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        <title><![CDATA[THE JOURNAL]]></title>
        <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga</link>
        <description><![CDATA[2008年9月に創設され、月間数百万ページビューを出してきた独立系メディア《THE JOURNAL》が「ニコニコ」で再出発！テキストと映像、音声を駆使した情報をお届けします。]]></description>
        <language>ja</language>
            <item>
                <title><![CDATA[【INSIDER No.1239】2024年の主なニュース予定]]></title>
                <description><![CDATA[<p></p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2181217</link>
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                <pubDate>Mon, 08 Jan 2024 10:57:00 +0900</pubDate>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch711/889786/607712ec686354e75fefc5cd71141311d0175df7.jpg" data-image_id="889786" alt="607712ec686354e75fefc5cd71141311d0175df7" /><br /><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch711/889787/c985d343b7cf7dfe0f501c4b1a2bc1497ab47def.jpg" data-image_id="889787" alt="c985d343b7cf7dfe0f501c4b1a2bc1497ab47def" /><br /><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch711/889788/c05070db75f3fa9ef003c5d15335ab163ebc2f70.jpg" data-image_id="889788" alt="c05070db75f3fa9ef003c5d15335ab163ebc2f70" /><br /><br /><br /></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：日本ではなぜ安全保障戦略の転換が国会で議論されずに決まるのか]]></title>
                <description><![CDATA[<p>岸田内閣は１２月１０日に臨時国会が終わるのを待っていたかのように「安保３文書」の取りまとめに入り、１週間も経たない１６日に敵基地を攻撃する「反撃能力」の保有を含む「安保３文書」を閣議決定、同時に防衛費を増額する財源として「増税」の方針を盛り込んだ税制改革大綱を自公両党が決定した。　専守防衛に徹してきた戦後の日本にとって、歴史的大転換となる安全保障戦略の変更は、国会の議論を経ずに極めて短期間で決定された。従って国民的議論が巻き起こるはずもなく、しかし世論調査によると国民の半数以上が「反撃能力」の保有を支持している。これに対し野党は国会での議論がないまま決定されたことを批判している。しかし年内に「安保３文書」が決定されるスケジュールは野党も分かっていたはずで、自民党の方はスケジュールに合わせ４月２７日に党の安全保障調査会が「反撃能力」の保有を岸田内閣に提言していた。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2134022</link>
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                <pubDate>Mon, 02 Jan 2023 21:03:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <category><![CDATA[国会]]></category>
                <category><![CDATA[政治]]></category>
                <category><![CDATA[安全保障]]></category>
                <category><![CDATA[軍事]]></category>
                <category><![CDATA[防衛]]></category>
                <category><![CDATA[自民党]]></category>
                <category><![CDATA[公明党]]></category>
                <category><![CDATA[反撃能力]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p>岸田内閣は１２月１０日に臨時国会が終わるのを待っていたかのように「安保３文書」の取りまとめに入り、１週間も経たない１６日に敵基地を攻撃する「反撃能力」の保有を含む「安保３文書」を閣議決定、同時に防衛費を増額する財源として「増税」の方針を盛り込んだ税制改革大綱を自公両党が決定した。<br /><br /> 　専守防衛に徹してきた戦後の日本にとって、歴史的大転換となる安全保障戦略の変更は、国会の議論を経ずに極めて短期間で決定された。従って国民的議論が巻き起こるはずもなく、しかし世論調査によると国民の半数以上が「反撃能力」の保有を支持している。<br /><br /> これに対し野党は国会での議論がないまま決定されたことを批判している。しかし年内に「安保３文書」が決定されるスケジュールは野党も分かっていたはずで、自民党の方はスケジュールに合わせ４月２７日に党の安全保障調査会が「反撃能力」の保有を岸田内閣に提言していた。<br /><br /> 一方、野党第一党の立憲民主党が「反撃能力」の保有に関する見解をまとめたのは、閣議決定後の１２月２０日で、「政府方針には賛同できない」としつつも、「政策的な必要性と合理性を満たし、専守防衛に適合するもの」という条件付きで「反撃能力」を認めた。<br /><br /> 仮に野党が閣議決定前に国会で議論すべきと言うのなら、秋の臨時国会で野党の方から論戦を挑むべきだった。しかし野党が臨時国会で追及に力を入れたのは、旧統一教会との関係が指摘された山際前経済再生担当大臣と細田衆議院議長、不適切発言の葉梨前法務大臣、「政治とカネ」が問題視された寺田前総務大臣に対してだけだ。<br /><br /> 細田議長以外の３大臣をクビにし岸田内閣の支持率を下げたことで野党は満足のようだが、それは岸田内閣からすれば、国民の見えるところで安全保障の論議を行うことから目をそらすのに役立った。そのためのいわば囮の役回りを３人は演じたのかもしれない。<br /><br /> 私の経験では、ソ連崩壊で世界の安全保障環境が激変した時に、日本の国会は「政治とカネ」の追及に明け暮れ、宮沢総理は「これで平和の配当が受けられる」と呑気なことを言い、誰も日米安保体制を見直す必要や、自衛隊配備を変更する必要について議論しなかった。<br /><br /> 当時、米国議会を取材していた私は、対ソ戦略のために作られたCIA存続の是非を議会が３年がかりで議論し、「世界は混沌の時代を迎える」との結論からCIAの情報収集能力が強化され、また米軍の配備も見直されたことと比較し、国家の平和と国民の安全より「政治とカネ」の追及がそれほど大事なのかと呆れた。<br /><br /> 今回、岸田内閣の方針に強く反発したのは自民党最大派閥の安倍派である。防衛力増強の財源を安倍元総理の考えと同じ「国債」で賄うことを主張した。そのためか岸田内閣は「増税」の実施時期を先送りした。つまり大方針は決めたが、具体的な中身の議論はこれから始まる。<br /><br /> 従って２０２３年の国会は安全保障戦略の大転換について議論の舞台になる。だが的を射た議論になるかどうかが分からない。なぜかと言えば日本の安全保障を巡る議論には憲法９条という米国の呪いがかけられているからだ。<br /><br /> 戦後日本を占領支配したGHQのマッカーサー司令長官は、日本が二度と米国に歯向かわぬよう、日本を「非武装中立国家」にしようと考えた。それに吉田茂総理が共鳴し、１９４６年の衆議院本会議で「憲法９条２項で一切の軍備と交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、交戦権も放棄したのであります」と答弁した。<br /><br /> しかしこれは第一次大戦の反省から国際社会が作り出した平和主義の考えと異なる。国際社会の平和主義は、侵略に対する自衛戦争を当然の権利として認めている。さらに侵略国に対し国際社会が協力して防衛に当たる集団的自衛権も国連憲章によって認められた。<br /><br /> ところが吉田の「非武装中立論」は、敗戦を経験した日本人の心を掴み、憲法９条は世界平和を目指す理想として日本社会に浸透した。だが理想は理想であって現実ではない。その証拠に世界にはスイスのような「武装中立国家」は存在するが「非武装中立国家」など存在しない。<br /><br /> 米ソ冷戦が始まると、吉田は１９５０年の施政方針演説で「戦争放棄の考えに徹することは、自衛権を放棄する意味ではない」とそれまでの主張を転換した。ここから日本は９条２項を変えずに９条２項を解釈によってなし崩す摩訶不思議な「解釈の世界」に入り込むのである。<br /><br /> 米国は第二次大戦後西ドイツと日本を非武装国家にしようとしたが、冷戦が始まると米国に逆らえない範囲で再軍備させようとする。西ドイツは米国の要求に従い、NATO軍の一員として戦前とは異なる民主的な軍隊を作る。そして国民には徴兵制を敷いた。<br /><br /> １９５０年６月に朝鮮戦争が起こると、米国はアジアの戦争にはアジア人を当たらせる考えから日本に再軍備を要求する。しかし吉田は国民に「非武装中立」の考えが浸透していることを理由にこれを拒み、代わりに米軍が出兵した後の国内治安維持の名目で警察予備隊を創設した。<br /><br /> それが２年後に保安隊になる。保安隊も国内治安維持が目的だが、小銃や機関銃を装備するなど軍隊並みの組織である。しかし政府はそれを警察だと言い張る。その１年後に保安隊が自衛隊になり、初めて国内治安維持ではなく侵略に対して国家を防衛する組織、つまり軍隊ができた。<br /><br /> ところが吉田は「自衛隊は戦力ではない」と言う。９条２項を変えないために「戦力なき軍隊」という奇妙な組織が誕生した。こうして日本の安全保障政策は理性の世界からかけ離れて迷路に入り込んでいく。<br /><br /> 吉田内閣が倒れて鳩山内閣が誕生すると、自衛隊は自衛のための「必要最小限」の戦力は持っても良いと解釈された。ただし紛争解決や侵略戦争をするための戦力は持ってはならない。その後の歴代政権はこの考えを受け継いだ。<br /><br /> では「必要最小限」の戦力とは何か。三木内閣が「防衛費GDPの１％以内」という原則を作る。岸田内閣はそれを今回「２％」に倍増する。米国がNATO諸国に要求している「２％」を日本も真似することにした。戦後日本と同じ境遇のドイツがウクライナ戦争の影響で「２％」を表明したことの影響が大きい。<br /><br /> しかし「１％」の歯止めがなくなっても「安保３文書」には「必要最小限」の文字が入った。「必要最小限」という文言さえ入れば、以前に憲法違反とされたことでも憲法９条の枠内となり、「合憲」と判断される。<br /><br /> そして「２％」の増額が実現すれば、日本の防衛費は米国、中国に次ぐ世界第３位となり、軍事力でも米国、ロシア、中国、インドに次ぐ世界第５位にランクされる。それが憲法上「必要最小限しか戦力を持ってはならない」とされる自衛隊の実態である。<br /><br /> 憲法は制定されてから一字一句変更されていない。しかし日本の防衛力は蟻が象に変わったように大きく変化した。ところが解釈で変更されてきたため、安全保障問題を国会で議論すれば、必ず「憲法解釈の迷路」に入り込み、神学論争のように誰にも理解できない議論が延々続くことになる。<br /><br /> 私には苦い思い出がある。冷戦終結後最初の戦争となった１９９１年の湾岸戦争で日本が国際社会に恥をさらした時のことだ。９０年８月にイラク軍が隣国クウェートに侵攻すると、世界各国の議会はこの問題にどう対処するかを議論した。<br /><br /> 米国議会では様々な分野の専門家を喚問して２００時間を超える議論を行い、最後に議員全員が一人ずつ戦争に賛成するかどうかの意見表明を行った。そして第一次大戦後に作られた平和主義の原則に従い、国際社会が結束して侵略を食い止めるため多国籍軍が結成された。<br /><br /> ところが日本では有識者や文化人の間から湾岸戦争に反対の声が上がる。国連が認めて国際社会が結束して侵略を防止しようとしている時に、日本ではいかなる戦争も悪だとする「絶対平和主義」の叫びが上がったのだ。<br /><br /> 当時の外務省北米一課長は私に「国会を開けば神学論争になるだけで何も決まらなくなる。国会は開かせない」と言った。日本だけは国会を開かず、１３０億ドルという巨額の資金援助を政府が決定した。<br /><br /> ブッシュ（父）大統領から自衛隊の派遣を要請された海部総理は、憲法９条２項を盾にこれを拒否した。日本の政治家で「派遣すべき」と主張したのは、当時の小沢一郎自民党幹事長ただ一人だった。<br /><br /> ワシントンで私は米国人から「私は日本経済の目覚ましい成長を見て日本に一目置いていた。その日本経済の生命線は中東の石油である。ところが中東で戦争が起きているのに日本は国会を開かず、国民的議論も行わず、カネだけ出して済ませようとした。米国と肩を並べる大国になると思ったが、所詮は米国の従属国でしかない」と言われた。<br /><br /> 国際社会から批判されたことを知ると日本政府の姿勢は一転する。自衛隊の海外派遣に前のめりになるのである。ひどかったのはアフガン戦争とイラク戦争に対し、どちらも国連が認めない米国だけの戦争なのに、自衛隊を派遣して協力した。<br /><br /> 国連が認めた湾岸戦争と認めないアフガン・イラク戦争は性格がまったく異なる。しかし「絶対平和主義」を信仰する日本人にはその区別がつかない。イラク戦争に積極的に協力した英国のブレア首相は議会で責任を追及され任期途中で辞任した。しかし日本で小泉総理に対する非難は起こらない。日本人は真面目に戦争を考えたことがないと私は思った。<br /><br /> それ以来、日本の安全保障政策は米国の言いなりになった。安倍内閣が成立させた「特定秘密保護法」も集団的自衛権を解釈変更によって認めた「安保法制」もすべて米国からの要求である。今回の「反撃能力の保有」や「防衛費増額」も同様だ。<br /><br /> 宗主国からの命令は誰が総理であっても実現しなければならない。一方で米国は日本国憲法の中に「非武装」の思想を盛り込んだ。その影響を受けた国民が大勢いる。米国の相反する要求を、戦後日本は理性を超えた魔訶不思議な憲法解釈でやりくりしてきた。だからまともな議論ができない。<br /><br /> すべての出発点は吉田茂の「非武装中立論」だ。それでも吉田の政治路線が国民から批判されない理由は、それが日本に経済的繁栄をもたらしたからだ。吉田は防衛を米国に委ね、軍事に力を入れない代わりに経済成長に全力を挙げる路線を敷いた。<br /><br /> 自民党は９条２項を変えさせないため、野党に護憲運動をやらせ、憲法改正させない３分の１の議席を与え、米国が軍事要求を強めれば、政権交代が起きて親ソ政権が日本に誕生すると米国に思わせた。野党に３分の１の議席を与えることを可能にしたのが中選挙区制の選挙制度である。<br /><br /> その仕組みを私に教えてくれたのは竹下登元総理だ。こうして日本は世界で最も格差の少ない経済大国を実現した。しかしそれは米ソ冷戦構造があったからで、ソ連が崩壊した後の米国は、日本に遠慮することなく高度経済成長で貯め込んだ金を吸い上げる作業に取り掛かった。<br /><br /> ９条２項を維持することは日本が米国に防衛を永遠に委ねることを意味する。米国の言うままに米国製兵器を買わされ、自衛隊は米軍の二軍として肩代わりに使われ、その一方で米国は高度経済成長を支えた日本型経営を潰し、日本を「失われた時代」に導いた。<br /><br /> ９条２項を維持する経済メリットは冷戦崩壊と共に失われた。それでも「非武装中立」の幻想は今も消えることなく残っている。吉田に次いで「非武装中立」を唱えたのは旧社会党だが、その理論的支柱だったマルクス経済学者の向坂逸郎は、社会主義政権が誕生するまでは「非武装中立」を主張するが、政権を獲得すれば武装するとの考えを表明している。<br /><br /> 自さ社連立政権で村山内閣が誕生すると、社会党出身の村山総理は自衛隊を合憲とし、日米安保体制も認めた。日本は米国の従属国だから総理としては当然の判断をしたまでだが、これで社会党は大きく支持者を失った。<br /><br /> いずれにしても世界に「非武装中立国」は存在しない。コスタリカのように「非武装」を憲法に明記した国はあるが、コスタリカは防衛を米国に委ねているので中立国ではない。中立国はどの国とも同盟関係を持たず、独立独歩で他国の侵略から身を守るために武装する。だから「武装中立国」はあるが「非武装中立国」はない。<br /><br /> 永世中立国スイスは中立を貫くためEUにも加盟しない。そして安全保障戦略の基本は「専守防衛」である。専守防衛とは他国から攻撃されても「反撃」しない。そのためスイスでは核攻撃から国民を守る核シェルターを１００％完備するが、核兵器もミサイル兵器も持たない。<br /><br /> もし他国の軍隊が侵入すれば、国民全員が銃を取って戦う。すべての橋やトンネル、道路に爆薬を仕掛け、敵の侵入を阻止する構えを見せている。それが敵に攻撃を思いとどまらせる「抑止力」だと考えている。<br /><br /> １８１５年に永世中立国になったスイスはそれ以降一度も戦争に巻き込まれたことがない。１８１５年の日本は１１代将軍徳川家斉の時代だが、その昔からスイスは２０８年間も平和を守ってきた。そこで思い出すのがマッカーサーの「日本は東洋のスイスたれ！」という言葉である。<br /><br /> マッカーサーがどういうつもりで言ったのか、真意は測りかねるが、私はこちらの方が日本の目指すべき道だったのではないかと思う。憲法９条２項を守ってありもしない「非武装中立国家」を目指すより、他国に依存せず自分の力で自分を守るというまともな国家を目指すべきだったのだ。<br /><br /> しかし２０２３年の国会で、安全保障問題を巡る議論に、このような視点が加えられることはないだろう。米国が日本に要求する安全保障政策と、その米国がかつて作った憲法９条２項との乖離の中で、不毛な議論が続けられ、最後は米国が要求する通りになるというのがこの国の戦後政治だからである。<br /><br /><div style="text-align:center;">＊　＊　＊</div>
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<div>■オンライン田中塾開催のお知らせ</div>
<br /><div>　コロナ禍は我々の暮らしを様々な面で変えようとしていますが、田中塾も2020年9月から新しい方式で行うことになりました。これまで水道橋の会議室で塾を開催しましたが、今後はご自宅のパソコンかスマホで私の話を聞き、チャットなどで質問することが出来ます。入会金3000円、年会費3000円の会員制で、年6回、奇数月の日曜日午後の時間帯に開催しています。会員の方だけにURLをお知らせしますが、同時に参加できなくとも、会員は後で録画を見ることも出来ます。</div>
<br /><div>　コロナ後の世界がどう変化していくか皆様と共に考えていきたい。そのようなオンライン田中塾になるよう頑張ります。どうかオンライン田中塾への入会をお待ちします。入会ご希望の方は、下記のフォームからご入力ください。</div>
<div><br />【入会申し込みフォーム】</div>
<div><a href="http://bit.ly/2WUhRgg">http://bit.ly/2WUhRgg</a></div>
</div>
<br /><div>【関連記事】</div>
<div>■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧</div>
<div><a href="http://ch.nicovideo.jp/search/%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E6%8E%A2%E6%A4%9C?type=article">http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article</a></div>
<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：自立できない国家の訳の分からぬ安全保障論議]]></title>
                <description><![CDATA[<p>岸田政権の支持率低下は止まらず、その一方で岸田総理の打つ手がことごとく国民に批判され、一体この総理は何を考えているのだろうと皆が首をかしげている。それが我々の目の前にある日本政治の現状である。

　つい先週２８日に発表された物価高に対応するための総合経済対策でも、当初予定されていた２５兆１０００億円の政府案が、自民党最大派閥の安倍派から反発され、３時間後には岸田総理の指示で４兆円が積み増しされた。中身の積み上げを主張していたはずの岸田総理が、最大派閥の圧力で規模ありきのバラマキになったとメディアは批判している。

　振り返れば生前の安倍元総理も岸田総理の「新しい資本主義」に厳しく注文をつけた。政府の財政運営の指針である「骨太の方針」に財政健全化の目標を盛り込もうとしたところ、「アベノミクスを否定するのか」と猛烈な勢いで文句を言い、その表現は消されてしまった。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2130427</link>
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                <pubDate>Wed, 07 Dec 2022 15:30:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <category><![CDATA[国会]]></category>
                <category><![CDATA[政治]]></category>
                <category><![CDATA[安全保障]]></category>
                <category><![CDATA[軍事]]></category>
                <category><![CDATA[防衛]]></category>
                <category><![CDATA[自民党]]></category>
                <category><![CDATA[公明党]]></category>
                <category><![CDATA[反撃能力]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p>自民、公明両党は２日、敵国の軍事基地を攻撃するいわゆる「反撃能力」を保有することで合意した。これで日米安保体制によって日本は守りに徹し、攻撃を米国に依存してきた専守防衛が根本から変わることになる。<br /><br /> この変更を憲法９条の枠内で行うため、①我が国に急迫不正の攻撃があること、②これを排除するのに他に適当な手段がないこと、③必要最小限の実力行使にとどめるという「武力行使の三要件」が歯止めとされた。<br /><br /> 安倍内閣が「敵基地攻撃能力」と言っていたのを、岸田内閣では「反撃能力」と言い換えた。それは「先制攻撃」と受け取られることを避けるためだと説明されるが、言葉をやわらげ公明党が賛成しやすくしただけで、「敵基地攻撃能力」も「反撃能力」も中身に変わりはない。<br /><br /> ただ「反撃能力」というと、攻撃されてからでないと武力行使に踏み切れないニュアンスがあり、それだとこちらが壊滅的打撃を受け、反撃できなくなる恐れがある。従って敵が攻撃に「着手」の段階で、すぐ攻撃を行うというのが「反撃能力」である。<br /><br /> その「着手」とは何か、その判断が難しい。判断を誤れば敵に「先制攻撃」の口実を与え、日本が国際法に違反したとして倍返しの攻撃を受ける可能性がある。さらに敵が攻撃に「着手」したように見せて日本を挑発し、日本に攻撃させてから、それを大義名分に本格的戦争を仕掛ける可能性もある。<br /><br /> 「着手」の判断は日本にとって死活的である。しかし日本に判断できる情報能力があるかと言えば、残念ながらないと言うしかない。日本にもインテリジェンス機関はあるが、海外の情報収集となれば、米国の情報力には到底及ばない。敵の「着手」の情報は米国に頼るしかない。<br /><br /> 米国の能力に頼って日本が判断を行うことになれば、極めて危ういことが起こりかねない。ウクライナ戦争を見て分かるように、米国は自国の兵士を戦地に送らず、他国を支援することで他国に戦争をやらせ、米国が潰したい相手を弱体化する戦術を採用するようになった。<br /><br /> 史上最長となった「テロとの戦い」に疲れ果てた結果、米国は中東での覇権を失い、その間に中国とロシアが影響力を強めた。そのためまずはロシアを弱体化させ、次いで中国との覇権争いに備えている。その米国の手先となったのがウクライナのゼレンスキー政権だ。何度も書いてきたが、ロシアを挑発して軍事侵攻を招いたのはウクライナ自身である。<br /><br /> 米国は「台湾有事」に備えているが、これもウクライナ戦争でロシアとの直接交戦を避けたように、中国と直接戦争するつもりはない。それをせずに中国を弱体化させるため、他国に戦争をやらせ、それを支援する形をとる可能性がある。<br /><br /> 直接の当事者は台湾だが、そこに日本を巻き込み、日本を前面に立てて自分は後方支援に回る。台湾と目と鼻の先にある尖閣諸島を巡り、日本と中国が緊張状態にあるのはその可能性を後押しする。<br /><br /> ともかく国家の命運を決する「戦争」を、自らの判断ではなく他国の判断に頼って始めることほど愚かな話はない。「着手」の判断は、その兆候を事前に把握できたとしても、こちらが攻撃に踏み切るのは一瞬の判断である。それを日本だけで出来ると私には思えない。<br /><br /> そもそもなぜ「反撃能力」を持つ必要があるか。「抑止力」になるからだという。戦争を防止するには２つの方法がある。１つは他国に日本は攻撃してこないと安心感を与えること。憲法９条を保持してきたのはそのためだ。もう１つは攻撃したら何倍もの反撃を受けると恐怖を与え、攻撃を思いとどまらせること。それが「抑止力」である。<br /><br /> そこで敵に恐怖を与えるため、敵の基地に到達する射程の長いミサイルを持つことや、米国の巡航ミサイル「トマホーク」を購入することが検討されている。問題はそれで敵が恐怖心を抱くかどうかだ。<br /><br /> 敵とみられる国は、北朝鮮、中国、ロシアだが、いずれも核兵器を保有している。核兵器を持つ国が日本の通常ミサイル兵器を恐れるだろうか。通常ミサイル兵器の殺傷能力など核兵器に比べればまるで大したことはない。<br /><br /> 相手を恐れさせるのが「抑止力」なら、核ミサイルを持たなければ核保有国に対する「抑止力」にならない。まして日本は狭い国土に多くの原子力発電所を持つ。相手は通常ミサイルで原発を攻撃すれば日本に壊滅的打撃を与えられる。それを思いとどまらせることができるのは核ミサイルを持つことだ。<br /><br /> それが日本にできるか。「非核三原則」があるのでそれはできない。そして日本がその気になっても米国が許さない。米国は米国の核で日本を守ると言う。しかしそれが「抑止力」にならないと思う事態が生まれたから、日本は「抑止力」を持とうとしているのではないか。<br /><br /> それなら日本は「非核三原則」を撤廃し、自前で核武装するしか「抑止力」を持てないという理屈になる。しかしこれまで日本は「憲法９条」を守り専守防衛を行ってきた。日本が他国を攻撃しない安心感を与えることで平和を維持してきた。しかし今回は「憲法９条の枠内」で「抑止力」を持つという話になった。<br /><br /> 「憲法９条の枠内」だから武力行使は「必要最小限」とされる。相手を恐怖させるのが「抑止力」なのに、恐怖させない歯止めをかけるのだから、訳の分からない話になる。なぜこんなことが起こるのか。<br /><br /> 国民は憲法９条を守れば平和が保たれるというおとぎ話を信じ、自分の国は自分で守るという最低限の義務感を持たず、米国に安全保障の全てを委ねて何も危機感を抱かず、世界の現実を直視しないできた。<br /><br /> それを利用して日本政府は、「憲法９条の枠内」と言いながら、米国に都合の良い政策転換を次々に行った。安倍政権は２０１３年に米軍との機密情報共有を強める「特定秘密保護法」、１５年に日本の自衛隊が米軍を守る集団的自衛権行使を可能にする「安全保障関連法」を成立させた。<br /><br /> 「反撃能力」はそれに次ぐが、いずれも米国から要求されたもので、日本政府が独自に考えたものではない。そして「憲法９条の枠内」と言えば、国民が納得することを米国も日本政府も知っている。だから今回も武力行使は「必要最小限」とされ、抑止力と言いながら目的と反する訳の分からない話になった。<br /><br /> 日本国憲法９条１項は「戦争放棄」で、第一次世界大戦後に結ばれた「不戦条約」の平和主義を継承する。ただし「不戦条約」では他国からの侵略に対する自衛戦争は認められると解釈されている。<br /><br /> 問題は９条２項だ。戦力不保持と交戦権の否定が盛り込まれた。これは日本が米国に２度と歯向かわぬようにする条文だと言われる。当時日本を占領していたGHQのマッカーサー司令長官は日本を「非武装中立国家」にしようと考えていた。<br /><br /> 日本には自衛戦争も認めず、侵略があれば米国が日本を防衛するつもりだった。そこでマッカーサーは「日本は東洋のスイスたれ！」と発言する。スイスは１８１５年に「永世中立」を認められてから、フランス、ドイツ、イタリアに囲まれているのに今日まで一度も戦争をしたことがない。<br /><br /> ただしマッカーサーは勘違いを犯した。スイスは非武装中立ではなく武装中立で、どの国とも同盟を結ばない中立国である。スイスは今でも自分の国は自分で守るが、他国を攻撃しない専守防衛国家だ。<br /><br /> 国民全員が銃を持って戦う覚悟を示し、核兵器は持たないが国民を守る核シェルターを１００％普及させ、農地が少ないのに食料自給率を高める憲法改正を行い、日本以上の６割自給を達成している。<br /><br /> ともかくマッカーサーに「東洋のスイスたれ！」と言われながら、日本はスイスとはまるで逆の方向に歩み出した。冷戦が始まり朝鮮戦争が起きると、米国は一転して再軍備を要求するが、吉田茂は憲法９条を盾にこれを拒否、後方支援を行うことで戦争特需にありついた。<br /><br /> その後のベトナム戦争でも日本は出兵することなく、戦争特需で大いに金儲けに励む。憲法９条は日本の経済成長の源であった。一方で戦力を持たず、交戦権もない日本は、米国に防衛を委ねて米国の従属国になるしかない。憲法９条と日米安保は裏表の関係だった。<br /><br /> 日本政府は国民に憲法９条を信じ込ませ、野党に憲法改正させない護憲運動をやらせ、米国が自民党政権に過度な軍事要求をすれば、たちまち政権交代が起きて親ソ政権が誕生すると米国に思わせた。それが日本を経済大国に導く「軽武装・経済重視」路線である。<br /><br /> ところがソ連が崩壊し、冷戦構造が終わると、米国は日本に遠慮する必要がなくなり、軍事的に従属する日本から経済の果実を奪うことが可能となる。米国は日本経済にバブルを起こさせ、その崩壊と共に日本経済の中枢にあった銀行を破たんさせ、日本を「失われた時代」に追い込んだ。<br /><br /> 日本経済成長の源泉であった憲法９条は一転し、日本経済から富を奪い、軍事的にも従属度を深化させる道具になる。沖縄総領事を務めた国務省のケビン・メア氏は米国人学生を前に「憲法９条は米国の経済的利益になるから変えさせない」と講演した。<br /><br /> 憲法９条２項を削除して日本が軍隊を持ち、交戦権を復活させれば、日本は自立できる。それは米国の利益にならない。だから安倍元総理の憲法改正案は２項を残し、それとは別に９条に自衛隊を明記するという。<br /><br /> 軍隊は対外防衛を担うので国際法の下に置かれた組織である。しかし自衛隊は警察予備隊から始まり国内法の下に置かれ、各国の軍隊とは法制度が決定的に異なる。ところがその軍事力は米国、ロシア、中国、インドに次ぐ世界第５位である。憲法９条で戦力不保持とされているにもかかわらず、軍隊でない自衛隊が世界第５位なのだ。<br /><br /> その実態を国民はほとんど知らされていない。かつて米国議会を取材した私が日本の国会との違いを最も通関したのは、議会に軍人が呼ばれて証言させられていたことだ。その応答から民主主義国の軍隊は国民の代表が集う議会に従属していることが良く分かった。<br /><br /> 議会が賛成しなければ予算は承認されず、軍の行動は常に議会に監視される。戦争の判断も議会が行う。最高司令官は大統領だが、軍にとっては議会の存在の方が大きい。ところが日本の国会に自衛隊幹部が呼ばれたことはない。野党が反対するからだ。そのため国民は自衛隊の実像を何も知らされていない。<br /><br /> 日本を従属させたい米国にとって、軍隊でない自衛隊の方が都合が良い。それを憲法に明記することは日本を自立させたくない米国の思うままになることだ。日本国民はかつてのマッカーサーの「東洋のスイスたれ！」を思い出す必要がある。国民全員が銃を持ち、自分で自分の国を守る気概を示すが、他国を決して攻撃しない。あくまでも専守防衛に徹する。それこそが「抑止力」ではないか。<br /><br /> ウクライナ戦争で世界的に軍拡の流れが起き、相次ぐ北朝鮮のミサイル実験に恐怖した日本国民は、防衛費の増額や「反撃能力」の保有に半数以上が賛成している。しかしこの機会に国家の自立と防衛問題を真面目に考えて欲しい。<br /><br /> 自民党内には防衛費増額を増税ではなく国債で賄うという馬鹿な話が飛び交っている。国防は国民が痛みを感じることでまともになる。他国に防衛を委ね、将来の子供たちに負担を負わせるなど、楽をしながらやるものではない。腐った国家にならないためには真剣に軍事を考える時が来たと私は思っている。<br /><br /><div style="text-align:center;">＊　＊　＊</div>
