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        <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変]]></title>
        <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga</link>
        <description><![CDATA[待望の新章「鬼骨変」がニコニコで連載開始！

⼰の内に「獣」を秘めた⼆⼈の⻘年を描いた、作家･夢枕獏の“⽣涯⼩説”。
1982 年に朝日ソノラマから第１巻「幻獣少年キマイラ」が刊⾏されてから 31 年、これまでに別巻を含めて 18 巻（ソノラマノベルス版〈朝日新聞出版刊〉は本編 9 巻、別巻1 巻）が発売されている。]]></description>
        <language>ja</language>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　１０]]></title>
                <description><![CDATA[<p>　　　　　１０　九十九(つくも)の見ている前で、久鬼が静かになっていった。　騒いでいた顎(あぎと)たちの声がおさまってゆき、猫が喉を鳴らすような、低い唸り声のような、甘えるような、そういう声を発するようになった。　獣毛が抜け落ちてゆく。　久鬼の全身から生えていたものが、ゆっくりと、身体の中に消えてゆく。　消えぬものも、あったが、それはまた別のものになってゆく。　それらが、背から生えた、一本ずつの青黒い腕となってゆく。　幾つかあった顔が、久鬼の顔の周囲に集まってゆく。　どこかで、見たことがある――　九十九はそう思った。　顔が、幾つかある仏像。　腕が何本もある尊神。　獣のような、牙を生やした神。　不動明王？　大威徳明王、ヤマーンタカ？　久鬼は、そのような姿となった。　巫炎(ふえん)の翼が、ばさりと振られた。　久鬼の翼が、ばさりと動く。　ふたりの身体が、ふわりと草の上に浮きあがった。　ゆっくりと</p>]]></description>
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                <pubDate>Wed, 13 Nov 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <category><![CDATA[ケースワベ]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><br />　　　　　１０<br /><br />　九十九(つくも)の見ている前で、久鬼が静かになっていった。<br />　騒いでいた顎(あぎと)たちの声がおさまってゆき、猫が喉を鳴らすような、低い唸り声のような、甘えるような、そういう声を発するようになった。<br />　獣毛が抜け落ちてゆく。<br />　久鬼の全身から生えていたものが、ゆっくりと、身体の中に消えてゆく。<br />　消えぬものも、あったが、それはまた別のものになってゆく。<br />　それらが、背から生えた、一本ずつの青黒い腕となってゆく。<br />　幾つかあった顔が、久鬼の顔の周囲に集まってゆく。<br />　どこかで、見たことがある――<br />　九十九はそう思った。<br />　顔が、幾つかある仏像。<br />　腕が何本もある尊神。<br />　獣のような、牙を生やした神。<br />　不動明王？<br />　大威徳明王、ヤマーンタカ？<br />　久鬼は、そのような姿となった。<br />　巫炎(ふえん)の翼が、ばさりと振られた。<br />　久鬼の翼が、ばさりと動く。<br />　ふたりの身体が、ふわりと草の上に浮きあがった。<br />　ゆっくりと、ふたりの身体が、抱きあうようにして浮きあがってゆく。<br />　上へ。<br />　風の中へ。<br />　月光の中へ。<br />「久鬼……」<br />　すでに、ふたりの身体は、周囲の梢よりも高くなっていた。<br />　ふたりの向こうに、月があった。<br />　ふたりは、もう、風の中にいる。<br />　ふたりは、もう、月光の中にいる。<br />　ふたりの身体が、移動してゆく。<br />　自らの意志でそうしているのか、風に流されているのか。<br />　その時、背後に人の気配があった。<br />「ここか――」<br />　声がした。<br />　振り返ると、草を分けて、宇名月典善(うなづきてんぜん)がこちらへ向かって歩いてくるところであった。<br />　その後ろに、菊地(きくち)がいて、さらに銃を持った男たちが続いていた。<br />　すでに、宇名月典善の眼は、草の上の肉塊のようなものを眼にしている。<br />「どうした。何があった!?」<br />　問うた典善の視線が、上に向けられた。<br />「あそこだ！」<br />　天に浮いた巫炎と久鬼の身体が、風に流されるようにして、梢の向こうへ消えてゆくところであった。<br />「追うぞ――」<br />　典善が、すぐに疾り出した。<br />　話を交す間もない。<br />「事情は、後で聞く――」<br />　背中越しに、典善が言った。<br />　一瞬、九十九と菊地の眼が合っていた。<br />　が、言葉は交さない。<br />　菊地はすぐに、典善の後を追って、銃を持った男たちと共に、森の中へ消えた。<br />　気がついてみれば、つい今までそこにいたはずの、ツオギェルの姿もまた消えていた。<br /><br /><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch2570298/85732/cd09dbf31a915819e430b5bcc3ced6d0b73d522f.jpg" data-image_id="85732" alt="cd09dbf31a915819e430b5bcc3ced6d0b73d522f" /><br /><br />画／<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/user/illust/10330428">ケースワベ</a><br /><div><br /><br /><br /><div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年11月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&target=book&genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&moral_filter=1&series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　９　（２）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>　啖(くら)えだと？　啖えだと？　いいだろう、啖ってやろう。　おれは、噛みついた。　そいつの身体に牙をたててやった。　ぞぶり、　肉を噛みちぎってやった。　生あたたかい血の味が、口の中に広がる。　なつかしい味だ。　美味(うま)い。　呑み込む。　食道を通って、胃の中へ。　どこにある胃か。　すでに、おれの身体から生えたいくつもの顎が、そいつの胸や、尻や、腕の肉を喰っている。　それを呑み込み、消化してゆく。　体内に、その血が溶けてゆくのがわかる。　もう一度――　左肩の肉を、齧(かじ)りとる。　なんという、不思議な味か。　おれの血が、そいつの血と混ざりあっている。　溶けあっている。　三度目――　それは、できなかった。　おれは、動きを止めていた。　なんということだろう、おれは、思い出している。　そいつ――こいつのことを。　こいつのことを、おれは知っている。　この味を、おれは知っている。　こいつの血と自</p>]]></description>
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                <pubDate>Wed, 06 Nov 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><br />　啖(くら)えだと？<br />　啖えだと？<br />　いいだろう、啖ってやろう。<br />　おれは、噛みついた。<br />　そいつの身体に牙をたててやった。<br />　ぞぶり、<br />　肉を噛みちぎってやった。<br />　生あたたかい血の味が、口の中に広がる。<br />　なつかしい味だ。<br />　美味(うま)い。<br />　呑み込む。<br />　食道を通って、胃の中へ。<br />　どこにある胃か。<br />　すでに、おれの身体から生えたいくつもの顎が、そいつの胸や、尻や、腕の肉を喰っている。<br />　それを呑み込み、消化してゆく。<br />　体内に、その血が溶けてゆくのがわかる。<br />　もう一度――<br />　左肩の肉を、齧(かじ)りとる。<br />　なんという、不思議な味か。<br />　おれの血が、そいつの血と混ざりあっている。<br />　溶けあっている。<br />　三度目――<br />　それは、できなかった。<br />　おれは、動きを止めていた。<br />　なんということだろう、おれは、思い出している。<br />　そいつ――こいつのことを。<br />　こいつのことを、おれは知っている。<br />　この味を、おれは知っている。<br />　こいつの血と自分の血が混ざりあってゆくのにつれて、何かが急速に萎(な)えてゆくのがわかった。<br />　天に向かって、激しく屹立(きつりつ)していたものがゆっくりと、その硬度を減じてゆく。<br />　なんだ!?<br />　どうしたのだ。<br />　おれの身に、何が起こっているのか。<br />　こいつの両手が、おれの身体から離れ、おれの両手首を握った。<br />　あらがおうとしたのは、一瞬だった。<br />　そいつの力のままに、おれは、両腕を頭の上に持ちあげられてゆく。<br />「掌を合わせるんだ」<br />　おれは、いやいやをしようとした。<br />　しかし、両手を開き、おれは、おれの頭の上で、掌を合わせていた。<br />「呼吸を――」<br />　そいつは言った。<br />　すう、<br />　はあ、<br />　と、そいつが呼吸をする。<br />　その呼吸に、おれの呼吸が合ってゆく。<br />「気をためろ。ためて、両掌の間に念玉(ねんぎよく)を作るのだ……」<br />　念玉？<br />「念玉だ」<br />　知っている。<br />　どこかで、それをやらされたはずだ。<br />　つい、このあいだ。<br />　ニョンパ？<br />　だれから教えられたのだったっけ。<br />　どこだろう。<br />　いつだろう。<br />　どこでもいい。<br />　いつでもいい。<br />　念玉を、おれは作った。<br />「それで、押さえるんだ。その念玉と、他の六つのチャクラを合わせて、鬼骨(きこつ)の力を押さえるんだ」<br />　押さえる？<br />　どうすればいいんだ。<br />「できるさ」<br />　おまえはできる。<br />　おれは、それをやった。<br />　肉の中であれほど猛っていたものが、ふいに、咆吼(ほうこう)するのをやめた。<br />　歯を軋(きし)らせるのをやめた。<br />　獣が、静かになっていった。<br /><br />　ひゅう……<br /><br />　と、久鬼(くき)が鳴いた。<br /><br />　あるるるるるる…………<br />　あるるるるるる…………<br /><div><br /><br /><br /><div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年11月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&amp;target=book&amp;genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&amp;moral_filter=1&amp;series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　９　（１）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>　　　　　９　そいつは、見たことのある顔をしていた。　森の中から、ふたりで、ずっとおれに話しかけてきた、あの声を発していたやつらのかたわれだ。　説教師(マニパ)ツオギェル――　そう名のっていたっけ。　そいつが、話しかけてくるのである。　もう、やめろ――と。　もう、いいではないかと。　なんだか、うるさい。　なんだか、わずらわしい。　大きなお世話ではないか。　こんなに、自分は今、満ち足りていて、しかも気持ちがいいのに。　どうして、これをやめねばならないのか。　そうだ。　こんなに、幸せなのに……　だが、妙に不安になる。　おまえは、どうして、そんな哀しそうな顔をするのだ。　さっきの、二本足の大きな漢(おとこ)も、そうだ。　哀しそうな顔で、おれを見ていた。　そんな眼で、見られたくない。　そんなに哀しい眼で、おれを見るんじゃない。　哀れに思われたり、可哀そうに思われたりするなら、怖がられた方が、まだマ</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar353569</link>
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                <pubDate>Wed, 30 Oct 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　　　　　９<br /><br />　そいつは、見たことのある顔をしていた。<br />　森の中から、ふたりで、ずっとおれに話しかけてきた、あの声を発していたやつらのかたわれだ。<br />　説教師(マニパ)ツオギェル――<br />　そう名のっていたっけ。<br />　そいつが、話しかけてくるのである。<br />　もう、やめろ――と。<br />　もう、いいではないかと。<br />　なんだか、うるさい。<br />　なんだか、わずらわしい。<br />　大きなお世話ではないか。<br />　こんなに、自分は今、満ち足りていて、しかも気持ちがいいのに。<br />　どうして、これをやめねばならないのか。<br />　そうだ。<br />　こんなに、幸せなのに……<br />　だが、妙に不安になる。<br />　おまえは、どうして、そんな哀しそうな顔をするのだ。<br />　さっきの、二本足の大きな漢(おとこ)も、そうだ。<br />　哀しそうな顔で、おれを見ていた。<br />　そんな眼で、見られたくない。<br />　そんなに哀しい眼で、おれを見るんじゃない。<br />　哀れに思われたり、可哀そうに思われたりするなら、怖がられた方が、まだマシではないか。<br />　恐れられた方がいい。<br />　独りでもいい。<br />　独りというのは、もともと、よく研がれた薄い刃物の上に、素足で立つようなものだ。<br />　いつ、バランスが崩れて、自分の足を傷つけてしまうかわからない。<br />　それでもいいのだ。<br />　哀れな人間でいるより、怖れられる獣でいることの方が、おれはいいのだ。<br />　あんまり、そこをうるさく言われると、<br />　ほら――<br />　また、背骨が曲がる。<br />　ぎしっ、<br />　みしっ、<br />　そういう音が、耳に響く。<br />　自分の骨が、曲がる音だ。<br />　変形(へんぎよう)してゆく音だ。<br />　ふふん、<br />　あんまり、うるさいことを言うのなら、もう一度、また、あの獣になって、おまえらみんな、喰ってやろうか。<br />　その時、もうひとりのやつが出てきて、服を脱ぎはじめたのだ。<br />　何だろう。<br />　何をする気だろう。<br />　額から、二本の角まで伸ばしている。<br />　ふわっ、<br />　と、そいつが、月の光の中に浮きあがった。<br />「麗……」<br />　と、そいつの声が聴こえた。<br />　麗？<br />　何のことだ。<br />　人の名前か。<br />　その麗というのは、このおれの名か。<br />　宙に浮いたそいつは、ゆっくりと、おれの眼の前に舞いおりてきた。<br />　半分、獣の顔をしている。<br />　しかし、なんとも痛ましい眼で、おれを見るのだ、そいつは。<br />　気にいらない。<br />　さざ波のように、怒りが広がりかけたが、それがおさまったのは、そいつの顔が妙になつかしかったからだ。<br />　こんな面をしているのに、どこか、遠い昔、自分はこの顔の人間を知っていたのではなかったか。<br />　そのことを考えると、じんわりとした温かみが、身体の中に満ちてくるようだった。<br />「息子よ……」<br />　と、そいつは言った。<br />　息子!?<br />　何だ、息子というのは。<br />　おれが、おまえの子供だというのか。<br />　その時、ふいに、おれの身体は、そいつに抱きつかれていた。<br />　きえええ……<br />　ぎいいい……<br />　おれの身体から生えているものたちが反応し、そいつに噛みついた。<br />　肉を噛みちぎり、啖(くら)う。<br />「かまわん、麗……」<br />　と、そいつは言った。<br />「息子よ、おれを啖え」<br />　と。</span><br /><br /><div><br /><br /><div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年10月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&amp;target=book&amp;genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&amp;moral_filter=1&amp;series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
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            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　８　（６）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>　巫炎にとっては、あるいは、九十九や吐月は、敵側の人間と見られてもしかたのない関係にあった。　久鬼玄造(くきげんぞう)が、巫炎を保冷車の中に閉じ込め、九十九も吐月も、その久鬼玄造と一緒にこの現場に駆けつけているのである。　それにしても、どうして、巫炎はあの保冷車の中から抜け出すことができたのか。　それが、九十九には不思議であった。　おそらく、今、キマイラ化した久鬼の前に立っている僧衣の男が、巫炎を助けたのではないかと、九十九は思う。　しかし、それを訊ねている時間は、むろん、ない。　ツオギェルは、久鬼の前に立って、しきりと身振り手振りで、何やら話しかけているようであった。　ツオギェルの口が開く。　声は聴こえない。　久鬼の口が開く。　声は聴こえない。　久鬼は、もどかしそうに、身をよじる。　そして、久鬼は、時おり、九十九にも聴こえる高い声で叫ぶ。　それに対して、ツオギェルは、たびたび、自分の両手</p>]]></description>
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                <pubDate>Wed, 23 Oct 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <category><![CDATA[卜部ミチル]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　巫炎にとっては、あるいは、九十九や吐月は、敵側の人間と見られてもしかたのない関係にあった。<br />　久鬼玄造(くきげんぞう)が、巫炎を保冷車の中に閉じ込め、九十九も吐月も、その久鬼玄造と一緒にこの現場に駆けつけているのである。<br />　それにしても、どうして、巫炎はあの保冷車の中から抜け出すことができたのか。<br />　それが、九十九には不思議であった。<br />　おそらく、今、キマイラ化した久鬼の前に立っている僧衣の男が、巫炎を助けたのではないかと、九十九は思う。<br />　しかし、それを訊ねている時間は、むろん、ない。<br />　ツオギェルは、久鬼の前に立って、しきりと身振り手振りで、何やら話しかけているようであった。<br />　ツオギェルの口が開く。<br />　声は聴こえない。<br />　久鬼の口が開く。<br />　声は聴こえない。<br />　久鬼は、もどかしそうに、身をよじる。<br />　そして、久鬼は、時おり、九十九にも聴こえる高い声で叫ぶ。<br />　それに対して、ツオギェルは、たびたび、自分の両手を合わせ、それを自分の頭上へ持ってゆくという動作をしてみせた。<br />　どうやら、ツオギェルは、自分と同じその動作を、久鬼にやってみろと言っているらしかった。<br />　それを、久鬼が理解していないのか、そうではなく拒否しているのか――その動作をいやがっているようでもあった。<br />　話をしている間に、だんだん、久鬼の感情が、昂ぶってきているようにも、九十九には思えた。<br />「巫炎さん――」<br />　九十九は、巫炎に言った。<br />「今、久鬼玄造と宇名月典善(うなづきてんぜん)、それから銃を持った人間たちが、この森の中へ散って、久鬼を捜しています」<br />　一瞬、久鬼玄造の顔が、脳裏に浮かんだ。<br />　これは、久鬼玄造を裏切ることになるのだろうか。<br />　そういう思いが、よぎったのだ。<br />　その思いを、九十九は打ち消した。<br />　冷静に考えてみれば――いや、直感的なところで言えば、今の状態の久鬼は、この僧衣の男と、巫炎の手にゆだねる方がよいのではないか。<br />　それが、この場に居合わせた自分の務めであるような気がした。<br />「それは、おれも気になっていた……」<br />　巫炎は、九十九にそう言ってから、ツオギェルの背へ向かって、<br />「おれがやろう」<br />　声をかけた。<br />　ツオギェルが振り返る。<br />「だいじょうぶですか？」<br />「やるしかない。台湾では、コントロールが利かず、たいへんなことになったが、今は違う。もしも、おれがまた、暴走しはじめるようなことがあったら、なんとか、おれを殺してくれ――」<br />　言いながら、巫炎は、着ていた上着とＴシャツを脱ぎ捨て、上半身裸になっていた。<br />「このおれでなければ、あれは止められない――」<br />　言い終えぬうちに、<br />　めりっ、<br />　と、額から、角が短く突き出ていた。<br />　二本。<br />　めりっ、<br />　めりっ、<br />　と、その角が、伸びてゆく。<br />　バットで、背をおもいきり叩かれたように、<br />　ごつん、<br />　という音と共に、巫炎はのけぞっていた。<br />　背骨が、ごつん、ごつりと、音をたてて変形してゆき、曲がってゆくのである。<br />　肩胛骨もまた、変形が始まっていた。<br />　肩胛骨が、膨らんでいるのである。<br />　肉と皮を突き破って、肩胛骨が外へ飛び出してきたのである。<br />　その、突き破ってきたものが、成長し、伸びてゆくのである。<br />　それは、翼であった。<br />　しかも、その翼は、黄金色をしていた。<br />　身体が、膨らむ。<br />　背骨が、曲がる。<br />　ぞろり、<br />　ぞろり、<br />　と、これもまた黄金色の体毛が上半身に伸びてくる。<br />　そこで、獣化は止まった。<br />　半神半獣――<br />　身体が膨らんだとはいえ、新しい食物を体内に取り込んでいないため、まだ、久鬼よりは、ふたまわりほど小さい。<br />　しばらく前、血と肉を大量に吐き出したとはいえ、まだ、久鬼の方が、その身体が大きかった。<br />　巫炎が、黄金の翼を振った。<br />　ふわり、<br />　と、その身体が、月光の中に浮きあがっていた。</span><br /><br /><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch2570298/81802/1b316db68ecf6682eb5e0858c371cbff49b7c6f7.jpg" data-image_id="81802" alt="1b316db68ecf6682eb5e0858c371cbff49b7c6f7" /><br /><br />画／<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/manga/list?user_id=1232457">卜部ミチル</a><br /><br /><div><br /><br /><div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年10月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&amp;target=book&amp;genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&amp;moral_filter=1&amp;series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch2570298/353568</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　８　（５）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>　しかし、久鬼は、そこに立ったが、すぐには動かなかった。　久鬼の本体――人間の久鬼の顔が、半分、もとにもどっていた。　吊りあがっていた眼尻の角度がわずかに緩やかになっている。　久鬼は、不思議そうな顔をしていた。　今、自分に何が起こったのか、それがわからないという顔だ。　九十九も、久鬼を見つめながら、立ちあがった。　気という力は、もとより物理力ではない。　物理力ではないが、今のような放ち方をすれば、体力は消耗する。　ゆるやかに、全身の細胞に、力がもどってくる。「大丈夫です……」　九十九は、吐月の横に並んだ。　雲斎に救われた。　その思いがある。　石との対話がなかったら、自分は死んでいたところだ。　しかし、そのいったんは永らえた生命(いのち)も、すぐにまたキマイラ化した久鬼の前にさらされることになる。　そう思った時、久鬼の表情に、変化が起こった。　久鬼の眸(め)が、遠くを見つめたのだ。　天上に輝</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar353567</link>
