エッセイ② 愛情表現
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エッセイ② 愛情表現

2020-01-14 22:42


    RTA in JAPAN っていう集いのもと遊んでる人たちの
    (何やってるか説明不要な名前ですな)動画を楽しく見ています。
    ガチなやつから非常にバカユニークなやつまで多種多様。
    もちろんゲームの話です。

    自他ともに認める老害としては、ちょいとゲームチョイスに
    「ファミコン・MD・PCエンジン」が少ないことに不満を持ちつつも、
    やはり知ってるゲームのやつは面白いもので、特にファミコンで自分がクリアした
    ゲームのRTAというのは、驚きと共に楽しめるもんです。

    そこで見つけた「SDヒーロー総決戦」のRTA配信の動画。
    まさにプレイ中の走者自身と、
    もう一人実況解説役という「聞き手」の二人でマイクで喋りながら
    RTAが進行していくという、この集いではお馴染みのスタイルで、
    このゲームでも走者の知識とやり込みがいかんなく発揮されたプレイになってましたが、
    (ちなみに最強キャラ「ジバン」は禁止という縛りでプレイしていた)

    この動画に関しては他の内容をほとんど忘れ去るほどのワンシーンがありました。
    おそらく見た人の大部分がそこに引っ掛かって他の印象が吹っ飛んだものと思われます。

    それは、9面(最終面)に入っての雑談の中で
    ある種唐突になのか、会話の大きな流れ上でか、は微妙なところですが
    プレイ走者がつぶやきます。

    走者 「実はこのゲーム、今、478本持ってるんですよ」
        1秒の真空
    聞き手「・・・はい?・・・・・・400?」
    走者 「78本(ニヤア)」
    聞き手「・・・を、持ってるんですか?」
    走者 「持ってます。(ウフ」
    聞き手「なんでですか!(ニコニコ」
    走者 「あっ

    ミス→落下死
    これでノーミスクリアならず

    2人 「www」
    聞き手「すいませんわたしのせいですこれはw」
    走者 「いえいえいえw」

    基本この人たちのプレイ生配信は
    わきあいあい催しのようなので全然問題なく、そのまま続けてクリアして終わりましたが。

    この動画ではもうここしか記憶に残らず、そのあと悶々と考えさせられました。

    この人は、このゲームを極めるだけじゃなくて、所持数でも誰にも負けたくなかったのか。
    仮にコレクター欲求が強めなタイプの人だとしても、
    このそこまでメジャーでもないファミカセを478本は、どう考えてもやりすぎである。

    例の燃えプロ集める人くらい徹底していれば、
    「どうだい俺バカだろという突き抜け度合いだけで一点勝負」ともとれるけども。

    SDヒーロー総決戦ってのは、全くもってその方向性にそぐわない存在です。
    そもそも面白いゲームなので、ネタ度が全然足りない。

    よほどの富豪で金余りなのか。いや、富豪がSDヒーロー総決戦なんか集めないだろう。
    そんな金の使い方は斜め上すぎる。
    ボンボンなのかもしれないけど。それはありそう。
    まあ知らない個人への無意味な詮索はやめましょう。失礼しました。

    しかしこの人個人の内面でなく、「この人のような人」の内面に共通するものには
    興味を持たざるを得ないですね。自分にもそういう部分があるのかもなあ、という話。

    何かに並々ならぬ執着心を静かに燃やす系の「この人のような人」は
    ジャンル問わず世の中にたくさんいるわけです。

    この人は、外から見てどうこうじゃなくて、自分の中の愛情表現として
    このゲームを「見つけたら買っている」んだと思われます。想像ですが。
    このゲームが彼の人生を潤してくれたのでしょう。感謝として買っている。
    そう想像せざるをえません。だとしたらなんて素敵やん。
    (でもどこかで他人から「なんてアホなんだ」と思われることで、より満たされる。
    そんな部分も男の子には必ずあるので、そこも含めて愛情を確認しているということです)

    自分にもこんな部分、そんな「男の子らしい部分」というか、
    が何かに発揮されていないかというと、
    思いきり思い当たりました。残念ながらゲームじゃないな。音楽です。
    いわずもがな、STEVIE WONDER への愛情です

    ええもちろん自分が世界一のスティーヴィー信者だなんて
    自己暗示かけても思えやあしません。
    しかし他人関係なく、自分の中でいかに特別かは、もうよく考えるまでもない話。

    だいたいですが、自分の持っているCDの6割は中古で買ったもので、
    3割はレンタルしてCD-Rにダビングしたものです。
    新品で購入したCDは全体の1割もない。
    全部新品なんて、若い頃なんて特にですが無理も無理、絶対に無理です。
    金がいくらあっても足りないし、中古CDは音が3倍悪いなんてことはないんですから。

    しかし1962~1995までの
    スティーヴィーの正規アルバム26枚(←厳密にはここ難しい)は
    全て一気に新品で購入しています。20代になって本格的に好きになってから。
    (それまでは変な非正規BESTか実家のカセットテープを聴くのみだった)

    それが何の意味があるのかなど考えずに。
    別に「愛するスティーヴィーにちゃんとお金が行くようにー」
    とかでもなかったし
    「俺は正規で買ってるから普通のスティーヴィー好きとは違う」
    なんて発想ではありません。まあこういう人いそうですけど、少なからず。
    (そもそも自分の場合これだと他の好きなミュージシャンへのスタンスが崩壊する)

    しかしホント衝動的にそうなったんだよなー。こんなの独占欲でもないし
    なんていうんでしょう。もちろん同じCDを何枚も買ったりなんかしません。
    あの時の「ああ全部新品で買いたい!」って感情は、後にも先にも
    スティーヴィーにしか発生していません。

    これが愛情か。違うにしても、どうだろう、自分は後悔していない。
    そんなこと他にあるだろうか。ケチな自分が。

    このことと、もう一つあります。
    なんといってもその証明が、このブログ。

    まだ死んでもいないうちから
    ことあるごとにしょっちゅうスティーヴィースティーヴィーうるさいでしょう、自分は。
    これです。おそらくここに自分の汚い部分の核心が詰まっています。

    「俺は死んだからとか、そういうの関係なく
    ずっつつつつつっつつつつとスティーヴィーLOVEを言い続けてんだよ。
    おまえらみたいに訃報を受けてから思い出したように
    大好きでしたとか
    言い出すんじゃねーよ。」

    たぶんこういうきったない心が絶対に自分にあります。すこし大袈裟に表現しましたが。
    でもこんな誰と戦ってるのかもわからん、何より誰も得せず
    このように吐露しても自分だけが恥ずかしい思いをすることが明らかな、
    それでいてもそうしても、だのになぜ歯を食いしばってでも、
    そんなにしてまでゆくのか という思いというのが愛情というものからきている。

    「対象への強い愛情と歪んだ自尊心とが合わさりドロドロになった何か」
    があります。

    自分がここまでさらけ出したうえで言いたいことです。
    おそらくこれがわりと「男子の標準」なんじゃないかな、と思うんです。

    でもそれが表に出てこないように、うまーく趣味の中で昇華させるのが
    賢い大人への道なんだと思います。
    自分に関してはもう遅いです(真顔)


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