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<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch711/1895867</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：弱小派閥の政権が最大派閥に打ち勝つ方法]]></title>
                <description><![CDATA[<p>岸田政権の支持率低下は止まらず、その一方で岸田総理の打つ手がことごとく国民に批判され、一体この総理は何を考えているのだろうと皆が首をかしげている。それが我々の目の前にある日本政治の現状である。

　つい先週２８日に発表された物価高に対応するための総合経済対策でも、当初予定されていた２５兆１０００億円の政府案が、自民党最大派閥の安倍派から反発され、３時間後には岸田総理の指示で４兆円が積み増しされた。中身の積み上げを主張していたはずの岸田総理が、最大派閥の圧力で規模ありきのバラマキになったとメディアは批判している。

　振り返れば生前の安倍元総理も岸田総理の「新しい資本主義」に厳しく注文をつけた。政府の財政運営の指針である「骨太の方針」に財政健全化の目標を盛り込もうとしたところ、「アベノミクスを否定するのか」と猛烈な勢いで文句を言い、その表現は消されてしまった。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2126274</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2126274</guid>
                <pubDate>Sun, 06 Nov 2022 17:35:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p>岸田政権の支持率低下は止まらず、その一方で岸田総理の打つ手がことごとく国民に批判され、一体この総理は何を考えているのだろうと皆が首をかしげている。それが我々の目の前にある日本政治の現状である。<br /><br /> 　つい先週２８日に発表された物価高に対応するための総合経済対策でも、当初予定されていた２５兆１０００億円の政府案が、自民党最大派閥の安倍派から反発され、３時間後には岸田総理の指示で４兆円が積み増しされた。中身の積み上げを主張していたはずの岸田総理が、最大派閥の圧力で規模ありきのバラマキになったとメディアは批判している。<br /><br /> 　振り返れば生前の安倍元総理も岸田総理の「新しい資本主義」に厳しく注文をつけた。政府の財政運営の指針である「骨太の方針」に財政健全化の目標を盛り込もうとしたところ、「アベノミクスを否定するのか」と猛烈な勢いで文句を言い、その表現は消されてしまった。<br /><br /> 　自民党内では財務省をバックに財政健全化を主張する岸田総理のグループと、積極財政を主張する安倍元総理らのグループが対立し、安倍元総理が亡くなった後もそれが尾を引いている。弱小派閥の岸田総理は最大派閥に勝てないことが浮き彫りになった。<br /><br /> そうしたことからメディアは「瀬戸際岸田政権」とか「政権崩壊前夜」とか「内閣総辞職へ」と見出しを付け、岸田政権が間もなく終わるかのように予測する。しかし私はこれまでもブログに書いてきたようにそれとは異なる見解を持つ。<br /><br /> 　私の経験ではこの程度の支持率急落で政権が崩壊することはない。例えば１９７６年に起きた「三木おろし」は、田中角栄氏が「金脈批判」を受けて総理を辞めた後、椎名悦三郎氏の「裁定」で弱小派閥の三木武夫氏が総理になった。すると三木元総理は選挙を巡る田中元総理への「怨恨」から、権力を使ってロッキード事件を田中潰しに利用しようとした。<br /><br /> 　それに自民党議員の大多数が怒り、三木元総理の「生みの親」である椎名悦三郎氏をリーダーに、三木派と中曽根派以外の全ての派閥が三木元総理の退陣を求めた。三木元総理は周囲をことごとく敵に包囲されたが、それでも辞めないと粘り通し、任期満了選挙になるまでの７か月間政権を維持した。<br /><br /> 　総理が辞める気にならなければ、辞めさせることは難しいという実例である。では岸田総理が精神的に追い詰められ、辞任する気になっているかと言えばそうは見えない。支持率低下の最大要因は旧統一教会問題だ。これは自民党にとって「底なし沼」の問題だから、まだまだ支持率は下がる。だが岸田総理は旧統一教会と「絶縁宣言」している。それを徹底すれば、政権維持の可能性はある。<br /><br /> 野党やメディアは弱小派閥の岸田総理にその力はないとみて批判する。実際に旧統一教会側は岸田総理の「絶縁宣言」に恐れをなし、次々に自民党議員と旧統一教会の関係をリークして、自民党が妥協的な姿勢に転ずるよう脅しをかけてきているように見える。<br /><br /> だとするなら岸田総理は、逆に野党やメディアの批判を利用し、腹をくくって「絶縁」を徹底すればよい。そして最終的には２００５年の郵政選挙で反対派を選挙で公認せず、分裂選挙を仕掛けた小泉総理のように、「絶縁」を公約しない自民党員を公認せず「刺客」を送る。<br /><br /> その結果、「絶縁」しない自民党員が多数当選し、岸田総理の意に反すればそれは国民の選択だから仕方がない。そこでは負けを認め、「絶縁」を支持する岸田自民党は他党との連立に打って出る。そちらの数が上回れば政権を獲得できる。旧統一教会問題で政界をガラガラポンするという方法もある。要は腹のくくり方一つだ。<br /><br /> 岸田派は自民党内第４派閥である。弱小派閥であるから政権を維持するには手練手管が必要になる。その手練手管の使い方が見ているとほとんどうまくいっていない。支持率下落の始まりは銃撃されて亡くなった安倍元総理の「国葬」問題だった。<br /><br /> 安倍元総理の死は弱小派閥の岸田総理にとって最大のチャンスとなり得る。しかし大事なことは最大派閥を敵に回さぬようにしながら最大派閥を解体していくことだ。あの場面では安倍派とその岩盤支持層を敵に回さぬようにすることが必要だった。ただそのやり方があまりうまくなかった。<br /><br /> 国民は政治家に本音をストレートに出すよう求める。だが政治の世界はそうはいかない。相手を褒め上げるように見せて打撃を与える。逆に相手を打倒するように見せて生き残らせる。策略に満ちた世界だから、そこに政治の難しさがある。<br /><br /> 弱小派閥の政権がどうやって最大派閥に打ち勝つか。私が見てきた例を紹介する。１９８２年に誕生した中曽根康弘政権は、最大派閥田中派の支援がなければ１日たりとも継続できない政権だった。だから人事も政策も田中角栄氏の言いなりになった。<br /><br /> メディアはこれを「田中曽根内閣」と名付けた。中曽根総理にすれば屈辱的なネーミングだが、それを受け入れなければ権力を維持できない。中曽根総理にとって最重要は田中角栄氏が何を考えているかだ。中曽根総理の首席秘書官を務めた上和田氏は、私が田中角栄氏と近い記者であることを知ったのか、ある日、私に接近してきた。<br /><br /> 「他社の記者に気付かれないところで情報交換したい」と言う。「中曽根は田中の真意を知っているはずの政治家、秘書など６人にすべてスパイを張り付けている。ところが田中はその６人全員に違うことを言い、自分の真意を明かさない。だから君の話も聞きたい。その代わり俺は中曽根の考えをすべて話す」と上和田氏は言った。<br /><br /> こうして２年近く、私と上和田氏は普通の民家で落ちあい、週に１回情報交換を行った。中曽根総理が何を考えているかよく分かったが、私の田中情報がどれほど役に立ったのかは分からない。とにかく弱小派閥の中曽根総理にとって最大派閥の真意を知ることが何よりも重要だったことだけは間違いない。<br /><br /> そしてもう一つ、これは田中角栄氏が病に倒れ、政界から事実上引退した後で、金丸信氏から聞いた話だ。「角さんが中曽根を総理に担ぐと言った時、派内はみな反対した。おんぼろ神輿を何故担ぐのかと後藤田が言うと、おんぼろだから担ぐのだと角さんは言った。俺は中曽根嫌いで有名だが、親分が担ぐと言うのだから担ぐ、文句のあるやつは派閥を出ろと言ったら収まった。<br /><br /> すると直後に中曽根から秘かに会いたいと連絡が来た。銀座の料亭吉兆で中曽根は俺を見るなり畳に手を突いて頭をこすりつけ、あなたを幹事長にしますと言った」という。つまり中曽根総理は田中派の中で最も中曽根嫌いで有名な金丸氏と接触し、味方になってくれと頼んだのである。<br /><br /> これが後に竹下登氏を総理にするための「創政会」の結成につながる。それが田中角栄氏の病の原因となる。中曽根総理は自分を総理に担いで操ろうとした田中角栄氏に対し、最も遠くにいる金丸氏と手を組み、田中氏を倒そうと考えた。金丸氏も中曽根総理は嫌いだが、竹下氏を総理にするにはやはり田中氏を倒す必要があると考えた。<br /><br /> こうして弱小派閥の中曽根総理は最大派閥の田中角栄氏に対抗し、田中氏が病に倒れて初めて自分の思い通りの政治シナリオを書くことが出来た。こんなことを思い出したのは、岸田総理が政敵であるはずの二階俊博元幹事長と５月３１日に会食したからである。<br /><br /> 菅前総理辞任のきっかけは、菅前総理を支えていた二階元幹事長の辞任を岸田文雄氏が要求したことだ。二階元幹事長を権力の座から引きずりおろして岸田氏は総理の座を掴むことができた。従って２人は最も遠い関係にある。その二階元幹事長に岸田総理が面会を求めた。<br /><br /> 仲介したのは元宿仁自民党事務総長である。田中角栄元総理から岸田文雄総理まで日本政治の裏表を５０年以上にわたり自民党職員としてつぶさに見てきた稀有な人物だ。民主党政権の誕生で自民党が下野した時いったん退職したが、２０１２年に第二次安倍政権が誕生すると、安倍元総理に乞われて再び事務総長に復帰した。<br /><br /> その安倍元総理が銃撃され死亡すると、元宿氏は再び退職の準備をはじめ、岸田総理が慌てて元宿氏を会食に誘い留任するよう懇願した。二階元幹事長は長い幹事長時代に自民党本部に来るときは、幹事長室に入る前に必ず元宿氏の部屋を訪れ、情報を耳に入れてから幹事長室に向かったという。<br /><br /> おそらく岸田総理は元宿氏に頼んで、二階元幹事長との会食をセットしてもらった。こうして元宿氏も同席して岸田総理と二階前幹事長は２時間ほど会談し、二階元幹事長から「しっかり支える。支持率は気にするな」と言われたと報道されている。<br /><br /> 岸田総理が退席した後、二階氏は森山裕選対委員長を呼んでさらに会談を行ったというから、二階氏は本格的に岸田支援体制を構築していく構えだと私は思った。これまで岸田総理は麻生副総裁と茂木幹事長に自民党の運営を委ねてきたが、それがうまくいかない原因だと私は見てきた。<br /><br /> 特に旧統一教会問題で速やかに調査を行わず、調査結果の公表も不十分で、さらに山際前大臣の辞職を遅らすなどの数々の問題を作ったのは、麻生、茂木両氏の責任が大きいと思う。それを弱小派閥であるが故か岸田総理もはっきりさせなかった。その責任もあるが、ここはまだ総理を退陣に追い込めるような状況ではない。<br /><br /> 岸田総理の足を引っ張れる人間が自民党内に誰かいるのか。国政選挙は３年間ないのだから引きずり降ろしのエネルギーが党内から出てくるとも思えない。国民は岸田政権が国民を見ていないと不満だろうが、自民党総裁選挙が国政選挙より先にあるのだから、まずは自民党内の体制固めを行う必要がある。<br /><br /> そうなると岸田総理はどこかで人事権を行使する必要が出てくる。そして来週の米中間選挙でバイデン大統領が「死に体」になるかどうかも重大問題だ。そのすぐ後にはG20が控えている。そこで岸田総理は日中首脳会談を実現したいはずで、二階元幹事長とはそのことも相談したと思う。<br /><br /> 状況が目まぐるしく交錯する中で、支持率低下が止まらず、打つ手がことごとく批判を呼ぶ岸田総理が、遠い距離にある二階元幹事長との関係強化という注目すべき一手を打ったので、まずはそのことに注目して今後を見守ることにする。<br /><br /><div style="text-align:center;">＊　＊　＊</div>
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<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch711/1895867</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：ウクライナ戦争が招く核危機の世界]]></title>
                <description><![CDATA[<p>ウクライナ戦争は新たな段階に入った。ロシアのプーチン大統領が９月３０日、ウクライナ東部と南部の４州をロシアに併合すると宣言し、併合のための条約に署名したからだ。　プーチンは併合された４州を「ノヴォロシア」と呼び、その地域は祖先が命懸けて戦い守ってきた歴史があると言い、「この４州の人々は永遠にロシアの市民である、それを守るためあらゆる手段を講ずる」と宣言した。これに対抗してウクライナのゼレンスキー大統領は、国家安全保障・国防会議を開いてNATOへの加盟を申請すると発表した。しかしウクライナは現状でもNATOから全面的支援を受けており、事実上NATOに加盟しているのも同然だ。ただウクライナがNATOに加盟すれば、この戦争はロシア対NATOの戦争になり、第三次世界大戦の様相を帯びてくる。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2121793</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2121793</guid>
                <pubDate>Sun, 02 Oct 2022 21:51:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p>ウクライナ戦争は新たな段階に入った。ロシアのプーチン大統領が９月３０日、ウクライナ東部と南部の４州をロシアに併合すると宣言し、併合のための条約に署名したからだ。<br /><br /> 　プーチンは併合された４州を「ノヴォロシア」と呼び、その地域は祖先が命懸けて戦い守ってきた歴史があると言い、「この４州の人々は永遠にロシアの市民である、それを守るためあらゆる手段を講ずる」と宣言した。<br /><br /> これに対抗してウクライナのゼレンスキー大統領は、国家安全保障・国防会議を開いてNATOへの加盟を申請すると発表した。しかしウクライナは現状でもNATOから全面的支援を受けており、事実上NATOに加盟しているのも同然だ。ただウクライナがNATOに加盟すれば、この戦争はロシア対NATOの戦争になり、第三次世界大戦の様相を帯びてくる。<br /><br /> かつてゼレンスキーはNATO加盟の方針を見直す姿勢を見せたこともあった。しかし国土面積の１５％に当たる領土を奪われた以上、奪還に向けて戦い続けるしかない。同じようにプーチンも併合した地域を奪還されないよう戦い続けるしかない。それもあらゆる手段を講じてだ。<br /><br /> 停戦するための落としどころがなくなった。こうなれば行きつくところまで行くしかないという気になった。西側メディアでは、この併合が国際法違反の犯罪的行為だからロシアは国際的に孤立し、中国やインドからも見放され、さらに動員令に反発する国民にも見放されたプーチンは失脚するという見方にあふれている。<br /><br /> しかし国連の安全保障理事会は、９月３０日に米国などが提出した「ロシアによる併合を非難する決議案」を採決したが、ロシアの拒否権で否決された。１５カ国の理事国のうち英米仏など１０カ国は賛成したが、中国、インド、ガボン、ブラジルは棄権に回り、すべての国が賛成してロシアだけが孤立する形にならなかった。<br /><br /> これを総会の場で採決すればどうなるか。反対する国は少ないと思うが、しかし棄権する国の数次第では非難決議を提出した米国の威信にかかわる可能性がある。そして今後の事態は西側メディアの見通しとは逆のケースになる可能性もある。<br /><br /> これまでは自国領でない他国領の２つの「独立国」を、集団的自衛権で守るという建前で、自国とは距離のある地域での戦争だった。しかし４州が併合されたことで、これからは特別軍事作戦ではなく祖国防衛の戦いになる。<br /><br /> それにロシア国民がどれほど納得しているのかは分からないが、祖国防衛で総動員体制のウクライナに対してロシアも総動員体制を敷くことになるだろう。<br /><br /> 併合した自国領にNATOが支援する攻撃がかけられれば、この戦争はウクライナとロシアではなくNATOとロシアの戦争になる。ロシアに欧米と直接戦火を交える選択肢が出てくる。<br /><br /> プーチンは「あらゆる手段」と言っているから、通常戦力ではなく核戦力も覚悟しなければならない。つまり我々は世界が最も核戦争に近づいたと言われる６０年前のキューバ危機を思い起こす必要があるのだ。<br /><br /> １９５９年、フロリダ半島の目と鼻の先のキューバに親米政権を打倒したカストロ政権が誕生した。米国のCIAはカストロ打倒の作戦を次々に実行する。その作戦はことごとく失敗、そのためキューバはソ連に接近し、フルシチョフ書記長は秘かに核ミサイル基地をキューバに建設しようと考えた。<br /><br /> 狙いは第一に米国のキューバ侵攻を阻止するため、第二はソ連が核ミサイル能力で米国に劣っていたから、それを挽回するためである。１９６２年１０月、建設中の核ミサイル基地が米国の偵察機によって発見された。<br /><br /> キューバの核ミサイル基地からミサイルが発射されれば、米国は距離の近さから防ぎようがない。ケネディ大統領は核戦争を覚悟してフルシチョフとの交渉に当たった。<br /><br /> この時、軍部の中には空爆して基地を破壊する考えもあった。しかしケネディはキューバを海上封鎖することでソ連の考えを変えさせとうとする。後になって分かったことは、もし空爆していれば、米国本土に向けて数十発のミサイルが反撃のために発射され、第三次世界大戦が勃発していたということだ。<br /><br /> 一触即発の危機だった。最後は米国がトルコに設置していたミサイル基地を撤去することで、ソ連もキューバ基地建設を断念することになり、世界は核戦争危機を免れた。偵察機の発見から基地建設断念まで緊張の連続となる１３日間だった。<br /><br /> プーチンがウクライナ侵攻に踏み切る前、繰り返し言ったのはこのキューバ危機と同じ状況にロシアが置かれているということだ。ウクライナのNATO加盟を認めれば、目と鼻の先に核ミサイル基地が置かれ、ロシアの安全が守れない。<br /><br /> それをバイデン大統領に言っても聞く耳を持ってもらえなかった。一方でウクライナ国内の親露派勢力が支配する地域に、ウクライナ軍の攻撃がエスカレートし、親露派勢力を守るために軍事侵攻に踏み切らざるを得なかったとプーチンは主張した。<br /><br /> だから戦争を終わらせる落としどころがなくなった以上、ロシアは核戦争を覚悟してこれからの戦争を考えることになる。それにしてもなぜこんなことになったのか。停戦の可能性はなぜなくなったのか。<br /><br /> ９月２６日に安倍元総理の「国葬」に参列するため来日したトルコのチャブシュオール外務大臣が日本記者クラブで会見した。トルコはウクライナとロシアの停戦交渉を働きかけ、軍事侵攻が始まってから１か月後の３月末にイスタンブールでウクライナとロシアの対面の交渉が行われた。<br /><br /> 停戦交渉がなぜまとまらなかったのかを記者から問われたチャブシュオール外務大臣は、「第三者が停戦交渉がまとまるのを妨害した」と発言した。「第三者」がロシアを弱体化させるため戦争を長引かせようとしているというのである。そしてチャブシュオール外務大臣は「その犠牲になっているのはロシアではなくウクライナだ」と言った。<br /><br /> 「第三者」とは誰か。チャブシュオール外務大臣は名前を明示しなかったが、米国であることは間違いない。これまでもブログで何度も書いてきたように、この戦争はウクライナとロシアの戦争ではなく、ロシアのプーチン大統領を失脚させてロシアを弱体化させようとするバイデン政権が仕掛けた戦争なのだ。<br /><br /> そしてここからは私の推測だが、それは１１月の中間選挙で民主党に不利な状況を少しでも有利にするために考えられた。従って中間選挙の前に停戦に持ち込まれては困るのだ。<br /><br /> しかもその３月末にゼレンスキーはNATO加盟を断念してウクライナが中立化する考えを表明していた。そのためイスタンブールでの交渉では、それを前提にウクライナの安全保障をどうやって担保するかが焦点になっていた。<br /><br /> プーチンはウクライナの中立化が確保されればそれで良かったわけで、それまで首都キーウ周辺にいたロシア軍部隊を撤退させた。それが３月３０日である。西側メディアは首都キーウを攻撃してゼレンスキー政権を打倒し、傀儡政権を樹立するためだと報道していたが、そうではなくゼレンスキーが中立を宣言すれば、そこで部隊を撤退させたように見えた。<br /><br /> ウクライナの中立化で停戦交渉がまとまれば、この戦争はそこで終われる可能性があった。しかしトルコの外務大臣が言うように、それでは困る「第三者」がいて戦争は続くことになる。そこで不思議だったのはロシア軍が撤退した何日か後に、ウクライナ軍が行くと虐殺の痕跡が残されていたことだ。それは世界を震撼とさせ、ロシアに対する嫌悪感が沸騰した。あれで戦争は終われなくなった。<br /><br /> 西側メディアはプーチンが悪いという一点張りだが本当にそうなのか。冷戦が終わる頃からワシントンに事務所を置いて米国政治を取材してきた私には、そのように思えないところがある。<br /><br /> 冷戦に勝利した米国は、米国の価値観で世界を統一することを自分たちの使命と考え、世界最強の軍事力を背景に「世界の警察官」の役割を果たそうとした。ソマリア内戦、コソボ内戦への介入などがその例だ。それが世界各地で反発を呼ぶ。反発しなかったのは米国に従属することが身に着いてしまった日本ぐらいだと思う。<br /><br /> 反発は米国の提唱するグローバリズムに反対する運動となり、各地に自国の伝統や歴史を守ろうとする風潮が生まれた。それを主張する先鋭的な政治家がロシアのプーチンである。併合の式典でプーチンは、「ソ連が崩壊した後の米国や西側世界のエリートは、世界を新自由主義文化で植民地支配しようとしている」と痛烈に批判した。<br /><br /> 戦争という手段には賛成できないが、米国が推し進めるグローバリズムには反対だと考える国は少なくないと思う。それが国連の投票行動に現れる。ロシアがウクライナに軍事侵攻した直後に行われた非難決議の採決では、賛成１４１，反対５、棄権３５カ国と賛成が圧倒的だった。<br /><br /> ところがキーウ周辺での虐殺が分かり、その直後にロシアを国連の人権理事会で資格停止にする決議では、賛成９３，反対２４，棄権５８と賛成が激減したのである。あの虐殺の映像を見せられた後でロシアに厳しくなるのなら分かるが、それとは逆になったのだ。<br /><br /> それがこの戦争の大きな特徴になっている。西側メディアの報道は情報操作の一環で、そのプロパガンダに西側世界は乗せられているが、アジア、アフリカ、中東などの国々はそれとは異なる見方をしていると言うことだ。<br /><br /> そしてそこに米国の価値観を押し付けようとする欧米社会に対する反発がある。世界は二つに分断された。だからそう簡単にプーチンは失脚しないように思える。それでも欧米社会がプーチンを負い詰めれば、プーチンはあらゆる手段を講じて抵抗し、西側世界を恐怖に陥れることで目を覚まさせる行動に出るような気がする。<br /><br /> まもなく核の恐怖が現実になるぎりぎりのところまで世界は行き着くことになるのではないか。そうならないことを祈りたいが。<br /><br /><div style="text-align:center;">＊　＊　＊</div>
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<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch711/1895867</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：岸田総理が「国葬」の第一の理由に挙げる「憲政史上最長在位記録」を追及する]]></title>
                <description><![CDATA[<p>新型コロナウイルスの療養期間を終えて８月の最終日に公務に復帰した岸田総理は、記者会見を開き、会見冒頭で旧統一教会との関係に言及し、「閣僚をふくむ自民党議員が国民から懸念や疑念を持たれていることを自民党総裁としてお詫び申し上げる」と頭を下げた。　そのうえで「教会との関係を断つことを党の基本方針にして徹底する。自民党として説明責任を果たし、国民の信頼を回復するため厳正な対応を取る」と述べ、さらに「霊感商法の被害者などの救済に政府を挙げて取り組んでいく」と強調した。　その一方で安倍元総理と旧統一教会との関りについては「ご本人が亡くなられた今、十分な把握には限界があるのではないか」と消極姿勢を見せた。この姿勢には「死人に口なし」で逃げ切りたい思惑がありありと見える。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2118489</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2118489</guid>
                <pubDate>Tue, 06 Sep 2022 08:23:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p>新型コロナウイルスの療養期間を終えて８月の最終日に公務に復帰した岸田総理は、記者会見を開き、会見冒頭で旧統一教会との関係に言及し、「閣僚をふくむ自民党議員が国民から懸念や疑念を持たれていることを自民党総裁としてお詫び申し上げる」と頭を下げた。<br /><br /> 　そのうえで「教会との関係を断つことを党の基本方針にして徹底する。自民党として説明責任を果たし、国民の信頼を回復するため厳正な対応を取る」と述べ、さらに「霊感商法の被害者などの救済に政府を挙げて取り組んでいく」と強調した。<br /><br /> 　その一方で安倍元総理と旧統一教会との関りについては「ご本人が亡くなられた今、十分な把握には限界があるのではないか」と消極姿勢を見せた。この姿勢には「死人に口なし」で逃げ切りたい思惑がありありと見える。<br /><br /> しかしこの部分が今回の旧統一教会問題の核心である。安倍元総理がカルトの広告塔にならなければ銃撃されることはなく、銃撃がなければ旧統一教会と自民党議員との広く深い関係が日の目を見ることもなかった。<br /><br /> 　だがこの部分を追及していくと、岸田総理がいち早く安倍元総理の「国葬」を決めた根拠に疑問が出てくる。だから岸田総理は旧統一教会との断絶を宣言しても、安倍元総理と旧統一教会の関係についてだけは、国民の目に触れさせたくない。それで国民は納得するか。そこが問題だ。<br /><br /> 　岸田総理は来週開かれるだろう国会の閉会中審査で、自分が出席し安倍元総理を「国葬」にする理由を国民に丁寧に説明すると約束した。そして会見では「国葬」にする理由を４点挙げた。第一とされたのが、憲政史上最長の８年８か月間総理を務めたことである。<br /><br /> 　おそらくこれが国民を納得させるのに分かりやすいと思い、第一に挙げているのだろう。しかし私が再三指摘してきたようにこれは理由にならない。少なくも戦前の日本に在位期間を「国葬」の理由にする考えはなかった。<br /><br /> 　なぜなら戦前の総理で最も長く総理を務めたのは桂太郎で、在位期間は約８年弱の２８８６日に及ぶ。その桂と同時期に交互に総理を努めた西園寺公望は、在位期間が桂の半分以下の１４００日だが、西園寺は「国葬」され、桂は「国葬」されなかった。<br /><br /> 　ちなみに総理経験者で「国葬」されたのは、西園寺以外に伊藤博文、山縣有朋、松方正義の３人がいる。在位期間はそれぞれ２７２０日、４９９日、９４３日である。だから在位期間が考慮されて「国葬」されるわけではない。<br /><br /> 　また戦後１例しかない吉田茂元総理についても、国葬を決めた佐藤栄作の頭にあったのは、戦後で最も長く総理を務めたというより、サンフランシスコ講和条約で日本を独立に導いた政治的功績によるものだと思う。<br /><br /> ただ佐藤が法的根拠が戦後失効したのに吉田の「国葬」を強く願ったのは、吉田内閣時代に起きた造船疑獄事件で、自分が逮捕されそうになったのを法務大臣の指揮権発動で救ってくれた大恩人だったからだと私は思っている。<br /><br /> 　岸田総理も法的根拠がないのに「国葬」を強行しようとしている。それは「国葬」にすることで安倍元総理の「岩盤支持層」を自民党に繋ぎ留め、また弔問外交を政治利用しようと考えたからだ。ただ最長在位期間を前面に出すことは危険な効果も生む。<br /><br /> 安倍元総理がなぜ長期政権になったのかという部分に光が当たるからだ。以前のブログにも書いたが、そこに旧統一教会が絡んでくる。かつて旧統一教会と距離を置いていた安倍元総理が第一次政権に失敗すると、そこから旧統一教会との接近が始まったのである。<br /><br /> 　第一次安倍政権は参議院選挙で惨敗し、参議院で過半数の議席を失った。衆議院では小泉政権の郵政選挙のおかげで過半数以上を確保していたが、「ねじれ」が生じたため何もできない。ところが安倍元総理は、やみくもに続投を表明して自民党から見放され、ぶざまな退陣劇に追い込まれた。<br /><br /> 　「無能な政治家」というのが当時の私の印象だった。それが民主党政権のそれ以上の無能に助けられ、政権を奪還して第二次安倍政権を誕生させてからは、見違えるように力を行使できるようになる。７年８か月の在任期間に６回の選挙で全勝したからである。当たり前の話だが、民主主義では選挙に勝つことがすべての力の源泉になる。<br /><br /> 　旧統一教会と安倍元総理の祖父の岸信介氏との関係はあまりにも有名だ。その始まりは、米国CIAと協力関係にあった児玉誉士夫や笹川良一らと旧統一教会の文鮮明教祖が協力し「国際勝共連合」という組織を創立したことだ。つまり旧統一教会と岸信介氏の関係は米国のCIAをバックに始まった。<br /><br /> 　安倍元総理の父親の安倍晋太郎氏はそれを引き継ぎ、旧統一教会と自民党議員を結び付けることに熱心だった。自民党議員の秘書に旧統一教会の信者を紹介している話を私も何度か耳にしている。<br /><br /> 　しかし安倍元総理は父親のしてきたことから距離を取ろうとしてきた。母親の忠告があったからだという話も聞いている。そして旧統一教会側も安倍元総理との関係が始まったのは２０１２年からだと言っている。<br /><br /> 　だとすると安倍元総理は第一次政権に失敗した反省から、全国８万と言われる神社を束ねる神社本庁と、右派の草の根ネットワークである「日本会議」に加え、旧統一教会という選挙集票マシーンを得て、それらを拠り所に政治的復活を考えた可能性がある。<br /><br /> 　一方で話を戻せば、第一次安倍政権後の福田康夫政権、麻生太郎政権は第一次安倍政権の「ねじれ」という負の遺産に苦しみ、満足な政権運営ができなかった。そして２００９年の総選挙では小沢一郎氏が民主党の選挙責任者として采配を振るい、農協以外の全ての業界団体を民主党支持に回すことに成功した。<br /><br /> これに自民党は驚愕する。そこから業界団体より固い組織票を求める考え方が生まれる。小選挙区という政権交代可能な制度の中で、業界団体票は民主党に流れる可能性のあることが分かった。それより宗教団体の思想や主張に自民党が近づけば、固い組織票が得られる。<br /><br /> 　こうして宗教票やイデオロギー票を獲得するための「顔」として、安倍元総理を再び担ぐ考えが自民党内に生まれた。自民党が最も恐れる小沢一郎氏は秘書が検察に摘発されて身動きが取れなくなり、それがでっち上げと思われているのに民主党は小沢氏をかばわず、一緒になって小沢氏追放の画策に乗ったから、自民党には好都合だった。<br /><br /> 　こうして２０１２年の総選挙が近づくと、菅義偉氏や麻生太郎氏が安倍元総理に総裁選出馬を促し、最大派閥町村派会長の町村信孝氏や、国民に人気の石破茂氏、森元総理が推す石原伸晃氏らを相手に安倍元総理は出馬を決心する。<br /><br /> 総裁選を前に安倍元総理は２０１２年４月、後に首席秘書官となる今井尚哉氏らと高尾山に登る。失敗からの再挑戦を期す決意の登山だった。そこには旧統一教会関係者が複数同行していたと「週刊文春」が報じている。つまり旧統一教会との関係が深まるのはこの頃からだと思う。<br /><br /> そして２０１２年に安倍元総理は政権を奪還するが、自民党は２００９年の選挙の時より比例の獲得票を２００万票も減らした。それでも民主党の方が国民の支持をそれ以上に失ったので政権を獲得できた。民主党は１桁違う２０００万票以上減らしたのである。<br /><br /> 国民は民主党政権の誕生とその後の無能を見て、選挙に行く気がなくなった。民主党にはこりごりだが自民党にも入れたくない。全国的に投票率の低下が顕著になる。それは固い組織票を狙った自民党の安倍政権にとって追い風だった。<br /><br /> 次の２０１３年の参議院選挙は安倍元総理にとって「ねじれ」を解消するリベンジの選挙である。その選挙は自民党が政権を奪還した前年の総選挙より、投票率は７ポイント下回り、しかし自民党は民主党の２．６倍に当たる２２６８万票を獲得して勝利し「ねじれ」を解消した。<br /><br /> 政権は「ねじれ」がなくなれば何でもできる。麻生太郎副総理が右派のパーティで「ナチスを真似たらどうか」と発言したのはこの時である。つまり国民の投票による選挙で独裁権力を行使することは可能だと言ったのだ。<br /><br /> その裏側には安倍政権が固い組織票を保持している安心感がある。投票率を上げないようにさえすれば、つまり国民が判断に迷うようなテーマを掲げて選挙をやり続ければ、自民党は勝ち続けるのだから何でもできるという意識がある。<br /><br /> 実際にその後の安倍政権は、「消費税先送りについて国民の信を問う」とか、「国難突破解散」とか、与野党が明確な争点を戦う選挙にしない作戦で、参議院選挙の合間に衆議院解散を繰り返し、７年８か月の間に６回の選挙をやり、それに全勝した。これが憲政史上最長の在任期間を可能にしたのである。<br /><br /> その裏に旧統一教会の力があったことが今回の銃撃事件と、その後の旧統一教会と自民党議員の関係から明るみに出た。だから旧統一教会と安倍元総理の関係を追及することは、日本の民主主義がどのような状況にあるのかを国民に認識させる機会を与えてくれる。<br /><br /> 固い組織票を味方につければ、そして国民の投票率を上げさせない選挙をやれば、民主主義の名のもとに独裁政治をやることができる。民意が政治に不満を持てば、すぐに解散して勝利し、勝利の結果、不満はリセットされる。それが安倍元総理の憲政史上最長在位期間をもたらした。<br /><br /> それを岸田総理が「国葬」の第一の理由に掲げるのなら、我々はこの問題こそ、徹底的に追及すべきではないか。<br /><br /><div style="text-align:center;">＊　＊　＊</div>
