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3日に行われたインディアナ州の共和党予備選挙でドナルド・トランプが圧勝し、2位につけていたテッド・クルーズが選挙戦からの撤退を表明した。これでトランプの候補者指名はほぼ確実と言える。
一方、民主党ではバーニー・サンダーズがヒラリー・クリントンに競り勝った。しかしヒラリーはすでに代議員の過半数に手が届くところに来ており優位は動かない。このため今年のアメリカ大統領選挙はヒラリー・クリントンVSドナルド・トランプの構図が固まってきたようだ。
トランプは3日の勝利演説で、これまでさんざん「嘘つき」呼ばわりをしてきたクルーズを一転して持ち上げ、本選挙でヒラリーを打ち負かすため「共和党の団結」を訴えたが、「共和党を分裂させてでもトランプを引きずり下ろす」と公言してきた「ネオコン」はどうするのだろうか。
現に共和党タカ派の代表格マケイン上院議員の周辺からは「大統領にはトランプよりヒラリーが良い」との声が上がっている。しかもこの予備選で共和党執行部が行ったトランプ引きずり下ろし工作は見苦しく、共和党はダメージがあまりにも大きい。
3月のスーパーチューズデーに圧勝したトランプに対し、共和党執行部はメディアを動員して集中攻撃を仕掛け、フロリダ州選出のマルコ・ルビオ上院議員を本命にしようとした。ところがルビオは地元でトランプに惨敗、選挙戦から撤退表明せざるを得なくなった。
これは共和党にとってレーガン以来の選挙戦略の崩壊を意味する。フロリダはキューバからアメリカに逃れてきた反共主義者が多く、しかもアメリカの人口構成はメキシコやキューバからの移民であるヒスパニックが増大する。そこで共和党はヒスパニックを取り込む戦略を立て、その舞台がフロリダであった。
そしてそれを代表するのが名門ブッシュ家の二人の息子、ジョージ・Wとジェブである。ジョージ・W・ブッシュが民主党のアル・ゴアと戦った大統領選挙でブッシュ陣営は「思いやりのある保守」を標語に、ヒスパニックの運動員を前面に立て、それを弟のジェブがフロリダ州知事として支えた。二人ともスペイン語を話し、ジェブはメキシコ女性と結婚している。
ところが「メキシコとの国境に壁を作れ」と主張するトランプによってジェブはスーパーチューズデー前に撤退を余儀なくされ、また反共キューバ人のマルコ・ルビオもフロリダで惨敗した。トランプはレーガン以来の共和党の選挙戦略を粉砕したのである。
すると共和党執行部は、キリスト教原理主義者で極右のテッド・クルーズに票を集め、トランプを過半数割れに追い込み、指名大会でポール・ライアン下院議長を候補にする逆転劇の奇策を練った。しかしそれをすれば予備選挙の意味がなくなり共和党は国民から見放される。将来を考えたポール・ライアンは全くその話に乗らなかった。
さらにベイナー前下院議長は極右のクルーズに票を集める奇策を嫌った。彼は選挙中にもかかわらず、クルーズを「人間の顔をした悪魔」と罵った。ベイナー前議長は昨年9月にローマ法王フランシスコが連邦議会で行った演説に感動し、その日のうちに下院議長辞任を表明した。法王は対立よりも融和の大切さを説いていた。
ベイナー前議長はカソリック信者で穏健派である。ところがキリスト教原理主義のクルーズらは徹底して民主党と対立して妥協を認めない。それにベイナー前議長は困っていたのだろう。ローマ法王の演説がベイナーに辞任を決断させた。
キューバとアメリカとの和解を仲介したのはローマ法王である。そのローマ法王をアメリカに招待し議会で演説をさせたのはオバマ大統領である。私が「対キューバ外交に見るオバマの深謀遠慮」というブログを書いたのはこれが背景にある。
オバマのキューバ外交には、反共キューバ人を取り込む共和党のヒスパニック選挙戦略を崩壊させる狙いがあり、それを知ってか知らずか「移民排斥」を訴えるトランプが、ジェブ・ブッシュや、反共キューバ人のマルコ・ルビオとテッド・クルーズを撤退させ、現実に粉砕してみせたのである。
考えてみれば、1993年に初の戦後生まれのアメリカ大統領を誕生させた一つの要因は、ビジネスマンで大富豪のロス・ペローが大統領選挙に出馬し、共和党の現職大統領ジョージ・H・W・ブッシュの票を食ったからである。そのおかげでビル・クリントンが大統領となり、ヒラリーがファーストレディになった。