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                <pubDate>Wed, 16 Oct 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　しかし、久鬼は、そこに立ったが、すぐには動かなかった。<br />　久鬼の本体――人間の久鬼の顔が、半分、もとにもどっていた。<br />　吊りあがっていた眼尻の角度がわずかに緩やかになっている。<br />　久鬼は、不思議そうな顔をしていた。<br />　今、自分に何が起こったのか、それがわからないという顔だ。<br />　九十九も、久鬼を見つめながら、立ちあがった。<br />　気という力は、もとより物理力ではない。<br />　物理力ではないが、今のような放ち方をすれば、体力は消耗する。<br />　ゆるやかに、全身の細胞に、力がもどってくる。<br />「大丈夫です……」<br />　九十九は、吐月の横に並んだ。<br />　雲斎に救われた。<br />　その思いがある。<br />　石との対話がなかったら、自分は死んでいたところだ。<br />　しかし、そのいったんは永らえた生命(いのち)も、すぐにまたキマイラ化した久鬼の前にさらされることになる。<br />　そう思った時、久鬼の表情に、変化が起こった。<br />　久鬼の眸(め)が、遠くを見つめたのだ。<br />　天上に輝く月よりもさらに彼方にあるものを探すように。<br />　その双眸(そうぼう)は、次に、地上へ向けられた。<br />　その視線が、動く。<br />　九十九の上を動き、吐月の上を動き、さらに森の奥へとその視線が動いてゆく。九十九や吐月のことを、もう、久鬼は忘れてしまったようであった。久鬼の興味は、何か別のものに移ってしまったかのようであった。<br />　久鬼の口が開いた。<br />　その口の中で、舌が動き、唇が閉じられたり開かれたりする。<br />　何か声を発しているらしいが、その声が聴こえない。<br />　と――<br />　動いていた久鬼の視線が止まった。<br />　その視線は、九十九と吐月の立つ、すぐ左側の森の奥に向けられた。<br />　そこから、ふたりの男が出てきた。<br />　濃い、小豆色の僧衣を身に纏(まと)った男――狂仏(ニヨンパ)ツオギェルと、そして、巫炎(ふえん)であった。巫炎は、削ぎ落とされたような頬をしていた。<br />　髪が長く、双眸が怖いくらいに光っている。<br />　九十九は、ひと目見て、それが巫炎であるとわかった。<br />　貌(かお)が、久鬼と、大鳳に似ている。<br />　しかし――<br />　巫炎は、しばらく前、銃で撃たれたのではなかったか。<br />　完全にキマイラ化していない状態で、銃弾を受けた時のダメージは大きい。<br />　その時、今回、久鬼が受けたほどではないにしろ、麻酔弾を打ち込まれているはずであった。<br />　なんという肉体の回復力であることか。<br />「九十九くんか……」<br />　巫炎は、足を止めて、そう言った。<br />　巫炎は、すでに、円空山で、真壁雲斎と出会っている。<br />　九十九も、そのおりの話は雲斎から耳にしている。<br />　一九〇センチを軽く越えて、二メートルに迫ろうとする九十九の巨体を見て、すぐに誰であるかわかったのであろう。<br />　巫炎は、吐月をさらりと見やったが、今は、巫炎も吐月と言葉を交わしているゆとりはなかった。<br />「はい」<br />　と、うなずいた九十九に、<br />「ここは、我々にまかせてもらいたい」<br />　巫炎は言った。<br />　巫炎は、久鬼と大鳳の実の父である。その人間にこう言われて、まかせないわけにはいかない。いや、まかせることに、九十九は異存はない。<br />　九十九が、吐月に眼をやると、<br />「九十九くん、その方がいい」<br />　九十九の考えを、肯定した。<br />「お願いします」<br />　九十九は、巫炎に言った。</span><br /><br /><div><br /><br /><div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年10月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&amp;target=book&amp;genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&amp;moral_filter=1&amp;series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch2570298/353557</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　８　（４）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>「九十九くん……」　吐月(とげつ)が、何ごとかを察したように、一歩、退がる。　吐月に声をかけてはいられない。　今やろうとしていることに、全神経、全細胞、それこそ髪の毛一本ずつまで、使って集中しなければならない。　肉体が、別のものに化してゆくようだ。　大地になる。　地球になる。　重力になる。“石”をやっていてよかった。　雲斎(うんさい)に言われて、円空山で、石を割ろうとした。　巨大な石だ。　とても割れそうになかった。　かわりに、九十九は、石を見つめた。　石を見つめながら、大地と対話し、己れ自身と対話をした。　あの体験が、今、自分がやっているこのことを可能にしているのだ。　全身を、熱い、高温の気の塊(かたま)りと化すこと。　しかも、わずかな時間――ふた呼吸で。　寸指波(すんしは)を全身で打つ――その感覚だ。　両足を開く。　腰を落とす。　両手を拳に握って、腕を両脇にたたむ。　これが、どの程度、今</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar353563</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar353563</guid>
                <pubDate>Wed, 09 Oct 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <category><![CDATA[卜部ミチル]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「九十九くん……」<br />　吐月(とげつ)が、何ごとかを察したように、一歩、退がる。<br />　吐月に声をかけてはいられない。<br />　今やろうとしていることに、全神経、全細胞、それこそ髪の毛一本ずつまで、使って集中しなければならない。<br />　肉体が、別のものに化してゆくようだ。<br />　大地になる。<br />　地球になる。<br />　重力になる。<br />“石”をやっていてよかった。<br />　雲斎(うんさい)に言われて、円空山で、石を割ろうとした。<br />　巨大な石だ。<br />　とても割れそうになかった。<br />　かわりに、九十九は、石を見つめた。<br />　石を見つめながら、大地と対話し、己れ自身と対話をした。<br />　あの体験が、今、自分がやっているこのことを可能にしているのだ。<br />　全身を、熱い、高温の気の塊(かたま)りと化すこと。<br />　しかも、わずかな時間――ふた呼吸で。<br />　寸指波(すんしは)を全身で打つ――その感覚だ。<br />　両足を開く。<br />　腰を落とす。<br />　両手を拳に握って、腕を両脇にたたむ。<br />　これが、どの程度、今の久鬼に効果があるのかわからない。<br />　効果がなければ、その先にあるのは死であろう。<br />　が、考えない。<br />　死を考えない。<br />　生を考えない。<br />　ただ、今の自分にできることのみに集中する。<br />　力で、敵うわけがない。<br />　闘っても、暴風に巻き込まれた木の葉のように、あっという間に自分はもみくちゃにされてしまうであろう。<br />　どういう武器も、今、身に帯びてはいないのだ。<br />　持っているのは、ただ、自分自身だ。<br />　ただ、自分の肉体だ。<br />　大鳳(おおとり)の顔が浮かんだ。<br />　織部深雪(おりべみゆき)の顔が浮かんだ。<br />　いずれも、どれも、これも、それも、わずかな一瞬の間に脳裏に浮かんだ思考の断片だ。<br />　動いた。<br />　久鬼が。<br />　あひいる！<br />　叫んだ。<br />　跳んだ。<br />　なんと美しい。<br />　眼のくらむような光景だ。<br />　コオオオオオ……<br />　息を吐く。<br />　久鬼が迫って来る。<br />　もう、眼の前だ。<br />　いまだ。<br />「哈(は)ああっ!!」<br />　溜めていた気を、放つ。<br />　全身から。<br />　両掌を、前に突き出す。<br />　微細な、気の粒子――<br />　それをひと粒も残さない。<br />　気を当てる――これは、石などの無機物には、さしたる効果はない。<br />　しかし、相手が、生体である場合は別だ。<br />　生きたもの、さらに言えば、気について修行を積んだ者、気のわかるものには、効果が倍増する。<br />　ありったけの精気が、全て出ていった。<br />　自分の肉体が、消えた。<br />　自分に向かって、疾(はし)ってきた久鬼が、大きく後方に飛んでいた。<br />　地に転がった。<br />　全身を、巨大な見えないバットのフルスイングで打たれたように、飛ばされたのだ。<br />　両掌を突き出した格好のまま、九十九は、久鬼を見た。<br />　むくり、<br />　と、久鬼が、動く。<br />　むくり、<br />　むくり、<br />　と、久鬼が起きあがってくる。<br />　消えていた、自分の肉体の感覚が、九十九にもどってきた。<br />　その途端に、九十九は、膝をついていた。<br />　全身の肉が、細胞が、おそろしい疲労感に包まれていた。<br />　もう、動けない。<br />　呼吸もできない。<br />　背が、激しく上下する。<br />　胸を膨らませて、新しい空気を呼吸しようとしているのだが、肺が動かないのだ。<br />　やっと、動いた。<br />　ひゅう、<br />　喉が鳴った。<br />　息を吸い、<br />　がひゅう、<br />　息を吐いた。<br />　せわしく呼吸をしている間に、久鬼が起きあがってきた。<br />　その時――<br />　九十九の前に、出てきた者がいた。<br />　九十九の後ろにいた吐月が、九十九と久鬼の間に立ったのだ。<br />「九十九くん、逃げなさい……」<br />　吐月は言った。<br />「吐月さん……」<br />「あれが、わたしを襲っている間に、きみは逃げるのだ」<br />　静かな、落ちついた声であった。<br />「ここで、ふたりで死ぬことはないよ」</span><br /><br /><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch2570298/76396/24873bbb982d118f034bf78a164d75c028e6e9b5.jpg" data-image_id="76396" alt="24873bbb982d118f034bf78a164d75c028e6e9b5" /><br /><br />画／<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/manga/list?user_id=1232457">卜部ミチル</a><br /><br /><div><br /><br /><div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年10月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&amp;target=book&amp;genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&amp;moral_filter=1&amp;series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch2570298/353563</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　８　（３）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>　それに、久鬼(くき)が反応した。　いや、反応したのは、久鬼ではなく、久鬼の内部にいる獣であったのかもしれない。　跳んだ。　久鬼の身体が、宙へ跳んだのだ。　幾つもある脚の筋力が使用されたのか、異形の翼が利用されたのか、その両方であったのか。　翼はただ一度、　ばさり、　と、打ち振られた。　そして、久鬼は、走り去ろうとする鹿の背に、後ろから飛び乗っていたのである。　幾つもの足の鉤爪が、鹿の背の肉を、背骨ごと掴んでいた。　その時には、もう、幾つもの頭部が、顎が、首や、頭や、背の肉に牙を立てていたのである。　ぴいいいいいっ！　鹿が、悲鳴をあげた。　だが、すぐにその声は止んでいた。　喉を噛まれ、気管が締められ、塞がって、声を発することができなくなっていたのである。　ぞぶり、　ごつん、　ぬちゃ、　ごぶり、　獣の牙が、肉を噛み、骨を噛み折って、血を啜りあげるおぞましい音が響く。　びりっ、　と、音をたてて</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar353557</link>
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                <pubDate>Wed, 02 Oct 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　それに、久鬼(くき)が反応した。<br />　いや、反応したのは、久鬼ではなく、久鬼の内部にいる獣であったのかもしれない。<br />　跳んだ。<br />　久鬼の身体が、宙へ跳んだのだ。<br />　幾つもある脚の筋力が使用されたのか、異形の翼が利用されたのか、その両方であったのか。<br />　翼はただ一度、<br />　ばさり、<br />　と、打ち振られた。<br />　そして、久鬼は、走り去ろうとする鹿の背に、後ろから飛び乗っていたのである。<br />　幾つもの足の鉤爪が、鹿の背の肉を、背骨ごと掴んでいた。<br />　その時には、もう、幾つもの頭部が、顎が、首や、頭や、背の肉に牙を立てていたのである。<br />　ぴいいいいいっ！<br />　鹿が、悲鳴をあげた。<br />　だが、すぐにその声は止んでいた。<br />　喉を噛まれ、気管が締められ、塞がって、声を発することができなくなっていたのである。<br />　ぞぶり、<br />　ごつん、<br />　ぬちゃ、<br />　ごぶり、<br />　獣の牙が、肉を噛み、骨を噛み折って、血を啜りあげるおぞましい音が響く。<br />　びりっ、<br />　と、音をたてて、肉と皮がちぎれる。<br />　久鬼の顔が変貌していた。<br />　双眸が、吊りあがっていた。<br />　口の両端が、裂けたようになって、耳の方へ持ちあがっている。<br />　さっきまでそこにいた久鬼が、今はいない。<br />　久鬼が、生きた鹿を食べている。<br />　食べるそばから、それを消化し、吸収して、また、肉が増えはじめている。<br />　めりっ、<br />　めりっ、<br />　と、久鬼の額が音をたてて割れ、そこから、ねじくれ、血をからみつかせた二本の角が生えはじめた。<br />　左の角は、どうやら牛の角らしい。<br />　右の角は、歪(いびつ)な鹿の角だ。<br />　その二本の角が、みりみりと成長してゆく。<br />　行ってしまう。<br />　もどりかけていた久鬼が、また、むこうへ行ってしまう。<br />「久鬼！」<br />　九十九(つくも)は、久鬼を呼びもどそうとした。<br />　久鬼の吊りあがった双眸が動いて、九十九を見た。<br />　さっきとは、その眸の放つ光が別ものであった。<br />　襲われる!?<br />　九十九は、そう思った。<br />　逃げようとして、逃げられる距離ではなかった。<br />　背を向けて、数歩も行かないうちに、背後から襲われ、今の鹿と同じように食われてしまうであろう。<br />　ならば――<br />　九十九は、瞬時に判断していた。<br />　久鬼が動き出す前に――<br />　九十九は、深く呼吸した。<br />　急いでも、あわてない。<br />　ひとつ深く吸って、ひとつ、深く吐く。<br />　ふたつ目を、さらに深く吸って――<br />　ここで、久鬼が、首を傾けた。<br />　ぎいい……<br />　久鬼が哭(な)いた。<br />　九十九は、ふた呼吸で気を全身に溜めた。<br />　足りない。<br />　さらに溜める。<br />　全身以上、身体の外側まで。<br />　肉が、身体が、倍以上に膨れあがった感じだ。<br />　温度をあげる。<br />　粘度をあげる。<br />　圧力をあげる。<br />　ひとつずつの細胞の全てが、ぱんぱんに張りつめて、ちぎれそうになる。<br />　ぶちぶちと細胞のはじけるその音が、こめかみあたりで聴こえてきそうだった。</span><br /><br /><div><br /><br /><div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年10月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&amp;target=book&amp;genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&amp;moral_filter=1&amp;series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch2570298/353557</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　８　（２）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>「おれを、救う？」　久鬼が、つぶやく。　久鬼の眸に、さらに光が点る。「ああ……」　久鬼は、溜め息のような呼気を吐いた。　一度、二度、眸を閉じたり開いたりした。「夢を、見ていたようだ……」　視線を、周囲にめぐらせた。「長い、夢だ……」　腕を持ちあげる。　その腕を眺める。　左右の手を。　そして、指を。　指先を。　その眸が、自分の身体に移ってゆく。「夢じゃ、なかったのか……」　溜め息とともにつぶやく。「それとも、まだ、夢を見ているのか……」　月光の中に、久鬼は、白い腕を差し伸ばし、そして、「ずいぶん、楽しい夢だったような気がする……」　謡(うた)うように言った。「悪夢であったような気もするが、それはそれで、悦びに満ちたようなものであったような気もするのですよ、九十九……」　久鬼の視線が、九十九にもどった。「何故、救うのです？」　久鬼が言った。「何故、このぼくを、救わねばならないのです……」　ゆっ</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar332642</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar332642</guid>