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<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch711/1895867</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：安倍晋三元総理とは何者だったのだろうか]]></title>
                <description><![CDATA[<p>７月２８日に北海道テレビが放送した伊達忠一前参議院議長の発言は衝撃的だった。安倍元総理が旧統一教会の組織票の取りまとめを一手に引き受けている様子が生々しく語られたからだ。　伊達前議長は北海道で臨床検査技師を務めていたが、北海道議会議員を経て２００１年に参議院議員に初当選した。参議院国対委員長や参議院幹事長を務めた後、２０１６年に参議院議長に選出され、２０１９年の参議院選挙には出馬せず政界を引退した。　その伊達前議長は２０１６年の参議院選挙に、長野県で臨床検査技師をしていた宮島喜文氏を日本臨床衛生検査技師会の組織内候補として立候補させた。しかし組織票が十分でなかったため安倍元総理と面会し、旧統一教会票を回してもらうよう依頼した。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2113564</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2113564</guid>
                <pubDate>Wed, 03 Aug 2022 09:44:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p>７月２８日に北海道テレビが放送した伊達忠一前参議院議長の発言は衝撃的だった。安倍元総理が旧統一教会の組織票の取りまとめを一手に引き受けている様子が生々しく語られたからだ。<br /><br /> 　伊達前議長は北海道で臨床検査技師を務めていたが、北海道議会議員を経て２００１年に参議院議員に初当選した。参議院国対委員長や参議院幹事長を務めた後、２０１６年に参議院議長に選出され、２０１９年の参議院選挙には出馬せず政界を引退した。<br /><br /> 　その伊達前議長は２０１６年の参議院選挙に、長野県で臨床検査技師をしていた宮島喜文氏を日本臨床衛生検査技師会の組織内候補として立候補させた。しかし組織票が十分でなかったため安倍元総理と面会し、旧統一教会票を回してもらうよう依頼した。<br /><br /> すると安倍元総理は「わかりました。そしたらちょっと頼んでアレ（支援）しましょう」と言ってくれた。結果、宮島候補は当選した。ところが今年の参議院選挙で宮島候補が自民党の公認を得ていたにもかかわらず、安倍元総理から「悪いけど勘弁してくれ。井上をアレ（支援）する」と言われ、宮島氏は公認を辞退し、安倍元総理の元首席秘書官であった井上義行氏が旧統一教会の支援を受けることになったのである。<br /><br /> 伊達前議長は２０１９年７月に政界を引退した後の１０月、旧統一教会関連団体「天宙平和連合（UPF）」の会合に来賓として出席、翌２０年にも２月と８月に旧統一教会のイベントに参加し、今年２月には関連団体がソウルで開いた会合でもオンラインで演説を行った。宮島氏の当選のお礼として参加したと伊達前議長は語っている。<br /><br /> 安倍元総理は２０１３年の参議院選挙には、産経新聞社の政治部長であった北村経夫氏を立候補させ、旧統一教会の支援で当選させ、１６年の宮島氏の次の１９年には再び北村氏を旧統一教会の支援で当選させた。<br /><br /> そして今年の参議院選挙では宮島氏の支援を断り、かつての秘書官である井上氏に旧統一教会の支援を回したのである。そのため宮島氏は出馬断念を余儀なくされた。<br /><br /> 伊達前議長の話やこうした経緯を見ると、安倍元総理は旧統一教会の支援をいわばポケットマネーのように意のままにできるのだ。そして旧統一教会だけでなく、安倍元総理には「日本会議」や全国の神社の元締めである神社本庁もバックにいると言われてきた。<br /><br /> 「日本会議」は宗教団体ではないが、イデオロギー集団として固い集票マシーンとなる。また日本には約８万の神社が存在すると言われ、５万軒と言われるコンビニの数を上回る。それを束ねているのが神社本庁でこちらも集票マシーンになる。<br /><br /> このように見てくると安倍元総理は、自民党の集票マシーンとして固い宗教とイデオロギー分野での「総元締め」ではなかったかと思えてくるのである。<br /><br /> 私が初めて安倍元総理に会ったのは、まだ当選２回の「社労族」と呼ばれていた新人議員の時代である。「社労族」とは社会福祉や社会保障政策を専門にする議員で、当時の厚生省や労働省と渡り合った。安倍元総理は福祉を専門にする議員としてスタートした。<br /><br /> 当時の私はCS放送で「国会TV」というチャンネルを運営し、昼間は国会審議を中継、夜は国会議員をスタジオに呼んで、視聴者に質問させる生番組を放送していた。毎夜、大物から新人まで次々に議員を招いた中に安倍氏もいた。<br /><br /> 「社労族」として社会保障政策について話を聞いたのだが、真面目一方の話し方で政治家らしくなく、記憶に残る言葉のない、印象薄い議員だった。それは小泉元総理が安倍元総理を後継者に抜擢してからも続いた。<br /><br /> 直情径行一本で練れた感じがしない。なぜ小泉元総理が自分の後継者に選んだのか不思議だった。小泉元総理は「拉致問題」で国民に人気があったからだと言い、それ以外には「気後れしないところ」を評価したと言った。<br /><br /> 確かにトランプ前米大統領とのゴルフを見ても、相手とは比べようがないほど下手なのに、まったく気後れせずにプレイしていたのはある種の才能だと思う。しかし安倍元総理が第一次政権で、自民党から除名された郵政民営化反対議員を復党させたことで小泉元総理は激怒し、２人の関係は表には見せないが微妙なものになった。<br /><br /> そして安倍元総理の政治能力のなさに驚いたのは、２００７年の参議院選挙で大敗したのに続投を表明したことだ。それまで参議院選挙で敗れた総理は２人しかいなかったが、宇野宗祐元総理も橋本龍太郎元総理も参議院選挙で敗れると直ちに退陣した。<br /><br /> 敗北の責任を取る意味もあるが、参議院で過半数の議席を失うと衆参「ねじれ」が生じ、政権運営は絶望的になるからだ。その政治の裏表を安倍元総理は知らないと私は思った。すると自民党の中から引きずり降ろしが始まる。やり方は実に巧妙だった。安倍元総理を引きずり降ろすようには見せず、辞めざるを得なくしたのである。<br /><br /> 安倍元総理は、海上自衛隊がインド洋で米軍に給油活動を行うことを国際公約していた。それを可能にする法律には１０月末という期限があった。秋の臨時国会で法律を延長しなければ活動を継続できない。しかし「ねじれ」が生まれたので延長は難しい。<br /><br /> 唯一の方法は、８月中に衆議院で可決して参議院に送り、参議院で棚ざらしにされても６０日後には衆議院に戻し再可決することだ。ところが閣僚人事の「身体検査」に時間がかかるという声がどこからか出てきた。８月の国会開会は無理だと言われた。<br /><br /> 当時の井上義行首席秘書官が必死になってマスコミに８月国会開会の記事を書かせたが、二階俊博国対委員長は頑として開会を認めなかった。これで安倍元総理は１１月１日に海上自衛隊に帰国命令を出さざるを得なくなる。安倍元総理は「国際的嘘つき」の汚名を背負うことになった。<br /><br /> 秋の臨時国会が開かれ、安倍元総理は所信表明演説を行ったが、心ここにあらずの感じだった。翌日、突然退陣表明の記者会見を開き、「このままでは政治が混乱する」と言った。国民には何が何だか分からなかったと思う。与謝野馨官房長官が「病気」と助け舟を出し、表向きは病気での退陣となった。お粗末な退陣劇であった。<br /><br /> ところがそれから５年後に安倍元総理は奇跡のカムバックを果たす。なぜカムバックできたのかを読み解く。小泉元総理の「郵政解散」に国民は幻惑され、自民党は一時的に選挙での獲得票数を増やしたが、新自由主義的政策は地方に痛みを与え、それが旧来の自民党支持者の自民党離れを生む。<br /><br /> そこに小沢一郎氏率いる民主党が食い込んだ。「国民の生活が第一」という路線でかつての自民党支持者を取り込む。自民党の中枢にいた小沢一郎氏や羽田孜氏は自民党支持者に安心感を与え、２００９年の衆議院選挙ではそれまで自民党を支持していた業界団体が農協以外はすべて民主党支持に回った。<br /><br /> 民主党は無党派層に訴える風頼みの選挙をやったのではない。建設業界も医師会もあらゆる団体が支持に回ったからこそ政権交代ができた。比例の民主党の獲得票数は約３０００万票、自民党は１８００万票だった。そしてそれ以降も自民党の獲得票数は減り続ける。<br /><br /> しかし自民党は民主党の菅直人政権の無能に助けられた。２０１０年の参議院選挙で民主党は１１００万票減らして１８４５万票、自民党は４８０万票減らしたが１４０７万票で、議席数で自公は過半数を制し「ねじれ」が生まれて菅直人政権は「死に体」になった。<br /><br /> ところが菅総理は第一次政権の安倍元総理と同じように総理を辞めなかった。そして民主党には自民党のように巧妙な手段で総理を引きずり降ろす知恵者もいなかった。その挙句、民主党は２０１２年の選挙で比例票はわずか９６２万票、政権獲得した時の３分の１に激減する。<br /><br /> にもかかわらず民主党には危機感がない。しかし自民党は減り続ける獲得票を見て危機感を抱いた。どんなことがあっても選挙に勝つ方法を考える。集票力が確かな宗教票とイデオロギー票を取り込める人物をリーダーに担ぐことだ。安倍元総理に再び光が当てられたのはそのためだと思う。<br /><br /> ２０１２年の自民党総裁選で安倍元総理が勝つ可能性は大きくなかった。自分が所属する派閥のトップ町村信孝氏が出馬し、国民に人気のある石破茂氏も出馬した。森元総理は石原伸晃氏を応援した。しかし終盤で町村氏が病に倒れ、それが総裁選勝利につながる。町村氏の病気がなければ、安倍元総理勝利はなかったかもしれない。その場合は自民党を出て維新と合流することになっていた。<br /><br /> しかし運命は安倍元総理に微笑む。自民党を出ることなく、自民党の集票マシーンの中の宗教とイデオロギー分野で票の差配を取り仕切ることになった。そして危機感のない野党のおかげもあり、解散権を自在に行使することで、６戦６勝という選挙結果をものにした。<br /><br /> この選挙結果が経済政策でも外交政策でも他から文句を言わせない強固な体制を作る。ひ弱な第一次政権の時とは打って変わって安倍元総理は政治家らしく悪さを増した。それが一方ではひずみをも大きくする。<br /><br /> 自分の後継者を作らなかったことは安倍元総理の欲望が尽きていないことを示している。その欲望によって自民党内にひずみが生まれた。そのひずみが解消されないまま、旧統一教会によって人生を狂わされた山上容疑者の突然の銃撃によって、安倍元総理がポケットマネーのように意のままにしてきた旧統一教会の集票の実態に光が当たり、国民の目に晒された。<br /><br /> この突然の事態は突然であるだけに誰も対応できない。自民党の底流にあった闇が浮かび上がってきたが、誰もどうしてよいのか分からない。世界はウクライナ戦争によって先進国と新興国との対立が鮮明となり、下剋上が始まったかに見えるが、日本政治もまた銃弾が安倍元総理の存在を消し去ったことで、大いなる混迷が襲い掛かってくると思えるのである。<br /><br /><div style="text-align:center;">＊　＊　＊</div>
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<div>■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧</div>
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<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch711/1895867</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：眠りこけたような国家で本格的テロ事件が起きた衝撃]]></title>
                <description><![CDATA[<p>参議院選挙の投票日まであと２日となった８日昼前、奈良市で選挙の応援演説をしていた安倍晋三元総理が銃撃され暗殺された。銃撃したのは元海上自衛隊員で無職の山上徹也容疑者（４１歳）である。手製の銃で至近距離から安倍元総理を射殺した。世界で最も治安が良いとされている日本で、しかも総理として最長在任記録を作り、いまもなお自民党最大派閥を率いて政治に強い影響力を持つ要人が白昼暗殺されたことは、世界に大きな衝撃を与えた。各国首脳から安倍元総理の功績に対する賛辞が次々に寄せられ、安倍元総理は歴史に残る偉大な政治リーダーとして記録されることになった。この衝撃が冷めやらぬうちに行われる選挙では、安倍元総理の所属する自民党が同情票を集めて大勝することになる。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2111228</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2111228</guid>
                <pubDate>Sat, 09 Jul 2022 15:04:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p>参議院選挙の投票日まであと２日となった８日昼前、奈良市で選挙の応援演説をしていた安倍晋三元総理が銃撃され暗殺された。銃撃したのは元海上自衛隊員で無職の山上徹也容疑者（４１歳）である。手製の銃で至近距離から安倍元総理を射殺した。<br /><br /> 世界で最も治安が良いとされている日本で、しかも総理として最長在任記録を作り、いまもなお自民党最大派閥を率いて政治に強い影響力を持つ要人が白昼暗殺されたことは、世界に大きな衝撃を与えた。<br /><br /> 各国首脳から安倍元総理の功績に対する賛辞が次々に寄せられ、安倍元総理は歴史に残る偉大な政治リーダーとして記録されることになった。この衝撃が冷めやらぬうちに行われる選挙では、安倍元総理の所属する自民党が同情票を集めて大勝することになる。<br /><br /> １９８０年の衆参同日選挙では、岸田総理と同じ「宏池会」の大平正芳総理が選挙中に病に倒れ急死したため、「香典票」と呼ばれる同情票が集まり、自民党は衆参両院で安定多数を上回る大勝を果たした。今回もそれと同じ現象が起こることが予想される。<br /><br /> 安倍元総理の政治は「安倍一強体制」という言葉に象徴される。勝てる時に解散を打ち、争点を明確にしないことで投票率を下げ、それによって与党が常勝し、野党の議席を減らして野党を無力化する。<br /><br /> その選挙結果は、同時に自民党内でも安倍元総理の派閥を膨張させ、数の力で他派閥を従わせる。そして内閣人事局を使って人事権で官僚機構をコントロールし、官邸官僚が各省庁を超えて政策の実現を図る。<br /><br /> こうして安倍元総理は、国会を支配し、自民党内を抑え、官僚機構も意のままに操ることができた。その「安倍一強体制」は、安倍政権が終わっても自民党最大派閥を擁することで残った。後継の菅総理にとっても、現在の岸田総理にとっても安倍元総理の意向には逆らえない「壁」があった。<br /><br /> ところが安倍元総理が突然死亡したことで「安倍一強体制」の中心が消えた。これが選挙後の政治に与える影響は計り知れない。日本政治の権力の中心に穴が開いたのだから、中心がどこに移るのかを巡り、権力闘争が開始されるのは必至である。<br /><br /> これと似たようなことは１９８５年にもあった。自民党最大派閥を率いるキングメーカーとして日本政治に君臨した田中角栄氏が、突然脳梗塞に倒れたのである。権力の中心が突然消えたことで、それまで田中の意のままに従うしかなかった中曽根総理は自らの権力を万全なものにしようと動いた。<br /><br /> しかし中曽根派は弱小派閥であり、田中派は主が病に倒れたとはいえ最大派閥を維持していた。中曽根総理と対峙したのは、世代交代を訴え、竹下登氏を次の総理にしようとしていた金丸信幹事長である。<br /><br /> 解散を打って勝利し、任期延長を図りたい中曽根と、中曽根政権を終わらせ竹下政権を作りたい金丸との間の戦いが始まった。それはまず１票の格差を巡る定数是正法案の成立を巡り、成立させたい中曽根と成立を遅らせたい金丸の対立として現れた。<br /><br /> ２人の対立は翌年の衆参ダブル選挙を巡り、「死んだふり解散」によってダブル選挙を容認した金丸が、自民党が３００議席を越す圧勝の見通しになると、自ら幹事長を辞任して中曽根の任期延長にブレーキをかけ、虚々実々の駆け引きが繰り広げられた。<br /><br /> １９８５年と現在とが違うのは、最大派閥の安倍派の後継者が不明なことである。安倍元総理は自らが再び総理に返り咲こうと考えていたため、派閥に後継者を作らなかった。無派閥の高市早苗氏を総裁候補に担いだことがそれを示している。<br /><br /> 従って誰が安倍派の後継者になるかを巡りひと悶着起きる可能性がある。それは岸田総理にとって好都合だ。岸田派は安倍派の９４人に対し、４４人の第４派閥に過ぎない。そのため第２派閥の茂木派の５４人、第３派閥の麻生派の５０人との連携によって政権運営を図ってきた。<br /><br /> 従って岸田総理は自民党の麻生副総裁と茂木幹事長との関係を密にし、安倍元総理にはなるべく逆らわないようにしながらも、しかし防衛事務次官人事を巡って安倍元総理の意向を退けるなど対抗姿勢も見せてきた。そのため選挙後の人事は安倍元総理と岸田総理の綱引きがどうなるかに注目が集まっていた。<br /><br /> それが安倍元総理の死亡によって根底から覆るのである。そうなると状況は極めて流動的になる。岸田総理は最大派閥をも引き付けるように動くだろうが、最大派閥がどこまでまとまるのかが分からない。そしてこのところ沈黙してきた二階俊博、菅義偉、石破茂ら反主流派にとっても状況を動かすチャンスが訪れる。<br /><br /> すべては選挙結果が出てからの話だが、この夏は権力闘争を巡る戦いの始まりになりそうだ。そして秋風が吹くころ、解散を打って権力基盤を固めようとする岸田総理と、それを抑えようとする勢力が対峙すれば、状況は１９８５年と似た構図になる。おりしも臨時国会では１票の格差を巡る「区割り法案」が審議されることになる。これが権力闘争の舞台になる。<br /><br /> ところで安倍元総理を射殺した山上徹也容疑者とは何者なのであろうか。殺傷力のある手製の銃を数丁作っていた他、爆弾も作っていたというから本格的なテロリストである。射殺した後逃げる様子もなかったことから、逮捕されることを覚悟していた。他に仲間がいないのか。資金提供者はいないのか、不明なことがたくさんある。<br /><br /> 動機として警察が最初に発表したのは「安倍元総理に不満があった」ということと「安倍元総理の政治信条に対する恨みではない」ということだった。つまり安倍元総理の保守政治家としての思想や主張に反対ではないが、殺そうと思うほどの不満があったということになる。<br /><br /> 安倍元総理には「森友学園」「加計学園」「桜を見る会」など、政治の私物化と思えるスキャンダルがあり、民主主義政治を貶めた政治家であると私は思っている。森友問題では財務省が公文書改ざんを行い、真面目な官僚が自殺にまで追い込まれた。不満というのはこれらのことを指すのかと最初は思った。<br /><br /> ところが警察の次の発表では「特定の宗教団体に対して恨みがあり、安倍元総理がそれとつながっていると思い込んで殺した」と変わった。ネット上では「統一教会」を指しているとの見方が出ているが、「宗教団体の幹部を殺害しようとしたが、つながりの深い安倍元総理を狙うようになった」と警察は発表した。<br /><br /> つまり動機は私的な怨恨ということになった。社会生活を営む上で決してテロを許す訳にはいかないが、しかし私的な理由で人を殺すのと、命を懸けて社会を変えようとする心情には違いがある。<br /><br /> そして私には宗教団体に対する恨みが、安倍元総理を殺そうとする決意に変わり、銃や爆弾を作って執拗に安倍元総理をつけ狙ったところがまだ腑に落ちない。警察が私的な動機に変えたのではないかとの疑念を持った。選挙の投票日を前にして、選挙への影響をなくそうとしたのではないかと疑ったのである。<br /><br /> そう考えたのは、島田雅彦氏の小説『パンとサーカス』（講談社）を読み終えたばかりの時だったためかもしれない。『パンとサーカス』は２人の日本人テロリストの話である。１人は米国の大学に留学してCIAのエージェントに採用され、従属国日本を支配するために日本に派遣されてくる。もう１人は子供の頃からの友人でヤクザの息子である。<br /><br /> 日本を米国の従属国にすることに協力してきた右翼の大物フィクサーが、自分の死期を悟り、その前に米国を裏切って世直しを行うことを計画する。それに２人は協力し、CIAのエージェントだった主人公も米国を騙して要人テロに協力する。<br /><br /> テロを実行した者は逮捕されることを覚悟していて、「世界の悪」になることを悪びれていない。小説のタイトルの「パンとサーカス」は古代ローマの愚民支配の方法で、愚民には食料と娯楽を与えておけば容易に支配できるという意味だ。つまり究極のポピュリズムである。<br /><br /> 小説に描かれている日本では、何から何まで米国の思い通りにされているのだが、大衆は次から次に仕掛けられる出来事に一喜一憂し、飢えることがなければ満足している。眠りこけたような国家なのだ。そこで主人公たちはテロを起こし「世界の敵」になった。<br /><br /> 私は終戦の年の生まれだが、冷戦が終わりソ連が崩壊するまでの日本は、善し悪しは別にして、ひたすら上を向いて経済成長に邁進した記憶がある。そして米国を追い抜くほどの経済力を身に着けた。<br /><br /> その秘訣は、国内に自民党と社会・共産両党で冷戦体制を作り、国民に憲法９条を守ることを教え込み、社共には政権交代を狙わずひたすら護憲を主張させた。それを米国に見せ、軍事要求を強めれば国民の支持が野党に向かい、政権交代が起きると思わせ、軍事負担を軽減させて経済力を伸ばした。<br /><br /> それが通用したのはソ連が存在した時代だけで、ソ連崩壊後はそのからくりが効かない。米国は日本の政権交代を恐れる必要がなくなり、９条を守らせる方が日本を従属させられることを知る。日本は自国の安全を米軍に頼るしかなく、しかも自衛隊の指揮権は米軍にあるので、自衛隊がある限り日本は自立できない。<br /><br /> 米国は軍事でも経済でも何でも日本に要求できるようになった。そこから日本経済の凋落は始まり、軍事負担も日増しに増えていった。ところが日本人は今でも冷戦時代と同じ思考の中にいる。実質賃金は下がり続け、人口減少が止まらないのに危機感がない。<br /><br /> それが私には眠りこけた国家に見える。米国の要求通りの外交をやった第一人者は安倍元総理だから、もしも山上容疑者が恨みに思う「特定の団体」が「米国」であったなら、「つながりが深い」ことになり、テロの目的は鮮明になる。<br /><br /> しかしそうだとすれば従属国はそれを絶対に発表する訳にいかない。永遠に不明にされて終わる。私が『パンとサーカス』を読み終えた翌日、衝撃の暗殺事件に遭遇したため、こんな妄想が生まれてきてしまった。<br /><br /><div style="text-align:center;">＊　＊　＊</div>
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<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch711/1895867</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：理想主義は戦争を引き起こし現実主義が戦争を終わらせる]]></title>
                <description><![CDATA[<p>ウクライナ戦争の影響で世界は軍拡の時代を迎えている。欧州各国は揃って軍備増強に走っているが、中でもドイツの変身ぶりには驚かされた。これまでNATOは「国防費GDP比２％」を目標にしていたが、ドイツのメルケル前首相はそれに慎重姿勢だった。　ところが左派が主導するショルツ政権に代わり、そこにロシアのウクライナ侵攻が起こると、ショルツ首相はドイツが伝統としてきた「平和主義」を大胆に転換した。ショルツは連邦議会で「民主主義防衛のためには国防への投資が必要」と宣言し、「紛争地に殺傷兵器を送らない」という原則を撤廃した。　ショルツ政権の新国防政策は、GDP比１．５％だった国防費を２％に増額するだけでなく、軍備増強のため１３兆円規模の基金を創設し、また米国との核共有のため米国製のステルス戦闘機F３５購入を発表した。F３５購入はメルケル前政権が排除した計画である。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2101319</link>