トランプは1999年から2年間ほどロス・ペローの「改革党」に所属したことがある。したがってタイプとしてはロス・ペローに近い。ペローは北米自由貿易協定に反対したが、トランプもTPPに反対である。それが白人の労働者から支持される理由になっている。
そしてトランプは、ジョージ・Wが大統領になると改革党から民主党に入党する。したがって世界を一極支配しようとする「ネオコン」路線にも反対である。さらにオバマが大統領になると共和党に入党し、共和党の大統領候補を目指した。もし共和党の候補になれなければ、ペローのように独立系で大統領選挙に出馬する構えである。それは共和党の票を食うから共和党としてはそれも困る。
つまりトランプは共和党の大統領候補になれなければ共和党候補の票を食ってヒラリーを有利にする。また自分が候補になればヒラリーに勝てると主張しているが、これには共和党内に「隠れヒラリー支持者」を生みだす可能性がある。
まだ先の話なので断定的には言えないが、ロス・ペローの大統領選出馬が初の戦後生まれの大統領ビル・クリントンを生み出したように、ドナルド・トランプの出馬は初の女性大統領を実現させるかもしれない。因果は巡るような話である。
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■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧
http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article
<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
一方、民主党ではバーニー・サンダーズがヒラリー・クリントンに競り勝った。しかしヒラリーはすでに代議員の過半数に手が届くところに来ており優位は動かない。このため今年のアメリカ大統領選挙はヒラリー・クリントンVSドナルド・トランプの構図が固まってきたようだ。
トランプは3日の勝利演説で、これまでさんざん「嘘つき」呼ばわりをしてきたクルーズを一転して持ち上げ、本選挙でヒラリーを打ち負かすため「共和党の団結」を訴えたが、「共和党を分裂させてでもトランプを引きずり下ろす」と公言してきた「ネオコン」はどうするのだろうか。
現に共和党タカ派の代表格マケイン上院議員の周辺からは「大統領にはトランプよりヒラリーが良い」との声が上がっている。しかもこの予備選で共和党執行部が行ったトランプ引きずり下ろし工作は見苦しく、共和党はダメージがあまりにも大きい。
3月のスーパーチューズデーに圧勝したトランプに対し、共和党執行部はメディアを動員して集中攻撃を仕掛け、フロリダ州選出のマルコ・ルビオ上院議員を本命にしようとした。ところがルビオは地元でトランプに惨敗、選挙戦から撤退表明せざるを得なくなった。
これは共和党にとってレーガン以来の選挙戦略の崩壊を意味する。フロリダはキューバからアメリカに逃れてきた反共主義者が多く、しかもアメリカの人口構成はメキシコやキューバからの移民であるヒスパニックが増大する。そこで共和党はヒスパニックを取り込む戦略を立て、その舞台がフロリダであった。
そしてそれを代表するのが名門ブッシュ家の二人の息子、ジョージ・Wとジェブである。ジョージ・W・ブッシュが民主党のアル・ゴアと戦った大統領選挙でブッシュ陣営は「思いやりのある保守」を標語に、ヒスパニックの運動員を前面に立て、それを弟のジェブがフロリダ州知事として支えた。二人ともスペイン語を話し、ジェブはメキシコ女性と結婚している。
ところが「メキシコとの国境に壁を作れ」と主張するトランプによってジェブはスーパーチューズデー前に撤退を余儀なくされ、また反共キューバ人のマルコ・ルビオもフロリダで惨敗した。トランプはレーガン以来の共和党の選挙戦略を粉砕したのである。
すると共和党執行部は、キリスト教原理主義者で極右のテッド・クルーズに票を集め、トランプを過半数割れに追い込み、指名大会でポール・ライアン下院議長を候補にする逆転劇の奇策を練った。しかしそれをすれば予備選挙の意味がなくなり共和党は国民から見放される。将来を考えたポール・ライアンは全くその話に乗らなかった。