                <pubDate>Wed, 25 Sep 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <category><![CDATA[晴十ナツメグ]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「おれを、救う？」<br />　久鬼が、つぶやく。<br />　久鬼の眸に、さらに光が点る。<br />「ああ……」<br />　久鬼は、溜め息のような呼気を吐いた。<br />　一度、二度、眸を閉じたり開いたりした。<br />「夢を、見ていたようだ……」<br />　視線を、周囲にめぐらせた。<br />「長い、夢だ……」<br />　腕を持ちあげる。<br />　その腕を眺める。<br />　左右の手を。<br />　そして、指を。<br />　指先を。<br />　その眸が、自分の身体に移ってゆく。<br />「夢じゃ、なかったのか……」<br />　溜め息とともにつぶやく。<br />「それとも、まだ、夢を見ているのか……」<br />　月光の中に、久鬼は、白い腕を差し伸ばし、そして、<br />「ずいぶん、楽しい夢だったような気がする……」<br />　謡</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>うた)うように言った。<br />「悪夢であったような気もするが、それはそれで、悦びに満ちたようなものであったような気もするのですよ、九十九……」<br />　久鬼の視線が、九十九にもどった。<br />「何故、救うのです？」<br />　久鬼が言った。<br />「何故、このぼくを、救わねばならないのです……」<br />　ゆっくりと、久鬼の口調が、かつての久鬼のそれにもどってゆく。<br />　大量の、どろどろの肉塊と毒素を吐き出して、すでに、獣の身体は、当初の半分くらいにもどっている。<br />　久鬼の眸の中に、光の量が増えてゆく。<br />「こんなに楽で、こんなに楽しいのに……」<br />　久鬼は言った。<br />　ぶるり、<br />　と、久鬼が、獣が、その身を震わせた。<br />　血肉の飛沫</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>しぶき)が、周囲の月光の中へ散った。<br />　ゆるり、<br />　ゆるり、<br />　と、獣が、久鬼の上体を生やしたまま、自らが作った肉</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">泥</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>にく</span>でい)の中から歩み出てきた。<br />　それは、牛に似ていた。<br />　大きさも、その姿も。<br />　しかし、むろん、それは牛ではない。<br />　濃い獣毛が生えていた。<br />　まともに地についている脚は、六本あった。<br />　幾つもの腕や、頭部が生えているのは同じであったが、今、その主体は、その中心に生えている久鬼にあるのは、明白であった。<br />　そして、月光の中に広げられた、巨大な蝙</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"></span>蝠</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">こう</span></span>もり)の翼。<br />　生物としての、肉体のバランスが、それなりにとれてきつつあるようであった。<br />　それでも、まだ、凶</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">々</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>まが</span>まが)しい歪</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>いび)つな感があるのは否めないが、それは、美しかった。<br />　月光の中で、久鬼は、両手の指を髪の中に差し込んで、それを掻きあげた。<br />　ざわっ、<br />　と、その髪の毛が、立ちあがる。<br />　久鬼の赤い唇に、笑みが点る。<br />　しかし、その眸には、たまらなく哀切な光が宿っていた。<br />「さっき、ぼくを、救いたいと言いましたか、九十九――」<br />　久鬼は、つぶやいた。<br />「どうやって、救うのです。檻に閉じ込めて、見せ物にしますか。どこかの施設に幽閉して、実験材料にしますか……」<br />　また、一歩、獣の脚が、近づく。<br />「おもしろいですね。さあ、救ってもらいましょうか……」<br />　言ったあと、久鬼の唇が、また微笑した。<br />「でも、その前に、答えてもらいましょうか。そこに、あなた以外の、もうひとりの人間のいるわけを……」<br />　久鬼の視線が動いたのは、吐</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"></span>月</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">と</span></span>げつ)が身を隠している木立の方角であった。<br />　ゆっくりと、吐月が、木立の中から姿を現わした。<br />　九十九の横に並んで立ち、<br />「吐月という者だ……」<br />　そう言った。<br />「吐月？」<br />「君も知っているだろう、真壁雲斎の友人だよ」<br />　吐月は言った。<br />「ああ……」<br />　久鬼は囁くように言った。<br />「なんとなつかしい名前を耳にするんでしょう。真壁雲斎……夢のようです……」<br />　久鬼にとって、それは、遥か昔の神話上の名として響いたようであった。<br />　雲斎――<br />　円空山――<br />　円空拳――<br />　久鬼が、その顔を、月へ向けた。<br />　その時――<br />　不幸であったのは、そこへ、一頭の鹿が出現したことであった。<br />　雌の鹿だ。<br />　野生の動物としては、考えられぬほど無防備に、横手の木立の間から、その鹿は姿を現わしたのであった。<br />　人への警戒心が薄れていたのか、もともと警戒心のない個体であったのか。<br />　風上からやってきたことを考えに入れても、その鹿は、無防備であった。<br />　現われて、そして、数歩動いてから、その鹿は、その獣に気づいたのであった。<br />　鹿は、逃げようとした。<br />　しかし、その逃げる方向を誤った。<br />　後方へ逃げるか、せめて横へ逃げればよかったのに、なんと、その鹿は、その獣の前を駆け抜けようとしたのである。</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"></span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><br /></span><br /><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch2570298/68576/701a9cc195e2e755c4e901c35381ae2ae8ad85ac.jpg" data-image_id="68576" alt="701a9cc195e2e755c4e901c35381ae2ae8ad85ac" /><br /><br />画／晴十ナツメグ<br /><div><br /><br /><br /><div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年9月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&amp;target=book&amp;genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&amp;moral_filter=1&amp;series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch2570298/332642</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　８　（１）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>８
  　九十九は、その獣の正面に立っていた。　無数の首が持ちあがり、無数の眼が九十九を見ていた。　しかし、同時に、同じくらいの無数の首と口が、　げええ、　がああ、　血肉の塊(かたま)りや、何かわからないどろどろとしたものを吐き出し続けていた。　幾つかの口が、体内に溜っている毒素を、赤黒い鶉(うずら)の卵ほどの大きさのものにして、吐き出しているのも、これまでと同じだ。　だが、それらは、この獣の無意識がやっていることのように見えた。　たとえば、それは、心臓の脈動のようなものだ。　たとえば、それは、肺の呼吸のようなものだ。　あるいはそれは、歩行のようなものだ。　心は何か別のことを考えていても、それらの臓器や脚は、自分の動きを続けることができる。　しかし、その獣の本体、その意識は、今、はっきりと九十九に向けられている。「久鬼、おれだ。九十九だ」　九十九は言った。　と――　その獣の中心あたり。　獣</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar332635</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar332635</guid>
                <pubDate>Wed, 18 Sep 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div style="text-align:center;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">８<span></span></span></div>
<span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"> </span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　九十九は、その獣の正面に立っていた。<br />　無数の首が持ちあがり、無数の眼が九十九を見ていた。<br />　しかし、同時に、同じくらいの無数の首と口が、<br />　げええ、<br />　がああ、<br />　血肉の塊</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>かたま)りや、何かわからないどろどろとしたものを吐き出し続けていた。<br />　幾つかの口が、体内に溜っている毒素を、赤黒い鶉</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>うずら)の卵ほどの大きさのものにして、吐き出しているのも、これまでと同じだ。<br />　だが、それらは、この獣の無意識がやっていることのように見えた。<br />　たとえば、それは、心臓の脈動のようなものだ。<br />　たとえば、それは、肺の呼吸のようなものだ。<br />　あるいはそれは、歩行のようなものだ。<br />　心は何か別のことを考えていても、それらの臓器や脚は、自分の動きを続けることができる。<br />　しかし、その獣の本体、その意識は、今、はっきりと九十九に向けられている。<br />「久鬼、おれだ。九十九だ」<br />　九十九は言った。<br />　と――<br />　その獣の中心あたり。<br />　獣毛に覆われた部分に、何かが盛りあがった。<br />　そこから、せりあがってくるものがあった。<br />　ゆっくりと、月光の中へ――<br />　それは、人の身体であった。<br />　水中から、人が、だんだんと頭を持ちあげてくるように、人が、上体をゆっくりと起こしてくるように、その姿が見えてくる。<br />　頭部。<br />　顔。<br />　肩。<br />　胸。<br />　腕。<br />　腹。<br />　裸体である。<br />　白い肌をした、男の上体の裸体。<br />　知っている。<br />　他人ではない。<br />　それは、久鬼であった。<br />　久鬼の身体が、今、獣の体内から生</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>は)えてきたのである。<br />　久鬼は、眸を閉じていた。<br />　この間にも、獣は、肉を吐き出し続け、毒素を吐き出し続けている。<br />　その獣の吐き出したものが、獣の周囲に溜ってゆく。<br />　もの凄い臭いだ。<br />　血肉を吐き出せば、吐き出したその分だけ、獣の身体は縮んでゆくようであった。<br />　毒素を吐き出せば、その分だけ、獣は元気になってゆくようであった。<br />　げえええ、<br />　があああ、<br />　ち、<br />　チ、<br />　ち、<br />　くるるるるるる……<br />　るるるるるるる……<br />　獣が、低く喉を鳴らしている。<br />　久鬼の上体が、その獣の中心に、真っ直ぐに立った。<br />　体液にまみれて濡れた髪が、白い額に張りついていた。<br />　ゆっくりと、その眸</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>め)が開かれてゆく。<br />　潤いのある、美しい黒い瞳が露</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>あら)わになった。<br />　その眸が、九十九を見た。<br />　しかし、まだその眸は、何も認識してはいないようであった。<br />「久鬼……」<br />　九十九が、つぶやく。<br />　久鬼のその眸に、わずかな光が宿った。<br />「九十九……」<br />　久鬼の唇が動いた。<br />「わかるか、久鬼、おれだ……」<br />　九十九は、穏やかな、低い声で言った。<br />　浅く、一歩、前に出る。<br />　ぎる、<br />　ぎるるるる……<br />　いくつかの首が、頭部を持ちあげる。<br />「どうして、ここに……」<br />　久鬼は言った。<br />　おまえを助けるために……<br />　九十九は、その言葉を口にしようとした。<br />　しかし、口にできなかった。<br />　助けるといっても、九十九にはどうしたらよいのかわからない。<br />　その方法を持っていなかった。<br />　このまま、久鬼玄造たちの来るのを待って、さらに麻酔弾を打ち込んで、久鬼をあの保冷車に収納するのがよいのか。<br />　それが、できるのか。<br />　問われて、九十九は、途方にくれた。<br />「おまえを、救いたい……」<br />　それだけを言った。<br />　正直な気持ちだった。<br />　どうしていいのかはわからないが、それだけは、間違いがない。<br />　ああ――<br />　もしも、ここに真壁雲斎</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(まかべうん</span>さい)がいてくれたら。<br />　雲斎なら、どうするであろうか。<br />　しかし、今、ここに雲斎はいない。</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><br /></span><br /><br /><div><br /><div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年9月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&amp;target=book&amp;genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&amp;moral_filter=1&amp;series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch2570298/332584</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　７]]></title>
                <description><![CDATA[<p>７
  　何故、宇名月典善(うなづきてんぜん)がここにいるのか。　龍王院弘(りゅおういんひろし)はそう思った。　自分の方が、かつての師、典善にそう問いたかった。　自分が、典善のもとから去ったのは、このままでは、いつか自分はこの師と闘うことになると考えたからだ。　言い出したのは、典善からだ。　出てゆけと言われたのだ。　このままじゃあ、おめえを殺しちまうかもしれないと、そういうことを言われたのではなかったか。　ちょうどよかった。　龍王院弘自身も、似たようなことを考えていたのだ。　闘ったら、どうなるか。　負けるとは思っていなかった。　しかし、勝てるとも思ってはいなかった。　だが、このまま一緒にいれば、ある時、ふいにその瞬間が来てしまうような気がした。　その結果、自分は典善を殺してしまうかもしれない。　逆に、自分が典善に殺されてしまうかもしれない。　そういう闘いになるであろうということはよくわかっ</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar332611</link>
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                <pubDate>Wed, 11 Sep 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <category><![CDATA[晴十ナツメグ]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div style="text-align:center;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">７<span></span></span></div>
<span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"> </span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　何故、宇名月典善</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>うなづきてんぜん)がここにいるのか。<br />　龍王院弘</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>りゅおういんひろし)はそう思った。<br />　自分の方が、かつての師、典善にそう問いたかった。<br />　自分が、典善のもとから去ったのは、このままでは、いつか自分はこの師と闘うことになると考えたからだ。<br />　言い出したのは、典善からだ。<br />　出てゆけと言われたのだ。<br />　このままじゃあ、おめえを殺しちまうかもしれないと、そういうことを言われたのではなかったか。<br />　ちょうどよかった。<br />　龍王院弘自身も、似たようなことを考えていたのだ。<br />　闘ったら、どうなるか。<br />　負けるとは思っていなかった。<br />　しかし、勝てるとも思ってはいなかった。<br />　だが、このまま一緒にいれば、ある時、ふいにその瞬間が来てしまうような気がした。<br />　その結果、自分は典善を殺してしまうかもしれない。<br />　逆に、自分が典善に殺されてしまうかもしれない。<br />　そういう闘いになるであろうということはよくわかっていた。<br />　典善も、そう思っていたはずだ。<br />　しかし、それは思いあがりであったかと、今はそう思っている。もしかしたら、心のどこかで自分はそう思っていて、典善のもとを去ったのかもしれない。<br />　いつか、典善を倒すためにそのもとを去ったのだと。<br />　自分は、この典善に対して、屈折した愛情を抱いていると、龍王院弘はよくわかっていた。<br />　恨みなどはないのだ。<br />　ただ、一緒にいるどの時も、典善は、一度たりともこの自分に心を許したことなどなかったと、龍王院弘はわかっている。<br />　典善に認められたい――常にその想いはあった。<br />　自分が、典善と闘うということは、そういうことであった。<br />　弟子であるから、師を超える。<br />　その時、典善は、悦んでくれるのではないか。<br />　この自分に負け、たとえその結果が死であろうとも、この典善はそれを悦んでくれるのではないか。<br />　典善に悦ばれたい。<br />　だから、典善を殺したい――そういう矛盾する想い。<br />　そんな、夢のようなことまで考えていたのだ。<br />　しかし、今、典善は、ひとりの男を連れている。<br />　菊地良二</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(きくち</span>りょうじ)。<br />　足の短い、ずんぐりした小男。<br />　まだ若い。<br />　見ただけで、高校生とわかる。<br />　どうして、こんな男が、宇名月典善とくっついているのか。<br />　昏</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>くら)い眸</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>め)をしていた。<br />　陰気で、粘液質な性格。<br />　そうか。<br />　わかった。<br />　典善は今、この男を弟子にしているのか。<br />　典善好みの何かが、この男にはあるのだろう。<br />　かつて、自分が、そうであったように。<br />　ちろり、<br />　と、暗い、青い炎が、龍王院弘の心の底に点った。<br />　嫉妬と呼ばれる炎だが、そこまでは、まだ龍王院弘自身も気づいてはいない。<br />「なんでえ、その面</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>つら)は？」<br />　典善が言った。<br />「面？」<br />「ひろしよ、てめえ、ボックとかいう外人にやられたってえ話じゃねえか」<br />　典善は、唇の片端を吊りあげて嗤</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>わら)った。<br />　どうして、典善はそのようなことを知っているのか。<br />「よかったな、ひろし」<br />　典善は言った。<br />「よかった？」<br />　苦いものが、こみあげる。<br />「これで、てめえはもっと強くなるぜえ」<br />　いつもの典善だ。<br />　龍王院弘の知っている、宇名月典善のもの言いだ。<br />「気をつけろよ、ひろし」<br />　ふいに、典善はそう言った。<br />「今、おれが連れているこの男、菊地良二と言うのだがな、こいつ、強くなるぜえ。才能は、おめえの十分の一だが、外道の素質はてめえの十倍よ――」<br />　けく、<br />　けく、<br />　けく、<br />　と、宇名月典善は嗤った。<br />「まあ、いい。今日は、そういう話をしたくて、こんなところまでやってきたわけじゃねえからな――」<br />「何故、こんなところに？」<br />　龍王院弘は訊ねた。<br />「あるものを、追ってきた……」<br />　典善は言った。<br />　あるもの――<br />　という言葉の響きを、耳で聴いた途端、ぞくりと、戦慄が龍王院弘の背を疾</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>はし)り抜けた。<br />　あるもの、それは、あれではないか。<br />　ついさっき、龍王院弘自身が遭遇したもの。<br />　他に、何が考えられるのか。<br />　微かに、身体が震えた。<br />「ひろし、てめえ、見たな……」<br />　宇名月典善がつぶやいた。<br />　龍王院弘は、唇を噛んだ。<br />　見た――<br />　そう言うつもりだった。<br />　しかし、その言葉が出てこなかった。