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                <pubDate>Thu, 02 Jun 2022 21:39:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p>ウクライナ戦争の影響で世界は軍拡の時代を迎えている。欧州各国は揃って軍備増強に走っているが、中でもドイツの変身ぶりには驚かされた。これまでNATOは「国防費GDP比２％」を目標にしていたが、ドイツのメルケル前首相はそれに慎重姿勢だった。<br /><br /> 　ところが左派が主導するショルツ政権に代わり、そこにロシアのウクライナ侵攻が起こると、ショルツ首相はドイツが伝統としてきた「平和主義」を大胆に転換した。ショルツは連邦議会で「民主主義防衛のためには国防への投資が必要」と宣言し、「紛争地に殺傷兵器を送らない」という原則を撤廃した。<br /><br /> 　ショルツ政権の新国防政策は、GDP比１．５％だった国防費を２％に増額するだけでなく、軍備増強のため１３兆円規模の基金を創設し、また米国との核共有のため米国製のステルス戦闘機F３５購入を発表した。F３５購入はメルケル前政権が排除した計画である。<br /><br /> 　そしてドイツは自走式対空砲５０両をウクライナに供与する他、ウクライナ兵に軍事訓練を施すことも表明した。さらにショルツは４月１９日に行われた西側諸国の会合で「ロシアが勝利することはあってはならない」と発言した。<br /><br /> これは「ロシアが敗北するまで戦争を続ける」と言ったことになる。プーチンとの交渉や妥協を許さない発言だ。これまでEUとロシアとの共存を画策してきたメルケル前首相なら決して言わなかったであろう。保守政権がリベラル政権に代わると、これほど大胆に政策を転換できるものかと驚いた。<br /><br /> 　佐藤優元外務省主任分析官は、その背後にショルツ社民党政権と連立を組む「緑の党」の存在があると分析する。佐藤氏によれば「緑の党」は環境重視政党だから「平和志向」のイメージがあるが、「緑の党」を率いてきたベアボック外相が慎重だった社民党に対し、ウクライナに戦車や重火器を送るべきだと強く迫ったというのである。<br /><br /> 　民主主義という人類の理想を追求するためなら、何が何でも戦争に勝利しなければならないと考えたのだろう。しかしこれで戦争を終わらせることは難しくなった。戦争を終わらせるには様々な妥協と駆け引きが必要になるが、理想を追求するとそれが許されなくなる。<br /><br /> 　ショルツの「ロシアが勝利することはあってはならない」という発言は、この戦争が「正義と悪との戦い」であることを物語る。つまり２月２４日のロシア軍の軍事侵攻以来、西側メディアが伝える「狂気の侵略者プーチンvs領土を死守する英雄ゼレンスキー」の構図そのものだ。<br /><br /> 　この構図で言えば、ロシアのプーチン大統領と欧州の平和的共存を画策したメルケルはとんでもない政治家だったことになる。事実、ウクライナのゼレンスキー大統領は国連の安保理でオンライン演説を行った際、フランスのサルコジ大統領とドイツのメルケルを名指しで非難した。<br /><br /> 　２人が２００８年のNATO首脳会議で、米国のブッシュ（子）大統領がウクライナとジョージアの加盟を強く推したのに反対したからだ。ゼレンスキーはその判断を誤りだと非難したが、もし２人が加盟を認めていたらどうなっていたか。<br /><br /> 歴史に「もし」はないことを承知で言えば、やはり戦争が起きていただろうと思う。２人はそう考えて欧州が戦火に包まれない選択をしたと私は思う。なぜならその頃からプーチンは欧米に対する怒りを募らせていたからだ。<br /><br /> 　２０００年５月に大統領に就任したプーチンは親米派だった。２００１年に米国に「９・１１同時多発テロ」が起こると「テロとの戦い」に協力してアフガン戦争を支援した。そしてNATOにも接近し、ロシアはNATOの意思決定機関に参加して「準加盟国」の扱いを受けるようになった。<br /><br /> 　２００２年にNATOの第二次東方拡大で、バルト３国、ルーマニア、ブルガリア、スロバキア、スロベニアの新規加入が決定されても反対しなかった。国内では軍部や議会が懸念を表明していたが、プーチンはNATOの軍事的色彩を弱め、ロシアに対する敵視政策を変更させようとしていた。<br /><br /> 　ところがルーマニア、ブルガリア、ポーランド、チェコに米軍基地が作られ、ミサイル防衛網が設置されてロシアを狙っていることを知り、プーチンは自分の考えが甘かったことを悟る。２００８年のNATO首脳会議はその後だったから、プーチンの心は平和的共存を諦め、すでに欧米と戦う覚悟をしていたのだろうと思う。<br /><br /> 　だからメルケルは戦争の危険性を排除するため、プーチンと何十回も話し合い、平和的共存を模索してきたのだ。それが今となってはプーチンを増長させ、プーチンに軍事侵攻のインセンティブを与えたと批判されている。しかしそれは逆で、私はメルケルこそ政治家の最重要課題である戦争を起こさせない使命を全うしたと考えている。<br /><br /> 　では今回の戦争を起こさせたのは何か。それは民主主義という人類普遍の理想を追求する政治家たちがいたからだ。第二次大戦後の世界は自由主義と共産主義のイデオロギー対立の時代だった。米国を中心とする自由主義陣営から見れば、共産主義は人民の自由を奪い国家が人民を統制する「悪の帝国」だ。<br /><br /> 　一方のソ連を中心とする共産主義陣営からすれば、自由主義は人類を堕落させ、富の格差で少数の富裕層が多数の人民を苦しめる体制だ。多数の人民を解放するには自由主義体制を打倒しなければならない。従って両者間の戦争は必至だった。<br /><br /> 　しかし米ソは大国同士で簡単には相手を倒せない。しかも究極の大量破壊兵器である核を保有しているから直接の戦争は地球全体の破滅を招く。そのため戦火を交えない「冷たい戦争」が続くことになった。<br /><br /> 　もう一つ言えば、ソ連では「一国社会主義」のスターリンが権力を握り、「世界同時革命」を訴えたトロツキーが失脚した。トロツキーが権力を握っていれば自由主義陣営との衝突が世界規模で起きていたかもしれない。<br /><br /> 　また米国でも、理想を追求せずソ連を力で抑えることに反対したジョージ・ケナンの「封じ込め戦略」が採用され、米ソが直接衝突する危機は避けられた。封じ込め戦略はソ連の影響力が膨張するのを防ぎ、じっとソ連の内部崩壊を待つ戦略だ。だから朝鮮半島やインドシナ半島で「代理戦争」はあったが、世界大戦は避けられた。<br /><br /> 　そしてジョージ・ケナンの予言通り、ソ連はブレジネフ時代に共産党の腐敗が明らかとなり、それを改革するために登場したゴルバチョフ書記長が複数政党制や大統領制を取り入れたがすでに遅かった。政治的求心力を失ったゴルバチョフの大統領辞任と共にソ連は崩壊した。<br /><br /> 　すると米国の政治に、ソ連崩壊を共産主義に対する民主主義の勝利と考える思想集団が影響力を持った。ネオコンと呼ばれ、民主・共和両党にまたがる一大勢力となる。ネオコンの源流は「世界同時革命」を主張したトロツキーの信奉者で、彼らは人類普遍の理想として米国の民主主義を世界に輸出しようと考えた。いわば「世界同時民主革命」である。<br /><br /> 　ソ連なきあと唯一の超大国となった米国は、世界最強の軍隊を「世界の警察官」として世界各地の紛争に武力介入させ、米国の民主主義を世界に広めようとした。そして世界最大の大陸ユーラシアを民主主義一色にしようと考えた。<br /><br /> 　ロシアを民主化するためNATOの力を使い、中国を民主化するためには日本に役割を負わせる。そして中東は米国自身が民主化に乗り出した。ところが中東で米国は躓く。史上最長となったアフガン戦争で米国はタリバン政権の復活を許し、イラク戦争ではより過激なテロ組織を生み出して収拾がつかなくなる。民主化どころの話ではなくなった。<br /><br /> 　その間に中国とロシアが存在感を増し、特に中国は経済力でまもなく米国を追い抜こうとしている。それも共産党一党独裁体制を維持したままだ。米国が人類普遍の理想と考える民主主義が揺らぎかねない。<br /><br /> 本来なら米国は中国への対応に全力を挙げなければならないが、それより前にネオコンが影響力を浸透させていたウクライナでロシアに対する戦闘の準備が整った。２０１４年に武力併合されたクリミア半島奪還の戦いである。ゼレンスキーは昨年３月に奪還の指令を発した。<br /><br /> 　ウクライナとNATOの挑発にプーチンが乗れば、NATOの結束は強まり、プーチンを侵略者として非難攻撃ができる。そのための情報戦の用意も整った。そして２月２４日、プーチンは補給の準備もないまま軍事演習のロシア軍にウクライナとの国境を越えさせた。<br /><br /> 　ウクライナ軍を見くびっていたとの見方もあるが真相はまだ分からない。ただ領土的野心のためというのは違う。それなら周到な準備をしたはずだがそれが見えない。ともかくネオコンは計算通りにプーチン攻撃をはじめ、プーチンは世界中から「狂気の侵略者」の烙印を押された。<br /><br /> 　そのプロパガンダを一手に引き受けているのが民主党系のシンクタンク「戦争研究所」である。これがネオコンの巣窟だ。ネオコンは共和党にもいるが民主党にもいる。民主党のネオコンは「リベラル・ホーク（リベラルなタカ）」と呼ばれ、理想のためなら戦争をやる。<br /><br /> 　「戦争研究所」の所長ももちろんだが、その義理の姉がバイデン政権のヴィクトリア・ヌーランド国務次官で、「リベラル・ホーク」の代表格はヒラリー・クリントンだ。ヒラリーはずいぶん前からプーチンを「ロシア帝国再興の野望を持つ男」と批判して政治的抹殺の必要性を主張していた。<br /><br /> 　米国政治を見ると戦争を引き起こすのは民主党政権が多い。太平洋戦争はフランクリン・ルーズベルト、ベトナム戦争はジョン・F・ケネディ、「テロとの戦い」は共和党のブッシュ（子）だが、これはネオコンに取り巻かれた政権だった。そして今回のウクライナ戦争はバイデンである。<br /><br /> 　理想を追求するタイプの政権が戦争を引き起こし、ベトナム戦争を終わらせたのが共和党のニクソン政権であったように、戦争を終わらせるのはリアリズムの保守政権だ。ニクソン政権はキッシンジャーが外交を主導したこともあって、ソ連や中国と対立せず協調を選んだ。キッシンジャーは今回もロシアに領土を譲れと言ってゼレンスキーを怒らせた。<br /><br /> 　政治に対する根本的な姿勢の違いがあるのだろう。現実にある力関係を見て、その中でどうすれば国民を安全で豊かにするかを考える政治と、現実を脇に置いて、自分が理想に思うことをとことん追求する政治の違いである。とことん追求すれば必ず戦争が起こる。<br /><br /> 　それが現在の世界を覆っていると思う。だから軍拡が止まらない。メルケルの政治が批判されてしまうのだ。日本の岸田総理も軍事費の増額と反撃能力の保有を日米首脳会談でバイデン大統領に約束したという。なぜ記者会見を開いて国民に説明する前に米国大統領に言うのか理解できないが、それが日本という国なのだろう。<br /><br /> 　岸田総理が所属する「宏池会」という派閥は、「軽武装・経済重視」の路線で日本の高度経済成長の基盤を作った。軍事に力を入れないことで経済に力を集中させ、しかも巧妙に米国を騙す政治だった。岸田政権はそれとは真逆のことをやろうとしているように見える。それもこれも西欧的な理想を追求する政治に絡めとられているからだ。<br /><br /> 先日のクワッドの会合で見せたインドのモディ首相の泰然とした様子がその対極に見える。かつての日本はアジアの王道政治を意識していたが、冷戦後には西欧覇道の政治に近づきすぎている。それが国民を幸せにするとは思えない。<br /><br /><div style="text-align:center;">＊　＊　＊</div>
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<br /><div>【関連記事】</div>
<div>■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧</div>
<div><a href="http://ch.nicovideo.jp/search/%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E6%8E%A2%E6%A4%9C?type=article">http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article</a></div>
<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：ネオコンの手によって日本が「戦争をする国」に仕立て上げられることはないのか]]></title>
                <description><![CDATA[<p>映画監督のオリバー・ストーンが２０１９年に作った長編ドキュメンタリー『乗っ取られたウクライナ』を見た。原題は『Revealing Ukraine』だから直訳すれば『ウクライナの素顔を暴く』だが、邦題は「ウクライナが米国、特にネオコンに乗っ取られた」という内容を表現している。オリバー・ストーンは、自身が従軍したベトナム戦争を題材にした映画『プラトーン』と『７月４日に生まれて』でアカデミー監督賞を２度受賞した。他に『JFK』や『ニクソン』など政治家を主題にした映画や、米国の秘密工作の実態を暴露した元CIAのエドワード・スノーデンを主人公にした映画『スノーデン』などで知られる。最近では歴史学者と組んで米国の現代史を見直すドキュメンタリー『誰も語らないもう一つのアメリカ史』を作り、日本でもNHKが５０分番組を１０回にわたり放送した。またロシアのプーチン大統領に長時間インタビューを行うなど精力的にドキュメンタリー制作に取り組んでいる。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2095243</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2095243</guid>
                <pubDate>Wed, 04 May 2022 06:57:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p>映画監督のオリバー・ストーンが２０１９年に作った長編ドキュメンタリー『乗っ取られたウクライナ』を見た。原題は『Revealing Ukraine』だから直訳すれば『ウクライナの素顔を暴く』だが、邦題は「ウクライナが米国、特にネオコンに乗っ取られた」という内容を表現している。<br /><br /> オリバー・ストーンは、自身が従軍したベトナム戦争を題材にした映画『プラトーン』と『７月４日に生まれて』でアカデミー監督賞を２度受賞した。他に『JFK』や『ニクソン』など政治家を主題にした映画や、米国の秘密工作の実態を暴露した元CIAのエドワード・スノーデンを主人公にした映画『スノーデン』などで知られる。<br /><br /> 最近では歴史学者と組んで米国の現代史を見直すドキュメンタリー『誰も語らないもう一つのアメリカ史』を作り、日本でもNHKが５０分番組を１０回にわたり放送した。またロシアのプーチン大統領に長時間インタビューを行うなど精力的にドキュメンタリー制作に取り組んでいる。<br /><br /> 彼がウクライナに関心を抱いたのは、プーチン大統領の話を聞いたからで、それからウクライナの歴史を調べ始め『乗っ取られたウクライナ』の前に『ウクライナ・オン・ファイアー』を作っている。だからこれはウクライナをテーマにした２本の作品の後編に当たる。<br /><br /> 　『乗っ取られたウクライナ』は、ウクライナで最もプーチンに近いとされる野党政治家ヴィクトル・メドヴェドチュクへのインタビューを軸に進行する。彼はロシアによるクリミア併合で米国から制裁を受け、妻は出国を勧めているが撮影当時は母国にとどまる選択をした。しかし今回の軍事侵攻で自宅軟禁を破り出国しようとしたところを当局に逮捕されている。<br /><br /> 映画はメドヴェドチュクの他に、プーチン大統領、「マイダン革命」の虐殺を調査したオタワ大学教授、米国のジャーナリストなどの証言で構成されるが、ウクライナと因縁の深い副大統領時代のジョー・バイデン、国務次官補時代のヴィクトリア・ヌーランド、共和党上院議員時代のジョン・マケインら米国のネオコンも頻繁に登場する。<br /><br /> メドヴェドチュクによれば、１９９１年に旧ソ連から独立したウクライナは、経済でも技術でも農業でも可能性のある国だった。民族的にも２０１４年に親露派政権が打倒された「マイダン革命」までは統一が保たれていた。<br /><br /> しかし「マイダン革命」後のウクライナは、徹底してロシアを排除する勢力と、ロシアと友好関係を維持する勢力に二分され、親露派が多い東部地域では内戦が起こる。ロシアを排除したい勢力は２０１９年に公用語としてのロシア語を禁止し、半数の国民が使用言語を失った。<br /><br /> メドヴェドチュクは一方に統一するのではなく、ウクライナを２つの国家に分け、ロシアからの独立も維持すると主張するが、その点ではプーチンと意見が異なる。プーチンはロシアとウクライナを一体と考えている。<br /><br /> 映画は問題の２０１４年「マイダン革命」の真相に迫る。親露派政権に対しEUとの接近を要求する反政府デモが起こるが、２月１８日までは平穏だった。しかし１８日にデモ隊と警察が衝突すると、正体不明の狙撃手によって２０日から２２日にかけてデモ隊が襲われ、警察官と合わせおよそ１００人が殺害された。<br /><br /> すぐ犯人と疑われたのはウクライナ警察とロシアの特殊部隊である。世界のメディアはその疑惑を事実であるかのように報道したが、事実は未解明のままだった。だがオタワ大学のイワン・カチャノフスキー教授が５年がかりで証拠を積み上げ、狙撃手はデモ隊が占拠したビルの中にいて、特定の場所に誘導されたデモ参加者が狙われたことを突き止める。しかし当初流された情報は今でも根強く残り、事件は不明のままとなっている。<br /><br /> 「マイダン革命」以降のウクライナには米国の介入が強まった。旧ソ連時代には宇宙産業や海運業などで先端を走っていたウクライナは、ロシアとの経済関係が破たんしてから生産国ではなく輸入国に代わったとメドヴェドチュクは言う。<br /><br /> 世界一のディーゼル機関車の生産国だったウクライナが今や米国からディーゼル機関車を輸入し、造船業も航空機産業も自動車産業もなくなった。ウクライナ東部で石炭が採れるのに内戦が起きたため、政府は海外から、しかも遠い米国から高い石炭を輸入するようになった。<br /><br /> そしてバイデンの息子がウクライナの石油天然ガス会社の重役に就任すると、バイデンは副大統領時代にウクライナを頻繁に訪れ、植民地を支配する管理者のようにウクライナ政治に口出しするようになったという。<br /><br /> また米国人ジャーナリストのリー・ストラナハンは、「マイダン革命」の背後に民主党支持の投資家ジョージ・ソロスと当時国務長官だったヒラリー・クリントンの存在があると証言する。<br /><br /> ソロスは世界各地の民主化運動に資金を提供し、「マイダン革命」もその一つであった。そのソロスとバイデンとヌーランドは、２０１６年大統領選挙でヒラリー・クリントンを大統領にするため中心的役割を果たす。<br /><br /> ドナルド・トランプを落選させるため、彼らはプーチンとトランプの関係を「ロシア疑惑」として浮上させ、トランプの選挙責任者ポール・マナフォートを有罪に追い込むが、マナフォートを訴追させた資料はウクライナの弁護士が公開した資料だった。<br /><br /> ウクライナを分断した２０１４年の「マイダン革命」は、実は２０１６年米大統領選挙と連動し、トランプとヒラリーが戦ったあの選挙にはウクライナが深々と関与していたのである。しかし２０１６年大統領選挙にトランプが勝利したことで米ロ衝突の危機は回避された。<br /><br /> オリバー・ストーンの『乗っ取られたウクライナ』を見ると、ウクライナの政治状況と米国内の政治対立とが見事に重なっていることを知る。最後のナレーションは、「ウクライナとロシアの国境付近でウクライナの挑発があり、それがロシア軍の侵攻を招き、世界は『ロシアの侵略だ』と騒いでNATOとロシアが戦争になる」。そして核爆発の映像に「人類最後の戦争」というナレーションがかぶる。<br /><br /> いま世界が目にしているのは『乗っ取られたウクライナ』が予想した悪夢の現実化だ。ロシアの侵略に西側世界は怒り、大悪人のプーチンを潰すことのみに目を奪われているが、私は以前からブログに「戦争は現象面を感情的に見てはならず、本質が何かを冷静に読み解く必要がある」と書いてきた。<br /><br /> 戦争の真相など何年か経たないと分からないものだ。ただなぜ２月２４日にロシア軍が補給も十分でないままウクライナに侵攻したのかは私も疑問である。西側メディアは「狂気のプーチンによる帝国主義的侵略」と言うが、私にはプーチンが狂っているように思えない。手掛かりを探していたら、こんな情報を見つけた。<br /><br /> 「フランス・インテリジェンス研究センター」の研究誌３月号に、ジャック・ボーという元軍人が書いた記事で、事の起こりは去年の３月２４日、ウクライナのゼレンスキー大統領が「クリミア奪還」の指令を発し、並行してNATOが黒海で軍事演習を行ったことから始まる。これでプーチンも国境周辺にロシア軍を配備し軍事演習を始めることになった。<br /><br /> 演習は１１月までで終了するが、するとゼレンスキーはドローンで東部親露派勢力の燃料庫を爆破し、「ミンスク合意」に違反する。２月７日、フランスのマクロン大統領がモスクワを訪れ「ミンスク合意」順守を約束するが、ウクライナはこれを拒否、プーチンは西側に約束履行の気がないことを確信した。<br /><br /> そして２月１６日以降、ウクライナのドンバス住民への攻撃が激化し、それを西側が見て見ぬ振りしたため、プーチンは軍事侵攻に踏み切ったというのである。付け加えれば、１月１８日に西側工作員が東部地域で化学兵器を使った事故を引き起こそうとし、親露派戦闘員に逮捕されたことも引き金になったという。<br /><br /> この情報の真偽を確かめることはできないが、何か突発のことがなければ補給の準備なしに軍事侵攻することは考えられない。それとも侵攻すればすぐにウクライナが降参するとでも思ったのか。しかしウクライナの背後に西側がついていることを熟知するプーチンがそう考えるはずもない。だから戦争の真相は時間が経たなければ分からないと考えるしかない。<br /><br /> それよりもこの戦争で世界がどう動くことになるか。それを考えることの方が重要だ。まず世界的に軍拡が始まると思う。軍需産業は大喜びだ。欧州では各国が相次いで防衛費をGDPの２％以上にする動きに出た。抑制的だったドイツもショルツ首相が防衛費を倍額する方針を示し、緑の党も賛成に回った。<br /><br /> 日本でも自民党の安全保障調査会が、敵のミサイル攻撃に対し反撃する能力を保有することと、５年以内に防衛費のGDP比２％以上を目指すよう政府に申し入れた。プーチン憎しの現状では、軍拡は世界の流れとして多くの国民が受け入れる可能性がある。<br /><br /> 次に出てくるのは核武装の議論だ。日本でも安倍元総理がいち早く米国との「核共有」に言及したが、現実的でないとして見送られた。しかし周囲に中国とロシア、それに北朝鮮という核保有国がある以上、核武装の議論が消えることはないと思う。<br /><br /> これから日本国民は真剣に安全保障問題の議論に取り組まなければならない。これまでは平和憲法を護れば世界は平和になるという幼稚な議論と、憲法に自衛隊を明記する必要があるという幼稚な議論が盛んに言われた。しかし現実の戦争を見ればいずれも浮世離れした議論であることに気付く必要がある。<br /><br /> 一方で防衛費の増大も核武装もウクライナ戦争に触発された反射的というか、感情的な議論に過ぎないように私には思える。防衛費の増大も核武装も何のためかと言えば、それによって相手が攻撃するのをやめる「抑止力」にするためだ。<br /><br /> 戦争になってしまったら勝とうが負けようが国民は悲惨が待ち受ける。だから問題は戦争にならないよう「抑止力」をどうやって確保するかの問題である。しかしミサイル攻撃で反撃すると日本が言えば、相手はそのミサイル基地を標的に次々攻撃を仕掛けてきて、「抑止力」にならないという議論もある。<br /><br /> また防衛費の増額も良いが、武器に金をかけるより、戦争をさせないための外交力を磨くことに金をかける方が「抑止力」になり、国家にプラスになるという考え方もある。とにかく現実の戦争を見ながら、そのあたりを真剣に議論する必要が出てきたのだ。<br /><br /> そして『乗っ取られたウクライナ』を見た私は、それよりもウクライナがネオコンに引きずられて戦争に至ったように、日本もネオコンに引きずられて戦争に至ることのないように、よく目を見開いて対処していかなければならないと思う。<br /><br /> その兆候が現れ始めているからだ。例えば４月２８日にネオコンの一人であるブリンケン国務長官は米上院外交委員会で、６月下旬にスペインで開かれるNATO首脳会議に岸田総理が出席することを明らかにした。<br /><br /> NATOは軍事同盟であるから政治や外交の話をするところではない。ロシアとの戦争を話し合う場である。平和憲法を持つ日本の総理が出席したことのない場に岸田総理は出席することになった。これも国民と与野党が揃ってプーチン憎しで一致しているからだ。<br /><br /> また５月下旬にはバイデン大統領が来日するが、その目的は日本をAUKUSに加盟させるためである。AUKUSは米英豪の３カ国で作る中国敵視の軍事同盟だ。これまで日本は日米豪印４か国で作る「クアッド」の一員だったが、こちらは政治的に中国を包囲する組織で戦争を念頭に置いたものではなかった。<br /><br /> それが変わるのである。日本は中国とロシアを敵とする軍事同盟の一員として存在感を示さなければならなくなった。そのように誘導しているのは米国のネオコンである。くれぐれもウクライナのように戦争の前線に押し出されることのないよう、冷静な目で戦争を見るように心掛けなければならないと思う。<br /><br /><div style="text-align:center;">＊　＊　＊</div>
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<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：ゼレンスキー大統領はいつウクライナのNATO加盟を無理だと悟ったのか]]></title>
                <description><![CDATA[<p>孫氏の兵法に「兵は詭道なり」という言葉がある。戦争は「騙し合い」という意味だ。できることをできないように見せかけ、必要であっても必要ないように見せる。また遠くにいる時は近くにいると思わせ、近くにいる時は遠くにいると思わせる。戦争に勝つには騙しが必要だと孫氏は説いた。戦争の真相は分からないものだと思う。孫氏が言うように戦争の基本が「騙し合い」にあるからだ。例えば２００３年のイラク戦争は、イラクが大量破壊兵器を保有していると米国が嘘の情報をでっち上げて先制攻撃を仕掛け、サダム・フセイン大統領を捕らえて処刑した。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2089415</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2089415</guid>
                <pubDate>Sat, 02 Apr 2022 18:20:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p>孫氏の兵法に「兵は詭道なり」という言葉がある。戦争は「騙し合い」という意味だ。できることをできないように見せかけ、必要であっても必要ないように見せる。また遠くにいる時は近くにいると思わせ、近くにいる時は遠くにいると思わせる。戦争に勝つには騙しが必要だと孫氏は説いた。<br /><br /> 戦争の真相は分からないものだと思う。孫氏が言うように戦争の基本が「騙し合い」にあるからだ。例えば２００３年のイラク戦争は、イラクが大量破壊兵器を保有していると米国が嘘の情報をでっち上げて先制攻撃を仕掛け、サダム・フセイン大統領を捕らえて処刑した。<br /><br /> この戦争にドイツとフランスは反対し、サダム・フセインの側に付いた。私はサダム・フセインが独仏にユーロで石油の決済を認めたため、ドルの力が揺らぐことを恐れたブッシュ（子）政権が、懲らしめに行った戦争とみているが、しかしいまだに戦争の本当の理由は明らかにされていない。<br /><br /> ところがウクライナ戦争で日本の新聞とテレビは、「これが真相だ」と言わんばかりの同じ内容の報道一色である。その情報源をみるとほとんどが米英発で、戦争の当事者の一方に偏っている。<br /><br /> 米国ではリベラル系メディアが極悪非道のプーチン大統領を断罪し、ウクライナの悲惨な状況を人道主義的に報道するが、保守系メディアにはプーチン擁護の論陣を張る者もいる。しかし日本のメディアはリベラル系も保守系も揃って米国のリベラル系メディアに追随し、プーチン擁護は禁句である。<br /><br /> メディアはその方が視聴率を稼ぎ、読者も増えると考えているのだろうが、背景には岸田政権の意向を忖度している可能性もあると私は見る。岸田総理の最大の敵は自民党最大派閥を擁する安倍晋三元総理である。その安倍元総理はロシアのプーチン大統領や米国のトランプ元大統領と親交を重ねてきた。2人ともバイデン大統領の敵で、だからウクライナ戦争は岸田総理にとって安倍元総理の力を排する絶好の機会なのだ。<br /><br /> そのため岸田総理はどこまでもバイデン大統領に追随し、ウクライナ戦争を利用して権力基盤を強化したいと思っているはずだ。そしてバイデン大統領にとってもこの戦争は負けが確実視されていた秋の中間選挙に勝つための唯一無二の機会となる。<br /><br /> バイデンの支持率が急降下したのは、昨年８月のアフガニスタンからの米軍撤退によるが、さらにそれに加えてインフレが米国経済を襲い、世界経済のことなどお構いなしに利上げに踏み切らざるを得なくなった。秋の中間選挙に向けて不利な材料が相次ぐ中、ウクライナ戦争はそれを覆す絶好の機会になる。<br /><br /> 米英発一色のメディアによって、平和なウクライナに突然ロシア軍が侵略を始めたと思わされる国民もいるが、そもそもウクライナにはカソリック教徒でウクライナ語を話す人たちと、ギリシア正教徒でロシア語を話す人たちがいて、それが内戦を繰り広げてきた。<br /><br /> プーチンが演習名目で国境周辺にロシア軍を集結させたのは、ゼレンスキー大統領が親露派武装勢力に対しドローン攻撃を仕掛けたのがきっかけである。すると中国との競争を最大の課題としてきたバイデン政権が、昨年１１月に「タイガーチーム」という対ロシア軍事侵攻対策チームを作り、中国よりロシアに重心を移した。<br /><br /> アフガンから米軍を撤退させたバイデン政権が、対ロシアで軍を出すわけにはいかないという理屈で、バイデン大統領はロシア軍が侵攻しても米国は武力行使をしないと早くから宣言し、ロシアの武力侵攻を阻止しない態度を鮮明にした。私にはそれがプーチンに対する「誘い」に見えた。<br /><br /> そしてウクライナをNATOに加盟させる気はさらさらないのに、ゼレンスキー大統領をその気にさせ、ゼレンスキーにもプーチンを挑発させる。北京五輪が終わるやプーチンは２月２１日に東部の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認し、安全保障上の同盟関係を結んだ。<br /><br /> その頃、バイデンは盛んに「戦争が起こる」と発言し、プーチンはそれを否定し続けた。ところが２４日にプーチンは前言を翻して突然軍事侵攻を始めた。プーチンは２つの独立国に対する攻撃を阻止するためと言ったが、首都キーフに進軍したのを見ると政権転覆を狙ったものと考えられる。<br /><br /> なぜ突然軍事侵攻を始めたのか、真相はまだよく分からない。バイデンが言うように以前から予定していたのか、一方で２５日にウクライナ軍が行動を起こす計画があったという情報もあり、それを察知して急に軍事侵攻を始めたと見ることもできる。<br /><br /> ただ以前から予定していたのであれば、補給がうまくいかずに軍事作戦が思い通りにならなかったのが不思議だ。演習目的の軍が何らかの理由で急に侵攻に踏み切ったため、補給がうまくいかず、軍の立て直しに時間を要する事態になったとも考えられる。<br /><br /> バイデンは第三次世界大戦を引き起こさないという理由で、ゼレンスキーが要求する一切の軍事支援を断り、それに代わる経済制裁を強化した。ロシア産原油や天然ガスを制裁の対象にすれば、米国産の原油や天然ガスが欧州各国に売れる。ウクライナに対する武器供与と合わせて米国の経済界にはうれしい話だ。<br /><br /> そのため負けが確実と言われてきた中間選挙で、バイデンは負けないかもしれないと言われるようになった。だから米国ではトランプ支持者を中心にプーチン擁護論が出てくる。バイデンを中間選挙で敗北させ、求心力を失わせないと、２０２４年の大統領選挙にトランプが再出馬する可能性が薄れるからだ。<br /><br /> バイデン政権の思い通りにならないのはトランプ支持者だけではない。G7に対抗して経済を成長させてきた中国、インド、ブラジル、南ア共和国などBRICSと呼ばれる新興国も経済制裁に反対だ。アジアの国々で制裁に参加したのは日本と韓国、台湾しかない。<br /><br /> そして最も注目すべきはサウジアラビアやUAEなどの中東諸国もバイデン政権に背を向けている。サウジは中国の人民元で石油の決済を行う方向と見られ、そうなれば世界基軸通貨としてのドルの地位は揺らぎ、人民元が国際通貨の地位を向上させ、経済制裁が裏目に出る可能性もある。<br /><br /> さらに言えば、この戦争で得をするのは米国だが、ロシアの原油や天然ガスに頼ってきたドイツやイタリアなど欧州各国は、この戦争の結果、経済が長期低落すること間違いない。ウクライナ難民の面倒も見なければならず、EUの負担は大きい。<br /><br /> 現在はG7の結束を保っているが、エネルギー資源の自給能力のある英米とそれ以外の国では事情が異なり、日本もその一員だが戦争が長期化すれば事態は深刻になる。バイデン政権に追随するにはかなりの痛みが伴う。<br /><br /> そこで思うのだが、なぜこの戦争が起きたのかだ。冷戦の終結時から米国議会の議論を見てきた私の経験から言えば、ソ連が崩壊するまでウクライナとジョージアのNATO加盟はありえない話だった。ソ連封じ込め戦略を作成したジョージ・ケナンもキッシンジャー元国務長官もNATOの東方拡大には反対だった。<br /><br /> それをやれば生殺与奪の権を奪われたロシアが核を使ってでも反撃することになるからだ。米国にとって目と鼻の先のキューバにソ連の核ミサイルが配備されるのと同じで、配備されれば降伏するしかなくなる。だから何があっても反撃する。ところが米国が唯一の超大国になった時点から米国自身の態度が変わった。<br /><br /> 米国の民主主義を世界に広める使命があると考えたクリントン政権は、「世界の警察官」となり、武力で各国の内戦に介入し、米国が信じる正義を各国に押し付けた。そしてポーランド移民の票を大統領選挙で獲得するため、ロシアが絶対に認めたくない東方拡大に踏み切ったのである。<br /><br /> 次のブッシュ（子）政権はウクライナとジョージアの加盟を強く推してプーチンを怒らせ、それがジョージア戦争の契機となり、ジョージア国内に南オセチアとアブハジアの２つの親露派国家を誕生させた。<br /><br /> ウクライナ問題は、２０１４年に親露派政権を打倒したクーデターから始まる。クーデターを主導したのは米国のネオコンの代表格ビクトリア・ヌーランドだが、ヌーランドは現在バイデン政権の国務次官である。それがこの問題で表に出てこないのが不思議である。ともかくそれに対抗してプーチンはクリミア半島を武力で併合した。<br /><br /> この時、東部地域の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」も独立を宣言し、ウクライナ軍と戦争になるが、ドイツのメルケル前首相が主導して停戦のための「ミンスク合意」が成立した。「ミンスク合意」は２つの国の独立ではなく自治権を認めるものである。<br /><br /> これに不満だったゼレンスキーはその撤回を公約に掲げて大統領に選ばれた。ところがゼレンスキーは米国から全く相手にされなかった。そのためかトルコから輸入したドローンを使って東部の親露派武装勢力を攻撃、プーチンを挑発して今回の戦争に繋がったのである。<br /><br /> ゼレンスキーは戦争が起これば米国もNATOも加盟を認めてくれると考えていたのだろうか。考えていたとすれば極めて甘い判断だ。その証拠に戦争が始まってから何を要求しても米国もNATOも「頑張れ」というだけでNATO加盟を認めない。<br /><br /> 問題はゼレンスキーがいつどの時点でウクライナのNATO加盟を無理だと悟ったかだ。ゼレンスキーは軍事侵攻から２週間たった３月７日に米ABCテレビのインタビューで、「NATOにウクライナを受け入れる覚悟がないことはかなり前に理解していた」と語った。「かなり前」がロシアの軍事侵攻前なら、戦争は未然に防げたはずだ。<br /><br /> 戦争が始まってから悟ったのであれば、被害が大きくなる前に速やかに停戦協議を行うべきだった。確かに１回目の停戦協議は侵攻から４日後の２月２８日に行われた。しかし同時にその頃ゼレンスキーは世界のヒーローに祭り上げられ、ロシアに譲歩する姿勢など見せられない状況だった。<br /><br /> ウクライナの代表団が中立化の提案を行ったのは、それから１か月後の３月２９日である。中立化の代わりにウクライナの安全を保障してもらう国として、国連の安全保障理事会常任理事国メンバー５か国に加え、ドイツ、イタリア、カナダ、ポーランド、イスラエル、トルコの名前を挙げた。<br /><br /> 私はこれでは遅すぎるし、多くの国に安全保障を担保してもらうというのではまとまるものもまとまらなくなる。申し訳ないが政治的にうまくなさすぎると思い愕然とした。これではプーチンに足元を見られて不利な状況に追い込まれかねない。<br /><br /> 今や日米欧の各国でプーチンは許すべからざる大悪人である。精神異常の独裁者と言われ、次には権力機構内部での孤立を言われ、また軍との確執や情報機関との反目も指摘される。それは本当にそうかもしれないし、そうでないかもしれない。<br /><br /> 孫氏の言うように「兵は詭道なり」で、できることをできないと思わせ、必要であっても必要ないと思わせるのが戦争の本質だからだ。だから世界のヒーローになったゼレンスキーがつまらない政治家と思われるかもしれないし、やはりヒーローのままかもしれない。<br /><br /> プーチンは第二次大戦後の国際秩序を破壊した大悪人と歴史に記録されるかもしれないし、第二次大戦後の国際秩序を破壊して新たな秩序をもたらした偉人と記録されるかもしれない。我々はそうした歴史の節目にいると思いながら私は毎日の戦争報道を見ている。<br /><br /><div style="text-align:center;">＊　＊　＊</div>
