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白黒テレビ 【現役復活物語~夢と希望で溢れていたあの時代をもう一度】 番外編
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白黒テレビ 【現役復活物語~夢と希望で溢れていたあの時代をもう一度】 番外編

2019-11-06 12:27
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前回の続きに入る前に、何故このプロジェクト(企画)を行うに至ったかの経緯を少々お話致します。
 タイトルの通り、単に昔を懐かしむ目的もあります。ただ私には叔父(通称:お爺さん)が居るのですが、最近老人ボケ?が酷いのです。

 足が悪いにも関わらず、この間なんかは這って玄関まで行こうとするので何事かと思い「どこかへ出掛けたいのですか?」と聞きました。すると「○○連隊から召集令状が来たから行ってくる」と言い出すのです(なんでやねーん!とツッコミそうになる関西人の私)
 呆れた私が「そんなヨボヨボの人が戦場に行ったら即殺されますと言うと「こんな爺さん誰も撃たんわい」と返答する始末。自分の事を分かっているのだか、いないのだか・・・

 そんな時、ボケ進行を食い止めるには若かりし頃を思い出す『回想法』と言うのが有効と知り、物は試しと思い立ったのが始まりです。

 そこでお爺さんに、昔の思い出で一番嬉しいと感じたことは何かを聞きました。家族との思い出が殆どでしたが、ふと思い出したかのように、月賦でテレビを買った事も嬉しかったとのこと。そして一言「白黒テレビに白黒画面、懐かしく思うんだが詳しく思い出せない・・・年だな」と寂しそうな表情。
 これは当時に近い型の実際に動いている白黒テレビを見せるしかない!そう思い立った私なのでした。

 前回の入札後にテレビについて色々調べました。Television(テレビ)の語源はtele(遠い)とvision(見る)を合わせたもので、遠くを見る事の出来る物という意味だったのですね。日本での放送開始は昭和28年のようですから、計算すると今から65年以上前の出来事!
 どっちの情報も今まで知りませんでしたが、こうして知るとテレビ史には年季を感じます

 今でこそインターネットの普及で、情報収集手段をパソコンに取って代わられつゝあるテレビですが、かつては3種の神器の一つ(他の二つは冷蔵庫と洗濯機)に数えられる程、皆の憧れだったのですね。
 三種の神器という言葉が生まれた昭和30年頃と言えば、三条町子の「かりそめの恋」や、菅原都々子の「月がとっても青いから」の歌が流行った時代ですが、どなたか共感の出来る方はおられますか?
―次回は本編(の予定ですが投稿時期未定)に続きます—

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 菅原都々子さんは第1回紅白歌合戦出場の一番最初に歌った歌手で令和元年の今も現役!極々稀にテレビで見ますが、齢(よわい)90を超えて声量こそ衰えども御元気ですね。昭和の頃は独特な歌い方を居酒屋の酔っぱらい達が真似して笑いを誘う光景が珍しくありませんでした。いや~懐かしい!!
18ヶ月前
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