<br />　典善の口調からすると、典善は、あれを追ってきたことになる。典善は、すでにあれと出会っているということか。あれを見ていながら、なお、典善はあれを追ってきたというのか。<br />「震えてるのか、ひろし……」<br />　典善は言った。<br />　典善に、怯</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>おび)えている様子はない。<br />　むしろ、興奮しているような様子さえある。<br />　追っているということは、あれは逃げているということだ。典善と友好的な関係にあるわけではないだろう。<br />　ということは、つまり、追いついたら、そこで、典善は、あれと闘うことになるのではないか。<br />　無理だ。<br />　龍王院弘は思う。<br />　あれと対峙したら、いかに典善と言えど、闘いようがない。あれは、人間ではないのだ。<br />　あれが迫ってくると、不思議なことに、喰われてもいい、そういう気持ちになってしまう。<br />　こいつになら、喰われてもいい。<br />　そう思ってしまうのである。<br />　だが、この典善なら――<br />　龍王院弘は思う。<br />　この典善なら、平気であれと闘うことができるのではないか。<br />　龍王院弘がそこまで考えた時、<br />　ぽっ、<br />　と、明りが点ったような気がした。<br />　ここではない。<br />　別の場所だ。<br />　ほんの一瞬のことだ。<br />　本物の明りではない。<br />　別のもの。<br />　一瞬の光。<br />　どういう時に、そういう光を見るのか、龍王院弘は、わかっていた。<br />　気を、顔に当てられた時だ。<br />　実際に、気は光を発するわけではないのだが、その光を浴びせられたと、受けた方は感じてしまうことがあるのである。<br />　時にそれは、熱であったり、風圧であったり、打たれるようなものであったり、様々なものであったりする。<br />　その時、気を放つ者と受ける者の心のあり方で、それは様々に変化をする。もちろん、物質的な力はともなわないが、生体は、それを感じとることができる。<br />　当然様々な鍛錬や修行の度合に応じて、それを感じとることのできる者やできぬ者がいるが、龍王院弘も、そして、宇名月典善も、それを感じとることができた。<br />「む」<br />　と、典善は、視線を、右手の森の中へ向けた。<br />　誰かが、典善が視線を向けた方角で、気を放ったのだ。<br />　それも、相当に大きな、強い気を。<br />「弘、話はここまでじゃ。ゆかねばならぬでな――」<br />　宇名月典善は、背を向けた。<br />「ゆくぞ」<br />　そう言って、宇名月典善は、疾り出していた。</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><br /></span><br /><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch2570298/68575/7a3082a4fbcc738e718a00977ddcd2b779b156f7.jpg" data-image_id="68575" alt="7a3082a4fbcc738e718a00977ddcd2b779b156f7" /><br /><br />画／晴十ナツメグ<br /><div><br /><br /><br /><div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年9月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&target=book&genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&moral_filter=1&series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch2570298/332611</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　６]]></title>
                <description><![CDATA[<p>６
  （わたしの名は、ツオギェル）　その声はそう言った。　中国語である。　巫炎（ふえん)の言葉のイントネーションから、中国語を母国語とする人間であると考えたのであろう。　ツオギェル！？　あの、ツオギェルか。　巫炎は、その名を心の中で繰り返した。（あの狂仏(ニヨンパ)修行僧のツオギェルか）　巫炎もまた中国語で言った。（それを知るあなたは？）（おれの名は、巫炎。わかるか？）（わかります。まさか、巫炎、あなたが何故ここに？）　高音域でのふたりの会話は、保冷車の運転手である池畑辰男(いけはたたつお)の耳には届いていない。　声の主、ツオギェルが、保冷車にかなり近づいてきているのは、巫炎にはその声でわかった。（ツオギェル、今、久鬼麗一(くきれいいち)が、おれの息子が撃たれた）（承知しています）（細かい話は後だ。おれは、檻の中だ。ここから出してくれ、ツオギェル。保冷車と檻の鍵は、運転手が持っているはず</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar332584</link>
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                <pubDate>Wed, 04 Sep 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div style="text-align:center;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">６<span></span></span></div>
<span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"> </span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">（わたしの名は、ツオギェル）<br />　その声はそう言った。<br />　中国語である。<br />　巫炎</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">（</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">ふ</span>えん)の言葉のイントネーションから、中国語を母国語とする人間であると考えたのであろう。<br />　ツオギェル！？<br />　あの、ツオギェルか。<br />　巫炎は、その名を心の中で繰り返した。<br />（あの狂仏</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>ニヨンパ)修行僧のツオギェルか）<br />　巫炎もまた中国語で言った。<br />（それを知るあなたは？）<br />（おれの名は、巫炎。わかるか？）<br />（わかります。まさか、巫炎、あなたが何故ここに？）<br />　高音域でのふたりの会話は、保冷車の運転手である池畑</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">辰</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">男</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">いけ</span>はた</span>たつ</span>お)の耳には届いていない。<br />　声の主、ツオギェルが、保冷車にかなり近づいてきているのは、巫炎にはその声でわかった。<br />（ツオギェル、今、久鬼</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">麗</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">一</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">く</span>き</span>れい</span>いち)が、おれの息子が撃たれた）<br />（承知しています）<br />（細かい話は後だ。おれは、檻の中だ。ここから出してくれ、ツオギェル。保冷車と檻の鍵は、運転手が持っているはずだ）<br />（わかっています。急ぎたいのはわたしも同じです）<br />（頼む）<br />（はい）<br />　と、ツオギェルの声は答えた。<br />　それきり、ツオギェルからの声は聴こえなくなった。<br />　時間が過ぎた。<br />　一分か、二分か。<br />　三分、五分は過ぎたか。<br />　やがて――<br />　かちゃり、という、鍵の開けられる音が響いてきた。<br />　続いて、ごとりという保冷車の荷台のロックのはずれる音。<br />　きい、<br />　きい、<br />　音をたてて、保冷車の二枚の扉が、後方に開かれた。<br />　これまで、闇の中にいた巫炎にとっては、明るい――と、そう表現してもいいような月光が、開いた扉から中に入り込んできた。<br />　保冷車の中に、ツオギェルが入ってきた。<br />（ツオギェルか！？）<br />（はい）<br />　ツオギェルは、うなずいて近づいてきた。<br />（今、その檻を開きます）<br />　ツオギェルは、手にもった鍵を、檻の錠</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span>じょう)の鍵穴に差し込んだ。<br />（運転手は？）<br />　巫炎が問う。<br />（今、脳震</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">盪</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">(</span><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">のう</span>しん</span>とう)を起こして、眠っています。死んではいません。しばらくすれば、息を吹き返すでしょう）<br />　カチャッ、<br />　という音がした。<br />　錠が解かれ、檻の扉が開かれた。<br />「ありがたい」<br />　巫炎は、声を通常の音域にもどして言った。<br />　巫炎は、立ちあがり、檻の扉から外へ出た。<br />「九鬼麗一が撃たれ、むこうの森へ落ちました。助けにゆかねばなりません」<br />「おれもゆこう」<br />「では、急ぎましょう。話はその道々に――」<br />「わかった」<br />　ツオギェルと巫炎は、保冷車の荷台から、月光の中へ出ていた。<br /></span><br /><br /><div><br /><div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年9月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong><strong>■夢枕獏トークショウを生放送（9月4日）</strong><br /><iframe src="https://live.nicovideo.jp/embed/lv150788173" style="border:solid 1px #CCC;" width="312" height="176" scrolling="no" frameborder="0" >http://live.nicovideo.jp/watch/lv150788173</iframe><br /><br />■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&target=book&genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&moral_filter=1&series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch2570298/332584</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　５]]></title>
                <description><![CDATA[<p>５
  　それは、そこにいた。 　上から、木洩れ陽（こもれび）のように注ぐ、青い月光の中だ。 　幸いにも、こちらが風下（かざしも）だ。 　音も、匂いも、向こうへは伝わりにくい。 　草の中にうずくまり、一本の橅（ブナ）の幹に身体の一部を預けている巨大な獣。 　グリズリーよりも、ホッキョクグマよりも、肉の量感のあるもの。 　幾つもの翼がある。 　何本もの腕や、脚が生え、それには獣毛が生えている。 　獣毛が無く、鱗のある部分もあった。 　鉤爪（かぎづめ）。 　羽毛。 　そして、幾つもの頭部。 　口。 　嘴（くちばし）に似たものもある。 　蛇のようにゆるくのたうつ、腕とも脚ともつかぬもの。 　ぐるるるるる…… 　るるるるるる…… 　チ、 　チチチ、 　チチチチチ…… 　低く唸るような声。 　囀（さえず）るような声。 　そして、無数の口がたてる、荒い呼吸音。 　普通、吸気の時は身体がふくらみ、呼気の</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar308186</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar308186</guid>
                <pubDate>Wed, 28 Aug 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <category><![CDATA[今野隼史]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div style="text-align:center;"><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">５<span></span></span></div>
<span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;"> </span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　それは、そこにいた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　上から、木洩れ陽（こもれび）のように注ぐ、青い月光の中だ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　幸いにも、こちらが風下（かざしも）だ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　音も、匂いも、向こうへは伝わりにくい。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　草の中にうずくまり、一本の橅（ブナ）の幹に身体の一部を預けている巨大な獣。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　グリズリーよりも、ホッキョクグマよりも、肉の量感のあるもの。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　幾つもの翼がある。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　何本もの腕や、脚が生え、それには獣毛が生えている。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　獣毛が無く、鱗のある部分もあった。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　鉤爪（かぎづめ）。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　羽毛。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そして、幾つもの頭部。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　口。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　嘴（くちばし）に似たものもある。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　蛇のようにゆるくのたうつ、腕とも脚ともつかぬもの。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　ぐるるるるる……<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　るるるるるる……<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　チ、<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　チチチ、<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　チチチチチ……<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　低く唸るような声。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　囀（さえず）るような声。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そして、無数の口がたてる、荒い呼吸音。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　普通、吸気の時は身体がふくらみ、呼気の時は身体が縮む。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　しかし、幾つもの頭部や口は、不揃（ふぞろ）いに呼吸を繰りかえしている。しかも、吸気と呼気の速度がばらばらだ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　麻酔弾が利いているらしい。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　もこり、<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　もこり、<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　と、全身が動いている。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　と、その動く獣毛の中から、口が伸びてきた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　頭部ではない。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　それには、眼も鼻も、耳もなかった。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　口だけが、ちょうど、子供の腕の太さぐらいの棒状のものとなって、その身体から伸びてきたのである。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　その先端に、口がある。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　口とわかったのは、先端が上下にか、左右にかはわからないが、ふたつに割れていて、そこから歯らしきものが覗いているのが見えたからである。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そして、舌が。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　その棒状のものの内側を、何かがせりあがってくるのがわかった。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　下方部分が膨らんで、その膨らんだ部分が上に移動してくるからである。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「えっ」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「えっ」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　と、それが、人で言うなら、えずくような音――あるいは声をあげた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「ケッ」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　と、その口が、何かを吐き出した。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　小さな、赤黒い、鶉（うずら）の卵ほどの大きさのものだ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　それが、獣の体表面を転がって、草の中に落ちる。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　その時には、もう、同様の次の口が出現している。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　その次の口が伸びている間に、身体のあちこちから、また次の口が出現して伸びてゆく。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　どれも同じだった。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　出現した口は、伸び、えずいて何かを次々と吐き出してゆく。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　吐き出すたびに、それは、すこしずつ元気になってゆくようであった。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そうか！？<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　九十九は、樹の陰からそれを見ながら思った。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　あの出現した口は、自分の体内から毒素を――つまり、麻酔薬を、血肉と共に吐き出しているのだ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そして、出現した口が、ころりと、光るものを月光の中に吐き出した。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　銃弾であった。