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<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch711/1895867</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：石原慎太郎氏の訃報に接し思い出される田中角栄と『天才』]]></title>
                <description><![CDATA[<p>国土交通省の統計不正問題について、１月３１日に衆議院予算委員会が集中審議を開きながら、その問題を追及したのは与党側だけで、野党側では質問に立った７人のうち１人しか取り上げなかったことの不思議さを書いていたところ、石原慎太郎氏の訃報が飛び込んできた。　急に頭の中が回転し始め、統計不正問題より石原慎太郎という政治家の記憶が頭の中で膨れ上がってくる。特に親しい関係があった訳ではないのに、私の記憶の中に石原氏は確固として存在していた。それは田中角栄元総理の日中国交回復に反対し、反田中の急先鋒であった石原氏が晩年『天才』という本を書いて田中を褒め上げたことと無縁ではない。国会の話を書こうとしていた筆が先に進まないので、石原氏を巡る私の記憶を書くことにする。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2078274</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2078274</guid>
                <pubDate>Thu, 03 Feb 2022 17:20:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p>国土交通省の統計不正問題について、１月３１日に衆議院予算委員会が集中審議を開きながら、その問題を追及したのは与党側だけで、野党側では質問に立った７人のうち１人しか取り上げなかったことの不思議さを書いていたところ、石原慎太郎氏の訃報が飛び込んできた。<br /><br /> 　急に頭の中が回転し始め、統計不正問題より石原慎太郎という政治家の記憶が頭の中で膨れ上がってくる。特に親しい関係があった訳ではないのに、私の記憶の中に石原氏は確固として存在していた。<br /><br /> それは田中角栄元総理の日中国交回復に反対し、反田中の急先鋒であった石原氏が晩年『天才』という本を書いて田中を褒め上げたことと無縁ではない。国会の話を書こうとしていた筆が先に進まないので、石原氏を巡る私の記憶を書くことにする。<br /><br /> 私が衆議院議員時代の石原慎太郎氏と直接に会った最初は、ロッキード事件で逮捕された田中角栄の一審判決が下される前の１９８３年１月だった。ロッキード事件で私はTBSの社会部記者として田中を逮捕した東京地検特捜部を担当し、田中が逮捕されたその日は検察庁の玄関にいて、検察が差し向けた車から降り立った田中が検察庁に入るところを見送った人間だ。<br /><br /> 田中逮捕は間違いなく田中の政治生命を奪うと私は思った。ところが現実はまるで逆の方向に向かう。田中の政治力はますます強くなり、自民党最大派閥を率いる「闇将軍」として日本の政界を支配するようになった。<br /><br /> なぜ刑事被告人が日本の政治を牛耳ることができるのか、私はそれを探るため「報道特集」という番組で地元新潟の政治風土や自民党の取材を始めた。そこで自民党の政治家５０人に「あなたにとって田中角栄とは何か」をインタビューし、その言葉を組み合わせて、田中角栄像を浮き彫りにする企画を立てた。<br /><br /> その１人として反田中の急先鋒であった石原氏にインタビューを申し込んだ。赤坂にある事務所でお会いすると、「あれはバルザックの人間喜劇だ」と石原氏はぶっきらぼうに言った。上から目線で馬鹿にしたような言い方で、ずいぶん横柄な人間だなあと思ったのが最初の印象である。<br /><br /> その後私は田中角栄の最期を見届けようと政治部記者になり田中角栄を担当する。するとどういう風の吹き回しか早坂茂三秘書から頼まれ、自重自戒と称して私邸に籠り政治活動を自粛していた田中の「話の聞き役」をやることになった。目白の私邸で田中の話を聞くだけの役目だが、田中は毎度憤懣をぶちまけるようにしゃべり続け、それは政治の世界を知らない私にとって目から鱗の話ばかりだった。<br /><br /> １９８５年２月に突然田中は脳梗塞に倒れ、田中支配は終わりを告げた。その翌年に私は外務省担当を命ぜられ、外務省の記者クラブに行くと、隣の席にいたのが日本テレビの石原伸晃記者だった。家が同じ方向だったこともあり、都心で飲んで一緒に帰る機会がしばしばあった。<br /><br /> 伸晃氏は父親のように自分も政治家になりたいと熱っぽく語った。叔父貴（裕次郎）には何で政治家なんかなるんだと言われるが、やっぱり政治家になりたいと言うのだ。政治の裏舞台を散々見てきた私には忠告したいこともあったが、情熱的に語られると黙って聞くしかなかった。<br /><br /> 石原慎太郎氏との２度目の出会いは、私がTBSを辞め、米国の議会専門チャンネルC-SPANを真似た「国会テレビ」をCS放送でやっていた１９９９年だ。石原氏は衆議院議員を辞め東京都知事に立候補しようとしていた。「国会テレビ」は都知事候補者全員を１人ずつスタジオに呼んでインタビューを行った。<br /><br /> 鳩山邦夫、舛添要一、明石康、柿沢弘治の各候補に続いて石原氏がスタジオに来た。「国会テレビ」は視聴者が電話でスタジオの政治家に直接質問ができる。その時も日本中の視聴者から電話がかかって来た。<br /><br /> 沖縄から「東京とは関係ない沖縄の事で質問しても良いですか」と電話がきた。石原氏は「ああいいよ」と答え、米軍基地の話になった。そして米国の言いなりになる日本では駄目だということで視聴者と共鳴する。「おい、このテレビ面白いな」と石原氏は私に言い、上機嫌になった。<br /><br /> 田中角栄を「人間喜劇」とぶっきらぼうに言った時とは別人の石原慎太郎がそこにいた。私とのやり取りでも、かつて都知事選で敗れた美濃部亮吉氏の公害政策を高く評価し、自分も公害対策に力を入れると力説した。左翼嫌いだとばかり思っていたが、いつの間にか幅の広い政治家になったように見えた。一皮むけたなと私は思った。<br /><br /> そうした姿勢が東京都民にも好感を持たれたのか、石原氏は圧倒的な票数で都知事に就任し、公約通り排ガス規制に力を入れた。米国に対しNOと言える日本でなければならないと主張する石原氏の主張は私の主張と変わらない。底辺のところでは共感するのだが、そこから先になると私と石原氏とでは考えが異なる。<br /><br /> その最たる例が尖閣諸島を巡る話だ。尖閣諸島が日本の領土だと言うのはいい。しかしそれを東京都が買い取るということをなぜか米国でぶち上げた。なぜ米国でぶち上げる必要があったのか。そこに私は不純なものを感じてしまうのだ。<br /><br /> 東京都が地権者から買い取るというのは国内の話で、米国が関与する話ではない。それを米国でぶち上げたことは米国に関与させたい思惑が石原氏にある。尖閣諸島は日本が実効支配しているから日本政府は「領土問題は存在しない」という立場だ。ところが石原氏が米国で東京都が買い上げると発言したことで、日本政府は国有化を急ぐことになり、それに反発した中国は自国の領土だと見せつける行動をとるようになった。<br /><br /> 石原氏の行動は国際的に「領土問題がある」ことを認識させた。これは領土問題が存在することを認めさせたい中国にとって都合が良い。また日本が近隣諸国と領土問題で対立することは米国にとっても都合が良い。日本の米国への依存度が高まり、日本は米国の言うことを聞かざるを得なくなるからだ。<br /><br /> NOと言える日本という点では共鳴できる石原氏が、なぜ米国の言いなりにならざるを得ない行動に出たのかそれが私には理解できない。ある保守派の人間が教えてくれたのは、東京都の尖閣買い取りと当時の野田政権の国有化は「茶番」だという話だった。<br /><br /> もともと東京都に買い取る気はなく、国有化をさせるために取った行動だというのだ。その行動を通して民主党政権と自公に大連立をやらせて安定政権を作る。その際、自民党の谷垣総裁を外して息子の伸晃氏を自民党総裁にし、石原伸晃氏が総理となる大連立政権を構想していたというのだ。<br /><br /> それが本当かどうか私にはわからないが、それが本当だとしたら、今に至る尖閣問題は石原氏の親バカから始まったことになる。まったくもって迷惑な話だ。ただ実際に野党時代に自民党総裁を務めた谷垣氏に代えて伸晃氏が総裁になりそうな場面はあった。<br /><br /> 東京五輪の開催に執念を燃やす森喜朗氏に頼まれて、東京都知事を辞めようとしていた石原氏が知事を続ける見返りに、伸晃氏が出馬する自民党総裁選に森氏の協力を要請したことがある。<br /><br /> ２０１２年の自民党総裁選挙は、消費税を巡る３党合意が成立した後の総裁選で、野田総理が３党合意を成立させた見返りに、近いうちに解散すると約束したことから、自民党総裁になれば総理になる可能性があると思われた総裁選だった。その時幹事長であった伸晃氏は谷垣総裁を差し置いて出馬に意欲を見せ、それに森喜朗氏や古賀誠氏が協力姿勢を見せたのである。<br /><br /> そのため本命は石原伸晃か石破茂と見られていたが、麻生太郎氏が伸晃氏を「平成の明智光秀」と批判し、また本人の舌禍事件が重なったことから安倍晋三氏に総裁の座を奪われた。この選挙で森喜朗氏は自分の派閥の町村信孝氏でも安倍晋三氏でもなく伸晃氏を応援したのである。その背景に父親の協力要請があったことは間違いない。<br /><br /> そうしたことから私は石原氏を評価したいとは思わない立場だが、２０１６年に出版された『天才』（幻冬舎）には驚かされた。かつてあれほど嫌っていた田中角栄が「天才政治家」として描かれていたからだ。田中を「人間喜劇だね」と見下していた石原氏が最後は田中を手放しで称賛している。その変わりようが私には何とも魅力的だった。<br /><br /> 石原氏の中には２人の「石原慎太郎」がいるようだ。１人はマッチョを売り物にした石原慎太郎だが、もう１人は繊細で柔軟な石原慎太郎だ。私が最初にお会いした時は前者で、２度目に会った時は後者だった。そして人生の終わりには次第に後者の色合いが増したのではないか。勝手にそんなことを思いながら手を合わせたい。<br /><br /><div>
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<div>■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧</div>
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<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch711/1895867</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：２０２２年は選挙の年だから日本になぜ政権交代が起きないのかを考える]]></title>
                <description><![CDATA[<p>２０２２年は世界で選挙が注目される年になる。３月９日に大接戦の韓国大統領選挙があり、政権交代が起きるかどうかが注目される。その結果は日韓関係にも影響する。４月１０日から２４日までフランスでは大統領選挙が行われ、現職のマクロン大統領が再選を賭けた戦いに挑むが、極右勢力が支持を伸ばしており状況は流動的だ。７月１０日には先の総選挙で絶対安定多数を確保した岸田政権が、参議院選挙で盤石な体制を維持できるかが問われる。そして米国ではアフガン撤退で支持率を下げたバイデン米大統領が二期目を狙えるのかどうか、１１月８日に次の大統領選挙の命運を決する中間選挙がある。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2073269</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2073269</guid>
                <pubDate>Fri, 07 Jan 2022 12:48:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p>２０２２年は世界で選挙が注目される年になる。３月９日に大接戦の韓国大統領選挙があり、政権交代が起きるかどうかが注目される。その結果は日韓関係にも影響する。４月１０日から２４日までフランスでは大統領選挙が行われ、現職のマクロン大統領が再選を賭けた戦いに挑むが、極右勢力が支持を伸ばしており状況は流動的だ。<br /><br /> ７月１０日には先の総選挙で絶対安定多数を確保した岸田政権が、参議院選挙で盤石な体制を維持できるかが問われる。そして米国ではアフガン撤退で支持率を下げたバイデン米大統領が二期目を狙えるのかどうか、１１月８日に次の大統領選挙の命運を決する中間選挙がある。<br /><br /> 日本の参議院選挙と米国の中間選挙は、それで政権交代が起こる訳ではないが、しかし野党が勝利すれば政権運営は極めて難しくなり、次の選挙で政権交代の公算が大きいため権力者は必勝の覚悟で臨まなければならない。<br /><br /> 岸田自民党は先の総選挙で絶対安定多数を確保したと書いたが、しかし公明党と合わせても得票数は投票者の５割を下回り過半数を得ていない。つまり有権者が投票した票の過半数は野党各党に流れた。仮に野党が１つであったなら政権交代が起きていたところだ。<br /><br /> 実は自民党が誕生した１９５５年以来、ほとんどの選挙で有権者は自民党に過半数の票を与えていない。にもかかわらず自民党は与党となり政権交代は起きなかった。その理由の１つは野党が１つにならないことにある。<br /><br /> 自民党が過半数を超える票を得ていないのに万年与党を続け、日本に政権交代が起きなかった秘密を、１１月から少しずつブログに書いてきたが、今回はそのまとめを書くことにする。<br /><br /> 私の見方は私個人の経験に基づくもので、学者や政治家の見方と異なる。私は政権交代が起きなかった理由を東西冷戦が生み出した日本の国家戦略にあると見てきた。国家戦略とは吉田茂が敷いた「軽武装・経済重視路線」のことだ。それが政権交代しない仕組みを作り出し、政権交代しないことで日本は高度経済成長を実現した。<br /><br /> しかし冷戦は３０年前に終わった。従って政権交代しない仕組みによって経済を成長させることもできなくなった。そして冷戦の終焉と同時に日本経済の没落が始まり、その没落を今や誰も止めることができない。<br /><br /> そこで私が政治取材を通して知りえたことを整理し、次の時代の政治を考える材料にしてもらいたいと思う。第二次大戦の敗戦から１０年後の１９５５年、自民党と野党第一党の社会党が対立する「５５年体制」が生まれた。<br /><br /> 同じ年に労働運動の中央組織であった「総評」は社会主義社会を目指す政治闘争をやめ、労働者の賃上げに力を入れる「春闘」を運動の中心に据えた。当時の大蔵省は自民党の政治資金を大企業が、社会党の政治資金は労働団体が面倒を見る仕組みを作った。<br /><br /> 「５５年体制」の最初の総選挙は岸内閣の１９５８年に行われた。その３回後の池田内閣の１９６３年の総選挙まで、自民党は有権者の過半数の票を獲得していた。ところが佐藤内閣の１９６７年の総選挙からは過半数を超える票を獲得できなくなる。にもかかわらず自民党は与党であり続けた。<br /><br /> 社会党が過半数を下回る候補者しか選挙で立候補させなかったからである。社会党は１９５８年だけは過半数を超える候補者を立候補させ政権交代を狙った。しかしその選挙に敗れると、政権交代より憲法改正の発議を阻止できる３分の１の議席を狙うようになる。<br /><br /> １９５８年の総選挙で社会党は過半数（２３４）を超える２４６人の候補者を立候補させたが、次の１９６０年の総選挙では過半数を下回る１８６人しか立候補させない。それが７０年代には１６０人前後、８０年代には１４０人台と候補者数は減り続けた。全員が当選しても政権交代が起きないようにしていたのは社会党だ。<br /><br /> 一方で共産党は組織維持のため全選挙区に立候補者を立てた。社会党と共産党は憲法改正阻止で共闘するが、政権を自民党から奪うために協力することをしない。互いに足を引っ張り合う。だから有権者が野党に過半数を超える票を投じても政権交代は起きない。<br /><br /> では政権交代を狙わない野党になぜ有権者は過半数を超える票を与えるのか。そこに吉田茂が敷いた「軽武装・経済重視」の国家戦略がある。吉田は「米国に軍事で敗れたが外交で勝つ」が口癖だったという。吉田はメディアを動員して国民に憲法９条の理想を教え込み、野党に護憲運動をやらせ、米国に日本が平和国家であることを見せつけた。<br /><br /> 米国が日本への軍事要求を強めれば、たちまち政権交代が起きて親ソ派の社会党政権が誕生すると思わせ、米国の軍事要求をけん制した。しかし社会党は憲法改正阻止を狙っているだけで、政権交代に足る候補者を立候補させていないのだから、国民が過半数を超える票を野党に投じても政権交代が起こるはずはない。それに米国はまんまと騙された。<br /><br /> こうして日本は朝鮮戦争とベトナム戦争に出兵せず、後方支援を担うことで戦争特需の恩恵にありつき、工業国家としてスタートを切る。「軽武装・経済重視」の日本は「貿易立国」を国是とし、工業製品の輸出で経済成長を図った。その日本の輸出攻勢で最も被害を受けたのが米国である。<br /><br /> 家電や自動車の輸出攻勢で米国の製造業は倒産・廃業に追い込まれ、日本は失業を輸出していると批判された。第一次世界大戦以降世界一の債権国であった米国が、対日貿易赤字とベトナム戦争による財政赤字の「双子の赤字」に苦しみ、１９８５年には世界一の債務国に転落する。代わって世界一の債権国に躍り出たのは日本だった。<br /><br /> 米国にとってソ連の核より日本経済が大きな脅威となった。一方でベトナム戦争に敗れた米国は反共イデオロギーを見直し、民主主義を重視するようになる。反共親米国家でも民主主義でない政治体制を認めない。フィリピンのマルコス大統領は「独裁２０年」を理由に米国によって政権から引きずりおろされた。<br /><br /> その時点で日本の自民党政権は３０年を超える単独政権を維持していた。１９８５年に米議会調査団が日本の政治システムを視察に訪れる。日本の若手政治家、政治学者、政治記者と会合がもたれ私も参加した。会合で彼らは政権交代のない政治システムを理解できない。我々もうまく説明ができない。民主主義政治を巡る日米の断絶を私は強く感じた。<br /><br /> 政権交代可能な政治体制づくりがそれから始まる。初めに動いたのは自民党の金丸信と社会党右派の田辺誠だった。経団連会長の平岩外四と秘密の会合を行い、自民党田中派と社会党右派で新党を作り、田中派以外の派閥が自民党に残る案が検討された。新党は分配重視の政策を採用し、自民党は成長重視の政策を採用する案だった。<br /><br /> しかし直後に金丸が東京地検特捜部に脱税で摘発されたためこの計画は幻に終わる。次に登場したのが小沢一郎だ。政権交代可能な政治を作るには選挙制度を英国や米国と同様の小選挙区制に変える必要があると主張した。しかし小選挙区制導入には自民党からも反対の声が上がり、社会党左派や共産党も強く反発した。<br /><br /> さらに小沢は政治の対立軸を米国と同様に「小さな政府」と「大きな政府」にしようとした。それまでの自民党と社会党は何でも国にやらせる「大きな政府」で一致していた。小沢は１９９３年に『日本改造計画』を出版して米共和党の政策である「小さな政府」の考え方を紹介する。<br /><br /> 「大きな政府」は結果として官僚機構を肥大化させ、官僚が主導する政治になる。それより民間の力を活用する「小さな政府」で政治主導の政治を実現しようとしたのだ。しかし官公労の影響力が強い社会党にはこれにも反対の声が強かった。<br /><br /> もう一つ小沢がやろうとしたのは、護憲か改憲かの対立を乗り越える事だった。前述したように「５５年体制」は社会党が政権交代を狙わず、護憲に力を集中したところに特徴がある。それは吉田の「軽武装・経済重視路線」から導き出された政治構図だ。<br /><br /> その吉田の戦略は米ソ冷戦を前提にしていた。ところが１９９１年にソ連は消滅、米国が唯一の超大国になった。そしてソ連崩壊前に起きた「湾岸戦争」で、米国のブッシュ（父）大統領が国連軍に準ずる多国籍軍を結成したのに、日本は憲法９条があるために参加できず、国際社会から厳しい批判が浴びせられた。<br /><br /> それを解決するため、小沢は憲法９条を護りながら国際協力も行う「国連待機軍」の創設を訴えた。自衛隊は日本を守るための実力部隊だが、国際社会の紛争を終わらせて平和を維持する活動には「国連待機軍」を派遣しようというのだ。これは憲法９条に抵触しない。<br /><br /> 小沢はこれで護憲を訴えてきた社会党を説得した。民主党と小沢が率いる自由党が合流する時、旧社会党のリーダー的存在だった横路孝弘は「国連待機軍構想」を受け入れ、菅直人も一時は「国連待機軍構想」への支持を表明した。この構想には日本外交を日米同盟一本ではなく、国連を中心とする外交を加えて２本柱にする思惑も込められていた。<br /><br /> しかし「国連待機軍構想」への支持は広がりを欠いた。国民は相変わらず冷戦時代の護憲思想から抜けられず、日本政府の米国依存も変わることはなかった。肝心の米国でも、国連軍に準ずる多国籍軍を結成したのはブッシュ（父）ただ一人で、クリントンもブッシュ（子）も多国籍軍ではなく、米国に従順な国々と有志連合を結成して戦争するようになった。<br /><br /> 一方で米国防総省は１９９２年に国防計画指針（DPG）という冷戦後の安保戦略を決定した。その中で米国はロシア、中国、ドイツ、日本の４か国を敵性国と名指しした。米国の世界一極支配の障害になるというのだ。<br /><br /> それを受けてクリントン政権のジョセフ・ナイ国防次官補は、「日米同盟を維持し日本に米国依存の仕組みを作れば、日本を脅して米国に有利な軍事的・経済的要求を呑ませることができる」と述べた。<br /><br /> それ以来、クリントン政権は「年次改革要望書」を日本に送りつけ、日本経済の変革を促す。終身雇用制や年功序列賃金をやめさせ、労働力の流動化を図るため労働者派遣法が改正され、非正規労働者が増大することになった。また郵政民営化や司法制度改革などが相次いで要求され、日本の官僚の仕事は米国の要求に対応することが優先された。<br /><br /> そうした中で、小沢の「国連待機軍構想」が実現するかと思わせる出来事が２００７年にあった。その年の参議院選挙で安倍自民党が小沢民主党に大敗し「衆参ねじれ」が生まれた。民主党の小沢代表は安倍晋三から交代した福田康夫総理に「大連立」を持ち掛け、見返りに「国連待機軍構想」を呑むよう迫った。<br /><br /> 福田総理はそれを受け入れ、外務省に検討を指示した。米国一辺倒の日本外交が米国と国連の２本柱になるかもしれないと思わせた瞬間である。しかし民主党の中から反対論が噴出し「国連待機軍構想」は幻に終わった。<br /><br /> 鳩山由紀夫、菅直人、仙谷由人らが「大連立」に反対し、次の総選挙で政権交代を実現すると息巻いたが、当時の私には国家統治の経験のない素人が大言壮語しているように見え、この程度では民主党政権が誕生しても政権運営はうまくいかないとブログに書いた。結果はその通りになった。<br /><br /> 民主党政権が誕生した時、中国の経済学者が興味深い発言を行った。「我々に独裁と市場経済は両立出来ると教えたのは日本人だ。それなのになぜ日本は政権交代をしたのか」と言ったのだ。政権交代しない方が効率的に経済目標を実現できると中国政府に教えた日本人がいたということだ。<br /><br /> その時、米国が批判する中国の「国家資本主義」のルーツは日本ではないかと私は思った。社会党が政権交代を狙わずに護憲運動に集中し、万年与党の自民党とのコンビで生み出した高度経済成長の成功例を日本人が中国の経済学者に伝授したのではないか。<br /><br /> そのやり方で中国は経済成長を図り、日本経済を追い抜くだけでなく、米国経済を凌ぐ勢いを見せている。ジョセフ・ナイが言うように安全保障で米国に依存するしかない日本は、経済でも次々に譲歩を迫られ、今や没落の一途だが、それを反面教師にしているかのように中国は軍備を増強し、決して米国の要求に屈しない。<br /><br /> これを見ると、冷戦構造を背景に社会党が政権交代を狙わずに護憲運動に集中した結果、日本は経済的成功をおさめたが、冷戦が終わった途端にそれは一転し、今度は米国が日本人の護憲思想を利用して米国の軍事力への依存を強めさせ、それによって経済的にも米国に従属するしかない構造を作り出した。<br /><br /> つまり冷戦時代と冷戦後の時代で日本人の護憲思想はまったく対照的な役割を演じている。冷戦時代に吉田が作り出した「軽武装・経済重視路線」の中核にあったのは護憲だが、冷戦後の時代にはそれに代わる次の国家戦略を打ち出さないと日本の没落は止まらない。<br /><br /> 政権交代可能な仕組みを作るところにその入り口はあると私は思っていたが、民主党政権の失敗でそれも遠のいた。しかし現実は有権者の票の過半数が今でも野党に流れ、昔のように自民党が過半数の支持を集めているわけではない。何かを変えれば政権交代が起こる土壌はあるのだ。<br /><br /> 何かとは何か。野党が１つにまとまる事なのか。それとも護憲と改憲の対立を乗り越える事なのか。あるいは政権交代を繰り返す先進諸国のように、与野党が外交・安保政策を一致させ、福祉や経済で対立軸を作り出す事なのか。その何かを探り当てることが２０２２年の日本政治の課題ではないか。<br /><br /> 先進民主主義国で政権交代しない国はシンガポールと日本だけだという。ただシンガポールは「明るい北朝鮮」と呼ばれるほど独裁的な国だ。しかし政権は選挙で選ばれる。そして政権交代していない。どんな選挙なのかを見てみると、２０１５年の選挙では与党が有権者全体の６４％を、野党が３０％を獲得し、棄権は６％だった。<br /><br /> 一方の日本では、先の総選挙で自公は有権者全体の２７．７％、野党が２８．３％を獲得し、棄権が４４％だった。この数字を比較すると、シンガポールに政権交代が起きないのは納得できる。しかし日本に政権交代が起きないのはとても不思議だ。<br /><br /> 日本が民主主義国家であるのなら、やはり野党の本気度が足りないとしか思えない。冷戦時代の社会党の幻影に惑わされずに、野党は何かを探り当てることに本腰を入れるべきだ。<br /><br /><div>
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<div>■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧</div>
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<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch711/1895867</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：自民党を勝利させた立憲民主党は敗北を認め解党的出直しを図るべきだ]]></title>
                <description><![CDATA[<p>選挙結果が選挙前の予測とこれほど違ったことはない。選挙前の予測では、野党共闘の効果で立憲民主党と日本共産党が議席を増やし、自民党の候補者は多くの選挙区で１対１の接戦を強いられ、必ず議席を減らすと言われてきた。その前提となったのは、前回２０１７年の総選挙での自民党の勝ち方にある。安倍政権が仕掛けた「国難突破解散」に立ちふさがったのは、小池百合子東京都知事の作った希望の党で、そこに旧民主党勢力が合流したことから、一時は政権交代が確実に起こると誰しもが思った。ところが希望の党に合流するにあたり、旧民主党政権で要職にあった者を「排除」する方針が示されたことから、それに反発する勢力が枝野幸男を担いで立憲民主党を立ち上げ、野党が分裂し混乱したことで、安倍自民党は命拾いをした。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2061378</link>