さらにベイナー前下院議長は極右のクルーズに票を集める奇策を嫌った。彼は選挙中にもかかわらず、クルーズを「人間の顔をした悪魔」と罵った。ベイナー前議長は昨年9月にローマ法王フランシスコが連邦議会で行った演説に感動し、その日のうちに下院議長辞任を表明した。法王は対立よりも融和の大切さを説いていた。
ベイナー前議長はカソリック信者で穏健派である。ところがキリスト教原理主義のクルーズらは徹底して民主党と対立して妥協を認めない。それにベイナー前議長は困っていたのだろう。ローマ法王の演説がベイナーに辞任を決断させた。
キューバとアメリカとの和解を仲介したのはローマ法王である。そのローマ法王をアメリカに招待し議会で演説をさせたのはオバマ大統領である。私が「対キューバ外交に見るオバマの深謀遠慮」というブログを書いたのはこれが背景にある。
オバマのキューバ外交には、反共キューバ人を取り込む共和党のヒスパニック選挙戦略を崩壊させる狙いがあり、それを知ってか知らずか「移民排斥」を訴えるトランプが、ジェブ・ブッシュや、反共キューバ人のマルコ・ルビオとテッド・クルーズを撤退させ、現実に粉砕してみせたのである。
考えてみれば、1993年に初の戦後生まれのアメリカ大統領を誕生させた一つの要因は、ビジネスマンで大富豪のロス・ペローが大統領選挙に出馬し、共和党の現職大統領ジョージ・H・W・ブッシュの票を食ったからである。そのおかげでビル・クリントンが大統領となり、ヒラリーがファーストレディになった。
トランプは1999年から2年間ほどロス・ペローの「改革党」に所属したことがある。したがってタイプとしてはロス・ペローに近い。ペローは北米自由貿易協定に反対したが、トランプもTPPに反対である。それが白人の労働者から支持される理由になっている。
そしてトランプは、ジョージ・Wが大統領になると改革党から民主党に入党する。したがって世界を一極支配しようとする「ネオコン」路線にも反対である。さらにオバマが大統領になると共和党に入党し、共和党の大統領候補を目指した。もし共和党の候補になれなければ、ペローのように独立系で大統領選挙に出馬する構えである。それは共和党の票を食うから共和党としてはそれも困る。
つまりトランプは共和党の大統領候補になれなければ共和党候補の票を食ってヒラリーを有利にする。また自分が候補になればヒラリーに勝てると主張しているが、これには共和党内に「隠れヒラリー支持者」を生みだす可能性がある。
まだ先の話なので断定的には言えないが、ロス・ペローの大統領選出馬が初の戦後生まれの大統領ビル・クリントンを生み出したように、ドナルド・トランプの出馬は初の女性大統領を実現させるかもしれない。因果は巡るような話である。
■《丙申田中塾》のお知らせ(5月31日 19時〜)
田中良紹塾長が主宰する《丙申田中塾》が、5月31日(火)に開催されることになりました。詳細は下記の通りとなりますので、ぜひご参加下さい!
【日時】
2016年5月31日(火) 19時〜 (開場18時30分)
【会場】
第1部:スター貸会議室 四谷第1(19時〜21時)
東京都新宿区四谷1-8-6 ホリナカビル 302号室
http://www.kaigishitsu.jp/room_yotsuya.shtml
※第1部終了後、田中良紹塾長も交えて近隣の居酒屋で懇親会を行います。
【参加費】
第1部:1500円
※セミナー形式。19時〜21時まで。
懇親会:4000円程度
※近隣の居酒屋で田中塾長を交えて行います。
【アクセス】
JR中央線・総武線「四谷駅」四谷口 徒歩1分
東京メトロ「四ツ谷駅」徒歩1分
【申し込み方法】
下記URLから必要事項にご記入の上、お申し込み下さい。
http://bit.ly/129Kwbp
(記入に不足がある場合、正しく受け付けることができない場合がありますので、ご注意下さい)
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■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧
http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article
<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
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