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　さっき、撃たれたおり、体内に潜り込んでいた銃弾を、あの口は吐き出したのだ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　それを見ながら、<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　どうする！？<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　九十九は考えていた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　もしも、久鬼を、この獣を捕えるなら、チャンスは今だ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　この獣が、覚醒しきる前に捕える。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　このままだと、どんどん獣は回復していって、じきに、もとの生気を取りもどしてしまうであろう。そうなったら、もう、捕える方法はないのではないか。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　この森のどこかに、宇名月典善（うなづきてんぜん）と、麻酔銃を持った人間たちがいるはずだ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　彼らに連絡をとるか。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　しかし、連絡をとるといっても、どうやって。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　携帯は？<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　しかし、携帯で連絡がとれたとして、どうやってこの場所のことを伝えればいいのか。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そのために声をあげたら、この獣に、久鬼に気づかれてしまうのではないか。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　いや、そんなことではない。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そもそも、自分は、あの久鬼玄造に、この久鬼を捕えさせたいのか。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　わからなかった。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　小さく、身じろぎした。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　その時、九十九の足の下で、<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　ぴしっ、<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　という音がした。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　足の下に踏んでいた小枝が、折れたのだ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そいつの体から、一斉に首が頭を持ちあげた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　どれも、音のした方を見た。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　ぎ……<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　と、それが鳴いた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　ぎ……<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　ぎるるるる………<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　ぎるりりり………<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そして――<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　かっ、<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　かっ、<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　と、幾つもの眼が開いてゆく。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　かあっ、<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　かあっ、<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　と、幾つもの口が開いてゆく。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　伸びた鼻が、臭いを嗅ぐ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　もぞり、<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　と、全体が動いた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　それが、立ちあがっていた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　もし、逃げるという選択肢があったとしたら、それは、すでに失われていた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　木の枝を踏んで音をたてた時、すぐに、逃げるべきであったのだ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「九十九くん……」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　低い声で、吐月が言った。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「君は、ゆっくり逃げなさい。わたしが、彼の気を引く」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　前に出てゆこうとする吐月の肩を、九十九が押さえた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　覚悟は、決まっていた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「ぼくが行きましょう」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　言い終えた時には、九十九は、樹の陰から出ていた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　巨大な獣の前に立っていた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　不思議なくらいに落ちついていた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　足も震えていない。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　迷いはなかった。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　枝を踏む音が聴こえたのだ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　久鬼の耳に、声は届くのだ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　やるべきことは、ひとつしかない。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「久鬼、おれだ。九十九三蔵だ」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　九十九は言った。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　自分の声が届くか。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　届いたとして、久鬼にそれがわかるか。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　わかったとして、あの誇り高い久鬼がどう思うか。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そういう思考を捨てた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「久鬼、もう、いい……」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そう言った。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「おれがわかるか。おまえは、もう、充分に苦しんだ――」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　本心だった。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「おまえを救いたい。おれは、おまえの味方だ――」<span></span></span><br /><span style="font-size:inherit;"> </span><br /><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch2570298/66923/f918886f1f0cbbd2ad82472ccf912fe5d6ee84a9.jpg" data-image_id="66923" alt="f918886f1f0cbbd2ad82472ccf912fe5d6ee84a9" /><br /><br />画／今野隼史<br /><br /><div><br /><div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年8月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&amp;target=book&amp;genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&amp;moral_filter=1&amp;series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch2570298/308186</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　４　（４）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>「人は、愚かだ」 　吐月はまた、少し笑ったようであった。 「例外はない」 「ありませんか」 「ないね。人は皆、誰も愚かだ。人を好きになる、人を愛するというのは、その愚かさごと愛するということなのだよ」 　わずかに沈黙があった。 　風が、頭上で、葉を揺らす音、足が落葉を踏む音ばかりが、しばらく響いた。 「わたしは、人が好きなのだ」 　吐月は言った。 「その、愚かな人がね……」 　先を歩いていた吐月が、足を止め、九十九を振り返った。 「その愚かさ故に、人はまた、何かを求めてしまう。求めずにはいられない。あの頃と同じだったよ、久鬼玄造は……」 　吐月は、また、歩き出した。 「まだ、終ってない。まだ、激しい。陳岳陵のままだ。まだ、あの男は、求めている――」 「何をでしょう」 「さあ、何だろうね……」 　吐月は、ゆるゆると歩いてゆく。 「わたしもまた、愚かだ。もちろん今もね。だから、こうして、今、歩</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar308181</link>
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                <pubDate>Wed, 21 Aug 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「人は、愚かだ」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　吐月はまた、少し笑ったようであった。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「例外はない」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「ありませんか」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「ないね。人は皆、誰も愚かだ。人を好きになる、人を愛するというのは、その愚かさごと愛するということなのだよ」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　わずかに沈黙があった。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　風が、頭上で、葉を揺らす音、足が落葉を踏む音ばかりが、しばらく響いた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「わたしは、人が好きなのだ」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　吐月は言った。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「その、愚かな人がね……」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　先を歩いていた吐月が、足を止め、九十九を振り返った。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「その愚かさ故に、人はまた、何かを求めてしまう。求めずにはいられない。あの頃と同じだったよ、久鬼玄造は……」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　吐月は、また、歩き出した。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「まだ、終ってない。まだ、激しい。陳岳陵のままだ。まだ、あの男は、求めている――」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「何をでしょう」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「さあ、何だろうね……」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　吐月は、ゆるゆると歩いてゆく。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「わたしもまた、愚かだ。もちろん今もね。だから、こうして、今、歩いている……」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「ええ」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「わたしが、若い頃に見た夢の一部を、今、自分の眼で見届けたいと思っているのだ。こうやって、危険を冒してね」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「―――」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「あの獣と出会い、そしてわたしは、あの獣に喰われて生命を落とすことになるかもしれない……」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「はい」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「それでいいと思っている」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　九十九は、その言葉に答えられなかった。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「あれを見たかね。牛を貪り喰（く）らい、そして、疾（はし）り、舞いあがった……」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「―――」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「なんと美しいのだろうと、そう思ったよ――」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　自分も、そう思いました――そう言おうとしたのだが、九十九はそれを言葉にできなかった。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「わたしはね、仮に、あれが人間の本性であっても、いや、本性であるなら、自分もああなってみたい……あの時そう思ったのさ。ほんの少しだけどね……」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「―――」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「人は、仏（ほとけ）にはなれずとも、あのようなものにはなれるのだねえ……」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　しみじみと、吐月はつぶやいた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「だが、九十九くん、きみは違うよ。きみはまだ若い。未来がある。ここから先は、わたしひとりでゆくから、きみは引き返した方がよくはないかね――」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　言われて、九十九は、<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「ゆきます」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　すぐに答えていた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　迷いがなかったわけではない。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　迷いはある。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　迷いはあるが、しかし、ゆくことを決めたのだ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　行ったからといって、この自分に何ができるのかはわからない。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　しかし、ゆく。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「危険だね……」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　吐月が、ぼそりとつぶやいた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「危険？」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「もしかしたら、きみも、あの獣に魅（み）せられてしまっているんじゃないのかってね――」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　それに、九十九は答えられなかった。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　それでも何か言おうとして口を開きかけた時、前を歩いていた吐月が足を止めていた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　九十九を振り返って<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「しっ」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　右手の立てた人差し指を、唇にあてた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　吐月が、自分の耳を指差した。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　聴こえるかい？<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そう問いかけているのだ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　九十九は、耳を澄ました。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　葉ずれの音。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　これは、すぐ頭の上からだ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そして、森全体に満ちた数千万、数億枚もの葉ずれの音が重なった、遠い山鳴りのような音。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　これは――<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　自分の心臓の音か。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　これは、吐月の呼吸音。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そして、さらに……<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　聴こえた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　微かに。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　しかし、確かに聴こえている。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　呼吸音だ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　荒い。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　しかも、ひとつやふたつではない。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　幾つもの喉がたてる呼吸音。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　太い呼吸音もあれば、短いものもある。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　ライオンか虎なら、このような呼吸音をたてるのであろうかと思われるようなものもあれば、鳥のさえずりに似ているようなものもある。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　九十九は、うなずいた。<span></span></span><br /><span style="font-size:inherit;"> <span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　そして、ゆっくりと、その呼吸音の方へ近づいていった。</span></span><br /><br /><div>
