋下大阪市長や嘉田滋賀県知事らが原発再稼働に否定的だった。それを変えたのは資源エネルギー庁次長の今井尚哉氏である。今井氏の説得で二人は考えを変えた。その今井氏こそ安倍総理を操り、私の言う「安倍二人羽織」の頭脳部分の人物である。

    だから安倍政権は原発輸出政策を推進し、英国、ベトナム、トルコ、リトアニア、台湾、米国などに日本の原発を輸出しようとしたが、それらはすべて失敗した。「今井頭脳」の「安倍二人羽織政権」は原発再稼働と原発輸出を「成長戦略」と位置付けていたが総崩れとなった。

    そして今、原発推進の「闇」が内部告発によって浮かび上がってきた。原発は日本の国家事業であり、それに反対する者は非国民である。だから東京電力の福島原発に慎重だった佐藤栄佐久元福島県知事は、特捜検察から「あなたは国家にとってよろしくない。抹殺する」と言われて逮捕され、収賄金額ゼロ円で有罪判決を受けた。

    東京電力の福島原発事故の責任を問わない検察も、無罪判決を出した裁判所も原発推進の側であり、森山氏が行った推進工作を断罪する側ではない。本来は国税庁もその側だ。それがなぜこの告発をやったのか。

    これは私の想像だが、森山氏に問題のあることを国税は前から分かっていた。そこに「森友疑惑」で情報隠蔽を行った佐川氏がなぜか出世をして国税庁長官になった。情報隠蔽のために財務省の職員が自殺に追い込まれたのも関わらずである。それを許せない気持ちになる国税庁職員がいてもおかしくない。

    だから佐川長官の懲戒免職が決まる頃を見計らって建設会社の税務調査に入った。佐川氏に情報隠蔽を指示したのは「安倍二人羽織」の頭脳である今井秘書官と思っていたかもしれない。その今井秘書官は原発推進派の中心人物である。この際、原発の「闇」を国民に知らしめて自殺した財務省職員を弔おうと考えた可能性もある。

    国民は関西電力の幹部たちが悪で、私腹を肥やすために電力料金を還流させたと思うかもしれない。そして事件はその方向で政治には無関係のまま終わるかもしれない。しかし私には内部告発者が権力の中枢を撃つように見せていないが、当人たちにだけは分かるように告発の時期を計算したように思う。

    分かる人間だけに分かれば、いずれそれは権力闘争に波及する。目には見えない形だが、日本の政治にも嵐がやって来たと私には思えるのである。不気味なスキャンダルが日米で炸裂した。


    ■《己亥田中塾》のお知らせ(11月26日 19時〜)

    田中良紹塾長が主宰する《己亥田中塾》が11月26日(火)に開催されることになりました。詳細は下記の通りとなりますので、ぜひご参加下さい!

    【日時】
    2019年11月26日(火) 19時〜 (開場18時30分)

    【会場】
    第1部会場:KoNA水道橋会議室
    東京都千代田区神田三崎町2-9-5 水道橋TJビル202
    JR水道橋駅東口 徒歩2分
    写真付き道案内 → https://goo.gl/6RvH93
    ※第1部終了後、田中良紹塾長も交えて近隣の居酒屋で懇親会を行います。

    【参加費】
    第1部:1500円
    ※セミナー形式。19時〜21時まで。
    懇親会:4000円程度
    ※近隣の居酒屋で田中塾長を交えて行います。

    【申し込み方法】
    下記URLから必要事項にご記入の上、お申し込み下さい。
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    <田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
     1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。

     TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。