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                <pubDate>Wed, 03 Nov 2021 08:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p>選挙結果が選挙前の予測とこれほど違ったことはない。選挙前の予測では、野党共闘の効果で立憲民主党と日本共産党が議席を増やし、自民党の候補者は多くの選挙区で１対１の接戦を強いられ、必ず議席を減らすと言われてきた。<br /><br /> その前提となったのは、前回２０１７年の総選挙での自民党の勝ち方にある。安倍政権が仕掛けた「国難突破解散」に立ちふさがったのは、小池百合子東京都知事の作った希望の党で、そこに旧民主党勢力が合流したことから、一時は政権交代が確実に起こると誰しもが思った。<br /><br /> ところが希望の党に合流するにあたり、旧民主党政権で要職にあった者を「排除」する方針が示されたことから、それに反発する勢力が枝野幸男を担いで立憲民主党を立ち上げ、野党が分裂し混乱したことで、安倍自民党は命拾いをした。<br /><br /> そのため自民党の勝利は自力ではなく、いわゆる「水ぶくれ」状態にあると見られてきたのだ。野党共闘が実現すれば「水ぶくれ」は解消され、自民党の議席は必ず減るというのが事前の予測だった。<br /><br /> 　そこで焦点となったのは、自民党が何議席減らすかである。自民党が公示前の２７６議席から４４議席減らせば、単独過半数の２３３議席を下回り、岸田総理は求心力を失う。<br /><br /> 選挙で常に安定した議席を獲得する公明党との力関係が変化し、それが政権運営にも影響する。そこで４４という数字が今後の政治を占うカギと考えられた。<br /><br /> 　ところが自民党は単独過半数の２３３どころではない、国会運営を自民党の思い通りにできる絶対安定多数の２６１議席を獲得した。これを勝利と言わずしてどうする。公明党と合わせると与党は２９４議席となり、公示前の３０５議席より１１議席減っただけだ。<br /><br /> それに反して野党共闘を行った野党第一党の立憲民主党と第二党の日本共産党は、議席を増やすどころか減らした。立民は公示前より１４議席も、共産は２議席減らした。候補者を１本化すれば勝てると踏んだはずの選挙で負けたのだから話にならない。<br /><br /> 野党勢力で議席を増やしたのは日本維新の会が１１議席から４１議席と圧倒的で、国民民主党は８議席から１１議席、れいわ新選組が１議席から３議席にそれぞれ伸ばしただけに終わった。<br /><br /> この選挙による新たな勢力分布は、与党が２９４議席と全体の６割強、野党が１７１議席と３割強となる。それを見ていると、この国は「５５年体制」の時代から与党と野党の勢力分布が変わっていないことに気が付く。<br /><br /> 　「５５年体制」は政権交代しないことに特徴があった。野党が権力奪取を狙わなかったからである。つまり野党第一党の社会党は過半数を超える候補者を選挙に擁立せず、代わりに憲法改正を発議させない３分の１を超える議席の獲得を狙った。<br /><br /> 共産党は組織維持のため全選挙区に候補者を擁立して社会党と対立する。つまり野党は常にバラバラだった。自民党を万年与党にしたのは社会党と共産党で、私はこれこそ自民党の「補完勢力」だと思ってきた。<br /><br /> 　自民党政権が最も腐心したのは野党からの攻撃ではなく、米国からの軍事的要求にどう応えるかだった。吉田茂が敷いた「軽武装、経済重視」路線とは、国民に護憲思想を広め、米国に軍事的要求をエスカレートされないことである。<br /><br /> 　そのため自民党は、野党に護憲運動をやらせて憲法改正を発議させない３分の１の議席を与える。国民には学者やジャーナリストらが護憲思想を教える。そして米国が軍事的要求をエスカレートさせれば、たちまち政権交代が起きて左派政権が出来ると米国に思わせた。<br /><br /> 　東西対立がある限り米国は左派政権の誕生を認める訳に行かない。日本の要求を受け入れ、日本は「軽武装、経済重視」路線で高度経済成長を実現した。一方で自民党内では派閥がそれぞれに総理候補を担ぎ、それらが権力闘争を行うことで、疑似的な政権交代が繰り返えされた。<br /><br /> 　この時代の野党の議席は決して過半数を狙わず、３割強を占めることを狙っていたから、支持する国民もその程度だったと思う。だから政権交代は決して起こらず、国民は政治より経済に目を向け、高度経済成長に貢献し、またその恩恵にあずかった。<br /><br /> ところが冷戦が終わり、米国が敵としていたソ連が３０年前に消滅すると、「軽武装、経済重視」路線を続けるカラクリが効かなくなる。米国の軍事的要求は遠慮することなくエスカレートし始め、日本はその要求をかわすことができない。政権交代を狙わない野党の存在も必要なくなった。<br /><br /> そこから政権交代を狙う野党づくりが始まる。平成元年に始まる「政治改革」はそのためだったと私は思う。しかしそれがなかなかうまくいかない。「５５年体制」の自民党は公共事業を中心とする「大きな政府」、社会党は福祉を中心とする「大きな政府」を主張し、どちらも「大きな政府」であることに変わりはない。<br /><br /> 日本に初めて「小さな政府」の考え方を紹介したのは小沢一郎だ。ベストセラーとなった『日本改造計画』はその手引書だった。そして権力を握ると本当に「小さな政府」を実現したのは小泉純一郎だった。<br /><br /> すると小沢は一転して「政治は国民の生活が第一」を主張し、「大きな政府」を掲げて小泉政治と対峙する。いよいよ「小さな政府」と「大きな政府」を軸に政権交代の仕組みができるかと私は思った。<br /><br /> ２００９年の民主党への政権交代は、それまでの自民党支持者が民主党支持に動いた結果である。羽田孜や小沢一郎など自民党に所属していた政治家に対する支持が民主党政権を誕生させた。政権交代を起こすには３割程度しかいない従来の野党支持者だけでは数が足りないのだ。<br /><br /> ２００９年の政権交代の時、農協以外の業界団体はみな民主党支持に回り、民主党は小選挙区で４７．４３％の票を獲得して政権を奪取した。ところがいざ鳩山政権がスタートすると、様々な分野で稚拙な対応が目に付く。従来の自民党支持者はその稚拙さに呆れた。<br /><br /> その後の菅直人政権や野田佳彦政権も自民党を見てきた私の目には不満足だった。そしてスタート時の期待感が大きかった反動で失望の度合いもひどくなる。それが私の民主党政権時代の記憶である。<br /><br /> ところが前回総選挙の時、希望の党に対抗するため「枝野立て！」の掛け声がどこからともなく上がり、東日本大震災の時に官房長官を務めた枝野幸男が立憲民主党を立ち上げることになる。<br /><br /> 枝野官房長官は福島の原発事故の時に毎日記者会見をやっていたから、多くの国民の記憶に刻み付けられている人物だ。勿論、好感を持つ人もいるだろうが、反対の人間もいるだろう。そして彼を見れば東日本大震災と原発事故の記憶が多くの国民に蘇ってくる。<br /><br /> 私は「枝野立て！」という声は野党ではなく、与党の方から上がっている可能性を考えた。与党にとって野党を分断しておくことは権力維持のための要諦である。枝野幸男に立憲民主党を作らせることで、野党の中の分断を解消させなくし、国民にはあの事故の記憶を思い出させるためである。<br /><br /> 私の想像をひどいと思う方がいるかもしれない。私もこんなことを想像したくはないが、しかし私が見てきた自民党内権力闘争からすれば、決してあり得ないことではない。<br /><br /> そしてそれを裏付けるように安倍元総理は「民主党の枝野さん」とわざと間違えたふりをし、「悪夢のような民主党政権時代」というフレーズを繰り返す。あの東日本大震災の記憶を蘇らせようとしているとしか思えないのだ。<br /><br /> 私の目に枝野代表の言動は「５５年体制」時の社会党の政治家と似たものを思い出させる。相手を一方的に攻撃する。強がりを言う。とんがっていて包容力を感じさせない。それでは３分の１の議席しか取れないだろうと私は思ってしまう。<br /><br /> 今の政治に不満な国民は大勢いると思う。しかし選挙に行かない。今回の選挙も投票率は５０％台の真ん中で過去３番目の低さだった。今の政治に不満だがそれを変える政治力があるように見えないのが立憲民主党ではないか。<br /><br /> 今回議席を４倍近くに伸ばした維新にはそれを感じさせる何かがある。れいわにも国民にもわずかだがある。しかし立民にはそれがないのだ。それは個々の候補者ではない。政党の顔である執行部の面々に昔の民主党を思い出させる要素があるからだ。<br /><br /> 前にも紹介したが松本正生埼玉大学名誉教授の調査によると、自民党支持者の年代にはあまり偏りがない。２０代と３０代が全体の１９％、４０代と５０代で４２％、６０代と７０代で３８％を占めている。<br /><br /> これに対し、立憲民主党は２０代と３０代が全体の１０％、４０代と５０代で３０％、６０代と７０代では６１％と、圧倒的に若者の支持が低く、高齢者に支持者が偏っている。特に目に付くのは７０代の支持者が３５％と最も多いことだ。<br /><br /> 恐らく立憲民主党は全共闘世代に支持されているだけで、若者には全く関心を持たれていない。全共闘世代は「５５年体制」を知る世代でもある。その時代の政権交代を狙わない野党の記憶を持った世代だ。その世代にしか支持されていないとしたら、立憲民主党は本物の野党にはなり切れていないということになる。<br /><br /> また３０代の支持が低いのは、政治に関心を持ち始めた頃に、民主党政権に対する期待と失望を味わった世代だからという見方もできる。それならば民主党政権の中心にいた人物を代表として前面に立てていることは得策でない。<br /><br /> 今回の総選挙は立憲民主党に極めて厳しい評価を下した。それを強がりを言って無視すれば、「５５年体制」が再来するようなものだ。あの時代の野党は早々に解体するしかない。立憲民主党は敗北を認めて解党的出直しを図るべきだ。<br /><br /><div>
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<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
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                <title><![CDATA[田中良紹：菅義偉の仕掛けた世代交代は鎮圧され、安倍晋三がキングメーカーとして政界に君臨することになった]]></title>
                <description><![CDATA[<p>９月２９日に行われた自民党総裁選は河野太郎の完敗に終わった。党員・党友票で過半数近い得票を得ながら、国会議員票を加えた１回目の投票ですでに首位の座を岸田文雄に奪われ、国会議員票だけを見れば高市早苗にも敗れて３位という無残な結果だった。　決選投票などしなくとも河野の完敗はその時点ですでに明らかで、決選投票は河野を針の筵に座らせていただけである。その残酷な時間を河野はじっと目をつむって耐え続けていた。　河野が完敗したことは、自分が出馬しない代わりに河野を担いだ菅義偉の完敗を意味する。自民党に世代交代を引き起こし安倍―麻生体制を終わらせようとした菅の野望ははかなく消えた。自民党に「革命」を起こそうとした菅の野望を鎮圧したのは安倍晋三である。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2054257</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2054257</guid>
                <pubDate>Sat, 02 Oct 2021 12:42:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
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                        <![CDATA[<p>９月２９日に行われた自民党総裁選は河野太郎の完敗に終わった。党員・党友票で過半数近い得票を得ながら、国会議員票を加えた１回目の投票ですでに首位の座を岸田文雄に奪われ、国会議員票だけを見れば高市早苗にも敗れて３位という無残な結果だった。<br /><br /> 　決選投票などしなくとも河野の完敗はその時点ですでに明らかで、決選投票は河野を針の筵に座らせていただけである。その残酷な時間を河野はじっと目をつむって耐え続けていた。<br /><br /> 　河野が完敗したことは、自分が出馬しない代わりに河野を担いだ菅義偉の完敗を意味する。自民党に世代交代を引き起こし安倍―麻生体制を終わらせようとした菅の野望ははかなく消えた。自民党に「革命」を起こそうとした菅の野望を鎮圧したのは安倍晋三である。<br /><br /> 　今回の総裁選の主役は、河野太郎でも岸田文雄でも高市早苗でも野田聖子でもなく、安倍晋三ただ一人だ。コロナ禍という危機の最中に現職総理を交代させることなど通常では考えられない。菅はおそらく無投票で再選されると信じていただろう。安倍からも麻生からも再選支持のサインが送られていたからだ。<br /><br /> ところが安倍は菅に再選支持のサインを送りながら、別のことを考えていた。安倍の岩盤支持層である右翼陣営が菅総理に不満を募らせていたからだ。菅総理は少しも安倍路線に忠実でないと右翼陣営の目には映っていた。<br /><br /> その象徴的な出来事が日本学術会議の任命拒否問題だ。安倍政権の方針に反対を表明した６人の学者を安倍政権は任命拒否した。しかしそれが公表されたのは菅政権に代わった直後だ。従って任命拒否の責任は菅総理が負うことになる。<br /><br /> ところが菅は野党の追及にしどろもどろの答弁を繰り返し、その人事は自分ではなく杉田官房副長官が行ったと釈明し、右翼から見れば許しがたい学者を非難する姿勢を見せない。右翼陣営には菅が安倍政治の継承者に見えず、そこから菅総理に対する不満が生まれた。<br /><br /> 野党やメディアは菅と安倍を一体と見るが、右翼陣営はそう思わない。安倍が宿題とした敵基地攻撃にも消極的で、右翼イデオロギーが希薄だ。そして同時に安倍の継承者であるはずの稲田朋美が、総理を目指すためなのかジェンダー問題でリベラル勢力と手を結び、自分たちの主張と相容れなくなった。<br /><br /> 安倍を支えてきた岩盤支持層の自民党不信は増大する。それが自民党離れを引き起こすことになれば、安倍の政治力は減殺される。それでなくとも安倍―麻生連合が生み出した菅政権は河野太郎と小泉進次郎を重用し、自分が「禅譲」しようと思っていた岸田を徹底的に干し上げている。<br /><br /> さらに菅は総理を４年間は続ける姿勢を見せた。それは安倍の将来をも危うくする。安倍はそもそも東京五輪を招致した総理が開催時の総理もやることを目標にしてきた。祖父の岸信介が五輪招致に成功したものの、６０年安保を巡って退陣せざるを得なくなり、開催時の総理が池田勇人に代わったことに対するリベンジだ。<br /><br /> だから安倍はスーパーマリオの格好までして東京五輪招致に力を入れた。２０２０年に東京五輪が開催されれば、開催国の総理として世界の注目を浴びた後、電撃的に退陣を表明し、岸田に政権を「禅譲」する予定だった。<br /><br /> 世界中に惜しまれながらの退陣を演出することで、安倍はキングメーカーとしての力を見せつけ、その余力で長州の先輩である桂太郎と同じ３度目の総理に就任する。そして憲法改正というレガシーを歴史に刻むのだ。それが安倍の夢だった。<br /><br /> しかしその夢にコロナが立ちふさがる。当初は自分の任期中に東京五輪を開催すべく、森喜朗前東京五輪組織委会長が提案した「２年延期」を退け「１年延期」を決定したが、コロナ対策と東京五輪開催の両立が困難なことを悟ると、病気を口実に一時的に避難する道を選ぶ。退陣して難事業を菅官房長官に委ねることにしたのだ。<br /><br /> そして総理となった菅が自分の夢の障害にならないよう、日本学術会議会員の任命拒否を「置き土産」にして踏み絵を踏ませ、国民的人気が出ることを阻止しようとした。<br /><br /> これに対し菅はグリーンとデジタルという中長期の政策課題に国民に人気のある河野太郎と小泉進次郎を登用し、安部が菅政権を潰しにかかれば世代交代に打って出る構えを見せた。<br /><br /> コロナ対策と東京五輪の開催は、相反することを同時にやろうとする矛盾の極致である。菅は安倍の言う「完全な形」ではなく「無観客開催」で乗り切ろうとしたが、「不完全な形」になった五輪に安倍は出席する訳には行かなくなる。そして同時にコロナ対策と東京五輪開催という矛盾は菅政権の支持率を押し下げていく。<br /><br /> 私はその時点で安倍が菅の続投を見限り、岸田政権を誕生させると同時に自分の岩盤支持層を自民党に呼び戻す目的の自民党総裁選を画策し始めたと思う。東京五輪中止に言及した二階幹事長を３A（安倍、麻生、甘利）の一人である甘利明に交代させろと菅総理に要求し、岸田には二階幹事長交代と総裁選出馬を表明させる。同時に無派閥の高市早苗に右翼陣営にアピールする主張をさせて総裁選出馬に踏み切らせた。<br /><br /> 二階幹事長交代を要求された菅は、その要求に応えながらも甘利ではなく、幹事長候補に小泉進次郎、河野太郎、そして安倍の天敵である石破茂の名前を出して抵抗した。それらが拒否されると最後に自分は出馬せず、河野太郎を担ぐことで世代交代という「革命」を実現しようとしたのである。<br /><br /> 世代交代は「革命」である。現役のベテラン議員にとって政治的死を意味するからだ。だから長老たちは命がけで世代交代を潰しにかかる。私は田中角栄がキングメーカーとして日本政治に君臨していた頃、田中支配に挑戦した若手政治家を、長老たちがいかに恐れていたかを知っている。長老たちは政敵同士であっても手を結んで世代交代を潰しにかかった。<br /><br /> 角栄は私に「世代交代は革命だ。絶対に潰してみせる」と言ったが、角栄の天敵である福田赳夫も角栄が健在である限りは世代交代を認めず、安倍晋太郎は派閥を継承できなかった。そのため田中派の金丸・竹下と安倍は秘かに手を組む。親分には絶対知られないようにして仲間を増やしていった。<br /><br /> そうして出来た竹下の「創政会」を安倍は裏から応援する。しかし角栄が病に倒れなければ「創政会」は潰されていたと私は思っている。それほどにすさまじい攻防が野党も巻き込み水面下で起きた。そして角栄が病に倒れたことで、竹下と安倍はそれぞれ派閥の会長になることができた。私は世代交代が簡単ではないことを嫌と言うほど思い知らされた。<br /><br /> 派閥の数の論理に対抗するには国民的世論を動かすしかない。それを証明したのは小泉純一郎である。小泉は森喜朗が退陣した後の２００１年の自民党総裁選に出馬したが、派閥の数の論理で最大派閥の橋本龍太郎に勝てるはずはなかった。<br /><br /> しかし小泉は街頭で「自民党をぶっ壊す！」と絶叫し、田中真紀子が応援演説をすると、たちまち黒山の人だかりとなり、それをテレビが連日報道したため、日本列島に一種のフィーバーが起きた。自民党総裁選は自民党の枠を超えて国民的一大関心事になった。<br /><br /> 国民的熱狂に国会議員票は影響され、当選するはずのなかった小泉が総理となり、自民党本部は観光バスのツアーが訪れる観光スポットになった。今回の河野太郎陣営が目指したのはその再来だったのではないか。それ以外に安倍―麻生体制に対抗する方法はない。<br /><br /> しかしコロナ禍がそれを阻んだ。今回も街頭で訴えることができれば、小泉進次郎や石破茂の応援に多くの聴衆を集めることはできたと思う。それは岸田や高市、野田より多くの聴衆を集めることで、他候補との違いを可視化できた。その効果で国会議員を動かし、派閥の論理を打ち破れた可能性はある。しかしそれができなかった。<br /><br /> 一般の世論調査で５割を超える河野に対する支持率は可視化されず、それが可視化されないため、自民党の党員・党友票も５割に近いとはいえ５割を超えなかった。それでは派閥の締め付けを撥ねかえすことができない。<br /><br /> さらに菅政権の不人気から「選挙の顔」を代えるよう求めた若手にとって、菅の不出馬は一転して自民党の支持率を上昇させ、国民に人気のある河野でなくとも、選挙を戦えるのではないかという「錯覚」を生んだ。<br /><br /> それが「錯覚」だと思うのは、菅総理の退陣表明に敏感に反応したのは株式市場で、株価は３万円を超えてバブル期以来の最高値を付けたが、それは改革派の河野が新総理になることへの期待感である。自然エネルギーへの転換が加速されるとマーケットは見たので株価は上昇した。<br /><br /> ところが岸田が次期総理になることが分かると、２９日の株式市場は大幅下げに転じた。新総裁が決まれば普通はご祝儀相場で株価は上がるものだが、マーケットは自民党に改革の意欲がないとみたのだ。株価は将来を予測するものである。岸田政権の日本の将来をマーケットは明るくないと予想したことになる。<br /><br /> 岸田政権を誕生させたのは一から十まで安倍晋三の力だ。それはひとえに安倍の夢を実現させるためのものである。自分の岩盤支持層を自民党に繋ぎ止め、岸田を傀儡にして、３度目の総理就任に挑戦する。それに麻生と甘利が協力し、安倍政権を操った今井尚哉前総理首席秘書官が岸田の選挙参謀を務めた。<br /><br /> 岸田はこれらの人たちに操られる他に政権運営の方法はない。人事はそれを証明することになるだろう。そうなって初めて国民は岸田政権の本性を知ることになる。９年前から続く安倍―麻生体制の延長に過ぎないことを。<br /><br /> 私が最も懸念するのは、気候変動問題で河野や小泉は自然エネルギーに大胆に舵を切ることを考えていた。それが世界の潮流であるからだ。しかし原発推進派の今井が操る岸田政権は、自然エネルギーより原発に依存する度合いが大きくなる。それでは世界から日本が取り残されていくことにならないか。<br /><br /> 欧州を見ていると、気候変動問題で自然エネルギーへの速やかな転換と、安全保障問題で米国に頼らない自立した軍事体制への転換が図られようとしている。世界から手を引こうとする米国を見ればそれは当然の帰結である。<br /><br /> そうした中で岸田政権の誕生は、日本がこれまでと変わらない米国依存の路線を取り続けると思われることになる。米国は今、新型の小型原子炉を開発してそれを他国に売りつけようとしている。それにいち早く乗ろうとしているのが、高市や岸田の主張だった。そしてそこに河野との最大の違いがあった。<br /><br /> この選挙結果を見れば、自民党内での河野の主張は封印された。次の総裁選が行われるまでの３年間封印が解かれることはない。それを変えようと考える国民がいれば、国民が参加する選挙で岸田政権を倒すしかない。<br /><br /> では今の野党に岸田政権を倒す力があるか。私は悲観的にならざるを得ない。実は河野総裁が誕生し、自民党に世代交代が起これば、それは野党にも波及すると私は見ていた。河野政権を倒すためには野党のリーダーも若返りしなければならないと国民は考え、野党にも世代交代の波は押し寄せると考えた。<br /><br /> しかしそうならなかったので、実は野党の幹部たちは胸をなでおろしているのではないかと思う。岸田政権は表はリベラルだが実体は安倍―麻生体制である。野党にとっては表がリベラルであるだけに攻めにくい。そこに安倍の狙いはある。<br /><br /> それを打破するには、自民党内で封印された自然エネルギーへの大胆な転換を野党が前面に立てて岸田政権と対峙することではないか。水面下で河野たちと連動することも考えられる。１１月に予定される総選挙での政権交代はなくなったと思うので、来年夏の参議院選挙で野党が過半数を得ることを目指す。<br /><br /> 「ねじれ」が生じれば岸田政権はそこで終わる。岸田政権が終われば安倍の夢も終わる。そうして日本政治に新たな舞台が登場する。そのためには野党はどんなことでもやる。その覚悟を持たなければならない。自分の肉を切らせて相手の骨を断つ。野党にその覚悟はあるか。<br /><br /> 菅は自民党内で世代交代を仕掛け、今回は完敗したが、自民党が旧体制のままでいるのなら、野党の側にこそそれと同様の変革を起こさせ、参議院選挙で過半数を獲得するための戦略を考える人間はいないのか。それとも安倍の日本支配を許すのか。自民党総裁選はそれを感じさせた。<br /><br /><div>
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<br /><div>【関連記事】</div>
<div>■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧</div>
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<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch711/1895867</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：史上最低を記録する東京五輪と菅総理の足元を揺るがす横浜市長選挙の怪]]></title>
                <description><![CDATA[<p>コロナ禍と酷暑の中で行われている東京五輪は残り１週間を切ったが、IOC（国際五輪委員会）と放映権の独占契約を結んでいる米NBCテレビの視聴率は史上最低を記録することになりそうだ。かつてNBCテレビの経営者は、コロナ禍の東京五輪は史上最高の売り上げを記録すると豪語したが、その目論見は外れ、ＮＢＣはスポンサーとの間で補償交渉に入ったと米国メディアは伝えている。７月２３日に行われた東京五輪開会式の視聴者数はおよそ１７００万人で、日本と同じ時差があったソウル五輪開会式の２２６９万人を下回り、過去３３年間で最低を記録した。前回のリオ五輪開会式の視聴者数は２６５０万人で、それに比べると東京五輪は３６％減少した。リオ五輪でNBCのゴールデンタイムの平均視聴率は１４．４％だが、それはその前のロンドン五輪の平均視聴率を１８％も下回っている。それでもNBCはリオ五輪で２７５億円の利益を上げた。ところが７月２７日までの東京五輪のゴールデンタイムの視聴者数はリオ五輪を４２％下回り、NBCはスポンサーに対しCM枠を増やすなど補償策を提案せざるを得なくなったという。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2040309</link>
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                <pubDate>Tue, 03 Aug 2021 18:04:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p>コロナ禍と酷暑の中で行われている東京五輪は残り１週間を切ったが、IOC（国際五輪委員会）と放映権の独占契約を結んでいる米NBCテレビの視聴率は史上最低を記録することになりそうだ。 <br /><br />かつてNBCテレビの経営者は、コロナ禍の東京五輪は史上最高の売り上げを記録すると豪語したが、その目論見は外れ、ＮＢＣはスポンサーとの間で補償交渉に入ったと米国メディアは伝えている。 <br /><br />７月２３日に行われた東京五輪開会式の視聴者数はおよそ１７００万人で、日本と同じ時差があったソウル五輪開会式の２２６９万人を下回り、過去３３年間で最低を記録した。前回のリオ五輪開会式の視聴者数は２６５０万人で、それに比べると東京五輪は３６％減少した。 <br /><br />リオ五輪でNBCのゴールデンタイムの平均視聴率は１４．４％だが、それはその前のロンドン五輪の平均視聴率を１８％も下回っている。それでもNBCはリオ五輪で２７５億円の利益を上げた。 <br /><br />ところが７月２７日までの東京五輪のゴールデンタイムの視聴者数はリオ五輪を４２％下回り、NBCはスポンサーに対しCM枠を増やすなど補償策を提案せざるを得なくなったという。 <br /><br />NBCはこれまでに東京五輪放映のCM収入を過去最高の１３６０億円余り売り上げたと言うが、放映権料としてすでにIOCに１２００億円支払っており、さらにスポンサーに補償せざるを得なくなると、NBCにとっても史上最低の五輪となる可能性がある。 <br /><br />視聴率低下の原因は様々に分析されるだろうが、デジタル化の進展によってテレビで見るよりネットやスマホで見る人間が増え、しかもコロナ禍で１年延期されたうえ「無観客」の試合となり、選手の中に感染者が出たり、精神面の問題を理由に棄権する選手も出るなど、全面的に支持される五輪ではなかったことが大きいと思う。 <br /><br />ノバク・ジョコビッチらテニス選手が「死んだら誰が責任を取る」と訴えたように、酷暑の東京五輪はそもそも無謀であった。それにもましてコロナ禍が収束していないのに開会を強行した理由は、NBCテレビの利益至上主義にIOCが便乗した結果である。しかし視聴率はそれを見事に裏切り、利益至上主義の無謀さを立証してみせた。 <br /><br />ところがIOCのバッハ会長は日本のテレビ視聴率に着目し、国民に完全に受け入れられたと胸を張り、大会は成功であったかのように言う。しかし日本のテレビは米国と異なり、五輪以外に見るべき番組を放送しないからそうなる。 <br /><br />この期間の日本人は新聞とテレビによって目も耳も塞がれ、五輪以外の情報から遠ざけられる。五輪の裏側で起きていることに無関心になり、世界の構造変化から取り残される傾向がある。日本のメディアの横並び主義の弊害だ。 <br /><br />そして今回の東京五輪は、リオ五輪の最終日に安倍前総理がスーパー・マリオに扮して登場し、東京大会への道筋を示したように、最初から安倍晋三―森喜朗の２頭立てが主導する政治色の強い五輪である。それにバッハ会長が１枚かんだのが東京五輪だった。 <br /><br />五輪招致を決めた総理が開催時の総理もやる。それが安倍前総理の強い意志で、祖父の岸信介が招致を決めた１９６４年の東京五輪を前に退陣せざるを得なくなったことへの復讐心だ。そのためパンデミックが起きても「２年延期」ではなく「１年延期」に固執し、それをNBCもバッハ会長も支持した。 <br /><br />ところが安倍前総理はコロナ対策に失敗し、さらに「モリカケ桜」のスキャンダルで政権自体が危うくなる。そこで病気を理由に難局を一時的に菅官房長官に委ね、それを短命で終わらせ次に岸田文雄傀儡政権を作り、その後に返り咲くシナリオを構想した。 <br /><br />ところが短命で終わらせるはずの菅総理が安倍構想に逆らう。「グリーン」と「デジタル」という中長期の政策課題を掲げ、それを若手の河野太郎、小泉進次郎らに世代交代して実現する構図を示した。 <br /><br />そこから安倍―菅戦争が始まる。安倍の側には麻生副総理、甘利税調会長らが付き、菅の側には二階幹事長が付いた。 <br /><br />それが東京五輪開催にも影響する。自民党の中で圧倒的多数の議員を擁する安倍―麻生連合は、コロナ禍での東京五輪開催を中止にすれば敵に回るぞと菅総理を脅し、一方の二階幹事長は「中止もあり得る」と言う。その狭間で菅総理は「無観客」開催を決断した。 <br /><br />東京五輪を中止にはしないが、「完全な形での開催」を国際公約した安倍前総理の言う通りにはならない。「不完全な形の五輪」にする。安倍前総理は怒ったが、さりとて中止にはしなかったのだから、公然と菅批判もできない。 <br /><br />リオ五輪の閉会式でスーパー・マリオに扮した姿を国際社会に見せた安倍前総理は、不完全な形の東京五輪開会式に出席する訳にいかず、東京五輪から一切姿を消すしかなくなった。 <br /><br />これで安倍―菅戦争は一段と激しさを増すことになる。それが自民党総裁選挙を先にするか、衆議院選挙を先にするかを巡って戦われていると前回のブログに書いた。 <br /><br />そして東京五輪が閉幕するその日に告示される横浜市長選挙が、それとは別に不思議な展開を見せている。しかしここにも底流には安倍―菅戦争があるように私には思える。カジノを巡る戦いだ。安倍前総理がカジノに賛成で菅総理が反対という訳ではない。 <br /><br />そもそも日本がカジノを導入しようと考えたのは、安倍前総理がトランプ大統領から要求されたからだ。トランプ大統領の友人が経営するカジノを日本に進出させろと言われた。その友人が狙っているのは首都圏での営業、つまり東京か横浜という訳だ。 <br /><br />そこで官房長官時代の菅氏は横浜誘致を積極的に進めた。ところが故小此木彦三郎代議士の秘書時代から面倒を見てもらっていた「ハマのドン」こと藤木幸夫氏が強硬にカジノ反対を主張した。 <br /><br />そしてトランプ大統領の友人も日本の規制の厳しさに嫌気がさし、日本進出を見合わせたと言われる。日本進出に積極的なのは中国系企業となった。無論「貿易立国」に代わる「観光立国」を目指す考えからすれば、中国人富裕層を呼び込む必要があり、それでも構わないと言えば言えるが、中国企業とカジノで言えば、中国企業から賄賂を貰ったとして秋元司元カジノ担当内閣府副大臣が東京地検特捜部に逮捕・起訴される事件が起きた。 <br /><br />しかもバイデン政権の誕生で、米中対立に日本も当面は巻き込まれざるを得ないため、中国系企業を呼び込むことには慎重にならざるを得ない。そのような情勢の中で、菅総理にとっては兄弟同様の小此木八郎国家公安委員長が、６月末に突然大臣を辞めて横浜市長選に立候補を表明した。 <br /><br />現職の大臣が、しかも警察を所管する国家公安委員長が東京五輪の直前に辞任するなどありえない話だ。さらに小此木氏は「カジノ誘致を取りやめる」と言った。メディアはそれを小此木氏が菅総理を見限ったかのように報道したが、そんなこともあるはずはない。 <br /><br />私は当初から、菅総理は官房長官時代に安倍前総理の覚えめでたくなるため「カジノ誘致」を積極的に進めたが、トランプ―安倍時代も終わり、米国企業も進出に積極的でなくなったのなら、横浜に誘致するメリットも薄れたとみて、小此木氏を使い「ハマのドン」との関係を修復する方向に舵を切ったのではないかと考えた。 <br /><br />するとやはり菅総理は小此木氏を支援する立場であることを明確にする。これまでカジノ誘致に賛成してきた自民党市議団は混乱するだろうが、しかし次第に状況が分かってくれば小此木支持が増えていくと私は見る。 <br /><br />問題は「ハマのドン」との関係だが、「ハマのドン」はカジノ反対を掲げる野党統一候補の山中竹春氏を支援すると言われている。立憲民主党の江田憲司衆議員議員が働きかけたようだ。 <br /><br />しかし小此木家と藤木家の関係には長い歴史があり余人には伺い知れないものがある。いずれ横浜には誘致しない方向で藤木氏は菅総理と関係修復するのではないかと私は見ている。 <br /><br />そしてコロナ禍が収まれば、東京都の小池都知事が横浜に代わりカジノ誘致を表明するかもしれない。悪いと言われた菅―小池関係だが、最近はそれほどでないようだ。 <br /><br />そうなると「カジノ反対」で票を獲得しようとしていた野党陣営は困ったことになる。何にもまして９人が立候補を予定している中で、カジノ賛成は２人だけ、あとは全員が反対だから票は割れる。その調整が出来なければ惨憺たる結果になりかねない。 <br /><br />そう思っていると、野党統一候補である山中竹春氏のパワハラ疑惑が報道された。横浜市立大学の医学部から告発メールが送信され、横浜市立大学教授であった山中氏のパワハラで周囲にいた１５人以上が辞めることになったというのだ。怪文書のような印象だが、処理を間違えると選挙に悪影響を及ぼすことになる。 <br /><br />横浜は菅総理の政治の出発点である。本人は横浜市議から国会議員になり総理に上り詰めた。その足元の市長選挙の結果は、菅内閣が過去最低の支持率を更新する中で、結果次第では政権を揺るがす重大な意味を持つ。 <br /><br />それだけに奇々怪々な動きが与党の側にも野党の側にも起こることになる。そして菅総理は小此木候補を落とすわけにいかない。自民党総裁選を前にして小此木候補を落選させれば、自分が総裁選に立候補する道を閉ざすことにもなる。東京五輪の後には熾烈な政治の季節が待ち受けている。<hr /><div>