<div><br /><br /></div>
<div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年8月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&target=book&genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&moral_filter=1&series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch2570298/308181</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　４　（３）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>　吐月―― 　かつて、本気で覚者になろうとした男だ。 　高野山で修行をし、チベットに入ってカルサナク寺で、陳岳陵――つまり、久鬼玄造と出会っている。 「わたしはね、外法の中に、その手がかりがあるのだと、ずっと考えていた……」 　カルサナク寺の地下で見た、アイヤッパンを中心とした『外法曼陀羅図』。 　そこで見たのは、八番目、九番目、十番目のチャクラであった。 　チャクラ――人体の背骨に沿って上から下まで並ぶ、力の発動部位である。 　解剖学的には存在しない存在だ。 　瑜伽（ヨーガ）においては、上から順に、次のように呼ばれている。 　頭頂にあると言われている王冠（おうかん）のチャクラ、サハスラーラ。 　眉間（みけん）のチャクラ、アジナー。 　咽喉（のど）のチャクラ、ヴィシュッダ。 　心臓のチャクラ、アナハタ。 　臍（へそ）のチャクラ、マニプーラ。 　脾臓（ひぞう）のチャクラ、スワディスターナ。 </p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar308169</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar308169</guid>
                <pubDate>Wed, 14 Aug 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <category><![CDATA[今野隼史]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　吐月――<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　かつて、本気で覚者になろうとした男だ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　高野山で修行をし、チベットに入ってカルサナク寺で、陳岳陵――つまり、久鬼玄造と出会っている。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「わたしはね、外法の中に、その手がかりがあるのだと、ずっと考えていた……」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　カルサナク寺の地下で見た、アイヤッパンを中心とした『外法曼陀羅図』。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そこで見たのは、八番目、九番目、十番目のチャクラであった。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　チャクラ――人体の背骨に沿って上から下まで並ぶ、力の発動部位である。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　解剖学的には存在しない存在だ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　瑜伽（ヨーガ）においては、上から順に、次のように呼ばれている。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　頭頂にあると言われている王冠（おうかん）のチャクラ、サハスラーラ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　眉間（みけん）のチャクラ、アジナー。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　咽喉（のど）のチャクラ、ヴィシュッダ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　心臓のチャクラ、アナハタ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　臍（へそ）のチャクラ、マニプーラ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　脾臓（ひぞう）のチャクラ、スワディスターナ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　根のチャクラ、ムーラダーラ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　玄道――つまり、仙道では、これは次の部位に相当する。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　やはり、上から順に――<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　泥丸（でいがん）。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　印堂（いんどう）。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　玉沈（ぎょくちん）。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　膻中（たんちゅう）。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　夾脊（きょうせき）。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　丹田（たんでん）。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　尾閭（びろ）。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　瑜伽（ヨーガ）でも玄道でも、これを呼吸法で活性化させる。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　呼吸し、天地の気を取り入れ、これを体内で上下させるのである。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　それに、使用されるのが、背骨に沿って存在するスシュムナーと呼ばれる管（ナデイ）である。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　この管（ナデイ）は、玄道では気道と呼ばれる。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　スシュムナー管（ナデイ）もまた、解剖学的には存在しない管（くだ）だ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　チャクラは、この管（ナデイ）から開いた回転する花のようなものである。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　呼吸し、気（プラーナ）を一番下方のムーラダーラチャクラに集める。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そのプラーナを、スシュムナー管（ナデイ）に沿って上に持ちあげてゆく。持ちあげて、また下ろしてゆく。ムーラダーラチャクラに溜まったこの気（プラーナ）を、また、スシュムナー管（ナデイ）の中で持ちあげてゆく。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　これを繰り返すことによって、チャクラが回転を始めてゆく。その回転速があがる。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　体内の霊的エネルギーがあがって、これによって、ムーラダーラチャクラの裡（うち）に眠っていた力――クンダリニーの蛇が目覚め、これがスシュムナー管（ナデイ）の中を駆け昇ってゆくのである。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　このようにして、チャクラを覚醒させ、人の持つ筋力、認識力、智恵――そういったものをレベルアップさせるのだ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　仙道では、小周天<span>,</span>しょうしゅうてん）の法とも呼ばれる。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　鬼骨（きこつ）――というのがある。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　ムーラダーラチャクラよりも、さらに下にある八番目のチャクラだ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　瑜伽（ヨーガ）的に言うなら、アグニチャクラ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　このアグニチャクラ、鬼骨が発動すると、人はその存在形態を変えてしまう。人が、進化の過程の中で捨ててきた、あらゆる形質が、無秩序に、爆発的に生じてしまうのである。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　仙道の世界では、これまで、鬼骨は、伝説上のものであると考えられていた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　かつて、千年、二千年以上も前、中国において、赤須子（せきしゅし）という者がこれを発動させ、獣と化して、多くの人を喰らった。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　これを、捕えて収めたのが、仙道の祖とも言われている老子であると。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　それは、神話や伝説の類（たぐい）であるとこれまでは考えられてきたのだが、その鬼骨が存在するとわかったのである。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　真壁雲斎（まかべうんさい）は、自身でそれをたしかめている。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　しかし、吐月がカルサナク寺で見た『外法曼陀羅図』には、鬼骨よりもさらに下方にもうひとつのチャクラが、サハスラーラチャクラのさらに上方に、もうひとつのチャクラが描かれていたのである。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　八番目の鬼骨のみならず、九番目、十番目のチャクラがあることになる。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　相撲のしきりのように、蹲踞（そんきょ）して腰を落とす、尊神アイヤッパン。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　ヒンドゥーの神、シヴァの化身（アーヴアタール）である。さらに、シヴァの化身であるハリハラとも、同じ存在と言っていい。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　そのアイヤッパンの絵の、腕と足とが、カルサナク寺の図では消されていた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　その、九番目のチャクラ――ソーマチャクラは、この物語の中ですでに明らかになっている。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　それは、ソーマチャクラだ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　月のチャクラ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　右手、左手に、念玉（ねんぎょく）を作る。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　作ったらば手を合わせて、これをひとつにする。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　その合わせた手を、頭の上で立てる。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　これが、九番目のチャクラ、ソーマチャクラだ。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　これをもって、キマイラ化を押さえることができるというのである。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「しかしね、九十九くん、わたしは今は違う考えを持っている……」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　吐月はつぶやいた。<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「違う考え？」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「人はね、仏陀になどなれなくともいいのだと思うようになった」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「―――」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「人は、人でいいのだよ」<span></span></span> <br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">　吐月はつぶやいた。<span></span></span><br /><span style="font-size:inherit;"> </span><br /><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch2570298/62849/761a7fc3623085e0fdbe7829e2d75ca91a2c7ba1.jpg" data-image_id="62849" alt="761a7fc3623085e0fdbe7829e2d75ca91a2c7ba1" /><br /><br />画／今野隼史<br /><div>
<div><br /><br /></div>
<div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年8月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&amp;target=book&amp;genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&amp;moral_filter=1&amp;series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch2570298/308169</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　４　（２）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>　落葉を、踏んで歩く。　紅葉した楓や、ダケカンバの葉が、地に重なっている。　九十九（つくも）の、重い体重がかかるたびに、そこから落葉の匂いがより濃くなってゆくようであった。　枯れ葉の匂いではない。　落葉ではあるが、枯れて枝から離れたものではない。色こそ緑ではないが、充分に湿り気を含んだ、みずみずしい葉の匂いである。　枝と葉の間に、コルク質が生じて、葉が枝から落ちただけのことだ。ただ、その香りが、六月、七月の青葉の匂いではないというだけのことだ。　灯りは消している。　森に入って、すぐ、用意していたハンドライトを点燈したのだが、「消そう、九十九くん」　吐月（とげつ）がそう言ったのだ。「月明りがある」　満月でこそないが、それに近い月だ。「灯りを手にしていると、その灯りが照らすものだけを見てしまうからね。かえって、ものが見えなくなるものだ」　吐月の言葉には、説得力があった。　それは、自身が、こうい</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar308153</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar308153</guid>
                <pubDate>Wed, 07 Aug 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　落葉を、踏んで歩く。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　紅葉した楓や、ダケカンバの葉が、地に重なっている。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　九十九（つくも）の、重い体重がかかるたびに、そこから落葉の匂いがより濃くなってゆくようであった。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　枯れ葉の匂いではない。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　落葉ではあるが、枯れて枝から離れたものではない。色こそ緑ではないが、充分に湿り気を含んだ、みずみずしい葉の匂いである。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　枝と葉の間に、コルク質が生じて、葉が枝から落ちただけのことだ。ただ、その香りが、六月、七月の青葉の匂いではないというだけのことだ。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　灯りは消している。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　森に入って、すぐ、用意していたハンドライトを点燈したのだが、<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「消そう、九十九くん」<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　吐月（とげつ）がそう言ったのだ。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「月明りがある」<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　満月でこそないが、それに近い月だ。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「灯りを手にしていると、その灯りが照らすものだけを見てしまうからね。かえって、ものが見えなくなるものだ」<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　吐月の言葉には、説得力があった。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　それは、自身が、こういった文明の利器を使わず、山中に起伏（おきふし）していたからわかることなのだろう。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「はい」<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　うなずいて、九十九は灯りを消した。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　それが、しばらく前のことだ。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　消した直後は、一瞬、周囲が真っ暗になったように思えたが、すぐに眼が慣れた。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　もともと、月明りで夜の道を歩く分には問題はない。あたりの情景が、それなりに見えるからだ。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　江戸の頃、人は、満月の晩は提灯無しで歩いたのだ。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　ただ、森の中は、頭上に被さった葉の繁る梢によって月明りが隠され、足元がかなり見えにくくなる。しかし、今、落葉樹の森は、葉の半分近くが散って、ほどよく月の光が注いでくるのである。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　確かに、吐月の言う通りであった。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　ライトを消したおかげで、森から届いてくる情報量が、はっきり増えたのがわかった。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　暗く、青い、深海の底を歩くような気がした。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　森に、包まれたようだ。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　充分に歩くことができる。