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海恵堂異聞:M.c.s. 海探抄之五
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海恵堂異聞:M.c.s. 海探抄之五

2017-07-21 19:00
    「ひぐっ……えぐっ………ぐす」

    「ほらほら、鼻をかんでください。せっかく可愛い顔なんですから」

    「うぅぅ………」

     結局、門前で大泣きをした天平ちゃんは、しばらく入り口の端でうずくまっていました。まぁ今も私と膝を合わせて門の端っこでうずくまっているのですが…

     そもそも、そんな天平ちゃんを差し置いて大きな入り口を開けられないかと試してみた所、予想通りにびくともせず、かといって泣きじゃくっている天平ちゃんに無慈悲に扉を開けて欲しいと告げるのも良心の呵責というものが付きまとってしまい、色々考えているうちに今に至っています。

     そして、私が差し出したハンカチで、腫れた目元を拭って少し鼻をかむと、天平ちゃんは不安そうな表情で呟く。

    「…アタシ、京雅お姉に怒られちゃうし」

     さっきまでのコロコロと変わる楽しげな表情は見る影もなく、先程から京雅お姉という言葉を何度も口にしてはしゅんとしている。そういえば、すいめいちゃんも"お姉"という言葉を口にしていた気がします。それはやはり、天平ちゃんの言う"京雅お姉"のことなのでしょうか。

    「そのお姉さんは怖いんですか?」

    「………」

     横目にちらりとこちらを見て、何かを考えるような表情を浮かべる天平ちゃん。そして、少し間をおいて、回廊を眺めながら思い返すように呟く。

    「怖い…とも言うけど、どっちかと言えば申し訳ないことしてるって思ってるし。せっかくアタシを門番にしてくれたけど、城下町は壊しちゃったし、その上人間にも負けちゃったし、それで…こう、期待を裏切るとか…そんな感じの~…わかるし?」

     どう言葉にしていいのかわからないという風にで天平ちゃんは私に言った。つまり、京雅お姉という人に海恵堂の門番の役割を与えられた。だけど、ここに来て私に負けてしまって…

    「つまり、守れなかった事でお姉さんに会わせる顔がないと?」

    「そうそれっ、会わせる顔!」

     天平ちゃんは、私の言った言葉に指と顔を向けた。どうやら言いたかったことを私が言ったようで、シュンとしていた表情が少し明るさを帯びた。

    「あなた、えっと…あわきはら!そう檍原!」

    「は、はい」

     何かを思い出したように私の苗字を呼ぶ天平ちゃん。そして、私の両手を取って小刻みに上下に振る。握手をするように優しく握られた手は、海の中に居ながらひんやりとしていた。

    「ありがとうだし。あなたに話したらちょっと気持ちが落ち着いたし!人間には負けちゃったけど、あなたに負けたのは不思議と悔しくはないし!」

     そう言って天平ちゃんはすっくと立ち上がって、私が精一杯押しても開けられなかった大扉の前に立つ。

    「それに、思い出したし。アタシは人間がギリギリ勝てるくらいで戦って、勝った人を通す役割だし。だからあなたはアタシに勝って中に入れるしっ!」

    「それなら、お姉さんは天平ちゃんが負けても怒らないのでは…?」

    「それは…ほら、城下町こんなにしちゃったし…」

     頬をかきながらばつの悪そうな表情を浮かべる。そんな天平ちゃんの仕草に、後ろを振り返って大回廊の様子を眺める。飛び回りながら大急ぎでそれぞれのお店を修理している妖精の姿、その様子はとても必死で、石畳も白熱色の灯篭も、人間には及びも付かない速度で修復されていっている。

    「京雅お姉は多分アタシの試合を観てたし。この様子も多分…筒抜けだし」

     改めて目から光が失われつつ、天平ちゃんはそうぼやく。京雅お姉なる人物がどういう人かは推し量れませんが、少なくともどこかでこの様子を見ていたのでしょう。

     そう、目の前にそびえ立つ龍宮城"海恵堂"のどこかで。


    ………


    「さて、それじゃあ中に入るし。扉を開けるからちょっと下がってるし」

     そう言って天平ちゃんが促して、私は扉から数メートル下がる。天平ちゃんは私を確認すると、扉に下がっている吊り輪のような金属の輪っかを手に取った。

    「あぁ、この門、外開きなのですね………」

    「ん?そうだし?」

     どうしても、玄関の大扉というと、私の経験上内開きだと思っていたので。何故とは言いませんが………

    「じゃあ、扉を開け………」

     そこまで言って、天平ちゃんが扉を後ろに引っ張ろうとしたとき、水で満たされた深海を揺さぶるような轟音が鳴り響いた。いきなり耳を叩くような音を聞かされて一気に身がすくんだと同時に、私の側を人型の何かが掠めて通り過ぎた。