<div>■オンライン田中塾開催のお知らせ</div>
<br /><div>　コロナ禍は我々の暮らしを様々な面で変えようとしていますが、田中塾も2020年9月から新しい方式で行うことにいたします。昨年５月の塾に参加された方からの提案で、昨年9月からオンラインで塾を開くことにしました。これまで水道橋の会議室で塾を開催しましたが、今後はご自宅のパソコンかスマホで私の話を聞き、チャットなどで質問することが出来ます。入会金3000円、年会費3000円の会員制で、年6回、奇数月の日曜日午後の時間帯に開催する予定です。会員の方だけにURLをお知らせしますが、同時に参加できなくとも、会員は後で録画を見ることも出来ます。</div>
<br /><div>　昨年5月の塾には日本に一時帰国中のロンドン在住の方がお見えでしたが、これからは遠方にいても参加が可能です。また顔を見合わせて話をしたい方がおられましたら、要望次第でリアルの塾も別に企画しようと思っています。</div>
<br /><div>　コロナ後の世界がどう変化していくか皆様と共に考えていきたい。そのようなオンライン田中塾になるよう頑張ります。どうかオンライン田中塾への入会をお待ちします。入会ご希望の方は、下記のフォームからご入力ください。</div>
<div><br />【入会申し込みフォーム】</div>
<div><a href="http://bit.ly/2WUhRgg">http://bit.ly/2WUhRgg</a></div>
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<div>■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧</div>
<div><a href="http://ch.nicovideo.jp/search/%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E6%8E%A2%E6%A4%9C?type=article">http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article</a></div>
<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch711/1895867</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：二階幹事長の「刺し違え」発言で「６月大乱」の幕が上がる]]></title>
                <description><![CDATA[<p>菅総理が日米首脳会談に出発した４月１５日、二階俊博幹事長は「もうこれ以上とても無理だということだったら、これはもうスパッとやめなければいけない。オリンピックでたくさん感染病をまん延させたっていったら、何のためのオリンピックか分からない」と発言した。　政府、東京都、IOC（国際五輪委員会）が足並みをそろえて東京五輪開催に突き進む中、菅政権の生みの親が「五輪中止」に言及したことは政界に衝撃を与えた。菅総理はこれまで安倍前総理が使った「コロナに打ち勝った証し」という常套句を、バイデン大統領との会談では「世界の団結の象徴」に言い換えた。　私は二階発言を聞いて「5月は政局の予感」とブログに書いた。日米首脳会談直前の絶妙なタイミングでの発言だったからである。結局、日米首脳会談は東京五輪開催の３か月前であるにも関わらず、五輪を巡る日米の協力関係を華々しく打ち上げる場ではなくなった。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2025690</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2025690</guid>
                <pubDate>Tue, 01 Jun 2021 21:21:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p>菅総理が日米首脳会談に出発した４月１５日、二階俊博幹事長は「もうこれ以上とても無理だということだったら、これはもうスパッとやめなければいけない。オリンピックでたくさん感染病をまん延させたっていったら、何のためのオリンピックか分からない」と発言した。<br /><br /> 　政府、東京都、IOC（国際五輪委員会）が足並みをそろえて東京五輪開催に突き進む中、菅政権の生みの親が「五輪中止」に言及したことは政界に衝撃を与えた。菅総理はこれまで安倍前総理が使った「コロナに打ち勝った証し」という常套句を、バイデン大統領との会談では「世界の団結の象徴」に言い換えた。<br /><br /> 　私は二階発言を聞いて「5月は政局の予感」とブログに書いた。日米首脳会談直前の絶妙なタイミングでの発言だったからである。結局、日米首脳会談は東京五輪開催の３か月前であるにも関わらず、五輪を巡る日米の協力関係を華々しく打ち上げる場ではなくなった。<br /><br /> 　二階幹事長は「当然のことを言った」と開き直り、政局的な思惑を否定したが、何が何でも開催を決めている側からすれば、冷や水を浴びせられた思いだろう。しかも感染の先行きが見えない不安から、国民の多くが五輪開催を喜ばなくなれば、中止の可能性もゼロではなくなる。<br /><br /> 　その後の展開を見ると、変異株の感染加速が世界各地から報告され、医療関係者やメディアの中から五輪開催を疑問視する声が上がった。世論調査でも日本では８割の国民が中止や延期を求める結果が出た。<br /><br /> 　するとIOC幹部からは、日本国民の犠牲的精神を称賛し持ち上げようとする発言や、人類が絶滅の危機を迎えない限り必ず開催するという脅しに近い発言が相次ぐ。何が彼らにそれほど異様な発言をさせるのか。私は近代五輪がその精神を失い、終焉の時を迎えつつあるように感じた。<br /><br />　今年７月の五輪開催は安倍晋三前総理の「置き土産」である。東京五輪組織委が検討していた「２年延期」を覆し、「１年延期」に前倒ししたのは安倍前総理自身だからだ。森喜朗前東京五輪組織委会長は「自分は２年延期に賛成だったが、そのためには安倍さんの任期を延長する必要があり、自民党総裁４選のため政治工作に取り掛かるつもりだった」と述べている。<br /><br />　しかし安倍前総理は４選を望まず、自分の任期中に五輪を開催するため「１年延期」に踏み切った。私は「１年延期ではコロナの収束にたどり着けない」と危惧したが、都知事再選を狙っていた小池東京都知事もそれに賛同して天敵同士が手を握った。さらにバッハIOC会長もそれを了承し、東京五輪は今年７月２３日に開催されることが決まった。<br /><br />　従って仮に中止されれば、この３人の判断が甘かったことになる。巷では「中止されれば菅総理の責任が追及され、菅総理は退陣に追い込まれる」と言われるが、私にはその意味が分からない。まず責任を問われなければならないのは「１年延期」を決めた人たちだ。<br /><br />　菅総理の責任は、安倍前総理から託された時間枠の中で、努力したがコロナウイルスに勝てなかったというレベルである。１年延期を決めた人たちより責任の度合いは小さい。ところが「中止なら退陣」との見方が横行する。そこに私は政略の臭いを感ずる。<br /><br />　かねがね安倍前総理と麻生副総理兼財務大臣は菅政権を「東京五輪までは支える」と言ってきた。裏を返せば「東京五輪を中止すれば、すぐにでも支援をやめる」という脅しである。安倍―麻生連合は自民党議員の半数近い数を擁しているから、この２人が支援をやめると言えば菅政権はそこで終わる。<br /><br />　従って菅総理に中止の選択肢はない。何が何でも五輪開催に向けた努力をしなければならない。「中止なら退陣」の情報は安倍―麻生連合の側から流されていると私は思う。それにメディアは乗せられている。ついでに言えば、しきりに流される「９月解散・総選挙説」も五輪開催を前提にしているから、同じ側から流されている可能性がある。<br /><br />　しかし私は菅総理が中止を言う可能性はあると考えている。二階幹事長が言うように「無理だ」という感染状況を国民の大多数が認識すれば「スパッと」中止を言う。要するに感染状況次第で五輪は開催されるか中止されるかが決まる。当たり前の話だ。それが判断されるのは６月下旬になると思う。<br /><br />　二階氏は、中止する時には「菅総理が主導しろ」と言っているように聞こえる。国民の多数が「無理だ」と思う状況になれば、「スパッと」中止を言うことで支持率も回復し、解散・総選挙に打って出る状況が到来する。<br /><br />　菅総理はそれまでは開催の努力を続け、予定通り開催できる状況になれば、開催して大会を盛り上げ、その勢いで解散・総選挙を行う。最大派閥を擁する安倍前総理が菅総理の続投を支持しているのだから、菅総理の続投は保証されている。<br /><br />　つまり菅総理にすればどちらでも良い訳で、五輪で追い込まれているわけではない。問題は菅総理と二階幹事長、菅総理と安倍前総理との距離にある。安倍前総理が菅総理の続投を支持するのは、菅総理を自分の傀儡にしたい思惑からで、それには二階幹事長との関係を断ち切らせたい。つまり幹事長を交代させるのが条件になる。<br /><br />　一方、二階幹事長はそれを分かっているから、そうはさせない仕掛けをしている。その一つが「スパッと」五輪を中止させ、１年延期を決めた安倍前総理の責任論を浮上させることだ。もう一つは河井克之・案里夫妻に渡った１億５千万円の問題をクローズアップさせ、安倍前総理を身動きできなくすることである。<br /><br />　二階幹事長は３月２３日、参議院広島選挙区の公職選挙法違反事件で、河井克之被告が議員辞職を表明したのを受け、「党としても他山の石としてしっかり対応していかなければならない」と述べ、野党やメディアから「他人事のように言うな」と批判された。<br /><br />　しかし私は二階幹事長が意識的に「他山の石」と発言したと考え、１億5千万円の支出に自民党は関係していないと言いたかったのではないかと思った。そして５月に入るとこの問題が急展開する。<br /><br />　５月１２日、広島県連会長の岸田文雄氏は１億５千万円の支出について党本部に説明責任を求めた。すると二階幹事長は１７日、「私は関与していない」と記者会見で発言する。そして林幹事長代理が「選挙対策委員長が広島を担当していた」と補足した。<br /><br />　当時の選挙対策委員長は安倍前総理と極めて近い甘利明氏である。その甘利氏は翌日「私は１ミクロンも関係ない」と発言した。そして２４日、二階幹事長はそれまでの発言を修正する。「責任は総裁と幹事長にある」と発言した。つまりこの問題で総裁の安倍氏の責任論に初めて言及した。自分の責任を認めることで安倍前総理の責任を浮かび上がらせたのである。<br /><br />　私はそれを聞いて、かつて中曽根総理に「行き過ぎれば刺し違える」と言った金丸幹事長を思い出した。中曽根総理が２期目の自民党総裁選を迎えた時、それを支持するのは自民党内で田中角栄ただ一人だった。鈴木善幸、福田赳夫、三木武夫らは中曽根が大嫌いだった。<br /><br />　自民党だけではない。公明党の竹入義勝委員長、民社党の佐々木良作委員長も中曽根再選に反対し、それら反対勢力が目をつけたのは田中派の大番頭である二階堂進だ。田中の力は最大派閥を擁していることだが、最大派閥を分裂させれば、力は無力化する。<br /><br />　中曽根再選反対派は二階堂を総裁候補にすることで田中の力を封じようとする。二階堂はその工作に乗り、田中に「中曽根はあなたを必ず裏切る」と説得したが受け入れられず、田中派に亀裂が走る。この事態を収拾したのが金丸信だ。二階堂を説得して総裁候補になることを断念させた。<br /><br />　中曽根は薄氷を踏む思いで再選されるが、その時金丸が言ったのが「行き過ぎれば刺し違える覚悟であなたを総裁にする」という言葉だ。これで中曽根は金丸に頭が上がらなくなり、金丸を幹事長のポストに就け、金丸は中曽根総理総裁と同等の力を持つようになった。<br /><br />　一方、金丸幹事長の誕生は田中派内の力関係を変えた。竹下登が総裁候補になるための勉強会「創政会」が作られ、田中角栄の力は大きく削がれた。まもなく田中は病に倒れ、田中を中心に動いてきた日本政治は、中曽根と金丸が激突する構図に変わるのである。<br /><br />　私は二階幹事長が金丸を「政治の師」として仰いでいると常々思ってきたので、１億５千万円の支出の責任を「幹事長と総裁にある」と言ったのを聞き「刺し違え」を連想した。これは安倍―麻生連合に対する二階幹事長の挑戦である。とりわけ安倍前総理の力を削ごうとしている。<br /><br /> 「５月は政局の予感」と書いたが、まさに政局が始まったと私は思った。そして６月はそれが大乱の様相になると想像する。何よりも６月は東京五輪が開催されるか中止されるかの正念場を迎える。<br /><br />　さらに１億５千万円を受け取った河井克之被告の判決が６月１８日に予定され、森友学園を巡る公文書改ざんで自殺に追い込まれた故赤木俊夫氏のファイルが２３日の裁判に提出される。いずれも安倍前総理との関連に注目が集まる。<br /><br />　そして国会は１６日に閉幕するが、ここにきて立憲民主党の枝野幸男代表がコロナ対策を理由に会期延長を要求し、早期の解散・総選挙を求めだした。野党が内閣不信任案を提出すれば、それは解散の理由になる。この野党の動きは二階幹事長の「刺し違え」発言と無関係ではないと私は思う。<br /><br />　東京五輪開催の可否が大詰めを迎える中、自民党内の対立構図に野党も参画する「大乱」の幕が上がったように私には見える。<br /><br /><hr /><div>
<div>■オンライン田中塾開催のお知らせ</div>
<br /><div>　コロナ禍は我々の暮らしを様々な面で変えようとしていますが、田中塾も2020年9月から新しい方式で行うことにいたします。昨年５月の塾に参加された方からの提案で、昨年9月からオンラインで塾を開くことにしました。これまで水道橋の会議室で塾を開催しましたが、今後はご自宅のパソコンかスマホで私の話を聞き、チャットなどで質問することが出来ます。入会金3000円、年会費3000円の会員制で、年6回、奇数月の日曜日午後の時間帯に開催する予定です。会員の方だけにURLをお知らせしますが、同時に参加できなくとも、会員は後で録画を見ることも出来ます。</div>
<br /><div>　昨年5月の塾には日本に一時帰国中のロンドン在住の方がお見えでしたが、これからは遠方にいても参加が可能です。また顔を見合わせて話をしたい方がおられましたら、要望次第でリアルの塾も別に企画しようと思っています。</div>
<br /><div>　コロナ後の世界がどう変化していくか皆様と共に考えていきたい。そのようなオンライン田中塾になるよう頑張ります。どうかオンライン田中塾への入会をお待ちします。入会ご希望の方は、下記のフォームからご入力ください。</div>
<div><br />【入会申し込みフォーム】</div>
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<br /><div>【関連記事】</div>
<div>■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧</div>
<div><a href="http://ch.nicovideo.jp/search/%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E6%8E%A2%E6%A4%9C?type=article">http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article</a></div>
<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch711/1895867</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：メディアはなぜ早期解散はなくなり秋以降の解散と書くのか]]></title>
                <description><![CDATA[<p>４月２５日の３つの国政選挙に自民党が全敗した直後、メディアにはこれで早期解散はなくなり、解散は東京五輪後で自民党総裁選前の９月とする見方があふれた。東京パラリンピックが閉会するのは９月５日、菅総理の自民党総裁任期が切れるのは９月３０日だから、その間に解散・総選挙が行われるというのだ。早期解散がなくなった根拠は、３つの国政選挙全敗の結果、与党は態勢の立て直しに時間がかかる。また新型コロナウイルスの感染再拡大で、早期解散は国民の理解が得られないからだという。　菅総理は東京五輪開催で政権を浮揚させ、総選挙で勝利すれば、自民党総裁選は無投票で続投の流れとなり、現在の危機的状況を乗り切ることができるとメディアは解説する。おそらくそのようなことを言う政治家がいて、それを鵜呑みにした記者が記事を書いている。　しかし私はこの見方に違和感を持つ。なぜならその見方は東京五輪が開催されることを前提にしている。東京五輪が必ず開催されると菅総理は本気で考えているだろうか。考えているとしたら相当のオポチュニストで危機意識の乏しい政治家だ。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2018060</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2018060</guid>
                <pubDate>Mon, 03 May 2021 09:22:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p>４月２５日の３つの国政選挙に自民党が全敗した直後、メディアにはこれで早期解散はなくなり、解散は東京五輪後で自民党総裁選前の９月とする見方があふれた。<br /><br /> 東京パラリンピックが閉会するのは９月５日、菅総理の自民党総裁任期が切れるのは９月３０日だから、その間に解散・総選挙が行われるというのだ。<br /><br /> 早期解散がなくなった根拠は、３つの国政選挙全敗の結果、与党は態勢の立て直しに時間がかかる。また新型コロナウイルスの感染再拡大で、早期解散は国民の理解が得られないからだという。<br /><br /> 　菅総理は東京五輪開催で政権を浮揚させ、総選挙で勝利すれば、自民党総裁選は無投票で続投の流れとなり、現在の危機的状況を乗り切ることができるとメディアは解説する。おそらくそのようなことを言う政治家がいて、それを鵜呑みにした記者が記事を書いている。<br /><br /> 　しかし私はこの見方に違和感を持つ。なぜならその見方は東京五輪が開催されることを前提にしている。東京五輪が必ず開催されると菅総理は本気で考えているだろうか。考えているとしたら相当のオポチュニストで危機意識の乏しい政治家だ。<br /><br /> 　政治家なら様々なケースを想定し、様々な対応策を準備するはずだ。ただそれは他人には公表しない。聞かれれば「開催に努力する」としか言わない。それは政治家として当たり前の話だ。しかし同時に政治家なら必ず最悪のケースを想定する。<br /><br /> 最悪は、五輪を開催したことで日本国内の感染が拡大するだけでなく、世界にも感染が拡がることだ。菅政権は世界中から罵詈雑言を浴びる。また選手団派遣を見送る国が出てくれば、それも菅政権の失点になる。<br /><br /> さらに開催に固執した挙句、中止せざるを得なくなれば、政権の浮揚どころか万事休すだ。開催に固執することはあまりにもリスキーだ。だから私は菅総理が開催を前提にして解散・総選挙を考えているとは思えない。<br /><br /> 　次に選挙全敗をメディアは「菅政権に打撃」と報道するが、前のブログで書いたように、私はそうは思わない。打撃を受けたのは、安倍前総理が自民党総裁選のカードにしようとしていた岸田前政調会長である。<br /><br /> 　自民党総裁選で議員票の圧倒的多数を握るのは、細田派（事実上の安倍派）と麻生派である。これを私は安倍―麻生連合と呼んでいるが、この２つの派閥に担がれないと総裁にはなれない。だから菅総理は前回の総裁選で「安倍政治の継承」を掲げる必要があった。<br /><br /> 　次の総裁選で、安倍―麻生連合がもし岸田氏を担げば、菅総理はそこで終わりだ。だからその前に解散・総選挙を断行して、自民党内の派閥力学を変えなければならない。総裁と幹事長が主導する選挙はそれを可能にする。安倍前総理が選挙のたびに「安倍チルドレン」を生み出したように、子飼いの新人を当選させることができるからだ。<br /><br /> 岸田氏は自民党宏池会の牙城である広島選挙区で選挙責任者として采配をふるった。しかし当初はリードしていた自民党候補が野党に逆転され落選した。その政治責任は大きい。次の自民党総裁選に立候補できるかどうか分からなくなった。<br /><br /> 　だからメディアは「ポスト菅は不在」と報道する。そして「ポスト菅は安倍」という記事も出始めた。しかし安倍前総理には「桜を見る会」という傷がある。検察が略式起訴で済ませた前の公設第一秘書に対し、検察審査会が２度目の「起訴相当」の議決をすれば、元秘書は法廷で裁かれる。そうなれば事件は再び国民の注目を浴び、季節外れの桜がまた芽吹く。<br /><br /> 　そうした状況にありながら、安倍前総理が「ポスト菅」に名乗りを上げなければならないとすれば、それは安倍氏の思惑通りではない。つまり岸田氏に次いで打撃を受けたのは安倍氏である。３つの国政選挙は、安倍氏が短命で終わらせようと考えた菅総理が、自分の意に反して続投する可能性を手にする結果になった。<br /><br /> 　また３つの国政選挙は野党の勝利とは言い難い。衆議院北海道２区と参議院広島選挙区は「政治とカネ」のスキャンダルに対する批判票が野党候補を勝たせ、参議院長野選挙区は現職議員急死による「弔い合戦」で野党が勝つのは当たり前だった。<br /><br /> 　むしろ選挙は野党共闘の足並みの乱れを表面化させた。それも共産党との政策協定を巡る足並みの乱れだから深刻だ。２０年以上の実績を持つ自公の選挙協力と違い、野党の選挙協力は政治的に見れば「稚拙」だ。<br /><br /> 冷戦後、イタリア共産党が「オリーブの木」に参画し、政権交代を成し遂げたのとはレベルが違う。これでは次の総選挙で政策の乱れを与党から攻撃される可能性がある。３つの国政選挙が野党の勝利と私が思えないのはそのためだ。<br /><br /> ３つの国政選挙で態勢の立て直しが急務なのは与党より野党の方だ。そう考えると与党は早期解散して野党に立て直しの時間を与えない方が有利になる。残る問題は新型コロナウイルスの感染状況だが、感染が収まらないのに解散を打つには、よほどの大義名分が必要になる。<br /><br /> しかし立憲民主党の安住国対委員長が今国会で内閣不信任案を提出する意向を示すと、二階幹事長は「不信任案が出ればすぐに総理に解散するよう進言する」と発言した。それに福山幹事長が「コロナがあるのに、できるのなら受けて立つ」と強がりを言ったが、不信任案提出は解散の大義を野党が菅総理に与える話だ。<br /><br /> 国民はコロナ禍の中での解散に批判的だろう。だが野党が解散の大義を与えたとなれば、野党も批判される。私は二階幹事長の発言を本気だと思った。その二階幹事長は菅総理が日米首脳会談のために訪米した４月１５日、「東京五輪が無理だと思ったらスパッとやめなければならない」と発言した。<br /><br /> 日米首脳会談で、菅総理はバイデン大統領を東京五輪に招待するだろうと思っていた私は、それをけん制の発言と思った。訪米前に菅総理が安倍前総理のもとを訪れ、教えを請う姿勢を見せたことを、二階幹事長は自分に対する裏切り行為と捉え、安倍前総理の意向通りに東京五輪に前のめりになることをけん制したと思ったのである。<br /><br /> しかし首脳会談で菅総理は、安倍前総理の「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして東京五輪を開催」というフレーズを言わなかった。そしてバイデン大統領も「開催を支持する」ではなく、「開催の努力を支持する」と発言し、菅総理がバイデン大統領を東京五輪に招待することもなかった。<br /><br /> これを見て私は、バイデン大統領が東京五輪開催に積極的ではないことを菅総理は知り、その考えを共有したように思った。ただし開催国の総理としてまだそのことを表に出す訳にはいかない。中止を主導するにはそれなりの環境が必要だ。コロナの感染状況を見極め、国民の声を聞き、環境が整えば、菅総理が「スパっとやめる」ことはあり得ると思った。<br /><br /> そうなれば東京五輪後の解散・総選挙という選択肢は消える。菅総理は感染対策のための補正予算編成を行い、それを解散の大義に利用するかもしれない。最も都合が良いのは野党が提出する内閣不信任案だから、それを出させるよう挑発を始める可能性もある。<br /><br /> これまで安倍政権は、選挙に勝てると思った時期に、解散の大義を無理矢理作ることで連戦連勝した。そのため自民党はいわゆる「水ぶくれ」状態だ。従って次の総選挙で議席が減ることは確実である。菅総理はそれを織り込み済みだと思う。<br /><br /> 「水ぶくれ」状態は「魔の３回生」と呼ばれる若手議員を誕生させ、不祥事を多発させた。彼らは「安倍チルドレン」と呼ばれ、党内最大派閥である細田派（事実上の安倍派）に多くが所属している。<br /><br /> 「安倍チルドレン」が落選することは、最大派閥の数を減らし、党内力学で菅総理を有利にする。安倍前総理はそれを意識してか、森喜朗氏から東京五輪組織委会長の後任を要請されたが受けなかった。森氏によると「総選挙で若手議員の応援をしなければならない」と言ったそうだ。<br /><br /> つまり安倍前総理は総選挙が東京五輪の後だと思っていない。後なら森氏の要請を引き受けても良かったが、その前に総選挙の可能性があるから断ったのだ。そしてここにきて安倍前総理は活動を活発化させている。選挙での応援効果を考えているからだ。<br /><br /> 一方でメディアは、小池東京都知事が東京五輪中止を言い出し、それで国民の支持を取り付け、国政に転出すると報道している。これも妙な話だ。東京五輪の１年延期を主導したのは安倍前総理だが、それは長年の天敵である小池都知事と手を組んでの行動だった。<br /><br /> 前総理が延期を主導したのだから、中止を主導するのは現職総理であってもおかしくない。安倍前総理と同じように菅総理が長年の天敵である小池都知事と手を組み、IOC（国際五輪委員会）に働きかければ良い。<br /><br /> そもそも現在の厄介な状況は、１年延期を決めた安倍前総理と小池都知事に責任がある。東京五輪を実質的に取り仕切った電通の高橋治之氏は、コロナの収束時期を考慮して「２年延期」を米国のウォールストリート・ジャーナル紙に報道させた。ところが自分の任期中に五輪を開催したかった安倍前総理がそれを覆し、小池知事も自分の選挙を考えて「１年延期」に賛成したのだから同罪だ。<br /><br /> その小池知事が中止を言い出すのは悪い冗談だ。中止を言い出せるのは菅総理しかいないと私は思う。ただしそれには安倍前総理や森喜朗氏、それに森ファミリーの橋本会長や丸川大臣は抵抗するだろう。中止になると困るのはその面々だ。<br /><br /> 菅総理は今の段階で「中止にする」とは言えない。記者会見では「IOCに開催の決定権がある」と逃げを打った。すると「IOCはGHQか」という批判が出た。主権国家のリーダーなら国民の安全を第一義に考えるべきで、IOCに物が言えないのなら、占領時代にGHQに従うしかなかった過去のリーダーと同じという批判だ。<br /><br /> 私はこの批判にも違和感がある。菅総理はIOCに中止を言い出す前に、１年延期を決めた安倍前総理と森喜朗氏の了解を取り付けなければならない。その調整がまだ終わっていないと思うからだ。<br /><br /> いずれにしても私とメディアの見方が違うのは、総裁選で「安倍政治の継承」を掲げた菅総理を、その通りだと思うかどうかにある。菅総理が官房長官として安倍政権を支えたことは事実だ。その政治責任もある。しかしだからと言って自分が権力を握れば、同じ政治を継承するとは限らない。<br /><br /> 私が見てきた田中角栄は、幹事長として佐藤栄作総理を支えたが、総理になると官僚出身の佐藤とは真逆の政治を目指した。中曽根康弘に取り入って総理の座を禅譲された竹下登は、政策的にも人間的にも中曽根とは違う政治家だった。安倍前総理と菅総理はそれと同じに私には見える。<br /><br /> この二人には米国のトランプ大統領とバイデン大統領と同じくらいの違いがある。その違いを国民にはっきり意識させ、国民に議論させるのが米国の政治だ。しかし日本では違いがあるのに国民にそれを意識させない力が働く。<br /><br /> 特に５５年体制時代はそれがひどかった。メディアは政権を取る意思のない野党と自民党があたかも戦っているかのように「与野党激突」を報道した。しかし野党に政権を取る意思がないのだから本当は激突してなどいなかった。<br /><br /> 激突していたのは自民党の派閥同士で、野党はその「隠れ応援団」だった。例えば社会党左派と公明党は田中角栄、社会党右派は金丸信、民社党は中曽根康弘の応援を、国民には知られないように行っていた。それをメディアは報道しなかった。<br /><br /> そして自民党内で総理が変われば、それは政権交代と同じ効果を生んでいたのに、メディアは「政権たらいまわし」と言って、政治が何も変わっていないかのように思わせた。実態を知らされない国民の政治議論は不毛だった。<br /><br /> 私も組織人でいる間は見てきた事実を書けなかった。書けば先輩や同僚の報道を否定することになる。しかし組織を離れて自分が見てきた事実を書くと、それがなかなか国民からは信じてもらえない。それほどにメディアの報道は国民に浸透している。<br /><br /> それは５５年体制が終わってもまだ続いている。そしてメディアは政治家の言うことをそのまま垂れ流す。政治家の発言は常に国民を誘導する目的を持つ。それにメディアは利用され、国民に政治の実像を見せなくする。<br /><br /> ４月２５日の自民党全敗で、解散は東京五輪後の秋以降になるという報道も、そうした例の一つである。それは菅総理に早期に解散をさせたくない勢力が存在していることを示している。<br /><br /> その勢力との力関係で、あるいはその勢力の思うままになるかもしれない。しかし選挙が全敗だから早期解散はなくなったというのは取って付けた理屈である。そんな報道に騙されてはならないと私は思う。<br /><br /><hr /><div>
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<div>■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧</div>
<div><a href="http://ch.nicovideo.jp/search/%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E6%8E%A2%E6%A4%9C?type=article">http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article</a></div>
<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
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            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：ロッキード事件と私の４５年]]></title>