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　必要になったら、ライトは点ければよい。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　こちらがライトを点けていないことにより、むこうからはこちらが見えなくなる。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　ライトを点けていると、久鬼（くき）と出会った時、最初に向こうに気づかれてしまう。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　気づいた時、久鬼はどう反応するのか。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　久鬼が、見つけた途端に自分たちを襲ってくるのではないかと思う半面、いや、もしかしたら、久鬼が、ここにいるのが友人である自分――九十九三蔵（さんぞう）であると気づいてくれるのではないかという淡い期待もあった。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　しかし、あの、獣となった久鬼が、自分に気づいてくれるであろうか。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　その不安がある。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　考えてみれば、自分は無謀なことをしているのではないか。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　久鬼玄造（げんぞう）の言う通り、牧場のあの場所で待っていた方がよかったかもしれない。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　仮に、久鬼と出会えたとして、いったい、自分はどうすればよいのか。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　何か、することがあるであろうか。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　なにも思いつかなかった。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　吐月はどうなのか。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　吐月は、あの久鬼と、これから出会うかもしれないことについて、どう考えているのであろうか。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　九十九の心を、覗いたように、<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「九十九くん」<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　吐月が声をかけてきた。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「きみと初めて会った時にも言ったことだが、わたしは、若い頃、仏陀に――つまり、覚者になろうとしていたのだよ……」<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　低い声だった。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「本気でなろうと思っていた。いや、なれると思っていた。ゴータマ・シッダールタが、過去においてそうなったのなら、自分もまた必ずなれるのだと……」<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　九十九に、というよりは、吐月は自分に言い聞かせているようであった。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「そして、チベットへ渡り、あの陳岳陵（ちんがくりょう）とカルサナク寺で出会い、その地下で、『外法曼陀羅図』を見たのだ……」<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　歩きながら、吐月は、微かに笑みを浮かべたようであった。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　その笑みの気配があった。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　優しい、哀しみに満ちた笑み――<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">「若かったのだなあ……」<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　吐月はつぶやいた。<span></span></span><br /><span style="font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';font-size:inherit;">「若い頃は、何でもできると思ってしまう。仏陀にでさえなれるのだと思ってしまう。若さとは、そういうものだ……」</span><br /><span style="font-size:inherit;font-family:'ＭＳ Ｐゴシック';">　昔の自分をなつかしむような響きがあった。</span><br /><br /><br /><div>
<div><br /><br /></div>
<div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年8月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&target=book&genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&moral_filter=1&series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　４　（１）]]></title>
                <description><![CDATA[<p>４
　一瞬、九十九三蔵は、出遅れていた。
　最初に、宇名月典善が疾（はし）り、それに、菊地良二が続いた。
　身を潜めていた所から、ライフルを持った男たちが、宇名月典善の後を追った。
「九十九くん、きみは、ここにいなさい」
　久鬼玄造が、九十九の動きを制するように、そう言ったのだ。
　玄造は、八津島長安（やつしまちょうあん）の背を押し、
「ゆくぞ」
　動いた。
　すぐそこに停められていた、空の保冷車の助手席に、玄造と、八津島長安は乗り込んだ。
　巫炎が乗っていない方の、空の保冷車だ。
　運転席には、はじめから山野丈二（やまのじょうじ）が座っている。
「県道の方だ」
　玄造は言った。
　久鬼麗一が落下した方角――それは、県道の方角であった。
　県道から、この牧場まで、森の中を私道が通っている。
　その私道か、県道のどこかへ、玄造は保冷車を停めて、待つつもりなのだ。
　かっ、
　と、保冷車のヘッ</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar283560</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar283560</guid>
                <pubDate>Wed, 31 Jul 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div style="text-align:center;">４</div>
<br /><div>　一瞬、九十九三蔵は、出遅れていた。</div>
<div>　最初に、宇名月典善が疾（はし）り、それに、菊地良二が続いた。</div>
<div>　身を潜めていた所から、ライフルを持った男たちが、宇名月典善の後を追った。</div>
<div>「九十九くん、きみは、ここにいなさい」</div>
<div>　久鬼玄造が、九十九の動きを制するように、そう言ったのだ。</div>
<div>　玄造は、八津島長安（やつしまちょうあん）の背を押し、</div>
<div>「ゆくぞ」</div>
<div>　動いた。</div>
<div>　すぐそこに停められていた、空の保冷車の助手席に、玄造と、八津島長安は乗り込んだ。</div>
<div>　巫炎が乗っていない方の、空の保冷車だ。</div>
<div>　運転席には、はじめから山野丈二（やまのじょうじ）が座っている。</div>
<div>「県道の方だ」</div>
<div>　玄造は言った。</div>
<div>　久鬼麗一が落下した方角――それは、県道の方角であった。</div>
<div>　県道から、この牧場まで、森の中を私道が通っている。</div>
<div>　その私道か、県道のどこかへ、玄造は保冷車を停めて、待つつもりなのだ。</div>
<div>　かっ、</div>
<div>　と、保冷車のヘッドライトが点燈した。</div>
<div>　走ってゆく、宇名月典善の背へ、ヘッドライトが当る。</div>
<div>　二度、三度、ヘッドライトがパッシングする。</div>
<div>　これは、私道か県道で待つという合図であった。</div>
<div>　そのパッシングの意味を理解した、というように、森へ駆け込む寸前、典善が左手を高く持ちあげて、一度だけ振った。</div>
<div>　牧場の中央に近い岩から二〇メートルほど離れた場所に停まっていたジムニーも、すでに動き出していた。</div>
<div>　森の際までジムニーでゆき、そこに車を停めて、久鬼麗一を追おうとしているのである。</div>
<div>　何かあったら、現場のできるだけ近い場所へ、保冷車を移動させる――それが、あらかじめ決められていたことだ。</div>
<div>　その役目は、運転席の山野丈二が負っている。</div>
<div>　しかし、玄造が、八津島長安と一緒に乗り込んでくることまでは、その打ち合わせの中には入っていなかった。</div>
<div>　まさか、久鬼麗一が空から来るとは考えていなかったのだが、久鬼麗一が、もしも逃げれば、その逃げた先の、車で移動できるぎりぎりのところまで、保冷車を動かすということになっていたのである。</div>
<div>　捕えたら、できるだけ短時間で、久鬼麗一を保冷車の中に入れねばならない。もしも、県道などが、久鬼麗一を捕える現場になったら、いつ、誰に見られるかわからない。</div>
<div>　夜、車の通行量は少ないとはいっても、まるで通らないわけではないからだ。</div>
<div>　牧場内で、ことがうまくいかなかった場合、どうするかの手筈は、何パターンか、決めてあった。</div>
<div>　運転席には、無線機器が備えられている。</div>
<div>　銃を持っている者は、それぞれ無線機を持っている。</div>
<div>　それで連絡をとりあいながら、保冷車を移動することになる。</div>
<div>　そこに残ったのは、吐月（とげつ）と九十九、そして巫炎の乗った保冷車が一台。そして、保冷車の運転手である池畑辰男（いけはたたつお）であった。</div>
<div>　その保冷車の中で、激しく何かが叩かれる音が響いていた。</div>
<div>　金属が、軋（きし）んで悲鳴をあげる音。</div>
<div>　巫炎が、外で起こった異変に気づき、暴れているのである。</div>
<div>「どうするかね、九十九くん……」</div>
<div>　吐月が言った。</div>
<div>　保冷車の中にいる巫炎のことかと、九十九は思った。</div>
<div>「我々も、行くかね」</div>
<div>　吐月は、そう言ったのだ。</div>
<div>　行く――というのは、森の中ということだ。</div>
<div>　森の中には、あの、久鬼麗一がいる。</div>
<div>　久鬼は、獣となって、牛を食べていた。</div>
<div>　それを九十九は見ている。</div>
<div>　その久鬼がいる森――虎のいる森の中へ入ってゆくようなものだ。</div>
<div>　銃もない。</div>
<div>　武器もない。</div>
<div>　しかし、手負いだ。</div>
<div>　象四頭が眠ってしまう量の麻酔弾を打ち込まれている。</div>
<div>　さらに言えば、三十三口径のライフルの弾が、身体のどこかに命中している。</div>
<div>　それが、どこまで、あの獣の能力を奪っているのかは見当もつかないが、弱っているのは確実であろう。</div>
<div>　実際、久鬼は、空を飛べずに、森の中へ落下していったのだ。</div>
<div>　空を飛んでいるあいだに、麻酔が効いてきたということなのだろう。</div>
<div>　それが、どこまでこちらの安全を保証してくれるのかはわからない。</div>
<div>　手負いとなったら、かえって危険になる野性の猛獣は、いくらでもいる。</div>
<div>　それとは、逆の心配もあった。</div>
<div>　銃で撃たれ、あの高さから落下していった、久鬼の生命だ。</div>
<div>　久鬼は無事か。</div>
<div>　もしも、久鬼が、あれで致命的な傷を負っているのなら、一刻も早く居場所を見つけて、手当てをせねばならない。</div>
<div>「この二〇年、わたしも、カルサナク寺で見たもののことは、ずっと気になっていた……」</div>
<div>　吐月は、久鬼玄造と、チベットのカルサナク寺の地下で、「外法曼陀羅図」を見ている。</div>
<div>「何度も、夢に見たよ……」</div>
<div>　吐月は、月を見あげてそうつぶやき、その眼を森に向けた。</div>
<div>「今、あの森の中に、それがいる……」</div>
<div>　九十九を見た。</div>
<div>「わたしは行くよ」</div>
<div>　そう言って、吐月は歩き出していた。</div>
<div>「おれも行きます」</div>
<div>　九十九は、吐月の背へ向かって言った。</div>
<div>　並んで歩き出した。</div>
<div>　すぐに、森の中へ入った。</div>
<div>　森の、濃い匂いが、ふたりを包んだ。</div>
<div>「森はね、九十九くん、わたしの庭のようなものだ……」</div>
<div>　歩きながら、吐月がつぶやく。</div>
<div>「森の中で、食料を見つけ、獣を捜したり、獣から逃（のが）れたり……そんなことばかりをして、わたしは、暮らしていたのだよ」</div>
<div>「はい」</div>
<div>　九十九はうなずいた。</div>
<div>　紀伊半島の山の中で、吐月は、ずっと、自らが口にしたような生活を続けてきたのである。</div>
<div>「急がぬことだ。ゆっくりでいい」</div>
<div>　吐月は言った。</div>
<div><br /><br /><br /><div>
<div><br /><br /></div>
<div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年7月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&amp;target=book&amp;genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&amp;moral_filter=1&amp;series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　３　(２)]]></title>
                <description><![CDATA[<p>　どれだけ時間が過ぎたであろうか。
　その時、銃声が聴こえた。
　たあん……
　という音。
　近くはない。
　しかし、それほど遠くというわけでもない。
　だが、銃声とわかる。
　間違いない。
　そしてまた、
　たあん、
　たあん、
　と、合わせて三発の銃声を、龍王院弘は聴いた。
　どこかで、何かあったのか。
　あの獣が、どこかで誰かを襲い、銃で撃たれたのか。
　こんなところで、しかも夜に銃を持って歩く人間などいるであろうか。
　これは、つまり、その銃の持ち主は、偶然に銃を所持していたのではないことになる。
　銃を必要とするものの存在を意識していたからこそ、銃を持ってきたのであろう。
　仮に、その人間が、あの獣に襲われて銃を発射したというのなら、一発ではしとめられなかったことになる。
　三発――
　その三発で、あの獣がしとめられたのか。
　まさか――
　銃で撃つといったって、あの獣のどこをね</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar283558</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar283558</guid>
                <pubDate>Wed, 24 Jul 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[だろめおん]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>　どれだけ時間が過ぎたであろうか。</div>
<div>　その時、銃声が聴こえた。</div>
<div>　たあん……</div>
<div>　という音。</div>
<div>　近くはない。</div>
<div>　しかし、それほど遠くというわけでもない。</div>
<div>　だが、銃声とわかる。</div>
<div>　間違いない。</div>
<div>　そしてまた、</div>
<div>　たあん、</div>
<div>　たあん、</div>
<div>　と、合わせて三発の銃声を、龍王院弘は聴いた。</div>
<div>　どこかで、何かあったのか。</div>
<div>　あの獣が、どこかで誰かを襲い、銃で撃たれたのか。</div>
<div>　こんなところで、しかも夜に銃を持って歩く人間などいるであろうか。</div>
<div>　これは、つまり、その銃の持ち主は、偶然に銃を所持していたのではないことになる。</div>
<div>　銃を必要とするものの存在を意識していたからこそ、銃を持ってきたのであろう。</div>
<div>　仮に、その人間が、あの獣に襲われて銃を発射したというのなら、一発ではしとめられなかったことになる。</div>
<div>　三発――</div>
<div>　その三発で、あの獣がしとめられたのか。</div>
<div>　まさか――</div>
<div>　銃で撃つといったって、あの獣のどこをねらって撃てばよいのか。</div>
<div>　頭は、幾つもあった。</div>
<div>　胴だってそうだ。</div>
<div>　心臓が幾つあるのか、数えたわけではないが、仮に、頭の数だけ、あれに心臓があったとしても、驚かない。</div>
<div>　また、時間が過ぎてゆく。</div>
<div>　風と、木の葉のさやぐ音を聴いている。</div>
<div>　そして――</div>
<div>　龍王院弘は、背で、しでの幹を押して、湿った土の上に二本の足で立った。</div>
<div>　もう、本能と言ってもいい。</div>
<div>　近づいてくるものがあったのだ。</div>
<div>　何ものかが、こちらへ向かって近づいてくるのだ。</div>
<div>　あの獣か！？</div>
<div>　いいや、そうではない。</div>
<div>　何故なら、その気配は、ひとつではないからだ。</div>
<div>　ひとつ……</div>
<div>　ふたつ……</div>
<div>　少なくとも、三つ以上の気配が、こちらに向かって、森の中を近づいてくるのである。</div>
<div>　獣ならば、気配はひとつだ。</div>
<div>　敵か、味方か。</div>
<div>　敵だ。</div>
<div>　そう思う。</div>
<div>　何故なら、自分には中間がないからだ。</div>
<div>　敵と味方の二種類しか、この世に人間はいない。味方が、こんな場所にいるわけはないから、自然に、近づいてくるものは敵ということになる。</div>
<div>　だから、立った。</div>
<div>　呼吸を繰り返す。</div>
<div>　まだ、どれだけ、自分の中に力が残っているか。</div>
<div>　枯れた泉に、体力が、ひとしずくずつ溜まってきている。</div>
<div>　しかし、この肉体が、今、どれほど機能するのか。</div>
<div>　音が、近づいてくる。</div>
<div>　落葉を踏む音。</div>
<div>　下生えを分ける音。</div>
<div>　そして、森の中から、姿を現したものがあった。</div>
<div>　月光の中に、そいつが立った。</div>
<div>　知った人間であった。</div>
<div>　その後ろから、もうひとり、ずんぐりした漢（おとこ）が姿を現し、そいつの横に並んだ。</div>
<div>　そいつは、ひとつ息を吸い込み、そして言った。</div>
<div>「ひろし、なんで、てめえがこんなところにいやがる……」</div>
<div>　宇名月典善であった。</div>
<div><br /><img alt="f19b6c5ff893f217d84260bfe2ce4f45aa85b3ee" src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch2570298/57421/f19b6c5ff893f217d84260bfe2ce4f45aa85b3ee.jpg" data-image_id="57421" /><br /><br />画/だろめおん<br /><div>
<div><br /><br /><br /><br /></div>
<div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年7月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&amp;target=book&amp;genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&amp;moral_filter=1&amp;series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch2570298/283558</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　３　(１)]]></title>
                <description><![CDATA[<p>３
　龍王院弘（りゅうおういんひろし）の身体は、まだ震えていた。
　しでの幹に背を預けていなければ、その場にへたり込んでしまいそうだった。
　膝が、がくがくとしている。
　全身が細かく震えている。
　全ての力を、あの一瞬で使いきってしまったようであった。
　筋肉に、強い負荷がかかった後、その部位が震えることはある。
　もちろん、それもあるだろう。
　だが、それだけではない。
　恐怖。
　それはある。
　疲労。
　もちろん、それもある。
　しかし、その中に、間違いなく混ざっているものがある。
　それは、うまく言えない。
　言葉にならない。
　あの、圧倒的な力に対しての畏怖（いふ）。
　おそらくは感動も混ざっている。
　そして、自身の肉体への驚嘆。
　こんなことが、できたのか。
　自分の肉体が、あのように動いたのか。
　あのように機能したのか。