    「ふぎゃっ!?」

     確認しようと後ろを振り返ると、どうやら吹き飛ばされたのであろう天平ちゃんが石畳にお尻を突き出して寝そべっている姿があった。ミニスカートらしい格好だった天平ちゃんが、あぁ、あられもない姿で…いやそれよりも…



    天平。また城下町を壊したみたいですね



     門扉の向こうから深く思慮のある声が耳の中へ押し込まれる。声の主の姿は見えないのに、まるでそばで話しかけられているような錯覚に陥る。

    「うぅ…す……鈴竹姉さん…いきなりはひどいしぃ」

    暴れるときは回りに気をつけろとあれほど言われていたのに…春慶姉様にも言われていたでしょ?遊ぶ時や戦うときは城下町に十分気をつけるようにって

    「ご、ごめんなさい…」

    それに、重要な賓客に危害を加えないようにと京雅お姉も言っていましたよね?それも無視して危害を加えようとして…

    「うぇぇ~………」

     ああ、また天平ちゃんがしゅんとしてます。

    「ま、まあまあ。この子も必死だったわけで」

    「檍原………」

     天平ちゃん。その呼び方無理がありません?

     そんな会話を交わしていると、天平ちゃんのお姉さんであろうその人が眉間に指を当てて悩ましげに言葉を零す。

    はぁ、来訪者にかばわれるのもおかしな話ですが…まあこの落とし前はお姉たちにつけてもらいましょう

     そこまで言って、そのお姉さんは私に視線を移した。

    気を取り直して…初めまして、私はそちらの天平の姉で、海の姉妹の三女"海 鈴竹"と言います。以後お見知りおきを、"檍原 つくし"さん


    笑比河清シー・ハウンド
    海 鈴竹/Kai Suzutake



    とりあえず、立ち話も何ですから中へお入りください。天平も一緒に

    「うぅ………」

     鈴竹さんはそう言って、開かれた扉の奥へと私たちを促した。


    ………


     中に入ると、今までの海に満たされた空間はどこへやら、冷たくて心地のいい空気が満ちているのが分かった。綿津見様も空気の膜を解いて、私も思うように呼吸が出来ることに安堵した。

     鈴竹さんは、私や天平ちゃんよりやや大人びていた。灰色のショートボブがゆらりと揺れて、その裏から綺麗な緑がちらついている。どこか筆記体の文字のように見える髪留めがきらりと光り、天平ちゃんに近い制服めいた服装で、私を見据えている。何でしょうあの髪留め、すとーぶ(Stoß)?

     しかし、空気の心配が無くなった途端に、私はさっきのやり取りに感じた強烈な疑問を思い出して、中へと案内しようとする鈴竹さんと、何故か私の傍らに引っ付いている天平ちゃんに対して一つの質問を投げかけた。

    「ところで、つかぬことを聞いてもよろしいでしょうか?」

    ………どうぞ

    「…もしかしなくても、私のことは知られているのですか?」

     最初のあやおりちゃんから少しずつそんな気配は感じていましたが、どうやらこの来訪はただの偶然ではないのかもしれません。私は聞き逃しませんでした。鈴竹さんが私のことを"賓客"と称したことを…

     その質問に、冷たい空気が一層温度を下げた気がした。

     私の質問を聞いて、鈴竹さんを不安げな表情で見つめる天平ちゃんと、私を冷たい視線で見つめる鈴竹さん。その鈴竹さんは、いつの間にやらその手に灰色の巨大な十字架を取り出して、天平ちゃんの時と同じような歪みの球体を発生させている。

    ………室内に入って早々に術を交えるのは控えたかったんですが、そこまで問われてしまってはこう返すしかありません………ねっ!

     そこまで言って鈴竹さんは地面をタンと蹴りあげて海恵堂の宙に飛び上がった。海恵堂の玄関は、その大扉以上に天井の高い大きな空間で、その上空に鈴竹さんは構え、自分の身の丈程はある大きな十字架を振りかざした。それと同時に、天平ちゃんの時とは比べ物にならない数の球体が周囲に撒き散らされる。


    "その質問に答えてほしくば、ここを押し通ってからにして下さい"


     臨戦態勢の鈴竹さんに少し遅れて、私も天平ちゃんの時に使った大幣を綿津見様に呼び出していただく。そして、縦横に広がる玄関とも大広間ともつかない場所で、私は鈴竹さんとの勝負を始めた。


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