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大変申し訳ないけど
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ん?
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読み物
ベクトルという言葉がある
一般的な物理において、ベクトルとは「向きを持ったエネルギー」を指す、では向きを持たない状態のエネルギーを保持できたなら?必要な時に『向き』を持たせることができたなら?
この世界にはそれを実現できる装置があった、『エネルギーコア』と言われる純粋な力の発生装置、そこで発生する力を保持する『エネルギータンク』、力に自在に向きを与える『エネルギーコントロール』、これら3つの機構を人は三種の神機と呼び様々な道具に使用していた
「じゃあ、駆動箇所が多いほどコアの稼働効率って上がるんですか?」
熱心そうな青年がこれまた熱心に前方で教鞭を振るう老教師に尋ねている、実にほほえましい事だ
しばらく意識と時間を飛ばそうと教材本を盾にうつむいた瞬間、隣から小声で話しかけられる
『おい、また授業中寝て過ごすんじゃないだろうな?』
隣の馬鹿に至っては自分より人の心配が優先らしい、おめでたいことである
俺は別にこんな授業に何度も出たくも無かったし、今更人類の母星だなんだと喚く老害共に付き合う気も無いというのに
『それにしても、今更地球奪還作戦とはねぇ、お前もそう思わないか?』
おっと、どうやら隣もまんざら只の言いなりってわけではないようである
『俺は知らん、たまたまくじ運が悪かったんだよ、ここにいる連中はな』
なんだかんだと人が栄華を極めて数万年、AIへの人類統制完全委任後数100年の安寧を享受し続けた人々は、地球の休養と再生計画と称した指示を受け、そのすべてが疑うことも無く宇宙に上がった、その後も一切疑いもせず暮らし続けた人類に対し、先日AIからの宣戦布告ともとれる通達が入る
『地球ヘノ帰還ヲ許可シマスガ、コチラノ迎撃ドローンハ歓迎シナイデショウ』
俺がこの話を聞いて思ったのは、AIの方がよっぽど人間らしいこと言うなぁなんてくだらない感想ぐらいだったのだが、どうやら人類のお偉方は違ったらしい
AIなんぞ信用ならないだの、言っていることが矛盾しているだの、騒ぐ騒ぐ
はぁ、アホくさ
その後、AIとの度重なる交渉により正式な開戦が決定、一時降下部隊として選抜された屈強な若者(ほんとか?)がどうやら俺たちらしい
俺はおもむろに手を上げて発言の許可を教師に求める、何の脈絡もない挙手に戸惑う爺に少し笑いそうになってしまうが表情には出さない
名前を呼ばれ許可を得た俺は声色を平坦に保ちつつ言い放つ
「教官殿、いくら熱心に説明されましても我々はズブの素人です、一週間後には降下の予定と聞いていますが、肝心のアーマードローンにはまだ一度も乗させてもらえていないのですが?」
案の定、爺は黙り込んでしまう、そう俺たちはまだ一度も実技教習を受けていないのだ、どうしてこうなったのかなど簡単だ、AIにすべて頼り切って自ら計画も立てられなくなった人類にはこれが限界なのである
いつもそうだった、AIがこうしろというから、それが最も効率がいいからと、上の連中はそれしか言わない、その”理由”を説明できないくせに
相変わらず黙っている教師に体調が悪いので失礼しますと言い放ち、俺は部屋を後にした
~導入終わり~(気力が続けば続く)
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