　間違いなく、自分は、あの時死んで、喰われていた</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar283551</link>
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                <pubDate>Wed, 17 Jul 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div style="text-align:center;">３</div>
<br /><div>　龍王院弘（りゅうおういんひろし）の身体は、まだ震えていた。</div>
<div>　しでの幹に背を預けていなければ、その場にへたり込んでしまいそうだった。</div>
<div>　膝が、がくがくとしている。</div>
<div>　全身が細かく震えている。</div>
<div>　全ての力を、あの一瞬で使いきってしまったようであった。</div>
<div>　筋肉に、強い負荷がかかった後、その部位が震えることはある。</div>
<div>　もちろん、それもあるだろう。</div>
<div>　だが、それだけではない。</div>
<div>　恐怖。</div>
<div>　それはある。</div>
<div>　疲労。</div>
<div>　もちろん、それもある。</div>
<div>　しかし、その中に、間違いなく混ざっているものがある。</div>
<div>　それは、うまく言えない。</div>
<div>　言葉にならない。</div>
<div>　あの、圧倒的な力に対しての畏怖（いふ）。</div>
<div>　おそらくは感動も混ざっている。</div>
<div>　そして、自身の肉体への驚嘆。</div>
<div>　こんなことが、できたのか。</div>
<div>　自分の肉体が、あのように動いたのか。</div>
<div>　あのように機能したのか。</div>
<div>　間違いなく、自分は、あの時死んで、喰われていたはずだ。</div>
<div>　それが、助かった。</div>
<div>　思考して反応したのではない。</div>
<div>　意志も発動してはいなかった。</div>
<div>　無意識のうちに、自分の肉体が動き、あれを避けたのだ。</div>
<div>　そのただひとつの動きのために、これまでの、自分の一生はあったような気がする。</div>
<div>　苛（いじ）められた日々も、宇名月典善（うなづきてんぜん）との出会いも、そして、あの気の遠くなるような日々の稽古も、まさに、さっき自分の肉体が動いたそのためにあったのだ。</div>
<div>　これまで身体と、心に蓄積された哀しみ――</div>
<div>　そういうことすらも、この日のためのものであったのだ。</div>
<div>　三十数年――</div>
<div>　それらの全てを、根こそぎ、さっきの一瞬で使いきってしまったのだ。</div>
<div>　そう思う。</div>
<div>　今の肉体は、抜け殻だ。</div>
<div>　今、息をしているのが不思議なくらいであった。</div>
<div>　よくぞ……</div>
<div>　よくぞ、生命をながらえた。</div>
<div>　そう思っている。</div>
<div>　あの獣は、どこへ消えたのか。</div>
<div>　あの獣を追って、ツォギェルという男もいなくなった。</div>
<div>　どこへ行ったのか。</div>
<div>　やつは、何者か。</div>
<div>　頭のどこかで、そんなことを考えている。</div>
<div>　考えようと、意志して考えているのではない。</div>
<div>　どこへ消えたのか、知りたいと思って考えているのでもない。ただ、勝手に頭の中に浮かんでくる様々の想いを、そのまま放置しているだけだ。</div>
<div>　月光が、木の間から洩れて、龍王院弘に当っている。</div>
<div>　森の樹々が、静かにざわめいている。</div>
<div>　さわさわ、</div>
<div>　さわさわ、</div>
<div>　秋の、湿った落葉の匂いの中に、龍王院弘はいる。</div>
<div><br /><br /><br /><br /><div><br /><div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年7月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&target=book&genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&moral_filter=1&series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div>
</div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail></nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　２　 (2)]]></title>
                <description><![CDATA[<p>　あの時、自分の肉と心は、憎しみで満たされていた。
　憎悪。
　哀しみ。
　絶望。
　怒り。
　そういうものに身も心も支配された時、訓練したことの何もかもを、自分は忘れ果てていた。
　愛する妻――
　久鬼千恵子。
　そして、息子の麗（れい）。
　妻の胎内にいる、子供。
　それらの生命が、すでにこの世のものでないと思い込んでしまったのだ。
　久鬼玄造が、彼らを連れ出したのだ。
　日本へ――
　その久鬼玄造を、自分は追った。
　そして、彼らが死んだということを自分は知ったのだ。
　いや、思い込んでしまったのだ。
　そして、自分はキマイラ化し、台湾で殺戮（さつりく）を繰り返した。
　九十九三蔵（つくもさんぞう）と猩猩（しょうじょう）によって、自分は捕えられ、自らを滅した。
　しかし――
　久鬼玄造や、麗が、そして千恵子の胎内にあった子が大吼鳳（おおとりこう）として日本で生きていることを自分は知っ</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar283547</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar283547</guid>
                <pubDate>Wed, 10 Jul 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <category><![CDATA[だろめおん]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><div>　あの時、自分の肉と心は、憎しみで満たされていた。</div>
<div>　憎悪。</div>
<div>　哀しみ。</div>
<div>　絶望。</div>
<div>　怒り。</div>
<div>　そういうものに身も心も支配された時、訓練したことの何もかもを、自分は忘れ果てていた。</div>
<div>　愛する妻――</div>
<div>　久鬼千恵子。</div>
<div>　そして、息子の麗（れい）。</div>
<div>　妻の胎内にいる、子供。</div>
<div>　それらの生命が、すでにこの世のものでないと思い込んでしまったのだ。</div>
<div>　久鬼玄造が、彼らを連れ出したのだ。</div>
<div>　日本へ――</div>
<div>　その久鬼玄造を、自分は追った。</div>
<div>　そして、彼らが死んだということを自分は知ったのだ。</div>
<div>　いや、思い込んでしまったのだ。</div>
<div>　そして、自分はキマイラ化し、台湾で殺戮（さつりく）を繰り返した。</div>
<div>　九十九三蔵（つくもさんぞう）と猩猩（しょうじょう）によって、自分は捕えられ、自らを滅した。</div>
<div>　しかし――</div>
<div>　久鬼玄造や、麗が、そして千恵子の胎内にあった子が大吼鳳（おおとりこう）として日本で生きていることを自分は知った。</div>
<div>　それで、自分は日本に渡ってきたのである。</div>
<div>　自分が台湾でやったことを、麗に繰り返させてはならない。</div>
<div>　しかし――</div>
<div>　ならば、「来い」と叫ぶべきか。</div>
<div>「麗！」</div>
<div>　巫炎は叫んだ。</div>
<div>　高い音域の声で。</div>
<div>　鉄格子を両手で掴み、喉を立て、叫んだ。</div>
<div>「麗！」</div>
<div>　あれは待ち伏せている連中に、おとなしく生け捕られるようなものではない。</div>
<div>　本人の意志に反して、そのようなことができるわけはない。</div>
<div>　麻酔銃があるといっても、それは、たかだか象を何頭か眠らせることができるだけのものだ。</div>
<div>　それが、どれほどの効果があるのか。</div>
<div>　それができるのは、ソーマと、そして、あれと話ができるものだ。</div>
<div>（あひいる！）</div>
<div>　その声が、さらに近づいてくる。</div>
<div>　大きくなってくる。</div>
<div>「玄造！」</div>
<div>　巫炎は叫んだ。</div>
<div>「おれを出せ。おれをここから出すんだ！！」</div>
<div>　通常の、人に聴こえる声だ。</div>
<div>　聴こえていないのか。</div>
<div>　この声が届いていないのか。</div>
<div>　鉄格子を掴んで、暴れた。</div>
<div>　渾身の力を込めて、それを広げようとする。</div>
<div>「糞」</div>
<div>　わずかに曲がった。</div>
<div>　もっとだ。</div>
<div>　力を込める。</div>
<div>　さらに――</div>
<div>　その時、音がした。</div>
<div>　たあん！</div>
<div>　銃声だ。</div>
<div>　そして、さらに二発。</div>
<div>　たあん！</div>
<div>　たあん！</div>
<div>　最初の二発は、麻酔銃。</div>
<div>　三発目は、三十三口径のライフルの音だ。</div>
<div>（おきゃあああああ！！）</div>
<div>　鋭い、悲鳴のような高い声。</div>
<div>　怒り！？</div>
<div>　とまどい！？</div>
<div>　おれの食事を邪魔するのは誰だ！？</div>
<div>　そういう声だ。</div>
<div>　何がおこっているのか。</div>
<div>　どうなっているのか。</div>
<div>　叫んだ。</div>
<div>　咆（ほ）えた。</div>
<div>　しかし、あたりは静まりかえっている。</div>
<div>　時間のみが過ぎてゆく。</div>
<div>　車のエンジン音。</div>
<div>　拳を握って、鉄格子を叩いたその時――</div>
<div>　声が聴こえたのだ。</div>
<div>　高い音域の、人に聴こえぬ声。</div>
<div>（誰だ。この声を発するのは誰だ。どこにいる――）</div>
<div>　その声はそう言っていた。</div>
<div><br /><br /><br /><br /><img src="https://bmimg.nicovideo.jp/image/ch2570298/54436/cd3236c17e7db90e77e3392bc0459aad6cfecc0e.jpg" data-image_id="54436" alt="cd3236c17e7db90e77e3392bc0459aad6cfecc0e" /><br /><br />画／だろめおん<br /><br /><br /><br /><br /><br /></div>
<div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年7月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&target=book&genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&moral_filter=1&series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div></p>]]>
                </content:encoded>
                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
                <nicoch:article_thumbnail>https://secure-dcdn.cdn.nimg.jp/blomaga/material/channel/article_thumbnail/ch2570298/283547</nicoch:article_thumbnail>
            </item>
            <item>
                <title><![CDATA[キマイラ鬼骨変　一章　獣王の贄（にえ）　２　 (１)]]></title>
                <description><![CDATA[<p>一章　獣王の贄（にえ）
２
　巫炎（ふえん）は、闇の中で腕を組み、胡坐（あぐら）をかいている。
　保冷車の中だ。
　いや、正確に言うのなら、保冷車の中に入れられた檻の中だ。
　ジーンズをはき、Ｔシャツを着て、その上に綿のシャツをひっかけている。
　闇の中だが、眼を開いている。
　開いたその眸が、青く光っている。
　しかし――
　保冷車とはよく考えたものだ。
　普通の車であれば、それがどのようなタイプのものであれ、逃げることはたやすい。窓のガラスを割って、そこから外へ出ればいいだけのことだ。
　たとえ、それが強化ガラスであろうが、フィルムを貼ったものであろうが、いったんキマイラ化してしまえば、割ることはできる。
　ドアだって、蹴破ることくらいはできるであろう。
　それは、久鬼玄造（くきげんぞう）も承知している。
　だからと言って、檻の中に巫炎を入れて、その檻をトラックの荷台に載せてゆくのでは</p>]]></description>
                <link>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar277403</link>
                <guid>https://ch.nicovideo.jp/chimera/blomaga/ar277403</guid>
                <pubDate>Wed, 03 Jul 2013 00:00:00 +0900</pubDate>
                <category><![CDATA[ニコニコ連載小説]]></category>
                <category><![CDATA[キマイラ]]></category>
                <category><![CDATA[夢枕獏]]></category>
                <content:encoded>
                        <![CDATA[<p><br /><div style="text-align:center;">一章　獣王の贄（にえ）</div>
<div style="text-align:center;">２</div>
<br /><div>　巫炎（ふえん）は、闇の中で腕を組み、胡坐（あぐら）をかいている。</div>
<div>　保冷車の中だ。</div>
<div>　いや、正確に言うのなら、保冷車の中に入れられた檻の中だ。</div>
<div>　ジーンズをはき、Ｔシャツを着て、その上に綿のシャツをひっかけている。</div>
<div>　闇の中だが、眼を開いている。</div>
<div>　開いたその眸が、青く光っている。</div>
<div>　しかし――</div>
<div>　保冷車とはよく考えたものだ。</div>
<div>　普通の車であれば、それがどのようなタイプのものであれ、逃げることはたやすい。窓のガラスを割って、そこから外へ出ればいいだけのことだ。</div>
<div>　たとえ、それが強化ガラスであろうが、フィルムを貼ったものであろうが、いったんキマイラ化してしまえば、割ることはできる。</div>
<div>　ドアだって、蹴破ることくらいはできるであろう。</div>
<div>　それは、久鬼玄造（くきげんぞう）も承知している。</div>
<div>　だからと言って、檻の中に巫炎を入れて、その檻をトラックの荷台に載せてゆくのでは目立ちすぎる。ビニールシートで、檻を囲ったとしても、人目を引く。</div>
<div>　保冷車が選択されたのは、頑丈で、なお、外から内側を見ることができないからだ。窓もない。</div>
<div>　その闇の中で、巫炎は、静かに呼吸しながら、視線を尖らせているのである。</div>
<div>　と――</div>
<div>　巫炎は闇の中で顔をあげた。</div>
<div>　何か、聴こえたような気がしたからだ。</div>
<div>　それは、上から聴こえた。</div>
<div>（あひいる……）</div>
<div>　空の、ずっと高い所。</div>
<div>　そして、また――</div>
<div>（あひいる……）</div>
<div>　確かに聴こえた。</div>
<div>　人の可聴範囲を遥かに越えた、高い声。</div>
<div>　久鬼麗一（れいいち）だ。</div>
<div>「麗！」</div>
<div>　巫炎は、顔をあげて、立ちあがっていた。</div>
<div>　上から聴こえた――</div>
<div>　それが何を意味するのか、巫炎にはわかっている。</div>
<div>　人の声が、上から聴こえるというのは、普通、あり得ない。</div>
<div>　近くに家があって、屋根の上からその声が届いてくるのか。</div>
<div>　否。</div>
<div>　屋根であれば、周囲の者たちが騒ぎはじめているはずだ。その騒ぎが伝わってこない。たとえ、それが、樹の上であってもだ。</div>
<div>　崖の上から、聴こえてくるのか。</div>
<div>　否。</div>
<div>　ここが、信州の、牧場であることは、巫炎は知らされている。近くに崖のあることは、聴いていない。</div>
<div>　しかも、その声は、ほぼ真上から近づいてきているのだ。</div>
<div>　崖の上からならば、こういう聴こえ方はしない。</div>
<div>　パラシュートか、パラセールか、そういうもので、上空から声の主が降りてきつつあるというなら、こういう聴こえ方はあるかもしれない。</div>
<div>　しかし、それがただの人間なら、このような高い声は発せられない。</div>
<div>　唯一、考えられるのは、上空から、久鬼麗一が、その声を発しながら近づいてきているということだ。</div>
<div>　その声が、久鬼麗一がキマイラ化していることの証（あかし）であった。</div>
<div>　それが、上空から近づいてくるというのも、キマイラ化の証である。おそらく、久鬼麗一は、変形（へんぎょう）し、獣の姿と化し、背から翼まで生やしているのであろう。だから、空からその声が近づいてきているのである。</div>
<div>　そして、その声の意味を、巫炎は理解していた。</div>
<div>　あのような声を、キマイラ化した者が、どのような時に発するのかを、巫炎は知っている。</div>
<div>　獲物を見つけた時だ。</div>
<div>　腹をすかせ、飢え、その食を欲している時、その対象となる獲物を見つけた時の声だ。</div>
<div>　そして、その声は、悦（よろこ）びに満ちていた。</div>
<div>　すぐに、思う存分、その獲物の肉に顔を突っ込み、血ごとその肉を噛み切り、舌で転がし、潰し、呑み込むことができるのだという思いと確信に溢れている声。</div>
<div>　来るな――</div>
<div>　そう叫ぶべきか。</div>
<div>　いや、そう叫んで、久鬼麗一がここから去れば、どこか別の場所で、久鬼麗一は、また血肉を求めることになるであろう。</div>
<div>　キマイラ化して、我を忘れている状態の時、人の血肉と動物の血肉を、区別できない。</div>
<div>　それを、巫炎はよく知っている。</div>
<div>　台湾で、それは、自分がやったことだからだ。</div>
<div>　自分は、人の肉を生で食べている。</div>
<div>　それも、生きながら。</div>
<div>　そして、その時、自分は歓喜の声をあげていたことも覚えている。</div>
<div>　それを、久鬼麗一にさせてはならない。</div>
<div>　自分の内なる獣、キマイラをコントロールするためには、強い精神力と、訓練が必要である。</div>
<div>　それを、自分は、できたはずであった。</div>
<div>　台湾では、それができなかった。</div>
<div>　それほど絶望していたのだ。<br /><br /><br /><div><br /><br /></div>
<div style="text-align:right;"><span style="font-size:80%;">初出　「一冊の本　2013年7月号」朝日新聞出版発行</span></div>
<div><hr /><strong>■電子書籍を配信中</strong><br />・<a target="_blank" href="http://seiga.nicovideo.jp/search/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9?limit=20&amp;target=book&amp;genre=%E6%96%87%E8%8A%B8&amp;moral_filter=1&amp;series=0">ニコニコ静画（書籍）／「キマイラ」</a><br />・<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">Amazon</a><br />・<a href="http://rakuten.kobobooks.com/ebook/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9%EF%BC%91/book-u4EM8kcmBkmCHObhOqIl2A/page1.html">Kobo</a><br />・<a href="https://itunes.apple.com/jp/book/kimaira-01/id641436079?mt=11">iTunes Store<br /><br /></a><strong>■キマイラ1～9巻（ソノラマノベルス版）も好評発売中</strong><br />　<a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/">http://www.amazon.co.jp/dp/4022738308/</a></div>
</div>
<div></div></p>]]>
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                <dc:creator><![CDATA[夢枕獏]]></dc:creator>
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