                <description><![CDATA[<p>昨秋から今年の初めにかけてロッキード事件を巡る２冊の本が出版された。一つは元共同通信記者の春名幹男氏が書いた『ロッキード疑獄—角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』（角川書店）、もう一つは作家の真山仁氏が書いた『ロッキード』（文芸春秋）である。　いずれも「田中角栄の犯罪」とされた事件の構図に疑問を呈し、東京地検特捜部の捜査は事件の真相に迫っていないとみている。事件の主犯は右翼の児玉誉士夫であり、その児玉と最も近い関係にあった政治家は中曽根康弘である。ロッキード社の売込み工作の主役は民間航空機トライスターでなく、自衛隊が導入した対潜哨戒機P3Cということでも一致する。　ただ春名氏は米国特派員を長く務めたことから、米国の公文書を中心に取材を進め、キッシンジャー元国務長官の「田中嫌い」が事件の底流にあることを強調している。米国は独自外交の角栄を葬り、親米反共の岸信介ら巨悪を護ったという見方である。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2010983</link>
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                <pubDate>Tue, 06 Apr 2021 13:50:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
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                        <![CDATA[<p>昨秋から今年の初めにかけてロッキード事件を巡る２冊の本が出版された。一つは元共同通信記者の春名幹男氏が書いた『ロッキード疑獄―角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』（角川書店）、もう一つは作家の真山仁氏が書いた『ロッキード』（文芸春秋）である。<br /><br /> 　いずれも「田中角栄の犯罪」とされた事件の構図に疑問を呈し、東京地検特捜部の捜査は事件の真相に迫っていないとみている。事件の主犯は右翼の児玉誉士夫であり、その児玉と最も近い関係にあった政治家は中曽根康弘である。ロッキード社の売込み工作の主役は民間航空機トライスターでなく、自衛隊が導入した対潜哨戒機P3Cということでも一致する。<br /><br /> 　ただ春名氏は米国特派員を長く務めたことから、米国の公文書を中心に取材を進め、キッシンジャー元国務長官の「田中嫌い」が事件の底流にあることを強調している。米国は独自外交の角栄を葬り、親米反共の岸信介ら巨悪を護ったという見方である。<br /><br /> これに対し真山氏は、角栄が日中国交正常化や対アラブ外交でキッシンジャーの怒りを買ったことは事実だが、当時の三木総理、検察、そしてメディアも角栄を叩くことが利益だった。正義の名の下に角栄を葬ったのは「世論」だとしている。<br /><br /> 　私は４５年前に社会部記者としてロッキード事件を取材した。その８年後に政治部記者となって田中角栄を担当し、病に倒れるまでの１年余り、ロッキード事件で有罪判決を受け、「自重自戒」と称し目白の私邸に籠った角栄から、月に一度話を聞いた。<br /><br /> 聞かされたのは、メディアの報道とはまるで異なる政治の実像だった。日本政治の最大の問題は野党が存在しないことで、「社会党も共産党も野党ではない。要求するだけで国家を経営しようとしていない」と角栄は言った。メディアが報道する「表」の政治と「裏」の実像との落差さに驚き、私は世界ではどのように政治報道が行われているかを調べた。<br /><br /> すると米国に「C-SPAN」という議会専門チャンネルがあることを知った。それはベトナム戦争から生まれた。米国は正義と信じた共産主義との戦いに敗れ、国民は政治を信ずることができなくなる。「政治改革」が叫ばれ、政治を透明化する目的でケーブルテレビに民間が経営する議会専門チャンネルが誕生した。<br /><br /> 同時に私は、米国議会でロッキード事件が暴かれたのも、ベトナム戦争に敗れた結果であることを知る。敗戦の反省から米国は反共主義からの脱却を図り、４５年前の２月にロッキード事件が火を噴いたのは、軍需産業と世界の反共人脈の癒着が腐敗の象徴だったからだ。<br /><br /> 言うまでもないが、ロッキード事件は日本をターゲットにしたのでも田中角栄をターゲットにしたのでもない。ロッキード社は世界中の反共人脈を通じて各国の政治家に賄賂をばらまき航空機を売り込んだ。西ドイツの国防大臣、オランダ女王の夫君、イタリアの副大統領らと並んで日本では児玉誉士夫が秘密代理人と名指しされた。<br /><br /> それまで児玉を取材することはタブーだった。しかし米国議会から名指しされたことでタブーが解け、私は戦時中に中国大陸で海軍の特務工作を行った「児玉機関」のメンバーを訪ね歩くことから取材を始めた。するとそれまで教えられてこなかった日本の裏の姿が見えてきた。<br /><br /> 我々は戦後民主主義の明るい側面ばかりを教えられた。しかしその裏には隅々に至るまで米軍の支配下にある日本の現実が隠されている。メディはそれを報道できないでいたが、ロッキード事件がそこに光を当てた。<br /><br /> 新聞もテレビも独自にロッキード社に絡む日米人脈を暴き、児玉と政界との関係を追及した。毎日がスクープの連続で、この時ほど日本のメディアが生き生きとしてニュースが面白かったことはない。<br /><br /> 私は赤坂と六本木が米軍の街であることを知った。そこで米軍と日本の官僚が定期的に会合し日米関係の諸問題を話し合う。高級クラブやディスコがその街にあるのも米軍の存在と無縁ではない。<br /><br /> 赤坂には児玉の息のかかった店が多かった。調べていると「殺されるよ」と何度も忠告を受けた。そして児玉の秘書が中曽根の書生だったことを知り、自民党幹事長の中曽根に私は疑惑の照準を合わせた。<br /><br /> ところが戦後史の闇を暴く取材は２か月で打ち切られた。４月、東京地検特捜部に米側資料が入ったため、これからは金を受け取った政府高官の取材が始まると言われ、私は政界捜査に切り込む東京地検特捜部の担当を命ぜられた。<br /><br /> 記者クラブに行って驚いたのは、情報がすべて管理されていることだ。記者は自由に取材ができない。検察幹部が１日に２回行う会見だけが記事にするのを許される。独自の記事を書くと会見から排除された。要するに検察の言いなりの記事しか書けない。<br /><br /> 夜になると記者たちは手分けして検察幹部の家を「夜回り」する。私は検事正と特捜部長を担当した。特捜部長は「口なしのコーちゃん」と呼ばれ、何を聞いてもしゃべらない。それでも共同通信、毎日新聞と私の３人だけは毎晩特捜部長の家に通った。<br /><br /> 特捜部長の口癖は「マスコミ性馬鹿説」だ。マスコミは「生まれつきの馬鹿」だという。記者が質問しても「バーカ」としか答えない。３人は夜遅く帰宅した特捜部長に家の前で「バーカ」と言われるのが日課だった。<br /><br /> 私が事件の本命と見た児玉は入院し、検察は児玉ルートの捜査を断念する。一方で検察は全日空と丸紅の幹部を逮捕して政治家に捜査の手を伸ばす。政治家逮捕は「セミの鳴く頃」と言われたが、ある夜、帰宅した特捜部長が３人を家の中に入れた。ところが玄関口でくるりと背中を向けて顔を見せない。質問すると「バーカ」が返って来た。<br /><br /> 明日政治家が逮捕されると直感した。翌早朝、検察庁の玄関で被疑者が連行されて来るのを待った。政治家逮捕を予想できず、記者が不在のメディアもあった。７時過ぎに黒塗りのハイヤーが横付けになり、降りてきたのは日焼けした顔の田中角栄だった。<br /><br /> 日本列島に衝撃が走る。前総理の逮捕は前代未聞である。政治部は「田中金権政治批判」の記事を出稿し「民主主義の危機」が声高に叫ばれた。しかし私には違和感があった。ロッキード社から児玉に入った２１億円の金の行方を特捜部は解明していない。それが忘れ去られて日本列島は「田中金権批判」一色になった。<br /><br /> 「田中批判」の勢いは凄かった。異論が言えない雰囲気が作り出された。しかし若手の検事たちは田中逮捕で捜査を終わらせることに抵抗した。そのためロッキード事件は「捜査終了宣言」を出すことができず、検察幹部は「中締め」と言って捜査を終わらせた。<br /><br /> ２年後にロッキード事件と同じ構図のダグラス・グラマン事件を、米国の証券取引委員会（SEC）が暴露した。早期警戒機E２Cの日本への売込み工作の対象として、岸信介、福田赳夫、中曽根康弘、松野頼三の名前を米国は明らかにした。しかし東京地検特捜部は政治家の摘発を見送った。検察幹部は「巨悪は眠らせない」と言ったが、巨悪は摘発を逃れた。<br /><br /> ロッキード事件から８年後、私は有罪判決を受けた田中角栄の担当記者になった。月に一度私邸で角栄の話を聞いた。意外だったのは「金権批判」をまったく気にしていないことだった。「俺は自分で金を作った。誰の世話にもなっていない。財界や官僚のひも付きではない」と角栄は自慢した。外国の金など受け取るはずがないという態度だった。<br /><br /> そして中曽根総理にダブル選挙をやらせて自民党を大勝させ、大勲位の勲章を中曽根に与えようと考えていた。なぜそれほど中曽根に入れ込むのか。私はロッキード事件で逮捕を免れた中曽根を総理にしておくことが、自分の無罪を勝ち取る道だと角栄が考えているように思えた。<br /><br /> ところが田中派の政治家にはそれが不満だった。ある者は中曽根が必ず角栄を裏切ると言い、またある者は角栄が中曽根を支えている間は世代交代が進まないと不満だった。それらの不満がぶつかり田中派に分裂の目が生まれた。金丸信や竹下登が創政会を結成し、竹下を総理候補にしようと立ち上がった。<br /><br /> その頃、米国のキッシンジャーが角栄の私邸を訪れた。有罪判決を受けても米国や中国の要人は必ず角栄を訪ねた。キッシンジャーは３度目の訪問だった。同席した早坂秘書に何の話をしたかを聞くと、アラスカ原油を日本に輸入する話だと言った。<br /><br /> 田原総一朗氏が書いた「田中角栄は米国の虎の尾を踏んだ」という論文が話題になった時期がある。角栄が米国を無視し、独自に石油を輸入しようとしたことに米国が怒り、そのためロッキード事件が仕組まれたという説だ。しかしそれがまったくの嘘であることは、この1件からも分かる。<br /><br /> 春名氏も認めているが、角栄は石油を中東だけに頼ることをせず、世界のあらゆるところから輸入しようと考えた。ただすべては米国の了解を取り付けながら行った。この時はアラスカ原油をタンカーで北海道に運び、北海道を石油精製基地にする構想が話し合われた。<br /><br /> 私は米国が角栄を陥れたとは思わない。日米繊維交渉で米国は角栄を「使える男」として高く評価していた。キッシンジャーは確かに日中国交正常化で角栄に先を越され、対アラブ外交でも面子を潰された。しかしキッシンジャーは「ロッキード事件の摘発は誤り」と語っている。<br /><br /> 秘密文書でキッシンジャーは角栄を罵倒しているが、ただそれだけの単純な男だとは思わない。権謀術数の世界を生き抜いてきた男は、米国の国益を揺るがす角栄に怒ってはいたが、心の中では一目置いていたと思う。でなければ逮捕後３度も私邸を訪ねたりしない。<br /><br /> ただ逮捕されてもおかしくなかった中曽根は、ロッキード事件で米国に弱みを握られた。かつては吉田茂の親米路線を批判し、民族自立と兵器国産化を訴えた中曽根が、一転して親米路線を誇示するようになる。「日本を不沈空母にする」と言ってレーガン大統領を喜ばせた。<br /><br /> キッシンジャーにとってロッキード事件は、角栄を葬り去ろうと仕組んだわけではないが、角栄に代表される独自外交を封じ込めたことで、米国の国益にかなう結果を生んだ。そして中曽根以降の日本の歴代総理は誰も独自外交をやれない。安倍前総理に至ってはトランプ大統領の言いなりに無駄な兵器を買わされ続けた。<br /><br /> 国民はロッキード事件を「田中角栄の犯罪」と思い込んでいたが、初めから私は冤罪の可能性を指摘してきた。２００３年には『裏支配―今明かされる田中角栄の真実』（廣済堂出版）を書き、その中に中曽根康弘をロッキード事件の主犯と示唆する一文を入れた。<br /><br /> その後、検察取材を１８年務めた産経新聞の宮本雅史氏が『歪んだ正義』（情報センター出版局）を書いて、検察捜査の悪しき例としてロッキード事件を取り上げた。しかしメディアは相変わらず「田中金権批判」と「巨悪を退治する検察」という図式でロッキード事件を捉え続け、野党も国民の意識もその枠の中にある。<br /><br /> ロッキード事件直後に、私は様々な役所の官僚と語り合ううち、一人で３３本の議員立法をした角栄への「恐れ」を吐露された経験がある。米国で法律を作るのは政治家の仕事だが、日本では行政府の官僚が法案を作成する。それを政治家に承認させる場が立法府と呼ばれる国会だ。<br /><br /> ところが角栄は自分で立法し国会で成立させた。官僚からすれば、自分たちの聖域に入り込んできた侵入者である。だから角栄は許せないと官僚は私に憤った。明治から続いてきた官僚主導の政治が角栄によって揺らいだことが、角栄を排除する動きを生んだ。私は田中逮捕の理由をそう見ている。三木総理にとっても角栄は最大の政敵だった。角栄逮捕に最も積極的だったのは三木総理である。<br /><br /> 角栄を特捜部が逮捕した決め手は、ロッキード社の幹部を刑事免責したうえで得られた証言だ。しかし犯罪者の証言を信じることができるのか。日本の最高裁は角栄の死後、その証拠能力を否定した。だとすれば４５年前の田中逮捕と、その時の国民の熱狂は何だったのか。<br /><br /> この４５年間、ずっと考え続けてきたのは国民の熱狂の恐ろしさである。今でも「東京五輪」や「コロナ禍」で国民がみな同じ方向を向き、異論が封殺される時がある。それを見ると私は４５年前の国民の熱狂を思い出す。そしていたたまれなくなる。<br /><br /> 一方で、無実を勝ち取ろうとする角栄の執念は日本政治を捻じ曲げた。怨念の政治が始まり、今も日本政治がその影響から免れたとは言えない。そして対米従属構造は事件後さらに強まった。しかし国民は日本を独立した国家だと思い込んでいる。誰も従属国とは思わない。<br /><br /> そして日本の安全は米国が守ってくれると信じ、日米安保体制がなくなるとは夢にも思わない。なくなったらどうするかの想像力も湧かない。４５年前の取材で戦後日本の闇の一端を見た私は、それが「金権批判」で覆いつくされたことに無念の思いがある。<br /><br /> そうした時に２冊の労作が出版された。それを書いた著者に敬意を払いつつ、そこには含まれていない私の経験もあるので、過去を思い出しながらこのブログを書く気になった。<br /><br /><hr /><div>
<div>■オンライン田中塾開催のお知らせ</div>
<br /><div>　コロナ禍は我々の暮らしを様々な面で変えようとしていますが、田中塾も2020年9月から新しい方式で行うことにいたします。５月の塾に参加された方からの提案で、9月からオンラインで塾を開くことにしました。これまで水道橋の会議室で塾を開催しましたが、今後はご自宅のパソコンかスマホで私の話を聞き、チャットなどで質問することが出来ます。入会金3000円、年会費3000円の会員制で、年6回、奇数月の日曜日午後の時間帯に開催する予定です。会員の方だけにURLをお知らせしますが、同時に参加できなくとも、会員は後で録画を見ることも出来ます。</div>
<br /><div>　5月の塾には日本に一時帰国中のロンドン在住の方がお見えでしたが、これからは遠方にいても参加が可能です。また顔を見合わせて話をしたい方がおられましたら、要望次第でリアルの塾も別に企画しようと思っています。</div>
<br /><div>　コロナ後の世界がどう変化していくか皆様と共に考えていきたい。そのようなオンライン田中塾になるよう頑張ります。どうかオンライン田中塾への入会をお待ちします。入会ご希望の方は、下記のフォームからご入力ください。</div>
<div><br />【入会申し込みフォーム】</div>
<div><a href="http://bit.ly/2WUhRgg">http://bit.ly/2WUhRgg</a></div>
</div>
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<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[田中良紹：総務省接待問題の背後にある目には見えない電波利権の深い闇]]></title>
                <description><![CDATA[<p>東北新社から高額接待を受けた山田真貴子内閣広報官は、３月１日の衆議院予算委員会の集中審議を前に体調不良を理由に入院し、辞職することになった。委員会で山田氏を追及しようとしていた野党は肩すかしを食らったが、しかし直前までは本人も菅総理も辞任を否定していたのだから、国民にとっては何が何だかわからない。菅政権のちぐはぐな対応に呆れ、攻撃の矛先は官僚でなく菅総理に向かうことになるだろう。私は前回のブログで、メディアの報道が「接待」を受けた官僚の倫理問題に終始することに警鐘を鳴らした。この問題は菅総理の金脈と人脈という「急所」を突いている。それなのにそちらに目を向けさせないよう「接待」の異常さだけがクローズアップされていた。メディアは「接待」の背後にある金脈と人脈に目を向けるべきだと書いた。</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/ch711/blomaga/ar2000489</link>
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                <pubDate>Wed, 03 Mar 2021 09:41:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[田中良紹]]></category>
                <category><![CDATA[国会探検]]></category>
                <category><![CDATA[CCP]]></category>
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                        <![CDATA[<p>東北新社から高額接待を受けた山田真貴子内閣広報官は、３月１日の衆議院予算委員会の集中審議を前に体調不良を理由に入院し、辞職することになった。<br /><br /> 委員会で山田氏を追及しようとしていた野党は肩すかしを食らったが、しかし直前までは本人も菅総理も辞任を否定していたのだから、国民にとっては何が何だかわからない。菅政権のちぐはぐな対応に呆れ、攻撃の矛先は官僚でなく菅総理に向かうことになるだろう。<br /><br /> 私は前回のブログで、メディアの報道が「接待」を受けた官僚の倫理問題に終始することに警鐘を鳴らした。この問題は菅総理の金脈と人脈という「急所」を突いている。それなのにそちらに目を向けさせないよう「接待」の異常さだけがクローズアップされていた。メディアは「接待」の背後にある金脈と人脈に目を向けるべきだと書いた。<br /><br /> そして今回も、政権運営の拙劣さは問題だが、この問題の背後には菅総理の金脈と人脈以上の深い闇がある。それを書こうと思う。国民には知らされていない闇が、我々の目には見えない巨大な利権がこの国を覆っている。東北新社による総務省幹部の接待時期がそれを物語る。それは電波利権の闇である。<br /><br /> １日の予算委員会で共産党の塩川鉄也衆議院議員は、接待の時期が２０１８年の５月から２０２０年の１２月までであることを取り上げ、それは総務省が衛星放送の電波割り当てを検討する有識者会議の報告書と関係があるとして、有識者会議に関わった官僚の何人が接待されたかを質した。<br /><br /> ２０１８年５月の有識者会議の座長は小林史明政務官で、報告書はBS放送事業者の電波を圧縮して空きを作り、そこに新規参入を認めようとするものだ。そうなると東北新社のような既存の放送事業者には競争相手が増えて収益が減る恐れがある。<br /><br /> そうでなくとも衛星放送はインターネットに押されて視聴者が増えない。今や若者はテレビよりネットで映像を見たり情報を得ている。そこから衛星放送事業者の代表格であり、しかも菅総理の長男を抱える東北新社が、自分たちの業界に有利な報告書に変更させるべく接待攻勢を始めた。<br /><br /> 東北新社がBS放送「スターチャンネル」の電波の一部を返納するなどして、空いたところにジャパネットホールディングス、吉本興業、松竹ブロードキャスティングの３チャンネルが加わった。その見返りを得るため東北新社は総務官僚に接待攻勢をかけた。２０１８年５月から２０２０年４月まで２１回の接待を行い、うち１９回は有識者会議に関係する官僚を接待した。<br /><br /> その結果、報告書の見直しが始まることになる。その方向が固まった２０１９年１１月に総務省ナンバー２の山田真貴子総務審議官が接待を受けた。おそらく東北新社の要望が受け入れられる方向になったので、お礼の意味を込めて高額接待になったと思う。<br /><br /> そして２０２０年４月に有識者会議が再開され、１２月に新たな報告書が作成された。すると２０１８年には電波の空いたところを「公募か新規参入者を割り当て」としていたのが、２０２０年には「４K事業者に割り当てるべき」となり、さらに衛星放送業界が要望していた「衛星使用料金の低額化」が盛り込まれた。<br /><br /> 「週刊文春」が公表した２０２０年１２月の会食の音声データには、２０１８年の有識者会議の座長であった小林政務官に批判的な言動が記録されている。そこから放送業界に新規参入を増やそうとする小林政務官と、既得権益を守ろうとする業界と官僚との対立構図が浮かび上がる。<br /><br /> 菅総理は「たたき上げ」の政治家らしく「既得権益の打破」を掲げているが、長男を総務大臣秘書官にして官僚との接点を作り、さらに同郷の放送事業者が経営する東北新社に送り込み、東北新社は長男を「囲碁将棋チャンネル」の取締役に据えた。<br /><br /> 東北新社は菅総理の長男が入社したことで、総務省の官僚に対し放送業界の既得権益を代表して要望する行動をとる。今回の接待問題はそれを示した。そして菅総理の長男は父親の政治的主張に真っ向から反することをやった。菅総理はその認識を具体的な行動で示さなければ、その主張を誰からも信用されなくなる。<br /><br /> 電波は目に見えない。見えないからどんな世界があるのかも国民は知らない。一方で電波は国民の共有財産である。国民の財産であるから電波を勝手に私物化することは許されない。そのため総務省が許認可することになっている。ところが総務省は電波を国民の見えるところで割り当てることをしない。見えないところで決めるからこれは利権となる。<br /><br /> それに目を付けたのが政治家や既存メディアである。私はかつて記者として旧郵政省を担当した。その時に「波取り記者」の存在を知った。新聞記者が取材のためではなく電波を貰うために郵政省に通ってくる。新聞社が民放の地方局を系列下に置くためだ。<br /><br /> 波取り記者は政治家の威光を背に官僚に圧力をかける。旧郵政省の放送免許に力があったのは３９歳で郵政大臣になり、テレビ局の大量免許を行った田中角栄氏である。だから田中派担当記者が「波取り記者」をやらされる。そこで有名なのが、朝日新聞社が田中に頼み「日本教育テレビ（NET）」という教育専門局を総合放送局の「テレビ朝日」にしたことだ。<br /><br /> 田中政権下の１９７５年、TBSの系列にあった大阪のABCがテレビ朝日系列になり、TBSは毎日放送と系列になるよう指導された。それを機に日テレと読売、フジと産経、テレビ東京と日経という系列関係が完成する。世界では新聞とテレビの系列を認めない。相互批判がなくなり民主主義にとって良くないないからだ。日本ではその逆が起きた。<br /><br /> テレビは総務省の許認可事業であるから、テレビが政府を批判するのは限界がある。新聞は政府の許認可事業ではないので政府批判は自由である。ところが新聞とテレビが系列化したことで、新聞社はテレビ局同様に政府批判をできなくなった。しかも新聞とテレビが一体化したため、その負の実態を国民には知らせない。だから国民は知らない。<br /><br /> もう一つの重大な事例はBS放送である。世界にBS放送はない。なぜ日本だけにBS放送があるのか国民は知らない。日本がBS放送を始めた理由は、日米貿易摩擦で米国からの輸入を増やさなければならない時に、米国が打ち上げをやめたBSを買ってきたからだ。<br /><br /> 衛星放送にはBS（放送衛星）とCS（通信衛星）の２つがあり、出力の大きいBSは打ち上げに金がかかる。CSはそれより安く打ち上げられるが出力が小さい。デジタル技術が登場する以前はCSを受信するのに大きなアンテナが必要だった。家庭の小さなアンテナで受信するにはBSでなければならなかった。<br /><br /> 米国はBSを打ち上げようとしたが、デジタル技術の登場によりコストの安いCSで衛星放送を始めた。しかもCSでは１００チャンネル程度の「多チャンネル放送」が可能である。コストが安いため視聴者の負担も軽減される。米国のテレビ界にはベンチャーが新規参入し、地上波の既存勢力と棲み分けることになった。<br /><br /> ところがその頃、日本ではNHKとソニーがハイビジョン放送で世界をリードしようとしていた。そしてハイビジョンはアナログでなければ駄目だと言われた。日本はデジタルに向かわず、アナログハイビジョンに力を入れ、世界の流れから取り残される。ソニーは世界に冠たる放送機器メーカーだったが、デジタルに乗り遅れてその地位を失った。<br /><br /> 一方でその頃、海軍出身の中曽根元総理とそのブレーンである元陸軍参謀の瀬島龍三氏が、戦前の日本を復活させようと考えていた。戦前の日本には世界から情報を収集し、同時に世界に日本を発信する国策会社があった。同盟通信という。しかし戦争に負けると占領軍は同盟通信を戦争推進の媒体として解体し、共同通信、時事通信、電通の３社に分割した。それを復活させようというのが中曽根―瀬島の野望だった。<br /><br /> そこで目を付けたのがNHKである。NHKを世界に冠たる放送局にして、情報収集と情報発信の任務を負わせようと考えた。そのため米国が打ち上げをやめたBSを買ってきてNHKに打ち上げさせた。名目は難視聴対策である。離島には電波が届かないのでBS放送をやると説明された。<br /><br /> しかしそれは嘘であった。NHKが始めたBS放送は地上波放送と内容が異なる。難視聴対策なら地上波と同じ放送をすべきなのに、映画やメジャーリーグ中継など地上波とは別の放送が始まり、料金も地上波とは別に取る。そこからNHKの肥大化が始まった。<br /><br /> 一方で総務省は米国のような多チャンネル放送のスタートを遅らせた。国民の多くがBSに加入するのを見届けて、CS放送やケーブルテレビなど多チャンネル放送をスタートさせた。そのため新規参入業者のいる多チャンネルは最初から苦戦を強いられた。<br /><br /> チャンネル数に限りのあるBS放送に参入できるのは、NHK以外では民放や新聞社を後ろ盾とするチャンネルである。要するに日本では既得権益が優先され、新規参入業者には高いハードルが設けられた。<br /><br /> それではＢＳ放送によって、中曽根元総理や瀬島龍三氏が考えた戦前の同盟通信と同じ機能をＮＨＫが持ちえたかと言えば、それは違う。NHKがBS放送を始めた頃の島桂次会長は、世界的なニュースネットワークを作る野心を抱き、ＣＮＮのようにＮＨＫを民営化しようとした。<br /><br /> ところが島会長は自民党の野中広務逓信委員長に首を切られる。BS打ち上げを巡り、国会で嘘を言ったと追及され、副会長の海老沢勝二氏に交代させられた。その迫力に旧郵政官僚は恐れをなし、NHKも野中氏の足元にひれ伏したが、しかしその海老沢時代にＮＨＫの不祥事が噴出する。<br /><br /> ＢＳ放送によって肥大化したＮＨＫは、ＢＳ放送と同時に民間子会社を持つことが認められ、金にまつわる数々の不祥事を引き起こした。それに国民が怒り、受信料不払い運動が起き、海老沢氏も会長を辞めざるを得なくなる。ＢＳ放送を始めた目的はまったく達成されていない。<br /><br /> それでも世界に例のないＢＳ放送が日本では続いている。いずれはネットの世界に飲み込まれていく運命と思うが、それまでは政治家と官僚と既得権益の間で電波利権を巡る争いが繰り返されていくのだろう。<br /><br /> 一方で、NHKをコントロールすることが権力強化につながるとの考えが、歴代の政治権力に引き継がれている。中曽根元総理は自分の派閥担当記者をＮＨＫの中で出世させ、ＮＨＫをコントロールしようとした。野中広務氏はＮＨＫ会長の首を切ることで周囲を恐れさせ、そこからスタートして政界に君臨した。<br /><br /> そして自民党内に政権基盤を持たない菅総理も、人事権を駆使して総務官僚をコントロールし、またＮＨＫ改革を行う構えを見せてＮＨＫを自在のまま操ろうとした。しかし今、長男と総務官僚の接待問題でそのすべてを失いかねない危機に陥っている。<br /><br /> 権力者の有為転変は世の常だから、それに一喜一憂する必要もないが、しかし権力闘争の背後にある目に見えない電波利権について、新聞とテレビは既得権益の中にいて誰も物を言わない。しかしここにこそ光を当てないと、日本は世界の流れから取り残される。<br /><br /><br /><hr /><div>
<div>■オンライン田中塾開催のお知らせ</div>
<br /><div>　コロナ禍は我々の暮らしを様々な面で変えようとしていますが、田中塾も2020年9月から新しい方式で行うことにいたします。５月の塾に参加された方からの提案で、9月からオンラインで塾を開くことにしました。これまで水道橋の会議室で塾を開催しましたが、今後はご自宅のパソコンかスマホで私の話を聞き、チャットなどで質問することが出来ます。入会金3000円、年会費3000円の会員制で、年6回、奇数月の日曜日午後の時間帯に開催する予定です。会員の方だけにURLをお知らせしますが、同時に参加できなくとも、会員は後で録画を見ることも出来ます。</div>
<br /><div>　5月の塾には日本に一時帰国中のロンドン在住の方がお見えでしたが、これからは遠方にいても参加が可能です。また顔を見合わせて話をしたい方がおられましたら、要望次第でリアルの塾も別に企画しようと思っています。</div>
<br /><div>　コロナ後の世界がどう変化していくか皆様と共に考えていきたい。そのようなオンライン田中塾になるよう頑張ります。どうかオンライン田中塾への入会をお待ちします。入会ご希望の方は、下記のフォームからご入力ください。</div>
<div><br />【入会申し込みフォーム】</div>
<div><a href="http://bit.ly/2WUhRgg">http://bit.ly/2WUhRgg</a></div>
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<br /><div>【関連記事】</div>
<div>■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧</div>
<div><a href="http://ch.nicovideo.jp/search/%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E6%8E%A2%E6%A4%9C?type=article">http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article</a></div>
<br /><hr /><p><span><span style="font-size:100%;"><span style="font-size:80%;"><strong>＜田中良紹（たなか・よしつぐ）プロフィール＞</strong><br /> 1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年（株）東京放送（TBS）入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して（株）シー・ネットを設立。</span><br /><span style="font-size:80%;"> TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1mIqV1V">メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史</a>」（2005/講談社）「<a target="_blank" href="http://amzn.to/1orQbFd">裏支配─いま明かされる田中角栄の真実</a>」（2005/講談社）など。</span></span></span></p></p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[THE JOURNAL編集部]]></dc:creator>
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